牧師のメッセージ

聖書本文【新共同訳】エステル記1:14−2:4
1:14 王は、王の側近で、王国の最高の地位にある、ペルシアとメディアの七人の大臣カルシェナ、シェタル、アドマタ、タルシシュ、メレス、マルセナ、メムカンを呼び寄せた。
1:15 「王妃ワシュティは、わたしが宦官によって伝えた命令に従わなかった。この場合、国の定めによれば王妃をどのように扱うべきか。」
1:16 メムカンが王と大臣一同に向かって言った。「王妃ワシュティのなさったことは、ただ王のみならず、国中のすべての高官、すべての民にとって都合の悪いことです。
1:17 この王妃の事件が知れ渡りますと、女たちは皆、『王妃ワシュティは王に召されても、お出ましにならなかった』と申して、夫を軽蔑の目で見るようになります。
1:18 今日この日にも、ペルシアとメディアの高官夫人たちは、この王妃の事件を聞いて、王にお仕えするすべての高官に向かってそう申すにちがいありません。何とも侮辱的で腹立たしいことです。
1:19 もしもお心に適いますなら、『ワシュティがクセルクセス王の前に出ることを禁ずる。王妃の位は、より優れた他の女に与える』との命令を王御自身お下しになり、これをペルシアとメディアの国法の中に書き込ませ、確定事項となさってはいかがでしょうか。
1:20 お出しになった勅令がこの大国の津々浦々に聞こえますと、女たちは皆、身分のいかんにかかわらず夫を敬うようになりましょう。」
1:21 王にも大臣たちにもこの発言は適切であると思われ、王はメムカンの言うとおりにした。
1:22 王は支配下のすべての州に勅書を送ったが、それは州ごとにその州の文字で、また、民族ごとにその民族の言語で書かれていた。すべての男子が自分の家の主人となり、自分の母国語で話せるようにとの計らいからであった。
2:1 その後、怒りの治まったクセルクセス王は、ワシュティとそのふるまい、彼女に下した決定を口にするようになった。
2:2 王に仕える侍従たちは言った。「王のために美しいおとめを探させてはいかがでしょうか。
2:3 全国各州に特使を送り、美しいおとめを一人残らず要塞の町スサの後宮に集め、後宮の監督、宦官ヘガイに託し、容姿を美しくさせるのです。
2022年5月22日朝拝
エステル記1:10−2:4、コロサイ1:9−13
「王妃エステルの登場まで」

旧約聖書説教ではルツ記を取り上げて着ましたから、女性が主人公のお話を取り上げるのも良いと考えました。本日からエステル記を学んで行きたいと思います。実はお話そのものよりも、この歴史舞台の背景を語ることに聖書学者は時間をかけます。註解書の半分ぐらいがこれに費やされます。素人である者からは難しくて退屈なものですから「早く本論に入ってくれ」と言いたくなるのですが、学者からすると、それが解決されなければ本論に入って行くことが出来ないと考えるからです。
端的な例を一つあげておきましょう。1:1で「クセルクセスの時代のことである」と言われています。キュロスU、カンビュセスU、ダレイオスT、クセルクセスTと王位が移って行きます。書いてあるのだからそうだろうと思われたかも知れませんが、ヘブライ語ではアハシュロスで、口語訳と新改訳の古い版はアハシュエロスとしていました。これは英国欽定訳でもそうです。考古学が進んで、アハシュエロスと呼ばれている王がクセルクセスだと同定されるようになったので、翻訳もそうなっているわけです。ややこしいのは、旧約聖書のギリシャ語訳は、何とアルタクセルクセスとしているので学会が混乱してしまうのですが、今では誤りと考えられるようになりました。こう言われてもピンと来ないのは、古い時代だからです。紀元前538年のキュロス宣言というのがエズラ記にあり、紀元前458年にエズラが帰還し、紀元前445-433にネヘミヤが活動します。色々と時代をつきあわせると、エステル記の年代は紀元前479年から475年ぐらいまでのことのようです。エズラ記とネヘミヤ記よりも前の時代ということになります。学者の中には全部作り話であると言う人もいますが、多くの部分で歴史とマッチしていることから本当にあったと考えるべきでしょう。
