生産マネジメント ワンポイント講義 (6)

生産計画・スケジューリング、部品表(BOM)、サプライチェーン・マネジメント(SCM)などの分野で理解すべき用語と概念を解説しています。



サプライチェーン・マネジメントと需要計画

サプライチェーンのための販売プロセス管理とは

販売目標と生産計画の不一致が、サプライチェーンの歯車のかみ合わぬ根本原因だ。前回、「生産計画の前にすべきこと」でそう書いた。そもそも、目標は計画ではない。計画はその通り実行されるのが当然だと、誰もが思う。これに対して、たいていの目標は達成できたら上出来だ。目標は背伸びした(ストレッチ)数字を設定するのがふつうだからだ。このため、製造部門の生産計画担当者は、営業部門の出す目標数字をてきとうに「割り引いて」計画を立てるようになる。このズレをなんとか正す必要がある。そこで今回は、販売の計画について少し考えてみよう。

多くの企業では、営業マンに対して販売目標や販売ノルマを与えている。これは金額ベースで、かつ(ふつうは)売上高を指標としている。営業マンはなるべく多く売りたい。また欠品による販売機会損失を最小にしたい。だから、「見積金額はできるかぎり安く」「製品在庫は出来るだけ多く」したい。これが営業と製造の争いの種になるのは周知の通りだ。営業部門と製造部門との間は、『製品在庫』という壁が仕切になって、相手が見えなくなってしまう。逆にいうと、製品在庫の存在が、一つの企業内で、販売目標と生産計画をそれぞれ独立に(バラバラに)立案することを可能にしているとも言える。

ところで、計画と目標のもう一つの違いは、計画は具体的なプロセスに詳細に展開できることだ。生産計画ならば、基準生産計画(MPS)があり、それを部品展開して製造スケジュールや購買手配計画や要員計画に落しこんでいくことが可能だ。一方、販売目標はどうか。「頑張れ」という根性論以外、あまりプロセスが無いのが実態ではないか。

とすると、必要なのは販売目標ではなく「販売計画」と、それを実現するための具体的プロセス・方法論を確立することだ。それは何だろうか?

販売促進の方法論というと、広告や価格キャンペーン、チャネル政策などをすぐ思いつくかもしれない。たしかにそれもあるが、これらマーケティング活動の効果は、なかなか数字で推定しにくい。生産計画のためには、具体的な製品ファミリ別の数量(売上金額ではなく)が必要なのだ。。

数字ベースに根拠を与えてくれる一つの方法は、『需要予測』のプロセスを組み入れることだ。かつて「需要予測を可能にするもの」にも書いたとおり、需要予測の具体的な精度を上げる確実な方法も存在する。ただし、需要予測という方法は、見込み生産の業態でないと適用できない。個別受注生産では利用できない。

見込み生産でも個別受注生産でも共通して使える方法とは、「営業案件のプロセス管理」である。あるいは「パイプライン管理」と呼ぶこともある。これは、全営業マンが抱えている案件をリスト化し、それぞれの進捗ステージ(初回訪問/商品説明/引合い/見積提出済み/クロージングなど)と、対象製品の数量・金額と受注確度を評価した上で、全体の受注量を見通す方法だ。

これに類する作業は、たいていの製造業では半期に一回か、あるいは月ごとに行なっているはずだ。しかし、各担当者の憶測やら希望的観測やらがおりまじって、その精度はけっして高くない。理由は簡単で、各販売員の抱えている案件情報が、マネージャーからリアルタイムに見えていないからだ。「受注しました」という結果報告か、あとは言い訳代わりの販売日報しか情報は上がってこない。

つまり、営業情報のリアルタイムな可視化が必要なのだ。販売結果の報告ではなく、刻一刻と変わりつつある、販売途上の状況の可視化だ。これができれば、おのずから「営業案件のプロセス管理」ないし「パイプライン管理」の精度が上がってくる。販売計画の精度や達成率も高くなる。むろん、個別案件で重要なものや問題になりそうなものは、マネージャーが適切な指示を与えていく。これが(本来の意味での)販売管理であろう。

結局、多くの企業で生産計画に無駄が多かったり、サプライチェーンにきしみが生じたりしている原因の大半は、製造側や物流側ではなく、営業側のプロセス管理が貧弱なことに起因しているのである。根性営業だけでは、もはやダメなのだ。正しい販売計画の方法論こそが、じつは生産・物流の効率を上げることにもつなるのである。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる


トヨタ生産システムとは、じつはトヨタ生産&販売システムである (2013/08/25)

数年前、中東のある国で、大手自動車ディーラーを訪ねたことがある。そこで働く日本人の方のお話を聞くためだった。名前をS氏としておこう。その会社はトヨタ車の販売も多く手がけており、トヨタのOBであるS氏を社内指導に招いていたのである。訪問の主目的は当該国のビジネス事情と官庁との関係をヒアリングすることだったが、氏がご自分がしてこられた事について、淡々と話されるのを聞くうちに、次第に驚嘆の気持ちがわたしの中でふくらんでいった。以下はその時に聞いた話だ(ただし差し障りがないよう、本質的でない点は少し変えてある)。

S氏はもともと、人材育成と社内教育のために、その2年ほど前に呼ばれたのだった。車のディーラーは、業容が拡大すると、売ったらそれで終わり、では済まなくなる。まず、補修用のサービスパーツを自分で手がける必要が出てくる。さらに売上が増えると、自社で保守点検の修理工場を持つことになる。他の不慣れな整備屋に直されて下手に故障されるより、正規ディーラーが修理を手がける方が車の寿命も伸び、結果としてビジネスの評判も良くなるからだ。

かくして、その会社も全国に何箇所かメンテナンス・ショップを持つことになった。そうなると、整備工の教育訓練が大事になってくる。本社に教育研修のためのセンターを作り、きちんとしたプログラムのもと、全国から集めた整備工を育てることになった。そのセンター長として、S氏が招聘されたのである。

ちなみにS氏は、長く海外営業畑を歩いてこられ、アジアの関連会社にも何年かおられたとのことで、英語に関しては全く問題ないようだった。中東では大学教育は英語でやるから、社内でホワイトカラーと仕事をする際には大きな不便はない。もちろん、S氏は技術者ではないから、実際の技能訓練は部下の指導員たちに任せることになる。そして、技能工以外の、社員各層への教育育成もS氏の責任範囲だった。

わたし達は、S氏のオフィスで話を伺った。ミーティングもできるような細長い部屋の隅にデスクをおいて仕事をされている。背面の壁には、模造紙大の大きな紙に、工程表のバーチャートが描かれていて、縦にイナズマ線が引かれている(これが実は毛糸をピンで留めたもので、進捗を確認し、イナズマ線を引き直すのが簡単にできるようにになっている。まことに典型的な、「目で見る管理」である)。

ところで、S氏が着任直後にやったのは、社長のところに直談判にいくことだった、という。なぜか。−−S氏の最初にすべきことは、育成のプログラムを作り、指導員たちをまず育成指導することだ。そのため、自分の部門の方針を立てる必要がある。ところが、「驚いたことに、この会社には各部門の方針がなかったんです。それというのも、会社全体の年度方針を社長が出していないからです。つまり、経営をしていなかった。」 そこで、まず社長に、方針管理の重要性を説いて聞かせ、何度か説明し説得し懇願した結果、ようやく全体方針ができた。それを元に、教育研修センターの方針も具体的に作ることができるようになった。

その次にS氏は、センターの方針を部下の指導員や中間管理職たちに下ろして、それぞれの担当セクションの方針と目標をつくらせた。むろん、これがまた一苦労。誰もいままでそんなことをしたことが無かったからだ。右から入ってくる顧客の注文や上司の命令を、左にふって指示すれば、それで仕事をした気になる人たちばっかりだった。S氏はしかし、倦まずひるまず、方針管理を彼らにも貫徹する。年度目標ができたら、今度はそれを時間軸に沿って、どういう手順でどれだけ達成していくかを決めさせる。その結果が、S氏の背中に貼ってあった工程表なのだ。

さらにS氏は、(たしか2週に1度だったと思うが)定例ミーティングで全員を招集した。進捗状況と問題点を報告させるためだ。ただし、ミーティングの冒頭には必ず、このセンターのミッションを全員に大声で復唱させる。ミッション・ステートメントは英語でわずか2行程度の簡潔なもので、部屋の入り口の上に紙で貼ってあった。もちとん、S氏も一緒に大声で唱える。知的な読者諸賢にとって、こんなやり方はひどく体育会的に見えるだろう。しかし、こうすれば、必ず全員の頭の中に、「自分たちの仕事の目的、役割は何か」が刷り込まれる。議論がもつれた際には、このミッションに立ち戻って、何が一番大事かを再確認する。

進捗が2回以上滞っている場合は、何か大きな問題か障害が起こっていると判断し、工程表のイナズマ線の該当箇所に、赤い大きな印をピンで留める。わたしが見たのは2年目の終わりで、ピンの数は2箇所だけだったが、きっと初年度のイナズマ線はもっとぐちゃぐちゃだったに違いない。そして問題点を分析し、解決策をこうじる。「この、問題原因の分析というのも、正しいやり方があるんです」とS氏はいう(原因分析は、有名な「なぜなぜ5回」をやるのだと想像するが、たしかにこの「なぜなぜ分析」は、下手にやると、意味ある分析結果が出てこない)。

S氏はもちろん、自分でも研修の講師をする。営業、輸送、保全などの社員に、小さなオモチャのようなキットを使い、グループで演習をさせながら、トヨタ生産方式の中核である平準化生産の意義を教える、という。やってみればわかるとおり、多くの製品をかためて一度に作るより、少しずつ平準化して作る方が、販売も物流も生産も、ずっと効率がいい。その分、とうぜん安くなる。だから儲かる。「営業がどいういうふうに売れば、生産コストが安くなるのか、ゲームで皆が納得するのです。」

この話を聞いたとき、つくづくトヨタとは空恐ろしい会社だと思った。この方は営業畑の人なのだ。それが、自社の生産システムをきちんと、他人に伝わるように、説明できる。では、日本の製造業で、営業マンが自社の生産の仕組みを外部に説明し、なおかつ、「生産コストが安くなるような売り方とは何か」を語れる企業がどれだけあるだろうか? 営業は営業、生産は生産。それは二つの別の組織。そう思っている会社がほとんどではないのか。

営業は、工場が作ったものを売りさばくのが仕事。技術のことに口出すべきではない。−−それが、高度成長期の感覚だった。時代は下り、今は逆に、「工場は、営業がとってきた案件を文句言わずにこなすのが仕事。急な追加も変更もお客様あってのこと、微妙なセールスのことに口を出すんじゃない」、という会社も増えた。だが、両者に壁があるのは変わりない。営業は大げさな販売計画を立てる。工場はその数字を信用せずに、鉛筆を舐めて別の数字で生産計画を立てる。そういう会社を、わたしはいくつも知っている。

ライバルと目される、あるメーカーにいたっては、「自分のとこの営業マンは、トヨタほどセールス力がないから、平準化してなんか売れない。だから、どんな注文がいつ飛び込んできても、すぐに対応できるよう生産側だけで工夫するのだ」と発言する人までいる。トヨタからみれば、こんな状況はお笑い草のはずだ(もちろん、口には出すまいが)。その方針のおかげで、どれだけサプライヤーが振り回されることか。結果、どれだけ生産コストが上がっていることか。

トヨタが成長したのは、カリスマ的なリーダーが衆愚を統率したからでも、ユーザーにしびれるようなエクスペリエンスを与える画期的新製品を連発したからでもない。アメリカ市場で現地生産を始めたのも、大手の中では一番遅かった。今の経済メディアがふりまく「企業の成長に必要なのはカリスマ・リーダー、画期的製品、グローバル化だ」という論調は、どれも当てはまらないのだ。

彼らの真の強さとは、営業と生産がちゃんとかみ合って動いていることにある。このことに、多くの人は気づいていない。それは、ある意味、大野耐一氏が「トヨタ生産システム」と名付けたことに始まるのではないか。これが「トヨタ生産&販売システム」と名付けられていたら、もっと世の中の理解は進んでいただろう。そしてまた、いわゆるJIT生産コンサルタントたちも、その意義を十分宣伝していないように思われる。というのも、JIT生産コンサルの多くは、トヨタ系列のサプライヤー指導で生計を立ててきたからである。トヨタ本体の販売が、きちんと計画通りに売って、ブレの少ない先行内示を保証してくれるから、部品メーカー側も安心して、小ロット生産やシングル段取りなどの現場カイゼンに精を出せるのである。まともな販売があってはじめて、生産のあるべき姿が決まるのだ。

それにしても、S氏の仕事ぶりを見て、改めてその徹底ぶりに感じ入った。わたしは決してトヨタの崇拝者ではない(車も別の会社のものに乗っている)。ただ、尊敬はする。あの会社は、上から下まで、販売の末端から製造の最上流まで、どこまでも首尾一貫しているのである。それが、「システム」というものの強さなのだ。そのことを、世の中の営業系の人たちも、もっと知って欲しいと思う。トヨタ生産システムとは、トヨタの生産&販売システムなのである。

関連エントリ:
→「あなたの会社にトヨタ生産方式が向かない五つの理由

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

トヨタのグローバル・サプライチェーン・マネジメントを理解する鍵 (2015-07-01)

「生産革新フォーラム」の6月例会では、明治大学の富野貴弘教授を迎えて「トヨタのグローバルSCM」について、講演していただいた。全世界に生産と販売の拠点を持つ巨大企業・トヨタのSCMの全貌について、非常に分かりやすく、かつ示唆に富む解説をしていただいたので、おさらいをかねてここでご紹介したいと思う。もちろん聞き書きであるので、間違いがあれば責任はわたしにある。ちなみに「生産革新フォーラム」(通称『MIF研究会』)は、生産情報系に関心を持つコンサルタントや企業内診断士の集まる会で、わたしも幹事の一人を務めている。

富野教授の講演は、「生産システムの第一の目標は、納期短縮と在庫削減の両立にある」という点から始まる。一般的な理想は、短納期型受注生産である。

だが、それは生産側が「顧客の注文を言われるままに必死に作る」だけで実現できるわけがない。自動車は多数の複雑な部品群からなる製品であり、その生産には一定の時間がかかるからだ。作る時間の方が買い手の望む納期よりも長ければ、何らかの形で「読み」が必要であり、また需要のコントロールが求められる。そのためには生産と販売の連携が大事になる。にもかかわらず、製販連携は、「リーン生産研究でわりと手薄だった」と富野教授は指摘する。今までの研究者は、生産なら生産、マーケティングならマーケティングをそれぞれ専門家的に研究し、システムの全体像を把握しようとする視点が薄かったのだ。

自動車業界は、グローバルに広がった生産販売の姿の典型である。ちなみに統計によると、2013年度における各社の国内生産に占める輸出分の比率は下記の通りだ:

トヨタ 55%
日産  58%
ホンダ 10%
マツダ 81%
富士重工業 77%
全体で 46%

つまり、世界で作り売っているといっても、じつはかなりまだ日本国内で製造し輸出しているのである。

ただ、上の表を見て、「トヨタはホンダに比べて、かなり海外生産へのシフトが遅れているから、問題だ」と考えるのは早計である。それについては後で述べる(それどころか、ホンダは必死になって日本生産に戻している)。

「海外生産、現地生産が進めば進むほど、グローバル化した良い企業だ」と考える単純な経営観の持ち主も、日本には多い。そういう人たちは、トヨタの生産リードタイムが、現地で生産しても日本生産と変わらないくらい長いと聞いて、驚くに違いない。以下の表は、富野教授の調査結果である:

生産地→消費地
・日本→日本 1ヶ月
・日本→米国 3ヶ月
・米国→米国 3ヶ月
・中国→中国 3ヶ月
・日本→南ア 3ヶ月
・南ア→南ア 4ヶ月

ここでいう生産リードタイムとは、ディーラーの注文を受けて基準生産計画を立ててから、ディーラーに納品されるまでの期間をいう。日本→日本が最短なのは当然として、米国や中国で売る車は、現地生産でも日本生産でも変わらない。それどこから、南アの場合は現地生産の方が日本で作ってえんえん船で運んでいくより、長くかかる!

この理由は、部品手配がネックになるからだ。現地生産と言っても、すべての部品を現地で調達できるわけではない。品質の問題もある。とくにハイブリッド系の部品は日本から作って配っている。だから結局、船積み輸送期間は同じようにかかる訳だ。では、このようなサプライチェーンを、トヨタはいかにマネジメントしているのか?

ここで、(順序がやや逆になったが)富野先生について少しご紹介する。明治大学の商学部で、主に経営学を教えておられる。専門は自動車業界の仕組みであり、とくに「生産システムの市場適応力」が研究テーマだ。同名の著書も出されている(「生産システムの市場適応力 -時間をめぐる競争-」)。富野教授は世界各地の自動車メーカーを、ていねいに実地訪問していて、トヨタについても社員が驚くくらい、内実を正確に調査しておられる。

じつはトヨタ社員でも、トヨタのグローバル・サプライチェーンの全貌を知っている人は、ほとんどいないらしい。計画は日本本社が集中的に立案しコントロールしているのだが、担当者は地域別に分担しているためである。

ついでに、世界の自動車市場について理解すべき事をいくつか書いておく。日本の常識が必ずしも世界の常識ではないからだ。たとえば日本では、個別仕様を顧客が決めてから納車を待つのが普通だ。だからディーラーでの店頭在庫はほとんど不要である。(もっとも例外として、トヨタ系の大手ディーラーの中には、色は白ですべてトヨタから仕入れ、自社の塗装工場で顧客の望む注文に色を仕上げる所がある。こうした企業は在庫を多少持っている)

ところが米国・中国などでは、基本的に店頭販売である。顧客はディーラーにやってきて、そこにおいてある車をその場で買って、乗ってかえる(米国の場合、ナンバープレートはあとで送り届けられる)。もし、店頭に気に入った車がなければ、ぷいっと別の店に行ってしまうだろう。だから、ディーラーはたっぷり店頭在庫を持つ必要がある。これはいいかえると、見込生産で作りだめが必要だということである。「作りすぎのムダ」を避けるよう、系列企業に対して口を酸っぱくして説いているトヨタ本体が、外国では見込みで生産し、在庫しているのだ。

さらにいうと欧州(ドイツなど)では、社用車の市場が非常に大きい。これは、給与以外の目に見えないフリンジ・ベネフィットととして、社用車を管理職に支給する慣習があるからだ。こうなると、市場に入り込むには相当な労力がいる。トヨタをはじめとして、日系メーカーが欧州で今ひとつ振るわないのは、この理由による。

さて、トヨタの世界生産拠点は27カ国、52拠点にのぼる(部品メーカーは別) 。年間販売台数を見ると、日本228万、米国208万、アジア168万、欧州80万である。米国での生産は、1988年からケンタッキーで開始した。直近ではメキシコ新工場が2019年に生産開始予定だ。販売面で言うと、米国はリーマンで落ちたが、最近また少し復活している。

このトヨタのグローバル生産システムを理解するにあたっては、まず日本国内での仕組みについておさらいしておこう。

トヨタには「月度生産計画」と呼ばれるものがある。多くの会社では月間生産計画と呼ぶものだ。ただし生産計画という名前だが、これは同時に販売計画でもある。そしてこれは、トヨタ社内で一番重要な計画である、という。

富野教授によると、月度生産計画を作るおおよその手順はこうだ:

(1) 月初に、向こう3ヶ月分の販売予測値を販売会社から入手する。この数値は、製品の大分類(製品ファミリー)単位で入ってくる。
(2) つぎに、メーカー自身の予測などを加味して、基準となる計画を立案する。ここで、販売側の情報だけでなく、メーカー自身の意思が入ってくる点が重要である。
(3) その後、トヨタが旬毎に配車台数枠(=ファーム)をディーラーに提示し、引き取り台数をすりあわせる。ただ、この時点では色やシートなどオプションはまだ決まっていない
(4) ここに海外輸出分が加味される。輸出分は、この時点でほぼ確定受注(最終仕様展開)が多い。
(5) 車種別の生産計画を、予測にもとづいて最終仕様まで展開し、部品サプライヤーへの内示の基本材料になる
(6) 直近1ヶ月分に関しては、毎月20日過ぎに、車種別生産枠(工場別・ライン別)を決定する。
(7) ディーラーは、最終仕様レベルでの旬間オーダーを、見込み発注する。ただし、一部の小さなディーラーと車種は、随時発注(デイリーオーダー)を許している。その場合は、トヨタ自身が在庫を持つ。
(8) なお、生産日の3日前までは、仕様変更が可能(デイリー変更)。この先は仕様固定となる。

では、アメリカではどうなっているのか。米国はトヨタの稼ぎ頭である。トヨタのシェアは14%だ。その7割が現地生産、3割が日本生産である(レクサスブランドは7割が日本製)。北米の完成車生産拠点は
カナダ、ケンタッキー、インディアナ、ミシシッピ、テキサス、メキシコにある。販売についてみると、カリフォルニアのトーランス市にTMSという販売統括会社がある。トーランス市はいわゆる西海岸のモータータウンで、日本人も多い(ただしTMSは近い将来、テキサス州のダラスに移る予定らしい)。

販売側を見ると、全米を12地域に分け、1,468ディーラーを抱えている。ディーラーはすべて独立系で、基本的に1ディーラー1店舗、という点が米国風だ。上に述べたように、その日のうちに買って帰る客が8割である。だから店頭在庫を多く持っている。トヨタで40日分の店頭在庫がある(日本ではせいぜい2週間分)。でも ビッグスリーは3ヶ月〜半年分も持っているから、これでもかなり善戦している方だろう。

米国市場では、販売の3ヶ月前に計画を立案している。その手順を下図に示す。ディーラーからの発注をTMSが統括会社としてまとめ、トヨタに伝える。その後のプロセスは現地生産車と、日本生産車に分かれるが、いずれも日本からの物流に1ヶ月かかる点がネックになり、2ヶ月かかって生産され現地に配車される。ディーラーの発注というのは、まだ顧客がついていない段階での見込発注であるから、その翌月までは、色やオプションなどの仕様変更は受け付ける。その後は確定である。トヨタはディーラーの注文をそのまま受けるのではなく、ある程度の調整を加えた上で、部品・完成車の生産計画に展開していく。

ご存じの通り、日本ではトヨタはサプライヤーに対して先行内示を向こう3ヶ月分与え、これに対して当月はカンバンで分納の量とタイミングを指示していく。では米国生産の場合はどうかというと、先行内示を与える点は同じだが、カンバンによる引っ張りではなく、週次のバケットによる確定注文になっている。納期も、日本のような納入時間指定ではなく、工場出荷(FOB)である。国内輸送に1日?数日かかるのがザラで、日時指定など非現実的だからだろう。日本に比べるとのんびりしている。

富野教授はもう一例として、中国の広汽トヨタを説明された。この会社のスタートは2004年9月で、中国で一番新しい。現在は2つの生産ラインだが、第3ラインを増強中で、2017年生産開始予定である。生産能力は38万台。187万m2の面積に従業員1万人を抱える巨大工場である。ここはサプライヤーパークが工場に隣接して立地している点が特徴で、現地調達部品の輸送リードタイムは短い。なお現地調達率は約70%(一次部品)であるが、それでもエンジン、ミッション、そしてボルト・ナットは日本から持ってきている。ボルト・ナットのたぐいが日本製というのが面白いが、それだけ品質や長期耐久性などがまだ低いと言うことだろうか。

中国では「SLIMシステム」と呼ばれる、サプライチェーン可視化のための情報システムが動いている。これは豊田章男氏の肝いりで作られたもので(ちなみに氏はMBAだ)、2008年4月から稼働している。ほぼ壁いっぱいの大きさに液晶パネルが並んでいるシステムで、縦に販売店、横軸にサプライチェーンが上流から下流までならんでいて、そこに星の光のごとく多数の点が表示されている。点の一つ一つが、個々の車のオーダーに対応する。中国では車にRFIDがついていて、これで生産から流通まで、すべてをトラッキングできるようになっているのである。どこで滞留しているかも、すぐわかる。そこで中国トヨタでは、週1回、幹部がこの前に立って会議する「SLIM会議」をやっている(詳細は「日経情報ストラテジー」2010年4月号に紹介されている)。

もう一つ、TOSS(Total Order Support System)と呼ばれるシステムも特徴的だ。こちらは2009年1月から稼働している。TOSSはディーラー別に、販売実績からみた適正な基準在庫量を算出し、現在庫量との差を見せてくれる。そして、車種別の推奨オーダーを出してくれる。中国のディーラーは米国などと比べて経験が浅いため、適正な販売予測に基づく発注ができないため、トヨタ側でそれを支援する目的で開発したのだ。ちなみに中国でも店頭在庫販売が主流で、現金販売である。TOSSのような情報収集の仕組みが可能だったのは、中国の広汽トヨタが、生産と販売の同時立ち上げをしたからだ。ディーラーは320社で、車種も5車種のみに限られている。

このTOSSは、セブンイレブンの発注システムを参考にしたと言われている。セブンイレブンは、各店舗の側に仕入れ発注権があるが、店の仕入れ発注をサポートする情報を、たくさん本部から送ってくる。その日の天気や気温から始まり、運動会や道路工事などのイベント情報まで。

中国においては、2ヶ月前に、月度生産計画をたてる。米国よりは1ヶ月短い。それでも2ヶ月前なのは、主要部品を日本から持ってくるためだ。生産計画後のプロセスは上図の米国と似ており、ただ生産や物流のリードタイムが半分の2週間になっている姿である。なおディーラーから見ると、発注後の仕様変更は可能だが、店頭在庫販売なのであまり多くない。仕様変更後、日本支給部品を出荷する。

部品のリードタイムが2週間のため、2週間の計画サイクルである。トヨタとしては週次のサイクルにしたいが、その場合は部品在庫を抱えることになる。部品メーカーに対してはかんばんとは別に、2週間分のまとめロットのオーダーを流している。

この中国の仕組みは、トヨタのSCMの基本形である、と富野教授はいわれる。基本的な発想は、プロダクトアウトで見込生産である。販売店には引き取り枠と在庫責任を持たせる。在庫責任を持つ部署が発注権を持つ、というのがトヨタの思想だ。ただしメーカー側からディーラーに対する発注支援と仕様変更の仕組みを提供している。これにより、予想と実需の乖離をできるだけ防ぐ。「超インテグラル」なプロセスだ、と表現できるだろう。

そして、日本本社で作る月度生産計画は、世界中の工場のための計画になっている。この点がトヨタのグローバルSCMの最大の特徴である。「月度」は英語でもGetsudoと呼ばれており、すべての計画の要である。マクロに見ると、プッシュ的な面が強い。その方が作りやすいし、安く作れるからだ。そしてトヨタの「市場適応力」は、生産と販売の泥臭い調整によって支えられている。プッシュを支えるために営業力がある。「客に言われたとおり作るなら、営業はいらない。」と、トヨタの別のOBからもきいたことがある。客がほしいという商品ではなく、トヨタの売りたいものを買ってくれるよう誘導する。これが営業の仕事だと。

