第17話
〜引き裂かれた手〜
あの日も
今日みたいに
静かな
海と
恐ろしいほど綺麗な
紅い空だった。

   

   

   

   

   

   

天界の遥か遠くの海岸に大型の船が陸上した。
真っ白い帆が風に揺れて板張りの船だった。
まるでノアの箱舟のような大型船は遠い所からでもはっきりと見えた。
その船からひとりの少女が降りてきた。
短いピンク色の髪をスカーフで包み後ろでキュッと結んである。
真っ白な上着のなかには対照的な黒い服に短めの短パン、膝上まである黒いスパッツをしている。
腰にベルトをしていて、そのベルトで二刀の刀を固定している。

   

   

名前を『天麗』(てんれい)といい、五世界の内の一つ『精霊界』へ短期留学にいっていたのだ。
「相変わらず平和よね〜。天界は。」
のほほんと一息呼吸して王宮のある方角へ羽根を広げた。
薄いピンク色の羽根は彼女が『ピンクトルマリン』の原石から生まれ出でた天使の証拠だろう。

   

   

   

その頃王宮ではダーツを初めとして、杏花、琥珀、瑠璃、瑪瑙、翡翠、犬獄丸(精霊獣のため)が揃っていた。
どうやら、会議が今から始まるようだ。
(・・あれ?あの人達は・・?)
杏花がふと、疑問を浮かべたのは琥珀達の向かいに座っている青年と少女だった。
青年の方は真っ白い学ランのような服装に分厚い法典を持っている。
髪は瑠璃よりも濃い青色で・・どちらかといえば碧い紺のようだ。
しかし瞳は綺麗な海のように透き通った瞳をしている。
曇りなき眼とはこのことだなぁ・・と杏花は思った。
左目の下に黒子がある。
もう一人、青年の隣に座っている知的な少女・・というか知的な美女だ。
丸いシャープな眼鏡がさらに知的さを匂わせる。
こちらは黒い服装だ。
白いエプロンのようなものには十字架のブローチが胸に飾られている。
あの十字架のデザインは確かこの天界の法律を示した十字架だったような・・と杏花はふと思い出した。
さらさらの黒髪は少し短く揃えてある。

   

   

