生命の「肯定」 10
                              2016年1月17日 寺岡克哉


 前回は、拙書 ”生命の「肯定」” の、第1部第4章の最後まで紹介しました。

 今回は、第1部の第5章から、ご紹介していきます。


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第5章 生命の仕事

5-1 生命の仕事
 生命の仕事とは、「大生命の意志にかなった生命活動の全て」のことを言う。
ところで大生命の意志とは、大生命の維持、強化、高等化、永続への志向で
あった。これら大生命の意志に貢献する生命の活動ならば、それは全て生命
の仕事である(注69)

 生命の仕事は、地球上の全ての生物が行っている。例えば植物は光合成で
酸素と炭水化物(食物)を作り、動物全体の維持に貢献している。これは生命
の仕事である。昆虫が植物の花粉を運び、植物の繁殖に貢献することも生命
の仕事である。そして各種動物が弱肉強食の生存競争を生き残り、強い子孫
を残して種を維持するのも生命の仕事である。また、食われた動物個体もただ
単に弱いから食われてしまい、それで存在意義が完全に失われたわけでは
ない。そうではなく、自分の生命を犠牲にして、他の生命を養っているのである。
また、その動物個体が食われることで、その種の大量発生が防止され、逆に
その種を守ることにもなっている。このように、食物連鎖は大生命を維持する
ために、どうしても必要なシステムである。食物連鎖をなくして動物は一匹たり
とも生存できない。厳しい現実ではあるが、食物連鎖の営みは大生命を維持
するための、大切な生命の仕事である。

 そしてまた、生命の進化や発展に貢献することも、生命の仕事である。例え
ば、はじめて光合成に成功した微生物、最初の多細胞生物、はじめて海から
陸に上がろうした魚、等々、これらはどれもみな偉大な、生命の仕事である。
大生命は、これらの生命の仕事によって、大発展したからである。

 人類に課せられた生命の仕事は、人類の健全な発展を実現させることにより、
大生命の維持、高等化、発展、永続に貢献することである。人類全体を、大生
命の意志にかなうものにしていくことである。物質文明の歪みを直し、精神文化
や心の豊かさを大切にし、物質的にも精神的にもバランスのとれた、そして
地球の生態系に調和した、人類の発展を実現していくことである。人類を、生命
全体にとって善なる存在にしていくことである。最善の人類進化を達成していく
ことである。また、それを通して、大生命そのものの存在意義を、さらに高めて
いくことである。

 人類の活動は、あらゆる分野に広がっている。物質的な科学文明に、または
精神的な思想に、あるいは政治や経済に、教育や芸術、医療やスポーツ等、
多種多様である。そして、地球の生態系に調和し、最善の人類進化に貢献する
ものであれば、これらはどれもみな、生命の仕事である。

 例えば、核兵器の削減や軍備の縮小、世界平和の実現は、生命の仕事であ
る。非暴力、自由、平等、基本的人権の普及は、生命の仕事である。思いやり、
隣人愛、慈悲、相互援助の拡大も、生命の仕事である。医療技術を発達させ、
それまで治らなかった病気が治るようにすることは、生命の仕事である。地球
環境を研究し、大規模な環境破壊を未然に防止することも、生命の仕事である。
絶滅しそうな動植物の保護や自然環境の保護は、生命の仕事である。絵画、
文学、音楽、芸能など、人の心を豊かにする芸術活動も、生命の仕事である。
農業や漁業、畜産業による食糧生産、工業による生活必需品の製造は、人類
の維持のための大切な生命の仕事である。また、良い家庭を作り、良い子孫を
産み育てることも、人類の維持のための大切な生命の仕事である。