ここでちょっと注釈を入れると、先に述べたように、日本の自動車工場ではどこも国内向けと海外向け製品が混在している。これは言いかえると、見込生産と受注生産の混在である。純粋に個別仕様の受注生産ばかりを受けると、工場が平準化できず苦しい。そこで自動車メーカーでは、海外分(見込生産分)に自由度があるため、生産の平準化と効率化のために、海外分を潤滑油として使っているのである。だから、ホンダのように国内生産比率を下げてしまったメーカーが苦戦することになる。単に、ホンダは円安にふれたから苦しいという単純な話ではない、とMIF研の本間峰一会長は指摘している。

それにしても、なぜトヨタの正しい姿が世間につたわらないのだろうか。トヨタのグローバルSCMの仕組みをまとめると、次の3点に集約されると思う。

(1) トヨタ生産システムとは、じつは「トヨタ生産・物流・販売システム」である。
10年ほど前から、「トヨタ生産物流システム」という言い方を社員から聞くことはあった。だが、上図を見ても分かるように、三つの機能をすべてカバーしたSCMとなっている。

(2) 営業と生産が共通の月度計画で協力して動いている。
営業と生産の連携が、SCMの鍵となっている。トヨタ自身はよく「ウチは営業と生産に壁があって」などと言うが、これは例のトヨタ節であって、「トヨタに壁があるなら、他の普通の会社など、営業と生産は別会社も同然」と富田教授は言われる。

(3) トヨタのグローバルSCMははDRPシステムである
これは講演を聴いたわたしの所感である。本社がグローバル全体の計画を立てて、プッシュしていく。これはトヨタが中央集権思想だからというより、コア部品を日本から供給せざるを得ない現状から生まれた姿かだろう。(DRP=Distribution Requirement Planningとは何かについては、すでに長くなりすぎたので、項を改めて解説したい)

トヨタ自身は、計画中心で見込生産で、世界中に在庫を持ってビジネスをしている。にもかかわらず、「自分で妙に計画など立てて見込生産するな。作りすぎのムダを省け。受注に即応できる生産体制を作れ」と、トヨタは系列企業にずっと説いてきた。おそらく、ここが世間の誤解の源なのだろう。トヨタの作り上げた自動車のサプライチェーンとは、唯一メーカーのみが計画立案し、それに沿って販売側と生産側を動かす仕組みだ。そのためにリアルタイムで正確な情報を、メーカーに集中しなければならない。少なくとも、これがトヨタにとっての、現時点での現実解なのだ。

だがもちろん、あなたやわたしの業界における現実解が、これと似た姿になるかどうかは、分からない。MIF研による共著のサブタイトルにあるように、「トヨタの真似だけでは儲からない」のだ。答えはわたし達自身が、自分の頭をつかって考えなければならないのである。

<関連エントリ>
 →「Pushで計画し、Pullで調整する」(2014/02/25)
 → 富野教授の論文「トヨタのグローバル・サプライチェーンマネジメント」(東京大学ものづくり経営研究センター ディスカッションペーパー No.463)
 →生産革新フォーラム・著「“JIT生産”を卒業するための本―トヨタの真似だけでは儲からない

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

SCE(Supply Chain Execution)ソフトとは何か

i2 Technologies社やManugistics社のコア・プロダクトは、ふつうSCMソフトに分類されている。他にも、SAP APOやOracle ASCPなども、この範疇に属するソフトウェアだと言われる。これらSCMソフトの特徴は、計画系の機能に秀でていることである。いわゆるERPパッケージが、実行系の機能を中核にしているのに対して、SCMソフトは企業の供給活動における計画プロセスの弱点を強化するために使われる。

ところで、上記のSCMソフト群を、最近ではSCP(Supply Chain Planning)と呼ぶことが多くなった。最後の単語をあえてManagementのMからPlanningのPに置換えた理由は何か。それは、SCE(Supply Chain Execution)ソフトという、新しいソフトウェアのカテゴリーが最近、急浮上してきたからである。

前者のいわゆるSCPソフトの主要機能は、(1)広域の生産・販売・在庫計画立案、(2)工場内スケジューリング、(3)需要計画、(4)販売枠管理(納期確約)、の4本柱である。これらはたしかに、すべて計画上の機能だ。ところで、計画系のSCPソフトに対し、ERPが実行系のシステムなのだとしたら、いったいSCEソフトとは何をやるソフトで、なぜそんなものが必要なのだろうか。

答は簡単だ。SCEソフトとは、工場の外で使うMES(製造実行システム)なのだ。工場の外、とはすなわち物流の現場にほかならない。それは倉庫であり、物流センターであり、また配車指示センターであり、またときにはトラックの車上であるかもしれない。SCEソフトは、こうした物流現場における、細かな荷物単位における指示と実績情報をつかさどるのである。

だが、こうした実行系の機能は、なぜERPソフトでは十分でないのだろうか?

その答えは、なぜ工場にMESが必要かを考えてみれば、自然にわかるだろう。ERPパッケージの『生産管理』が、工場単位・品目単位での生産オーダーや実績を見ているのに対し、MESの『製造管理』は生産ラインや作業区単位で、ワーク(仕掛品)の進捗や<ディスパッチング>を行なう。前者は1日単位で十分なのに対し、後者は最低でも時間単位である。必要な情報の粗さ(粒度)に、違いがあるのだ。それは、本社における生産統括部門と、工場における製造管理課の見ている、目の細かさの違いでもある(「SCM、ERP、MESそしてスケジューリング」http://www2.odn.ne.jp/scheduling/SCM/SCM-MES-ERP1.htmlの図を参照のこと)。

同じように、物流センターでの運用業務も、本社の物流企画部門がERPソフトの画面でのぞく情報よりも、ずっと細かな情報を必要とする。本社の発行する出荷オーダーにおいては、品目と数量と出荷先、納入日程度があればいいだろう。しかし、物流センターでは、品目の包装形態や荷姿、ピッキングの場所、物流加工の有無、出荷箱の手配、配車スケジュールと車両の到着時刻確認、等々の情報が必要になる。

主に米国を中心にして、SCEソフトと呼ばれるジャンルの製品が、この2−3年の間に急速に市場に現れ、頭打ち状態のSCPソフトをしり目に、成績を伸ばしている。日本でも優秀なベンダーが何社か現れた。今、日本では流通業界を中心とした物流システムの変革が、見えないところで静かに進行しており、物流センターの統廃合やリニューアルがさかんに行なわれている。今後、SCEソフトからはしばらく目が離せない状況が続きそうである。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

リードタイムとは、いつからいつまでの期間をいうのか (2011/10/03)

海外プロジェクトの納期について、社内で議論になった。ま、いつものことだ。現在のわたしの仕事は海外プロジェクト部門のPMOで、主にタイム・マネジメント技術を受け持っている。プランニングとスケジューリングと進捗モニタリングのやり方をどう改善するかが、日々の仕事である。

そのとき議論のネタになったのは、鉄骨材料の調達納期だった。プラントの写真をごらんになった方はお分かりのとおり、プラントというのは配管のカタマリである。その配管を乗せるメインの通り道のようなものを「パイプラック」と呼ぶ。パイプラックは普通、鉄骨を縦横に組み合わせてフレーム(架構)を作る。このフレームの中や上を、多数の配管が通るのである。そして、この鉄骨パイプラックの建設は、しばしばプラント建設スケジュールのクリティカル・パスにになるのだ。

パイプラック用鉄骨の調達リードタイムは、国にもよるが最低でも6〜8ヶ月はかかる。たとえば中東などの鉄骨製造業者だったら、8ヶ月程度と見るべきだろう。そして奇妙なことに、このリードタイムは、発注数量にあまり依存しないのだ。たとえ500tonの発注だろうが、1,000tonの発注だろうが、1,500tonだろうが8ヶ月かかる。

どうしてかというと、実際には鉄骨製造業者の工程を分解すると、次のようになるからだ。

(1) エンジ会社から受け取った図面を元に、素材となる鋼材(これを「生材」と呼ぶ)の必要数量を集計する・・・1ヶ月
(2) 製鉄所から「生材」を調達する・・・3ヶ月
(3) 「生材」の納入を待つ間に、工場での製作図をつくる・・・(上記に含む)
(4) 入荷した生材を切断・穿孔・溶接して加工する・・・2ヶ月
(5) 加工した鉄骨部材の表面を処理して塗装する・・・1ヶ月
(6) 検査・梱包して出荷する・・・1ヶ月弱

以上を合計すると、1+3+2+1+1 = 8ヶ月という計算になる。この中で、本当の意味で加工・製造と呼べる時間は、ステップ(4)と(5)の合計3ヶ月に過ぎない。ここは、工場内の加工機械の段取りや工程間の資材搬送などが影響して、数量が500tonから1,000tonに増えても、たいして期間的に変わらない(もっともこれが5,000tonとか1万tonとか桁違いに多くなれば、さすがにもっと長くなるが)。そして、(4)と(5)以外の期間はほとんど数量に依存しないから、結果としていつも8ヶ月かかる、という訳である。

この中でも、もっとも馬鹿みたいに思えるのがステップ(2)の、“製鉄所から「生材」を調達する・・・3ヶ月”である。発注準備作業であるステップ(1)を加えると、なんと全体のリードタイムの半分が、鉄骨製造業者から製鉄所への生材調達リードタイムに消費されてしまう。納入の関係を図示すると下のようになる。したがって、プラント全体の建設工期を短くしたいと思ったら、これを何とか短縮しなくてはならない。

 [エンジ会社] ←(鉄骨)← [鉄骨製造業者] ←(生材)← [製鉄所]

それにしても、生材というのは要するに、H形鋼とかL形鋼とか、カタログに載っているような標準的商品である。なぜこれの調達が3ヶ月もかかるのか。答えは意外にも、製鉄所が「受注生産」で動いているからだ。鋼材や鋼板といった製鉄所の産品は、わたし達の素人目には区別がつかないものの、かなりいろいろなバリエーションがある。断面の各種サイズや長さの他に、素材である鋼の成分にも多くの種類がある。したがって、製鉄所は見込で生産などしない。実需にもとづいて、月間生産計画を立てる。鉄鋼の素材は溶鉱炉に投入する原料の配合で決まるから、月単位で高炉のスケジュールを立て、その下流工程である圧延その他の工程計画を決める。

実際に溶けた鉄が炉から流れ出てきて圧延・成型・裁断されるまでは、たとえ1,000tonだってほとんど「あっという間」である。ただし、製鉄所は月単位の生産計画だから、1ヶ月間で必要な全品種を、順次無駄がないように切り替えて作っていく。注文したH形鋼のサイズがいろいろあるから、全部の種類がそろうまでには最大1ヶ月間かかる計算だ。そして、材料を全部揃えて検査・梱包し輸送納品するまでに1ヶ月。加えて、受注してから生産計画に組み入れられるまでが最大1ヶ月だ(たとえば翌月計画の締めが毎月15日だとして、受注が16日だったら生産は翌々月になってしまうため)。無論、運がよければ最小2ヶ月以内で納入される可能性もあろうが、確約はできない。スケジュールを立案する側としては、確約された納期で線を引かざるを得ないことになる。

標準リードタイム」というのは、ある意味、不思議な概念である。それは作業の開始から終了までの時間ではない。指示(Order)が下されてから、それが完了する(Fulfillment)までの、確約できる標準的期間をいう。標準は平均ではないことに注意してほしい。鉄骨製造業者が生材を発注してから納品してもらうまでの平均期間は、たぶん2ヶ月半未満だろう。最小値は1ヶ月程度のこともあるにちがいない。でも、確約できる調達リードタイムは3ヶ月だ。エンジニアリング会社にとって、鉄骨製造業者に発注してから建設現場に納入されるまでの標準リードタイムは、先ほどの計算どおり8ヶ月になる。うまくタイミングさえ合わせられれば、最小6ヶ月かもしれないのだが。

鉄骨生材のリードタイムと似たような状況は、月次生産計画で動いている製品には必ずついて回る。たとえば鋳物などもそうだ。鋳物製造業者も炉をもっていて、その「湯」の配合は月単位で計画していく(溶けた鉄鋼のことを「湯」と呼ぶのは、たたら製鉄以来、ほとんど古代からの伝統らしい)。だから鋳物の標準調達リードタイムは、どんなに少量発注でも、最低2ヶ月(場所と内容によっては3ヶ月)になる。これもタイミングさえ合えば、1週間後に製作できるかもしれないのに。

「確約」は「責任」とセットになった概念である。受注した納入業者側は、顧客に対して納期を確約し、納期に責任を持つ。でも、納期に責任を持つとは、どういう意味だろう? 品質に責任を持つ、なら理解できる。製品の品質が要求に合致しなかった場合、自己負担で作り直すのが品質責任だ。価格への責任とは(あまりそういう言い方はしないが)、約束した価格で製品を納入することだ。思った以上にコストがかかってしまっても、それは自分が負担する。でも、納期に遅れたら、どう責任を取るのか? 時間を取り戻してくれるのか? あるいは納入先に人を送り込んで、後続作業を手伝ってくれるのか。

むろん、そんなことはしないし、できない。せいぜい、納期遅延のペナルティ金を払う(もし契約に規定されていれば)だけである。時間は一方通行で、だれも埋め合わせをすることはできないのだ。

一般にリードタイムが長くなるのは、この「責任」があちこちの隙間にはさまってくるからだ。隙間というのは、むろん、会社間あるいは部署間のインタフェースである。「依頼者」と「受託者」が発生するたびに、かれの責任感の分だけ、確約できる期間が長くなってしまう。会社間の場合は契約上、致し方ないかもしれないが、同じ会社内の部署間でモノや役務が移動する毎に、少しずつリードタイムが加算されていくのは時間の不経済である。

標準リードタイムが長くなるもう一つの要因は、月次計画サイクルの存在だ。月次サイクルは技術的理由から決済の慣習まで、いろいろな事情に支えられて存在している。だが月次サイクルとは、いいかえれば1ヶ月間のタイム・フェンスを生産計画に設定しているのと同じだ。月次計画のスパンで順序繰りを決めて原価を最適化するのは素晴らしいように思えるが、コストの代償として生産のフレキシビリティーを捨てていることになる。

わたし達が抱えるリードタイムは、このような確約責任と月次サイクルという局所最適化が積み上がった結果、長い待ち時間を含んでいる。これに(上では説明を略したが)「ロット待ち」を加えれば、ほとんどが作業時間でなく待ち時間になると言ってもいい。長いリードタイムは、ビジネス・チャンスに対する敏捷性(アジリティ)の喪失と、目に見えぬ仕掛かり在庫増、そして資金回転率の低下を意味する。

鉄骨製作のリードタイム短縮を議論していたわたし達の対策は、製鉄所への生材発注をやめて、一部をストック材販売業者から購入するべしという結論になった。無論その結果、発注コストは上昇する。いわば、「お金で時間を買う」訳である。それでも一定条件下では、時間短縮の方がコストセーブよりもプロジェクト全体としては有利になると考えられる。こう判断できたのは、むろん、部分よりも全体を見渡す立場に、エンジニアリング会社のプロジェクト・マネジメントが立っていられるからである。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

小ロット化はほんとうに製造コストを上昇させるか

前回書いた「リードタイムとは、いつからいつまでの期間をいうのか」 に対し、H.Kさんとおっしゃる読者の方から、以下のような質問を頂戴したのでお答えしたい。

>生産管理の実務者です。いつも興味深く読ませていただいています。
>
>『部門間の「責任感」による確約のマージンをけずる』には納得です。
>しかし、もうひとつの『計画立案サイクルを短縮する』事は、立案コストだけでなく、
>生産ロットを小さくする事になるので製造コストも上がりますが、どう解決すべきで
>しょうか?
>リードタイムと在庫、製造コストの変化を、金額で評価して最適値を算出する事に
>なるのでしょうか?

これは、小生が書いた以下の節に対する疑問だと思う。

『標準リードタイムが長くなるもう一つの要因は、月次計画サイクルの存在だ。月次サイクルは技術的理由から決済の慣習まで、いろいろな事情に支えられて存在している。だが月次サイクルとは、いいかえれば1ヶ月間のタイム・フェンスを生産計画に設定しているのと同じだ。月次計画のスパンで順序繰りを決めて原価を最適化するのは素晴らしいように思えるが、コストの代償として生産のフレキシビリティーを捨てていることになる。』

むろん、生産計画立案のコストは、おっしゃるとおり2倍にアップする。ただ、ご質問の趣旨は製造コストであろう。所属する業種が書かれていないので、ここではとりあえず、もっとも一般的な組立加工系の製造業と想定させていただこう。

さて、ご存じのとおり製造原価は以下のような要素から構成されている。
(1)材料費
(2)人件費・労務費
(3)その他経費(用役費・保全費・減価償却費等)

仮に今、工場内のすべての製造ロットを半分にしたと仮定する。すると上記の項目のうち、どの項目が影響を受けるだろうか。

(1)の材料費は、つくる量が変わらない限り、増えも減りもしない。(2)はどうかというと、社内人件費は基本的に固定費ですから、残業時間が延びない限り、増えない。外注労務費は契約次第だが、派遣形態の場合は社内人件費と同じで、人数や労働時間が増えなければ変わらない。外注(材料支給)形態の場合、ほとんどは加工数量の出来高で精算しているはずである。数量は変わらないのだから、外注費も増えない。

(3)のうち、用役費は、セットアップ・段取り替え作業に非常に水道光熱を要する場合は増える可能性があるが、それは例外ケースであろう。ふつうは加工・製造のために機械を動かす方がずっと、エネルギーも水その他用役も消費するはずである。保全費は? これも、機械部品の消耗は段取り替えよりも稼働時間にほぼ比例するはずだから、あまり変わらない。減価償却費も、年間に決まった金額が帳簿上消えていくだけだから変わらない。

つまり、製造ロットを半分にしても、原価はとくに上がらない、ということになる。

ちょっと待て、人件費はほんとうに上がらないか? セットアップ作業の時間が倍になるのだから、必ず増えるはずではないか! −−そう、反論される声が聞こえそうな気もする。

それは、現時点で常時100%稼働している工程・作業区に対してのみ、YESである。もし人の稼働率が80%とか、70%以下である場合、多少のセットアップ作業時間が増えても、残業も人員追加も不要である。

いや、うちの工場に遊んでいるヤツはいない。不況下の人減らしもあって、ギリギリの人数で操業している。そう、再反論されるかもしれない。

言うまでもないことだが、人はつねに仕事を作り出す存在である。工場で、ただあくびをしながら立っている労働者など、(日本である限り)わたしは一度も見たことがない。加工する材料がなければ、ツールの整備や機械の点検調整やモノ探しや改善活動など、必ず何かの仕事を見つけてしている。とくにモノ探しについては、以前も「『探し物』という名前の時間泥棒」 でも書いたように、一所懸命に働いているように見えながら、じつはちっとも付加価値に貢献していない作業である。これは物流・配膳の不備や、レイアウトの不便から生じる余計な作業時間だからだ。

工場の中の各工程できちんと時間分析をしてみれば分かっていただけるはずだが、製造リードタイムの中に占める「正味作業時間」(=付加価値を生んでいる作業時間+付加価値は生まないが必要な作業時間)の比率は、案外小さいものだ。それ以外の時間は待ち時間である(その中でもロット待ちが結構な比率を占めることはご存じのとおり)。これを作業者の側から見ても事情は似ている。たとえば材料待ちのために、ある部分だけチョロっと組み上げて脇に置いておき、次の製品の組立をはじめ、また材料がそろったら元の組立に戻る、こうした状況では、時間は使っていても生産性が落ちるので、正味作業時間比率は上がらない。

むろん、もしかするとH.Kさんの工場はこんなだらしない状態では無く、各人が多能工化して複数工程をフレキシブルに持ち合い、全員が助け合って正味作業時間比率がみな十分に高いのかも知れまない。そうだとしたら、たしかに残業や人員増がおき、製造コストは多少アップするだろう。そのことはわたしも否定するつもりはない。

もう一つ、ありうる再反論として、「小ロット化で段取り時間が2倍かかり、機械自体の占有時間が増えるのだから、チャージコストが増えてしまうはずだ」という議論がある。たしかに、ある機械のチャージ・レートが1分100円で、それまで1ロット=段取り10分+加工50分=6,000円ですんでいたものが、ハーフサイズになれば2ロット=段取り20分+加工50分=7,000円になる、と思えるかもしれない。

だが、これは典型的な誤解だ。機械の標準チャージ・レートは、その機械の年間減価償却費を、占有時間(稼働率)で割って決める。もしロットサイズを半分にすることで機械の占有時間(稼働率)が上がったら、原価計算の中では「原価差額」を求めて標準値と実績値の差を下方修正する。つまりチャージ・レートが安くなるので、結果としては原価は変わらないのである。(ただ、この仕組みを生産部門の人がよく知らない、あるいは会計部門の中だけで計算してしまうので原価差額が知らされないケースは、ままあるが)

以上、長々と書いたが、まとめると、原価とは固定費と変動費(材料費)の和である。生産数量が変わらない限り、変動費は変わらない。固定費は、文字通り固定的だ。だから、ロットサイズを半分にしても、ほとんど増加しないのである。例外は、工場の全ての工程が、常時フル稼働状態であるケースである。このような慶賀すべき状態である際には、まず検討すべきは生産キャパシティの拡張であり、小ロット化ではないだろう。

そして、まずそもそも、「生産計画のサイクルタイムを月次から月2回に短縮したとしても、必ずしも全製品の製造ロットが半分になる訳ではない」ことはご理解いただけると思う。工場で作る製品の多くは、1〜2ヶ月分の需要をまとめて作ればすむようなタイプの、少量生産品だろう。これはそもそも注文が少ないのだから、わざわざ2度に分けて計画する意味もない。

まあ、この分析はいわゆる加工組立のディスクリート系工場に対するもので、半連続のプロセス生産や、わたしのいう「切替型連続生産」では、もう少し別の分析が必要になる。ただ、その場合でも、かりに製造コストが上がるとしても、需要確度の向上、在庫量の減少などの効果をみて、その得失を総合的に判断すべきだと思う。「総合的に」というのは、製造だけのコスト最適化計算ではなく、製造と販売を含めて、もっとも機会損失が減って利益(粗付加価値)が増えるやり方はどちらか、という意味だが。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

リードタイムを短縮する

リードタイムとは、オーダーを出してから、それが完遂(fulfill)されるまでの時間である。この定義については前回書いたが、さらに正味作業時間との違いについて説明した方が良いかもしれない。あちこちで誤解があるからである。

リードタイムとはあくまでオーダーから完遂までの全体の期間(Gross duration)を示す。生産管理の世界ではつねに総量(Gross)と正味(Net)の二つの量があるわけで、全体期間に対応するのが正味作業時間(Net working time)である。正味時間は、その工順なり作業なりに必要な最低限の時間である。Aという部品1個を旋盤にかけて加工するのに30分かかるとしたら、これがAの加工の正味作業時間である。

ところが、よく考えてみてほしい。部品Aを10個加工せよ、という製造オーダーが現場に出されて、すぐに作業に着手したとしよう。全部で300分=5時間かかって完遂する。つまり製造リードタイムは5時間となる。しかし、この10個の部品(ワーク)のうち、1個だけに着目すると、それが旋盤にかかっているのは30分のみである。では、あとの270分間は何をしているかというと、他の部品の加工が終わるのを、ボサッと待っている訳だ。つまり、リードタイムには正味作業時間の他に、かなりの『待ち時間』が含まれているのである。これを「ロット待ち」と呼ぶことはご存じの方も多いと思う。

しかし、それだけではない。現実の世界では、製造オーダー(差立て)が現場に出されても、まず、その部品が手元になかったりする。資材倉庫からもってこなければならぬ。あるいはサプライヤーからの納品を待つ。さらに加工機械が空く順番を待たねばならぬ。加工用の工具や治具も必要だ。それから旋盤にかけるのだが、まず段取り替えが必要だ。そして調整と確認と工程内検査。あれやこれやで、どんどん正味作業に関係のない時間が過ぎていく。ロット待ちだけなら、なんとなく、リードタイムは個数に比例するのかな、と思いたくなるが、こうしたその他の待ち時間は、あまり個数に関係なさそうだ。

ことは製造に限らず、リードタイムの中には、つねにかなりの待ち時間が含まれている。ということは、リードタイムを短縮したければ、この待ち時間を削減すればいいということに気がつく。ここで活躍するのが三つの定石である。

第一の定石は、「先にできそうな事はやっておく」である。その端的な例が在庫を持つことだ。製品在庫や部品在庫には、そうした“時間の缶詰め”という意味がある(「生産計画とスケジューリングの用語集」の『安全在庫』の項を参照)。よく、料理屋に入って注文した品がなかなか出てこないと(つまりリードタイムが長いと)、「おーい、材料のお魚を釣りに行ったのかな」などと冗談を言うことがある。普通、料理屋は朝のうちに材料を仕入れておく。これが部品在庫の意味で、たしかにリードタイム削減に貢献している。

第二の定石は、「順番作業を並列作業にかえる」である。Xの作業を終えたら、つぎにYの作業、という風になっている手順を、工夫することによって、「Xの作業をはじめたら、それとならんでYの作業を同時並行に進める」という風に変えてしまう。たとえば、段取り替えを機械や工程の外で準備しておく、“外段取り”などはこの定石の一例である。機械加工をしながら、同時に次の作業の段取りを進められるようにする。これによってグロスの時間を短縮できるのである。これを「ファースト・トラッキング」とも呼ぶ。

第三の定石は、「ロットサイズを小さくする」である。これはロット待ちの時間を削減する効果がある。一個流し、はこの極限だ。ただし、これを実現するためには、“シングル段取り”など異種混合でのライン切替をできる限り小さくする知恵と努力が欠かせない。一個流しまではいかなくても、搬送ロットを製造ロットサイズより小さくするだけで効果が出る。100個のロットをつくるとき、全部が加工し終わるのを待たずに、端から(たとえば)10個ずつ次工程に流していく。すなわち、「流れをつくる」である。

いや、これは工場だけではない。ホワイトカラーのかかわる設計や企画段階においても、「情報の経済的ロットサイズを考える」に書いたように、情報受け渡しのロットのまとまりを小さくすることで、エンジニアリング段階でのリードタイムをかなり短縮できることがあるのだ。

あれ、「クラッシング」はどうした? とPMBOK Guideを読み慣れた人は思うかもしれない。クラッシングとは端的に言って、リソースを増やすことによって正味作業のスピードアップを図る手法である。PMBOKの教科書の世界では、リードタイム削減はクラッシングとファースト・トラッキングの二本立て、みたいな解説が多い。しかし、あれは毎回仕事の中身のかわるプロジェクト・マネジメント分野の話である。生産管理の世界では、「先にできそうな事」はいろいろあって、これを利用する方がずっと納期短縮への貢献度は大きいのだ。何事においても、公式の丸覚えより、応用の知恵の方が大事なのである。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

稼働率100%をねらってはいけない (2014/07/27)

多くの製造業においては、工場の稼働率が、重要な管理指標として今も使われている。3週間前のエントリ「原価の秘密 − なぜ、黒字案件だけを選別受注すると赤字に陥るのか」(2014/07/06)でも説明したように、製品の個別原価を計算する際、材料費や労務費などの他に、製造機械の使用時間に応じた費用を含めるのが普通だ。その製品の加工作業で、製造機械が何時間必要だったかをベースに、機械のコストをチャージする。いわば“機械の使用料”だ。

個別の機械1時間あたりの使用料単価を『機械賃率』と呼ぶが、これは各機械の年間の維持費用(減価償却費等)を、年間の実稼働時間で割って計算する。機械の遊んでいる時間が多いほど、実稼働時間は減るから、同じ作業をしていても原価が上がる、というのがふつうの会計の仕組みだ。だから、製造業では稼働率を上げるべく、あれこれと努力するという訳である。

そして、前回のエントリを読まれた方は気づかれたかもしれないが、じつはこの事情は社内人件費についても、まったく同様なのである。人件費というのは、残業等で多少の変動はあるにせよ、基本的には固定費である。だから、単位作業時間あたりにかかる人件費(これを本来は『賃率』とよぶのだが)は、年間総人件費を、実稼働時間で割って計算する。

これはとくに、原価の内で人件費のしめる割合が高い業種で、かつ個別原価計算をしている企業では重要である。製造業以外でも、たとえば、建設業や建築設計業、ソフトウェア産業などで、人の稼働率が重要視される。

ところで、以前も書いたとおり、受注ビジネスでは、稼働率は受注した仕事量によって決まってしまう。したがって、製造側の努力で稼働率を上げるためには、受注量に合わせて製造機械をスリム化する、ということになる。

そこで、工場長であるあなたは、ある日、思い切って社長に設備廃棄の相談をしに行くことにした。過去5年間の受注量は、ほぼ横ばいであった。大きな市場成長もない代わりに需要減退もない。あなたの頭痛の種になっている高価な製造機械の生産能力と、平均の受注量を比べると、ほぼ3:2だった。つまり、平均稼働率は、2/3 = 67%だったという訳である。ところで、この機械は、同一能力を持つモジュールの三連構造になっている。だから、1モジュールだけを廃棄すればいい。そうすれば、生産能力と受注量がバランスして、稼働率はちょうど100%になるだろう。

あなたの提案に、意外にも社長はあっさり賛同した。経理上は、いったん除却損が発生する。しかし、これは特別損失で処理するので、工場原価にも営業利益にも関わりないことになった。かわりに、年間の減価償却費は、2000万円から1330万円に減ることになった。製造原価も下がる訳である。ありがたい。

あなたは工場に帰り、さっそく設備廃棄を指示する。保守係長だけは、「まだ使えるのに」とぶつぶつ言ったが、経営判断である。

ところが、3ヶ月ほどたったとき、あなたは工場の中を歩いてみて、なんだか以前より雑然としていることに気がつく。整理整頓はどうなったのだ? 5S運動の責任者を呼んで問い詰めると、彼の答えは、「整理整頓は以前と同様に努力しています。ただ、何だか最近、仕掛かりのモノがやたらと多いんです」だった。

さらに、営業部長からあなたに連絡が入る。「最近、納期遅れが頻発している。別に短納期で受注した訳じゃなく、以前と同じ納期でお客に約束しているのに、これではこまる。早急に改善してほしい」というのだ。早速あなたは、生産管理部門にレポートを命じる。すると驚いたことに、最近は軒並み納期に遅れているのだ。おまけに、受注量が増えた訳でもないのに、仕掛在庫量が急増している。そして、肝心の機械の稼働率だが、なぜか90%台前半をうろうろしている。なぜ100%稼働しないのか? あなたは機械の前に行き、担当者をつかまえると、彼の答えはこうだ 「だって、削るべき部品が来ないので、手待ちになっているんです。来るときにはどーんとかたまりになって来るんですけれどね・・」

いったい何が起きたのか。受注量に合わせて、生産能力を削減し調整した。誰も別に遊んでいない。以前とかわらず、みな必死に働いている。なのに、リードタイムは長くなり、在庫は増えた。理由があるにちがいない。だが、それは何だろうか?