(・・誰だろう?)
杏花がじっと二人を見ていると少女がこちらに気付いてにこりと笑った。
そして少女は青年に話しかけた。
「碧海様。私たちはまず杏花様にご挨拶するべきでは?」
「あぁ、そういえば挨拶していなかったな。王妃に挨拶をしないなどルール違反ものだ」
碧海は改めて杏花の方を向きなおした。
「初めまして、杏花様。天界の法律最高裁判官・碧海(あおみ)と申します。」
「私はランと申します。法律書に宿る精霊であり『法の番人』です。」
杏花もつられて頭を軽く下げて挨拶をした。
「初めまして、杏花です。えっと・・碧海さんとランさんでいいですよね・・?」
「はい。よろしくお願いします」
「・・ところで、ランさんは天使ではなく精霊なんですか?」
ランはゆっくりと頷き答えた。
「はい。私は天使ではなく碧海様のもつ法律書の精霊であり、今は碧海様に仕えております。この王宮にある図書館の司書でもありますのでご要望の本がありましたら私におっしゃってくださいね。」
「法の番人・・というのは?」
「琥珀さんや瑠璃さんのように門を守る番人もいれば、法を侵す者を罰する番人もいるのですよ」
「・・なるほど・・」
杏花はなんとなく納得と感心をしてしまった。
今更ながらこの世界の秩序に驚かされるばかりだ。
「でも天使って法律を破る人なんているの?」
碧海がさらっと答えた。
「えぇ、いますよ。黄色髪の天界始まって以来の最凶最悪超自己中天使が。王宮の破壊行為、他人に与える迷惑行為、トラブルメーカー、変態疑惑などなどの罪状を持った天使がね・・・。」
琥珀はぽけっとして見ている。
「そないな天使おったか?瑠璃」
「兄者のことや!!!!兄者の!!他に誰がおんねん!!」
瑠璃はもう情けなくてテーブルに肘をついた。
翡翠も同感だ、といいたげにうんうんと頷いている。
「なんや俺かぁ!!?そこまで言うことないやろ?あーちゃん(碧海)。可愛い悪戯天使と言ってくれ!」
その言葉に反応して碧海はガタッと席を立つ。
「だれがあーちゃんだ!!今この場で裁いてもいいんだぞ!!貴様のどこが可愛い悪戯天使だ!」
「じゃぁ、みーちゃんは?」
「人の話を聞けぇぇぇぇえ!!!」
「碧海様、血圧が上がります。お静まりになってください。」
肩で呼吸する碧海にランがポンポンと背中を叩いた。
(ハハ・・また賑やかな人が増えたなぁ・・)
杏花は苦笑まじりにその光景を眺めていた。
すると会議室のドアが開いて天麗が姿を現した。
「会議のお邪魔だった?」
「天麗!!?お前いつ帰ってきたんや!?」
一番最初に話しかけたのは瑠璃だった。
「今さっき、船に乗ってね。天王様、ただいま戻りました。」
ペコッと頭を下げる天麗にダーツは微笑んだ。
「うむ。ご苦労だったな・・。精霊界の状況はどうだった?」
天麗の顔が真剣になった。
「・・かなり深刻な状況かと。石の採掘が滞っているのは戦争だけが原因ではありません・・。」
「そうか・・。精霊王の容態は・・」
「はい、もう・・長くはないと思います。」
「・・・そうか。天麗、よく無事に帰ってきてくれた。今はゆっくり休むといい。一時閉会とする。皆下がってよい。・・杏花、おいで。」
そういってダーツは杏花の手をとって自室に戻っていった。
二人で自室に戻るとダーツは椅子に腰掛け杏花はダーツに紅茶を注いだ。
「ねぇ、ダーツさん。精霊界って世界がどうかしたの?」
「杏花は石の能力者の元となる原石はどこから発掘されると思うかい?」
杏花はいきなりの質問に少し戸惑った。
「ここからじゃないの?」
「いや、その精霊界にすべての原石を発掘できる『神山』という山がある。王は代償を支払って原石を輸入しているんだよ。」
「つまり、精霊界って石の輸出国なのね。代償って・・お金?」
「お金よりも価値のあるものだよ。王自らの力を閉じ込めた『宝珠』を代償に精霊界の王に渡す仕組みになっている。」
杏花は驚いた。
「えぇ!?じゃぁ精霊界の王様が強くなったりするの!?」
その発想にダーツはクスリと笑ってしまった。
「そういうわけでもない。その宝珠を神山に捧げる事によって神山は原石を作り出せる。すべては循環を繰り返しているんだよ。」
「・・それって、まるでダーツさんの分身みたい。・・子供みたいな。」
「・・杏花はいつも私を驚かせるような発想をするから聞いてて飽きないよ。」
杏花は少々ムッとした。
「どーいう意味・・?ダーツさん!」
「単純にそういう所も好きだということだよ。」
さらりといってのけるダーツに杏花は顔を真っ赤にした。
「もうもう!!またからかって!!」
「好きだよ。杏花。」
「ちょ・・なんで迫ってくるのーー!!?」
杏花の手を掴んでぐぐっと顔を寄せた。
「そんな可愛い杏花にキスを贈りたい。・・いやか?」
「もうもう!!またさらりと言うんだからぁ!!」
杏花はすっかりダーツのペースに飲まれて肝心なことを聞き忘れた。
精霊界の王の容態が芳しくないことが少し心に残ったのだ。
自分の知らない所でなにかが起きている。
まだまだ自分は知らされていないことがあるんだと・・少し心が痛む感じがした。

   

   

   

