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 昭和53年から54年にかけて、当時私が小学5・6年生だった頃、学校中で爆発的に流行した「キャップ返し」なる遊びとそれにまつわるエピソード、思い出のキャップなどについて、紹介します。



 「キャップ返し」ブーム到来


 当時はまだ、インベーダーゲームさえもなかった時代。ビー玉や草野球などで遊んでいました。
 そんななかで爆発的ブームになったのが「キャップ返し」。誰が考えたのかは全くわかりません。ただ、私が通った小学校は「給食」制で、ビン牛乳「明治牛乳」が付いていたのです!そのことがブームの礎であったことは間違いありません。ただ、近隣の学校では、「ビン牛乳のフタ」が遊びの道具となることはなかったようです。


 「キャップ返し」のルールはシンプルです。自分と相手の2人で勝負することが多かったのですが、時には、数人で勝負することもありました。

 @はじめに、机や畳など、平らな”場”に、キャップを出し合います。
 原則、お互い同じくらいの”ねうち”のものを出し合うのですが、相手の出すキャップがとても珍しいものなら、自分もそれに見合うだけの枚数を出さなければならないことになります。

 Aジャンケンで順番を決めます。

 Bジャンケンに勝ったら、正三角形や平行四辺形の形など、自分が好きなようにキャップを並べます。
 どうしても欲しいキャップを手前に並べるのはもちろん、未使用のフタ(通称パリパリ)を手前に、ふちがめくれ上がったフタを奥に並べるのがポイントです。 当時は、ひっくり返りにくくするために、使用済みキャップにわざわざアイロンをあてて、パリパリを作ったりもしました。

 C
いよいよ、キャップをひっくり返します。
 ひっくり返す方法は、まず、狙ったフタ達の前で、空気を入れる感じで両手のひらを合わせて精神統一。次に”場”すれすれに両手を広げたあと、”パーン”と一気に両手のひらを叩いてキャップに空気を送ります。そうそう、”一本締め”の要領です。

 Dひっくり返ったものが自分のものになり、相手のターンに移ります。(1枚もひっくり返らなけくても、交代) 全部なくなるまで、これを繰り返します。

 ブームは、私達の学年だけでなく、1つ上や下の学年にも広がっていて、最盛期にはクラスで「キャップ返し禁止令」まで布かれたほどでした。



「コレクション」の広がり〜珍しい牛乳キャップを求めて〜  


 「キャップ返し」のほか、珍しいキャップの交換も頻繁に行われ、コレクションを増やしていきました。コレクターが大勢いたことと、旅行に連れってもらったときはもちろん、出張に行く大人達にお土産として頼んだりしたことで、日本全国にまたがるキャップが出まわるようになっていました。

 この場合も、特に珍しいものは、チョット珍しいもの数枚と交換されていました。つまり、キャップ一枚一枚が、それぞれ「価値」を持っていたことになります。
 私自身よく交換してもらったのは、F君とY君。F君はしょっちゅう家族旅行で信州に行っていました。また、Y君は神戸からの転校生でした。
 他にも、その頃新発売された「森永ビヒダス」を求めて、友達と隣町の販売店まで自転車で買いに行ったりもしました。



地元のジュース「メイビードリンク」とともに  


 ところで、私が小学生時代を過ごした和歌山県海南市には、かつて「山田飲料」という地元のジュース屋さんがあり(残念ながら今は廃業されました)、「メイビードリンク」、「メイビーコーヒー」なるビン飲料が売られていました。すごく近所だったこともあり、夏場などは学校帰りによく立ち寄ったものです。
 ここのフタにはかわいいミツバチのイラストが描かれていたのをよく覚えています。(「メイビー=5月のミツバチ」)
 「メイビードリンク」は、フルーツ牛乳とやや甘口の乳酸菌飲料を足して割ったような味でした。(文章で書くのは難しい…)

 「山田飲料」によく行ったのは、もう一つ理由がありました。キャップコレクションが流行していた時期、「メイビードリンク」などを買ったら、おまけとして「ミスプリントキャップ(仮称)」がもらえたからです。
 「ミスプリントキャップ(仮称)」とは、「いかるがデラックス」や「高田3.4牛乳」など当地では珍しい牛乳のフタなのですが、プリントがずれてしまって、その4分の1くらいが欠けたパリパリのキャップのことです。面白いことに、裏にも、「魚住コーヒー」、「共進フリー牛乳」など、表とは全く別のフタが、やはり4分の1くらいが欠けてプリントされていました。「ミスプリントキャップ(仮称)」は、結構たくさんの種類があったと思いますが、当時それほど高い価値を持ったものではありませんでした。ただ、そんな不思議なフタが、なぜそこにあったのかは今でも謎のままです。



思い出の牛乳キャップ達



 私も例に漏れず、いろんなキャップを集めたのですが、当時のものは紛失してしまって、今は「思い出」として、記憶の中に残っているだけです。そういったもののうち、いくつかを紹介します。


@今となっては幻のキャップ

 「山田飲料」では、私達が通った頃よりさらに以前には、「メイビーニュウシャン」、「メイビーチョコレート」なるドリンクを発売していたようです。(キャップのみ出まわっていました) とりわけ、「メイビーチョコレート」は、チョコレートドリンクという非常に珍しい商品だっただけにキャップの価値は高かったです。また、私の地元には他にもジュース屋があって、「生ジュース」や小さいキャップの乳酸菌飲料もありました。(そのうち1軒は、今も王冠形式のビンジュースを製造されています)
 そのほか、地元の牛乳として「クボタ牛乳」というのがありました。昭和50年代前半頃まであったのでしょうか、宅配用の木箱を見たことはあるのですが、実際飲んだことはなく、これまた曜日表示のキャップのみ出まわっていました。枚数も結構あったので、格別価値のあるキャップでもなかったです。
 これらいくつかの幻のキャップのうち、「クボタ牛乳」と「メイビーチョコレート」に再会することが、私の夢の一つです。

A印象に残るキャップ達

 私が所持していたもののなかで一番価値があったのは、「屋久島均質牛乳」です。和歌山からすればとても遠い場所である屋久島の牛乳キャップは、大変希少価値がありました。他にも「ビタパーラ」(福岡県行橋市)、「酒田コーヒー」(山形県酒田市)、「宇治牛乳」(京都府宇治市)などがあったのを覚えています。
 また、前述のF君から入手し、結構価値があった「高原ネオホモン牛乳」、「サンョウMILK」や「富山牛乳」、「富山コーヒー」のほか、Y君から入手した神戸の「柏原牛乳」、「柏原フルーツ」、「柏原コーヒー」などもとても印象に残っています。

 


 レトロなものが見直されているこの頃、私自身も再び「牛乳キャップ」を集めだしたのは、子供の頃の自分を蘇らせたのかも知れません。
 また、全国には、現在も「牛乳キャップ」を集める小学生達が結構たくさんいるようです。彼らが大人になったとき、「牛乳キャップ」が子供の頃のよい思い出になればいいなと思います。


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