変動のせいなのだ。

まず、顧客からの受注には、ばらつきがある。平均需要は変わらなくても、個別の案件はばらばらのタイミングにはいってくる。ラーメン屋と同じで、まとまって客が入ったり、しばらく誰も来なかったりするのだ。そして、機械側の処理能力についても、変動は不可避だ。製品別の処理の難しさ、作業者の技能、削る材料の品質、どれもばらつきがある。

その結果、どうなるのか? 簡単なシミュレーションをしてみると分かる。わたしが今から15年前に書いた「図解 サプライチェーンマネジメント」から、原稿の一部を引用してご紹介しよう。

--------------------------------------
工程をバランスさせるとムダが増える

◆生産管理の逆説

 生産者の立場で供給活動のマネジメントにたずさわる者は、しばしば奇妙な逆説に遭遇します。それは、たとえば、
・工程をバランスさせるとムダが増える…?
・各部門が最善を尽くすと全体が悪化する…?
・機敏な計画は需要変動をよぶ…?
といったパラドックスです。


◆工程をバランスさせるとムダが増える

 生産ラインの各工程の能力を均一にすればムダな仕掛在庫が減るはずだ、という常識があります。しかし、簡単なシミュレーションで、これは嘘だということが示せます。

 仮にいま、5工程からなる生産ラインを考えましょう。「工程」は必ずしも製造工程と限りません。包装・検査・搬送かもしれないと考えてください。そして各工程の一日あたりの処理速度と原材料の投入量を、均しくサイコロの目の数(1〜6の乱数=平均値3.5)で与えることにします。各工程とも手持ちの仕掛在庫量はゼロからスタートします。

 結果は安定するでしょうか?

 図をご覧ください。答えはNoです。途中の在庫はどんどん増えてゆき、15日後に至ってもまだ増加傾向にあります。(これは乱数シミュレーションなので全体傾向で見てください)

◆変動は避けられない

 なぜこんな結果になるのでしょうか? それは変動のせいなのです。

 投入量と処理速度は平均値が同じでも毎回ばらつきがあります。各工程で処理速度が投入量より小さければ在庫が溜まっていきます。しかし、逆に投入量より大きくても、在庫はゼロ個以下にはなれません。工場ではプラスの変動とマイナスの変動が打ち消しあわないのです。

 中間在庫が山のように溜まると、生産(アウトプット)速度はある程度安定しますが、在庫は無制限に少しずつ増えつづけてゆく訳です。
--------------------------------------

おわかりだろうか? この現象は、じつは工程がたった一つでも起きる。受注量と処理能力がイコールだと、なぜか仕掛在庫量が無限に増えていくのだ。

物知りの読者の方なら、「待ち行列理論」をご存じだろう。この現象は、待ち行列理論で説明できる。なにかのサービス窓口がある(工場ではこれが『工程』に相当する)。そこにバラバラのタイミングで顧客がやってくる(工場では受注案件に相当し、案件別の削るべき素材がそれを表す)。待ち行列理論では、処理能力と受注量の比を、記号ρで表す。そして、処理に入るまでの平均待ち時間は、非常に単純な式

 ρ/(1−ρ)

で与えられる(これは工場では、工程の前に積まれている仕掛在庫量に相当する)。グラフにすると、こうなる(厳密にはポアソン到着とか指数分布などの仮定があるのだが、詳細は省く)。ρが1に近づくほど、待ち時間は急激に増大することに注意してほしい。

そして、このρとは、あなたの着目する機械の稼働率と同じ意味なのだ。ということは、あなたが良かれと思ってやった、設備廃棄による能力削減は、リードタイム(=待ち時間)の増加と、仕掛在庫量の無制限な増大を意味するのである。どうしてこうなるかは、上の文章にも説明したとおりだ。受注のばらつきはプラスにもマイナスにも振れる。だが生産の方は、手待ちの時(受注の間隔が空いたとき)には、目の前に削るべき材料がないから、プラスとマイナスを中和できないのだ。仕掛在庫はマイナスになれない。これがネックになって、変動がプラスの側にのみ蓄積されていく。そして、

 「原価を下げるために稼働率を上げろ」 → 「受注量に合わせて生産能力を削減しろ」

という、それ自体を見れば正当に見える指示が、結果として、自社の生産性を著しく損なう結果になるのだ。

見込生産の場合ならば、工程の変動があっても、素材を支給するスピードを調整することで、工程を遊ばせないようにコントロールできる。あるいは、営業に対して「平準化して売れ」と号令することも可能だろう。しかし、受注生産では、そうはいかないのだ。設備削減で、稼働率100%をめざしてはいけないのである。

そして、最初に述べたように、この話は製造業のみならず、人が中心となるサービス業でも全く同じである。受注量に合わせて余剰人員を削減しました。その結果、一人あたりの仕事量は変わらいはずなのに、ひどく生産性が落ちました。そして納期が遅れて、お客の信用を失いました−−こんな事例を、身の回りに見かけたこともあると思う。本当は人も設備も、受注量に対して、ある余裕を持たなければならないのだ。

*******************

だが、そもそもこの話の根幹は、どこにあるのか。このような問題におちいった根本原因は何だろうか。

それは、あなたの会社では誰もマネジメントについて、きちんと理解していないということだ。社長も、工場長であるあなたも、経理課長も、誰も設備削減の行き着く先について見通せなかった。受注量と処理能力のバランスが、仕掛在庫やリードタイムに与える影響について、法則性があるということを、誰一人、知ってさえいなかった。

たしかに社長もあなたも、部下を采配し、計画を立て、トラブルに対応し、顧客や業者とやっかいな交渉もしただろう。だが、管理業務はしても、マネジメントはしていないのだ。なぜなら、『マネジメントとは、専門的な知識と訓練が必要な、専門職である』ということを、誰も理解していなかったからだ。

では、そのような知識・訓練は、どこから得られるのだろうか? MBAをやとえばいいのか。いや、昨今のビジネススクールは、経営戦略だとか企業ガバナンスだとか、大所高所のカッコいいテーマはお好きなようだが、在庫だのリードタイムといった泥臭い話題は、ほとんど講義もされないようだ。外資系コンサルタントも、ほぼ同様である。経済メディアはいうに及ぶまい。

企業という複雑な組織(システム)には、特有のダイナミクスと法則性がある。それをふまえて、マネジメントしていくための技術が存在する。わたしはこれを、『マネジメント・テクノロジー』と呼ぶことにしている。専門職としてのマネジメントの第一歩は、マネジメントには技術がある(技術が要る)と認識することだ。

そして、わたしのこのささやかなサイトは、『マネジメント・テクノロジー』の初歩を、一つ一つ説明していくためにある。マネジメント・テクノロジーは、別段、社長や工場長だけのためのものではない。それは“人を使う”立場にある者全員に、必要である。人を使うことの中には、外注先を使うことも含まれるから、若手を含めて誰もにかかわりのある技術だ。むしろ、若いうちから皆が理解しておく方がいい。工場長や社長になってから、“あれ? 俺には何かが足りないな”と気づくのでは遅すぎるからである。

追記:
本項を書くきっかけとなったのは、7月16日に開催された「生産革新フォーラム」(MIF研)における、佐々木俊雄氏の『Dynamic Production Management(DPM)』理論に関するご講演であった。ここに感謝して記しておきたい。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

とれるだけ仕事をとってはいけない (2015/03/03)

最初に、損益分岐点の説明からはじめよう。企業は、製品やサービスを売って売上を得る。しかし、世の中にタダの物はないので、そこには必ず費用(原価)が発生する。その費用が製品の販売数量に単純に比例する場合、企業は売上に比例した利益を得ることになる。この関係を図(a)に示す。横軸は、売上である。工場の視点から言うと、売上向上すなわち稼働率向上を意味するから、横軸は稼働率と見てもよい。縦軸は金額で、実線が売上高を、点線が費用を示す。費用は純粋に、売上高に比例する。これを変動費ともいう。売上に伴って、変動するからである。たとえば製品を作るのに必要な原材料の購入費がそうだ。あるいは、製品を加工するための外注費などもそうだ。

ところが、企業にはこれとは別に、売上高にまったく関係なく、固定的に発生する費用がふつうある。これを固定費という。その典型例は、設備機械の減価償却費である。あるいは、従業員の給料などもそうだ。売上があろうがなかろうが、給料は払わなくてはならない。事務所や工場用地の賃料もそう。

こうした固定費があるため、費用合計の線は、図(b)に示すように、グラフの原点ではなく、縦軸に少しプラスの切片を持つようになる。ところが売上の方は当然ながら原点から右上がりの直線だから、この二つの線は、どこかでクロスして、それより右側は売上の方が大きく(つまり利益が出る)、その点より左側は、費用の方が大きく(つまり赤字に)なる。損失と利益を分ける点なので、これを損益分岐点(Break-even Point)とよぶ。経営者は当然、なんとかして売上を損益分岐点よりも大きくして、利益を出そうと努力することになる。また逆に、なんとか固定費を下げて、損益分岐点を小さく(原点よりに)ずらそうと工夫するだろう。

ここまでは、まあ基本である。問題はこの先だ。

以前、「稼働率100%をねらってはいけない」(2014-07-27)にあげたグラフ(c)を思い出してほしい。工場の設備は、稼働率が高くなり100%に近づくと、急激に待ち行列が長くなる。これは、受注のタイミングや製造作業の時間にバラツキがあるために生じる現象である。注文が立て続きに来ると待ち行列が長くなるが、注文の間隔が開いたときは(行列の長さはゼロ以下にならないので)行列の短縮効果には限界があり、プラスとマイナスが打ち消し合わないために発生する。だから工場には、ある程度は余剰の能力が必要であり、不況になったからといって、遊休設備を捨てて工場稼働率を100%に近づけよう、などといった施策をとってはいけない。これはORの一分野である待ち行列理論から論理的に導き出される性質だ。


(c)

ところで、この待ち行列の長さはすなわち、その会社における仕掛在庫量を表している。なぜなら、注文を受ける→すぐ原材料を手配する→原材料がサプライヤーから到着する→製造機械の前で行列になって待っている、という訳だから。いや、たとえ物が手元にあろうと輸送中であろうと、手配をかけてしまえば事実上、それはもう在庫なのだ。そして在庫であれば必ず、保管費用や在庫金利が発生する。それだけではない。待ち行列が長くなり、製造リードタイムが長くなることは、納期遅れの頻度が高まる訳だ。厳しい顧客だとペナルティを要求されるだろう。不良が出た際、作り直しの工程への影響も甚大になる。苦肉の策で他社に製造の一部を外注すれば、当然コストがかかる。そうでなくとも、工場にモノがあふれかえってくると、動線が錯綜し、モノ探しのムダな手間が増える。つまり、全体としてコストが増えるのだ。

したがって、
 全体の費用 = 固定費 + 変動費 + 製造待ち行列にかかる余計な費用
ということになり、図(d)のような右上がりの曲線(下に凸)になる。この図から分かるように、費用の線は、今度は2回、売上と交わる。一つは先ほどの損益分岐点のあたりだ。もう一つはもっと右側、稼働率が危険水域に達する地点である。これ以上、仕事をとると逆に赤字が発生する。これをわたしは「危険稼働率」と呼んでいる。

だから製造業では、急に好況になったからといって、営業部門が「とれるだけ仕事をとって」きてはいけない、ということが言える。ほとんどの企業では営業部門を「売上高(受注高)」で目標管理しているから、仕事があればあるだけ取ってこようと、まるで獲物の群れを追う狩猟動物のように反射的に動くが、これは実は危険なのだ。もっとも図(c)は、工場を単一工程でモデリングしたケースであり、実際の工場はもっと複雑な構成になっているから、この危険稼働率は簡単には算出できない。だが、いずれにせよ費用合計が下に凸の曲線になること自体は確かである。

さて、ここまで読んだ読者の中には、「ウチは製造業じゃないから関係ないや」と思うサービス業の方もおられるかもしれない。「別に、仕掛在庫とか発生しないし」と。

ところが違うのである。たとえ在庫の発生しないサービス業でも、それが受注ビジネスであり、かつ受注前に見積設計作業が必要であったら、受注量を増やしすぎるとかえって赤字になることが、最近の研究で明らかになってきているのだ。なぜか。

昨年11月に、わたしが主催する「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」は文教大学の石井信明教授をお招きして、講演していただいた。タイトルは「需要変動化における受注戦略のマネジメント 〜受注ビジネスを例に〜」である。石井先生の講演は、まず、とある受注ビジネス型業界におけるライバル企業2社の、過去40年間の売上と経常利益の比較から始まる。じつは、わたしがよく知っている業界である。この業界では過去40年間に、ほぼ10年ごとに成長局面があった。顧客となる市場に、一種のブームがあったからである。

しかし2社の業績をよく比べてみると、受注変動の大きなA社の方が、そうでないB社と比較して利益が低い傾向が読み取れる。とくに、大きな受注高を上げた少し後に、ひどく赤字を出す傾向があり、長い年月の間では、それが企業の収益力の足を引っ張っていることが分かる。いいかえるなら、同じような業界のアップダウンを経験しても、受注量が比較的平準化されているB社の方が、長期的には成長力が高いのである。

どういうメカニズムでこのような現象が生じるのか。石井教授の立てた仮説は、こうである。競争入札が主体で、受注前に見積設計を要求されるような業界においては、精度の高い見積ができる人材はある程度経験を積んだベテランであろう。そうした人材は、当然ながら社内で限られている。経験の足りない人間が見積をすると、見積自体の精度が落ちる。精度が落ちるというのは、別に見積の値自体が小さくなるという意味ではなく、平均値からのプラス・マイナスの振れ幅が大きくなる訳である。

さて、入札できまる受注ビジネスにおいては、当然ながら提示価格が競合企業の中で最も低い者が、仕事を受注できる。コストを低く見積もった案件ほど、受注の可能性が高まるが、とうぜん受注後の採算は低くなる。そして、見積の精度が悪いほど、コストを低く見積もる可能性が高まり、低採算で案件を受注してしまう可能性も高まることになる。そうなれば、受注段階からすでに、プロマネの管理範囲を超えるような想定外のコスト差異を背負って、スタートしなければならないわけだ。

そして、受注ビジネスにおいて、企業は普通、受注した案件の遂行と、次の案件の見積作業を複数、平行して抱えている。ところが、受注量が多くて業務繁忙期にあるときは、見積に十分なリソース(ベテラン人材)を投入できるとは限らない。その結果、見積の精度が落ち、不採算で仕事を受注してしまうのだ。そして、いったん赤字のジョブを受注してしまうと、その問題を押さえ込むために、さらにベテラン人材を張り付けざるを得ない。また赤字プロジェクトは納期も遅れがちだから、そうした人材を次の案件に回すことも難しくなる・・

石井教授は上記のようなダウン・スパイラルの現象をモデル化して、シミュレーション実験を行った。見積精度は、見積作業に割り当てられる人時に対するロジスティック曲線(S字カーブ)で近似する。詳しい説明は省くが、多期間にわたり、毎年同額の受注を継続する場合、受注高が上がると平均利益も上がっていくのだが、ある点を超えると利益が下がりはじめる結果になった。つまり、平均利益を最大化する受注高が存在するのである。これは、上に説明したような繁忙による見積精度低下によって起こる。

つぎに、三つの受注戦略をシミュレーションで比較してみる。戦略Aは固定型で、目標受注量を固定し、毎年、その目標額を受注すべく、案件の入札を繰り返す。戦略Bは変動型で、前期の受注量が小さかった場合は目標値を大きくし、前期にたくさん受注高が上がった場合は、翌年の目標値を下げる、という具合にする。そして戦略Cは抑制型とよばれ、たとえ前期の受注量が小さくても、毎年の受注量上限を決めておき、達成したらそれ以上は入札には参加しない、というものである。そして、今度は、市場の需要にも変動を加えた。

それを15年分、回した結果は、きわめて明瞭だった。市場の需要に変動がある場合、15年間の合計利益は、
 戦略C(抑制型) > 戦略B(変動型) >> 戦略A(固定型)
となったのである。つまり、毎年の受注量に上限を決めて、受注量の平準化を図る戦略が、もっとも安定して収益を上げられる。そして、「とれるだけ仕事をとろう」と無制限に入札を繰り返す戦略Aは、他よりもかなり利益が低くなるのである。

ちなみにこの研究は、プロジェクト・マネジメント分野では世界トップの論文誌であるInternational Journal of Project Managementに昨年掲載されたので、もし詳細を知りたい方は、そちらを参照されるといい(Ishii, N., et. al.: An order acceptance strategy under limited engineering man-hours for cost estimation in Engineering?Procurement?Construction projects. JPMA, Vol. 32, pp.519-528, 2014)。

という訳で、教訓は一つである。つまり、たとえ市場環境が好況であっても、“この際、とれるだけ仕事をとろう”、としてはいけないということだ。自分の組織の処理能力を超えて受注してはいけない。それどころか、たとえ稼働率100%に満たなくても、危険水域を超えて受注をしてはいけないのだ。そうすれば、後でツケが回ってくる可能性が非常に高い。短期的には、運がよければ、切り抜けられるかもしれない。しかし、長期的には、自分の成長力を損なうのである。

そして、わたしが何より心配なのは、世の中にはこうした研究があるのに、産業界ではいっこうに気にしないどころか、知ろうともしない様子であることだ。最初に書いた、工場内の仕掛在庫に関わるダイナミクス研究は、米国ではFactory Physics(工場物理)と呼ばれ、広い意味での経営工学の一部である。後半に紹介した石井先生の研究は、プロジェクト・マネジメント分野の研究だ。どちらも、たしかに理論的研究に見える。しかし、ビジネスに対する示唆は非常に大きいものがある。それなのに、わたし達の社会では、産業界はこうした研究に関心がなく、もちろん研究費を投じようという動きもろくにない。

「ウチの社長は文系だから」という言い訳もよくきく。だが、上記の理屈は、ふつうに考える能力のある人なら、理解できる範囲のことである。まともな経営者は、「じゃあ、ウチの危険稼働率は何%なんだ?」とたずねるだろう。それを推算するのが、エンジニアの能力ではないか。「製造業を捨てた」はずの米国では今なお、工場物理が盛んに研究されている。一方、「ものづくりが日本を救う」はずのわれらが社会では、“数式の載った本なんて出版しても、誰も買いません”、と出版社がいう始末だ。どこかで、わたし達の社会の知的風土は、劣化してきていないだろうか? ・・これが単なる杞憂であることを、わたしは願うが。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

ムリ・ムラ・ムダ: どれが一番いけないか? (2016-12-10)

前回はムリ・ムラ・ムダについて、それぞれどういう意味かを吟味した。そこで問題の後半に移ろう。この三つ、どれが一番よくないのか?

そんなもん、甲乙つけがたい。どれもよくない点では同じだから、というのが大方の答えではないか?

それはそれで結構。一つの考え方だからだ。ただ、別の考え方をする人たちもいることを知っておこう。トヨタ自動車である。彼らの考えでは、ムラが一番よくないとされている。なぜか?

トヨタ生産方式では、周知の通り「働きに結びつかない動きをムダと呼ぶ」と定義する。そして徹底したムダ取りを行っていくのだが、このとき、「ムラがあるから、ムリをする。ムリをするから、ムダが出る」という因果関係で、物事を見る、と経験者からきいたことがある。つまり、なぜムダが生じるのか、という問題について、非常にジェネラル(汎用的)なレベルで

「ムダな動き」がある。

→なぜなら「ムリな作業」をしているからだ。

→そして、それはなぜなら「ムラのある指示」を出しているからだ。

という「なぜなぜ分析」がなされている訳だ。これが、トヨタの基本的問題意識なのだ。

そこで仕事の改善の着眼点としては、まず「ムダ」をあぶり出すために、「見える化」を行う。トヨタにおける見える化というのは、単に何かを可視化することではなく、“問題が生じたときにすぐ検知できるようにする”ことだ。問題とは、標準から著しくはずれた状況をいう。だからこそ有名な「標準なくして改善なし」という標語がでてくるのである。

動いているのに、付加価値のある「働き」になっていないとき(前回の状況1・2の例でいえば、一生懸命仕事しているのに、やり直しが生じて結果に結びつかないとき、あるいは部品を探しに行っているため組立作業が進まないとき)、それがムダとして検知される。ムダが見つかったら、まず、現場でその支援と問題解決をする。

しかし多くの場合、ムダが生じるのは、何かムリをしているためである。たとえば、まだ上流設計が十分固まりきっていないのに下流の製作に着手したとか、組立工程に必要な部品すべてが手近にないため、必要部品を順次配膳しながら組立てることにしたとかいう、無理である。そうしたことは、レイアウトや作業の流れの改善によって解消する。

だがなぜ、適正に作ったはずのレイアウトや、よかれと思って進めた作業フローが、無理を生み出すようになっているのか? それは、レイアウトの設計思想や作業フローの前提条件から外れた、ムラのある指示が出されているからだ。たとえば、取れるだけ仕事を取りに行き、人も足りないのに短納期で受注した、とか、先行内示よりも2割も多い注文が取引先顧客から来て、受けざるを得なかったため、製造現場が予定していた段取りを変えるような指示を出した、とかいった状況である。これが根本原因になって、ムラ→ムリ→ムダを生み出す、という構図である。状況1・2は結局、次のようになる。

状況1の構造

 人が足りないのに短納期で受注した(ムラ)
  ↓
 上流設計が固まらないうちに、下流の製作に着手した(ムリ)
  ↓
 条件が変わってやり直しが必要になった(ムダ)

状況2の構造

 先行内示よりも2割も多い注文が来たので、製造の段取りを変えて指示を出した(ムラ)
  ↓
 組立工程に必要な部品すべてが手近にないため、配膳しながら順次組み立てた(ムリ)
  ↓
 組立作業中に足りない部品を探しに行った(ムダ)

ちなみに前回の状況3に書いた、非生産的な週次進捗ミーティングの背景に、ムラがあるかどうかは、わからない。しかし、一人ひとり進捗をきけばすむことに、全員を呼んで付き合わせたというムリはあっただろう。進捗報告だけならば、週報あるいは日報にインプットして集計する仕組みをつくっておき、全員が共有すべきタスクや問題だけを、皆を集めて話せば時間のムダは生じないはずだ。

ところで、ムダやムリは現場担当者自身が気づいて自覚できるが、ムラを無くすことは、担当者にはできない。それは指示の問題であり、すなわちマネジメントの仕事である。だからムラが一番よくない、ということになる。

それで、トヨタはムラを無くすために、「平準化」を重視するのである。つまり月間生産計画で月産台数を決めたら、それをまんべんなく、なるべく均等に作っていくようにする。当たり前のことだが、生産という仕事は、同じものを同じペースで繰り返し作っていけば、効率は最大になり、コストは最小になる。ムラが、見えない非効率と高コストを生むのである。