さて、イスラエルの歴史のことを思い出してください。北イスラエル王国はアッシア帝国によって紀元前722年に滅ぼされてしまいました。南ユダ王国も紀元前586年にバビロニア帝国によってエルサレムが陥落し、多くの人々が捕囚として連れ去られました。50年後のキュロス宣言が出ても、なかなか帰ることができず、そのまま留まった人が多くいました。ある意味、当然なのかも知れません。ある土地に長年住めば、知り合いが出来ますし、仕事もそれらの人たちの間で回ります。今更、全部捨てて帰還してどうなると思えて来ます。町は荒廃して廃墟になってしまっています。灌漑のための水流も管理が悪ければ干上がってしまいます。そんな所から全部やり直さないといけないのです。そうすると、やはり二の足を踏んでしまうでしょう。信仰のことが大切でも、現実を考えれば、「無理を言わないでくれ」ということになるでしょう。
今ここで舞台になっているのは「スサ」という町で、本来の発音ならシュシャンで、冬の都であると言われます。時の支配者である王の都の一つでありますから、国際都市であり、色んな国の人と手広く商売ができるといううまみがあります。とすればますます離れたくないでしょう。今回調べ物をしていて分かったことは、ペルシャという名前は出身地ファールサから来ていて、自分で自分を呼ぶ呼び名がイーラーン(アーリア人の国)です。これは本当に大きな国でした。パキスタン地方からクシュ、つまりスーダン、エチオピアあたりまでの版図を持っていました。宗教はゾロアスター教みたいなもので、宗教的な迫害が起こりにくいということもあって、ユダヤ人には住みやすかったのかも知れません。ペルシャ帝国は幾つかありますが、これは最も古いアケメネス朝のペルシャです。ちなみに、この国を滅ぼしたのがマケドニアのアレクサンドロス大王です。
ユダヤ人は、これはユダヤ教はと言っても良いのですが、彼らはエステル記をあまり高く評価しません。聖書外典で、続編付きを買うと載っていますが、自ら武器を取って戦ったユディトのことを書いたユディト記があります。ユダヤ人が好きなのは、こういう女性でして、そういう目で見ているとアメリカドラマのNCISに出て来るダヴィード捜査官とか、ラストシップに途中で乗船してきたイスラエルの女性兵士が強い女を体現しています。雰囲気がそっくりです。それに対してエステルは、最初の内は自覚的でもないし、モルデカイに言われてもグズグズのろのろしています。優柔不断と批判され、ウジウジしていると散々に言われることが多いようです。面白いことです。ユディト記は外典で、エステル記は正典なのですから。さらに良くエステル記を確認すると分かることですが、ここには「神」という言葉が一言も出て来ません。しかし内容は、しっかりと宗教書で「神の守りと導き」が描かれています。それでも回りの大半がペルシャ人であることから、生ける真の神については、いわゆる伏せ字的に表現するしかなかったのでしょう。書かれた時代は、そのペルシャが存在する内、紀元前330年より前で、ペルシャで書かれています。もちろんそんなに遅くはない時期だと思います。
クセルクセスは父親がダレイオス1世で、共同統治していた時代があります。名前ですが、正確にはハッシャーヤーラーシャーで、これをギリシャ人が聞くとクセルクセスに聞こえ、ユダヤ人にはアハシュエロスに聞こえたのでしょう。治世の第三年と言われているので、これは紀元前483年です。王は大宴会を開きました。理由は良く分かりませんが、時期的にはギリシャ遠征であった可能性が高いと言われています。そして何よりも不思議な習慣が、「ペルシャの酒飲み会議」と言われるもので、へべれけになって賛成した事柄を、翌日もう一度素面で採決するというもので、それで通れば無事通過と見なされたというものです。宴会が180日にも及ぶのはこのためで、国会と宴会が一緒という何とも凄いことをしていたわけです。世界帝国の支配者ですから、贅を尽くしています。高貴な色とされた白、青、紫の布、大理石が使われ、器も特製のものでありました。そのような中で王は、王妃をここに呼んで来るように命じました。王妃の名前はワシュティとされていますが、ここも歴史家が当惑する所で、記録に残っている名は「アメストリス」で、ダレイオス1世が王座を目指した時に支持したオクネスの娘であるそうです。一夫多妻が普通ですから、他に女性がいたのか、それともアメストリスの別名かと色々と言われます。でも「ワシュティ」という言葉は「最高の」とか「最愛の者」、「待ち望んでいた者」という意味なので、普段の呼び名と理解しておれば良いのだと思います。
