豚肉の忌避(きひ)

このサイトでは、食欲を無くすような話はできるだけ避けているのですが、 豚肉を語る上でなぜ世界各地で豚肉(豚)が嫌われているかを知っておく必要があると思い、 以下に簡単にまとめました。

宗教が食用を禁じている ユダヤ教、イスラム教、ヒンズー教では豚肉の食用がはっきりと禁じられています。ユダヤ教の聖典である 旧約聖書の記述(レビ記第11章)では、食べてもいい動物は偶蹄目(ぐうていもく−ひづめが2つにわかれた動物) の反すう(食べ物を一度胃に入れた後も口に戻して噛みなおす。)をする動物と書いてあり、牛、羊、ヤギなどです。 ウサギ、ラクダなどは反すうはするが偶蹄目ではありません。豚は偶蹄目ですが反すうしないので、 ともに食べてはいけないことになります。 しかし今度はなぜ宗教が食用を禁じているかという疑問がわいてきます。
農耕民族の家畜だったので遊牧民族から嫌われた 豚は動きが遅く、牧草を食べないので遊牧について行けません。 また水に身体を浸すのを好むので、水のある所に定住する農耕民族が飼うのに適していました。 遊牧民族は歴史的に農耕民族を蔑視していたので、農耕民族の家畜である豚も蔑視の対象になったという話です。
豚の習性が理想とされる人間像と正反対だから 泥に寝転がるので汚く見える。鈍重。大食でなんでもむさぼるように食べ太っていく。 発情期が21日周期で年中繰り返す。など、理想とされる人間像からかけ離れた習性をもっているので嫌われる という説です。経済学者スチュアート・ミルは「太った豚よりは痩せたソクラテスたれ」と言ったそうです。(でもギリシア では豚肉が好まれていたので、ソクラテスも豚肉は食べていたはずなのですが。)
残飯処理が役目だったため 世界各地で、豚を飼い、または人家の回りに放して残飯や汚物を食べさせる習慣がありました。 12世紀のパリでは生ごみ処理施設も無くトイレを備えた家もごくわずかだったので、 生ごみも汚物もすべて路上に捨てられていました。豚は半数の家庭で飼われ放し飼いにされ、 それらをきれいに処理してくれていたのです。
日本でも17世紀の京都の公家では豚を飼い、残飯や汚物の処理にあたらせていました。 沖縄では昭和以前まではこの習慣がありました。 その他、中国やアジア、オセアニアの各地で同じような習慣が見られます。
ただし、これによって豚を食べることを嫌った国ばかりではありません。フランス、中国、日本の沖縄では、 残飯や汚物を食べてまるまると太った豚が食卓にのぼっていたのです。
寄生虫の危険 豚肉には、剛棘顎口虫、旋毛虫、有鉤条虫、などの寄生虫症が報告されています。確率的にはごくわずかなのですが、 海外では十分に加熱していない肉を食べるのは避けましょう。欧米のソーセージでも十分に加熱しましょう。 (ただし日本の養豚は清潔で管理されているので、まずこうした寄生虫の心配はありません。)
歴史的に、こうした寄生虫の被害がでて豚肉の食用が禁止された可能性は十分にあります。  
日本の事情ー仏教による殺生の禁止 6世紀始めに日本に仏教が入ってくると、やがて政治と結びついて人民の統治に利用されるようになっていきます。 仏教では殺生が禁止されていますので、豚肉を含めた肉食はその後明治維新まで、少なくとも表向きは禁止される ことになります。
しかし676年に出された殺生禁止令では、当時最も食べられていた肉である、 鹿と豚の殺生が禁止されていません。苦役に使われる馬と牛、時を告げる鶏、番になる犬、 そして人間に似ている猿の殺生が禁止されただけです。 また鹿と豚に対しては狩猟の時期と方法が限定されましたが、 これは逆に言うと鹿と豚は狩猟の条件さえ守れば食べてもいいという事になります。
しかし、その後8世紀にかけて仏教を国家の中核とする律令制が完成し、いくたびか殺生禁止令が出るうちに、 鹿と豚も禁止の対象になり、人々の食卓から消えていきます。 人々の食生活を意図的に変えるというのは大変なことなのですが、 当時の支配階級が農業による国づくりと国家の安定を計るために、 農民を農業に集中させて狩猟や牧畜にむかわせないように山野を占有し、農民の狩猟を禁止し、 同時に殺生と肉食の禁止を徹底していったと考えられます。  


豚肉のページへもどる

食材事典のホームへもどる



制作日:2002年1月3日
上田 泰久