そして、ムラを無くすために、営業側は平準化した販売を心がけて努力する。これがトヨタの思想である。「一番安く作れるように、売ること」が営業部門の仕事なのだ。まあ、もともと自動車は季節性も少なく商品サイクルも長いため、平準化した販売に向いた商品ではある。ただ、彼らはその特性を意識して利用している。かつて'80年代に、それまで製造会社(トヨタ自工)と販売会社(トヨタ自販)に分かれていた2社が合併してトヨタ自動車が生まれるのだが、その動機の一つは、このような平準化した販売と生産の実現にあったと想像される。

もちろん、以上はトヨタの考え方である。別に、あなたはあなたの考え方を持っていい。わたしだって別に、トヨタの思想のセールスマンではない(だから「トヨタの真似だけでは儲からない」という副題を持つ本『“JIT生産”を卒業するための本』の共著者になったりしたのである^^;)。また、あなたの会社の製品は季節性や単発性が強く、平準化した受注・販売など思いもよらないのかもしれない。

だが、そういうあなただって、無理をさせられるのは真っ平だろうし、ムダだって嫌いなはずだ。だとしたら、見通し得ず準備もできないような対応を要求されたり、ルールなく気分次第で決断を下されることは、避ける努力をするべきである。少なくとも、そのことが非効率や高コストや長納期の原因になっていることを、指示を出す側に対して、明示する方が良い。

そして同じ事は、あなたのサプライヤーに対しても、するべきでないことはお分かりだと思う。サプライヤーが予見も準備もできないようなペースで発注や指示を出したら、彼らは必ずムリをして、結果としてムダを含んだコストがかかることになる。その高いコストを、結局はあなたの会社に請求してくるのだ。

とえばサプライヤーが適正に予見できないような再製作やリワークを含む発注をする場合、その予見できない分は、本当は実費精算契約にすべきである。そうすればリワーク分が「見える化」されて、あなたの側の改善のタネを与えてくれるだろう(念のためいっておくと、あなたの会社が海外に進出したら、そんなムリな注文は海外企業はふつう受けない。無理が通るのは、相手がつきあいの長い国内企業の場合だけだ)。あるいは、たとえばあなたの企業が大会社で、発注先の部品サプライヤーが中小だったら、ムリなJIT納品など要求すべきではない。むしろあなたの側で部品在庫をもって急な需要変動に対応し、サプライヤーに対してはより平準化した量を注文するようにした方が良い(後者のアイデアは、畏友・本間峰一氏による)。

ムラのある指示が、一番良くない。予見・準備ができ、実行可能な計画を作って、生産・販売が合意すること。あるいは発注者と受注者が合意すること。そして、それをお互い守ること。これこそが、わたし達を異常なムリ・ムダから守るすべなのだ。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

「在庫管理」には二種類ある

拙著「革新的生産スケジューリング入門」の冒頭にも書いたとおり、私はあまり「管理」という言葉を使わない。管理という日本語は便利だが、非常に多義的であり、使い方に注意しないとみえない誤解を生むことがある。

その一つの典型が「在庫管理」ではないだろうか。在庫管理をめぐって社内外の技術者と議論すると、どうも誤解や混乱が生じることが多い。そのうちに私はふと、在庫管理という用語が、じつは二種類の異なる意味で使われていることに気がついた。それは「在庫品」のコントロールと、「在庫量」のマネジメントである。

いったいその二つのどこが違うのだ、とお思いだろうか? 在庫品を管理する事とは、同時にその数量を管理することでもある、はずではないか。

ところが、必ずしもそうではないのだ。製造業の中には、製品や資材の物的管理はきちんとしているが、製品在庫量や資材の在庫レベルについては明確な基準がなく、なりゆきまかせに近いところが、少なくない。それどころか、この両者を担当する部署が異なる場合さえある。うかつにも私は、このことに最近まで気がつかなかった。それというのも、管理という日本語に安易によりかかっていたせいだ。

在庫管理の本を読むと、パレート分析(ABC分析)や、定期・定量発注方式、ダブルビン法などが解説されている。また、安全在庫数量と経済的発注点をもとめるWilsonの公式がのっていることもあるだろう。こうした理屈は、在庫数量をどうするか、という課題に対して役に立つ。在庫が多すぎては困るし(在庫金利や保管費がかさむ)、少なすぎて欠品をしばしば起こすようでは、業務に差し支える。

そこで、基準レベルを決めて、足りなければ補充の依頼をかけ、多ければ供給を止めて減らしていく。無論、客先需要や社内の使用量はいろいろな要因で変動するから、うまく先読みをして計画を立てる必要がある。−−こうした行為が、すなわち「在庫量のマネジメント」だ。マネジメントとは、リスクや環境変動の中で、なんとか目的を達成するための営為を指す。

ところで、「在庫品のコントロール」は、もっと目の細かい、几帳面さを要求される現場作業である。在庫品一つ一つに現品票や整理番号を与えて台帳に記帳し、物品を傷つけないように保管し、入出庫し、包装あるいは開梱し、搬送する。そして、どの物品がどこにあるか、その所在をつねに把握しておく。いったん要請があれば、すぐに取り出せる状態にする。また、急な入荷に備えて、つねに保管スペースの空きを用意しておく。

とうぜんながら、在庫品のコントロールもまともに出来ないような工場では、在庫量のマネジメントなど出来るわけがない。保管がわるくて損失が出たり、所在が行方不明になるようでは、在庫量の把握もおぼつかないからである。しかし、在庫品のコントロールが出来ている企業が、必ず在庫量をマネジメントしているかというと、そうとは限らない。コントロールはマネジメントの必要条件だが、十分条件ではないのだ。

ことに最近は、物流業務を3PLに外部委託するケースが増えている。この場合は、請け負う側は物品のコントロールのみに責任を持つ。在庫レベルの増減、つまりいくつ売り、いくつ作るかは、物流会社の権限の外である。こうして、二種類の在庫管理は、いよいよ組織面でも権限的にも異なるプロセスとなっていく傾向にあるようだ。

そこで私は、混乱を避けるために、前者を物的保管業務、後者を在庫量統御業務とよぶことにしたらどうか、と提案したい。提案したいが、あまり受けないだろうことは想像に難くない。だって「管理」の語がなければ、自分の仕事にちっともありがたみが感じられないではないか。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

冷蔵庫の在庫とサプライチェーンを考える (2012/05/15)

牛乳を冷蔵庫から出し、コップについで一口飲んでから、ふとパックの日付をみると賞味期限をすぎていた経験はないだろうか。あるいはヨーグルトやジュースでもいい。たしかに風味はやや落ちているが、別におかしな味ではない。まだ飲めるのにな、どうしてこんな早い賞味期限をつけるんだろう? 飲料メーカーの「リスク・マネジメント」のおかげで、捨てなければならない食べ物が増えたような気がする。そのリスクにしたって、消費者の心配よりも、自分達がクレイマーをおそれてのことじゃないか。そんな気分にもなってくる。

しかし刺身だとか青菜だとか鶏肉だとか、他人やメーカーのせいにできない食料品も、つい無駄にしたことがある。買うときには、すぐ食べるつもりだったのである。でも、何かの都合で後回しになり、そのまま冷蔵庫の中で日が経ってしまった。傷みやすいものは、それでも気をつけるのだが、そうでもないものはつい油断してしまう。こうして、アフリカやその他、地球上で飢えている大勢の子供たちに申し訳ない気持ちになりながら、食べ物を捨てた経験のある人は、わたし以外にもいるにちがいない。このような先進国の無駄が、限られた地球の農業生産物の不平等な分配に寄与し−−なんて高尚なことは思わないにしても、とにかくもったいないではないか。

この問題を解決するにはどうすればよいか。とある日曜日、グローバルな食料不足という課題に微力ながら貢献すべく(つまりは多少ヒマだったから)、サプライチェーンの観点から、解決策を考えてみた。サプライチェーン・マネジメントとは、需要と供給を同期化し一致させることにある。これはこのサイトでも繰り返し書いたことだ。在庫や移動の無駄が発生するのは、その需要と供給が一致していないことに起因する。発生(供給)と消費(需要)のタイミングが合わなければ、そこに在庫が発生し、発生場所と消費場所が違っていれば、輸送が必要になる。

だからといってミルクが飲みたくなるたびに、牛舎からウシを引っ張り出して連れてくるというのも、やや面倒ではある。衛生上、低温殺菌だって必要だ。それにあんな量を毎日生産(排出?)されては、とうてい我が家だけでは消費しきれぬ。やはりここはメーカーさんにミルクプラントを運用してもらい、見込生産で供給してもらうしかない。バッチで殺菌処理して、小分けにして瓶詰めあるいはパック詰めする。そして消費量に見合った配達をする。受け取った方は、やはり冷蔵庫にしまうしかない。

牛乳に限らず、一般に農業生産物は『見込生産』で作らざるを得ない。魚を食べたくなってから釣りに行ったり、漬け物を食べたくなってから大根を植えたりする訳にはいかないからだ。おまけに自然の産物にはその季節、あるいは旬がある。そして生ものだから消費期限も。だからどうしても食料品のサプライチェーンには在庫がついてまわる。米のように貯蔵性の良いもの以外は、長持ちする加工品にして貯蔵することが必要である。まさに人類が昔からやってきたことだ。あとは冷凍・冷蔵するか、である。これを生産者の場所ではなく、消費者の各家庭で実現したのが、家庭用冷蔵庫であった。だから戦後復興期に、冷蔵庫は洗濯機や掃除機とならび、家電必需品となって、家電メーカーを(日本だけでなく多くの国で)大企業に押し上げたのである。

ところで、そもそも冷蔵庫という近代的マシンの機能は何だろうか? 仕組みから言うと、あれは冷媒をコンプレッサーと配管で気化器と熱交換器に循環させ、内部の熱を外部にくみ出すシステムだ。そうした冷却機能と並ぶ、もう一つの柱が「保管機能」である。冷蔵庫は多品種少量品の保管システム、であるはずである。この面から再検討できないだろうか。

工場や物流センターなどで倉庫を機能設計する際のポイントがいくつかある。まず、使う側のソフトの問題だ。保管する物品は、箱や缶やコンテナなどに入れて、ある程度「定型化」することがコツである。積みやすく・持ちやすくなるし、スペース効率も高まる。まあ、牛乳パックなどは合格だろう。野菜や魚介類は不定形なので、ちとやりにくい。だからタッパーウェアは偉大な(そしていかにも米国らしい)発明品であった。かの国では、買い物は週に1回、車で巨大スーパーにいき、一週間分の食料品をカート一杯に積み込んでかえってくる、というのが標準的生活パターンだからである。貯蔵量が半端じゃない。牛乳パックなども2リッターが普通なのだ。

つぎにソフト面で考えるべき事は、その小分けした物品に現品表(カンバン)を貼ることだろう。内容が何で、いつ購入し、いつまでが消費期限かを明記する。そして入出庫管理台帳をつくり、どのIDの物品を出し入れしたか記録する、のだが、こんな面倒なことを家庭ではやっていられまい(じつは、かなり多くの工場でさえ、きちんと現品表を貼らずに資材をおいたり運んだりしている)。

とくに、入出庫管理台帳の一番大事なポイントは、『保管場所のロケーション管理』である。あれってどこに置いたっけ? と冷蔵庫の奥をかき回した経験は誰にもあるだろう。どの物品をどの場所に保管したか。これは後で取り出すときのキーになる。ほかに倉庫管理システム(WMS)の機能として、ある品目の合計量の計算、棚卸と在庫修正、などがあるが、ここには詳しく述べない。そうした情報システムに興味のある方は、渡辺幸三氏の著書「生産管理・原価管理システムのためのデータモデリング」などを読まれることをお薦めする。

ところで、こうしたロケーション管理的な面倒の一切をなくしてくれる、素晴らしい発明がある。それが立体自動倉庫だ。棚が縦横にならんでおり、スタッカー式クレーンなどと呼ばれる機械が動いて物品の出し入れをする。入出庫口に荷物を置けば、自動的に空いている棚に運び入れてくれて、場所は自分で覚えておいてくれる。「あれ取ってきて」と頼めば、自分で勝手に取ってきてくれる。荷物にバーコードでもついていれば、自動的に識別もしてくれる。では、冷蔵庫に自動倉庫機能をつけ加えてはどうだろうか? 消費者の悩みは万事解決、ではないか。

ところが、そうはいかないのである。「あれ取ってきて」とわたし達が言うときには、“あの牛乳の、一番古いやつから先に取ってきて”という意味である。しかし自動倉庫の側は、17番の棚の牛乳と26番の棚の牛乳が「おなじもの」だというパターン認識はできないのだ。せめて商品バーコードが共通なら、同種物品だとは判定できよう。その場合でも、賞味期限までは分からない(バーコードには入っていない)。だから結局、箱と中身の紐づけ(マスタ作成)はユーザの作業になってしまう。

しかももっとまずいことがある。自動倉庫にいったんしまうと、どこに入ったか分からず、視界から消えてしまう。すると記憶からも消えがちになる。どこかの棚で牛乳がチーズになり、ワインがお酢になっていても気がつかないことが起こりうるのだ。定期的な棚卸作業が必要になる。これでは失敗だ。

自動倉庫方式の、機械と情報システムのインテリジェンスに頼るやり方は、(大規模工場ならともかく)冷蔵庫程度のスケールでは引き合わないことが分かった。それでは、どうするか。発想を逆転させて、人間の側の視覚とインテリジェンスに頼ることにしてみよう。

まず大事なのは、どこに何があるか全部見えるようにすることだ。このためには冷蔵庫の扉を現在のような金属製のものではなく、断熱ガラス製にすべきである。さらに、冷蔵庫の幅と奥行きも問題だ。あれでは手前に物を置いたら奥のものが見えなくなる。だから、冷蔵庫はもっとずっと平べったい、奥行きせいぜい30cm程度のものにする。

しかし、そうすると壁面を今よりたくさん占有してしまう。狭い日本の住宅事情から考えて問題だ。これをどうすべきか? じつは、妙案がある。それは、冷蔵庫を縦型から横置き型にしてしまうことである。横置きにして、下に4本の足をつける。つまり、文字通りテーブル型にして、台所ではなく、ダイニングルームの真ん中におくのだ。上面はガラス製だから、上からどこに何があるか、全部一目で見渡せる。以前買ってきて忘れたもの、賞味期限が近づいたもの、すべて目で見れば思い出す。モノ探しの手間もずっと減る。

食事の時に冷蔵庫の中身を見たくないのなら、その時だけ上にクロスを敷くか、あるいはいっそ液晶方式にして、スイッチ一つで洒落た模様に変えるのもいい。

取り出し口は、横につける。つまり引き出し方式にする。この引き出し口は、左右両側につけるようにする。そして中に入れる物品は、すべてトレーにのせる。このトレーは滑りやすくできているので、突っ込んだり出したりが楽にできる。

しかし、出し入れ口を左右二ヶ所にする最大のメリットは、「入口と出口の分業」である。例えば必ず左から入れ、右から出すようにする。こうすると、庫内に左から右にものの流れができる。つまり、先入れ先出し方式が自動的に実現できるのである。どのヨーグルトを先に買ったのか、もう悩まなくていい。右に近い方から順に取り出せばいいだけだ。庫内が一杯になってきたら買い物を控えるだろうし、少なくなったら買い出しの時期だと分かるだろう。

うーむ、われながら素晴らしいアイデアだ。究極の「サプライチェーン型冷蔵庫」である。これを商品化すれば一攫千金、大金持ちになれるだろう。だが、地球レベルの食糧問題に貢献すべく公共心を発揮し、このアイデアは無償で公開することにしよう。

しかし、この程度のことは、ちょっと気が利いた工場ならばすべて職場で実現していることだ。モノを定型化して置く、入口と出口を分けて流れを作る、ロケーション管理の手間を不要にする、そして全体の量が見えるようにする・・わたし達はここに、「単なる物置」から「使用者のための物品供給の仕組み」への進化を見るのである。そしてこうしたシンプルな原則の理解こそ、わたし達の効率をアップさせるために必須の知恵なのである。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

その在庫はストックですか、フローですか? (2012/05/25)

もうだいぶん前のことになるが、仕事でスコットランドのアバディーンという街に出張した。北海に面したスコットランド第二の都市で、事実、北海油田関係の企業が集積している。仕事を終えてかえる頃に、親戚への土産にスコッチ・ウィスキーを買っていこう、と思い立った。しかし、わたしは酒に弱いので、ウィスキーのことなどさっぱり分からない。そこで取引相手のスコットランド人にアドバイスを求めた。すると彼の答えはとても簡潔明快だった。「15年以上の、シングルモルトのものを買え」

わたしはその言葉にしたがって、銘柄は忘れたが15年モノのシングルモルト・ウィスキーを探し求め(とにかくあの地にはやたらとたくさんの種類のスコッチが店に並んでいるのだ)、幸い親戚にも喜んでもらえた。わたし自身はきっと15年物だろうが7年物だろうが飲んでも区別できないだろう。しかし、スコットランド人は、(あんなに料理の味には無頓着なくせに)ウィスキーの味となると微に入り細に入り、じつに批評眼が鋭いのだ。

ところで、このとき店頭に並ぶウィスキーの在庫を見て、こう思ったのも事実だ。こういう製造に長期の時間を要するメーカーの生産管理というのは、どうやって考えるのだろう?

「15年物のウィスキーのリードタイムは?」という質問を、わたしはリードタイムを説明するときによく使う。このサイトでも以前書いたかも知れない。ウィスキーの仕込みを始めてから完成するまで、製造のリードタイムはたしかに15年(以上)だ。ところで、この酒をネットで注文すると、2,3日後には手元に届く。いったいどちらが本当のリードタイムなのか?

むろん、この問いは実は意味がない。リードタイムとは、なんらかの『オーダー』(指示)が発せられてから、それが完了するまでの期間を呼ぶ。そのオーダーの種類によって、リードタイムも何種類もあるのだ。生産指示が出てから、生産完了するまでを「生産リードタイム」と呼ぶのだし、納入指示(発注)から納品までの期間を「納入リードタイム」と呼ぶ。だからウィスキーの生産リードタイムは15年だが、納入リードタイムは3日なのだ。両者の差は、ウィスキーのサプライチェーンの「店頭在庫」がギャップを埋めている。

さて、そうなると一つの疑問がわく。それは、ウィスキー・メーカーの在庫の多寡は、どうやって判断するのかという問題だ。財務諸表を引っ張り出して、棚卸資産の金額を、売上高の金額で割って「棚卸日数」(あるいはその逆数である「棚卸回転数」)を計算する作業は、企業診断のコンサルタントだったら誰でもやる作業だ。しかし、なにせ蔵の中には15年分の貯蔵酒があるのである。店頭在庫が10日分あろうが60日分あろうが、数字的には大勢に影響はないことになってしまう。無論、店頭在庫だけの回転数を計算することはできる。だが、洋酒メーカーに限って半製品・仕掛在庫を計算から除外する根拠は、何なのか? いや、洋酒だけではない。日本酒にせよ、味噌・醤油にせよ、長期間熟成過程を必要とする製造業は案外多い。短期と長期の境目はどこに引くのか?

じつは、このような疑問は、在庫というものの中身を区別しないから生じている。中身と言うよりは「目的」とよぶべきかもしれない。それは「ストック」と「フロー」である。

在庫はみなストックではないのか!?−−そう、考える人は多いだろう。答えはNOである。在庫には、下流工程の使用予定が未定のものと、使用予定に明確に紐付いているものの二種類がある。前者がストックとしての在庫である。後者は、すぐに使われていく、一次的な存在であるから、『フローとしての在庫』と考えるべきだ。ちなみに英語では、在庫全体(棚卸できる対象)をInventoryという。このうち、消費予定が明確でなく保存しているものをstockといい、すぐ下流工程に使われるものはふつうWork in Process (WIP)と呼ぶ(ただしstockには“保管する”という動詞の意味もあるので、まぜこぜに使われることも少なくない)。

通常の在庫管理では「引当」という仕組みがあることはご存じだろう。“どこそこ向け納入予定に引き当てた”といった使い方をする。つまり使用予定を予約することを在庫引当というのだが、未引当在庫を「ストック在庫」と考えると分かりやすいかもしれない。逆に、すでに全量が下流の使用予定に引き当てられているものは「フロー在庫」である。

フロー在庫の代表例が、ウィスキーなどの「エージング」期間中のinventoryである。これは漠然と保管しているのではない。エージングは一種の製造工程だと解釈することもできるだろう。だから貯蔵樽の中のウィスキーは、フロー在庫なのである。同様に、ベルトコンベヤの上に並んで流れていく半製品・仕掛も、フロー在庫である。それは短期間、一次的にそこに存在するだけである。ウィスキーだって、一定の熟成期間が終われば、製品として瓶詰めされる予定に最初からなっている。そして、瓶入りの製品になった瞬間、(たぶん)それは納入先の未定な「ストック在庫」に変身するのである。

誤解のないようにしてほしいのだが、「動いているモノ」がフローで、「止まっているモノ」がストックなのではない。トラックに乗って動いていても、それは売れるあてのない商品を工場から物流倉庫に移しているだけなのかもしれない。味噌樽の中の味噌は、エージング中のフロー在庫である。

わたし達が生産管理の有効性で問題にするべき尺度は、使用未定の「ストック在庫」の量と回転率である。なぜならストックは、陳腐化や売り損ないのリスクにさらされているからだ。またストックはお金を寝かせているので、在庫金利という形で見えないコストを発生させている。他方、「フロー在庫」は、避けて通れない在庫である。15年物のウィスキーを7年に短縮しろ、とコンサルタントが要求したら、それは愚かというものだ。もちろん、ロット待ちなどで無駄な滞留が起きることは、もちろんある。工程を工夫してフロー在庫も減らせるなら、減らせばいい。しかし決してゼロにはならない。ゼロを目標にすべきでもない(それはモノを作っていないのと同義だから)。

みなさんが何か製品や部品を手に持ったら、“これはストックなのかフローなのか”を自分で問うてみるといい。さらに自分に入ってくる情報や帳票も、ストックなのかフローなのか、区別を考えてみると面白いかもしれない。ただし、モノの世界では、ストック在庫はいつかは出荷されてフローに変わるはずだが、単に履歴として貯蔵されているデータは、自分達が主体的な意思を持って分析しない限り、意味のある情報としてフローには再度転化しないだろうが。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

在庫問題の構造を考える (2012/06/02)

先日、中小企業診断士の勉強会で講師に呼ばれて、在庫管理に関する簡単なレクチャーをする機会があった。在庫問題は、製造業にも小売業にも広く共通する悩みといっていい。在庫に頭を悩ませないでいいのは、完全個別受注生産(英語でいうとETO=Engineer to Order)の形態をとる航空機・造船・プラントなど、設計してからモノを買えばいい業種と、あとはホテル・鉄道・医療・金融などの、そもそも商品の作りだめや在庫ができないサービス業だけである。

モノがありすぎる。それなのに、必要なモノが必要なときに限って、手元に無い。これが典型的な在庫問題だ。モノがありすぎればスペースをくう。保管や出し入れに余計な手間も費用もかかる。保管中に破損したり、有効期限を過ぎたり、へたをすれば陳腐化して無用になってしまうリスクもある。それに、お金を無駄に寝かせていることになる(運転資金を固定化してしまっているため、その分、じつは知らぬうちに金利を余計に払っているのである。これを「在庫金利」と呼ぶ)。これが会社の損益や資金繰りを圧迫する。在庫がありすぎていいことはないのである。

それなのに、なぜ在庫が多いのか。一つの理由は、「たくさん買うと安くなる」からだ。いや、「そう信じられているからだ」と言い直そうか。資材購買部門のモチベーションは、“いかに安く買ったか”に集中していることが多い。購買の仕事は、営業の仕事のちょうど対称型になっている(これはサプライチェーンにおける売りと買いの位置を考えてみれば当然のことだ)。営業が売上を目指して走る姿を、ちょうど鏡に映したみたいに、購買は単価低減を手柄に思う。ちなみに、どちらも「文系」の仕事だと思われている点も似ている。ここで頼られる原理の一つが、“1ダースなら安くなる”=ボリューム・ディスカウントなのである。だから、つい購入ロットが大きくなる。

しかし、責任は買う側ばかりにはない。作る側だって、“作りすぎ”によって仕掛や製品在庫を積み増している。なぜ作りすぎるのか。それも一つには、「一度にたくさん作った方が安くなる」からだ。たしかに、その局面の作業効率や品質だけを見れば、製造ロットが大きい方が作りやすいのは事実だろう。こうして、購買部門も製造部門も、コストダウンを最優先に置けばおくほど、買いだめ・作りだめに走ることになる。

でも、その結果として在庫が増えれば、収益を圧迫することになるのではないか。じゃあ、部門のコストダウン目標と矛盾していないか? −−ところが、本人達にとっては矛盾しないのである。なぜなら、保管費や入出庫工数アップは物流部門の問題だからだ。それに、在庫金利(これが本当は一番深刻なのだが)は、工場長の問題ですらない。本社の財務部門が支払う金利にかくされているからだ。ここに、分業化された機能型組織の問題がある。

もちろん、会社全体としては在庫過剰は課題と認識されているし、在庫削減の号令も、何度となく繰り返して下されてきたはずだ。そのたびごとに、不要品を廃棄したりして、工場側は“対応”してきた。だが、コストダウン目標が取り下げられた訳ではない(そんなことはあり得ない)。コストはいつでも最優先課題である。コストはコスト、在庫は在庫。両者の間に微妙なトレードオフ関係があろうとは、本社の側ではあまり認識されていないようだ。

それでは、どうしたらいいか。出発点は、在庫問題を事実として正確に把握することからはじめるべきだ。最初に書いた在庫理論のセミナーでは、出席された銀行の人から質問があって、「中小企業に指導に行ったとき、在庫問題についてはどう言えばいいか」と問われた。それに対するわたしの答えは、「ツー・ステップあります」である。

(1)まず、在庫を表に出すこと。どれがいくつあるのか、品目と数量を調べてみることである。在庫量をきちんと把握できていない企業は、案外多い。またこれは、文字通りの意味も含んでいる。つまり、(小企業などでは)倉庫の奥に寝かしてある在庫品を、まず見えるところに出してみるのである。表に出してみると、「こんなものがこんなにあったのか!」と驚くことが、必ず出てくる。それだけでも、かなり学習効果がある。棚卸作業は毎期やっているはずなのだが、工場管理者が人任せにしていて現場を見ないでいると、気づきが起きないからだ。

ちなみに、品目別の数量がわかったら、それを金額ではなく、日数分でカウントさせることが大事だ。「10万円分」ではなく「150日分」と把握させる。そのためには同時に、その部品の平均的な使用量を把握しなければ、日数を計算できないことになる。財務上は、たしかに金額で表示される。しかし、無駄か無駄でないかは、むしろ日数分の方がずっとビビッドにわかる。月平均30個使うなら、150個だと150日分だ。「こんな部品が5ヶ月分もあるのか・・。」 すると、あとは自分たちで考えはじめるようになる。コンサルタントの一番重要な仕事は、クライアントが自分で考えるよう、しむけることにある。

(2)上記が一応できたら、つぎに、在庫量のうち、どれだけが意図した在庫で、どれだけが意図せざる偶発の結果かを考えてもらう。意図在庫とは、文字通り、組織が意思を持ってそこに一定量おいて確保しようと決めた在庫である。これは組織の意思であって、個々の担当者の意思や気まぐれではないから、その量も、当然ながら一定のルールに基づいて決め、組織が定期的に見直す。一方、偶発在庫とは、その意思に反して(あるいは何ら明確な意図がないために)生じたもののことだ。その多くは買いすぎ、作りすぎによる『できちゃった在庫』である。また工程のトラブルで生じる一次的な滞留なども含まれる。

ちなみに、前回「その在庫はストックですか、フローですか?」で述べたように、在庫は下流側消費予定の有無によって「ストック在庫」と「フロー在庫」に分類できる。したがって、在庫は全体として4種に分類できることがわかる。

いうまでもなく、たいていの中小企業にとっては、「意図在庫」などはゼロで(明確な在庫計画の意図がないから)、全部が「偶発在庫」である。そこで、偶発在庫と意図在庫の比率を、なるべく後者が大きくなるようにした上で、Wilsonの経済ロット公式などを教えつつ、さらに意図在庫を適正な量まで削減(ときには増大)させていくのである。

サプライチェーンのリスク・マネジメント」でかつて書いたように、漠然と生じた余計な冗長性を省いて(在庫は冗長性そのものだ)、要所要所に必要最小限の冗長性を意図して追加することは、サプライチェーンの効率性と安定性(レジリエンシー)を同時に確保するための手順でもある。そしてまた、「問題とは、漠然と期待していた状態と現実とのギャップをいい、課題とは、『あるべき姿』と現状とのギャップを指す」ということも、このサイトでは何度も書いた。在庫についても同じである。在庫問題というのは、在庫について漠然としか考えていないときに、生じる。「あるべき意図在庫の量」が明確なら、そこには課題があるだけなのである。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

需要は出荷量からわかるか

生産計画の出発点は、需要情報だ。需要の数字があり、手元の在庫の数字があって、はじめてどれだけ生産によって供給すべきか、計算することができる。

それなのに、たいていの生産管理の本には、需要とは何なのかを、はっきりと書いていない。生産管理のパッケージはというと、どこからともなく需要の数字が忽然と現れて、入力すれば良いかのようにできている。

しかし、需要の数字は何をもとに誰がどう決めたらよいのか。多くの製造業では、販売(営業)部門と生産(工場)部門に根深い不信感があって、営業部が言ってきた需要予測の数値を、生産計画担当者が勝手変えて、計画のベースにしたりしている。そして言い訳していわく、「営業の予測は楽観的すぎる」「納期が甘すぎる」「販売目標の号令にすぎず、現実的とは思えない」等々。

しかし、かりにこのような組織論的な問題がなかったとしても、予測のベースとなるのは何か、という疑問は残る。過去の販売傾向を分析すれば予測のベースとなるはずだ、というのが普通の答えだろう。もしそうだとしたら、出荷実績を見ればいいことになる。販売管理システムから過去の出荷指示データを引っ張り出して分析すれば、実需の推移が分かるはずだ、と。果たして本当だろうか?

