生物多様性について  2009年7月12日 寺岡克哉



 新聞報道によると、このたび環境省が、

 初の「生物多様性白書」なるものを、まとめたそうです。



 いま、熱帯雨林の伐採や、地球温暖化などの影響によって、

 地球に棲む生物の「種」が、急速に減りつつあります。

 その現状を、「大量絶滅時代」であると位置づけ、

 地球規模での「種の保護」を訴えています。



 私も、以前のエッセイ210で、

 現在は、「六回目の大量絶滅」が進行中であることを書きました。

 それは、私が地球温暖化のレポートを書き始めるようになった、
「根本の動機」でもあります。

 なので政府が、「大量絶滅時代」として公式に認めたことを、

 私は評価したいと思っています。


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 ところで、白書にまとめられた「生物多様性」とは、ごく簡単に
言ってしまうと、

 「長い生命進化のなかで形成された、生物の世界における、
さまざまな多様性」のことです。



 この「生物多様性」には、大きく3つのレベルがあります。

 まず、おなじ「人類」という種の中でも、それぞれの「個体」により、
いろいろな多様性があります。

 たとえば、それぞれの人により、あるいは、さまざまな生活環境に
よって、

 寒さに強かったり
 暑さに強かったり
 病気にかかり難かったり
 筋力が強かったり
 飢餓に強かったり
 繁殖力が旺盛であったり・・・

 と、いろいろな多様性が存在します。これを、「個体の多様性」
いいます。



 また、地球上には、3000万種を超えるとも言われる、

 とてもたくさんの「種」が存在しています。

 これを、「種の多様性」といいます。



 さらには、森林、湿地、干潟、サンゴ礁など・・・

 地球上には、さまざまな生態系が形成されています。

 それを、「生態系の多様性」といいます。


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 以上が、生物多様性における「3つのレベル」と言われるもの
です。


 しかしながら、

 これら「個体の多様性」、「種の多様性」、「生態系の多様性」は、

 それぞれが独立しているのではありません。

 長い生命進化の歴史のなかで、お互いに関連し合っています。



 たとえば、いろいろな種の生物が集まって、さまざまな生態系が
作られています。

 つまり「種の多様性」により、「生態系の多様性」が形成されるの
です。



 また、いろいろな生態系は、さまざまな生活環境をつくります。

 そして、それら色々な環境に、それぞれの生物個体が適応しよう
とします。

 つまり「生態系の多様性」が、「個体の多様性」を促(うなが)して
いるのです。



 さらに「個体の多様性」が、どんどん大きくなって行けば、

 いずれ将来的には、「異なる種に分かれる(分化する)」ことも
あるでしょう。

 つまり「個体の多様性」が、「種の多様性」に繋がっていくのです。



 「生物多様性」という概念には、そのような歴史性や関連性も、
すべて含まれるのです。


                * * * * *


 生物多様性が失われると・・・


 地球の生命圏は、生物の多様性によって、強靭なものになっています。

 つまり、さまざまな生物がいるからこそ、

 地球の環境が少しくらい変わっても、かならず生きのこる生物があり、

 「地球の生命」が存続できるわけです。

 だから生物多様性が失われると、地球の生命圏が脆弱(ぜいじゃく)に
なってしまいます。



 また、生態系の多様性は、

 生態系の生産力(たとえば漁業資源など)、
 保水力、
 土壌浸食の防止、
 廃棄物の分解、
 浄化作用、
 気候の調節作用

 などとして、働いています。



 さらに、

 世界で処方されている薬のおよそ40%は、自然界から得られる
さまざまな動物、植物、微生物による生産物です。

 ペニシリンや、ストレプトマイシンなど3000種以上の抗生物質は、
おもに土壌中の菌類から得られました。

 また、5000種以上の薬用植物が、漢方薬の原料として使われて
います。



 これらはみな、生物多様性による恩恵です。

 だから生物多様性が失われると、それらの恩恵が受けられない
ばかりか、

 地球の生命全体が、危機に陥ってしまうのです!


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 話をもどして、

 このたび政府が、初めて「生物多様性白書」をまとめたのは、

 来年の10月に名古屋で行われる、

 「生物多様性条約 第10回締約国会議」を前にしているから
です。



 この「生物多様性条約」とは、

 @生物の多様性の保全

 A生物多様性の構成要素の持続可能な利用

 B遺伝資源の利用から生ずる利益の公正で衡平な分配

 を目的とした、国際条例です。



 この条約は、

 1992年に、ブラジルでの「地球サミット」で調印式が行われ、

 1993年に発効しました。

 2008年5月現在では、191ヶ国が締約しています。

 日本は、1992年に署名し、1993年に締結して、18番目の締約国
となりました。



 そして1994年以来、およそ2年ごとに「締約国会議」が開かれて
おり、

 その10回目の会合が、来年に名古屋で行われるのです。


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 ところで・・・ 

 来年の、2010年に行われる締約国会議は、けっこう重要な位置づけ
になっています。

 というのは、「2010年目標」というのが存在するからです。



 この「2010年目標」とは、

 「締約国は現在の生物多様性の損失速度を2010年までに顕著
に減少させる」というもので、

 2002年にオランダで行われた、第6回締約国会議において採択
されました。



 来年に名古屋で行われる、第10回締約国会議では、

 その「2010目標」が、一体どれくらい達成されたのか、問われること
になるのです。


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 ところが・・・

 国際自然保護連合(ICUN)が、7月2日に発表した最新報告によると、

 「2010年目標は明らかに達成されない!」

 とのことです。



 この報告でICUNは、

 「世界は、集団絶滅に向かって急速に突き進んでいる!」

 と、警告しています。



 レッドリストに掲載されている絶滅危惧種、4万4838種のうち、

 869種は、すでに絶滅したか、

 野生絶滅(自然の状態では絶滅したが、人工飼育や栽培によって、
かろうじて種が保たれている状態)になったと、

 見なして良いそうです。

 さらには、絶滅寸前の290種を合わせると、全部で1159種にも
上ります。



 とくに両生類は、生息地の消失や、菌類による感染症などで、
3分の1もの種が、絶滅の危機にあるといいます。

 鳥類では、8分の1の種が、絶滅の危機にあり、

 哺乳類は、4分の1近くの種が、絶滅の危機にあるそうです。



 来年の、名古屋で行われる締約国会議では、

 さぞかし「反省的な色合い」が、濃くなるのではないかと思います。

 しかし、それだけでなく、

 種の保存に向けた、実効性のある取り決めについても、

 大いに話し合ってもらいたいと思います。


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 つねづね私は思うのですが・・・

 人類が引き起こした地球温暖化で、人類自身が苦しむのは、

 まだ「自業自得」だと言えるでしょう。



 しかし、なんの過失もない、

 たくさんの動植や、植物たちをも巻き添えにして、

 あらゆる生命を、大いなる苦しみに陥れてしまう・・・



 そんな権利は、人類にあるはずが無いし、

 とても罪深いことであり、畏れ多いことだと思うのです。



 そのような

 「大自然や生命にたいする畏怖の念」というのが、

 いまの人類には、欠落しているように思えてなりません!




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