その頃、天麗は王宮の庭で花を眺めていた。
琥珀達から聞いた今までのいきさつ・・
未来の王妃として杏花が王宮にいること。
闇界の奇襲で砂良が奪われた事。
リストから外されている謎の天使と柘榴との因果関係。
硫化の愛を貫いた裏切り・・。
いろいろな事が自分が留守の間にあったのだと思うと胸が痛んだ。
精霊界で一人、留学にいっていた自分も安全なわけではない。
その時に闇界の手のものがくれば死は免れないし精霊界にも迷惑がかかったどろう。
しかし、どう表現すればいいかわからない疎外感に襲われた。
皆の傍にいれたなら・・もしかしたらなんらかの被害は防げたかもしれない。
自分が歯がゆくて自嘲した。
皆が受けた苦痛に比べれば安いものだろう・・。
そう考えていた時、誰かが背中に触れた。
「・・?瑠璃・・」
「どないしたん?なんや深刻な顔して・・」
「・・いろいろ私がいない間にあったんだなって・・。砂良の事も・・硫化の事も・・・・」
瑠璃は硫化の顔が頭に浮かんだ。
瑠璃の顔がすこし強張った。
「・・・・辛かったね・・瑠璃。」
天麗の伏せた瞳からは同情などという言葉は浮かび上がらなかった。
ただ・・その言葉がでてきたようだった。
「・・俺は、前を向いて歩いていく・・迷わないって決めたんや。だから、天麗がそないな顔せんでもいいんやで。」
天麗は目を見開いたがすぐにつられて笑顔で答える。
「そういう前向きな姿勢は琥珀から教えてもらったの?なんか瑠璃らしくないよ」
「なっ・・俺はいつでも前向きや!!らしくないのはそっちやろ!?いつも能天気な天麗はどうしたんや?」
「誰が能天気よ!この頭堅物ヘタレ筋肉むっつりスケベ!!」
「誰が頭堅物ヘタレ筋肉むっつりスケベやねん!!無駄に長いわ!!」
「じゃぁ、ヘタレ。」
「なんでヘタレが残るんやぁ!!」
キレのいいツッコミに天麗が笑った。
瑠璃も天麗の笑顔に微笑んだ。
しばらくして天麗が話を切り替えた。
「私、杏花様に挨拶してくる。瑠璃はどうするの?」
「俺は兄者とちょっと息抜きしてくる。海でもながめにな。」
「そっか・・じゃあ、またね。」
天麗は瑠璃に背を向けて歩き出した。
ふいに天麗の足が止まった。
「ねぇ・・瑠璃。私がいない間・・少しでも私を思い返してくれた?」
天麗は背を向けたままそう聞いた。
瑠璃はすこし言葉を詰まらせた。
お互い微かに頬が赤い。
「・・・お、思い返してたって言ったらどないする?」
「・・・・・・・嬉しい。」
それだけ言うと天麗は王宮の内部にいってしまった。
瑠璃は少し口を歪ませている。
「・・・今のは・・あかんやろ・・」
そういって瑠璃も羽根を広げて飛び去った。

   

   

   

   

   

   