答えから言うと、それは間違いだ。出荷実績データを見ても、需要を表わしてはいないのである。なぜか? たとえば、ある出荷は、客先の要望する納期に10日遅れて出荷されていたのたかもしれない。あるいは、別の出荷は、客先の望んだ品目が欠品だったので、代替品を納めたのかもしれない。つまり、出荷実績というのは、実は『供給の最終的実績』を表わしているにすぎないのである。

需要の本来の内容を見たければ、もっとさかのぼって、実績ではなく要望の側を知る必要がある。では、それは営業担当者が最初に入力した受注情報だろうか? いや、そうとも言い切れぬ。なぜなら、その入力の前に受注をめぐる客先との交渉があって、本来の客先希望納期からすでにずらされていたり、品目が代替されている可能性があるからだ。

では、その情報はどこにあるのか。私が働くエンジニアリング業界などは、引合いの最初に調達要求書(Purchase Requisition)を作ってベンダーの営業担当者に渡すから、これが需要情報の本来の中身を示している、と言えるだろう。しかし、これは買い物のほとんどが注文生産品、というプラント業界の特殊性によっている部分が大きい。標準品のカタログ買いの世界では、調達要求書を毎回作ったりはしない。まして、末端消費者の買う最寄り品の世界では言うに及ばずだ。八百屋に野菜を買いに行くのに、調達要求書をもっていく人がどこにいるだろう?

需要情報とは、本来こうした性格のものであることを計画者は知るべきだ。予測が不確実、云々を議論する以前に、直近の需要実績を知ることすら、きわめて難しいのだ。だからこそ、そこに意志決定のプロセスが不可避なのであり、計画の技術が必要なのである。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

基本的フレームワークで4種類のビジネスモデルを理解する (2014/08/30)

企画部門で働いていると、ときどき外部から質問だのアンケートだのが送られてくる。このごろは、「御社ではビッグデータに取り組まれていますか」という意味の質問がときどき来る。しかし、なぜそんなお門違いのことを聞いてくるのか、と思ってしまう。大企業は皆、ビッグデータを持っていると思っているのだろうか?わたしの勤務先はエンジニアリング会社である。どうみても送り先を間違えているだろう。それは、エンジ会社というビジネスモデルの基本類型を考えてみれば、自ずから明らかなはずなのだが。

わたし達の生きているこの社会でのビジネスモデルは、大きく分けて

 (1) 一般消費者向けの商品・サービスを主に販売するB2C(Business to Customer)モデル
 (2) 他の企業・組織向けの商品・サービスを主に販売するB2B(Business to Business)モデル

に分類でき、それらはさらに

 (a) 需要の予測にもとづいて、商品・サービスをあらかじめ用意しておく見込型ビジネス
 (b) 個別の注文を受けてから、商品・サービスを提供する受注型ビジネス

に分けることができる。つまり、全部で4種類が存在する訳である。そして、各企業の業務の特性や組織のあり方は、このビジネスモデルのあり方に大きく影響される。

たとえば、液晶TVを生産する電機メーカーは、(1a)「B2C見込型ビジネスモデル」である。あらかじめ需要を見込んで商品を設計し、生産しておく。販売先は一般消費者だ。いや、電機メーカーの直接の販売先は、家電チェーンストアや一般家電店のはずだ、それに、企業や学校なども液晶TVは購入する−−という反論も考えられよう。しかし、需要のあり方(量や種類)を最終的に決めるのは消費者だし、販売量も圧倒的に消費者向けが多い。だから、(1a)のB2C見込型、という見立てが適当なのである。こうした分類では、「主に」という面に注目するのが大事である。

自動車会社はどれだろうか。いわゆる乗用車を主に生産している会社がB2Cに属するのはわかる。ただし消費者は、購入時点で、どのモデルの車種を選ぶかだけでなく、外装や内装、ATかマニュアルか、エアバッグ等のさまざまなオプションを選ぶ。したがって、個別に見ればどれひとつとして同じ車はなく、すべて受注生産だ−−という事を強調したがる人も多い。じゃあ(1b)「B2C受注型ビジネス」かというと、わたしはそうは考えない。じつは自動車を構成する数万点の部品のうち、顧客指定の個別仕様でかわる部分の比率は非常に小さく、車種・モデルによる共通点のほうが圧倒的に大きい(だから「モデル」という概念が成立するのだ)。おまけに、日本の自動車工場では、じつは海外輸出向け製品が案外大きな比重を占めている。このことはコンサルや学者もほとんど言及しないか忘れているようだが、見込生産分がそれなりに多いのだ。だから自動車メーカーも、(1a)「B2C見込型ビジネスモデル」に属するといっていい。

サービス業で言えば、鉄道・航空・ホテル・携帯電話など、一般消費者向けの業種の多くが(1a)に属する。預金者を相手にする銀行業も(1a)である。学校、保育、病院なども、民間ビジネスとして見れば(1a)に属する。

では、(1b)「B2C受注型」にはどんなものがあるのか。たとえば宅配便というビジネスは、その典型例だ。またオーダーメイドの服しか作らぬテーラーや、高級オートクチュールなどはこの種類になる。サービス業としての弁護士なども、多くはこのタイプである。ただ、基本的に顧客数が多くなるB2Cビジネスで、個別性の高い商売を続けるのは、どうしても効率がわるい。だから、成長拡大しようとすると、ある程度の「パターン」「モデルコース」「商品メニュー」などを事前に取りそろえて、人員や資源を配備することになる。その結果、しだいに(1a)タイプに移行していくわけで、(1b)はむしろ(1a)を補完する形で、個別需要を満たすような、ラスト・ワンマイル的な、あるいは高級顧客向けの業態として残るケースが多い。

(2a)「B2B見込型」は、基礎化学・素材メーカーが典型である。エチレンだのプロピレンだのといった商品は、普通の消費者が買いに来るものではない。ERPなど業務パッケージ・ソリューションのベンダーもこの部類だ。また、自動車業界の系列として、ジャスト・イン・タイム供給に全面的組み込まれている部品メーカーなども、じつはこの部類に属する(部品メーカーは受注生産に分類されるのが普通だが、この種の業態では、じつは注文を受けてから製造しているのでは間に合わぬ。だから内示などの需要見込を起点に、自己責任で作り始めるのである。「受注生産という名前の見込生産」を参照のこと)。

(2b)「B2B受注型」にはどんなものがあるだろうか。たとえば、わたしの勤務するエンジニアリング業は、典型的な企業相手の受注ビジネスである。製造業の顧客相手に、工場を設計して納める仕事だ。製鉄業も、納める相手は企業だが、基本は受注生産である。産業機械・工作機械もこのタイプが多い。いわゆる建設業も、ほぼB2B受注型ビジネスの範疇に属する。住宅建設で建売の場合でも、通常は不動産デベロッパーが直接顧客である。もし注文住宅専門のところがあるとしたら、それはさすがに(1b)タイプだが。このように、同じ業種分類でも、ビジネスモデル種別が異なることはありうる。

もちろん、同じ会社の中に二種類以上が同居する場合もある。医薬品メーカーは基本的に見込生産だが、いわゆる医家向け医薬品と、店頭で販売する売薬では、モデルが異なる。前者は、医師の処方箋が必要な医薬品で、病院や薬局などで渡されるものである。ふつうの消費者が知っているのは後者の方だろうが、じつはビジネス規模としては前者の方が大きい。(1b)と(1a)が混在しているといえるだろう。

こうしたビジネスモデルの基本類型は、教科書的に言えば「企業が戦略として選ぶ」だろうが、現実には“結果としてそうなっている”場合も多いだろう。売る商品と市場の形から、4つのタイプのどれになるのかが自然と決まってくるのだ。

そして、このビジネスモデル基本類型のあり方は、企業の特性や組織に大きく影響を与える。たとえば(1a)のB2C見込型企業では、幅広い販売網の形成と維持が不可欠である。とくに現代の成熟した消費者市場では、モノを作る側よりモノを売る側の方にボトルネックがある。したがって営業組織の人数が、いきおい多くなる。社内での発言力も大きいだろう。もしかすると工場は製造子会社化しているかもしれない。また、このタイプではTVなどに広告宣伝も打つから、結果として会社の知名度も高く、マスコミの注目度(とりあげる頻度)も大きくなる。

B2Cビジネスの特徴は、「大ヒット」商品が存在しうることである。消費者の購買行動には、他の消費者と同調する傾向がある。だから、「良く売れている商品だから買う」「人より一歩早く流行に乗りたいから買う」行為、つまり商品それ自体の価値とは直接関係しない購買が少なくない。そしてヒットが生じれば、マスコミがニュースとしてとりあげ、さらに注目されるスパイラル効果が生じる(マスコミ、つまり放送・新聞・出版業もまたB2C見込型ビジネスなので、ヒットを題材にできるとありがたい)。かくして、いったん大ヒットになれば、企業として売上面の大幅な成長が期待できる。工場でこつこつカイゼンして作るより、ずっと儲かるのだ。結果として、組織内に「ヒット待望論」的なムードも生じ、製品企画部門がその期待の中心になる。

さらにいえば、このタイプは顧客データが膨大になる。そこから需要傾向をつかむ事も大切なので、顧客マスタの統合・維持がIT面での大きなテーマだろう。『ビッグデータ』でワイワイ騒いでいるのは、ほとんどがこの(1a)タイプのビジネスである。なのに、相手の企業の業容を考えずに、どんなキーワードも同じように適用できるとIT産業の人たちが思っているのだとしたら、少々おめでたい。だから、「相手の業容」を理解するための簡単な道具の一つとして、このビジネスモデル分類の話をしているのである。

(1a)の対極にある(2b)「B2B受注型ビジネス」は、広告やマスコミ取材という華やぎもなく、一発大ヒットも生じにくい、地味な世界である。しかし、移り気な消費者の好みによる需要の急減もなく、目先をかえるために半年ごとに製品開発を繰り返す必要もない。とくに生産財の場合、まともな購入側は、価格のみならず実績・品質・納期なども必ず勘案して、総合的に判断する。だから、よほど汎用的なモノでない限り、品質度外視の無謀な価格競争には比較的陥りにくいし、新規参入だってB2Cほど楽ではない。

したがって、自分のポジションの利点をきちんと理解し、有利性を確保するよう戦略的に動くことができれば、きちんと利益を上げることも難しくない。本間峰一氏が「受注生産に徹すれば利益はついてくる!」で指摘するように、銀行の融資はむしろ堅実な受注生産企業の方が得やすいのも、このような理由による。

そのかわり、自分から積極的に新製品を生み出して、市場にイノベーションを起こそう、という発想がうすくなる。小さなカイゼンは行うだろうが、冒険的な提案や改革は起こしにくい。(2b)タイプの企業では、営業、とくにマーケティング機能が弱いのだ。何ごとも顧客から直接要求されない限り動かない、という『Pull型発想』が強くなる。このような体質は、社内的な「B2B受注型」機能である、情報システム部門や物流部門などにも共通する問題点だ。

(2a)型や(2b)型の企業は、サプライチェーンの中では消費者よりもずっと上流に位置することが多い。したがって、大規模で海外展開の進んだ企業であっても、その物流はかなり計画に沿ったものになる。(1a)型企業が、気ままな需要変動に対応するため、あちこちにストックを保有したり、小口多頻度物流を余儀なくされるのとは対照的である。

このように、企業の組織体制や業務スタイルは、その会社の基本的なビジネスモデル類型にしたがって大きく変わる。この差は、いわゆる製品別の「業種分類」などよりもしばしば強く、同じ業界内でも対話がかみあわないことがよくある。周知の通り、わたし達の社会では、官庁が業種別に監督権限を持ち、業種団体を束ねたり、政策を考えたりする傾向が強い。だが、彼らの政策が現実のニーズになかなかフィットしないのは、このようなビジネスモデル別の視点が乏しいためではないだろうか。

この点はコンサル業界やマスコミなども同様で、やれグローバル戦略だビッグデータだとかまびすしいが、もう少し相手のタイプを見て話しかけたらどうか、と思うことがよくある。米国には(1a)型で成功した大企業が多く、彼らのやり方がなんとなくカッコいいから、それを輸入・模倣したらどうかと考えるらしいのだが、(2b)世界で生きている者にとっては、余計なお世話である。

企業とは、需要情報を起点とし、モノやサービスや情報という形で付加価値を創造して、顧客に提供する「システム」である、とわたしは考えている。このシステムの基本類型として、4種類のビジネスモデルがある訳だ。だから、他の企業に対して何かを提案したり持ちかけたり、あるいは分析したりする際には、相手がこの4種類のどれにあたるのかを最初に考えるのが、習慣になっている。種類ごとに、相手の抱える課題や悩みは異なる。相手を知り、おのれを知ることこそ、対話の基礎だ。だから、こういうフレームワークを、皆がもっと共有できるといいと思う。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

受注生産という名前の見込生産 (2008/07/08)

生産管理の教科書をひもとくと、最初に「生産形態と生産方式」という話が出てくる。そして、製造業は『見込生産』と『繰返し受注生産』と『個別受注生産』に分類できるとの説明がある。いうまでもなく、見込生産は自社が需要を見込んで、先に生産してから販売する形態である。受注生産は逆に注文を受けてから(=需要が確定してから)生産する形態で、それはさらに、すでに設計済みの製品を受注に応じて繰り返し作るケースと、設計自体から個別に着手するケースとにわけられる。

見込生産品は一般消費者向けの製品が多い。家電だとか自動車だとか日用雑貨品など、TVでコマーシャルをうって名の知られている企業の製品だ。そこで、つい生産形態というと見込生産が中心のように感じている人が多い。しかし、自動車一つとってみても、車両メーカー1社の下に、多数の部品メーカーがぶら下がっている。家電なども同様だ。つまり、見込生産よりも受注生産(とくに部品メーカーなどの場合は繰返し受注生産)をとる企業の方が、数としてはずっと多い。少なくとも日本では、受注生産企業が製造業の主流である。

生産形態の区分は、製品の企画(仕様決定)を誰が主導するのか、という話とも重なる。見込生産では、自社で企画・設計した製品を作る。そして自社製品としてカタログにのせている。一方、受注生産では、顧客の指定した仕様に応じた製品設計となる。内部機構等は自社技術かもしれないが、少なくとも外部仕様は顧客側の要求に応じるわけである。もっとも、中には、製品の需要がきわめて限られていて間歇的なため、自社のカタログに載せてはいるが、実際の製造は注文があったときのみ行うケースもありえよう。とはいえ、これは例外であって、受注生産は顧客仕様に従う、というのが暗黙のルールだ。

以前も書いたとおり、生産システムとは需要情報をモノの供給に変換するための仕組みであり、生産管理のゴールは需要と生産を同期化することである。受注生産では確定した需要を起点にできるのだから、少なくとも、作りだめと在庫ストックは不要となる。そのかわり、部品・材料製造の業界は利幅が薄くても我慢できる−−はずなのだ。

さて、以前、ブレーキパーツの保安上重要な部品をつくっている会社を訪問した。この会社は自動車メーカーが主要顧客だ。その経営者と話していたら、こんな悩みを打ち明けられた。「うちの工場は、プッシュ生産とプル生産が混在するので困っている。どうしたらいいのかアドバイスしてほしい。」

ここでいうプッシュとかプルとかは、すなわち見込生産と受注生産を指すらしかった。ちなみに、自動車会社へのサプライはカンバンないし電子カンバンでの発注/納入が主流だった。カンバンの引き取りの納期はわずか1日、つまり翌日納入である。注文が来たら問答無用、言われた数量分を納めなければならない。ところが、この経営者は具体的会社名は伏せながらも、「愛知向けは前月・前々月に受け取る発注内示から、当月の引取量がそれほどぶれない。しかし、愛知以外は精度が低いので難儀している。2万個必要だ、と前月言っていたのに、当月になると急に2万5千個納めるように、と指示がくる」という。

このような状況で、いったい何をすべきとアドバイスすべきだろうか? いうまでもないが、月に5千個も数量がくるうならば、その分だけあらかじめ作りだめして、製品在庫としてとっておくしかない。その自動車メーカーの内示予定がどれくらいブレるかによって、積み増すべき在庫量を決める必要がある。欠品すれば取引に重大な支障が出る以上、それ以外にとるべき道はない。

さて、それとはまた別の機会に、飲料大手向けに納入している容器製造メーカーを訪れた。ご存じの通り、飲料大手はたいてい容器をJIT納品するよう要求している。納入は日のみならず時間指定だ。そして、おかしなことに、容器メーカーは受注生産であるにもかかわらず、飲料大手の側は、なぜか発注書を切らない。納品した数量だけ、事後に単価精算する。これが業界慣習らしかった。そして、営業への口頭指示にもとづいて、容器メーカーは工場を動かしていく必要がある。事前の発注内示量は、あまりあてにならない。

この容器メーカー向けに生産計画・スケジューリングシステムを設計していた私は、あるとき、はたと気がついた。「なんだ。これは受注生産ではない。サプライヤーの側が納入量を想定して、前もって生産しているのだ。つまり、これは顧客仕様品の見込生産ではないか!」

部品メーカーや容器メーカーは、典型的な繰返し受注生産だと思われているし、私もずっとそう信じていた。しかし、考えてみると、確定した数量の内示もなく、十分な製造リードタイムも与えず、直前になるまで納入量もタイミングも決まらない状況では、受注生産の形をした見込生産しか、対応する方法がないのだ。顧客仕様品だから、他への転売もきかない。読みが当たらなければ、ストックをかかえ続けるだけである。

なぜ、こんなことが起きるのか? 答えは、簡単だ。使用者(つまりセットメーカーや飲料大手など消費者の手に届く最終製品のメーカー)の側で、生産計画がふらふらしているからだ。気まぐれな需要に応じて、いつでも計画を替えたい−−そう、彼らは考えている。しかし、そのために部品在庫を自分で持つことはしない。部品サプライヤーに言えば、すぐに持ってきてくれるからだ。

このために、サプライヤー側はどうするか? むろん、見込をたてて作りだめをするのである。あれほどJIT生産方式では避けるべきと言われている「作りすぎのムダ」を、じつは知らないうちに下請けに強制しているのである。それは、当然コストを伴う。

これがすなわち、確定できない世界における、計画変更のコストである。では、そのコストはだれがもつのか? セットメーカーの営業側費用では、なかろう。何らかの形で、製造原価にもぐり込んでくる。そして、そのツケは隠微な形で販売価格の裏側にまわされてくる。

以前、OR学会の研究会で、サプライチェーン・マネジメントに必要なことは、作り手の「コミットメント」と「リスクテーク」だ、と説明したことがある。先行内示の量を決めること。決めたら守ること。それがサプライチェーン全体からムダを排除する、最大の鍵である。すなわち、不確定な環境下で、需要を先読みして決断すること。そのために、何らかの仮説をもつこと。それを他社に伝えて共有すること。−−これら一切は、従来の安定指向(大量生産)型日本企業では、許されない、存在してはならない行為だった。その証拠に、「コミットメント」も「リスクテーク」もカタカナ言葉で、しっくりくる日本語は存在しないではないか。

受注生産だが見込生産。これが、今日の産業において、どこにでもある「ありふれた矛盾」である。これを意識して解決しない限り、最終セットメーカーの競争力は本当には向上しないにちがいない。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

プッシュとプル − サプライチェーンの二つの方法 (2010/03/22)

大勢の乗客を乗せた豪華客船が深夜、氷山に衝突した。船体にはひびが入り、みるみる浸水が拡がっていく。乗客はみな甲板に上がり、救命ボートに乗り込もうとする。だが、救命ボートの数が足りない。こんな巨大な船が沈むはずがないと考え、スペースのためにボートの数を減らしていたのだ。女性と子供を、まず優先させなければいけない。

船長は一計を案じ、まず米国人の男性客達を見つけて、こう言った。「今、ここで率先して海に飛びこめば、あなたはヒーローになれますよ。」「そうか!」−−米国の男達は、われ先に冷たい海に飛びこんだ。つぎに船長は、イギリス人船客の男達に、こう言う。「今ここで飛びこめば、あなたは紳士として尊敬されますよ。」「わかった」−−英国人の男性達は威厳をつけて海に飛びこんだ。さらに船長は、フランス人の男性達に、こう言う。「今飛びこめば、あなたは女にもてますよ。」そういわれてフランスの男達はつぎつぎに勢いよく飛びこんだ。そして船長は、ドイツ人の男性達に、「皆さん、船から降りてください。これは規則です。」すると彼らは序列を作って海に飛びこんだ。

最後に船長は、日本人観光客の男性達のところにきて、こう言う。「さて皆さん。他の男の人たちはみんな海に飛びこみましたよ。」

・・だれが考えたジョークかは知らないが、一種の誇張された戯画とはいえ、私たちの傾向の一面を突いている。『隣百姓』という言葉があるが、私たちは何かと、周囲の人のふるまいを見て、自分のすることを調整する傾向が強い。

それは会社組織の行動についても、例外ではない。「ライバル会社は皆、そうしてますよ。」という言葉は、「そんなやり方、時代遅れですよ。」というセリフとともに、一種の殺し文句に近い。正しいやり方かどうかとか、効率的かどうかについては、我々は議論する。しかし、自分だけ取り残されることに対しては、本能的な恐怖感をもっている。それはある意味で、私たちの社会の協調性ないしチームワークの強さを作っている。と同時に、参入競争の激しさや、全員が同じ方向に流されやすい不安定さの原因でもある。

過去10年間というもの、生産マネジメントの世界では、『トヨタ生産方式』がこの国を席捲していた。なんといってもダントツ一人勝ちの会社であり、日本経済の牽引車と皆が考え、そのやり方を学び真似ることこそ、ものづくりの世界で生き残る秘訣と信じられてきた。であるからこそ、カンバン方式もセル生産もアンドンも、多くの工場に競って導入されてきた。いや、導入が試みられてきた。トヨタ生産方式が機能するためには、その商品特性をはじめとして5つの必須の条件があるのだ、ということを私はこのサイトでも、かつて書いた(「あなたの会社にトヨタ生産方式が向かない五つの理由」 2008/06/30)。だが、私のような一個人が私的ホームページで何を主張しようと、大きな潮流などむろん変えられるものではない。

トヨタ生産方式、あるいは「トヨタ流」生産方式の中心には、プル型の生産思想がある。需要に応じて、必要なものを、必要な量だけ、必要なタイミングに生産すること。すなわち、自分で勝手に需要を見込んで生産し、出来上がった製品を市場に押し込む(プッシュ)ではなく、実需で消費された分だけ、機敏に補充生産すること。つまり、市場に向かって下流側の製品引き取り(プル)を契機にして、上流側が部品を加工して補うこと。これがトヨタ流生産方式の要点であり、その指示ツールとして、カンバンが用いられる。と同時に、製造ラインは段取り替え時間を最小化して、品目の変化にすぐ追随できるようにする。ややこしい計画立案などしなくても、出荷を起点として、カンバンにしたがって工場を動かせば、余計なつくりすぎなど必要なくなる。まことに合理的なシステムである。

ところで、トヨタ自身は、最終製品である車両について、引き取り補充型の生産などしていないことは注意に値する。最終組立ラインは、実需にもとづいてはいるが、順序計画をたてて動かしている。むろん月間生産計画も持っている。トヨタの系列部品会社にさせていることと、トヨタ自身がやっていることは少し違うのだ。自動車業界のサプライチェーンの形を見ればわかるとおり、流通チャネルはメーカー別に系列化されており、車両メーカーは販売計画と生産計画の両方を自分で決めることができる。もう少し言い方を変えれば、トヨタを中心として、生産(供給)側はプル型で、販売側はプッシュ型で動かしているのである。

この点は、長年のライバルである日産と比べると、相違が引き立つ。これは伝聞だが、日産の製造の人は、あまり自社の販売力に期待を持っていないらしい。そこで、受注確定を起点にして、生産側が完全に追随する、という方式を理想としているようである。全サプライチェーンを、プル型で動かそうとの努力である。トヨタが、販売チャネルに対して、必要ならば引き取り義務を課したりして、生産量の平準化を保とうとするとする姿勢とは、対照的である。だが、そのおかげで、部品会社から見ると、日産の月別先行内示量は、トヨタの内示量に比べてばらつきが多く、あたらない、という現象が生じる。全社プル型では、すべて市場の需要まかせなのだから、内示(予測)など当たるわけがない。結果として、部品会社の方でも安全在庫を積みまして、需要変動から身を守る必要が生じる。