さて、座が凍り付いたのは、宦官によって公式に伝えられた王の命令を彼女が拒否したからです。「メフマン、ビゼタ、ハルボナ、ビグタ、アバグタ、ゼタル、カルカスル」という七人の名前は、全てペルシャ起源の名で、ギリシャの片鱗も無いと言われます。つまりペルシャ世界で書かれたお話であることが、こうしたことからも分かるのですが、ともかくも今から2500年も前のペルシャです。「私は行きません」ということが言えるのかどうか、ひょっとしたら夫婦では妻が強かったのかも知れませんが、公のものに対して公然と拒否するのは、やはり拙いことです。ユダヤ教は王冠だけ着けて裸で来いと命令したのだと理由を考えるのですが、エステル記の中には何も述べられていません。つまり、本当は、王妃というのは弱い立場で、権威なんて持っていないことを暗に示しています。結局、絶対的権威を持つ王を公然と無視したことは、自らの持つ王妃の資格を失うことにつながりました。まさに「覆水盆に返らず」そのままであります。ただ反逆罪で殺されなかっただけマシなのかも知れないのですが。
王もカッと来て口走ったことを翌日には後悔するのですが、廷臣たちは、もしワシュティが復帰すると、王に助言した自分たちの首が危うくなりますから、新しい奥さんを選びましょうと提言しています。ワシュティは美しい人であったと言われていますが、廷臣が吊ったのは「若さ」「初々しさ」でありました。クセルクセスは好色であったという記録が残っているそうで、廷臣たちは王のコントロールの仕方を良く知っていると言うことが出来ます。「ああ、男って、どの時代でも情けないなぁ」と思えて来ますが、応じてきた中にエステルがいました。すぐにハマンという廷臣によってユダヤ人絶滅計画が出て来ますから、異民族はあまり好かれていないので、おそらくエステルは自分がユダヤ人であることは隠していたのだと思われます。言わなければ分からないぐらいなので、ユダヤ人ユダヤ人な外観ではなさそうです。実は、こうしたものに応じることも批判されることで、「純粋に律法を守るつもりはあるのか」と言われる所です。しかしながら、たとえそうでも、この一人の少女が用いられ、全イスラエルを救う働きをするのですから、神様の導きの不思議さがあります。
さて、ちょっと元に戻りましょうか。エステルという名はペルシャ風の名前で、元々のものではありません。エステルの意味は「星」ですが、女神の一人であるイシュタルと、元々の成り立ちは同じ名です。神々の名前を持っているなんてと思うかも知れませんが、パウロの弟子であるテトスはティトゥスという神様の名前で、後のローマ皇帝と同じ名です。そういう点では育ての親であるモルデカイについても言えます。おそらくマルドゥクという神様がいましたから、それと関係があるのでしょう。この二人の関係について、昔、西部中会の修養会でウルトラクイズを全員でしたことがありますが、最終質問は「モルデカイはエステルの伯父である−イエスかノーか」というものでありました。私は知らなかったのでイエスと答えてしまい、たった一人の牧師先生だけが正解となりました。なんとも情けない結果です。もう少し答えられても良かったのでしょうが、答えはノー、二人の関係は「従兄弟」です。ただ年齢は親子みたいなものでしょう。だからモルデカイはまるで親のように権威を持って接します。
エステルの本名は「ハダサ」だと2章7節に出て来ます。ヘブライ語で、実は「ミルトス」を意味します。芳香のある葉を持つ、星形の白い花をつけると辞書に出ていました。ヘブライの物語ですから、名前にも意味が持たされているはずで、主人公エステルの美しさ、可憐さ、かぐわしさが象徴されていると見ることが出来ます。少女と言っても良いこの可憐な女性が、最後には王を動かします。「王の命令は不変だ」という原則が、ワシュティの追放の所に出て来ていますが、本来取り消し不可である王の命令をどうキャンセルするのかという大変な問題にこれから直面することになります。そのために命を賭けたエステルでありますが、その姿を学んで行きたいと考えています。
おそらく読者は、王であるクセルクセスが、あまりに王らしくないことにがっかりするかも知れません。127もの州を治める王でありましたが、知っていることが僅かでしかありませんでした。現代はネットを駆使する情報戦に勝つことが必要なのですが、頂点にあることから自惚れやすいと分析されます。だから聖書が真の知識と同時に謙遜を取り上げるのは不思議なことではありません。権力は神への責任も同時に伴います。エステルは、どんな意味でも夫を操っているのではありません。しかし、正しい方向に行くように自ら祈り、皆にも祈ってもらい、使命を果たして行きます。この人には控えめな美しさがあるように思います。そしてユダヤ人全体を救い、プリムの祭りの起源となったのでした。弱い者なのに用いられる良い例がここにあります。弱さを理由に不信仰になってはいけないのです。