第21話
〜蒼天の空に響く声〜
ずっと追いかけた背中は
やけに遠くて
私をおいていってしまいそうだったのを覚えている。

   

   

   

   

   

   

ある満月の夜。
天麗の前に闇界に堕ちた天使・瑠璃が静かに立っていた。
二人の間の距離はわずか数メートルだ。
先に口を開いたのは天麗だった。
「何をしにここへ?瑠璃」
「つれないなぁ。元・仲間やろ?」
わざわざ元を付ける瑠璃の言葉が天麗には皮肉にしか聞こえない。
ぴくりと天麗の眉が上がり顔を顰める。
闇界の手先で天界の敵であろうとも相手は瑠璃だ。
天麗も名の知れた天使だが瑠璃も天界の1・2を争う天使だ。
まともに闘って勝てるような簡単な相手じゃない。
よくて相打ち、最悪殺されて石にさせられるかもしれない。
天麗が頭で考えているとふいに瑠璃が言葉を紡いだ。
「天麗はこの世界が出来すぎていないか考えた事あるか?」
「いいえ、思ったことなどないわ。」
天麗は即答する。
天麗の世界はこの天界にいて仲間と過ごした思い出だけ。
その世界に疑問などもったことなどなかった。
「・・幸せだった。闇界にあなたが堕ちなければね・・。」
長い睫毛が桃色の瞳を少しだけ伏せさせる。
幸せだった彼といた日常。
愛していた楽しい時間。
それを壊した闇界が憎くないなど言えない。
今すぐにでも返してほしい。
返してくれるものなら・・・どんなにいいか・・。
きゅっと拳を握り締めた。
「この世界が・・私が愛おしいと思う世界はここだけよ。」
力強い瞳がぎっと瑠璃を睨む。
「残念やな。天麗だけはどんな姿の俺でもわかってくれるとおもったんやけど・・」
しかしその瞳は冷たい蒼い瞳だった。
その場の空気が凍てつく様に変わっていく。
足元から眼には見えない威圧感が天麗に襲い掛かる。
顔をしかめるが両足に力をこめて地に踏みとどまる。
そのまま腰につけていた二本の刀を取り出し構えた。
天麗の武器は二刀の刀だ。
透き通るほどの輝きを秘めた刀の柄の部分にはクレオメの華が彫ってある。
クレオメの花言葉は『舞姫』。
その名の通り天麗の剣舞は見るものを魅了してしまうほど美しい。
天麗はその刀を両手に持ち身構える。
「・・闘う気か?俺と・・」
「勝とうなんて思っていない。だけど・・私は私の守りたい仲間の為に全力であなたに挑むわ!!」
そのまま瑠璃の懐まで一気に駆け出した。
天麗の能力は『俊足』。
並大抵の者ではその速さに追いつけずにいる。
だがそのスピードに瑠璃も応戦している。
肉眼では風を切る音と二人が地に降り立った跡がのこるように草木が揺れる程度にしか見る事は出来ない。
俊足も瑠璃に対等なスピードになれるくらいしか役に立たない。
それでも天麗は刀を振りかざした。
もう大切な人を失いたくないから・・・。

   

   

   

   

   

   