私は、どちらが優れていてどちらが劣っている、とここで即断するつもりはない。サプライチェーンのデザインは、その業界の習慣や製品の特性、また企業の実力や社内の力関係などによって、さまざまな解がある。ものごとを実現する方法は、一つではない。たいていの場合、複数の解があって、いずれの方法にも一長一短がある。それを客観的な目で公平に見て、もっともフィージブルと思われる方法を選び、それに賭ける。これが経営判断というものだろう。

ところで、複数の方法がある際に、無意識に一つの方法を選びとる傾向が生じるとき、我々はそれを『文化』という名で呼ぶ。生産マネジメントの分野で見る限り、私たちの社会は明確に「プル型」文化である。プッシュかプルかの選択肢があるとき、プル型を選ぶ。プル型とはつまり、上流側が下流側に合わせる方式、供給側が需要側に譲歩する方式、買い手側の主張にサプライヤー側が身を引く態度、である。下請けさんには泣いてもらおう−−こう考えるのは(自分の都合を他人に押しつけるのだからプッシュ型みたいに思えるが)プル型の思考形態である。プッシュ型とは、自分の主張を、顧客に対して押し出すタイプを言う。「うちの製品は品質が高く、技術も優秀なんだから、買うのが当然だ!」こういう自己主張の強いタイプが、プッシュ型である(どこかの国のOSメーカーとか、ERPメーカーとかに、ありますね)。

だからプル型は受注生産に、プッシュ型は見込生産に向かう傾向が強いのも、当然であろう。何度も書いたが、日本の製造業の9割は、受注生産形態である。プル型の思潮に、とてもよく合う。ところが、トヨタ自体は、いわばプッシュとプルのハイブリッド型なのだった。そして、これは、自動車産業のサプライチェーンで正しく運用すれば、とても効率的な仕組みだった。正しく運用すれば、だが。

リーマン・ショック後の赤字決算につづく、リコール問題の噴出で、トヨタの威信が大きく揺らいでいる。おかげで、これまで陰でくすぶっていたトヨタ批判も、少しずつ口に出されるようになってきたらしい。私は、このサイトでの書きぶりからもお分かりの通り、トヨタという会社自体は好きでも嫌いでもない(ちなみに自家用車はトヨタではなくFIATのちっぽけな車に乗っている)。だが、無批判にトヨタのやり方を真似る事は意味がない、と主張してきたつもりだ。周囲のやっている方法に無意識に自分を合わせる−−これもまたプル型文化の傾向の一つであろう。みんなが乗るからといって豪華客船に乗り込み、みんなが飛びこむからといって氷河の漂う寒い海に飛びこむのは、ナンセンスである。プルであれ、プッシュであれ、それを自分の頭で考えて、選び取るべきなのである。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

欠品という名のリスクを減らすには (2010/08/25)

一ヶ月ほど前になるが、大手自動車会社N社の生産ラインが、部品納入が間に合わないために数日間ストップする、とのニュースが新聞などを賑わした。問題の電子部品(エンジンの燃料噴射制御ユニット)を納入していたのは、これも大手製造業H社である。H社は大慌てでユニットの中核部品(カスタムIC)を追加手配して、なんとか間に合わせようと必死になっている、との話だった。H社がカスタムICを購入している先は欧州半導体製造企業であった。なのでメディアの論評は、H社の海外調達のあり方に向かったようだった。

この話は、ちょうどその頃に実施した工場見学ツアーのバスの中でも話題になった。この工場見学は、慶応大学管理工学科と生産革新フォーラム(通称『MIF研』)の共同主催によるツアーで、日本を代表する工作機械メーカーA社を訪問にいくところだった。このときの工場見学はとても興味深いものだったが、その内容についてはまた別途書くことにしよう。元の話題に戻ると、N社対H社の問題は、巷間言われているようにサプライヤーH社側に原因があるのではなく、調達元のN社側に原因があるのではないか、というのがMIF研の先輩達の憶測であった。もっと言えば、N社の内示量と実際の引取量に大きな差があったのではないか、という推理である。

自動車産業のサプライチェーンが、自動車会社(つまり最終組立工程と販売網を有するメーカー)を中心とした、一点集中型の構造になっていることは周知のことと思う。一点集中型というのは、計画立案を行うポイントが自動車会社のみにあって、系列サプライヤー企業の生産は、自動車会社の車両生産計画に合わせて制御されるからだ。部品は、最終組立工程に対して、ジャスト・イン・タイムで納入されることを求められる。

そのためのツールが、かんばん方式(あ、N社の場合はこの言葉を使ってはいけないのだった。でも内容はほぼ同じだが)と、先行内示である。自動車会社は、翌月・翌々月における部品の調達見込数量を、あらかじめ部品メーカーに対して「内示」の形で示す。そして、当月の実際の納入は「引取かんばん」で直近に確定する。引取かんばんを受け取った部品メーカー(最近は受け渡しは電子化されているが)は、あらかじめ定められた時間単位のリードタイムどおりに、その数量を生産しておさめなければならない。遅れてはいけないのはもちろんだが、早すぎる納入も許されない。これがジャスト・イン・タイム(JIT)生産方式である。

では、万が一、部品の納入が遅れてしまったらどうなるのか。その場合、最終組立ラインが即座に停止するかというと、そうはならない。自動車会社の側で、必要最小限の部品在庫を持っているのが普通だからだ。ただしその在庫量は、数時間分から、せいぜい数日分程度だ。だから、1週間以上の納入遅れが生じたら、まずライン停止につながると思った方がいい。いったん部品欠品による組立ライン停止となれば、巨額の間接損害のリスクが生じる。だから部品サプライヤーは必死になって「供給義務」を守ることになっている。

さて。問題は需要に変動が生じた場合、どうなるかだ。部品サプライヤーを指導するJIT生産方式のコンサルタント達はふつう、“神様じゃないんだから誰も先の需要なんて正確には予測できない。だから、どんな注文(かんばんによる納入指示)が来ても対応できるように、生産方式を作り上げる必要がある”と主張する。そのためには、ロット数を減らして一個流しを追求し、シングル段取りによって段取り替えロスタイムを極小化し、さらにセル生産により生産能力の自由な増減を可能にしろ、という主旨の現場改善を進めるわけである。

ところで、どのような現場カイゼンを積み上げたとしても、各メーカーには、対応可能な生産変動は無限にはならない。ある上限が存在するはずなのである。その上限を超えるような需要変動(納入指示の急な増減)が生じたら、どうするか。

そこで「先行内示」が頼りになってくるのである。引取かんばんというのは、実際には発注書ではなく、分納指示書に相当する、と考えられている。つまり、内示書に今月は合計10万個と書かれており、今日受け取ったかんばんでは2万個を納入しろとなっている場合、あと8万個の納入指示が来るのだろうな、と想像できる(もしその日以前に何も納入していなければ)。逆に言うと、部品サプライヤー側では、日単位の急な増減には対応しきれなくても、内示によって月単位での目安量がわかっていれば、その分だけあらかじめ平準化生産して準備・対応すればいいことになる。

ただ、たとえば月間内示が合計10万本と言っていたのに、ある日突然5万本納入しろと言われ、数日もたたぬうちにこんどは7万本ほしいと言われたら、どうするか。月間内示量と、実際の引取量合計にひどい差が出る場合、もはや対応能力を超えてしまうわけだ。そして、これは複数の自動車会社に共通して部品をおさめているメーカーの経営者から直接聞いた話だが、「愛知向け以外の内示は、差が大きくてあてにならない」のだそうだ。愛知向け(某トップ企業)だけは、ほぼ1割内外の差で内示と実績が合致するという。MIF研の先輩達が疑ったのも、N社が出した内示が現実とひどく乖離していたのではないか、という状況なのである(無論これは憶測であって、真相は全く別のところにあるのか見知れないが)。

繰り返すが、欠品というのは生産にとっても販売にとって大きなリスクである。大きな需要変動はそのリスク源である。そして、『リスク・マネジメントは本当に可能か』(2010/08/10)にも書いたとおり、

       可能性×影響度
リスク = −−−−−−−−−
        対応能力

なのである。言いかえれば、部品サプライヤーにとって、

 需要変動の幅 < 対応能力

ならば、このリスクは吸収できる。逆に

 需要変動の幅 >= 対応能力

だったら、もはやリスクは吸収できなくなる。いいかえれば、自動車会社はリスクを部品サプライヤーに転嫁できなくなる。そして、「内示」の正確性は、この「対応能力」を向上させる非常に大きな因子なのである。

リスクというものは、それが外因性のものである場合(需要変動は典型的に外因性だが)、それ自体を無くすことはできない。ただ、対応能力を高めて「吸収」し無化することは可能だ。そのためには中期的な予測(ここでは「内示」)が、その対応能力向上の切り札なのである。そして自動車業界で、予測・計画に責任を持っている唯一のポイントは、自動車メーカーなのだった。いや、たとえどの業種のメーカーであれ、欠品のリスクはとりたくない、でも部品在庫というリスクも回避したい、と思うなら、自社のサプライチェーンが有する対応能力の幅を、正確に把握するしかないのである。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

受注型ビジネスにおける業務量の予測法 (2014/09/07)

基本的フレームワークで4種類のビジネスモデルを理解する』で述べたように、ビジネスの基本形態は大きく、見込型受注型に分かれる。別の言い方をすれば、「Push型」と「Pull型」という風にも考えられる。市場の需要に対するスタンスが、前者の見込型では、自分から需要を想定して事前準備(生産)し、市場に対して"Push"していくのに対し、後者では実際の顧客の注文を起点として、製品やサービスをつくり提供していく、受け身("Pull")的な動きをする訳である。もちろん、別にどちらがよい、わるい、という事ではない。市場と製品の性質にしたがって、適不適があるだけである。客の注文を聞いてから魚を釣りに行く料理屋はないし、先にプラントを建ててから買い手を探すエンジニアリング会社もありえない。そして住宅のように、建売と注文住宅が共存するような市場も存在する。

ところで受注型ビジネスにおいては、見込型ビジネスに比較して、一点、難しいところがある。それは、先々の受注量(=業務量)が予測しづらい点である。製品やサービスを生みだすためには、人員や設備や原材料・金型等をあらかじめ手配する必要がある。急に受注が増えたからといって、人も設備も、今日頼んで明日からすぐ増やせるものではない。人の採用にはかなりの時間がかかり、教育もしなければならない。かりに外部からの派遣に頼るとしても、やはりアレンジし面接して適性を評価して、とやっているうちに、すぐ数週間たってしまう。設備・金型などの増強も同様である。手配するのに数週間から数ヶ月、ときには1年以上もかかることがある。

だから、受注が年間を通じてきわめて安定しているような理想的ケースは例外として、受注型ビジネスを営むたいていの企業は、先々の業務量をなんらかの形で想定した上で、要員や設備の手配計画、すなわち『リソース計画』を立てている。このリソース手配計画は、ふつう3ヶ月とか半年に一回行われ、向こう1年〜2年程度の期間をタイム・ホライズンとして見るような計画である。したがって、生産計画や生産スケジューリングなどよりはずっと単位とする時間軸が長いが、予測にもとづく計画であることに変わりはない。

では、この業務量予測を、どのように行うべきか。これはいうまでもなく、すでに受注して抱えている業務量(受注残の分)と、これから受注するつもりの業務量(受注予想の分)の合計になる。受注ビジネスでは、この二つをしっかりとウォッチしていかなければならない。既受注分の業務量予測は、技術・製造部門の責任範囲である。そして新規受注の予想はむろん、営業部門の責任範囲になるのが普通だろう。

既受注分は、すでに受注し確定しているんだから、今さら何を「予測」するんだ、などと問うなかれ。予測は必要なのである。たとえば1億円の案件を3ヶ月前にすでに受注していたとしよう。全体の工期は6ヶ月で、約束の納期は3ヶ月後である。半分は済んだ勘定である。したがって、残る業務量は5千万円分だ、などと計算できないことはすぐわかる。まず、仕事は毎月均一のペースで進む訳ではない。最初は基本設計があり、それから詳細設計や購買手配があり、後半になると製造・テストなど大幅な力仕事になる。だから、時間が半分たった時点での進捗率が50%ということは、普通はない。オーダー別の個別スケジュールを見た上で、あとどれくらい仕事量が残っているかを計算しなければならない。

おまけに、仕事なんて予定どおりはなかなか進まぬ。当初のスケジュールでは6ヶ月後に作業の40%までが進むはずだった−−でも、顧客の度重なる変更要求や、それにつられて起きた設計のミスなどで遅れが生じ、実際は32%しか進んでいません。業務量はまだ68%残っている。しかも、このままで行けば納期を5週間は遅れてしまいそう・・などという事態がよく起きるではないか。そうしたことを、(かりにここまで細かく数値化はしないとしても)適時勘案し、受注残の業務量を「予測」する必要があるのである。それはまさに、工程管理者の仕事である。

では、営業部門が担当すべき、受注予測の分はどうか。

わたしが想像するに、多くの企業では、「見込案件リスト」を営業部門がまとめているはずである。案件リストには、それぞれ案件別に、顧客名、案件名、案件内容、受注金額(想定)、受注確度、受注時期、営業担当者、などが並んでいる。これをExcelで作っている会社もあるだろうし、もっとスマートなところは、SFA(Sales Force Automation)とかCRM(Customeer Relationship Management)と呼ばれる種類のソフトウェアでデータベース化しているかもしれない。

そして、この案件リストは、まず「受注確度」によって、ABCランク、あるいは松竹梅、呼び方は何でもいいが、ランク別にソートされるだろう。Aランクは「受注確実」とか「必注」と考えられている案件である。Cランクは「とれないかもしれないなあ」となかば諦めている案件で、Bランクはその中間領域に属する。このような案件別の受注確度の評価も、必ず営業部門はしているはずだ。

その上で、営業部門の責任者が、Aランクの表は真剣に、Bランクはそれなりに、Cランクはまあ適当に、じっくり眺めた上で、案件ごとの受注確度などを個別に推定・調整し(いわゆる「鉛筆を舐め」て)、最終的な受注量を推定する、という手順である。受注確度についても、担当者の評価とは別に、営業トップの査定があり、大事な案件の場合は、担当者をてこ入れしたり支援しながら、受注確度を上げるよう努力を払う。とにかく、普通の企業の営業部門は受注金額が最大の評価指標である。だから、この作業は定期的に、かつ真剣に行われる。そこで最大限に活かされるのが、営業トップのエキスパートしての経験と判断である。

ところが。

わたしがたまたま知っている欧米系企業の中には、これとはかなり違うやり方で、受注量予測をしているところがある。彼らのやり方は、どんな方法か。

「見込案件リスト」を集成し、それが予測のベースになるところまでは、もちろん同じである。だが、その先の手法が、ぜんぜん違う。彼らは、個別案件の受注予測額を次のような数式で評価する。

受注予想額 = 案件想定金額 × 受注確率
      = 案件想定金額 × (案件実現確率 ÷ 競合社数)


ここで案件実現確率は、次のようなステップで決められている。

 (1) 構想段階 10%
 (2) 事業化検討(Feasibility Study)段階 25%
 (3) 基本設計段階 40%
 (4) 投資決定(Investment Decision)段階 70%
 (5) 引合い・入札段階 80%
 (6) 金額交渉段階 90%
 (7) 受注決定 100%

このように、案件の実現する確率を、その案件が顧客内部でどのような段階まで「成熟」しているかで、自動的に推定するのである。

つぎの受注確率は、ごく単純に、競合相手が1社ならば50%、相手が2社ならば33%、4社競合ならば25%、という風に考える。自社を含めてN社の競争ならば1/Nの確率である。ウチが有利だとか、相手が強そうだとか、競争に裏がありそうだとか、そういったいわゆる「営業マル秘情報」は一切加味しない。

そして、リストにある全案件に、上記の数式を機械的に当てはめて計算し、受注推定時期に応じて、四半期ごとに積み上げて行く。それが彼らの経営計画の基礎数値となるのである。直近の業務量負荷計画は、この数字を用いる。

このようなシステマティックな、しかし機械的な予測方法には、違和感を感じる向きも多いと思う。そこには営業マンたちの持つ、生々しい情報や経験に裏打ちされた判断が、ほとんど取り込まれないからだ。前述の通り、普通の日本企業の場合は、営業案件リストを見ながら、営業部門の責任者たちが、なるべく蓋然性の高い受注予測をつくって、業務量負荷計画のベースとする。ここの工夫が一切、数字に反映されないことになってしまう。

それではなぜ、このような方法を彼らはあえて取るのか? そこには、基本的な考え方の差があるからだ。それは、重要な仕事のプロセスを、属人性に頼る形でデザインすべきかどうか、の差である。上に書いたような方法をとる企業は、経営資源のベースを決めるような仕事について(要員は大事な経営資源だ)、誰もが客観的に説明可能なやり方をすべきだと信じている。そして、そうしなければ、まず株主が納得しないはずだ、とも考える。

なんでこのような数字で経営計画を立てたのか? と株主にたずねられたとき、「セールス担当副社長のジョン・某の長年の経験と勘で・・」では通らない。なぜなら、ジョン・某が来月、急にライバル会社に転職したら、誰がこの会社のリソース計画を裏書きするのか。−−まあ、こんな問答は極端としても、彼らには“業務プロセスは誰がやっても結果の品質にむらがないようにすべき”という発想が強いのだ。この点、“品質は熟達した職人がつくる”と無意識に考えている多くの日本企業とは、ずいぶん違う。

また、計画のベースとなる予測数値に、個人や部署の「思い入れ」だとか「やる気」だとかいった主観的願望を入れるべきではない、という思いもある。これもまた客観性の担保である。

さらに、上記のような計算方式をとることで、リソース計画を審議するマネジメント層の議論のあり方が、まったく変わってくることに注意してほしい。彼らは、過去の推計値と実績値を比較分析することで、たとえば

「(4)投資決定段階にある案件の実現確率は、40%よりも45%とする方が、事実をより正確に反映するようだ」 
「直近2年間の案件履歴を見ると、わが社は(4)段階から(5)段階に至る間に、相当数の案件がリストから消えてしまう。これはすなわち、引合い入札前の事前審査対応に何か問題があるのではないか」

といった議論をする訳である。他方、「個別案件鉛筆舐め方式」では、どうしても案件単位の議論、それも願望や情熱を含めた議論に終始しがちだろう。

むろん、機械的計算方式をとるからと言って、個別の営業局面での仕事に大きな違いがある訳ではない。彼らだって営業情報は必死になってとっている。どこが競合相手なのか、自社はどれくらい有利なのか。失注したら、どこが勝ったのか、なぜ自分たちは勝てなかったのか、どれくらい値差があったのか、なんとかして探り出そうとするのは、我々と同じだ。営業マンの査定方法まではわたしは知らないが、やはり受注額がモノサシになる点に違いはないだろう。ただ、その査定にしても、

「ジェームズ君。計算式で言えば君の今期の受注額予測は40万ドルだったが、実績は46万ドルと上回っているな。昨年同時期に比べると絶対額は減ったとはいえ、その分の努力は評価できる」

くらいの会話は成立しそうな気がする(ま、ここは想像である)。

念のため言っておくが、わたしはすべての欧米企業が上記のようなやり方をしている、などというつもりもないし、まして日本の受注ビジネス型企業が明日から全員真似すべきだ、などとも思ってはいない。まさにそれこそ「経営判断」で決めるべきである。ただ、繰り返しになるが、重要な業務プロセスを属人型でやるか客観型ですすめるかは、大きな思想の違いである。属人型の場合は、人を育てる(ないし、素質のある人を選抜する)しかない。客観型の方は、それを技術として継承し改善していく事が可能である。それがすなわち、わたしの好きな用語で言えば、「マネジメント・テクノロジー」となる訳である。

ともあれ、受注型ビジネスの企業においては、業務量の予測とリソース手配計画という重要な仕事があることは頭にとどめておいていただきたい。

え? そんな「リソース計画」などという小洒落たものはない? −−それってあれですか。「手前どもは身の丈にあった以上の注文は受けるな、という先代からの方針でして」という、老舗らしいディセンシーあふれる方針ですか。あ、違うと。「とれてもいない仕事の心配なんかしてどうなる。とれてから考えればいい! 人が足りなきゃ外に丸投げしたっていい。やり方なんて仕事についてくる」が、社内の合い言葉ですか? そりゃたいへん失礼いたしました。それなら、ここに書いた話なんて、みんな忘れていただいて結構です。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

需要の「読み」が必要になる時 (2009/10/04)

「神様じゃないんだから、需要なんて予測できない。だから、どんな注文が来ても、即応できるような体制の工場をつくらなくてはダメだ」−−これは、ジャスト・イン・タイムを推進するコンサルタントの人達がよくいう言葉である。需要予測なんかに頼って、見込で生産していてはいけない。まして、製品在庫を山と積み上げておくなど愚の骨頂だ。必要なモノを、必要なタイミングに、必要な量だけつくる。製造リードタイムを短縮して、注文から数時間以内に出荷できるようにするべきだ。

そのために、小ロット化をすすめて段取り時間を極小化する。同時に、工員の多能工化を推し進めて、セル生産や一人屋台方式を実現し、大量生産時代の象徴であるベルトコンベヤーや自動倉庫を排除する・・。こういうお話を、あちこちで、それこそ耳にたこができるくらい聞かされている。その根本は、「需要予測に頼るな」というテーゼにある。予測がほんとに可能だったら、それこそ、決められた量の製品を、作りやすいように固めて作ればいいことになる。同じものを繰り返し作る方が機械は効率がいいし、同じ材料をまとめて仕入れた方が単価は安くなるに決まっているからだ。

ご存じの通り、アメリカ産のサプライチェーン・マネジメント・ソフトウェアは、たいてい「需要予測」機能を売りにしていた。あてにならない需要予測を、いかに精度を上げるか。その上に、いかに精緻な計画を作って実行するか。それが、「プッシュ型」論理で成り立つアメリカの製造業の夢だったのである。

ところが、日本の製造業(とくに自動車と電機業界)は徹頭徹尾、「プル型」の論理で成り立っている。“今日電話したら、明日持ってこい”が当たり前と思う顧客が大勢居て、それを受けなければ成り立たない営業体制がある。顧客指定の個別仕様で、『すりあわせ型』の製品・部品を求められるのが常だから、需要予測なんどというのんびりした事はやっていられない。予測や計画なぞに頼るのは、(まあ極論すれば)罪悪である。−−これが「計画はずし」の論理であった。

さて。ここで一つ問題が生じる。それは、工場の拡張や新工場建設の問題である。2005年頃から昨年の夏まで、日本の製造業は久方ぶりの好況を経験していた。そして、活発な内外の要求に対応するため、新工場の計画があちこちで進められていた。この計画のベースは、何だろうか? もちろん、需要の見込みに決まっている。注文をもらってから、あわてて工場を建てる会社などない。どこの業界のどんな企業でも、新しい工場を建てる時には、中長期的な需要予測に頼らざるを得ないのである。

自動車業界も例外ではない。各社があらそうように北米に新工場建設を進めていた根拠は、当然、各社なりの米国需要の読みにちがいない。米国の自動車需要はまだ堅調に推移する。そう予測し、その上で投資計画を実行した人たちが、自動車メーカーには、いたのである。電機・電子業界も、似たような状況だったと想像される。そして、こうした予測は、残念ながら2008年9月の米国発金融不況によって、完璧に外れることとなったのだった。

そもそも、(以前にも書いたが)自動車業界のサプライチェーンというのは、その中心に自動車メーカーという巨大企業が居て、販売側の流通チャネル(ディーラー網)も、供給側の部品製造会社(系列サプライヤー)も、すべてコントロールする形になっている。サプライヤーを同期制御するためのツールとして、有名な『かんばん』ならびに先行内示がある。先行内示とは、当月・翌月・翌々月の製造見込み量を示すもので、サプライヤーはこれを元に、多少納期のかかる資材の手配をかけている。

そして、この「内示」というものは、自動車メーカーの生産計画によって決まる。その生産計画のベースは? むろん、直近の予測である。つまり、自動車メーカーとは、巨大なサプライチェーンの中で唯一、需要予測をする予測センターなのである。予測は一箇所だけですればいい。あとは全員、それにしたがって粛々と実行すればいい。各人が勝手な予測や見込や思惑で、ブレた行動を取ってもらっては困る−−そういう論理で、この業界は成り立っている。だから「計画はずし」が指導されるのだ。

眼下の不況で、日本の製造業はどこも青息吐息である。なぜ、こうなったのか。むろん、受注量が急減したからだ。個別製品の需要予測に頼って、それが外れたからではない。予測に頼らぬ工場づくりをしてきた自負はある。だが、そもそも、ここまでベース需要が落ち込むことなど、誰が『予測』できただろうか? まことに、予測などあてにならない、そう、みなは感じているにちがいない。

だが、それは同じコインの裏面なのである。「落ち込みを予測できなかった」というのは、「落ち込まないと予測していた」のと、同じ意味だ。直近の需要予測は意識して排除したが、中長期の需要予測で大きく間違えた。それが今日の不況の原因ではないか。製造業においては、予測から無縁でいることはできない。それはとくに、工場能力の計画においてそうなのである。

これから何回かに分けて、あらためて『工場計画論』を考え直してみたいと思っている。この状況下で、何を寝惚けたことを、と批判されるかもしれない。しかし、あえてこういう時期だから、やってみたいのである。旭山動物園の物語をご存じかもしれないが、「理想とすべき動物園の姿」は、一番厳しい冬の時代に考えられたのである。低迷している時ほど、本来の姿を考えるべき時なのだ。

この不況は、いずれ終わる。最終需要予測のずれから生じた、一過性のブルウィップ効果によるものなら、トンネルの出口は遠くない。そのときまでに、理想の姿を考えておく。それこそ、われわれ技術者の責務というものではないだろうか。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

ブルウィップ効果とは何か (2009/03/23)

どちらを向いても不景気な話が昨今多く聞かれる。日本の2008年第4四半期GDP成長率はマイナス12.1%(年率換算)で、'74年の石油ショック以来の落ち込みだ、とか、この半年間に非正規雇用者は数万人規模で首切りが進んでいる、とか、株価低迷で5,000円台への落下も杞憂ではない、といった話だ。いずれも昨年秋の米国発金融危機以降のニュースである。

また、個別業界を見ても、1月の工作機械受注はなんと84.4%減だ、とか、電子部品業界は設備投資がまったく止まった、とか、建設機械の受注もぱったりだ、とか、日本の産業の牽引役とされる自動車や電機産業以外でも、異変が立て続けに起こっているようである。わがエンジニアリング業界も、今期の受注はまことに厳しい。