気がつくともう夕方に近いようだ。
空が赤くそまっていく。
波が引いては押し寄せていく広大な海を一望できる場所に琥珀と瑠璃は佇んでいた。
「・・昔と変わらんなぁ。綺麗な茜空や。」
琥珀は海を見ながらそう呟いた。
「・・・ここで俺は兄者に誓ったよな。・・兄者が右目の視力を俺にくれた時・・」
「あぁ・・俺は敵に目を貫かれたお前に右目の視力全部やったなぁ。せやけど、あれは俺が勝手にやった事やないか。瑠璃が気にする事ないねんで?」
そういって琥珀は眼鏡をかけている片方の目を撫でた。
・・・時を遡ればずっと昔。
敵に不意をつかれた瑠璃は右目を貫かれて失明どころか命の危機にも瀕していた。
その時琥珀はとっさに自分の右目の視力を瑠璃に与えて救ったのだ。
瑠璃が目を覚ますと片目が何も映してないように見える兄の姿があった。
泣いてごめんと謝る瑠璃を琥珀はギュッと抱き締めた。
(瑠璃が生きててくれれば、それだけでいいから・・・)
そういって一緒に泣いてくれた兄に瑠璃は袖をギュッと引っ張ってただ泣きじゃくった。
その記憶を脳から揺り起こして、瑠璃は目を細めた。
「あの時俺は何が何でも兄者を守るって誓ったんや・・」
「もう気にせんでええんやで?視力だって完全に治ったんやし・・それに俺はちょっと嬉しい事があってよかったと思うねん。」
「・・嬉しい事?」
カチャっと眼鏡を外して微笑む。
「この眼鏡は初めて瑠璃が俺にくれたプレゼントやったからなぁ・・。ありがとう、瑠璃。」
「・・・兄者、俺・・ここが好きや・・。天界を離れとうない・・!!」
いきなりの言動に琥珀は驚いた。
「瑠璃・・?」
「兄者・・俺に何があっても・・どうなっても・・俺を信じてくれ・・!!」
「る・・・」
琥珀は瑠璃の後ろを見てハッと息をのんだ。
瑠璃の後ろに・・・柘榴が剣を構えて不敵に笑っていた。
歪んだ口元が・・琥珀の瞳に映った。

   

   

琥珀が動く前に柘榴の声が耳元に届いた。
「お別れは済みましたか?」
それだけ言うと柘榴は瑠璃ではなく琥珀に刃を向けた。
ザシュッと柘榴の鋭い剣は空気と共に琥珀の羽根を傷つけた。
「・・ぐあ・・・!!!」
一刀両断とまではいかないがかなりの出血で無数の羽根が散らばった。
そのまま吹き飛ばされて琥珀は崖から落ちそうになった。
(アカン・・!!落ちる・・・)
そう思った琥珀の手を瑠璃が必死に掴んだ。
琥珀の身体はその手と手が繋がってかろうじて重力に逆らっている。
「兄者・・・・」
「何・・してんねん・・!!!逃げろ!瑠璃!!!」
瑠璃の手は更に力を込めて琥珀を支えた。
「俺・・こいつに取引を持ちかけられてた・・。」
「・・取引やと?」
「俺の・・俺の命を捧げる代わりに・・兄者を守れる取引・・。」
琥珀の瞳が大きく開かれる。
何を言っているか解らなかった。
嗚咽交じりで言葉が出てこない。
「・・だけど・・離したくないんや・・!!だから・・最後まで兄者の手を握っていたい・・!!離さんでくれ!兄者ぁ!!」
瑠璃の涙が落ちて、琥珀の頬を流れた。
琥珀も涙で滲む瑠璃の顔をずっと見ていた。
「・・離さんで・・いいんやで・・?離すな・・離さんといてくれ!!瑠璃!!」
ギュッと握り返してきた琥珀に瑠璃は精一杯微笑んだ。
「誓い・・忘れないから・・。さよなら・・兄者・・。」
その言葉が言い終わった瞬間に柘榴は刃を瑠璃に突き刺した。
ドスッ・・!!!グシャァァ・・!!!
静寂な海岸に刃が肉を貫く音だけが響き渡った。
その鈍い音は琥珀の脳髄に強く木霊した。
手と手が・・血に染まる。
「るりぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」
琥珀が叫んだ瞬間に手が離れていく。
スローモーションのようにゆっくりと・・。

   

   

柘榴は血溜まりの中にある瑠璃の原石を手にとった。
「・・・・茶番ですね・・。自分を犠牲にするなどあまりにも滑稽ですよ。でも・・楽しみで仕方ありませんよ・・」
クスリと笑う柘榴の赤い瞳は残酷さを映している。
「あなたが暗い闇に落ちていく光景をね・・・」
そういって柘榴は羽根を羽ばたかせた。

   

   

   

   

   

   

その時も
あの日みたいに
静かな
海と
恐ろしいほど綺麗な
紅い空だった。

   

   

   

血で引き裂かれたのは手だけではなかった・・・・。

   

   

続く