その頃王宮では、杏花が琥珀のお見舞いにきていた。
未だ回復しない琥珀はじっと眼を瞑っている。
腕にはさまざまな装置が取り付けられ横の機械が心音などを表示してピッピッと音を響かせていた。
杏花は持ってきた生花を横に飾っていた。
きれいなカサブランカだ。
「・・・きれいやな・・」
「え・・?・・琥珀さん・・!!」
杏花が横を振り向くと琥珀は瞳を開けてじっとカサブランカをみていた。
「杏花様から頂いたカサブランカは特別綺麗やな」
「・・もう、何言っているんですか。この華は砂金さんから花園にあったカサブランカを摘ませてもらったんです。・・はやく良くなりますようにって皆で想いを込めて・・」
「さよか・・なら早く良く治らなあかんなぁ・・。ありがとう、杏花様」
にこっと微笑んだ琥珀はしばらくして瞼を重たそうにした。
それからすぐに寝息が聞こえ始めた。
自分が思っていた程元気な琥珀に杏花は安堵した。
「・・琥珀は落ち着いているか?」
そこへ後ろのドアからダーツが入ってきて杏花のそばに歩み寄った。
「うん。さっき少しだけ話をしたよ。」
「そうか・・はやく良くなってほしいものだ・・。私はまだ琥珀に謝っていないから・・」
「謝る・・?」
杏花はきょとんとして横にいたダーツをみた。
「昔から・・幼い頃から琥珀と瑠璃にはいつも最前線で戦わせていた。苦しい戦いと精神を襲う恐怖などで一時期瑠璃の心が崩壊しそうになった。その時支えたのは私ではない。琥珀だった・・。」
ダーツの瞳が伏せられて悲しみの色をみせた。
その瞳から描かれるのは返り血をあびた琥珀と瑠璃だ。
戦場の最前線でこの天界を守る番人は屍の山にその身を置いている。
「私は瑠璃の支えにもならなかった。そして琥珀にも私はなにもしてあげられなかった・・。今でもそうだ。・・・私はただ玉座に座るだけだ・・。」
ぎゅっと握り合わせた両手が汗ばんでいる。
「・・歯がゆいんだ。大事な彼らに私はなんと声をかけていいかもわからない・・。」
「ダーツさん。そんなに難しい事じゃないよ。たった二つの言葉があればいいんだよ?」
はっとして見れば震える両手に杏花の手が添えられていた。
「・・なんといえばいいのだ?」
不安な瞳のダーツに杏花はニコッと微笑んだ。
「『すまない』と『ありがとう』だよ。」
杏花はふと思った。
ダーツさんはもしかして今まで自分の感情を想いを相手にどう伝えたらいいのかわからなかったんじゃないのか・・。
足りない言葉が招いた誤解もあったのではないか・・・。
だとすればこの戦争は誤解がある部分も含まれているのでは・・?
「・・不器用な人・・。」
杏花はぎゅっとダーツの手を握った。
そんな彼が可哀相だと想ったのだろうか・・?

   

   

   

   

   

   

満月が雲に隠れてきた時、天麗の息が乱れて俊足が鈍くなってきた。
瑠璃のスピードは思っていたよりも速く後ろをとられることが多くなってきたのだ。
しかし瑠璃はがら空きの後ろをとっても攻撃せず不敵に笑む。
「どうした?今俺が相手じゃなかったら致命傷やで?」
トンと背中の中心を軽く叩く。
まるで相手にしていない。
それが天麗には怒りを買わせる何物でもなかった。
「・・っ人を玩具みたいに遊ぶんじゃないわよっ!!!」
天麗の振り下ろされた剣を瑠璃は片手で受け止めた。
その掴まれた刀はびくともしない。
すかさずわき腹に刀を振り下ろすがやはりもう片手で止められた。
「ぁっ・・!!」
その瞬間、まずいと天麗の脳が警告した。
何故かというと瑠璃の得意な分野は接近戦だからだ。
そして今は瑠璃の目の前で動きを封じられている。
「このままあんたを殺すんは簡単やけど、今は止めとく。」
おしまい、というように瑠璃はぱっと手をはなした。
「・・どういうつもり?お情けならいらないわ。私に恥をかかせる気!?」
「そうやのうて・・わからんかなぁ」
瑠璃はそのまま天麗の頭を押さえて自分の胸板に押し付けた。

   

   

思わぬ行動に天麗は刀を地に落とした。
「天麗には殺す以外の方法で闇界に来て欲しいねん。・・俺についてきて欲しかった。」
その言葉は真剣味を持ち静寂な夜に響いた。
天麗の瞳が開かれていたのは数秒だったがすぐに落ち着きを取り戻し瑠璃から身を離した。
「私の世界はここだけよ・・さっき言ったでしょう?」
「思い出にすがって何になるんや?俺と来い。天麗。」
すっと手を伸ばすが天麗は首を横にふった。
「形振り構わずあなたの傍にいたいって想う可愛い女じゃないわ。」
「・・・天麗らしい答えやな。」
瑠璃はバサッと羽根を広げて空に浮かんだ。
天麗はじっと瑠璃をみつめる。
「今度は遊びやないで。俺から後ろをとられた瞬間死ぬと思え。」
そういい残して満月の月明かりの元、空に飛び立った。
どんどん瑠璃が遠くへ行ってしまう。
天麗はそれをずっと見えなくなるまで見ていた。
「行かないわ・・あなたがいつか帰ってくると信じて・・私はこの世界を守る。」
その呟きは儚くて、舞い上がる風の音にすぐにかき消された。

   

   

   

   

   

   

この世界を守る事が
あなたの還る場所を守る事に繋がると信じて
この世界は
私の世界は
あなたの為にあるのだと信じて

   

   

続く