みすゞの世紀


●第9話 プロデューサー

 
 映画『みすゞ』の撮影は天気にも恵まれ長門、萩市などで順調に進んでいる。
 「季節の変化がよく分かる。東京で生活していると忘れがちだけど…」。撮影休憩時、仙崎の海をながめてプロデューサーの福間順子・桜映画社取締役(57)は満足げに微笑んだ。
 先月末から長門市に滞在し撮影に立ち会っている。「カメラが回り出せば監督の世界。撮影の核になる現場を守るのが役目」と対外折衝に立つ。俳優陣への気配りも欠かせず気は抜けないが、「山口ゆったりとしていて空気の動きすら感じ取れるよう」。光市出身の福間の言葉や表情には故郷への懐かしさがにじむ。
福間順子
 ♪   ♪

 2年前、監督の五十嵐匠が最初に映画化案を持ち込んだのが福間だった。旧知の映画監督の紹介で会った。五十嵐の真面 目さが印象に残ったという。
 二人三脚でスポンサー探しを始め、紀伊国屋書店にたどり着いた。同社の松原治社長も山口県出身で、童謡詩人、金子みすゞをテーマにした映像作品を社内で検討したことがあった。出資の話はスムーズに進んだ。映画作りが困難な時代だけに、みすゞの持つ求心力を強く感じた。
 大学を出てすぐ桜映画社入りし宣伝、配給業務を経てプロデューサーになった福間だが、本格的な長編劇映画に関わるのは初めてだ。一度は完成した脚本に納得いかず、昨夏の予定だったクランクインを延期する一幕もあった。出身地での仕事だけに長門をはじめとする地元の期待も人一倍感じる。「生半可なものは作れない」との覚悟がある。
 みすゞの詩は「読む人を楽にさせ、許されるような感覚をもたらす。そこが現代人の感性にヒットしている」と分析している。ただ分からないこともある。同時代の与謝野晶子、林芙美子ら女流歌人、作家に比べみすゞには表現者としてのエゴや強い自意識が見えてこない。「たいへんな読書家で頭も良かったのに。実像は謎が多い」
 戦場カメラマンの生涯など主に男性を題材にしてきた五十嵐が女性のみすゞをどう描くのか。福間も完成に期待している。
             =敬称略(2001.4.13掲載)
 


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