★2007年4〜6月の日記はこちらです↓★

6月29日(金) 「健診結果」
今月初旬に受けた”区民健診”の結果がきた。
おそるおそる... 三方の切りとり線をちぎり、通知の紙を開封した。
全項目「異常なし」を願いつつ...。
しかし、やはり今年も「要注意」の項目(印)が2つあった。
1)血色素が基準より低い→ 貧血。
2)総コレステロールが高い。(これは昔っから)

「あなたは『血清脂質,貧血』について注意が必要です」
というのが総合判定の文言。注意だからまだいいっか。
判定で「要医療」と出れば、即治療が必要である。

思えば一昨年、昨年と「中性脂肪が350前後」もあり、
その後内科で薬を処方された。
最近はもう薬を飲んでいない。なのに今年は「91」にまで下がっている。
やったあ! これでひとまず安心。
車で買物に行くのを極力控え、毎日少しずつ歩いて買いに行くように
しているせいか。野菜食べる量が増えたからか。
それにしても「350→91」とは極端だ。

「*印」こそなかったが。一つ「こ、これはどうなん?」と不安な数値を
見つけてしまった。
糖尿病の基準となる血糖値である。109以下が基準のところが127もある。
で、「糖尿病 血糖値」で検索して、あるサイトを見たところ、
正 常:170−109
予備軍:110−125
糖尿病:126 以上

とある。なぬー、どういうこっちゃ! 

続けて、「糖尿病 症状」で検索したところ、あるサイトに初期症状が載っていた。
1)のどが渇き、水分を多くとり、尿の回数がうんぬん・・・
2)体がだるく、疲れやすい。
3)食欲が異常に強くなる。
うぉぉ。どれも当てはまるっちゃ、当てはまるじゃないの。(特に最近、妙に食い意地が張ってる!)

なんだか恐ろしくなってきた。こういう自己診断ができてしまう今のネット環境って、
便利なようで、人を不安にさせる。
とにかく今度機会があったら、空腹時にきちんと採血してもらおう。

6月26日(火) 「懐かしい声」
突然電話が鳴った。受話器を取ると、
「ぴーっ ぴーっ FAXです 受話器を戻してください」の応答。
うんぐぁ〜 と唸る音とともに流れてきたのは、思いがけない人からの
手紙だった。
え、E子さん!
その瞬間― 私の頭ん中は、大学1回生の春にタイムスリップした。
(関西では「○年生」より、通常「○回生」と呼びます)

”E子さん”とは、私が大学に入学したときの4回(生)の先輩。
今思えば、たった年の差3つだが...(ex.40と43歳なんか変わらんでしょ)。
当時の3歳差は大きかった。1回生にとって4回生は、すっかりオトナの
女性に見えた。

思えば20年ほど前の話― 大学ではテニスサークル華盛りの頃。
私が1回生の春4月、各サークルでは比較的感じのいいイケメン君を前面に
出し、新入部員を勧誘していた。サークル同士、女子の取り合いだから、
それはそれは熱心だった。何度も家に電話してきたり、しつこいのもおった。
当時は学部ごとに名簿があり、住所・氏名・電話番号がばっちり載っていたので、
簡単に連絡先など入手できたわけだ。(今はどうなんだろ)

私は流行りものには見向きもせず(軟弱っぽくみえたし)。別に硬派をきどった
わけではないが、野球が好きなこともあって、応援団に入ろうかと迷っていた。
自分で団に問い合わせでもしたのだろうか・・・(その辺りは記憶なし)、
当時4回生で応援団チアリーダー部長のE子さんにお会いすることになった。

待ち合わせたのは・・・ 忘れもしない、今出川校舎と新町校舎の間にあった
「チルチル」(←ロゴはローマ字だった)というお店。女子学生に人気のランチ
スポットでもあった。
そこでE子さんにクラブの説明をしてもらい、勧誘を受けた。
おっとりした物腰のなか、時おり部長さんらしく芯の強さが伺えた。
今でも覚えている・・・フェミニンなブラウスの上にジージャンをさりげなく
羽織ったE子さん・・・ カッコよかった。
(アイスオーレor オーレを注文しておられたような気がする。その「オーレ」も
 18の小娘にとっては未知の領域だった・・・)

私もあと3年もすれば、このクラブで頑張れば、あんなふうになれるの
だろうか?と憧れた。
自信はなかったが、私は迷わず応援団にチアリーダー部に入った。
これも運命だ。仮に、最初に出会ったE子さんが感じの悪い人だったら、
応援団には入らなかっただろうし、その後の学生生活も、会社生活も・・・
大げさだと思われるだろうが、今の自分は全く違った生き方をしていただろう。
そういう意味で、私にとってE子さんは運命の人だ。
***
来年、私たちが4年間過ごした応援団が創立100周年を迎える。
今回、記念式典の幹事会の件で、E子さんがFAXをくださったのだ。
毎年年賀状だけで失礼していることもあり、予期せぬお手紙は嬉しかった。
そこに書いてあった携帯番号へ、すぐにかけてみると・・・
「ゆかりちゃん!」
大学生のお嬢さんがいるとは思えない、無邪気なかわいらしいお声は
変わってない。同時に、あのヒマワリのような笑顔が浮かぶ。
お手紙によれば、勉強にお仕事、趣味も多彩に活動されており、
「まだまだ青春でーす♪」。
E子さん、あんなにおっとり話されるのに、そのバイタリティたるや すごーい。
私も少しは見習わなきゃ。
電話の最後、「おおきに〜」 という優しい京都弁が耳に残った。
遅くとも来年夏までには再会できる・・・ その日が今から楽しみだ。


6月23日(土) 「寺岡呼人― てらおか・よひと (まるでテレビっこらむ)
・・・というミュージシャンの歌声を初めて聞いた。
昨夜のNHK「プレミアム10・ユーミンと歌いたい〜寺岡呼人 ゆず
桜井和寿
」。
これは2、3週間前にもBSで放送していた、寺岡さんが主催するライブ
「Golden Circle」の第10弾、彼が敬愛するユーミンをスペシャルゲストに
迎えたものだ。
寺岡呼人―という名前、前から気にはなっていた。数年前、矢野真紀が歌う
夜曲』を偶然車のラジオで聴いて、はまった。シングルCDまで買った。
クレジットに「詞/曲 寺岡呼人」とあった。 うーん、聞いたことあるっけ?
てな程度の認識。このときは「てらおか・よぶひと」と勝手に読んでいた。

今回、その「寺岡呼ぶ人」さんがテレビに出るらしい、ちょっくら見てみよう。
名曲『夜曲』を作ったお人だし...。
まず、BSでの放送をちらっと見た。ゆずの2人、ミスチル桜井は顔がわかる。
舞台の真ん中に立ってる、一人知らない男性・・・ これが、寺岡さんか。
元ジュンスカ(ジュンスカイ・ウォーカーズ)って聞いていたし、もっとロックっぽい人
かと思ったら(例えば忌野清志郎みたいな)、すごく真面目そうな青年じゃん。

同時にハッとした。知り合いに似ていたのだ。今、不治の病と闘っている友人
Oさんと。よって寺岡さん、初めて見るのにとても身近な人に感じた。
ネットで彼のことを少し調べてみたら、「てらおか・よひと」だった。
***
そして昨夜の「プレミアム10」。
ライブ映像のみだったBSの時と違って、寺岡さんのことや「Golden Circle」
の説明もあってわかりやすく、いい構成に仕上がっていた。
寺岡さんが14才のとき、ユーミンのライブで感動し、楽屋で出待ちをしたあげく、
ユーミンに投げキッスをした・・・なんてエピソードもほほえましい。

ラストに歌った『卒業写真』。
最後の「あなたは 私の 青春そのもの♪」というフレーズでは寺岡さん、感極まって
涙ぐんでるようにも見えた。(こっちまで ううっ...と感情移入)
ユーミンは言っていた、”寺岡さんはとても純粋な人”。うん、彼の歌声を聞いていても、
そんな気がする。独自にシャウトするミスチル桜井や、スカーッと歌うゆずのような
個性はない。どっちかといえば”ヘタウマ”の部類だが、気持ちはとても伝わってくる。
それは、友人Oと顔が似ているからだろうか?
私のなかで寺岡さんと友人がだぶり、贔屓目が発生しているのかもしれない。
どちらにしろ、もう少し「寺岡呼人」のことを知りたいと思った。

