第14話
〜闇に繋がる扉〜
杏花が、闇界へと旅立っていった硫化の後ろ姿を見送ってから、数日。
天界の冬はまだ続いている。
杏花は白い息を吐きながら、王宮の正門に向かって歩いていた。
今までの事を、思い返しながら。
ダーツの側近であった柘榴という天使は、ゾークに殺され、奪われて敵になったという。
歌姫になる事を夢見ていた天使の砂良は、杏花の目の前で闇界の刺客に殺され、石を奪われた。
あの光景を思い出してしまいそうで、杏花の瞳が潤み出す。
ここまでなら、闇界は一方的に天使を虐殺し奪う、悪い国だと言い切れるだろう。
でも………硫化は、自らの意志で闇界に行く事を望んだ。
闇界の者として生まれ変わった硫化は、そこで本当に幸せを手に入れる事が出来たのだろうか?
そんな疑問を思った時、王宮の正門が見えてきた。
誰かの出入りがあるのか、門はゆっくりと開かれていく途中だった。
門が開ききると、その向こう側で番をしていた琥珀と瑠璃の後ろ姿が見えた。
この寒空の下、番兵である琥珀と瑠璃の双子は、今日も変わらぬ立ち位置で門を守っている。
杏花は、二人の後ろ姿を見た時、そこで足を止めた。
何やら、琥珀と瑠璃は会話をしていた。
相変わらずの漫才トークなのだろうか?時々、琥珀にツッコミを入れる瑠璃の仕草が見える。
硫化の件以来、瑠璃はずっと悲しい眼をしたままで、口数も少なかった。
そんな瑠璃が、あそこまで元気になってるなんて……。
琥珀さんって、すごい。兄弟の絆ってすごい、と杏花は思った。
そうして、王宮の門はまた閉じられていく。
杏花は琥珀と瑠璃に話しかけようと思い、この場所まで来たが、くるっと正門に背中を向けた。
…………今、瑠璃さんを元気づけられるのは、琥珀さんしかいない。
そう、思ったからだ。
自分は硫化を闇界に行かせた罪を償うまで、何も言う事は出来ない。
果たして硫化の意志は、そして杏花の選択は正しかったのか?
何が正しくて、何が間違っているのか分からない。
杏花の中に、混乱が生じた。
(こんな時………瑪瑙さんなら何て言うかな………。)
ふと、そう思い立って、杏花は進路を診療所の方へと変えた。
天界や戦争の事、色々な事を教えてくれた瑪瑙なら、その答えを出してくれるのではないかと。

 

 

 

杏花は、診療所のドアを開けた。
その瞬間。
カッ!
飛んで来た何かが、足下の床に突き刺さった。
「………へ?」
床を見ると、それはメスだった。
手術の時に使う、医療器具のメス(刃物)である。
「ええええ!?」
杏花が真っ青になって声を上げると、一人の女性が駆け寄ってきた。
「悪いな、嬢ちゃんを狙った訳ではないんだ。」
その女性は大人っぽく、赤く長い髪を二つに束ねて結んでいる。
なぜか口調は古風な男性っぽくて、どこか雰囲気が紅瑪に似ている。
着ている服は、ちょっと変わったナース服のようだ。

   

   

同時に、瑪瑙も杏花の事に気付いた。
「杏花様、大丈夫ですか?もう、梅ちゃんってばすぐにメスを投げるんだから〜。」
すると、その女性はクルっと瑪瑙の方を向いた。
「貴様がくだらん事ばかり言うからだろう!」
杏花は訳も分からず、ポカンとして見ていた。
「えっと、瑪瑙さん……こちらの方は?」
杏花が問いかけると、瑪瑙は笑顔で答えた。
「彼女が梅ちゃんですよ。」
杏花は思い出した。よく、瑪瑙が話の中で『梅ちゃん』という名を口にしていたのを。
と、いう事は、この人が瑪瑙さんの愛する女性…?
改めて杏花はその女性の方を見た。女性は、杏花に対しては優しい笑顔を向けた。
「私は『梅花(ばいか)』だ。よろしくな、嬢ちゃん。」
「あ、杏花です。よろしくお願いします。」
慌てて杏花も名乗った。
梅花は、興味深い目で杏花を見ていた。

