事故原因の核心
                          2012年7月29日 寺岡克哉


 福島第1原発の事故を調査して、報告書を発表した調査機関には、

 国会事故調、政府事故調、民間事故調、東電事故調の、4つがあり
ます。

 このうち、「事故原因の核心」に迫ろうとする気骨が、少しは感じられ
たのが国会事故調です。

 しかし、その他の3つは、新聞報道に載っていた報告書の要旨を
見ただけでも、「事故原因の核心」に迫っているとは言いがたく、

 わざわざ取りあげて論評や考察する気など、起こらないものばかり
でした。



 しかしながら、少しは気骨の感じる国会事故調といえども、

 「事故原因の核心」だと私が思っているところには、まったく触れられ
ておらず、

 ものすごく不満が残っています。



 それは、

 なぜメルトダウンが起こる前に、原子炉に「注水」をして、メルト
ダウンを防ぐことが出来なかったのか?


 ということです。



 つまり私が、「事故原因の核心」だと思っているのは、

 メルトダウンを防ぐことが十分可能だったのに、

 冷却機能が喪失することの影響を過小評価したり、

 あるいは「海水」を原子炉に注入する場合は、廃炉になることを
懸念して躊躇(ちゅうちょ)し、

 注水作業が「故意的に」遅れたために、メルトダウンを引き起こ
したのではないか?


 ということです。

 そんな疑惑が、いま現在でも払拭(ふっしょく)されていないのです。



 もしも、

 メルトダウンを防ぐことが可能だったのに、「故意的」に手遅れに
したのであれば、


 そこには「重大な過失」が存在することになり、事故の賠償責任
などにも大きく影響するでしょう。



              * * * * *


 たとえば・・・

 「原発はいらない (幻冬舎ルネッサンス新書 小出裕章 著)」
という本の36〜37ページには、次のような記述があります。

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 3月12日に枝野幸男官房長官が記者会見で、「1号機の原子炉
圧力容器の水位が下がった」と述べました。

 専門家なら、誰でもこれが危険な兆候であると判断して当然です。

 にもかかわらず、そのあとNHKのニュースで東大の関村直人
教授が、「原子炉は停止したが、冷却されているので安全は確保
できる」といった意味のことを発言したのです。


 これに対し、(元京都大学原子炉実験所助教授)の海老沢徹さん
は、次のように反論しています。

 「関村さんの発言には唖然(あぜん)としましたよ。」

 「炉の冷却ができなくなってから100分くらい経つと水位が低下し
はじめ、その後20分くらいで燃料棒を覆う被覆菅が融けて燃料が
顔を出す。」


 「やがて炉心溶融に向かうのは、スリーマイルの事故報告書を
見ればはっきりと書いてある。


 「研究者なら当然知っているはずなんですよ。」

 「関村さんの話を聞いて、『この段階で何を言っているのか』と思い
ました。
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 また、

 2011年5月23日付けの毎日新聞には、次のような記事があり
ます。

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 東京電力福島第1原発が冷却機能を失ってから3時間半後には
大半の燃料が溶融したとするシミュレーション結果を、3月下旬
米国の専門家が報告書にまとめていたことが分かった。

 シミュレーションには、米アイダホ国立研究所が開発した原発の
過酷事故(シビアアクシデント)の解析ソフトが使われた。開発者の
クリス・アリソン博士が3月下旬、福島第1原発事故への対応を協議
していた国際原子力機関(IAEA)に報告書を提出した。

 毎日新聞が入手した報告書によると、福島第1の1〜3号機とほぼ
同規格のメキシコの軽水炉「ラグナベルデ原発」の基礎データを使用。
原子炉を冷やす緊急炉心冷却装置(ECCS)が作動しなくなり、原子
炉圧力容器への水の注入が止まると、約50分後に炉心溶融が
始まった。約1時間20分後に制御棒や中性子の計測用の管
などが融け始め、溶けた燃料が圧力容器の底に落下。約3時間
20分後、大半の燃料が底に溜まった。
約4時間20分後には、
底の温度が内張りのステンレス鋼の融点とほぼ同じ1642度に達し、
圧力容器を損傷させた可能性が言及されている。
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 そして、

 2011年5月15日に東京電力が発表した、

 「東京電力 福島第一原子力発電所1号機の炉心状態について
平成23年5月15日 東京電力株式会社」

 という資料によると、以下のようになっています。

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 3月11日 14時46分   地震発生。

        15時30分頃  津波到達。

        18時頃     燃料の露出が始まる。

        19時30分頃  全ての燃料が露出し、燃料の損傷が
                  始まる。

 3月12日  6時50分頃  大部分の燃料が原子炉圧力容器底部
                  に落下。
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 これについて、3月11日の15時37分に全交流電源が喪失した
とき、原子炉の冷却機能も喪失したとすると、