今朝、Oさんから久しぶりにメールが届いた。いったん退院し、自宅からメールの
返事を書いてくれたのだ。手が使えないので、たぶん長い長い時間をかけて
書いてくれたんだろう・・・。
すぐに返事を書いた。その最後に、
「昨日、あなたに似たミュージシャンが出てましたよ」。
今度お見舞いに行くときに、寺岡さん作『夜曲』のCDを持っていこう。
今の彼の心情にとても合う歌のような気がするから。

6月21日(木) 「エアコン、ピンチ」
あつう... 早くも足に汗疹が。これじゃ真夏が思いやられる。
今度引越しする時はぜーったい、西の角部屋は遠慮したい。
というのも今の部屋、西日がもろに入る。だから夕方5時以降から
が、さらに暑い。建物(壁)が暖まって冷めないのだ。

なので6時くらいから、どうにも我慢できなくてエアコンを入れること
が多い。昨日もそう・・・ 「あれっ」 リモコンが反応しない。
電池切れか?と単4のを2個入れ替えるが、やっぱりあかん。
今朝、三菱電機のHPから相談窓口を探し、修理担当に電話してみた。
(説明書はあるけど保証書はなく・・・なにせ13年も前に買った物)

三菱のおじさんはとても親切だった。おじさんの電話での指示どおり、
リモコンの電池を外してボタンを何度も押し、こもった電気を放電させて
から電池を入れ直したが・・・ やはりリモコンは壊れているようだ。
もうこんな古い機種のリモコンはないので、”共通リモコン”の品番を
教えてもらい、後でヨドバシに電話注文した。(3,500円なり〜)

エアコン、そろそろ替え時なんかも。三菱のおじさん曰く、
「10数年前の機種と今のとでは、電気代が全然違います」。
なるほどね〜 同じ三菱”霧ヶ峰”でも宮里藍ちゃんの「ムーブアイ」は
効率いいんや。電気代1/5以下だって? そそられるなあ。
だからといって、まだ壊れていないエアコン本体を買い換える気には
なれない。
今春はテレビも奮発して薄型にしたところだし・・・
とにかく、当分リモコンはないことだし(椅子を踏み台にすれば使えんことないが)、
できるだけ扇風機&自然風でがんばってみよう。

今週の「はなまる」ピーマン特集で岡江さんがちゃちゃっと作っていた
じゃこ和えピーマン」。刻んでさっと茹でたピーマンにじゃこ、
焼きめをつけた薄揚げを入れ、めんつゆで味付け。
超簡単、なかなかいけまする。

6月18日(月) 「ズーラシアは素晴らしい」

週末、取材でよこはま動物園 ズーラシアへ。(この写真は最寄のJR中山駅)
ただでさえ横浜は遠いのに。動物園のある場所は横浜市内とはいえども
横浜駅からさらに乗り換え→バスに乗り継ぎ・・・ 2時間以上かかるところ。

しかーし、はるばる行った甲斐はあった。
インタビューさせていただいた園長の増井光子さんは想像していたとおり、
素晴らしい方だった。上野動物園をはじめとする彼女のキャリアは輝かしい
ものがあるが、とても謙虚で穏やか、なんとも感じのいいお方。
70歳にして、ズーラシアと兵庫県立コウノトリの郷公園の園長を兼務されて
いるほどお元気で。コウノトリの不思議なエピソードをいろいろお聞かせいただいた。
(例えば・・・「ツルの恩返し」という昔話。実はツルではなくコウノトリ,という説が
 有力らしい。コウノトリは節目節目で人間に幸せをもたらしてきた鳥。昨年の
 皇室の話は有名ですね〜)

広大な敷地に恵まれたズーラシアは自然がいっぱいの動物園である。
レストランやお土産グッズにも力を入れていると伺ったので、帰りに立ち寄って
みた。
ちょうどお昼どきだったレストラン― 混んでいたので20分ほど並んだが、
スタッフ(店員)の接客がすばらしかった。これなら少々並んでも不満は出ないだろう。
席への誘導もスタッフが連携を取り合いながら手際よく。(セルフなので)食べた後
の食器を返すところまで、すべてのスタッフが気持ちいい応対。こんな店は珍しい。
味と値段もほぼ納得。こういう場所で全てのメニューが1,000円以下というのは嬉しい。
「安かろう、不味かろうじゃダメ。リピーターの方が多いので新メニューも取り入れる」
と増井園長が言っていたとおりだ。

なにせ30度の猛暑である。朝が早く、疲れ気味の私には、動物園見学はきつかった。
しかも一人・・・昼食後にドロップアウト、”近道”をひたすら歩いて退場ゲートへ。
実はズーラシアの人気者オカピを見に行きたかったのだが、
彼は園の一番遠い場所にいる・・・ 断念した。

退場ゲート近くのショップでお土産グッズを物色。
なるほど、センスいい。欲しいものがいっぱい!
オカピのぬいぐるみなんて、めちゃカワユイ。(買ってませんが...)
しかもどれも比較的安い。

入場料たった600円で、自然や動物がいっぱい(しかもここの動物園、臭くなーい)。
センスのよいお土産いっぱいでスタッフも感じよし・・・ 
「ここ、ディズニーランドより いいかも!」
とマジで思いながら、また長い道のりを帰っていった。

6月15日(金) 「ノックさん」
今日はえるこみで前から温めていた”横山ノック”ネタを取り上げた
ところ・・・意外と反響が多くてビックリ。『ノックは無用!』は長寿番組
だったしな。
彼がテレビに出てた頃、決していい印象ばかりじゃなかった。
司会にしても、「上岡の横でへらへら笑ってるだけやん!」と子供心に
感じたことも。でも今思えば、そういう役回りだったのだ。

子どもの頃、おでこに貼りついた前髪をくるんとさせ、
「ほら、ノックさんや」 と遊んだりしていた。ノックはそれだけお茶の間に
浸透していたということか。
その後は、自転車での選挙活動が印象的だった。政治家としての手腕なんて、
誰も期待していなかった。明るいキャラと知名度で大阪府知事に当選。

OL時代― 私はある時期、労組の委員をしていた関係で、大阪中央公会堂で
行われた政治集会に参加した。
そのラスト、ノック知事に花束を渡す役目を仰せつかった。
緊張した。一番前の席に陣取り、最後に壇上に上がって、ノックに花束を渡す・・・
その後、握手。
エロダコと、握手なんてしたくなかった。でも、花束贈呈後の握手はお決まりだ。

帰り道、同行した労組役員のオジサマから、
「もう、ゆかりちゃんとは口きかへん!」
と言われた。もちろん、冗談まじりで。ノックなんかと握手するなんて・・・という意味だ。
「政治家ノックなんて認めへん!」 という人は多かったのだ。
ナマ温かくやわらかい手の感触、今でも微かに覚えている。

6月11日(月) 「贅沢日和」

「贅沢って なんなんでしょー」
「たまには昼から飲むのもいいですね〜」 
平日のまっ昼間― ハセキョーを気取る、あまちゃん。(アサヒ「贅沢日和」のCM)
ここはマーサのお家ですよ、くつろぎ過ぎ〜!

6月7日(木) 「みょうが」
今日も暑い。さっぱりしたものが食べたくなる
朝、「きょうの料理プラス」(NHK)でみょうがの甘酢漬け
とてもおいしそうだったので、3ヶ入りパック×5つ買い込み、
つくってみる。

夕飯に一つ食べたが、うーんどうでしょ。まだ少し早すぎたかも。
みょうがはまだ開かないチューリップのよう。色も鮮やかで美しい。

6月3日(日)「クーリングオフ ”結局、なのだ〜 その2”」
銀行って、なんなんだ。長時間待たせる割には、お茶の一つも出ないし、
窓口は3時で終わるし・・・ 人さまのお金で儲けているというのに。(関係者の皆さん、ごめんなさーい)
そういえば会社員時代、生保の営業レディも苦手だった。
「にっこり笑顔で勧めてくる」なんて、「向こうが得だからに決まっている」気がして、
必要性を感じないこともあって、生保は断り続けた。今でも何も入っていない、
先のことなどわからないから・・・。
そんな私が「普通預金のまま置いておくなんて、今どきアホらしいで〜」
という家族や知人のすすめもあって、めずらしく銀行に行った。
***
朝10:30すぎに入店したが、随分待った。(本でも持ってくりゃよかったと反省)
ようやく呼ばれた窓口で... 記帳などを終えた後、ある1つの保険商品を勧められた。
勧められるまま、その場で申し込みをした。
とにかく面倒くさかったのだ。1時間近く待たされたこともあって、
「元本割れしないのであれば、いいっか...」 くらいに思っていた。

