温暖化による森林への影響
2013年5月26日 寺岡克哉
今回は、
文部科学省、気象庁、環境省が合同で公表した、「日本の気候変動と
その影響(2012年度版)」という統合レポートの、
「自然生態系」への影響のうち、「森林に対する影響」について記述
されている部分を、
紹介したいと思います。
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まず、統合レポートによると、
地球温暖化による「森林への影響」は、すでに現れており、
たとえば茨城県の筑波山では、
「落葉広葉樹」が減少し、温暖な地域に生える「常緑広葉樹」が増加する
という変化が起こっています。
筑波山の南斜面には、老齢な天然林が残っているのですが、
山の中腹には、「アカガシ(注1)」が優占する常緑広葉樹林が広がって
おり、
標高およそ700メートルから山頂(標高876メートル)には、「ブナ(注2)」
が優占する落葉広葉樹林が広がっています。
そのような筑波山の南斜面において、1975年と2005年の空中写真を
用い、常緑広葉樹の分布図を作成して、比較したところ、
すべての標高で、常緑広葉樹(アカガシ)の増加が認められ、過去30年
の間に、落葉広葉樹(ブナ)から置き換わったことが分かりました。
筑波山の南斜面の森林は、極相林(注3)であると考えられるため、
この森林の変化は、「気温上昇の影響である可能性が高い」と考えられ
ています。
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(注1)アカガシ:
ブナ科コナラ属の常緑広葉樹で、別名は「オオガシ」や「オオバガシ」
とも呼ばれています。
本州の宮城県・新潟県以西、四国、九州に生えており、高さが20メート
ルにもなる高木です。葉は楕円形で、表側の色は深緑ですが、裏側は
やや薄い色になっています。
(注2)ブナ:
ブナ科ブナ属の落葉広葉樹で、温帯性の落葉広葉樹林における主要
構成種です。温帯域に生える高木で、大きいものは30メートルにも達し
ます。
樹皮は灰白色できめが細かく、よくコケなどの地衣類が着いています。
葉は楕円形で、薄くてやや固めであり、縁が波打っています。
(注3)極相林:
樹種の構成がほとんど変化しない状態、つまり、一定の環境条件の下
で十分な年月が経ち、「平衡状態」に達した森林のことです。
なので極相林においては、気温上昇などの「環境の変化」が起こらな
ければ(環境が一定ならば)、
落葉広葉樹から常緑広葉樹への置き換わり(構成樹種の変化)など、
起こるはずがないのです。
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また、統合レポートでは、
八甲田山系における、オオシラビソ(注4)の分布について、
1967年と2003年の航空写真を用いた解析が紹介されています。
それによると、
標高が1000メートル以下の区域では、オオシラビソの「減少」が
見られましたが、
その一方で、
標高が1300メートル以上の区域では、オオシラビソが「増加」して
いたのです。
この変化も、「気温上昇」に伴う変化であると推定されています。
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(注4)オオシラビソ:
マツ科モミ属の常緑針葉樹で、日本の特産種です。別名では、アオモリ
トドマツ、ホソミノアオモリトドマツと呼ばれています。
中部地方から東北地方の亜高山帯に生え、分布の西端は白山、南端
は南アルプスまたは富士山、北端は青森県の八甲田山です。
オオシラビソは、ハイマツを除く針葉樹の中では、もっとも多雪環境に
適応した樹種とされています。
最大で高さ40メートル、直径1メートルに達する大木となる可能性が
ありますが、山岳地帯の過酷な環境のために、ほとんどの場合はその
ような大きさにはなりません。また、寿命も数十年ていどと、樹木として
は比較的に短い場合が多いです。
ところで、現在の日本の亜高山帯でも、とくに多雪地の亜高山帯では
オオシラビソは優勢な樹種ですが、最終氷期の化石資料は、あまり多く
ありません。
とくに、現在においてオオシラビソが圧倒的に優勢な東北地方の山岳
では、オオシラビソの化石がまったく発見されていないのです。
花粉分析などの結果によると、東北地方の山岳にオオシラビソが分布
を広げたのは、吾妻山でおよそ2500年前、八甲田山や八幡平では、
わずか600年前のことと見られています。
それ以前は、最終氷期がすでに終了していたにもかかわらず、これら
の山では亜高山帯の針葉樹林が存在しなかったと推定されます。
このことから、オオシラビソは寒冷環境に適応した樹木にもかかわらず、
最終氷期が終了した後の温暖期になってから山岳地帯で勢力を拡大した
もので、最終氷期にはそれほど繁栄していなかったと考えられています。
その理由は、オオシラビソは寒冷気候とともに多雪環境にも強い樹種
ですが、最終氷期の日本は寒冷ではあっても、現在より降雪量がずっと
少なかったことと関係があると思われます。
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さらに統合レポートでは、森林における「将来予測」に関して、
照葉樹林(注5)の分布域の北限および標高上限の優占種である
「アカガシ」について、
気候変動の影響を評価した研究が紹介されています。
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(注5)照葉樹林:
温帯性の常緑広葉樹林の一つで、林を構成している樹種に、葉の照り
が強い樹木が多いので、このように呼ばれています。
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この研究では、
A2シナリオ(注6)による、2081〜2100年の気候変動予測をもとに、
気候条件、土地利用の考慮、移動距離の考慮を入れた場合の、アカ
ガシの潜在育成域が予測されました。
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(注6)A2シナリオ:
2100年において、大気中の二酸化炭素濃度が840ppmになり、
現在(1980〜1999年)にくらべて、気温が3.4℃(2.0〜5.4℃)
上昇すると予測される未来シナリオ。
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その結果、
土地利用を考慮して、かつ現在の潜在育成域からのアカガシの分布
移動が、今後100年間で1キロメートルであると仮定した場合、
2081〜2100年には、潜在育成域の面積がおよそ6.0万平方キロ
となり、
現在のアカガシの育成域である、およそ7.5万平方キロよりも、減少
すると予測されました。
この研究によると、アカガシは将来、
東北地方を北上する可能性は低いけれど、九州、中国、四国地方など
において、標高の高い場所へと分布を拡大し、
ブナなどの落葉広葉樹と、徐々に置き換わっていくと推定されています。
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以上、
「日本の気候変動とその影響(2012年度版)」という統合レポートの、
「森林に対する影響」について記述されている部分を見てきました。
そこで私は思ったのですが、
この統合レポートでは、「ブナ林の危機」には触れていませんでした。
ブナ林は、地球温暖化の影響がとても深刻であり、
気温が約4℃上昇すると、およそ90%のブナ林が消失するという予測
もあります。
これについては本サイトでも、2007年8月26日付けの「エッセイ288
ブナ林の危機」で触れていますが、
その後、ブナ林に対する研究がさらに進んでいるようなので、次回では、
そのことについてレポートしたいと思います。
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