セシウム137の生物濃縮
                           2011年11月6日 寺岡克哉


 10月27日。

 フランス放射線防護原子力安全研究所(IRSN)は、

 福島第1原発の事故によって、3月21日〜7月半ばまでの
間に、

 海へ流出した「セシウム137」の総量が、2万7100テラ
ベクレルに達していた
とする、報告書を発表しました。



 これは、

 東京電力による発表値の、およそ30倍にもなり、

 単独の事故による「海の核汚染」としては、過去最悪だと
いいます!




 ところで、こんなに海への流出量が大きくなって来ると、

 プランクトン、小魚、中型魚、そして大型魚へと、食物連鎖が
進むにしたがって、セシウム137の濃度が高くなっていく、

 「生物濃縮」というのが気になってきます。



 なので今回は、それについて調べてみたいと思いました。


            * * * * *


 まず最初に、

 これまで各機関によって発表されてきた、セシウム137の
海への流出量について、まとめておきましょう。


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    発表機関         発表日   海洋流出したセシウム137
                              (テラベクレル)

東京電力            4月21日         940
東京電力            5月21日           9.8
小計                              949.8


日本原子力研究開発
機構               9月 8日        3600


フランス放射線防護原子
力安全研究所(IRSN)    10月27日      27100
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 上の表で、東京電力は4月21日。

 4月1日〜6日にかけて、2号機の取水口付近の亀裂から流出
した、520トンの「高レベル汚染水」に含まれる放射性物質の量を、
4700テラベクレルと発表しました。

 その内の、940テラベクレルが、セシウム137でした。



 また、5月21日に東京電力は、

 5月11日に、3号機の取水口付近から流出した250トンの
「高レベル汚染水」に含まれる放射性物質の量を、20テラベク
レルと発表しました。

 その内の、9.8テラベクレルが、セシウム137だったのです。



 これら2つを足し合わせると、

 東京電力が発表した、セシウム137の海への流出量は、

 949.8テラベクレルとなります。



 一方、10月27日の、

 フランス放射線防護原子力安全研究所(IRSN)の発表値は、
27100テラベクレルなので、

 東京電力の発表値の、およそ30倍となります。(27100/
949.8=28.5)



 ところで、それより以前の9月8日。

 日本原子力研究開発機構が、海へ放出されたセシウム137
の量を、3600テラベクレルと発表しています。

 このように、

 月日が経つに従って(おそらく、より詳しい分析結果が出るに
従って)、

 放出されたセシウム137の量が、多くなっているのが分かり
ます。


            * * * * *


 さて、

 海へ流出したセシウム137の量が、こんなに大きくなって
くると、

 「生物濃縮」という現象が、すごく気になってきます。



 この「生物濃縮」とは、

 植物プランクトンが、動物プランクトンに食べられ、

 動物プランクトンが、小さな魚に食べられ、

 小さな魚が、中型の魚に食べられ、

 中型の魚が、さらに大型の魚に食べられるという、

 「食物連鎖」を通して、セシウム137が濃縮されていく
現象です。




 つまり、

 はじめ植物プランクトンの、セシウム137の濃度が、海水と
同じくらいだったとしても、

 動物プランクトンが、複数の植物プランクトンを食べることに
よって、それが濃縮され、

 さらに小魚が、たくさんの動物プランクトンを食べることによっ
て濃縮がさらに進み、

 さらには中型魚、そしてさらには大型魚へと、

 食物連鎖の上位にいる生物ほど、セシウム137の濃度が
高くなって行くわけです。


            * * * * *


 つぎに、

 いろいろな魚介類における、「セシウム137の生物濃縮」につい
てのデータを見つけましたので、

 ここで紹介したいと思います。



 まず、福島第1原発事故がおこる以前の、1996年の時点で、

 北海道から九州までの日本沿岸における、海水中のセシウム
137の濃度は、0.0019〜0.0032ベクレル/リットル でした。

 このセシウム137は、

 おもに1950〜60年代に行われた、「大気圏内核実験」
よって放出されたものです。



 その、海水中のセシウム137の濃度に比べて、

 1984年〜1997年までの14年間に、日本沿岸で採取された
いろいろな海産生物の、

 セシウム137の濃度と、濃縮係数(生物中濃度/海水中濃度
のことで、つまり海水にくらべて何倍の濃縮になっているか)は、

 以下のようになっています。


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 種類    セシウム137の濃度範囲    平均の濃縮係数±誤差
        (ベクレル/キログラム)

