第20話
〜真実は時に偏見を生む〜
瑠璃は部屋を出て、ゾークのいる玉座に向かった。
静寂な城に足音だけが響く。
その音が虚しさと寂しさを思い返させる。
隣をみるとながい廊下の壁しかない。
足音を止めて立ち止まれば、世界に自分だけたっているような感覚に襲われた。
ここは闇だ。
自分もいつか・・近い未来にこの闇にじわじわと侵食されるのだろう。
それは足のつま先から自分を柱にしてつたっていくような・・・。
「・・っ・・!!!」
その言われもしない感覚が不気味で誰もいないのに怯んでしまった。
まるで見えない敵を相手にしているようだ。
瑠璃は壁に背中を預けてずるずると床に腰を下ろした。
何も見えてない青い瞳が窓からみえる紅い月を捕らえる。
紅い月から連想されるのは琥珀の血の色だった。
散らばった美しい羽根に染み付き侵す血の赤を思い出させる・・・。
「・・胸くそ悪ぃ・・・・」
ボソッと吐き出すように言い放つ喉から嘔吐がこみ上げてくる。
心の奥にあるひとかけらの天使の自分が拒否反応をおこしているかのようだ。
闇界にきてから時間が経つにつれてそれは確実に起きる現象だった。
いわば発作のようなものだった。
もしも兄者がいれば・・心の支えになってくれたかもしれない・・。
あるいは・・・・。
「・・・先生?どうしたんですか?」
たまたま通りかかった硫化が瑠璃に近づき様子を窺った。
視れば顔が青ざめていた。
心配する硫化に瑠璃は無理に笑って立とうとする。
「・・なんでもない。ちょっと疲れてるだけや・・」
「でも・・顔色が悪いですよ。すこしやすんで・・・」
そう硫化が言い終わる前に瑠璃が急に硫化を引っ張りその腕の中に閉じ込めていた。
硫化は目を丸くして硬直した。
「せ・・先生?」
硫化が顔をあげれば、何だか息苦しそうに顔をしかめる瑠璃がいた。
「・・ごめん。ちょっとだけこのままで居てくれん?俺は脆くて弱いから・・支えがないと上手く立てんのや・・。ハハ・・情けないなぁ・・」
ギュッと服に皺がつくほど強く抱き締める瑠璃に硫化は目を閉じて促した。
「先生は情けなくないです。」
そう一言いって瑠璃の腕の中で大人しく共に立っていた。
その言葉になんだか気持ちがかるくなる。
(・・しっかりしろ・・・。)
瑠璃は自分に言い聞かせて目を開ける。
その瞳は力強く前を見据えていた。
ちゃんと自分の足で立って、支えて・・・もう誰にも心を乱されないように・・。
瑠璃はそう強く心に刻み込んだ。

   

   

   

「遅かったな、瑠璃」
「・・少し気分が優れず足取りが悪かったんです。遅れて申し訳ありません」
あれから瑠璃は体制をたてなおして硫化と別れたが時間はとうに過ぎていた。
威厳を身に纏わせながら玉座に座るゾークが不思議に思いそう問いかけたのだ。
軽く一礼する瑠璃にゾークは笑みを浮かべる。
「どうってことはない。今日はお前に話したい事があるのだ。」
「・・俺に話したい事?」
ゾークはくるっと踵を返して玉座からさらに続く奥の部屋に案内された。
瑠璃もゾークの後に続いて部屋に入った。
そこには真っ白い壁に白いカーテン。
思うに闇界の王宮でこれだけ白一色な部屋はここだけだろう。
部屋の所々に花が備えられている。
白い花瓶には美しい紫色のアガパンサスが飾られている。
瑠璃にはその華に違和感を感じた。
(・・なんでそんなパッとしない華を・・?)
華に失礼だが、いまいち印象に欠ける華だと瑠璃は想った。
ましてや、王宮に飾られるのであれば薔薇のほうが似合うのでは・・?
そんな華を横目に瑠璃は正面を見据えた。
そこには大きな女性の肖像画が額に納まっていた。
高貴な貴婦人のように女性らしく、長い金色の髪に緑色の瞳。
すこし着物を崩して肩を露出している独特のファッションは目のやり場に少し困る。
手に持っている花はユキワリソウだ。

