生命の「肯定」 18
                              2016年3月13日 寺岡克哉


 前回は、拙書 ”生命の「肯定」” の、第2部の第2章4節まで紹介しました。

 今回は、その続きです。


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2-5 自己愛への願い
 私は、世の中を生き苦しくしている最大の原因は、自己否定の蔓延であると
考えている。そして、自己否定が蔓延するのは、相対価値ばかりが重要視され
て絶対価値を認めようとしないのが、その一因だと考えている。特に日本の社会
では現在においても正しい意味での個人主義が啓蒙されておらず、「人並み
至上主義」と言えるものが横行している(注84)。これは人並みの学歴、人並み
の就職、人並みの家族、人並みの生活などの「人並み」という相対価値を自分
の存在基盤にする。またこの相対価値は一種独特で、人並みより上に出すぎて
も悪いと判断される。人並み至上主義者は、人並みからはずれる人間の存在を
許しておかない。人並み以上の人間にも、人並み以下の人間にも攻撃を加える。
なぜなら、人並みからはずれることを恐れない絶対価値を持つ人間が増えれば
(注85)、自分の存在意義が脅かされるからである。また、人並み至上主義者
は自分が人並みからはずれることを極端に恐れる。それはその価値観から言っ
て当然である。

 このような「人並み至上社会」では、少しでも人並みからはずれた人間は病的
に自信を喪失し、すぐ自己否定に陥ってしまう。また人並みに属している人間も、
周囲に迎合して本当の自分の生き方を求めようとせず、自己実現を常に抑制
しているから、だんだんと自己否定的になってしまう。

 人間は生物であるから多様性が存在する。それを無理に一つの価値観にはめ
ようとするから、自己否定が蔓延する。人生は思っているよりも多様であり、世界
はもっと広い(注86)。私の願いは、自己否定に苦しんでいる人が、それから
一刻も早く解放され、自分を正しく愛せるようになってもらうことである。大生命に
愛され、受け入れられていることを実感出来るようになってもらうことである。自分
の絶対価値を認めることが出来るようになってもらうことである。以下は、自己否定
に苦しむ人達に対する私の願いと祈りの気持ちである。

一、自分を愛して下さい。
 常に正しく自分を愛して下さい。
 誠心誠意、力の限りを尽くして自分を愛して下さい。
 無条件に自分を愛して下さい。
 自分を完全に愛して下さい。
 生きるのが苦しい人は、自分を愛する強い意志を持って下さい。

二、自己否定をしないで下さい。
 自分を責めないで下さい。
 自己嫌悪をしないで下さい。
 自分を軽蔑しないで下さい。
 自分を侮辱しないで下さい。
 自己否定は人間を自殺にまで追い込む最低最悪のものです。

三、良心を愛して下さい(注87)
 自分の良心を愛して下さい。
 自分の良心に忠実であって下さい。
 自分の良心を恥じないで下さい。
 自分の良心に逆らおうとしないで下さい。
 自分の良心を軽蔑しないで下さい。
 良心の侮辱は自己否定につながります。

四、他人に受け入れられようと必死にならないで下さい。
 必要以上に他人に受け入れられようとしないで下さい。あなたを完全に理解
し、受け入れられる人間などこの世にはいません。逆にあなたは他人を完全に
理解し、受け入れることが出来るでしょうか? とても出来ないと思います。私
もそうです。それが人間として当然なのです。だから自分が望むほど、他人が
自分を理解してくれなかったり受け入れてくれないからといって、その人を恨ん
だり裏切られたと思ったりしないで下さい。あるいは、「他人に受け入れられない
のは自分が無価値だから」などと考えて、自己否定に陥ったりしないで下さい。
また、他人に受け入れられようと必死になるあまり、他人の奴隷になってしまわ
ないで下さい。

五、あなたは大生命に受け入れられている。
 呼吸をしてみて下さい。あなたは息が出来ます。空気中の酸素は太陽と植物
が作っています。もしも太陽と植物がなかったら、あなたは呼吸も出来ないので
す。あなたは大生命に生かされているのです。決してあなた一人だけで生きて
いるのではありません(注88)。あなたは大生命に生きることを赦されているの
です。あなたを歓迎し、完全に受け入れてくれるのは大生命です。そしてまた、
あなた自身も大生命の細胞の一つなのです。

