第15話
〜偽りの城〜
杏花が『ドア』を開けた瞬間、その先から溢れ出た闇が視界を覆い尽くした。
視界が真っ暗になり、何も見えなくなる。
これは、以前にも経験した事。きっと、目を開ければその先は闇界だ。
杏花は、目を開けた。
しかしその瞬間、自分が立つ為の『地面』がそこにない事に気付いた。
浮遊感を感じたのは一瞬。すぐさま、重力のままに杏花の身体は落下していった。
「きゃああああ〜〜っっ!!!」
なんと、あの『ドア』は地上に辿り着くとは限らないらしい。
杏花は、闇界の空にドアを繋げてしまったようだ。
しかし、すぐにその落下も浮遊感に変わった。
誰かが、空中で自分を抱きとめてくれたようだ。
杏花は、恐る恐る目を開けた。
そこに見えたのは、自分を抱きかかえた、天使の羽根を持つ男の姿。
(天使………?)
杏花は瞬時に思ったが、その男の顔を目を凝らして見た時に、驚きに声を上げた。
「あーーー!!あなたは!!」
男も、少し眼を見開いて驚いた様子を見せた。
「おや、またお嬢さんですか。」
杏花を抱きかかえたのは、柘榴であった。
以前、杏花が闇界に迷いこんだ時も、杏花を助けたのは柘榴だった。
そして、杏花を天界まで案内したのだ。
しかし杏花は、柘榴の名前も、彼が敵となった天使であるという事も、まだ知らない。
むしろ、自分を助けてくれた親切な天使、と思っている為に警戒もしない。
柘榴はゆっくりと地上に舞い降りると、杏花を下ろした。
「ありがとう、また助けてもらっちゃったわ。」
「また闇界に来られるとは驚きです。今度も迷子さんですか?」
柘榴のこの言葉で、杏花は自分が闇界に辿り着けた事を確信した。
「ううん、今回は目的があって来たの。」
杏花はその時、目の前の柘榴を見てふと疑問を感じた。
前に闇界に来た時も、杏花は柘榴に会った。
天界にとって闇界は、敵国。
天使であるこの人は、何故いつも闇界にいるのだろうか?

天使だし、前にも助けてくれたし。安心しきっていたが、実はこの人って……。

杏花は、ダーツの話した天界の過去を思い出した。

ダーツには側近がいて、その人は昔、闇界に奪われて敵になったという。

闇界にいる天使といえば、その人の事しか思い浮かばない。

「私は杏花。あの……もしかして、あなたは…………柘榴さん?」
まさかね、と思いながら杏花は問いかけた。
それを聞くと柘榴は一瞬、何かを考えたが、すぐに愛想のいい笑顔を向けた。
「いえ、違いますよ。僕の名前はノアと言います。」
柘榴は自分の名前を偽り、『ノア』という名を名乗った。
伝説では、ノアの方舟で光を作っていたのが柘榴石(ガーネット)だという。
そういう意味で、柘榴は遠回しに『ノア』という偽名を名乗った。
「ノアさん……。何故、天使のあなたが闇界にいるの?」
疑い始めた杏花に対し、柘榴は動じる事なく答える。
「ええ、事情がありまして……。人間であるあなたこそ、何故闇界にいるのです?」
上手くかわし、柘榴は質問を返した。
杏花は自分の目的を思い出した。
「事情は聞かないわ。でも、ノアさんは闇界に詳しいみたいだから………また、案内して欲しいの。」
「はい。天界まで案内しますよ。」
「ううん、違うわ。闇界の王様の所まで。」
今度ばかりはさすがに、柘榴は驚きを隠せなかった。
人間の少女が、たった一人で闇界に来た上に、王に会いに来たと言う。
「会って、どうするんですか?」
柘榴は、本心から疑問に思った。この少女は一体、何者なのかと。
杏花は堂々と強気に答えた。
「話しに行くのよ。どうしてこんな戦争を起こしたのか。こんな理不尽な闘いは終わらせたいから。」
はぁ、と柘榴はポカンとして気の抜けた声を出した。
こんな少女が話し合いで説得して解決するような戦争なら、何千年も続いてはいない。
だが、逆に柘榴は面白いと思った。
この少女に、何が出来るのか。何を王に向かって言うのか。
そして、それによって何かが変わるのか。
ゾークの命令は、『天使であれば殺せ』というもの。
杏花は人間であるし、王宮に招待しても命令違反にはならないだろう、と解釈した。