   

   

(またや・・何でそんななんでもない華を持っとんのや?)
その肖像画の手前にはガラスケースがあった。
そこにはユナカイトと呼ばれる石がそっと優しく小さなクッションに乗せられている。
「・・この石は・・能力者を生み出す石ですか?・・ならこの女性は・・」
瑠璃は肖像画を見つめる。
ふと前に琥珀と見た消された能力者のリストを思い返した。
一人は柘榴で一人は紫水・・・ならば残る一人は?
「まさか・・・・」
瑠璃の顔に緊張が走る。
横にいるゾークは口角を上げて静かに答える。
「名はユナ・・数千年前にダーツに殺された天使であり・・我の妻だ。」
瑠璃の全身から血の気が引いていく。
今何て言った?
天王様に殺された天使・・。
そしてその天使はゾーク様の妻?
「・・どうして・・天王様が天使を殺さねばならなかったんですか?」
「ユナが我の子を・・ファリスやネクロを宿し産んだからだ。・・考えてみろ、瑠璃。元々から闇界と天界は対照的な世界・・。二つの世界から混沌に生まれし子は災いになるかも知れぬ・・。そう考えた者は次に何を考えると想う?」
瑠璃は渇いた舌と喉でやっと出た言葉を吐き出した。
「・・・災いは、消す・・。」
「そうだ。ユナもろともファリスやネクロを消してしまおうと考えたダーツは花園で暮らしていたユナに兵を差し向けた。そして、ユナは我と子を守るためその身を盾にして・・・・死んだ。」
ゾークの瞳が黒く染まっていく。
その光景を思い出したのか・・・拳を強く握りしめていた。
「そんな・・あんまりやないですか!!この人は・・ただ守りたい人を・・あなたを守っただけなのに・・。天王様がそないな事をするなんて・・。」
すっかり放心状態の瑠璃はガクッと膝を屈して肖像画を見上げた。
瑠璃には彼女の緑色の瞳に愁いを感じた。
瑠璃は瞳を鈍く光らせて立ち上がった。
その色には怒りと悲しみが視える。
「ゾーク様・・俺は今まで何を見てきたんでしょうか・・。なにも解っていない子供のようで・・俺はなにも解っちゃいなかった・・!」
「・・悔やむことはない。ならばお前のその強大な力を我のためにつくせ、瑠璃。我らと共に天界を本当の世界に作り変えようではないか。」
瑠璃は片膝を床についてゾークに跪いた。
「はい、ゾーク様・・」
「それでいい・・・」
ゾークの口角が上がり微笑をうかべる。
その様子を紅はひっそりと見ていた。
カーテンの端から両腕を組みじっと観察している。
「・・・・クク・・大した解釈だな。ゾーク・・」
そして、そのまま音もなくその場を退席すると王宮の地下に向かった。
そこは王宮の地下を流れる水脈がある場所だ。
螺旋状の階段を下りれば水の音が聞こえてくる。
紅は階段を下りきって地下水脈の中心部に来て足を止めた。
そこは王宮を支える幾重もの支柱がありもっと奥には部屋がある。
その部屋に入ってみると水の塊が重力を無視して丸い玉のような形を作り、浮いている。
まるでなにかを包みこむようだ。
「そろそろ・・だな。」
紅がその水の塊にそっと触れるとそれはまるで生き物のようにドクンドクンと脈打っている。
水の中から微かに金色の眼が見えた気がした。
しかしその呼応はすぐに消えて辺りは静まり返った。

   

   

   

   

   

   