こうした話題は、それぞれは、真実だろう。しかし、その反面、「はてな?」と首をかしげたくなることも少なくない。たとえば、日本のGDP成長率であるが、なぜ金融危機の震源地である米国(-6.2%)や英国(-1.5%)よりも、さらにずっと低いのだろうか? また、共同通信によると、トヨタやキヤノンなど大手16社は合計4万人の削減を発表したが、一方この16社は内部留保を過去6年間でほぼ倍増させ、今や約33兆円以上と空前の規模だ。それに、たとえば電子部品業界の投資がストップし始めたのは昨年前半からのことで、リーマン・ショックよりだいぶん前だ。

もう少し、不思議な事もある。たとえば、世界の主要な石油産業における投資計画を見ると、2009年は昨年度とそれほど大きな差はない。世界の携帯電話販売台数(出荷台数ではない)は、昨年度も4.3%増だった。ついでにいうと、中国の2009年経済成長率はプラス6-7%、インドも同程度が見込まれる。−−こうした状況証拠を積み上げてみると、どうも「米国金融危機から世界同時の大不況がはじまった」ことで我が国の問題をすべて説明するのは、無理があるように感じられる。

それでは、いったい何が本当の原因なのか。そこで思い出すのが、「ブルウィップ効果」である。この言葉は、サプライチェーンにおける需要見込のブレが、消費者側から上流側に向かうにつれてひどくなる現象をさす。スタンフォード大のハウ・リー教授が名付け親といわれる。英語で「ブルウィップ」というのは、カウボーイが牛の群れを追うときに使う革の鞭で、手元でちょっとひねると先の方はとんでもなく大きく動く。消費者におけるわずかな需要変化が、卸、メーカー、とサプライチェーンをさかのぼるにつれて大きくぶれ、原材料メーカーのレベルでは需要が極端に増幅されることをあらわしている。

ブルウィップ効果に関する解説は、たとえば慶応大学管理工学科の曹徳弼教授の講義ノート「サプライチェーンマネジメント(Supply Chain Management)」 などで勉強することができる(ちなみに、曹教授の「プロジェクト・マネジメント」講義は、一昨年から小生も非常勤として数回お手伝いさせていただいている)。

これによると、現象の発見は1961年のフォレスターの研究報告にさかのぼる。しかし本格的な原因究明はリー教授らの研究(1997年)かららしい。小売店での末端需要変化が、川上に向かっていく段階で、その変動幅が拡大してしまい、全体で過剰な在庫や欠品を生み出してしまう原因は、その過程における「情報劣化」にある。とくに消費者から離れる産業ほど、長期の需要予測をする必要があるので、市場の変化が過剰増幅されて伝わってしまい、次のような連鎖が起こるのである。

(1)消費者の需要が数%ダウンする
→(2)小売店が需要減に気づき、仕入れを10数%手控える
→(3)卸業者が在庫過剰をおそれて、仕入れを数十%削減する
→(4)メーカーは、製品在庫だけで出荷量をまかなえるので、生産をやめる
→(5)原材料サプライヤーは、100%需要が無くなって青ざめる

「情報劣化」については、『口コミ』を例にして、曹教授がうまい喩えを書いておられる。棒で殴った→どうなった→頭を殴ったなら大変→棒で頭を殴ったらしい→病院にいったの?→当然救急車でしよう・・つまり「伝言ゲーム」である。これが、サプライチェーンの中で実際に起こるのである。

私が感じているのは、これと似た現象が、昨年以降日本の各業界で(理由はともあれ前後した時期に)起きているのではないか、という疑いである。たとえば、

不動産が売れない→建設単価の下落→ゼネコンが苦境→建機の受注がストップ、

というのが一つだし、

携帯電話市場が飽和→電話会社がスローダウン→携帯電話セットメーカーの出荷量が低下→電子部品業界の生産量低迷→電子材料関連装置の投資ストップ、

という連鎖もある。これに、米国景気が急降下→米国で自動車が売れない、という連鎖まで加わった。

ところが、この事象への対応として、大手各社が労働人員削減を大々的に行った結果、どうなったか。今度は一般消費財も住宅も落ち込む事態となった。携帯も不動産も売れない。こうして需要の波動はさらにループを形成して、増幅されハウリング状態になっているのだ。

さて、ブルウィップ効果の解決策は何か。経営工学が教えるのは、こうである:(1)「過剰解釈による情報劣化が問題だから、解釈の権限を限定する」、(2)「サプライチェーン・マネジメントSCMを導入する」。前者の解決法は、トヨタをはじめとする自動車業界のとってきた方法だ。計画は、自動車メーカーのみが立案する(つまり需要の解釈は一箇所のみで行う)。あとのサプライヤーは全て内示とかんばんで同期化する。・・この方法は理想的に見えたが、あいにく解釈の誤りは防ぐことができなかった。

そうすると、解決法は、もはや“賞味期限が切れた”と思われているSCMに、もう一度立ち返るしかないように思われる。リーは、ブルウィップ効果の根本原因を5つにまとめている。(1) 需要情報の処理 (2) リードタイム (3) ロットまとめ (4) 欠品 (5) 価格変動。これらにまつわる問題を、協力しながら一つ一つ、つぶしていくしか方法はないのだ。

・・というところで、今回の話はおわりにしてもいい。しかし、「派遣切り」の問題に関して、どうしても一言だけつけ加えておきたいと思う。それは、派遣社員を切った大手企業が内部留保をたくさんもっていたことへの批判ではない。派遣切りよりむしろ問題なのは、製造現場を、「切れる」形の派遣主体のワークフォースに、いつの間にか変えてきてしまったことではないだろうか。

私は以前、「生産システムの性能を測る」の中で、“システムの性能を測る尺度として最低必要なものは、有効性と、効率性と、安定性の三つである”と定義した。そして、安定性(ないし頑健性 Robustness)とは、生産システムの中核をなす労働者の人達が、安心して快く働き続けられることであり、頑健性は、その職場の事故率や離職率の逆数で測られねばならないと書いた。

日本の製造現場で起きていたことは、そのまったく逆、つまり目先の効率性や有効性を優先するあまり、長期的な安定性を損なう施策であった。その結果は、今やブルウィップ効果のハウリング現象で、自分自身にはね返ってきている。人を切ったおかげで、消費も冷え込み、自分も弱まるのだ。人員余剰というリスクを局所的に避けようとしたあまり、社会全体がダウン・スパイラルにおちいりかけている。まさに局所最適が全体不良を引き起こす、囚人のジレンマ(『合理的な意志決定のつみ上げがマクロな不合理を生む』 「考えるヒント」2006/10/29参照)の典型ではないか。脱出したければ、独房を出てお互いに手を取り合い、協力し合うしかないはずなのに。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

BtoB企業とサプライチェーンの強者 〜これから就活をする大学3年生へ (2012/12/05)

先月、ある国立大学のお招きで、工学部の3年生・約100人を相手に、1コマ講義をする機会をいただいた。テーマは「サプライチェーンとスケジューリングの基礎」である。学生たちの感想を読むと、比較的多くの人の興味をひいたようなので、ここにその最初の部分だけを紙上収録させていただく。内容の一部は以前、日経産業新聞や「“JIT生産”を卒業するための本」に書いたこととも重なるが、新しい話題も含んでいるのでご容赦いただきたい。

-------------------------
ご紹介にあずかりました日揮株式会社の佐藤知一です。今日はこれから皆さんと一緒に、「サプライチェーンとスケジューリングの基礎」というテーマで1時間半ほど勉強したいと思います。が、本題に入る前に一つお伺いします。皆さんの中で、『日揮』という会社名を聞いたことがある人、いますか?

(1-2名だけ手を挙げる)

はい。ほとんどの方はご存じないようですね。でも、別に全然かまいませんよ。実はわたし自身、皆さんの年齢だったときには、まだ日揮を知りませんでしたから。では、ためしにもうちょっと別の会社名をたずねてみましょうか。皆さんのうち、アマダという会社を知っている人はいますか?

(誰も手を挙げない)

ご存じの方はいないようですね。それじゃあ、日東電工はいかがですか? あるいは、森精機は? 東洋製罐は? せめて、信越化学は? 

(あいかわらず誰も手を挙げない)

そうですか。実は、いま名前をあげた会社は、いずれもその分野では日本を代表する、世界でもトップレベルの会社ばかりです。年商も千億円規模で、かなりの大企業です。業績はその時々で多少の浮き沈みがありますが、基本的には立派な製造業の会社ばかりだと思ってください。そういう優良な会社を、工学部の学生である皆さんが知らない。知らなければ、就活の対象にも考えないでしょうね。もったいない話です。

でも、なぜそんな素晴らしい会社が、皆さんに知られていないのでしょうか? 答えは、簡単です。TVコマーシャルをしていないからです。日揮も殆どしません。なぜしないかというと、これらは“ビー・トゥー・ビー”と呼ばれる企業だからです。

(黒板に B to B と大書する)

BtoBとは、Business to businessの略。Businessとは会社のことです。会社対会社の取引を、BtoBと呼びます。BtoB専門の会社の場合、顧客はすべて企業です。たとえば日揮はエンジニアリング会社とよばれる業種で、わたし達は製造業のお客さまのために、工場を作って差し上げる仕事を専門にしています。工場を設計し、資機材を調達し、建設工事を管理する。そのProject Management能力を売っているのです。私どもにお仕事を下さるのは、すべて製造業の会社で、個人ではありません。だから、TVコマーシャルで「工場を作りたかったら、どうぞ日揮へ」なんてうたっても意味がないのです。普通の人がコマーシャルを見て、「うん、そうだ。ウチも工場を持とうか」なんて思ったりはしません。

先に名前をあげた他のBtoBの会社は、いずれも企業向けの製品=生産財を作っています。工作機械とか電子材料とか。そうした製品は、顧客企業が選んで買うとき、きちんとした技術評価を経るので、メディアにイメージ広告を打っても効果はないのです。

ではBtoBの反対概念は何でしょうか。Businessの反対は、Consumer(消費者)です。一般消費者向けの商売を営む業態を、BtoCと呼びます。みなさんがよく名前を知っている有名企業は、たいていがBtoCの会社です。自動車とか、家電、飲料、化粧品などはすべて消費財で、BtoCですね。消費者向けの製品ですから、さかんにメディアに広告宣伝を打つ必要があります。だから皆、名前を知っている。名前を売っている訳です。有名=大企業、と思っている人がいますが、いつでもそうとは限りません。でも、新聞やTVではとりあげられやすいですね。就活も、知名度の分、人気が集中しがちです。

しかし覚えておいてほしいのですが、現在の日本において、業績を上げて元気がよい企業はむしろBtoBに多いのです。ご存じのとおり家電業界はこのところ不調つづきですし、飲料・食品などもあまりさえません。成熟市場だからとか、安い輸入品に押されて、とかいろいろ言われていますが、元気なBtoB企業を見ると、話はそう単純じゃないはずだと気がつきます。

そもそもBtoBとかBtoCとか、会社はどうやって決まるんでしょうか。皆さんは、『サプライチェーン』という言葉を聞いたことがありますか?

(少数の学生が自信なさそうに手を挙げる)

サプライチェーンとは文字通り<供給の連鎖>で、モノが消費者の手元に届くまでのつながりを示す言葉です。たとえばこのiPhoneですが(と手に持つ)、わたしがこれを買ったのは家電量販店です。量販店は、Apple社から仕入れている。Apple社は中国かどこかの委託製造先にこれを組立させた。その部品はまた、たとえば日本や韓国から入り、さらにその材料は・・という風にさかのぼって、最後は石油だとかアルミナ鉱石だとかを地面から掘り出すところに至ります。これがサプライチェーンで、原料に近い方を「上流側」、消費者に近い方を「下流側」と呼ぶ習慣です。

BtoC企業というのは、この長いサプライチェーンの最下流、消費者に一番近く位置している会社なのです。BtoB企業は、それより上流側のいずれかの位置を占めている会社です(だからBtoBの会社の方が、数は多そうな気がしますよね)。またサプライチェーンはモノの流れですから、モノの種類により、業種ごとに別々に存在しています。

このサプライチェーンですが、基本的に上流側から来るモノの流れと、下流(消費者)側から来る需要の流れを、調整するためにあります。消費者は気まぐれですから、日々変わりやすい需要に対し、サプライチェーン全体が機敏に即応することが求められます。そしてこの能力が、企業や、業種全体の収益力を、大きく左右するのです。

たとえば、トヨタ自動車を考えてみましょう。リーマンショックや米国でのリコール・訴訟問題などで多少つまずきはありましたが、大きな利益を上げ続けている、日本を代表する企業です。このトヨタの強さはどこから来るのでしょう? 「カンバン方式」や、ニンベンのついた「自働化」などの技法が利益の源泉? たしかに同社がこうした技法に多大な努力を払って来たのは事実です。しかし、わたしが見るに、トヨタに代表される自動車業界の真の強さは、そのサプライチェーンの姿にあるのです。

(図1 自動車業界のサプライチェーン)

皆さんはカー・ディーラーが、自動車会社ごとなのをご存じですね? トヨタのディーラーに行って、マーチを買うことはできません。自動車業界のサプライチェーンは、真ん中に自動車メーカーがおり、その上流側(部品サプライヤー)も下流側(販売会社)も、系列化しておさえている点に特徴があります。サプライチェーンで需給調整のための計画を立案する機能を持っているのは、真ん中の自動車メーカーのみです。しかもサプライヤーは、自動車メーカーの生産計画に同期化するための仕組み(カンバン)をもっています。また需要の季節変動が少なく、短期的な流行も少ないのが、商品の特徴です。最後に、店頭在庫がなくても、消費者は1週間や2週間は黙って待ってくれます。

こうした特徴があるため、自動車業界は、きわめて平準化生産に向いた効率的な体制を組めるのです。とくに、上流・下流の系列をコントロールする力が強いほど、収益力も高い。

これに対して、電機業界のサプライチェーンは、こんな形をしています。

(図2 電機業界のサプライチェーン)

皆さんは家電品をどこで買いますか? 最近は量販店で買う人が多いでしょう。量販店では、ソニーもシャープもパナソニックの製品も並んで置いてあり、その場ですぐ値段を比較することができます。家電メーカーは量販店をコントロールできません。だから、量販店と電機メーカーは独自に計画を立てているのです。

しかも電機業界は面白くて、部品を同業他社から仕入れたりすることがあります。日立の製品をあけると、中に東芝のチップが入っていたりします。そうなると、一つのサプライチェーンで、需給計画を立てている会社が二つも三つも存在することになる。それぞれ別の見込で動きます。おまけに、新製品のサイクルが短く、季節性の商品も多い特性があります。さらに消費者は、店頭に在庫がないと別の商品を買ってしまいます。このため、過剰在庫をまねく傾向が強いのです。

皆さんが家電会社の社長さんだったら、この図を見て頭が痛くなりませんか。どうやったら、最終消費者の好みに即応して製品を出荷できるのか。とても難しいですよね。

では、ちょっと応用問題を考えてみましょう。農産物のサプライチェーンです。皆さんの中で、ご実家や知りあいに農業をやっていらっしゃる方はいませんか?

(ごく少数が、気恥ずかしげに手を挙げる)

はい。結構です。農業って、大変ですよね。なぜ、大変なんでしょうか? 力仕事だから? いえ、近頃は結構、機械も進歩してきました。問題は、やはり需要と供給にあるのです。野菜類はあまり在庫がきかない特徴があります。自動車や家電製品との大きな違いですね。おまけに、消費者はバックログ(受注してから仕入れる事)も許しません。え、キャベツが品切れなの? じゃあ、今日は別の料理にするわ、という訳です。

(図3 農産物のサプライチェーン)

しかも、工業と違い、農作物の生産量は天候等に左右されて変動しやすいものです。在庫もできない、供給も安定しない、かつ消費者は気まぐれ・・当然、需要と供給にギャップがしばしば生じますよね。需給バランスが合わないとき、しかし農産物のサプライチェーンには在庫調整機能が無いため、価格変動が生産者を直撃する仕組みになっているのです。だから豊作貧乏が起きたりして、農業というのは引き合わない仕事と言われるのですね。頑張ってたくさん作ったのに、自分に全部はね返ってくる業界なのです。これを解決するためには、長期契約とか、直販とか、別な販売チャネルを構築しなければなりません。

ちょっとまとめてみましょう。

サプライチェーンにはつねに、需給ギャップのリスクが存在します。需給にギャップが生じたら、一番良い解決法は、需要に合わせて即座に供給(生産)調整する能力を持つ事です。ただ、これは簡単ではない。そこで次なる手段として、「在庫」による調整機能をもちいます。普通は供給が多くなれば在庫の形で、需要が高まれば納期(マイナス在庫)の形で、変動リスクの吸収と調整が行われます。

即応能力も在庫能力も無いと、需給調整は「価格」によって行われるしかありません。その結果、どうなるかというと、農業のようにちょっとした需要の変動が価格の乱高下につながります。ちなみに農産物のうち、コメは在庫がきくが、国策で価格を高めに決めています。だから在庫が無尽蔵に増えてしまうのです。

皆さんに覚えておいてほしいのは、「需給ギャップ(リスク)を、自ら調整する能力を持つ者が、そのサプライチェーンの支配力を持つ」という事です。逆に調整能力の最も小さい者には、つねにリスクが押しつけられることになります。こうしたサプライチェーンの性質を意識しながら、自らのポジションをうまく確立できた企業が、持続した成長力を持つのです。

日本では、「大事なのは製品開発力だ」という常識がはびこっています。Appleの成功などが刺激となったのでしょう。
「ヒット商品が生まれれば会社は成長できる」
「日本のものづくりが復活できないのは、魅力ある新製品を作れないからだ」
・・・こういう話はメディアに蔓延しています。『なぜ日本でiPhoneが生まれなかったのか』という題の本さえ出版されました。

たしかに魅力的な新製品の開発は大事です。成功すれば大きい。しかし、製品開発という仕事は、失敗確率も非常に高いものです。作ったものが次々ヒット、ということは滅多にありません。

他方、皆さんはこの車をご存じでしょうか。そう、トヨタ・カローラですね。カローラは「偉大なる平凡」などと揶揄されながら、長年にわたり販売台数トップの座を守りつづけました。偉大なる平凡を作り続けたトヨタ自動車の収益は、『供給力』に源泉があります。『供給力』とは、サプライチェーンの中で、需要にぴったりマッチした生産を行う能力です。「必要なモノを、必要な時に、必要な数だけ」=ジャスト・イン・タイム生産がこの会社の基盤でした。

では、製品開発力で有名なApple社が、供給力で犯した知られざる大失敗のお話しをしましょう・・。
-------------------------

ということで、供給力の話題から、得意分野のスケジューリングの講義になっていくのだが、この先は専門的になるし演習も入るので、紙上収録はここらで切ることとさせていただこう。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

物流センターとは何か(2015/06/15)

物流センターとは何か。それは、物流のセンターである・・と答えたら、正解だろうか? 

物流とはモノの流れ、すなわち販売者(生産者)から消費者へのモノの移動と輸送のことを指すのが普通だ。だとすると、産地も消費地も全国にちらばっているのだから、物流に「センター」があるというのはおかしな話ではないか。全国をカバーするJRの鉄道に、どこか「中心」があるだろうか。全国の高速道路網の、どこがセンターなのか?

もちろん、そんな意味ではない。物流センターとは、企業あるいは商品(群)にとっての、物流のハブなのだ。「ハブ&スポーク」の意味はご存じだろう。ハブはものの流れの集まる焦点であり、またそこから流れが出る中心である。つまり、モノが大量に・頻繁に出入りする施設をいう。そこにモノを在庫・保管し、そこから仕向先にモノを出荷する機能を持つ、施設。これが物流センターだ。モノを分配・配送する拠点。英語ではDistribution Centerなどともいう。

この物流センターとは、具体的にどのような仕組みのものだろうか。念のため、ネットで検索すると、いろいろな解説が出てくる。たとえば、保管のための倉庫と棚が並んでいて、云々と。では、物流センターと倉庫とは同じものなのだろうか? あるいは、中をフォークリフトやコンベヤが走り回っている写真や図もある。どうやら中でモノがけっこう動いているらしい。それはなぜか? そして、自動倉庫や自動ソーターなど機械化されたマテリアル・ハンドリングの設備も紹介されている。では、高度に自動化されていないと物流センターとは呼べないのだろうか。もちろんそうではあるまい。

物流センターとは何かをわたしが説明するとしたら、どんな設備や機械が並んでいます、みたいな工場見学的な解説ではなく、それがどういう機能を持つシステム(仕組み)なのかを言うだろう。

まず、そもそもどうして物流センターなるものが出現したのか。その昔、つまり昭和の高度成長の初期には、明確な物流センターという種類の施設は無かった。工場の倉庫がそれを代用したのである。いや、第一その当時は、『物流』という言葉すらなかった。意外に思うかもしれないが、物流は「物的流通」という語を略して生まれた言葉で、当初は流通という概念しかなかったのだ。もちろん、モノを動かしたり保管したりする作業自体はあった。だが、それには独立した名前がなかった。「流通」という業務に含まれると思われていたのである。

流通とは、生産者からモノを仕入れ、消費者に届け、代金をいただく仕事である。戦後しばらくの間は物不足時代であり、モノは作るはしから売れていった。そのころは、流通・販売は製造業に従属する、一段下に見られる仕事であった。しかし高度成長を経て、次第に市場が成長に向かうにつれ、だんだんと販売側の力が強くなっていった。その中で、商流とモノの流れの分化が進んでいく。こうして物流という独立した職域が認知されるようになる。

とくに、平成に入って、一般消費財や部品類の海外生産が進み、アジアなどからの輸入が増えると、港で荷揚げした物品をいったん受け入れて、集中的に保管・開梱・出荷する施設が必要になる。かりに国内生産を続けている場合でも、複数工場の倉庫にバラバラに保管しているよりも、一カ所に集めて、需要の気ままな変動に耐えやすい形にした方が、効率的だと考える企業が増えた。これが物流センターの増加の原因である。

もともと、物流とは、生産と消費のギャップを埋めるための機能である。生産地と消費地の不一致を埋めるために、輸送という機能が必要になる。また、生産の時期と消費のタイミング・季節のずれを埋めるために、在庫という機能が必要になる。さらに、生産は大ロットでの効率を望むのに対し、消費者は小口でしか買わない。ここに、切り分けや梱包などの物流加工機能の必要性が生じる。

そしてもう一つ忘れてはならないギャップがある。それは、消費者は普通、単品だけを買うことは少ない、という事実だ(とくに企業がモノを購入する場合は)。つまり、複数種類の物品をまとめて注文し、配送するニーズが生まれる。そのためには、物品を取りそろえる業務、すなわち『ピッキング』機能が必要となる。

今日の物流センターは、基本的にピッキング作業が機能的な中心である。ピッキングをはさんで、その上流側には、
 ・入荷機能、
 ・保管機能、
 ・物流加工機能
 などがあり、そして下流側には
 ・出荷機能
がある(もっとも、場合によってはピッキングと物流加工の手順が逆になるケースもある)。

それぞれの機能を果たすためには、作業と、その作業場所・設備がいる。そして、それらを統括するための、倉庫管理システム(WMS = Warehouse Management System)を持っているのが普通だ。図にすると、以下のような姿になる。

ピッキング作業のためには、通常、何らかの形で、ストックされたモノが並ぶ棚が必要である。棚でなく、パレットを平置きしたり、パレットを段積みしている場合もある。だが、いずれにせよ、その保管場所にアクセスでき、モノを取り出せるスペースがいる。これをピッキング場と呼ぶ。ピッキング場におけるモノの位置は、きちんとロケーション管理されていなければならない(さもないと、人が一々毎回モノを探して歩かなければならなくなる)。

ピッキング棚やピッキング場が、そのままモノの保管場所を兼ねる場合もある。だが、物流センターが大規模化し、物流量が大きくなると、保管庫とピッキング場は場所を分けた方が効率的である。ピッキング棚は、どうしても人やフォークリフトなどがアクセスする間口をあけておく必要があるし、異なった品種のモノを上下に重ねて積むわけにはいかない。まして、先入れ先出しや保管期限の管理が必要な物品の場合、どうしても棚入れと取り出しの二面アクセスがほしくなる。保管の視点で考えると、スペース効率に制限が生じるのだ。

そこで、中期的な保管場所は別に確保し、ピッキング場には、そこから短期的に必要な量だけを補充していくようなやり方の方が効率的になる。かくして、物流センターの中にも、結構な量のモノの移動と流れが定常的に生まれることになる。それに伴い、コンベヤーなどの搬送設備がいるようになるかもしれない。あるいは、手間のかかる人的なピッキングではすまない量の場合、コンベヤと組み合わせた自動ソーター(仕分け機)などの機械設備もいるだろう。保管庫も、立体自動倉庫のような仕組みが有用だろう(とくに敷地面積の限られた日本では)。

だが物流センターの基本になるのは、保管庫とピッキング場であり、そこに働く人やフォークリフトなどの動線である。

ついでにいうならば、物流加工の指示を出すためには、物流のBOM(部品表)が必要である。たとえば、入り数12個のカートンボックスでは、1:12という員数比による、個品とダース箱の親子関係の定義がマスタ情報になければならない。

BOMがあり、加工材料の入荷・保管機能と、加工後の品目の保管・出荷機能がある、という点では、物流センターはある意味、工場と相似形であることが分かる。むろん、加工作業のしめる重要性とボリュームは大違いである。だが、抽象化して考えれば、両者には共通性がある。ということは、工場の設計と物流センターの設計には、互いに学び合えるところがある訳である。

物流センターの規模を示す指標としては、SKU(Stock Keeping Unit)の数がしばしば用いられる。SKUとは、センターにおいて扱うモノの種類を示す用語である。物流センターでは、同じ品目(たとえば単3乾電池)であっても、個品か、2個パックか、4個パックか、1ダースパックか、1ダース箱入りか、といった包装形態によって、別の種類として扱わなくてはならない。これをSKUと呼ぶのである。SKU数が多いセンターほど大規模であり、棚数も多く、ピッキング動線も複雑になるため、それなりの設計上の工夫がいる。

もっとも、上に説明したのは在庫機能を持つ、ストック型の物流センターの仕組みである。物流センターの中には、在庫を原則持たず、入荷した荷物を積み替え・振り分けて出荷するだけの「トランスファー型」物流センターも存在する。センターがどのタイプになるかは、基本的にどの業種が保有する施設かで決まる。

サプライチェーンの中には、
・製造業、
・流通業(卸)、
・運送業、
・小売業、
という4種類のプレイヤーがいる。この中で、基本的に運送業だけは在庫を保有しない。だから、運送業の物流センターは、トランスファー・センターになる。

それ以外の業種は、自分で在庫ストックを持ち、(大小の差はあれども)在庫陳腐化リスクを抱えつつ、それをテコに利益を得ている。だから、基本的にはストック型の物流センターを運営することになる。その立地や大きさなどは業種や商品特性によりまちまちであるけれども、サプライチェーンの中における重要性は、今後とも増えることはあっても減ることはないだろう。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

海外工場のサプライチェーン問題を考える (2013/11/18)