六、自分の絶対価値を知って下さい。
 あなたが生まれたことは、信じられないくらい非常に希な出来事であることを
知って下さい。あなたは無限の過去からの影響を受けて生まれ、無限の未来に
影響を与えていく、この世で唯一無二の存在であることを知って下さい。
 絶対価値の存在を知り、それを実感して下さい。
 生命の仕事を良く行って、あなたの絶対価値を高めて下さい。
 「人並み」という相対価値の幻影に惑わされないで下さい。

 自己否定は本当に辛くて苦しいものである。私は一人でも多くの人が自己愛
を持とうと強く決意し、生命肯定への道を歩み出してもらえるように心から祈り、
お願いする限りである。



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注84:
 現在では、本書を執筆した当時よりも、終身雇用制度の崩壊が進んで非正規
雇用が拡大し、各個人による経済格差(つまり貧富の差)が大きくなってきまし
た。そのため、画一的な「一億総中流」という概念が崩れてしまいました。
 またインターネットの普及で、それぞれ個人が興味ある情報にアクセスできる
ようになり、テレビによる「画一的な情報」に人々が支配されていた時代が終わ
りつつあります。
 これらのことから、人々の価値観やライフスタイルが多様化してきており、
昔のような「画一的な人並み」という概念が、少しずつ崩れてきたように思え
ます。
 しかしながら、「人並みの学歴」や「人並みの収入」を第一に考えるという
「人並み至上主義」は、まだまだ人々の間に根強く残っているように感じられ
ます。


注85:
 これまで前述してきたように、絶対価値は全ての人間(すべての生物)が持っ
ています。
 なので、「絶対価値を持つ人間が増えれば」というよりは、「自分の絶対価値
を認識する人間が増えれば」という方が適切な表現でした。


注86:
 「人生は思っているよりも多様であり、世界はもっと広い・・・」
 昨今においても、中学生や高校生などの若い人の自殺が絶えませんが、若い
人たちにこそ、このことを認識してもらいたいと願ってやみません。
 しかしながら、「人生の多様さ」や「世界の広さ」を実感できるのは、かなり年を
とってから(私の場合は30代の後半になってから)なので、若い人たちにそれを
求めるのは、やはり無理があるのかもしれません。
 年をとってみると、「若いころは、なんでそんなことで自殺を考えたのか」と
不思議に思ったことが、おそらく多くの人にとって、結構あるのではないでしょう
か。


注87:
 ここで言いたいのは、「自分の良心に照らし合わせて、良いと思ったこと、正し
いと思ったこと」は、「周囲の目や批判などに負けることなく、言論したり行動す
る」ということです。


注88:
 私は、「自分の力だけで生きており、他人の世話にはなっていない!」と豪語
するようなタイプの人間に、ものすごい傲慢(ごうまん)さを感じます。
 このタイプの人間は、自然環境の破壊や、生物多様性や生態系の危機、地球
温暖化による気候変動の問題などには、おそらく無頓着(むとんちゃく)なはず
です。
 「いくら金を稼いでも(経済成長しても)、地球環境や生態系が維持されなけれ
ば、人間は呼吸1つさえもできなくなる・・・」
 このような「大自然にたいする絶対的な謙虚さ」が、いまの人類の多くにとって、
必要なのではないでしょうか。
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第3章 生命肯定へのアプローチ

