生命の「肯定」 17
                               2016年3月6日 寺岡克哉


 前回は、拙書 ”生命の「肯定」” の、第2部の第2章3節まで紹介しました。

 今回は、その続きです。


               * * * * *


2-4 あなたは唯一の存在
 あなたはこの世で唯一の存在である。あなたは全宇宙で、しかも一四〇億年
の宇宙の歴史の中で、唯一無二の存在である。だから、あなたの絶対価値は
既に保証されている。あなたは、特に意気込んで何かをしなくても、「生きている」
ことで十分に絶対価値が存在している。そしてまた、「あなたが今ここで生きて
いる」ということは、とても信じられないような奇跡的な出来事なのである。なぜ
なら、この宇宙の歴史の中で、何か一つの条件が狂えば、あなたは今ここに
存在できなかったからである。

 例えば、ビッグバンによって宇宙が誕生しなかったら、あなたは存在しなかっ
た。
 ビッグバンのエネルギーの物質化により、物質が生成されなかったら、あなた
は存在できなかった。
 銀河系に太陽が作られなかったら、あなたは存在できなかった。
 太陽系に地球が作られなかったら、あなたは存在できなかった。
 地球に生命が発生しなかったら、あなたは存在できなかった。
 生命が陸上に進出しなかったら、あなたは存在できなかった。
 生命進化で人類が現われなかったら、あなたは存在できなかった。
 あなたの両親が結婚しなかったら、あなたは存在できなかった。
 そして両親だけでなく、あなたの直系の先祖のうち、誰か一人が子孫を残せ
なかったならば、あなたは存在できなかった。しかもその直系の先祖は、人類
だけでなく最初の原始生命体にまでさかのぼる。
 また、あなたの母親の卵子が受精する時に、父親の何億もの精子のうち、
もし一つ隣の別の精子が受精したならば、あなたは存在できなかった。だから、
違う日に行われた交接により受精しても、当然あなたは存在できなかった。そし
てこれは、あなたの直系の全ての先祖(最初の生命体までさかのぼる)について
も同様のことが言える。

 以上の偶然が無限に重なって、あなたは存在している。だから「あなたが今
ここで生きている」ことは、非常に希でめったに起こらない、とても信じられない
ような出来事なのである。そして、今後何百億年の時間が経とうが、あなたは
二度と生まれることは出来ない。今回の一度きりで全てである(注79)。だから
「あなたが今ここで生きている」ことを決して当たり前のことなどと思ってはならな
(注80)。あなたの存在はそれほどかけがえのないものである。そしてこれは
単なる気休めなどではなく、どう考えても疑いようのない事実であり、真実である。
あなたの行う生命の仕事が他の人間に不可能なのは、あなたが唯一無二の
存在だからである。全ての人間にとっては、生きられる限り生き抜くことが最低限
の生命の仕事であるが、しかしそれだけでも、十分な絶対価値が存在する。

 以上の考察から、じつは人間には、絶対価値しか存在しないことが分かる。
相対価値は人間が勝手に作り出した幻影である。各人はそれぞれ、自分に
課せられた生命の仕事を良く行い、自分の絶対価値を実感すれば、相対価値
の幻影から解放されるのである。そしてまた、あなたが生命の仕事を行ったと
いう事実(あなたがこの世で生きたという事実)は、今後の生命史に必ず何ら
かの影響を及ぼし続けていく。それは生命史全体からすれば、どんなに小さな
ことかも知れない。また、あなたとは全く関係もゆかりもないものに変化してい
くかも知れない。しかし、あなたが行った生命の仕事の波及効果は、大生命
の中で永遠に作用し続けていく。

 例えば、生命進化の過程で、もし陸に上がろうとした魚がいなかったならば、
爬虫類や哺乳類、そして人類の存在はありえなかった。その昔、なぜだか知ら
ないが、一匹の魚が陸に上がろうと試みた(注81)。そして魚達は、命を落と
しても次々とそのあとに続いた。この魚達の命懸けの生命の仕事が人類を
発生させ、あなたを今ここに存在させている。これと同じように、今のあなたの
存在が、大生命の中のどこかに作用し、その作用は形を変えながらどんどん
波及し、今後何十億年何百億年と続いていくのである(注82)。つまりあなた
は、無限の過去から続いて来た影響を受けて生まれ(注83)、無限の未来
まで影響を与え続けていく、この世で唯一無二の存在なのである。



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注79:
 しかし、それにしても、なぜ、(過去の時代でも未来の時代でもなく)今の時代
の、(他の国ではなく)日本に生まれた、(他の動物でなく)人間であるこの肉体
に、私自身の自我意識が存在しているのかは、依然として大きな謎のままです。

 たとえ同じ親から生まれても、兄弟には私自身の自我意識が存在しません。
さらには、まったく同じ遺伝子を持つ「一卵性双生児」であっても、それぞれが
独立した自我意識を持っているのであり、けっして「同一の自我」ではないので
す。

 「なぜ、今の時代における、この肉体だけに、私自身の自我意識が存在する
ようになったのか?」
 これは、ものすごく身近な疑問ですが、おそらく解明が不可能な問題のように
思えます。


注80:
 「今ここに、私自身が生きて存在していること」は、私自身の実感として、ごく
ごく当たり前のように感じてしまいます。
 しかし、この節で述べたことを考えれば考えるほど、その「ごくごく当たり前
の実感」というのが、「まったくの間違いである!」と結論せざるを得なくなるの
です。

 古今東西を問わず、自殺や殺人そしてテロや戦争など、「人の命」というもの
を軽く扱ってしまう事件が絶えませんが、
 その根本的な原因の1つとして、「自分や他人が、生きて存在しているのは、
ごくごく当たり前の普通のことだ」という、このような「間違った実感」が大きく
影響しているのではないでしょうか。


注81:
 魚は、どうして陸に上がろうとしたのでしょう?

 魚にとっては、水中の方がはるかに住みやすいはずです。陸上では呼吸も
ままならず、体も干からびてしまいます。魚にとって陸上は、いつも死の危険が
となりあわせです。それなのになぜ、魚は陸に上がろうとしたのでしょう?

 本書を執筆した当時は、その理由について、まったく想像がつきませんで
した。

 しかし現在の私は、魚の中でも特に弱いものや不器用なものたちが、優秀
で強い魚たちによって陸上に追いやられたのではないか? と、証拠はありま
せんがそのように考えています。
 水中では生存競争がとても厳しくて、弱くて不器用な魚たちは、陸上へ逃げ
るしか方法がなかったのではないでしょうか。
 そして、「陸上」という新しい環境に適応していくしか、生き残る道がなかった
のではないでしょうか。

 つまり「弱かったので逃げたこと」が、人類の発生につながる、偉大な生命の
仕事になったのではないかと、そんなふうに考えています。


注82:
 太陽の寿命は、あと50億年ぐらいだと言われていますが、それまでに「生命」
が太陽系外に進出し、今後「生命」が何百億年も存続していくことを想定して
います。


注83:
 ビッグバンによって宇宙が誕生する前にも、おそらく何らかの様々な影響が
無限の過去から続いており、その結果としてビッグバンが発生したはずです。
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 申し訳ありませんが、この続きは次回でやりたいと思います。



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