 1号機の場合、

 燃料の露出が始まったのは、冷却機能喪失後およそ2時間20分。

 燃料の損傷が始まったのは、冷却機能喪失後およそ3時間50分。

 メルトダウンが完了したのは、冷却機能喪失後およそ15時間10分

 と、なります。



 そしてまた、

 2011年6月6日に原子力安全・保安院が発表した、

 「東京電力株式会社福島第一原子力発電所の事故に係る1号機、
2号機及び3号機の炉心の状態に関する評価について」

 という資料によると、1号機では以下のようになっています。

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 3月11日 15時37分   冷却機能喪失。

        17時頃     炉心(燃料)の露出が始まる。

        18時頃     水素発生、炉心(燃料)損傷が始まる。
                  (17時50分に放射線モニタの指示が
                  上昇したのと整合性がある。)

        20時頃     炉心溶融・移行(メルトダウン完了)
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 これによると、1号機の場合、

 燃料の露出が始まったのは、冷却機能喪失後およそ1時間20分。

 燃料の損傷が始まったのは、冷却機能喪失後およそ2時間20分。

 メルトダウンが完了したのは、冷却機能喪失後およそ4時間20分

 と、なります。


              * * * * *


 上に挙げた分析結果を比べてみると、冷却機能が喪失してから、
燃料損傷が始まるまでの時間は、

 スリーマイル事故      2時間

 米アイダホ国立研究所       50分

 東京電力           3時間50分

 原子力安全・保安院    2時間20分

 となります。



 また、冷却機能が喪失してから、メルトダウンが完了するまでの
時間は、

 米アイダホ国立研究所   3時間20分

 東京電力          15時間10分

 原子力安全・保安院     4時間20分

 と、なります。



 これらの分析結果を総合する(ただし東京電力の分析結果は、他の
分析結果と大きく異なっていて信用できないので除く)と、

 原子炉の冷却機能が喪失すれば、その後およそ1時間〜2時間
で「燃料の損傷」が始まり、

 さらにその後、およそ2時間〜2時間半で、メルトダウンが完了
しています。

 つまり、

 冷却機能が喪失したら、遅くても2時間以内に「注水」をしなけ
れば、メルトダウンを防げなかったことが分かります。




 それなのに、

 1号機に淡水の注入が試みられたのは、冷却機能が喪失してから
14時間9分後の、3月12日の5時46分です。(しかしながら、水が
原子炉に入っていない可能性あります。)

 そして、確実に海水が注入されたのは、冷却機能が喪失してから
27時間27分後の、3月12日の19時04分だったのです。

 まったくもって、冷却機能が喪失したことの影響を過小評価し、
軽視していたとしか思えないような対応です。



             * * * * *


 ところでまた、福島第1原発の2号機と3号機については、

 2011年6月6日に原子力安全・保安院が発表した、

 「東京電力株式会社福島第一原子力発電所の事故に係る1号機、
2号機及び3号機の炉心の状態に関する評価について」

 という資料によると、次のようになっています。



 2号機では、

 冷却機能が喪失したのが、3月14日の13時25分で、

 海水を注入したのは、3月14日の19時54分です。

 その時間差は6時間29分で、2号機はメルトダウンを起こしてしま
いました。(ただし、海水が原子炉に入っていなかった可能性があり
ます。)



 3号機では、

 冷却機能が喪失したのが、3月13日の2時42分で、

 淡水を注入したのは、3月13日の9時25分です。

 その時間差は6時間43分で、3号機はメルトダウンを起こして
しまいました。



 もしも、

 冷却機能の喪失後、淡水であれ海水であれ、「直ちに」確実な注水
をしていれば、

 2号機と3号機のメルトダウンも防げたかも知れません!

 逆に、「直ちに」注水をやらなかったために、1号機に引き続いて
3号機、2号機と、

 同じ過ちをくり返して、次々とメルトダウンを起こしたとも言える
でしょう。

 もし、そうだとすれば、

 やはり、ここには「重大な過失」が存在することになります。



 とにかく、

 なぜ、冷却機能の喪失後、直ちに注水作業を行わなかったのか?

 冷却機能喪失の影響を、過小評価し、軽視していたのではないか?

 ほんとうに、メルトダウンを防ぐことは出来なかったのか?

 実はここに、「重大な過失」が存在しているのではないか?



 そこのところが明確にされなければ、

 「事故原因の核心」が、闇から闇へと葬(ほうむ)り去られ、

 「賠償責任」がウヤムヤにされることにも、なりかねないのです。




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