OKY」という言葉がある。「前が ってみろ」の略だ。日本企業の海外拠点で働く人たちが、本社の無理解に対して感じる不満とボヤキを表す隠語である。以前は一部地域で使われていたのだろうが、経済メディアなどにとりあげられて以来、全国的(全世界的?)に広まったらしい。もちろん語感としては、数年前に流行した「KY」(=空気読めない)をふまえている。ちなみに、「KY」はもともと『危険予知』活動の略語として、製造現場などで使われていた言葉だったが、今やそれを知る人は、製造業や建設業の一部だけになってしまった。

OKYという言葉は、海外の子会社と日本の本社とがギクシャクしている状況を象徴している。本社側は、海外子会社のパフォーマンスに不満を持っている。そして、あれこれと助言や指図をする。他方、海外子会社の側には、日本から派遣されてきた駐在員たちが大勢いて、日夜、悪戦苦闘している。しかし海外は(それが先進国であれ新興国であれ)日本の常識が通じない状況が多い。“なのに本社の奴らは勝手なことばかり言ってくる。まるで俺たちが無能だといわんばかりじゃないか”との感情が、OKYの隠語に込められている。

しかも、実際に海外に出て仕事をしてみると痛感することだが、今や日本という国は、海外でのプレゼンスが非常に弱くなっている。「日本抜きでもビジネスは進む」「日本を手本にしなくても国は発展する」と、途上国の多くの人はもはや考えている。『ジャパン・パッシング』(日本素通り)と呼ばれる状況である。このことが、本社側ではなかなか伝わらない。日本企業はいまだに発言力(購買力)もプレスティジ(技術的威信)も高いと思っているらしい−−ここがまた、意識のギャップを痛感するポイントなのだろう。

日本企業の海外工場進出は'80年代からあったが、広まりはじめたのは'90年代後半以降のことだ。一時は中国に工場を建てるのが、ブームのようにもてはやされた時期もあった。そのブームはリーマン・ショックの前後から、多少の反省期に入り、“製造業の日本回帰”などの言葉も言われるようになった。しかし、現在でも海外生産に依存している企業は非常に多い。2011年7月の「海外事業活動基本調査」によると、製造業の海外生産比率は18.1%であり、全体の2割近くを占めている。売上高の合計は183.2兆円で、前年度比11.4%増と、まだまだ伸びる趨勢にある。海外への設備投資比率も17.1%と、ちょうど生産比率に近い数字となっている。

では、これらの海外工場は、企業のサプライチェーンの中でどのような位置を占めているのだろうか? 同調査によれば、製造業の現地・域内販売比率は、その立地によって違い、北米93.8%、ヨーロッパ86.8%、アジア75.3%となっている。つまり欧米に作った工場は、作った製品をその域内で販売する(あるいは取引先工場に納入する)ことがメインの役割である。もともと欧米への工場立地は、大量輸出による貿易摩擦の緩和対策としてはじまった面が強い。他方、アジアの工場は、元々の進出動機が「安価な製造拠点」づくりとの意識が強かった。したがって1/4は域外市場へ出荷される。

逆に、現地・域内調達比率はどうかというと、北米が65.0%、アジアが69.4%、ヨーロッパが55.6%となっている。アジアの工場の収支を見ると、部品・材料の約7割は域内で調達し、そこで作った品目の7割5分強を域内に出荷する。それ以外は、おそらくは日本から素材を持ってきて加工製造し、また日本に輸出するのであろう。

海外工場の自社内サプライチェーンにおける位置づけは、その分業の仕方によって大きく2種類に分けることができる。「垂直分業」と「水平分業」である。この用語は会社によって逆の意味にとられるケースもあるが、ここでは経産省の用法に従っておこう。「垂直分業」とは、サプライチェーンにおいて上流側に位置する、部品加工段階と、下流側(市場に近い側)に位置する製品製造段階とを、海外と日本で分担するタイプである。多くのケースでは、部品加工を海外で、製品製造を日本で行う。製品は日本から世界の市場に出荷される。

これに対して「水平分業」では、それぞれの地域で、部品加工から製品製造までを平行して行う。地域市場に密着した生産を行える点が水平分業の特徴だ。

両者の違いは、日本と海外で持つ工場の機能の差にも表れる。垂直分業では、作るモノが違うのだから、工場の機能や工程も違っている。水平分業では、基本的に同じ機能を備える必要がある。ただし、この場合は、技術的ノウハウもかなり海外工場に移植しなければならない。

垂直分業にはもう一つのパターンがある。コアとなる部品は日本で製造し、それを海外工場にも供給するやり方だ。ノン・コアの部品材料は現地で調達するが、技術の中核となる部品は、高い技術力とスキルを持つ日本の工場がおさえておく。建設機械で有名なコマツは、この方式をとっていることで知られている。技術流出を防ぎながら、各国の地域市場に対応できる優れた方式であろう。

とはいえ、現実の多くの企業では、すでに上記の類型におさまりきれない混沌的分業パターンに近づいている。最初は垂直分業で部品加工だけの拠点だったはずが、日本市場の停滞と現地市場の成長により、現地でも次第に簡単な製品製造をはじめる。水平分業化のはじまりである。しかし、日本側は部品加工段階を海外に出してしまったために、人や設備が弱体化し、逆に垂直分業に頼らざるを得ない。だから日本への部品供給も続ける。と同時に、現地市場の成長とともに高度な製品の需要がふえるから、日本からの製品輸出も増えて・・

というような状況だから、当然ながら工場で扱う製造品目も次第に多品種少量化が進んでいく。当初は決まった品目の部品を、そこそこ大量に加工するべく設計していた工場だから、段取り替え作業も手間がかかる。おまけに需要見込や確定受注も、本社や地域営業や顧客など、あちこちからバラバラに入ってくる。こうした中で、本社から「納期が遅い、品質も低い、コストも思ったより高コストだ、そもそも子会社自体が赤字なのをなんとかしろ」などと攻められたら、そりゃあ“OKY(お前が来てやってみろ)”とも言いたくなるだろう。

海外工場のサプライチェーンの悩み(長納期・高コスト・低品質)は、大きくいって以下の4つの原因から起こると考えられる。

(1)サプライヤーに起因する問題、
(2)顧客・販売チャネルに起因する問題、
(3)物流期間・物流品質に起因する問題、そして
(4)本社側に起因する問題(契約・規制・慣習への無理解、リスク・マネジメント原則の不在等)

そして、原因に応じた対策を講じる、というのがもちろん王道である。

しかし、問題がこじれてしまっている場合、つまり納期もコストも品質も人員も問題だらけの時は、根本原因の同定は必ずしも簡単ではない。それに、想定される根本原因が大きすぎて手をつけにくい、ということもあるだろう。本当は、サプライチェーン全体の構造をきちんと設計して、どこで需要予測情報をインプットし、どこに主なストック在庫を置き、どこから先は確定受注に紐づけて動かすか、といった方針が必要なのに、なりゆきでスパゲッティ状のサプライチェーンができてしまっているようなケースである。

この場合、まずは、サプライチェーンの状況を可視化して、問題発生を把握しやすくする、という対策が必要になる。これは本社側と海外工場側が協力した取り組みである。ただ、海外工場側が現地企業との合弁会社であったりすると、工場の内部情報をそのまま日本側に開示するのは抵抗が出てくるはずである。

したがって、共有するのは、互いのサプライチェーン的な界面に限られることになる。すなわち、需要と供給、いいかえれば、発注と納品(と出荷可能な在庫)の情報である。「見える化」というと通常、モノの動き(供給側)だけを追いかけがちであるが、じつは発注(需要側)情報とペアで扱い、どの納品がどの発注に対応しているのか、需要と供給の累積カーブはどういう関係になっているのかまでを「可視化」するべきである。ここでいう発注情報は、見込生産(MTS)や繰返し受注生産(MTO)の場合だと、『需要予測(先行内示)情報』と、『確定需要(納入指示)情報』の二種類がセットで必要になる。また、在庫情報の中では、船の上などの移動中の在庫量も、きちんと把握できなくてはならない。

こうしたシステムを構築するのは、もちろん簡単ではない。しかし、このような『サプライチェーン可視化システム』は必須だとしても、これと同時に、進めるべきことがある。

それは品質問題の可視化である。もっと簡単に言うと、「良品のみを出荷する」体制を作ることだ。海外工場の納期やコストを言う前に、まず品質を最低限確保すべきなのである。もし出荷されたモノの中に不良が多数混じっていて、下流工程で使い物にならなかったり修理再加工が必要だったりしたら、リードタイムや在庫データに、どんな意味があるだろうか? 

もしも日本側の受入検査で不良を発見できるなら、その検査機能は海外工場の出荷側に置くべきだし、さらにいえば部品加工の各工程で、不良を見つけたらその場でラインからとり除けるよう、『不良箱』か何かを設置すべきなのである。そして、不良の数をかぞえ、補修を行い、原因を分析する。それを、現場の作業者たちが自分で自覚し、できれば責任感を持つように、うながしていく。地味だが、こうした努力は製造業として欠かすことができないだろう。

たしかに工程の種類によっては、不良をゼロにするのは技術的に難しい場合もあるだろう。その時はせめて、ある目標パーセンテージまでは安定化をめざす。そして、不可避な不良リスクの分は、安全在庫でカバーするのである。サプライチェーンの可視化システムは、そうした工夫があって、初めて生きてくるはずなのだ。海外と日本、その両者の努力と協力がなければ、「お前が来てやってみろ」症候群は解決するまい。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

広域サプライチェーンのためのPSI(生産・販売・在庫)計画と、その立案手法DRPとは(2015/07/25)

ときどき感じるのだが、、「広域」という言葉でどれほどの距離をイメージできるかは、その人の育ってきた社会によって、かなり異なる。もう20年以上も前になるが、はじめて北海道の帯広から札幌まで、夜、鉄道で移動したことがある。特急で確か5時間程度の距離だったと思うが、途中、かなりの間、両側に全く人家のない漆黒の闇を走る。窓の外に見えるのは、車内灯からかすかに照らし出される大きな蕗の葉ばかり。まことに広漠な大地という感じで、都市に近づき人家の光が見え始めると、どこかほっとする。北海道の人は内地の人よりも大陸的だ、といわれるのも当然かな、と思った(古い世代の北海道人は、今でも本州以南を「内地」と呼ぶ)。

しかし、その北海道人だって、シベリアの鉄道や、北米の横断道路などを何日も何日も走り続ければ、「広域」とはこういう意味かと思うに違いない。たしか50年代の米国映画「ジャイアンツ」だったか、テキサスっ子が東海岸から花嫁を連れて故郷に戻る際、鉄道がテキサス州境を超えたので「もうすぐつくわね」と花嫁がいうと、「いや、まだあと二日かかる」(Two more days.)と男が答えるシーンがあったと記憶する。列車であと二日。この距離感は、ただ飛行機にのって一気に飛んだだけではピンとこない。

これだけ広大だからこそ、米国人は、いや米国に限らず大陸の人間はおおむね、補給とかロジスティクスといったことに関心が高くなるのだ。それは製造業とて同じである。電話一本で何でも翌日に届く日本国内にいると、モノが足りなくなる心配は売り手にとっても消費者にとっても、あまりシリアスではない。しかし大陸国で欠品が生じたら、それを手配するのに1週間かかるなんてのは、ある意味、ザラである。

仮にあなたが全米相手の消費材を作る会社の社長だったとしよう。たとえば、何でもいいが、出版社としようか。米国の出版事情に詳しい訳ではないが、少なくとも米国には再販制度という便利な仕組みは、存在しないはずだ。本は自分のリスクで製造(印刷)して、売れそうな全米各州の書店に自分の判断で配本しなければならない。書店の店頭になければ、消費者はたぶん別の本を買ってしまうだろう(よほどのベストセラーや特殊な専門書でない限り)。だから店頭在庫は必須だ。しかし再販制度がないから、書店では、仕入れた本が一定期間売れずに不良在庫化したら、赤札付き値下げ商品として叩き売るしかない。その在庫水準の決め方はむずかしい。

この事情は食品・飲料だろうが、家電製品だろうが、自動車だろうが、ほぼ同じである。流通在庫を維持できるよう、販売量(需要)を読みながら、供給(プッシュ)していく。生産拠点(工場)と流通の末端を結ぶ、長いサプライチェーンの途中に、物流センターやデポを持つケースも多いだろう。では物流センターを、全米50州の、どことどこに配置するべきか。なにせテキサス州の端から端までだって陸送で2日かかるのだ。消費者ニーズに即応、などといっていた日には、全米に100ヶ所くらい建てなきゃならない。実際、Amazon.comはそれくらいの数を持っていて、あの会社が巨大なくせにあまり儲かっていないのは、この投資負担もあるのだ。ところが、じつは物流センターというのはある程度集約した方が、需要のぶれが小さくなって、在庫効率が高くなる。輸送のリードタイム短縮を狙うのか、それともトータルな在庫削減を狙うのか。これも難しい判断である。

だから広域サプライチェーンを抱える企業は、サプライチェーン全体の生産・販売・在庫を一括して計画する仕組みが必要になる。これを生産(Production)・販売(Sales)・在庫(Inventory)の頭文字をとって、PSI計画とも呼ぶ(日本語では『生販在計画』だが、こちらは気をつけないと仮名漢字変換がとんでもない誤変換をしてくる^^;)。これは営業と生産を統括する機能である点に注意してほしい。よくある話だが、営業と工場が不仲で、営業本部は営業本部でチャレンジ目標なんだか需要予測なんだかわからない『販売計画』を立て、工場側は工場側で、「どうせ営業の数字なんてあてにならないから」勝手に割り引いて『生産計画』をたてる、なんてことをしていた日には、あっという間に欠品と不良在庫で会社は回らなくなってしまうだろう。

そのPSI計画の立て方だが、大別して、集中型と分散型がある。集中型は、本社1ヶ所で、全体の計画を立てる方式だ。分散型は、販売拠点や物流センターなどが一定の権限を持ち、拠点や地域単位で、それぞれ計画を立てる。両者は、一長一短であろう。需要に地域差や季節性が強い場合、現地の感覚を肌身で感じる場所で需要を読んだ方が、正確だ。需要の変化にも即応性が高くなる。そのかわり、サプライチェーンの中で複数階層の計画機能を持つと、どうしてもブルウィップ効果が生じやすくなり、上流側の生産量のアバレが大きくなってしまう。在庫の無駄も増えてくる。

全体の在庫や生産効率の最適化を求めるなら、集中型の方が有利である。ただ、集中型が通用するのは、需要にあまり地域性や季節性などのムラが少ない商品だ。あなたが小説やビジネス書の出版社主なら、きっとこちらに該当する。この集中型で使われる手法の一つが、DRP = Distribution Requirement Planningである。日本語では流通資源計画などとも訳すが、これでは何のことだかちょっと分かりにくいだろう。

DRPは、生産計画におけるMRPと対比すると理解しやすい。

DRPでは、BODというデータを中心的に用いる。BODはBill of Distributionの略で、マテリアルに所在情報を付加したリストである。日本語には対応する適当な言葉がないので、ここでは「物流表」と仮に呼ぶことにしておくが、MRPでいうBOM(部品表)に相当する。製造の世界では、同じマテリアルはどこにあっても同じマテリアルだが、広域物流と輸送機能を考えた場合は、たとえ同じマテリアルであっても、テキサスにある物とニューヨークにある物を同一視できない。テキサスの工場で製造したマテリアルをNYのデポにもってくるには、輸送という作業が必要になるからだ。

BOMとは、(著書「BOM/部品表入門」でもこのサイトでも何度も書いているように)、相互に関係を持つマテリアルと数量のリストである。製造の世界では、一連の作業(工程ないし工順)にしたがって、インプットのマテリアル(つまり子部品)から、アウトプットのマテリアル(親部品)が作られる。

広域サプライチェーンの視点に立つと、物流・輸送も広い意味で製造と並ぶ供給活動の一環である。したがってテキサスの工場の部品資材を、製品としてニューヨーク市場に供給するためには、両者を区別して、その間に輸送という活動をはさむ必要がある。DRPでは、以下の手順に従って生産・輸送量を決める。

(1)各地域別に独立需要を予測し、これをベースに地域別販売数量(地域別総所要量)を定める。
(2)地域別の総所要量から、各地域の物流センター/デポに保有している引当可能在庫を差し引いて、地域別正味所要量を計算する。この際、各地点で安全在庫量を定めている場合は、それを加味した上で所要量を算出する。
(3)地域別の供給ルートと、標準輸送リードタイムにしたがって、供給元における総所要量を計算する。
(4)このようにして求められた生産工場における従属需要(所要量)が、その工場の基準生産計画(MPS=Master Production Schedule)に相当する。あとはMRPの手順に従って生産計画・購買計画を立案する。
(5)なお、生産自体を海外に出している企業では、海外工場への手配計画も必要であるし、主要資材を海外から調達する場合にも、その手配計画も作成する。

DRPを利用している企業は、日本では非常に少ないと思われる。今日の日本では物流網が発達し、だいたい1日あればどこにでも品物を送れるからだ。このため、大げさな輸送計画は不要なのである。また、物流と生産のタイムバケットがうまく整合できない(物流は1日、生産は1週など)という技術的な問題もあるだろう。

ただ、日本企業でも、中国や東南アジアを含むグローバルなサプライチェーンをかかえて、本社で集中的計画を立案している企業では、DRP的なニーズがあるし、前々回紹介したトヨタ自動車などは、まさにその例である。今後、望む・望まないに関わらず、サプライチェーンが国境を越えて広がる企業が増えていくと思う。その際、営業と生産の二元論的な経営を超えて、統合的な計画を立てられるようになるかが、試されていくだろう。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

基準生産計画(MPS)と販売・操業計画(S&OP)の間

先日、「図解サプライチェーン・マネジメント」の読者の方から質問をいただいた。それは、「MPS(Master Production Schedule)とS&OP(Sales and Oepration Plan)の関係が分からない。両者は別物なのか、それとも同じものを指すのか」という意味のご質問だった。

たしかに、どちらも、MRPの出発点である、というような説明をされることがある。そもそも、MRP自体が日本で普及していない訳で、MPSとかS&OPなどの実態にふれる機会もほとんどない。だから、その違いが分かりにくいのも無理はないだろう。また、S&OPは「販売部門と生産部門が調整して立案する計画」という説明もあるが、これもMPSも該当するように思えるから、いよいよ混乱しがちだ。

それで、答えから先に言うと、「基準生産計画(MPS)」は「販売・操業計画(S&OP)」から直接、算出されるもので、いわばS&OPの一部である。S&OPは文字通り販売計画(需要計画・販売チャネル管理・ATP予約など)を含むもので、生産側だけを対象にしたものではない。

なお、S&OPはこれまで『販売・事業計画』と訳されることが多かったが、“事業”という言葉はビジネス的な意味が広すぎて、かえって対象範囲が分かりにくい。ここで指しているのは、販売と対をなす、供給の範囲の仕事、すなわち生産・輸送・在庫などの、工場・物流センターの操業のことである。そこで、最近MIF研究会の仲間で「工場管理」誌に連載をはじめるにあたって、『販売・操業計画』という訳語の方がいいだろう、という案が出された。これは良い訳だと思うから、ここでもそれを使わせていただく。

最近は「生販在計画」、あるいはProduction, Sales & Inventoryの頭文字をとって「PSI計画」という用語も普及しはじめているようだ(私のATOK 12は、うっかりするとこれを“性犯罪計画”と誤変換してくれるから油断も隙もない^^;)。これは複数の生産拠点や物流拠点、販売チャネルを持つ大企業におけるS&OPの一種だと思ってさしつかえないだろう。

これに対し、基準生産計画(MPS)は生産だけにかんする計画である。MPSの中核は、じつは生産オーダーの集合である。私の知る限り、MPSはベストの企業でも週次サイクルで、ふつうは月次から月2回サイクル程度しか作っていないと思われる。工場側はその生産オーダーを工程展開して、実際の製造スケジュールや作業指示をつくっていく。MRPの出発点だといわれる所以である。

日本の多くの企業では、「月例生販会議」などと称して製造側と営業側の代表者が集まり、お互いの見通しを出し合って数字を調整する機会を持っている。だから、この会議の結論がMPSであると考えたいところであるが、じつはここには留保条件がつく。それは、「計画」としてのコミットメントの度合いである。言い方をかえると、どれほど皆がこの数字を尊重しながら動くか、がポイントなのだ。

本来、MPSには需要タイム・フェンスを設定して(数日から1週間程度)、「もう直近のこの期間内の需要変更は受け付けません」という運用ルールを、営業・生産両者で守るべきものだ。むろん、営業にいわれるまま、毎日のように生産オーダーを変更調整している会社は多々あるが、そんな状態のものをMPSと呼ぶ価値があるかどうか、私は疑問に思う。

そして、そのために役員クラスのマネジメントのコミットメントが必要とされる。これが本来のS&OPの目的であろう。

「販売部門と生産部門が調整して立案する計画」というとき、それがマネジメントによってオーソライズされ確定された計画のことをいうのか、単に部員同士が寄り集まって“声の大きいもの勝ち”で作られる紙切れのことをいうのか、その実態を見極めなければ意味がないことを理解すべきである。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる

生産座席予約システムとATP

先日、MIF研(Manufacturing Innovation Forum)で、日本の“生産座席予約システム”と、MRPIIにおけるATPの関係が議論になった。ここで両者の相似と相違について、あらためて自分なりに少し整理してみたい。

まず、ATP = Available to Promiseからはじめよう。ATPは需要計画ないし販売枠管理において柱となる概念の一つでである。ATPとは、製品の現在庫数量を基にしたAvailability checkを時間軸上に延長したもので、客先から需要オーダーが入った時点で、当面の供給計画をもとに将来の「在庫量」を計算し、確約した受注にひも付けられていない数量ないし納期を回答する。

ATPの解説については、松原恭司郎著「図解 ERPの導入」(日刊工業新聞社[1997])のP.154-156 に、簡潔ながらすぐれた説明がある。この本は現時点で入手できる、<MRPII>に関する日本語で書かれた唯一最良の本だろう。また拙著「革新的生産スケジューリング入門」の第三章13節にも、ATPを一応解説している。

ATPの計算ロジックは、最終製品単位の基準生産計画(MPS)と、客先から受け取っている需要オーダーをベースにしている。需要オーダーには、販売担当者の願望的な予測から始まって、具体的顧客からの引き合いや予約、そして確定受注オーダーまで、さまざまなレベルが存在する。が、確約されたオーダー(committed order)から順に、将来availableな「在庫量」を引き当てて予約していくのだから、ATPはある意味でまさに生産座席予約に等しい訳だ。(「在庫量」にわざわざ括弧をつけているのは、その製品がどこかの倉庫に実際に積み上げられるかどうかは確定してないからである。)

例えば、NECで導入された座席予約システムでは、最終製品単位の供給予定量が与えられており、その中から営業担当者が順に予約していく方式であったと、知人の本間峰一氏から聞いた覚えがある。

ところが、青山学院大学の黒田先生のご説明によると、生産座席予約システムでは、MPSではなく生産能力(capacity)がベースになっているとのことだ。予定されている生産能力に対して次々予約を入れていくことによって、初めて最終製品品目が確定していくので、MPSはむしろ座席予約のアウトプットであるということだった。

生産座席予約の具体的事例をあまり知らぬまま敢えて憶測するのだが、このような形の「能力」予約が可能であるためには、満たされるべき条件があるような気がする。それは能力が製品数量の形で表現可能だということである(普通MRPIIの世界では、能力は時間で表現するので)。

製品ファミリー別に製造ラインを持っているフローショップ型の企業では、能力を製品数量の形で表現することは難しくない。しかし、一般にジョブショップ型の企業では、この関係付けはなかなか困難だろう。

とはいえ、ジョブショップ型製造業の中には、いわゆる、T字型のBOM構造を持つ業種がある。自動車やコンピューターなどがその典型である。こうした製品は、基本モデルに対し、オプション仕様の組合せから無数のバリエーションが生まれる。こういう業種では、MPSを考える場合でも、最終仕様レベルでの計画を立てるより、基本モデル単位(製品ファミリー単位)での計画を立てる方が現実的である。

T字型BOM業種の中にはこれを一歩進め、いわゆるBTOを行っている会社がある。デル・コンピュータが有名だが、自動車業界では、例えばトヨタなども実質的にBTOだ。BTOでは基本モデルの状態となる中間製品までは、見込み生産で作りだめをしておき、注文に応じて最終仕様を受注生産する。生産システム論的にいいかえると、プルとプッシュのカップリング・ポイントを「T」字の交点ぎりぎりまで持ってきている業態である。

このようなBTOを行なっている会社では、基本モデルベースでの生産座席予約が可能だろう。そして、座席予約自体は最終仕様にもとづいて行なうわけであるから、予約の結果はまさにMPSになるわけだ。しかし逆にいうと、BTOになっていないジョブショップでは、能力←→数量換算や、原材料部品在庫の制約などがあって、生産座席予約はかなり困難だろう。


以上をまとめると、MRPIIのATPをベースとした需要計画と、いわゆる「生産座席予約システム」との間には、以下の三点の違いがあると思われる。

(1)予約のベースとなる供給計画を、社外に対して開示するか否か
(2)供給計画として、基準生産計画(MPS)を用いるか、ラフカット能力計画を用いるか
(3)生産方式に条件があるかどうか(生産座席予約が可能なのは、製品ファミリー別に製造ラインを持っているフローショップ型の企業か、BTOを行なっているジョブショップ型の企業。これに対してMPSベースでのATPでは業種業態は問わない)

両者は基本ロジックにおいてはほぼ同じものだ。じっさい、たとえばSAP R/3 (SD)のATPや、i2 technologies SCPのAllocated ATPは、ほとんど販社による座席予約と事実上同等の機能を提供しているといっていい。ATPの概念は1980年には米国で確立していた。そういう意味では、残念ながら純粋に日本独自のものとは言いがたい。

とはいえ、私自身は、将来における供給能力を予約するというアイデアや計算ロジックを、日本人と米国人のどちらが先に発明したのかという議論はあまり重要だと思っていない。

むしろ、それよりも両者の一番大きな違いは、黒田先生も指摘されているように、(1)の社外開示のような、ビジネス上の使用ポリシーにあるだろう。需要オーダーというものの性質、つまり受注確度の濃淡や優先度、変更・キャンセルの取り扱いなど、法務及び商慣習上のややこしい問題をクリアしなければとうてい実現できるものではない。とくに米国における契約ベースでの企業間関係のシビアさを、多少実体験している身としては、その難しさは言うに余る。

会社対会社の「予約」という、法律論的にはリスクやあいまいさを伴う行為を、長期的な信頼関係という土壌の上で、現実に可能にしてしまった、日本の企業文化や風土の独自性を評価することの方が、もっとずっと大事なことだろう。こうした日本社会の中にある独自な優位性、いわゆる米国産「グローバル・スタンダード」とは異なる個性を、いかに伸ばし利用していくかが、われらが製造業の復活を左右するポイントのはずだ、と思うのである。

→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる


→「革新的生産スケジューリング入門」にもどる
サイトマップ
このページの冒頭に戻る

(c) 佐藤知一
e-mail: tomsato@rio.odn.ne.jp