ゾークから話をきいた瑠璃は廊下にでて月を眺めていた。
あの真実を聞きすこしだけ迷いがなくなったようにもみえる横顔は月の光に照らされている。
ふと足元から霧のようなものが這い回り瑠璃の視界を汚していく。
「・・何や?これは・・」
辺りはすっかり霧に覆われた。
すると人影がうっすらと見えて近づいてきた。
瑠璃はとっさに構えたがその歩いてきた人物に拳が揺らいだ。
「・・・瑠璃」
その人物は琥珀だった。
いつもと同じ緑色の軍服に金色の髪、眼。
「兄・・者・・」
「瑠璃。どうして柘榴との取引に応じたんや?」
「それは兄者や皆を天王様から解放させたいからや!・・まっててくれ、兄者。もうすぐ迎えに行くから・・・」
「・・もう遅いで」
「え・・?」
聞き返した瑠璃の目の前で琥珀は口元から血を流した。
ポタポタとながれる赤い血は胸からも流れ出した。
「俺とお前は敵や・・だからこれは当然の結果やろ?」
「あ・・・兄、者・・」
「どうした?お前がやったはずやろ?俺を苦しめてるんはお前自身や・・」
一歩一歩琥珀が近づく度に瑠璃は後ずさりしていく。
「なぁ・・瑠璃。皆お前が殺したんやで?」
すっと瑠璃の後ろを指差した琥珀につられて瑠璃は後ろを振り返る。
そこにはぴくりとも動かない翡翠を抱いている紅瑪がいた。
その衣服は血に汚れて涙が頬を伝っている。
「どうして・・?私が・・私と翡翠が何をしたっていうの?返して!翡翠を返して!!!」
憎しみに満ちた瞳をぶつける紅瑪に瑠璃は首を横に振った。
「違う・・。俺はこんなこと望んでへん・・!!」
足元には横たわる瑪瑙と水晶と犬獄丸がいた。
「嘘や・・嘘だと言ってくれ・・!!皆!!」
辺りには碧海やラン、杏花、ダーツの死体が倒れていた。
瑠璃の背中に琥珀が当たり両腕を拘束された。
「・・一緒に行こう?瑠璃・・」
「兄者・・」
その瞬間、瑠璃のわき腹に鋭い痛みが走った。
「ぐぅ・・!!」
瑠璃の懐に入って剣でわき腹をさしたのは天麗だった。
「天・・・麗・・・」
天麗の顔が上がって瞳が見えた。
その瞳はするどく冷たい。
「・・・皆の仇よ、瑠璃・・。死んで。」
その言葉とともに霧は一瞬で晴れた。
しかしわき腹の鋭い痛みは残り瑠璃は膝をついて口元から血を滲ませる。
その目の前にいたのは柘榴だった。
いつもと同じ薄笑いを浮かべて瑠璃を見下している。
「・・柘榴・・。なんであんたが・・」
「僕の能力の一つ『幻覚』です。相手の精神に攻撃をして弱った所を仕留める絶対防御不可能な能力です。わき腹にささった痛みは本物ですがね。」
クスリとわらう柘榴には殺気が込められている気がした。
「何故いまさら俺に使う?もう一度試したはずやろ・・・あの取引の時にな。」
ギリっと瑠璃は拳を握り締めた。
あきらかに自分の反応を見て楽しんでいる。
しかも攻撃まで仕掛けてきた。
こいつの中で俺は敵として見られている。
そう瑠璃は感じ取った。
「ええ、ですがあなたはご自分の立場をわかっていないようなので少々見せてさしあげたんですよ。これからあなたが言われるであろう言葉と惨状をね。」
「・・よっぽど俺を殺したいらしいな」
「ええ、解っているなら・・死んでくれませんか?」
にこりと笑う柘榴の間合いに瑠璃は一瞬で入り込みわき腹に拳をたたきつけた。
「ぐっ・・!!」
柘榴は数メートル吹き飛ばされてわき腹を片手で押さえる。
「さっきのお返しやで。どうしても俺を殺したいならかかってこいや、お得意なルールやろ?執事くん。」
くいっと中指を折りながら挑発する瑠璃に柘榴は眉間を思いっきり顰めた。
「・・気に入らないんですよ・・最初から・・あなたとあなたの兄も。」
柘榴の月夜刀が瑠璃に襲い掛かるが瑠璃の岩砕拳で強固された拳が食い止めてそのまま瑠璃のハイキックが柘榴の顔面にさしかかろうとした。
柘榴も身をかわしてそれをよけて反撃にでる。
激しくぶつかり合う二人のいる廊下は半壊状態だ。
「・・ここまで僕の手を煩わせたのは褒めてさしあげますよ」
「あの世でそないな口叩けるか試してみるか?」
言葉のやりとりをしている間も攻撃はやまない。
その二人の凄まじい闘気に王宮にいた者達が集まりだした。
「おーい!柘榴!瑠璃!もうその辺で止めとけよ!!」
見かねた大牙が声をかけるが二人は完全に無視をする。
「おい!!聞いてんのか!?」
「五月蝿いですよ。虎」
「人の事情に口挟むんやない。チビ虎」
「んだとコラァァァ!!!!」
ドッカーンと噴火する大牙さえも無視してまだ戦いつづけている。