 そしてまた、科学技術を発達させて人類が宇宙に進出しようとするのも、生命
の仕事である。人類が出現してはじめて、生命は宇宙に進出できる可能性を
持った。生命は無限に増殖し、発展しようとする意志を持つから、生命が地球
だけに閉じ込められたのでは非常に窮屈である。だから宇宙への進出は、
大生命の意志のうちでも、かなり強いものであると思う。特に最近では、地球の
総人口が限界に近くなり、人類は自らの手で人口を調節しなければならなく
なっている。また、地球環境や生態系との兼ね合いから、地球の開発も制限し
なければならなくなった。さらに、地下資源も無尽蔵ではなくなった。既に人類
は、地球に窮屈さを感じている。人類の抱える閉塞の原因は、結局これに尽き
ると思う。生命の宇宙への進出は、三億六〇〇〇万年前に行われた海から
陸上への進出に匹敵する生命の大仕事である。成功すれば、実に四億年ぶり
の生命の快挙である。そして、海と陸の生活環境が大きく異なるように、宇宙
での環境(特に重力)も異なっているから、その後の生命進化も我々想像を越え
るものになっていくであろう。

 以上述べてきたように、大生命の意志にかなった生命活動であればその
種類を問わず、その全てが生命の仕事なのである。



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注69:
 ここで使っている「仕事」という言葉の意味は、いわゆる「お金を稼ぐために
働く」という意味だけではありません。
 もっと広い意味の、「何かを作り出す、または、成し遂げるための行動」という
意味で、「仕事」という言葉を使っています。
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5-2 生命の仕事は死によって終わらない
 ある一個の生物個体が生命の仕事を行えば、それは必ず大生命に何らかの
影響を及ぼす。そしてその影響は大生命の中に波及し、その生物個体が死ん
でも途絶えることがない。つまり、生命の仕事の波及効果は、大生命の中で
永遠に生き続けていく。

 いちばん端的な例は、結婚して子孫を残すという生命の仕事である。結婚して
産んだ子供はやがて大人になり、それらが結婚してさらに次の世代を産む。
そしてそれが子子孫孫と続いていく。つまり、子孫を残すという生命の仕事の
「波及効果」は、生物個体の死によって終わることがない。

 また、太古の昔に、最初に陸に上がろうとした魚達の生命の仕事は、全ての
陸上動物の繁栄として現在も生きている。この魚達の生命の仕事がなかったら、
全ての陸上動物は存在しなかった。爬虫類や鳥類、あるいは哺乳類といった
陸上動物の多様化と発展の全ては、皆この最初に陸に上がった魚達のおかげ
である。このように、生命の仕事の波及効果は、個体の死のみならず、種の絶滅
によってさえ終わることがない。

 人類の場合を挙げると、人類の発展に大きく貢献した文化や思想、技術など
の波及効果は、創出した当人が死んでもなお、人々の中に生き続けている。
例えば、一万年前になされた農耕の発見は、人類の最も偉大な生命の仕事と
して挙げられよう。現在の地球に六十億(注70)もの人類が生きていけるのは、
農耕のおかげである。もし、農耕が発見されていなかったら、地球に住める人間
の数は、一億人にも満たなかったのではないだろうか。農耕の発見者は名前も
知られていない。しかし、その生命の仕事のおかげで、全人類が生かされて
いる。また、灌漑(かんがい)技術や農機具、化学肥料などの発達によって、農業
の生産性が上がり、農業に携わる人間の数が少なくてすむようになった。この
生命の仕事のおかげで、人類は農耕以外の仕事が出来るようになり、商業、
政治、科学、思想、芸術、教育などその他諸々のものが発展出来た。このように、
生命の仕事は色々な方面に波及し、全ての人類に恩恵を与える。

 また、数千年前の聖人と言われた人々、キリストや釈迦(しゃか)、孔子などの
思想は、現在でもそれを信奉する多くの人々に恩恵を与え続けている。この場合
の生命の仕事は、その人間の性格や考え方、あるいは人生経験や生きざまなど
といったもので、つまり、その人間の「人格」が、死によっても終わらずに生き続け
ている。

 以上のように、生命の仕事の波及効果は個体の死によって終わらない。それ
どころか、波及効果がさらに波及効果を呼び、その影響力は無限に拡大して
いく。そしてこれは、特に優れた生命の仕事だけに限らず、全ての生物が行う
どんなに些細な生命の仕事でも、全く同様に言えることなのである。



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注70:
 世界人口は、2016年1月現在で、およそ73億人と見積もられています。
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 申し訳ありませんが、この続きは次回でやりたいと思います。



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