長門市のJR仙崎駅から北へ伸びる通称「みすゞ通り」。通 りの中ほどにある童謡詩人、金子みすゞの生家跡に映画撮影用の金子文英堂(書店)が再現された。
「本番いきまーす
」 店内場面の撮影準備が整い、セット内からスタッフの声が響く。間髪置かず外の通 りに待機する別のスタッフが、路上から見学の市民や観光客に頼んで回る。「ひそひそ声も入ります。お静かにお願いします」。わずかな間の後、35mmカメラの脇に陣取った監督、五十嵐匠が声をかける。「よーい、はいっ!」。静寂の中、俳優たちの演技が始まった。
4月1日、映画「みすゞ」はクランクインした。
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「詩集のような映画にしたい」と五十嵐は作品の構想を明かす。劇映画だが「ドキュメンタリー出身の監督らしい出来になると思う」と石矢博プロデューサーも言う。
戦場カメラマン、沢田教一(1936〜70)を描いた記録映画「SAWADA」(96年)が数々の賞を受け、五十嵐は世に知られた。沢田の生涯を、ベトナムやカンボジアの戦場で行動を共にしたジャーナリストらの証言で浮き彫りにした映画で、沢田が遺した数々の戦争報道写
真をどう効果的に作中に挿入するかに腐心したという。
中でも「安全への逃避」と題する一枚の見せ方に悩んだ。母子5人が首まで川につかって戦火を逃れる姿を撮った写 真は世界中に配信され、66年のピュリツァー賞に輝いた。「沢田の代表作。映画のどこで、何秒映せばいいか。作品の出来を左右する勝負所だった」と振り返る。
今回の映画で「安全への逃避」に当たるのがみすゞの詩だ。脚本には数多くの童謡詩が使われている。字幕や子どもによる朗読、俳優のセリフと、作劇の手練手管を駆使し盛り込んだ。みすゞの内面
の世界を示す詩を、どう劇的に見せるか。頭の中には数々の演出プランが明滅している。

詩と向き合うことになる俳優陣は「思い通りのキャスティングができた」。目に惚れ込んで起用したみすゞ役の田中美里、義父と母にベテラン中村嘉葎雄と永島英子、夫には北野武監督作品への連続出演で進境著しい寺島進。
「さまざまな持ち味の人を集められた。それだけに勝負だと思っている」
大手製作会社が撮影所を閉鎖するなど日本映画の現状は厳しい。監督も、撮るためにはスポンサー探しから始めねばならない。一作一作が勝負。五十嵐はみすゞに監督生命を賭けている。
=敬称略 (2001.4.6掲載)