そこへ紅が歩み寄ってきた。

「お、死合か?面白そうだな。俺も混ぜろよ」
そういって錫杖から炎の飛礫が出現し、瑠璃と柘榴めがけて飛んできた。
二人はよけて一時間合いをとる。
その隙に紅の炎が鎖となって二人の自由を奪った。
「なんのつもりですか!?これは!」
「邪魔せんといてや!!」
紅はスゥ・・と紅い瞳を光らせた。
「殺るんなら他所でやれ。俺はどっちが死んでも知ったこっちゃねぇからな。・・・それとも、俺が殺してやろうか?」
ぐっと紅が拳を宙で握ると炎の鎖が二人を締め上げた。
「ぐあぁ・・!」
「くっ・・わかりました・・!!ここはひとまず止めますよ。」
「ものわかりがいいな。早く寝な。ゆっくり寝れるのはいまの内だぜ。」
そういって紅は部屋に戻っていった。
炎の鎖から解き放たれた瑠璃は羽根を広げて空に舞った。
「・・どこに行かれるんですか?」
「散歩や。続きはいつか・・な。」
瑠璃は月のかなたへ飛び去っていった。
大牙は手をかざして柘榴の傷の痛みを和らげた。
「・・なんで戦うんだよ。今は仲間だろう?」
「大牙は優しいから解りませんよ。傷の痛みを和らげていただいてありがとうございます。明日はみたらし団子たくさん作りますから。おやすみなさい」
踵を返した柘榴はその場を後にした。

   

   

   

   

   

   

一方、天界にも夜が訪れていた。
能力者ではない天使達はすべて安全な場所に避難されていた。
その為天使の居ない町は人影もなく廃墟のように静かだ。
その天界を天麗は見回っている。
「・・うん、今日も異常なしか・・。」
心のどこかで、瑠璃の姿をさがしている。
もうここには居ないのに・・。
天麗はぐっとこらえて警備にあたった。
琥珀はあれから傷のために療養を必要とされ、戦力として使えるのは翡翠と天麗と碧海とランと犬獄丸くらいだ。
この状況で闇界の者が攻めてきては圧倒的に不利である。
今まではそれぞれの世界に均等にいた能力者だったが、この戦争により能力者の数が不揃いで世界が均衡を失くしぐらつき始めている。
闇界の王は世界を破壊するために戦争を・・?
「そんな考えだったら許さないわ・・私達の世界は私達が守らなきゃ・・!」
天麗の意思は瞳に強くやどり闇夜の空を見通しつづけた。
見回りもおわり、一息つこうと月のきれいな草原に降り立った。
ピンク色の翼がたたまれて地上に舞い降りる。
ふと前方をみれば、生い茂る草に立つ者がいた。
月明かりの逆光で顔があまりよく見えない。
ふっと月が雲に隠れて明かりが弱まった。
「こんばんは。天麗」
「る・・・・り・・・・」
大きな満月の前にたっていたのは漆黒のスーツに身を包んだ瑠璃だった。

   

   

天麗のピンク色の髪が風に吹かれ少しだけ舞い上がる。
きれいな桃色の瞳はそこへ写る瑠璃を見て大きく見開かれた。
ふたりの間にハラハラと若草が舞い上がっては堕ちていった。

   

   

続く