だが、申込手続きが進むにつれ、不安になってきた。
行員さん(若手+サポートでベテラン女性)が明らかに手続きの書類に
慣れてないようなのだ。
「めったに誰も加入しない商品なのかな・・・」 と不安になる。
極めつけは手続きの終盤になって、
「申し訳ございません、”5歳刻み”でした。お受け取りは55歳以降で・・・」
とベテランの女性が謝り、ひれ伏す。
5歳刻み?・・・なんのこっちゃ。おいおい、だいじょうぶかいな。
なんとなく信用できない,モヤモヤ〜としたものが増大してくる。
でも、流れを止める(手続きを中止する)勇気はなく・・・ そのまま手続きは進み、
粗品を押しつけられて (箱の中身を聞いて”風呂セット”は受け取らず、
ラップだけもらって) 銀行を後にした。
すでに入店してから3時間経過していた。ふー。(これじゃ、美容院と変わらんで〜)

***
家に帰ってからも、モヤモヤ・・・なーんか、引っかる。
何が引っかかるかって? 頭に浮かぶはベテラン女性行員の愛想笑い。
彼女が商品を間違って説明していたのはしょうがない。人間誰にでもミスはある。
そういう問題じゃなく、彼女とは肌が合わなかった。いい印象を持てなかった。
なーんか信用できない・・・だから、勧められた商品にまで「だいじょうぶか?」と
疑念を持ってしまった。金融商品といっても、しょせん「」なんだな。

翌日、私は銀行に契約撤回の電話をした。定型の様式はないようなので、
便箋に書いて投函した。
いわゆる”クーリングオフ”・・・初めてこの制度を使った。決していい気はしない。
とても申し訳ないことをした、軽率だった。お手を煩わせたな〜 と後味悪し。
まっ、こっちはお客さんなのだから、そこまで気を遣うことないのだけれど。

これって・・・
「つきあってくれる?」 と交際を申し込まれた異性に「はい」とOK したものの、
あとで冷静に考えると臆病になって、
「やっぱりゴメンナサイ。お友達のままで・・・」
とムゲに断る、あの気まずい感覚に似ていないだろうか。(経験は殆どないですが〜)
恋愛にクーリングオフなどあるわけないが―
「恋のクーリングオフ」
つんくがモー娘に書きそうな曲のタイトルではある。アア、我ながら つまらん。

(台北レポ) 台北にある国立故宮博物院
かつて蒋介石が北京・紫禁城の収蔵品をごっそり台湾に持ってきたため、
北京の故宮博物院よりいいモノいっぱい、見応えがある・・・と言われている。
最も有名な工芸品は「翠玉白菜」(ヒスイでできた白菜)と「肉形石」(豚の角煮)。
ルーブルでいえば「モナリザ」のような作品、人が群がってました。

6月2日(土) 「結局、なのだ」  
渋谷のデパートで夏用ジャケットを物色していた。
あるショップで先に目についたのは黒のレインコート。
「めずらしいよな〜 キャリアブランドの店にレインコートがあるなんて」。
トレンチ風だし、春先はコート代わりにもなっていいかも。
「喪にも使えますよ〜」
と店員さん。なるほど、重宝するがな・・・ 迷わず買うことに。
本来探していたジャケットも、イメージしていたものが同じ店内にあったので
試着してみた。
同じ黒でも ストライプor無地か。また、ぴったりフィットした7号or 9号か... で
迷っていたところ、店員さんは的確なアドバイスをしてくれた。
売るためなので当たり前だが、その感じがよかった。押しつけがましくない。
なので調子に乗って、2着まとめて購入することに。(>なんていい客だ!)

そのブランドの服を気に入って買った― というより、その人(店員さん)から
買った... という気がしている。たぶん別の店員さんなら、やめてただろう。
こういう服=人との出会いは、めったにないものである。
(余談 : 結局7号を購入。そこで一句、
     「太らんぞぉー 特に二の腕...と 誓う初夏」 )

もうすっかり思い出となったGWの台北・・・「台北牛乳大王」へ。

 カオリンおすすめの”パパイヤ牛乳”を注文。
 おばさんがミキサーで調合?して作ってくれる。

喉がからからに渇いたあまちゃん、コップによじ登るがうまく吸えず・・・

 座って落ち着いていただくことに。「非常ハオフー!」(とてもおいし〜)
 

5月31日(木) 「天丼の会」

先日、グルメな先輩・マーサに連れられ、台東区にある天丼屋へ。
三ノ輪駅から、とぼとぼ歩くこと10分あまり。遊郭で知られる吉原の近く
までくると・・・ 見えてきた見えてきた、趣のある伊勢屋さんの看板が。

ネットで調べてみたら、明治23年の創業らしい。
まだ開店前だというのに、すでに店内にはお客さんがいっぱい。
駅から遠いのでタクシーで乗りつけてくる人も多いようだ。
ここの天丼、ランクが「イ・ロ・ハ」に分かれている(よくある「松・竹・梅」ではなく)。
常連のマーサによれば、とにかくボリュームがあるらしい。なので、マーサと私は
一番軽めな(イ)を注文。若手ギャル2名は迷わず (ロ)を注文。 (+なめこ汁〜)

うおぉ、このボリューム。手前の()が1400円、向こうに見える()が1900円。
前々から噂に聞いていた天丼が目の前に! どんぶりからはみ出した天ぷら。
視覚的にも思いっきり食欲をそそる図である。むしゃぶりつくように駆け込んだ。
「全部食べきれるかしら?」 なんて当初の心配は何処へやら...。

「この天ぷら、色が黒めだね」 と思ったアナタは西のご出身? そうなんです、
関東の天ぷらはゴマ油で揚げるから、こんな色なのだ。(関西は色白さん,だもんね〜)
胃がもたれないように・・・ とマーサの勧めで「じゃこおろし」を箸休めに(写真右端)。
これがまた、さっぱりしておいしかった。
「余は満足じゃ」 と伊勢屋をあとに。その後、浅草方面へ歩き・・・

ここ、浅草駅前にある「神谷バー」へ。
非常に有名なので、前からとても気になっていた老舗だ。(またしても念願達成〜)

「バー」というからには・・・ 少し薄暗い、カウンターバーを勝手に想像していたが、
行ってビックリ。どっちかというと”昭和の大衆食堂” てな雰囲気。先に食券を
買ってから席につく。
私以外は皆いける口なので、ここの名物デンキブランを ちびちび飲んでいた。
ちびちび・・・というのも、アルコール度数が確か45度とかなのだ。
ジュースを飲んでいた私も、マーサからひと口頂く・・・ 「ピリピリっ!」
唇に電気が走った。
気取らない、いいお店・・・また是非立ち寄りたいなあ。
マーサのお父さまが昔行きつけだったという。親子2代渡って愛されるなんて、
やっぱりいいお店だ。帰りに売店でデンキブランを1ボトル、買い求めていたマーサ。
お父さまのお仏壇に供えるという。じーん・・・ きっと、とても喜ばれるだろう。


5月28日(月) 「舞台当日」 (長文につき、お暇なときにどうぞ)

  日中カラオケ、ある出場者の熱演風景。

ここ数ヶ月、「風邪っぽい」「これって花粉症?」程度で食い止めていたのに、
とうとう風邪をひいてしまった。喉にきてだるい。食欲があるのがまだ救いだ。
症状が出始めたのは一週間前― 日中カラオケ決勝大会当日の朝だ。
「頭イタ。なんでこんな日に限って、ブツブツ・・・」
なんとも憂鬱な気分で家を出た。

朝10:30に練馬のホール、楽屋入り。楽屋は男女、各一部屋ずつ。
当然のことながら部屋の壁際には鏡があり、お化粧できるようになっている。
昨年出場した人たちはなんとも慣れてる様子で、迷うことなく自分の居場所を
確保していた。私も隅っこの鏡の前に座った。
まもなく係の人から、リハーサルの説明が。
その後、リハに向けてドレスに着替える人あり、鏡に向かって念入りにメイクを
する人あり・・・ 家から衣装(Tシャツ)を着てきた私は手持ちぶさた。メイクも
これ以上しようがない。
鏡を見ると、なんとも冴えない自分がいる・・・ 風邪のせいか目が充血している。
だるさと緊張のせいで、他の出場者と雑談をしていても気がそぞろだった。(カメラ
を出す気力もゼロ...)