アカエイ       0.23〜0.48          95±14
アマナゴ       0.04〜0.20          41±10
ニギス        0.18〜0.30          77±10
スケトウダラ     0.24〜0.46          97±10
マダラ        0.12〜0.59          77±24
カサゴ        0.11〜0.27          57±8
メバル        0.19〜0.37          82±8
マゴチ        0.11〜0.25          55±9
アイナメ       0.09〜0.25          51±13
ホッケ        0.18〜0.46          82±15
スズキ       0.22〜0.67        98±19
カイワリ       0.15〜0.32          64±9
マダイ        0.12〜0.26          54±7
チダイ        0.12〜0.25          43±8
ニベ         0.11〜0.19          48±5
メジナ        0.10〜0.26          49±9
ハタハタ       0.08〜0.16          35±6
カツオ       0.34〜0.45        122±12
ブリ         0.35〜0.42       122±9
ヒラメ         0.15〜0.34          68±12
アカガレイ      0.09〜0.24          44±8
ソウハチ       0.15〜0.28          60±7
マガレイ       0.08〜0.16          31±5
マコガレイ      0.09〜0.21          40±8
イシガレイ      0.09〜0.40          64±20
ムシガレイ      0.13〜0.22          47±12
アカシタビラメ    0.10〜0.16          39±5
クロウシノシタ    0.06〜0.14          28±4
サルエビ       0.05〜0.15          32±10
ホッコクアカエビ   0.04〜0.09          21±7
ヒラツメガニ     0.06〜0.07          18±1
コウイカ       不検出〜0.08
スルメイカ      不検出〜0.09
ミズダコ       不検出〜0.06
エゾアワビ      0.03〜0.05          12±1


※出典
 海産生物と放射能 −特に海産魚中の137Cs濃度に影響を
与える要因について− 笠松不二夫  RADIOISOTOPES, 48,
266-282 (1999)
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 このデータを見て、私の思ったことですが・・・



 原発事故が起こるよりも以前は、

 魚介類に含まれるセシウム137の濃度が、最大でも、スズキ
の場合で、

 0.67ベクレル/キログラム 以下でした。



 ところが!

 原発事故後に政府が決めた「暫定基準」は、500ベクレル/
キログラム ですから、

 およそ750倍もの、セシウム137の含有を認めたことになり
ます。(500/0.67=746.3)



 そんな魚介類を、

 私たち日本人の誰もが、食べてしまうかも知れないほど、

 とつぜんに世の中が、大きく変わってしまったのです!




 また、やはり、

 カツオやブリなどの大型魚は、セシウム137の濃縮係数が
大きくなっています。

 しかしながら、それは122倍くらいの濃縮で、何万倍もの
高い濃縮になっていないことが、

 せめてもの「救い」だと感じました。



 ところで、カレイやヒラメなどの「海底にいる魚」の場合は、

 セシウム137の濃縮係数が比較的小さいですが、

 しかし海水中のセシウム137だけでなく、海底の土壌に
含まれるセシウム137
も気になります。

 さらには、

 海底の場合、ウランやプルトニウムなどの「重い放射性
物質」が、沈んでいないかどうかも心配です。




 ところでまた、

 イカやタコ類は、セシウム137の濃縮係数が小さいですが、

 しかし上のデータはすべて、「生の状態」で測定した値なので、

 たとえばスルメなどの「乾物」に加工した場合は、さらに濃度が
高くなるので注意が必要でしょう。


             * * * * *


 セシウム137の「生物濃縮」が、大きくても122倍くらいだと
分かったので、

 つぎに、

 原発事故後の現在における、海水中のセシウム137の濃度
が、気になってきます。



 それについては、10月19日に文部科学省が公表した、

 「宮城県・福島県・茨城県沖における海域モニタリング結果
(平成23年8月23日〜27日採水)」によると、

 福島第1原発から、東北東へ188キロ離れた海域で、セシウ
ム137の最高値
が検出され、0.11ベクレル/リットル 
でした。

 最大で122倍の生物濃縮が起こるとすれば、魚肉には、
13.4ベクレル/キログラム のセシウム137が、含まれる
可能性があります。



 また、11月1日に文部科学省が公表した、

「宮城県・福島県・茨城県沖における海域モニタリング(海底土)
結果(試料採取日 平成23年9月7日〜15日)」によると、

 福島第1原発から、南南西へ115キロ離れた海底の土から、
セシウム137の最高値が観測され、520ベクレル/キログラ
ム乾燥土
 でした。



 しかしながら、海底の土砂に潜って生活をする、カレイやヒラメ
などの場合、

 海底土に含まれるセシウム137よりも、濃縮されて高い濃度に
なるのか、

 それとも海底土と同じくらいなのか、あるいは海底土よりも低い
濃度に収まるのか、

 申し訳ありませんが、いま私には分かりません。



 ちなみに、

 520ベクレル/キログラム乾燥土 の、セシウム137が検出
された場所からは、

 銀110mが、3.9ベクレル/キログラム乾燥土

 テルル129が、37ベクレル/キログラム乾燥土

 テルル129mが、55ベクレル/キログラム乾燥土

 ニオブ95が、2.5ベクレル/キログラム乾燥土

 アンチモン125が、11ベクレル/キログラム乾燥土

 などの放射性物質も検出されています。

 しかしながら、これらの放射性物質において、どれくらいの生物
濃縮が起こるのかについても、申し訳ありませんが分かりません
でした。



 このように、

 カレイやヒラメなどの「海底に生息する魚介類」については、

 (私が知らないだけかもしれませんが)いろいろと分からない
ことが多いので、

 さまざまな放射性物質の検査を、しっかりとやる必要がある
と思いました。




 ところで・・・

 ウラン、プルトニウム、ストロンチウムなどの放射性物質に
ついては、

 ここで取りあげた文部科学省の資料を見るかぎり、海水と
海底土の、どちらにおいてもデータがありませんでした。

 測定しても、検出されていないのなら、いちおう一安心ですが、

 もしも測定していないのなら、ものすごく問題です。



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