「嬢ちゃんが噂に聞く『天界に来た人間』か……。面白いものだな。」

「ダメだよ梅ちゃん。珍しいからって、杏花様を研究対象にしちゃ。」

「貴様と一緒にするな。」

すかさず、梅花は瑪瑙にツッコミを入れる。
「あの……、梅花さんもお医者さんなの?」
杏花が聞くと、梅花はクールな表情のまま答える。
「ああ。私は闇界の医師だ。」
「え………?」
思ってもいない返答に杏花の思考は一瞬止まり、言葉が出なくなった。
瑪瑙は、そんな杏花の心を察していたが、口を閉ざしていた。
「なんで………?闇界って…………敵でしょ?」
杏花はただ、自分の中にある疑問を並べて言葉にした。
敵国であるはずの闇界の医師が、何故ここに……?
再び、混乱し始めた杏花。ここでようやく、瑪瑙が真剣な顔になり口を開いた。
「杏花様。僕は以前『全ての天使が味方とは限らない』とお話しましたが、逆に『全ての敵が敵とは限らない』んですよ。」
杏花は瑪瑙を見るが、焦点の合わない瞳は大きく揺れている。理解出来ないのだ。
瑪瑙は、少しずつ、ゆっくりと杏花に説明した。
医師というのは、戦争の中にあっても比較的、中立な立場にあるという。
とは言っても、自分の国の者を助けるのはその国の医師であるし、天使である瑪瑙が闇界に行けば間違いなく命を狙われる。
その為に梅花は定期的に天界の診療所に訪れ、医療の研究の資料や情報の交換をしている。
それは、両国の王も黙認している事。
杏花は驚いた。
戦争の中にあっても、こうやって闇界との繋がりがある事を。
そしてお互い、それを信頼している関係がある事を。
「梅花さんに……聞きたい事があるの。」
杏花は別の感情で瞳を潤ませ、梅花を見た。
梅花は沈黙して待っていた。
「砂良さんは…………硫化ちゃんは……………どうしてるの?」
杏花が一番、気にしていた事。それは、闇界に行った砂良と硫化の事だ。
殺されて、奪われた砂良。愛する人と結ばれる為に闇界へと旅立った硫化。
心から楽しそうに歌っていた、砂良の笑顔。
強い決意と共に背中を向けた、最後の硫化の姿。
あの時の光景が鮮明に甦って、杏花の瞳から涙がこぼれ落ちた。
それ以上、言葉が出なかった。
梅花は杏花の前に立って少し身を屈めると、杏花の頭を優しく撫でた。
その優しい感触に、杏花は驚いた。
「心配いらん。闇界は、嬢ちゃんが思っているような恐ろしい国ではないぞ。」
囁くように、それでいて強く言い聞かせるように梅花は言った。
その一言が、全てを物語っていた。
杏花は、小さく「うん」と頷いた。
きっと、大丈夫。砂良さんと硫化ちゃんは、あっちの世界にいても不幸にはなっていない。
そう、思えた。
「悪いな。私は軍人ではなく、医師だからな。これ以上の事は何も言えん。」
梅花は、申し訳なさそうに言った。
杏花は涙を拭いて、ようやく笑った。
「ううん、いいの。ありがとう。」
戦争の事に干渉出来ない立場である梅花に、これ以上何かを問いかけるのは酷であるからだ。
梅花は軍人でもスパイでもなく、医師である。
瑪瑙はダーツによって石から生み出された天使であり、梅花はゾークによって石から生み出された者。
どんなに二人に絆があっても、相反する立場なのだ。
戦争中である以上、医療以外の情報の交換は出来ない。
だから梅花も、杏花の事に関しての事情は聞かないつもりでいた。
「では、私はそろそろ帰るぞ。」
そう言ってドアに向かって歩き始めた梅花を、瑪瑙が引き止めた。
「ええ〜?もうちょっとゆっくりして行こうよ〜〜!!」
「ふざけるな。用は済んだだろう、ここにいる理由はない。」
杏花は、そんな二人をポカンと見ていた。
あんな必死な瑪瑙さん、初めて見た……。
どうやら、瑪瑙は梅花に完全な片思い…むしろ梅花は迷惑がってる素振りだ。
瑪瑙と梅花は同期の医師で、医学の勉強をしていた頃からの知り合いらしい。
つまり、梅花はその頃からずっと瑪瑙に言い寄られているのだ。
「それと、貴様!!いい加減、毎日のように闇界に手紙を送るのはやめろ!!」
「だって、梅ちゃんへのラブレターを書くのが僕の生きがいなんだよ♪」

   

   

「そんな生きがいなら、生きている意味はない!むしろ死ね!!」
梅花はメスを取り出すと構えた。こうやって、先程も瑪瑙に向かってメスを投げたのだろう。
梅花にとってメスは、瑪瑙を攻撃する為の武器なのだ。
「医者が『死ね』なんて言っちゃダメだよ〜。
「うるさい!!貴様限定だ!!!

一見すると険悪だけど、実は二人って仲いいんじゃ…と、杏花は勝手に思った。

本当に嫌いだったら、梅花はわざわざ天界の診療所には来ないだろう。

瑪瑙を信頼しているからだ。

目に見えない二人の絆を感じた杏花は、今までの混乱と疑問が解けていくのを感じた。
「杏花様。僕、途中まで梅ちゃんを送ってきますから。少し待ってて下さい。」
「来んでいい!!」
そんな梅花の怒声と共に、二人の声は小さくなっていく。
静かになった診療所で、杏花は一人。
改めて、色々と考えてみる。
目に見えるもの、勝手に決めつけた『善と悪』が全ての答えとは限らないという事を知った。
確かに、天使を殺して奪う闇界が全く悪くないとは言い切れない。
でも………何か、隠された事情があるのかもしれない。
何故、こんな戦争を仕掛けたのか。どうやったら終わるのか。
全ての答えは、闇界にこそあると思った。
(闇界の王様に会ってみたい……。)
会って、話をしてみたい。敵国に対しての恐怖よりも、その気持ちが強くなった。
ふと、そんな思いが生まれた時、杏花の視界にある物が映った。
無造作に置かれた瑪瑙の発明品の中の1つ、『ドア』である。
これを開けると、望んだ場所へ行けるというワープ装置。
以前、杏花はこのドアを開けて闇界に迷いこんでしまった事がある。
まだ未完成であるから触らない方がいい、と瑪瑙も言っていた。
杏花もまた、あの暗くて闇に包まれた闇界に足を踏み入れるのは怖いと思う。
でも……!!
杏花は、ドアに手を伸ばした。
このドアの向こうが自分の望んだ場所に繋がるなら、闇界に行きたい。
杏花は、初めて自らの意志で闇界に行く事を望んだ。
そこに全ての答えがあるのなら、自分は行かなくてはならない。
責任感とか、国の為とかじゃない。自分の中の疑問の答えを探す為に。
『闇界へ………。』
そう強く念じて、杏花はドアを開けた。

   

   

続く