いよいよリハ。本番どおりの順番で舞台袖に控える段取りを抑えながら歌っていく。
23番中17番め・・・と遅めの私は、最初はずっと客席で出場者の歌を見守った。
「うぉぉ」 「ほほーっ!」
みな、うますぎ。誰一人ヘタな人なんていない。当たり前だ、決勝大会だもの。
圧倒されて・・・ 頭によけい血がのぼってきた。もう泣きそう、逃げ出したい気分。
しかし、そろそろリハの順番が。2つ前の人が歌う段になって舞台袖に待機。
がくがくがく・・・ まあ、どうにでもなれ。これはリハだから。
さて、いざ行かん〜 舞台の中央で「1,2、1・2・3・・・」とカウントを出し、歌い始めた。
なんとその日初めて声を出したが・・・ 胸が詰まって思うように声が出ない。
初めて使うマイクのかんじもつかめない・・・ と思ってる間に3分はあっという間、
リハは終わった。
「こりゃ、やばいで」
ICレコーダーで撮ったリハの歌声を聞いてみたら、テンポも速すぎるし、音はみごとに
はずれている。

持参したおにぎり一個の昼食後、ギター伴奏者としばし練習。
リハの時は焦っていて完全に忘れていたブレス(息継ぎ)を意識してやることを再確認。
それでも、決して安心はできない。「もし、本番で歌詞が飛んじゃったら、どうする?」
と常に最悪のことを考えるのが、私の悪い癖なのだ。
これは仕事でもないし、失敗しようが誰に迷惑をかけるわけでもない。
気楽に楽しめばいいのに・・・ 「ええかっこしい」の私が、そうはさせないのである。

2時開演。出番はだいぶ先なので、とりあえず客席で観ることに。
関係者の挨拶が長い、長すぎる。最初の数名だけ聞いて、あとは声を出しに行こうと決めた。
楽屋に行く途中、この日のゲストで司会もしていたaminさんにばったり。
「こんにちは。きょう、aminさんの歌をうたう者です」 と挨拶すると、
「がんばってください〜」
aminさんは優しく微笑んでくれた。が、よけいに緊張してきた。
よくプロの歌手が・・・例えば和田アキ子なんかが「今でも本番前は緊張してふるえる」
というのを聞くが。いつも、こんな感じなんだろうか?

その後2回ほど、楽屋近くで声を出す練習をし、いざ舞台袖へ。
またまたaminさんに遭遇。
「もう緊張してダメです・・・」 と泣きついた私に、aminさんはこう言った。
ここが自分の家だと思って歌えばいいんです
そっか。いつも練習していた自分の部屋・・・あの時の感覚で歌えばいいんだ。
少しだけ気が楽になった。(でも、足はがくがく〜)

して本番。舞台に飛び出し、
「大家好! 准べい好了ま?」 (みなさんこんにちは、準備はいいかい?)
と観客に呼びかけたところで少し笑いをつかみ、ホッ・・・そのまま歌に入っていった。
とにかく無我夢中で歌った。まあなんとか、いつもどおりに。
さいわい、歌詞は自然と出てきた。
いざ舞台に立つと、緊張もどこかへ飛んでしまう。なぜなら、舞台上から客席は
まったく目に入らない。スポットライトに照らされて、何も見えないのだ。
目くらましのような、眩しくて熱いスポットライトの光・・・ これは悪くない、
結構気持ちのいいものだった。
都はるみが「普通のおばさん」に戻りたいと言いつつ、再びステージに戻ってきたのも
わかる気がするな。(>なんのこっちゃ〜)

でも、やっぱりプロの歌手はすごい。いつも体調を整えて、毎回ベストの歌を
聞かせるって、当たり前のようで大変なこと。紅白歌合戦なんて、とんでもなく
緊張するんじゃないかな。
自分の出番が終わって、ようやく本来の精神状態を取り戻したワタクシ。
趣味で自ら参加した大会なのに、”楽しむ♪”余裕がなかったのは情けなか〜。
そして、関係ないと思っていた表彰式・・・。

  表彰式の際、舞台上から客席を写す。(出番終われば余裕のよっちゃん)

万が一、何か賞にひっかかる?とすれば下手な振付とチープな衣装で
表演賞か・・・ と思ったが、表演賞には呼ばれず。
「もう終わったなー」 と諦めていたら、
「17番の、高橋なにがしさん・・・」 思いがけず、歌唱賞なるものを頂いてしまった。
歌唱賞?・・・なんでやろ。首を何度も傾げた。
一週間経った今でも、「夢やったん?」 と頬をつねっております。

    優勝者へ、aminさんからトロフィーが。

先日、新聞に高見のっぽさんの記事が出ていた。
彼はカナヅチだったのに、50を過ぎてから水泳を始め、マスターズに出場、
世界14位になったという。素晴らしい。
次元は違うが・・・ 私は中学の頃、音楽の歌のテストで大失敗し(声が全く出ず!)、
いじわるな男子にからかわれて大いに傷ついたことがある。
そのため高校でも音楽は(好きなのに)避けて書道を選び、カラオケがブームに
なりかけた頃も憂鬱でたまらなかった。
それくらい、「人前で歌うなんてとんでもない!」と思っていた私が、
今回なんとか3分間歌い切れたことは一つの自信だ。
のっぽさんに見習って...。年齢は関係ない、これからも苦手なことを一つずつ
クリアしていくのもいい。

5月25日(金) 「ダビッド・ビスバル来日」
最近、ヒロミ・ゴー(郷ひろみ)がよくテレビに出ている。
新曲「Boom Boom Boom」のプロモーションのためだ。これまた彼お得意の
カバー曲。その原曲を歌うのはスペインの人気歌手、ダビッド・ビスパル。
神戸の友人が彼の公式ファンクラブ代表をしていることもあり、昨日私も成田へ。
スターの出迎えで空港に行くなんて初めてだ。
第1ターミナルの南ウイング到着口。最初はちらほら数名だったファンが、
徐々に増えはじめる。
そしてついに・・・ ダビ(彼の愛称)があらわれた!

いきなり抱きつくファンたち。嫌な顔一つせず、愛嬌を振りまくダビ。(さすがラテン系)
同じ頃、北ウイングには韓流スターのピ(Rain)が来日したとか。そちらは、
すごいことになってそうだ。
ダビのファンは20名前後。熱烈ファンはハグしたり、サインをねだったり・・・
ちょうどいい人数だったようです。

  「この日を前に眠れなかった」というファンたち。もう夢見ごこち!

とうのワタシは・・・ いたって冷静(=好みじゃないだけ)、写真係に徹しておりました。
彼に興味のある方は、週明け月曜の「笑っていいとも」(出演)をご覧ください。

5月23日(水) 「一生忘れない歌」
ああ... コンクールはもう終わったというのに、いまだ課題曲だったaminさんの
Ru-Guo 如果」(←ここで試聴できます) が口をついて出る。
近所を歩いていても、車の運転していても、他の鼻歌は出てこず・・・
この曲ばかり歌ってしまう。

 カラオケコンクール決勝大会 aminさんと最優秀受賞者

先月の今頃は、まだ歌詞を覚えるのに必死だった。
一般的に”中国歌”というのは、「歌詞が1番だけ (以下くりかえし〜)」ってのが
多いなか。この「如果」に限っては、2番にも違う歌詞があり、おまけにCメロの
歌詞まであった。
予選の時は 「こりゃ無理だわさ〜」と、ズルして1番だけ覚えて(2番は繰り返して)
臨んだ。で、まさかの合格・・・
「こりゃ、全部覚えるしかない。ゲストで来られるaminさんにも失礼だ!」
と必死こいて覚えた。買物へ行く道すがら、風呂の中でも・・・。

実は予選の3日後、主催者側から、
「発音、もう少し勉強できませんか?」
と電話があった。おそらく私の歌は中国語に聞こえなかったのだ。
そこで中国語の先生に、ちょこっと発音指導をしてもらった。
いざ歌い始めると、なかなか発音まで神経が行かないが、
せめてポイントだけは押さえようとがんばった。
ここ何週間・・・部屋の窓を締め切り、一人夕飯前とかに練習した。
本家ホンモトaminさんの発音,ブレスをCDで確認し、最初は完全コピーを
目指した。

大会が終わってからも鼻歌で出てくる。これだけ何度も歌っても、この曲が
イヤにならないなんてすごい。どんなにいい歌でも、普通飽きるのに。
それだけ、いい曲ってこと― よくできた歌なんだろな。

昨年”ワン・リーホン王子”を薦めてくれたカオリンが、お祝いメールをくれた。
その中にこんなくだりが。
その歌詞は一生忘れない宝物の中国語たちですよ」
ほんと、ほんとにそうだ。
歌詞カードから歌詞を写して、発音と意味を辞書で調べて、聴いて歌って
覚えこんだ「aminさん作」のステキな歌詞・・・
きっと、一生忘れられないだろう。
(あー、肝心の大会当日のレポートが書けなかったよ。また次回へ〜。
 aminさんのブログ・5/20付では、私めのことにちらと触れておられます
 〜おほほ > この、うれしがりめ!)