しかし、柘榴には思惑があった。

「分かりました。案内しましょう。しかし、さすがに王に会う事は出来ません。」

え?と、杏花は声を出した。

「代わりに、王に次ぐ身分の伯爵の城へと案内します。その伯爵は王とも交流がありますし、お話するには困らないお相手だと思いますよ。」
「そうよね…、さすがに、いきなり王様に会うなんて出来ないわよね。」
残念そうに肩を落とす杏花を元気づけるように、柘榴は明るく言った。
「僕は、その伯爵の城の執事として働いているんですよ。だから安心して来て下さい。」
「そうなの?ノアさんって、執事だったんだ…!!」
だから、こんなに紳士なんだ…と、杏花は納得した。
天使のノアさんが働いている場所だから、危険な所ではないだろう、と思った。
土地の事も人の事も知らない闇界では、柘榴が唯一の頼りだった。
杏花は、柘榴にその伯爵のいる城まで案内してもらう事にした。

   

   

   

柘榴に案内されて、杏花は城へと辿り着いた。
「うわあ……すごい大きなお城ね。まるで王様のお城みたい。」
杏花は、門の前で城を見上げながら驚きの声を上げた。
それもそのはず、柘榴が案内したこの場所は、闇界の王宮そのものだ。
伯爵の城と偽って、柘榴はゾークの城へと杏花を案内したのだ。
「ええ…まあ。王に近い身分のお方ですから。」
柘榴は、あくまでこの場所が王宮であるという事を隠すつもりなのだ。
「その伯爵さんの名前は何ていうの?」
その質問に、柘榴はちょっと言葉を詰まらせた。
「ゾー……いえ、エクレア……エクレア伯爵と言います!
柘榴は、とっさの思い付きでゾークの名を『エクレア』と偽った。
ちなみに、ゾークの好物はエクレアだからである。
「なんか、美味しそうな名前よね。」
「あはは………では、参りましょうか。」
笑ってごまかし、柘榴は杏花を連れて王宮の門をくぐった。
ゾークのいる玉座の部屋に行く途中の廊下で、二人はネクロと会った。
ネクロは柘榴と一緒にいる杏花を見て、不思議そうな顔をした。
「あら。………どちら様?」
柘榴はサラリと答えた。
「お客さまですよ。人間のお嬢さんです。」
「ふ〜ん、珍しいわね。」
杏花はネクロを見て、綺麗な人だなあ……と同性ながら惚れ惚れしてしまった。
「杏花さん。彼女は、エクレア伯爵のお嬢様です。」
柘榴がネクロの紹介をすると、ネクロは「なっ!?」と声を上げた。
「ちょっと!何よそれ!!エクレアって………!?」
その時、柘榴は目で合図をした。どうか、この場はごまかしてくれと。
何だか知らないが訳ありだと感じたネクロは、仕方なく作り笑いをして返した。
その時、廊下を通りかかった大牙(人の姿)がその会話を耳にして、プっと笑った。

   

   

(後で覚えてなさいよ、柘榴〜〜!!)
ネクロは大きく足音を立てて立ち去った。
そうして、ゾークのいる玉座の部屋の扉の前まで辿り着いた時、柘榴は足を止めた。
「少し、ここでお待ち下さい。」
杏花を扉の前で待たせると、柘榴は部屋の中に入った。
柘榴は玉座の前まで行き、そこに座る闇界の王・ゾークに報告をした。
「ゾーク様。例の人間の少女をこちらにお連れしました。」
「……ほう。それは面白い。」
ゾークは興味を示したのか、姿勢を正して顔を上げた。
「しかし、ゾーク様の事は『エクレア伯爵』と偽ってあります。」
ゾークは、ずるっと玉座から落ちそうになった。
「なんだそれは!?何故、我がエクレアなどという名に…!!」
柘榴は冷静に説明する。
「王と名乗れば、後々面倒な事になりかねません。少女が何者か分かりませんし、その方がこちらも話を聞き出しやすいと思ったのです。」
いかにも、とゾークは思ったが、その偽名はどうも納得いかない。
「………うむ。しかし、もっとマシな名前は思い付かなかったのか…。」
「………すみません。」
どうやら、柘榴もその過ちに関しては認めているらしい。
「まあ、エクレアは我の好物であるから構わんがな。」
そんなエクレア好きのゾークの言葉を柘榴は聞き流しつつ。
「では、お呼びしてきます。」
柘榴は部屋の扉を開け、杏花を部屋の中へと招き入れた。
「どうぞ。あちらに居られる方が、エクレア伯爵です。」
杏花は少し緊張しながら、その広い部屋に足を踏み入れた。
その先には、大きなテーブルが1つあった。
玉座はカーテンの後ろに隠されて今は見えない。

王という事を隠す為に、あえてゾークは玉座でなくテーブルに座って杏花を迎えた。

漆黒の髪と、漆黒の瞳、そして漆黒のスーツ。

まさに、闇を象徴する王・ゾークは、正面から杏花を迎えた。

「ようこそ、闇界へ。」

   

   

   

今、一人の少女と闇界の王との対談が始まる。

   

   

続く