逆打ちの由来

四国八十八カ所の札所を1番から巡ることを「順打ち」、
88番から巡ることを「逆打ち」といい、「閏年」に逆打ちすると
「逆打ち1回で順打ち4回」の御利益・功徳があるとされています。

「逆打ち」の始まりは伊予の国の衛門三郎が弘法大師に会いたい一心で霊場を
廻ったのが始まりとされていま
す。



逆打ちと衛門三郎


四国を巡礼中の弘法大師がある日、愛媛県松山市郊外の大きな屋敷に托鉢に訪れ、
そこの主人で強欲の衛門三郎は何度も訪れる乞食僧(大師)を追い払い、最後には、
大師が持っていた鉄鉢を8つに割ってしまう。

その後、乞食僧は来なくなったが、三郎の子供8人が次々となくなった。

三郎は托鉢に訪れた人が弘法大師と気づき、
自分の今までの行動を悔い、大師を求めて遍路の旅に出た。

しかし、簡単には会えず、二十数回「順打ち」でまわっても会えなかったため、
逆に廻り始めるが、心身ともに疲れ果て十二番の焼山寺で倒れてしまう。
意識が遠のいていくときに、大師が現れ、罪を許してもらう。

最後ののぞみとして、「今度生まれ変わるときは、領主になりたい。」と願った。
そこで、大師は衛門三郎と書いた石を衛門三郎に授け、それを握ったまま
衛門三郎は死んでしまう。


その後、伊予の領主に男の子が生まれた。
ところがその子の手は、しっかりと握られたまま開かない。
困り果て、安養寺(現在の石手寺)に連れて行き、祈念してもらった。

そうすると、その子の手が開き、そこから衛門三郎と書いた石が出てきた。

人々は衛門三郎が生まれ変わったと思った。


このような逸話が残っており、衛門三郎が「逆打ち」で廻って弘法大師に会えた年が
閏年だったので、閏年に「逆打ち」すると弘法大師に会えるという伝説が今に残っています。

ちなみに、廻る事を「打つ」というのは、今のようにお寺に納札を納める代わりに昔はお寺を
参拝した際に巡礼者が本堂や門に木製・銅製の納札を打ち付けていたことに由来しています。



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