いじめ自殺と原発事故
                            2012年8月5日 寺岡克哉


 昨年の10月。

 大津市の公立中学2年生だった男子生徒(当時13歳)が、自宅の
マンションから飛び降り自殺をしましたが、

 この問題について最近、「いじめが自殺の原因」である可能性が高い
ことが発覚しました。

 今年の7月になると、

 テレビなどのマスコミでも大きく扱われるようになり、全国的に波紋が
拡がっています。



 私もテレビの報道を見て、いつになく、「ものすごく大きな怒り」を感じた
のですが、

 自分の心の中を確認してみると、ただ単に、テレビに煽られて怒りを
感じた訳でもなさそうでした。

 なので、

 どうして、そんなに大きな怒りを感じたのか、その原因を、すこし掘り
下げてみたいと思ったのです。


               * * * * *


 たしかに、

 加害生徒たちによる「いじめの実態」が、ものすごく酷(ひど)いもの
であったことも、

 怒りを感じた原因の1つです。



 たとえば、

 (自殺から9ヶ月も経ってからですが)加害生徒たちの「暴行容疑」で、

 中学校と市教育委員会への、滋賀県警による家宅捜査が行われる
ほど、

 「いじめの実態」は、そうとうに酷かったものと思われます。



 また、自殺した男子生徒が通っていた中学校の、全校生徒を対象に
行ったアンケートによっても、

 「昼休みに自殺の練習をさせられていた」
 「はちまきで首を絞められているのを見た」
 「毎日殴られていた」
 「死んだスズメを口の中に入れろと言われていた」
 「むりやりごみを口に入れられた」
 「お金を取られていた」
 「教科書とかを破られていた」
 「生徒が自殺前日にマンションの自室を加害生徒に荒らされた」

 等々、ものすごく執拗(しつよう)で凄惨(せいさん)な「いじめの実態」
が、浮き彫りにされています。


               * * * * *


 しかしながら・・・

 たしかに、「いじめの酷さ」にも憤慨(ふんがい)したのですが・・・

 私の場合の「怒り」の根本原因は、もうすこし別なところにあったの
です。



 それは、学校側や市教育委員会の、

 自己保身や責任回避、隠蔽(いんぺい)体質、「事実」をなかなか
認めようとしない態度などが、

 これまで非常に怒りを感じてきた、福島第1原発の事故における、
東京電力や原子力安全・保安院の態度と、

 そっくり同じだったことです。



 テレビ報道の映像を見ても、

 校長や市教育長の、言い訳がましく、いじめと自殺の関連について
なかなか要領を得ないコメントをしている姿は、

 東京電力や原子力安全・保安院のスポークスマンの、言い訳がまし
く、専門用語を多用した、原発事故の実態についてなかなか要領を
得ないコメントをしている姿と、

 まるで瓜二つ(うりふたつ)です。



 また、

 被害生徒の遺族は、「自殺はいじめが原因」として、損害賠償を
求めて提訴を起こしていますが、

 市教育長は、7月17日に大津地裁で行われた2回目の口頭弁論
で、いじめと自殺の因果関係を否定し、これまでの主張をくり返した
のです。

 因果関係を否定する理由について市教育長は、「(いじめは)一因
である可能性があり、背景には家庭内の出来事などもあると聞いて
いる」としています。

 このような、いじめと自殺の因果関連を、あくまでも否定し続ける
態度も、

 福島第1原発の事故で「メルトダウン」が起こったことを、何ヶ月も
否定し続けた、東京電力や原子力安全・保安院の態度と、

 そっくり同じです。



 さらには、

 「自殺」と「いじめ」の因果関係が示唆されていた、全校生徒のアン
ケート結果は、「隠蔽体質」によって伏せられつづけ、

 「卑劣ないじめの実態」が多数の生徒により告発されているアンケー
ト結果が、すべて公表されたのは、自殺後9ヶ月も経ってからです。

 一方、

 福島第1原発の事故でも、放射能汚染の実態を明らかにしたデータ
や、メルトダウンが起こっていたとするデータが公表されたのは、事故
が発生して何ヶ月も経ってからです。

 このような「隠蔽体質」も、まったく両者は同じだと言えます。



 以上のように、

 なかなか「事実」を認めようとしない、自己保身や責任回避の態度。

 なかなかデータを公表しようとしない隠蔽体質。



 これらは、

 「いじめ自殺」における、学校側や市教育委員会と、

 「福島第1原発事故」における、東京電力や原子力安全・保安院
とが、

 ほんとうに瓜二つなのです。


               * * * * *


 そしてまた・・・

 「いじめ」と「被害者」の関係も、「原発事故」と「被害者」の関係と、

 よく似ているのではないかと私は思っています。



 たとえば「いじめ自殺」の場合は、加害者によって、直接的に殺され
た訳ではありません。

 一方、原発事故の場合も今のところ、

 「放射能による直接的な影響によって死亡した人はいない」と、言わ
れています。



 しかしながら・・・

 慣れない避難生活のために、体力が消耗して死亡したり、病気が
悪化して死亡したり、

 あるいは、仕事やコミュニティなどの生活基盤を失い、その耐え難い
現状や将来を悲観して自殺したり・・・

 これらは、

 放射能が直接的な死因ではなくても、原発事故が起こらなければ、
死ななくても済んだわけで、

 この意味では、「原発事故による死亡」だと十分に言えるのです。



 それと同じように、

 「いじめ自殺」の場合も、加害者によって直接に「殺された」わけ
ではありませんが、

 しかしながら、いじめが無ければ、おそらく自殺をしなくても済んだ
わけで、

 このような意味では、「いじめによる死亡」だと言えるのです。



 そのように考えて来ると、

 逆に言えば、原発事故が原因で自殺をした人々は、

 電力会社による壮大なスケールの「いじめ」を受けたことが原因の、

 「いじめ自殺」ではないかとさえ思えてきます。



 その上・・・

 「いじめ」をした加害者は、まだ刑事責任が科せられていませんし、

 そして「原発事故」を起こした東京電力の責任者も、まだ刑事責任
は科せられていないのです。


               * * * * *


 以上、ここまで見てきましたように、

 福島第1原発の事故にたいする、東京電力や原子力安全・保安院の
態度や体質は、

 大津市の「いじめ自殺」にたいする、学校側や市教育委員会の態度
や体質と、

 まったく「同じような構図」になっています。



 公立中学校という、日本社会の基礎部をなす、義務教育の現場・・・

 一流企業といわれる東京電力、企業社会である日本の上層部・・・・

 これら、日本社会の基礎部と上層部が、まったく「同じような構図」に
毒されていたわけです。



 そしてさらには、まず間違いなく、

 日本社会の基礎部と上層部の中間に位置する、さまざまな企業や
官庁や組織においても、

 「同じような構図」に毒されているのではないかと思いますし、

 その「構図」によって苦しめられている人々(被害者)が、たくさん
居るのではないかと思います。



 それは、

 今までに起こった数々の、不正や過失や事故が発覚したときの

 さまざまな企業や官庁や組織の、態度や対応を見れば、

 すでに明らかです。



 つまり、基礎部から上層部まで日本社会の全体が、

 自己保身、責任回避、隠蔽体質などの弊害に毒されており、

 そのしわ寄せが、「弱い者(被害者)」に向けられているのです。


 この、日本社会における「構図」は、そうとう根深い問題のように
思います。



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