5月21日(月) 「人生初のトロフィー」
昨日はいよいよ日中カラオケコンクール決勝大会に出場。
初めての大きな舞台― いやあ、ドキドキもんでした。
とりあえず、ステージのイメージ写真を・・・

おおっ、ギターの弾き語りがサマになってる!
実はこれは私ではなく・・・ この日のスペシャルゲスト、aminさんの
ライブの模様。(カッコいいはず〜)
詳細は後日...。 でも今日だけは、一つ自慢させてください。

じゃーん。トロフィーを頂いてしまいました。これこそ「シンジラレナーイ」。
昨日のできごとは夢? かと思ったら、今朝起きたらやはりトロフィーと
賞状がそこにある。 神様のご褒美かなあ...。
よく見るとこのトロフィー(上のところ)、男性が右手でマイク持って歌っている
フィギュアが。気持ちよさそ〜な歌いっぷり・・・ なかなか凝ってます。

5月19日(土) 「台湾のひと」

台北に3日もいると、見るところもなくなり・・・ 学生街が好きなので
台湾大学へ。(大学正門)

椰子の木がいかにも南国らしい。広々としたキャンパス、気持ちいい。

おっと、”ミス台湾大学” 発見!
「振り向かないで〜 台湾のひと♪」 (>古すぎ〜 エメロンシャンプーCM)

大学近くの牛肉麺チェーン店でランチ。
春雨の麺に、トッピングはまんまる厚揚げ。ハオチーどした。

5月18日(金) 「あやしい看板」
今日のえるこみに書いた、台北の街で見かけた”松山ケンイチ”君は
こちら。

映画『デスノート』のキャラ、そのまんまですな。
巷では「ジェイ・チョウに似てる」 という噂もあるらしい。
お次は・・・ あるブティックの看板。

「Trend goods shop 美帝屋」
モテモテグッズの店?・・・こういう感覚、理解できましぇーん。
(いや、探せば日本にもあるっか...)

5月17日(木) 「台湾アーティスト」

これは先日、台北で仕入れてきたCDのジャケット写真、
孫燕姿”という女性歌手のアルバム『逆光 〜against the Light』。
ホテルのテレビで、たまたま彼女の演唱会(コンサート)の模様が
流れていたので、なんとなーく見ていた。
その衣装や髪型から、「アイドル系ではないな」 とすぐわかった。
すらりとしたモデル系の容姿・・・伊東美咲のような、とよた真帆にも似た
クール系美人。ぜんぜん中華っぽくない。
歌声もクールで個性的。最初は「あんまり上手くないなー」と思ったが、
何曲も聴くうちに「悪くない」と思えてきた。

翌日CD屋に立ち寄ったとき、新譜コーナーでこれを見つけた。
「あっ、昨日の歌手やん」
なんとなく無視できず・・・ 自分へのお土産に、と買って帰った。
帰国して聴いてみると― これがなかなかええのだ。コンサートでやって
いた曲がいっぱい入っている。そうか、このアルバムのツアーだったんだ。
どの曲もいい。ポップな曲、せつないバラード、中島みゆきっぽいのもあり・・・
めずらしくハズレがないアルバムだ。

調べてみると、彼女はシンガポール出身。うん、そんな感じするする。(←ほんまかいな)
日本の倉木麻衣と共演(デュエット)したことがあるらしい。
そういえば、ちょっとだけ曲や声の雰囲気が似てるかも。
ってことは・・・ 倉木麻衣も同じくらい真剣に聴けば、好きになるんだろうか??
うーむ、あちらはどうしても興味が沸きませんなぁ。

若者の街・西門で見かけた、台湾が生んだ大スター”ジェイ・チョウ”さまの看板。
(モトローラー社の広告かな...)

5月15日(火) 「思いがけぬ再会」
とんぼ帰りとはいえ、関西へ帰るとホッとする。
車窓から見える風景、子どもの頃から親しんだ阪急電車の小豆色の車両・・・
そして、最近決まって立ち寄る店がある。
例えば、新大阪駅で小腹が空いているときには駅構内の「浪花うどん」へ。

     今回は「にしんそば」
立ち食いうどん屋ですすっていると、つくづく自分が”小市民”(=庶民)だな〜
と感じる。こういうのが結構楽しかったりする。(さすがに女性客は少ない)

大阪・梅田はパラダイスな街だ。東京に来て丸3年になるというのに、
いまだに梅田以上に自分に合った、便利な街が見つからない。
「梅田阪急」(←有楽町阪急より断然イイ!)で用事を済ませ、会社帰りによく
立ち寄った阪急百貨店横の「宝塚ホテル」直営のケーキ店でパンを買って
立ち去ろうとしたとき・・・ 隣で買物をしているご夫人の声に「あれ!」と
思わず足が止まった。
聞き覚えのある麗しい声― 「吉田アナだ、吉田先生だ!」
勇気を出して声をかけてみた。
「失礼ですが、吉田先生でいらっしゃいますか?MBSにいらっしゃった・・・」

かれこれ15年も前のこと。
会社帰り、アナウンスの学校に通っていた時代があった。
そのとき講師としてお世話になったのが、吉田智子先生(アナウンサー)。
MBSでは長年、「皇室アルバム」を担当されていた。
先生には特別な思い出がある。当時「転職しようか?」と本気で悩んでいたので、
講座が終わった後、何度か先生にご相談したことがあった。
ホテルのロビーでお茶を飲みながら・・・ 夜遅い時間だというのに、
先生は真剣に聞いて、アドバイスしてくださった。

私が名前を名乗ると、「ああ、思い出してきたわ。お久しぶりね」
と、私のことを思い出してくださった先生。たまたま帰省し、たまたま入ったお店で
15年ぶりの再会― すごい偶然だ。思わず、名刺交換。
先生はとてもお元気で、定年後も大学で教えたり、朗読やかたりの舞台を
務められたり・・・とご活躍。
この再会も何かのご縁。先生のHPには毎日とても興味深いコラムが。
今日の内容(筑紫哲也さんのこと)にも「なるほど!」と唸らされた。
私が毎日書いているTVコラムとは次元が違うぞ〜。それに”話すプロ”の方は
文章もお上手...。
よし、これからもいろいろと勉強させていただこう。

5月14日(月) 「幻の映画出演」 〜おまけで ”台北101”
週末、所用で大阪へ。
中途半端な時間帯のせいか、新幹線は空(す)いていた。
ふと通路の向こうの座席に目をやると― あら、見覚えのある
お顔〜 なんと映画監督の山田ヨージさんだった。
「おひさしぶりです」
そっと会釈・・・ なんてするわけがない。
映画界の巨匠=有名人のプライベイトを邪魔するわけにはいかない,,
と言いつつ、妙に’左側’が気になった。たま〜に、見て見ぬふり。
なにせ、監督と私の間には遮るものがない。あるのは通路と空席だけ。
ゆえに、私は勝手に緊張した。
なんでかって?・・・ ひょっとすると、ひょっとしたらだよ。
山田監督の次回作(例えば『武士の一分U』とか) の糟糠の妻の
イメージに「貴女はぴったりです」 って、スカウトされるかもしれん
でしょ。第二、第三の檀れいをお探しかもしれず・・・(>バキッ!)。

結局、監督は予想通り京都駅(撮影所?)で降りられた。
私めに声をかけることもなく・・・。(>まだ言うとる)

監督のすぐ後ろの席で、サラリーマン風のおやじ2名が
「寅さん映画がどうのこうの〜」 とわざとらしく映画談義をしていた。
やはり監督に気づいてのことだろう。聞こえよがしに・・・ちょっとうざかった。

台北にある、世界一高い建物「台北101」。ここの展望台に上ると・・・

おぉー、高い高い。東京タワーも上ったことないボク。足ががくがく。

でも面白い。道路も車も、街のすべてがミニチュアに見えました。
 (黄色いのは全部タクシーです)

5月10日(木) 「バイク天国」 〜台北レポート

台北の街で最もたまげたのが、バイクの多さだ。
中国の自転車はあまりにも有名だが、台湾はバイク(たぶん原付)が
ブンブン、ブブン・・・車道で幅をきかせている。
信号が赤になると、バイクの停止線が車より前なのか、
暴走族のように,ゴキブリが集まるようにするする〜っと
バイクが先頭に群れをなす。

そしてこのバイク族、マスクをしている人が多い。
日本のような白い無地のマスクはなく、たいてい柄物。猫の顔が
書いてあるのも発見。
日本で「ラッタッター」などの原付バイクが流行ったのは20年前。
しかし、こんなにひどくはなかったぞ。

・・・かめーんライダー、ライダー ライダー♪(右のお兄さん、猫ライダー?)

