東海村の施設で放射能漏れ 1
2013年6月2日 寺岡克哉
今回は、
地球温暖化による「ブナ林の危機」についてレポートする予定でしたが、
その予定を変更して、
茨城県の東海村にある、日本原子力研究開発機構の施設で起こった
「放射能漏れ事故」について、レポートしたいと思います。
* * * * *
5月23日。
日本原子力研究開発機構が、高エネルギー加速器研究機構と共同
で運営している、
大強度陽子加速器J−PARK(ジェイパーク)の、ハドロン実験施設で、
金の標的に、陽子ビームを照射して、素粒子を発生させる実験を
行なっていたとき、
ビームの装置が誤作動して、短時間に想定以上の陽子ビームが、
金の標的に照射されてしまいました。
その結果、
突発的に「金の標的」が高温となり、その一部が蒸発しました。
その直後、
ビームの照射によって生成された放射性物質が、施設内に漏えいし、
その場で作業していた人々が「被ばく」してしまいした。
さらには、施設の外にも、放射性物質が漏えいしました。
後日の5月27日。
事故当時、放射能汚染した施設内には、55人の研究者や作業員が
いたのですが、
この内の33人が、「被ばく」していることが分かりました。
その中でも、最大の被ばくを受けたのは2人で、被ばく量は1.7ミリ
シーベルトでした。
他にも、1ミリシーベルト以上の被ばくを受けた人が5人います。
* * * * *
ところで・・・
私はかつて、「加速器」を使った研究に従事していたことがあり、
筑波にある高エネ研の加速器や、スイスのジュネーブにあるセルン
研究所の加速器で、実験を行なった経験もあります。
なので、
このたびの「加速器による」放射能漏れ事故にたいして、ものすごく
関心があります。
そのような理由から、今回の事故について、
一体どういう場所で、いったい何が起こったのか、すこし詳しく調べて
みたいと思いました。
* * * * *
まず、「大強度陽子加速器 J−PARK(ジェイパーク)」というのは、
大小3つの加速器から構成されているのですが、その中でも、
1周が1600メートルの、丸い三角おむすびのような形をした陽子加速
器(陽子シンクロトロン)が、いちばん大きなメインの加速器です。
この加速器は、陽子を50GeV(注1)まで加速できますが、最近は30
GeVで運転していました。
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(注1)GeV ギガ・エレクトロンボルト:
1eV(エレクトロンボルト)は、陽子を1ボルトの電圧で加速したときの
エネルギーです。
G(ギガ)は、10の9乗(0が9個つく)という意味ですので、1GeVは
1000000000eVになります。
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J−PARK(ジェイパーク)の敷地内には、
物質・生命科学実験施設、ハドロン実験施設、ニュートリノ実験施設、
核変換実験施設などがあり、さまざまな研究が行なわれていますが、
その中の「ハドロン実験施設」で、このたびの放射能漏れ事故が起こ
りました。
ハドロン実験施設は、さらに、
ハドロン実験ホール(大きな実験場)、電源棟、電磁石電源棟、器械棟
から構成されていますが、
その中の「ハドロン実験ホール」で、30GeVの陽子ビームを、金の標的
に衝突させ、
衝突反応で新たに発生した、K中間子、π中間子、ミューオンなどの
「2次粒子」を取り出して、新たな「2次粒子ビーム」を作り、
その2次粒子ビームを使って、いろいろな研究が行なわれていました。
つまり「金の標的」は、二次粒子ビームの発生源だったわけです。
この「金の標的」は、
6ミリ×6ミリ×長さ66ミリの、角柱の形をしており、思ったより小さなもの
です。
金の標的には、「冷却装置」が取り付けられており、通常のビーム照射
(2秒間に20兆個の陽子を照射)には、耐えられるように設計されています。
しかし、今回の事故では、
ビームの照射装置が誤作動したことにより、たった0.005秒の間に、
20兆個の陽子が照射されてしまいました。
そのため、「金の標的」の一部が蒸発し、金と陽子の反応で作られた
放射性物質が、漏れ出してしまったのです。
つまり通常は、
2秒の時間をかけて「じわじわ」と20兆個の陽子を照射するので、
0.005秒あたりにすると500億個の照射になります(20兆÷2000×5
=500億)。
しかしそれが、
0.005秒の間に20兆個の陽子を照射してしまったので、通常よりも
400倍の強さで陽子を照射したことになり(20兆÷500億=400)、
「金の標的」の冷却が追いつかず、突発的に高温になって、その一部が
蒸発してしまったわけです。
ところで、
金の原子核と、高エネルギーの陽子が衝突すると、K中間子やπ中間子
などの素粒子が発生しますが、
しかし、その一方で、
金の原子核が、破砕されたり、陽子との核反応を起こしたりして、
ナトリウム24、カリウム43、水銀195、水銀197、金198などの、
「内部被ばく」を起こすような放射性物質も発生します。
そのような放射性物質が、「金の標的」の蒸発とともに、拡散してしまい
ました。
しかし、それでも、
「金の標的」は、金属製の真空パイプの中に設置されており、さらに
その周りは、樹脂やコンクリートの遮蔽(しゃへい)材で覆われています。
ところが、
発生した放射性物質は、陽子ビームとの衝突で、それなりに高いエネ
ルギーを持っているため、真空パイプの壁を突き破ってしまったのです。
また、樹脂やコンクリートの遮蔽材は、放射性物質の漏えいを防ぐよう
に設計されていませんでした。
そのため、「ハドロン実験ホール」の全体に、放射性物質が広がって
しまったのです。
この放射能汚染により、
実験ホールに立ち入った55人のうち、33人が被ばくしました。
さらには、
「ハドロン実験ホール」の放射線量を減らすために、排気ファンを回した
のですが、その排気ファンには「フィルター」がついていませんでした。
このために放射性物質が、実験ホールから、屋外に放出されてしまっ
たのです。
ほぼ西の方向に、およそ1キロメートルの距離まで、放射性物質が拡散
した可能性があります。
* * * * *
「ハドロン実験ホール」に立ち入った55人のうち、被ばくが確認された
33人の内訳は、
最大の1.7ミリシーベルトは2人、1.0〜1.5ミリシーベルトが5人、
0.1ミリシーベルト〜1.0ミリシーベルト未満が26人でした。
また、
施設内の比較的被ばくの可能性が少ない区域にいたり、滞在時間が
短かったりした47人の内からも、1人が0.1ミリシーベルトの被ばくを
していました。
原子力規制委員会は5月27日。
このたびの放射能漏れ事故が、国際原子力事故評価尺度(INES)で、
レベル0〜レベル7の8段階のうち、
下から2番目の「レベル1 (逸脱)」に当たると暫定評価しました。
規制委員会は、「屋内で汚染を確認していながら、排気ファンを運転して
放射性物質を屋外に排出しており、放射性物質に対する適切な管理が
できておらず、安全文化の欠如が見られる」と指摘しています。
さらには、放出量の確定など新たな事実が判明すれば、評価を見直す
可能性もあるとしています。
* * * * *
以上が、
「大強度陽子加速器 J−PARK(ジェイパーク)」で起こった、おおよその
出来事です。
ところで、
このたびの事故に対して、国や県などいろいろな所から、安全上の問題
が指摘されており、
「加速器」で起こったトラブルとしては、社会的な反響がとても大きなもの
になりました。
そのことについては、次回でレポートしたいと思います。
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