3-1 根源的な苦を生命の肯定に向ける
 完全ではないにしても、ある程度の自己肯定(自己愛)に成功したならば、
次は、さらに勇気を出して、他人肯定(隣人愛)に挑戦してほしい。なぜなら、
隣人愛と自己愛は、お互いに強め合って循環し、どんどん大きくなるからで
ある。例えば、ある程度の自己愛を持つことが出来れば、他人に対しても
少しは優しい気持ちになることが出来る。つまり、隣人愛を多少なりとも持つ
ことが出来るようになる。そしてこの優しい気持ちの雰囲気(ムード)は、言葉
で表わさなくても周囲の人間に必ず伝わり、顔がほころんだり、ほほえんだり
するものである。この時、この反応を敏感にキャッチすることが大切である。
これによって「自分は他人から否定されていない!」ということが実感できる
からである。この実感が、自己愛をさらに強いものにする。そうすると、周囲の
人間に対して優しくしたい気持ちや理解したい気持ちがさらに大きくなる。
つまり、隣人愛が強くなるのである。やがて、挨拶や会話が自然に始まって
いく。このように隣人愛と自己愛はお互いに強めながら増幅循環し、次第に
大きく成長していく。

 逆の場合として、自己否定と他人否定の増幅循環も存在する。例えば、
自己否定に捕らわれている自分が緊張感と憎悪を周囲に向ければ、周囲
の人間も緊張して顔が強張り、不快感を自分に向けて来る。すると自分も
さらに緊張して気まずくなり、自己否定が強くなる。そして、自己否定を増幅
させた周囲の人間を、さらに強く憎悪するようになる。このように、自己否定
と他人否定も強めながら増幅循環し、次第に大きくなっていく。実際に試して
みると、これら愛の増幅循環と憎悪の増幅循環が、本当に存在することが
すぐに分かる。そして、この種のやり取りは、特に素直な心を持っている人
や子供、日本語が不自由な外国人などが敏感に反応してくれる。

 ところで、自己否定が起こる根本的な原因は、個の生命観によって生じる
「生命の否定」であった。しかし、自己否定の苦悩が起こるさらなる直接的な
原因は、根源的な苦である生命の原動力を自己否定に向けてしまうことに
ある。根源的な苦とは第一部で述べたように、どんなに欲望が満たされた
状態であっても満足することが出来ず、何かわけの分からない不安、空しさ、
焦燥などに苛まれるというものであった。そしてこれは、人類の無限の発展
の原動力であった。自己否定の苦しみは、この生命の原動力が自分を責め
ることに向けられるために起こる。例えば、「こんな自分でいいのか、こんな
自分でいいのか・・・。いいやこんな自分では駄目だ、こんな自分では駄目
だ・・・。もっとがんばらなければ、がんばらなければ・・・。しかし自分はもう何
も出来ない・・・。このまま生きていても苦しいだけだ・・・」という具合にである。
駄目な自分を何とかしようとして苦しむのは、生命がさらに発展しようとする
原動力の現われである。しかし、自己否定の場合は、この原動力によって
自分を抑圧する状態に陥るのである。そうすると、生命の原動力が行き場を
失って鬱血(うっけつ)状態になる。このように生命の原動力が鬱血して溜まる
と、根源的な苦がさらに増大する。「自分を何とかしなければ!」という思いが
鬱積(うっせき)し、不安や焦燥がさらに強くなってしまうのである。そして、強く
なった根源的な苦を自己否定に向け、自己否定をさらに強化する。つまり
「根源的な苦の増大」と、「自己否定の強化」との悪循環を形成してしまう。これ
は非常に息苦しく窮屈な状態である。この、息の詰まりそうな苦痛から逃れる
ために、ある人間は自暴自棄になって暴力を振るい、それによって生命の原動
力を一気に爆発させる。ひどい場合には、強姦や殺人さえも犯しかねない。
またある人間は、ひと思いに自殺して苦痛から逃れる。また、ある人間は、生命
の原動力そのものを消滅させることによって苦痛を回避しようとし、生ける屍(し
かばね)のような、非常に無気力な状態になってしまう。

 このような状態は、絶対に避けなければならない。そのためには、根源的な苦
である生命の原動力を、「生命の肯定」という開かれた世界に解放しなければ
ならない。以下この章は、根源的な苦と自己否定の悪循環から脱却し、自己愛
と隣人愛の増幅循環へ至るまでのアプローチを、具体的に追ってみる。各人の
参考に、いくらかでもなればと願っている。


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 申し訳ありませんが、この続きは次回でやりたいと思います。



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