5月9日(水) 「台湾のCM事情」 (えるこみ拡大版)
フランスの大統領選挙はサルコジさんが勝利。個人的には「福祉を充実させる」
と主張していたロワイヤルさんを応援していたので、残念どした。
猿コジ... おっと失礼、サルコジさんを見ているとゴクミ(後藤久美子)の夫、
ジャン・アレジを思い出す。ちょっと似てへん?たんに同じフランス人ってだけか。
シラク大統領は親日家だったのに、猿コジは日本の相撲がお嫌いだとか...。
***
さて、台北レポートといきましょう。
ホテルの部屋に入ると、例によってすぐにテレビをつけるワタクシ。
ニュースやドラマもなんとなく見てたが、驚いたのはCM
ななんと、日本製品のオンパレードなのだ。
例をあげると― YAMAHA(バイク)、シャープ(アクオス)、三洋、セコム、DHC、
オルビス、キリンビール、セブンイレブン、強力わかもと〜なんてのも。
全編日本語ゼリフのCMもいくつかあった。さすが親日国家! あらためて、
「台湾は日本企業にとって、大きなマーケットなんだ」 と認識した次第。
日本以外の外国製品では― エイボン、オレオ(ビスケット)、ネスカフェ、ケンタッキー、
IKEA・・・etc。 日本も似たようなもんか。とにかく外国製品のCMが多かった。

で、自国製品となると― やたら多いのが薬品関係のCM。
(これは以前、中国本土のテレビでも感じました)
一般的なお薬以外にも、栄養剤、目や筋肉に良さげな薬(飲む薬、塗る薬)etc・・・
どこまで漢方薬なのかはわからんが、色々。これもお国柄でしょうか。
どのCMも日本と変わらない雰囲気、じゅうぶん洗練されてました。

ただ、テレビ観てたのが深夜の時間帯が多かったので、必ずしもこの傾向が
正しいとは言い切れないかも...。
ほかに台湾企業のCMというと― 生活用品(シャンプー、はぶらし、下着、オムツ)、
食料品(お茶、ジュース、しょうゆ、ワインなど)。
あと台湾市民の足であるバイク(”Cherry”っていう原付)、電話会社、生保、
銀行も少々。ホテル近くの交差点には、こんな↓看板がありました。

大リーグヤンキースで昨季19勝をあげた王建民。
「われ 信頼する 玉山」 ・・・銀行の広告だっす。

  マクドの看板。これもたぶん、同じ人?

5月8日(火) 「おさんどん」
GWが終わって、せいせいしている主婦は多いだろう。
この連休中・・・ 私はあらためて世の主婦たちを尊敬した。
普段ひとりの日も多いため、御飯作りがお気楽なワタクシ...。
しかーし。台湾から帰国後は、毎日3食きちんと・・・いわゆる”おさんどん”
に追われる生活。当たり前っちゃ、当たり前なのだが、
「旅行で外食続き→おまけに普段テキトー」なため、きつかったのだ。
なさけな・・・。

連休のある日のこと。まだ全然腹も空かないが、夕飯の買い出しに行った。
何もメニュー思いつかんし、簡単に済ませたいな〜 と思っていたら、
以前たしか「はなまる」で枝元なほみさんが紹介していた”焼鳥のサラダ”
を思い出し、「よっしゃ、これにしよ!」と決めた。
さいわい、スーパーではこの日焼鳥が特売で1串35円。タレでなく、塩(←ここが
ポイント)のを数本買った。
あとはレタスやアスパラ等々の野菜に、塩の焼き鳥をほぐして加え、
塩コショウ+ごま油であえて出来上がり。なかなか、いけまするぞ。

台湾では日本映画が大流行り。「タイトル、変わってるがな」

5月5日(土) 「タピオカにやみつき」 〜台北レポート
大阪・吹田 エキスポランドのジェットコースター”風神雷神U”で
死亡事故が起きた。おそろしい。あの花博から移設してきたやつか。
エキスポランドは遠足や職場レクでも行った、とても馴染みのある場所。
風神雷神にも一度乗ったような気がする。あ〜 想像しただけでも怖い...。
もう2度と、ああいう乗り物には乗りたくない!
***

初めての台湾で、一番気に入ったのは意外にも”飲み物”だった―

写真(メニュー看板)の下から3番目にある「珍珠乃茶」 (少し字が違うけど)。
”ブラックミルクティーwithQQ” とあるように、たぶんQQがタピオカのこと
なんだろな。

注文してから作るのに結構時間がかかる。ちゃんとしたお茶屋さんだから、
丁寧に作っている模様...。

(写真はないですが〜)出来上がったお茶は紙コップに入っていたので、
タピオカは見えない。蓋もしてあるし。
「もしや、タピオカ入ってへんのと ちゃうー?」 と しばし不安になったが、
太いストローで吸うと・・・
どくどく、ちゅるちゅる...っと、タピオカが口に入ってきた。なんともいえない感触。
噛むともちもち、タピオカはとってもハオチー。
結局滞在中、3回も食べたわいな。(日本でも売ったらええのに)

5月3日(木) 「タイペイ帰りです」
しばしご無沙汰しましたが― 昨日まで台湾へ行っとりました。
台湾といっても台北だけ。例によって、ハオチーなものをいっぱい
食べてきました。
台湾は日本と変わらないくらい都会。日本語も通じるし、どこか不思議な国... 
詳細はまた後日。

 
    台湾ビールと ショウロンポウetc.

4月28日(土) 「竹久夢二の恋文」

先日、二胡奏者(ワン・シャオフォンさん)の取材場所だった目白のギャラリーで、
たまたまふらりと立ち寄られた御婦人を紹介された。
笠井千代さん― ”千代さん”というだけあって(作家の故・宇野千代っぽい?)、
もう86歳だというのにとても可愛く、オシャレな方。
そのとき千代さんに「どうぞ」と勧められたのが、中央区の施設で行われていた
展覧会「”夢二”永遠の女(ひと)― 笠井彦乃」。
聞けば”彦乃さん”は、千代さんの”腹違いの姉”。その姉さんがかつて、あの有名な
画家・竹久夢二の恋人だったという。
夢二の作品展ならよくあるが、その愛人に焦点を当てたという切り口は
珍しいし、ちょっと面白そう・・・ 翌週、仕事の帰りに覗いてみた。

親の反対で結婚はできなかったが...。彦乃さんは竹久夢二の最良の伴侶であり、
彼の絵や生き方に影響を及ぼした女性だといわれている。
展覧会では 彦乃さんが書いた絵と、25歳という短い生涯が紹介されていた。
同時に、夢二関連のものも多くあった。なかでも、彦乃宛てに書かれた
”夢二のラブレター”は衝撃的だった。
とても熱烈で、思いが溢れていて・・・思わず熟読。(さすが、ロマンチストだ)
具体的な言葉は覚えていないが、もし覚えていたとしてもここには書けない、
恥ずかしくて。
うん、彼が詠んだ歌ならここにも書ける。(彦乃と出会った頃の思い出の歌)
なつかしき娘とばかり思ひしを いつか哀しき恋人となる  竹久夢二『山へよする』より

