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イラストエッセイ
デパート大食堂の思い出|給水塔の妖気|いにしえのコンピューター

◇デパート大食堂の思い出◇

まちっ子の私にとってお出かけといえばまずデパートだった。
子どもの目で見ていたことを差し引いても、かつてのデパートには現在のそれよりもボリュームたっぷりで迫力があったように思われる。
その最たるものが「大食堂」だ。
のっけから強烈なのが見本の飾ってあるガラスケース。
まさに世界中の食物が並んでいるように見えたもの。
その中からたった1つを選ぶのは毎度断腸の思いだった。
今の子はファミレスなどであれほどワクワクするものだろうか。

 ところでごく幼かった頃、私はガラスケースに入っているのは見本でなく本物で、客が注文するケースから出して持っていくのだと思っていた。それなら下の図のようなシーンが頻発するはずなのだが。自分は運がいいのだと信じていたのだから我ながらオカシイ。さすがにこの誤解はまもなく解けたが、それでもあれがロウでできたニセモノとじはしばらく信じられなかった。

 さてやっと注文が決まったら食券を買う。今の立ちソバの食券とは違う、硬券、つまり昔の汽車の切符みたいな厚紙でできた食券だ。売っているところもこれまた駅の窓口にそっくりで、壁にずらりと並んだ金属製のホルダーに印刷済の食券がびっしり収められている。いやが上にも期待が高まる…。
 食券を買って席につくと、やがてウェイトレス嬢が水のコップを持ってやってくる。そして食券の半券を持ってゆくのだが、驚いたことにあの硬い券を片手でバチンバチンとちぎってしまうのだ。これはすごい…と、ここまで書いてからつらつら考えてみると、あれにはミシン目が付いていたような気もしてきた。でもそれにしたってやはりすごいね。
 お茶はセルフサービスだった。でっかいドビンにうすいお茶がはいっていて、茶碗が山と積まれている。今にも崩れそうでおいそれと手出しできないように思えたが、これも子どもの目にそう見えただけなのか…。
 あとは注文の品が来るのを待つばかりだが、その待ち遠しいことったらない。所在なくテーブルの上のものなど見てこらえる。カットグラスのフタの付いたソースビンがいかにもハイカラな感じで好きだった。紙ナプキン入れのクロームにうつる幼い自分の顔も懐かしい。そして、おみくじ付の灰皿である。

 これは客の不安心理を鋭く衝いた商売だと私は思う。こいつの収益を上げるために配膳を遅らせていたのじゃないかとさえ思う。そうとは知らない無垢の子どもたちがずいぶん毒牙にかかったことだろう。10円だか20円だか、上部の、生まれ年の干支別になったスロットに投入し、下のレバーをぐいっとやると小さく丸められたおみくじが出てくる。内容はなかなか細かく、暇つぶしにはなるがよくわからなかった。子どもながらにインチキだなぁと思ったことは、どのスロットからお金を入れても同じところへ入ってゆくのが見え見えなのだ。後年ある蕎麦屋で同様のものを見たが、干支ではなくて星座になっており、値段は100円だった。
 さてやっと料理が運ばれてくるわけだが、何を食べたかとんと記憶にない。お子様ランチなるものは1度もとらなかった。きっとハンバーグとかメンチカツとか、お定まりのメニューを喜んで食べていたのだろう。デザートと称してとったものは印象に残っている(滅多にとれなかったので)。アイスクリームを添え物のウェハースですくって食べようとしたら折れてしまったこととか、ソフトクリームのコーンを下からかじって往生したこととか、情けない思い出がいっぱいだ…。
(1998.4記)
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