研究の思い出
                            2014年2月23日 寺岡克哉


 ここのところ、小保方さんの「STAP細胞」についてレポートしてきま
したが、

 そのような記事を書いていると、むかし私が、科学の研究に従事して
いたときの記憶が蘇(よみが)えってきます。

 しかも、むかしの研究室に自分がいて、実験データの整理に追われ
ている夢を、何度も見てしまうほどです。

 おそらく、小保方さんの記事を書くことによって、私の脳ミソの「その
部分」が、活性化されたのでしょう。



 そんなことがあって、

 むかし私が研究していた時のことを、ちょっと書いてみたくなりました。


               * * * * *


 かつて私は、宇宙線(宇宙を飛び交っている放射線)の観測、素粒子や
原子核の衝突反応、シリコン半導体の放射線損傷、などの研究に携(たず
さ)わりましたが、

 自分が中心になって、いちばん長く取り組み、そして最後の研究テーマ
となったのが、

 「感度の低い写真フィルムに、高電圧パルスをかけて感度を上げる」
と、いうものでした。

(ちなみに現在では、デジタルカメラが全盛になってしまい、「写真フィルム」
は、ほとんど見かけなくなってしまいました。)



 もうすこし具体的に言いますと、

 わざと感度が低くなるように作った写真フィルム、つまり、そのままでは
画像が写らないフィルムにたいして、

 およそ2万ボルトの高電圧パルスをかけることにより、瞬間的にフィルムの
感度を上げて、画像が写るようにすること。

 つまり、カメラの「機械的なシャッター」に代わる、「電気的なシャッター」を
開発しようとしたわけです。



 なぜ、そのような研究をしたかというと

 私の所属していた研究室では、写真フィルムの一種である「原子核乾板」
というものを使って、高エネルギー素粒子の実験を行なっていますが、

 高エネルギーの素粒子は、物質をよく透過してしまうので、「機械的な
シャッター」を使うのは不可能です。

 だから原子核乾板は、素粒子の反応を、何でもかんでも全て写してしまう
のです。



 が、しかし、

 ここでもしも、「高電圧パルスシャッター」というのが実現できたなら、

 大多数の、興味がなくて邪魔な、「ごく普通の素粒子反応」は写らない
ようにしておき、

 ごく稀(まれ)にしか起こらない、「ものすごく珍しい素粒子反応」だけを、
写すことが出来るようになります。

 そうすると、それだけ効率よく原子核乾板が使えますし、大多数の邪魔
な反応、つまり「ノイズ(雑音)」を減らすことができるのです。



 私が取り組んでいたのは、そのようことを目標にした研究でした。


               * * * * *


 このように、私が実際にやったのは、

 「感度の低い写真フィルムに、高電圧パルスをかけて感度を上げる」と
いう、ただ、それだけのことだったのです。

 ところが、「ただそれだけのこと」に、7年間もかかってしまいました。

 つまり、最初の実験を行なってから、学術雑誌(注1)に論文が掲載され
たり、国際学会(注2)で発表できるような成果が出るまで、7年もかかって
しまったのです。

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注1:
 「写真乳剤のパルス高電場による量子感度増加」 日本写真学会誌 
60巻1号(1997,平9) p37

注2:
 「Large Enhancement of Sensitivity by Strong Electric Field」
International Symposium on Silver Halide Imaging: Recent Advances
and Future Opportunities in Silver Halide Imaging, October27-30,1997
p77
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 こんなに長い年月が、かかってしまった理由は、

 (私の研究能力の程度や、勤勉さの有無の問題は、さて措(お)いて、)

 「実験技術上の問題」が多々あったからです。



 その辺のことを書くと、どんどん言い訳がましくなってしまうのですが、

 たとえば・・・ 

 2万ボルトの高電圧パルスを、どうやって発生させるのか?

 試料(写真フィルム)に、どうやって高電圧をかけるのか?

 空気中で試料に高電圧をかけると、空気が絶縁破壊を起こして放電
してしまうので、「液体の中」で実験しなければならないのですが、どの
ような液体を使えば良いのか?

 液体に浸すことによる、写真フィルムへの影響はどうなのか?

 電極に少しでもキズがあると(つまり尖がった部分があると)、雷が落ち
るのと同じように、その部分で放電を起こしてしまうのですが、どのように
してキズ1つない電極を作るのか?

 現像液の処方には、いろいろあるのですが、どのような現像液を使う
のがベストなのか?

 などなど、さまざまな「実験技術上の問題」を、解決しなければならな
かった訳です。


               * * * * *


 上のような「言い訳がましい苦労話」を、敢(あ)えて紹介したのは、

 私は「エッセイ625」で、小保方さんのSTAP細胞の作り方について、

 「ただ酸性の溶液に浸すだけ」というような書き方をしましたが、

 その裏には、さまざまな実験技術上の問題が、ものすごくたくさん存在
したであろうことが、「容易に想像できる」と言いたかったからです。



 ちなみに、小保方さんの場合は、

 最初に実験を行なってから、イギリスの科学誌「ネイチャー」に論文が
掲載されるまで、5年かかったそうです。



 小保方さんを4年前から指導し、一緒にSTAP細胞の製作にも携(たず
さ)わった、山梨大学の若山教授は、

 「何をやってもうまくいかず、もうダメかと思ったときは何度もあった」

 「しかし、どんな局面でも、彼女(小保方さん)は、”この方法はどうです
か”
と、新しい方法を考えて、ギブアップすることがなかった」

 と、語っています。



 私のつたない研究経験に照らし合わせても、

 成果がなかなか出なかったときの小保方さんの辛さが、よく分かるよう
な気がします。

 何年も研究成果が出ないときは、指導教官や周囲にたいして、

 「この方法はどうですか」

 「あの方法を、まだ試していません」

 と、研究の継続を認めてもらうために、必死になってアピールしなければ
ならないのです。



 ここのところ、小保方さんの「STAP細胞」のレポートを書いていて、

 むかしの記憶が蘇えったり、研究室のことが夢にまで出てきたのは、

 なかなか研究成果が出なかったときの体験が、おそらくトラウマのように
なっていたからだと思います。


               * * * * *


 残念ながら結局・・・ 

 私の場合は、研究をつづける意欲が無くなってしまいました。

 (その理由については、拙書「生命の肯定」の「あとがき」で書きました
が、機会があれば、本サイトでも紹介したいと思います。)



 しかし小保方さんには、さまざまな困難や苦難にくじけずに、

 これからも研究を頑張りつづけて頂きたいと、願ってやみません。



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