夢二がこの世を去って70年余年。自分の死後、恋文が一般大衆に読まれている
なんて夢二が知ったらどう思うだろう? 何も思わんか、芸術家だし。

4月25日(水) 「合格通知」

まさかの合格、サクラ咲く・・・?
4/10の日記で 「日中カラオケコンクールの予選のため、大久保くんだりまで
行った」 と書いたが―。
2週間余り経ってようやく予選の結果が。ななんと、予選通過してしまったのだ。
「まさかっ。すごーい、嬉し〜!」 と同時に、
「こりゃ まずいことになったな...」。
というのも・・・ 去年はじめて見に行ったこの決勝大会。
みんなすごーく上手かったし(特に中国人はプロ並み)、舞台で堂々としていた。
なので、過度に緊張しぃ〜のこの私が、一体あんな舞台(in東京国際フォーラム,
っていうのはウソで・・・練馬文化センター小ホール)で歌えるのだろうか〜自信ナシ。

まあ、こんなこと一生に一度やろうから、思いっきり楽しむしかない。
失敗しようが、誰に迷惑かけるわけでもなし。恥かくのは自分だけさ。
とにかくまだまだ先なので、極力当日のことは考えずに・・・ ぼちぼち練習しよ。

合格通知(上写真)によると、決勝大会の審査対象は、
「歌唱力、表現力、中国語の発音、衣装、表演力 などを総合的に判断いたします〜」
とある。表現力と表演力は、どない違うんや? ようわかりませんな。
本当は、こんなところに書かず、ひっそり当日を迎えたいところだが...。
昨年の大会の様子じゃ、会場の盛り上がりも審査に大いに影響していたようなので、
当日お暇な方は、”拉拉隊”(la-la-dui=応援団)として会場へお越しください。

4月21日(土) 「阪神の奇跡」
昨日はちょっとブルーな日だった。
朝から苦手な「取材のテープ起こし」をしていたのだが、
最近使い始めたICレコーダーなる機械の操作(フォルダの設定?)を
誤ったため、取材の途中で録音が終わっていたのだ。あちゃ〜
インタビュー中は話を聞くことに専念するため、書き取りはまったくしない私。
なんとなく話の内容は覚えていても、言葉じりなどはまったく・・・。
しょうがない。前半の内容を中心に記事をまとめていこ・・・と、
記事をほぼ書き上げたら、もう夕刻。
ひょいと台所の流しを見ると、まだ昼ごはんの片付けもしてない。
夜の食材もない。あー、くさくさした気分。
でもそろそろ、出かけないと。こんな時、車に乗るのって危険だな〜と思う。

そんなブルーな私をなぐさめてくれたものが3つ
まずは・・・ 見上げた空にあった、薄っぺらーい三日月
折れそうな、ワタシ好みの薄さ。しかも、すぐ隣に星がぽつんと1つ。かわいい。

次に、中国語の先生のとろけそうな笑顔
昨夜は振替えで行ったので、いつも習っている先生の旦那さんの方だった。
ほんとこの人、怒ることないんだろなーってくらい、ずっとにこやか。こっちまで
癒されましたワ。 (奥さま曰く、ほんとに優しい人らしい。でも、面白くない...と
不満も漏らしていた。いいじゃん、あんまり面白いと女性にモテて心配だし〜 なんのこっちゃ)

最後が極めつけ・・・ 帰ってテレビで見たT-G戦、阪神・奇跡の逆転劇
延長で3点も取られて「もうアカンな」と家路に急いだ甲子園のファンはどれほど
後悔しただろう。
テイクアウトした”とんかつ”食べながら見てたのが、良かったんかな?
しかもサヨナラ安打が、プロ7年目で初ヒット!狩野(かのう)選手。感動した、
涙が出そうになった。
彼、いい顔してた。仲間が記念ボールを外野まで取りに行ってくれたのもよかった。
相手が巨人というのも気分がいい・・・おかげで取材のことも忘れて眠ることが
できた。
さーて、気を取り直して今から仕上げるとするか。

4月19日(木) 「上海音楽院」
昨夜、何がムカついたかというと。巨人ー広島戦のテレビ中継、
9回表 2死、「カープ前田さんがホームランを打てば同点かぁ!?」という
いい場面で、「それではこの辺で〜」と中継がぶちっと終了。
「ここで切れるんなら、最初から放送すんなよ!」
となるわけだ。延長しなくなった野球中継、それだけ人気がないのかな。
(結局前田は凡退してカープは負けました・・・)
***
さて、今日はお蔵入りしていた写真を引っ張りだしてきました〜。
えるこみコラム」に書いた”谷村チンペイ教授”が月に一週間ほど勤務する
上海の国立音大「上海音楽院」へ、昨秋散歩がてら行ってきたもので...。

   上海の街中にある「上海音楽院」。
   国立だけあって立派。改装工事中でした。

たしか訪ねたのは日曜日。締まってるかと思ったが、子供向けの講座が
ちょうど終わったようで 結構賑わってました。
例によって、ここでトイレをお借りしましたが、隣に入っていた幼子が
「らーらーらーらー」 とクラシックのメロディ(第九の有名なフレーズ)を
口ずさんでました。未来のヨーヨーマか。(←それしか知らんて?)

4月17日(火) 「生保のこと」
昨日から天気悪し、寒し... ぜーんぜんOK,雨でもいい。
というのも最近花粉(たぶん檜)が鼻にきて、かなり辛かったから。
友人のマーサも同じことを言っていた、なんか体がだる〜いと。
もう花粉は終わった!と油断していたのがいけなかったんかも、
テレビの天気じゃ「花粉情報」はとうに終わり、「紫外線情報」だもんね。
***
今日は「えるこみコラム」で生保会社のことを悪者にしちゃった。
すまーん、生保に勤める皆さま(&夫が生保にいる皆さんも)。
気を悪くせんで・・・もうしたか。

昨日、池田晶子さん(今年2月に死去)の著書「41歳からの哲学」を
読み始めていたら、 (なんかすごいよ、この人。かなり圧倒されてます...)
たまたま”生命保険”について書いたくだりがあった。一部抜粋。

「生命保険という思想、あれはいったい何なのだろう。
 そも”保険”というものの考え方が、いつ頃成立したのか知らないが、
 実に深く人性*に根ざしたものであると思う。
 人生には、いろんなことが起きる。先のことは、わからない。
 ”先のことはわからないのだから、心配しない” というのと、
 ”先のことはわからないのだから、心配だ” というのと。(略)」
*人性=人間のもっている自然の性質。)
で、著者は完全に前者だという、「先のことはわからないから、心配しない」派。
私はどっちかというと心配・・・ だけんど、生命保険には入ってない。

会社員時代、さんざん生保外交員の勧誘を受けた。
ばらの飴玉、ガムにはじまって、占い(その日のバイオリズムとかなんとか)、
誕生日のプレゼント、そして標的となったその日にゃあ、私の人生設計を
プランニングしてくれた。だが、私はいっこうに興味を示さなかった。
それよりも、昼休みを潰されるのが嫌だった。
「アンタ、なんも入ってへんの? 若いうちに入院保険くらい入っておいたら?」
と近しい人に言われたりして、しばし揺れはしたが・・・
結局面倒くさくて、入らなかった。

社会に出て、今年で20年。相変わらず、生活設計とは縁のない人生を送っている。
さいわい、入院は親知らず抜歯の1泊のみ。今のところ保険は「なくてもあんしん」
てな具合だ。守るものがないから、こんなにお気楽なんだろうな〜。

  ボクを守ってたもれ〜

4月15日(日) 「二胡奏者」

先日インタビューさせていただいた胡弓奏者、正しくは”二胡”奏者の
王霄峰(ワン・シャオフォン)さん。
にこやかな笑顔そのまんま〜 の素敵な、カワイイ(失礼!)方でした。

彼は北京出身。中国の方にインタビューするのは初めてだったので、
ちょっと嬉しい私...。お会いした瞬間、覚えた中国語をほんの少し話すと、
「不錯、不錯。」(ぶ-つお= いいですね)
と誉めてくれた。
来日20年で日本語はぺらぺら。なんの心配もなく インタビューは進む。
彼が日本で二胡奏者として活躍するまでの話が中心だ。

しかし、私の関心はいつも本題とは別のところに向かってしまう。
お話の途中で、王さんのマネージャー(日本人女性)が、実は奥さまである
ことが判明し、ビーックリ。その日の取材場所を電話で丁寧に教えてくださったり、
とても感じのいい方だったのだ。
王さんは奥さんのことを、
「ありがたい。こんな私にもったいない人」
と照れもなく言う。
そして奥さんは今でも家で王さんのCDを聴くと、自然と涙が出てくるらしい。
別に、王さんの(二胡の)ファンで知り合ったのではない。王さんが千葉で
ホテルマンとして働いていたとき、度々宿泊客として来ていたのが奥さん
だったそうな。
「やさしい人なんです」 と、のろける王さん。ごちそうさん!
「日本人の男性で、そんなの聞いたことないです」
と私が言ったら、王さんは
「きっと心のなかじゃ思ってますよ、口にしないだけで」
「いえいえ、そんなことはないと思いますよぉ」。
ああ、完全に・・・ インタビューの話とはそれていた。
***
「日中関係」について質問すると、先日えるこみに書いたようなことを
語ってくれた。なんとオトナな考えだ、目からウロコが落ちた。

でも失礼な話・・・ 彼の二胡の調べを一度も聞いたことがないのに、
インタビューしてしまった私。あまりにも急だったせいだ。
「ぜひ今度、コンサートへ行こう。奥さまが涙するという感動の音色を
 聴きに・・・」
と、編集部の方と約束をした。

取材から家に戻ると、カバン(紙袋)の中にこんなモノが。
取材場所に訪れた王さんの坊ちゃんが遊んでいたのが入ったのだろう。
もらっとこ〜。
お父さんの余ったコンサートチラシで紙ヒコーキ作るなんて、いかしてる。
顔もパパにソックリでお茶目なかんじだった。

4月12日(木) 「たかが... されど炒飯」
月曜の夜だったかな。「きょうの料理」で見た”簡単チャーハン”が
余りにもおいしそうだったので、さっそく昨日 昼に作った。
多めの油で卵を先に炒め、ふんわり半熟の中に温めたご飯を投入。
ほぐして炒めた後、刻んだ焼豚を投入。味付け(塩・こしょう・最後鍋はだ
にしょうゆ)した後、最後に刻みネギを入れる― というシンプルなもの。
普段、家で焼き飯やパスタを作るときって、味よりも栄養を優先させがちだから
何かと具材をいっぱい入れたがる。そのため味が散漫になり、失敗のもとに
なってたんかも。

しみじみ「料理番組って永遠だな〜」と思う。ネタが尽きないというか、
同じメニューを何度見ても勉強になるし、作り手(料理研究科)が違ったら、
コツも変わってくる。
でも、やっぱり私にとっての王道は「きょうの料理」。なぜか後藤アナの回が一番、
おいしそうに見える。
民放の料理番組がイマイチそそられないのはなぜだろう。特に受け付けないのは、
榊原なにがしと同じホリプロの誰だっけ〜井森さんか、あのタレント2人で作ってる
やつ。ごちゃごちゃしてて落ち着かないし、おいしそうに見えない。

炒飯はなかなかグーどした(自画自賛)。プロのようにご飯がぱらぱら〜には
ならんかったが、それなりに旨い。作りすぎたので今朝も食べた。
自分のためだけに作る料理って、なーんで上手くいくんだろう。無責任だからか。

PS.簡単チャーハンを作っていたシェフのお店を見つけてしまった。ランチは庶民にも
  手が出るお値段・・・ 行ってみたーい。

4月10日(火) 「たまにはタイ料理」

新宿・大久保にあるタイ料理「クンメー」。
(右下のはタイ人? ちゃうちゃう、人形が出迎えてくれてます)

週末、ひょんなことから新宿の大久保へ行くことに。
「大久保といえば、韓国料理か?」
とネットでランチのお店を探していたところ、いっぱいあり過ぎて
うまく選べず・・・ 結局そそられたのが、タイ料理のお店。
ここクンメーは誰かさんがブログでが推薦していた通り、
小奇麗で感じのいいお店だった。

ランチメニューには全て小鉢でカレー付。ごはんはもちろんタイ米。
数種類のうちから選んだメインは、白身魚のなんとか...。
スープ、サラダ、コーヒー、デザートが付いて、なんと800円!
コーヒーがダメだと言うと、マンゴージュースにしてくれた。
(満腹・・・ 夕方まで なかなか腹減らず...)

これがデザートのタピオカ。黄色いのはさつまいもどした。
どれもハオチー! じゃないっか、タイ語は。

なぜディープな大久保くんだりまで行ったかというと・・・
友人に付き合って、中国語のカラオケコンクール(予選)なるものに
参加したのだ。その会場が、大久保にある中国語専用カラオケbox。
しかーし...私が選んだ歌はカラオケに入っていないaminさんの
「Ru-Guo 如果」。
友人にギター伴奏してもらったのだが、審査員を前に緊張したのも
あって撃沈... 
中国語の発音もひどいと言われた。なので、たぶん落選。

自らの不本意な出来(パフォーマンス)に落ち込みつつ食べたタイ料理。
香辛料(特にカレー)が口から火を吹き、鼻水が出るがな...。
こんなリーズナブルでええお店、近くにあればいいのになー、
もっとこの街探索したいなーと思いつつ、足早に大久保を去った。

4月9日(月) 「政治家人生のスタート」
東京の選挙はつまんない結果に終わってしまいましたが...。
今朝、ひとつ嬉しい便りが。
横浜市議会議員の選挙で、大学時代の後輩山下正人くんが初当選
を果たしたのだ。
ちょうど一年前、補選で涙をのんだ彼でしたが・・・(あれは私の一日
’うぐいす嬢’がよくなかったんかも)。
今回は青葉区で定数8名のところ、なんと上から3番目の得票数。
彼の教育に対する熱意や人柄が有権者に伝わったのだろう。
これもひとえに、妻の支えがあってこそ。大学の応援団、同期どうしで
結婚した2人。受験生をはじめ、子ども3人を抱えながらの選挙戦は
どんなに大変だったことだろう。
42歳、政治家人生のスタート、これからが楽しみだ。

投票所(小学校)の前で、金造ちゃんのポスターみっけ。
お金ないからポスターなし・・・と言うてましたが、少しは作ってたのね。

4月7日(土) 「学習院」
市川市 女性英語教師殺人事件の犯人、いまだ逃走ちゅー。
予想じゃ犯人はさほど遠くへは行っていないとのこと。
市川市は江戸川区のすぐ隣だし・・・ こわ。取り逃がした警察を恨むぞよ。

さて、昨日は取材で目白へ。

じゃーん。出ました、”皇族の学び舎”としてお馴染み「学習院」。この字体もええ感じ。
JR目白のすぐ近くにあったので取材の帰り、キャンパスを通り抜けてみた。

春だね〜 春。きっと今はオリエンテーションの時期。
桜の花びらが舞い散るなか、クラブ&サークルが新入生勧誘をしていました。
懐かしい、この雰囲気。
写真右のあたりをズームすると・・・

ピチピチ! 学習院チアリーダーズ。彼女たち、ナマ足で頑張ってました。
「おばちゃんらの若い頃は、ストッキング着用してましたでぇ」。

都心にありながら、和やかなキャンパス。こんな雰囲気であれば、アーヤと紀子嬢の
愛がはぐくまれたのも納得できる。
当然のことながら― このワタクシ、誰からも勧誘を受けませんでした。
ビラ一枚たりとも・・・さみしっ。

4月4日(水) 「お花見気分」
昨夜、卓球練習を1時間やったあと、”お花見”と称して
体育館で飲み物,おつまみを広げてわいわい。
別に桜をめでるわけではない。気分だけお花見,結局”花より団子”。
飲み会のときもそうだが・・・こういうとき、60代女性パワーには驚かされる。
「あなた、この紙皿に13人分に分けてよ」
と、女コーチが周りに指示。鶏やタコの空揚げ、ゆで卵、大福餅、ドーナツ、
チョコレート、漬け物etc・・・が1つの皿にごったと盛られ、
割り箸やお手ふきとともに配られる。
「そこに置いといてくれたら、テキトーに食べますのに・・・」
なんて、口を挟む余地はない。まあいい、お任せしとこー。

「コーチは、若い人がいいでしょ」 と、
サークルで最年少(!)の私は、いつも男コーチ(70代)の隣に座らせられる。
そして今夜も耳を傾ける、彼の武勇伝の数々・・・(記事になりそっ)。

いつもの練習と同じく、夜9時でお開き。
体育館を出ると、雨がぱらついていた。
中学校の校庭、テニスコート脇の大きな桜はすでに散りかけていたが・・・
暗闇のなかで見る桜と、散り落ちた花びらが描いた桜のじゅうたんは
どこか幻想的で美しかった。

夜桜って綺麗なんだ・・・ と初めて認識した夜。
これは中国・杭州の八重桜です。 (photo by goinkyo)

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