第22話
〜鏡越しのあなた〜
瑠璃が散歩に飛び去った同時刻。
柘榴はネクロの部屋でネクロの髪を整えていた。
長くふんわりとしたウェーブがかかったピンク色の髪を櫛で丁寧に梳かしていく。
「・・何かあったの?柘榴」
鏡を手に持ったまま後ろにいる柘榴に話しかけた。
柘榴はふいに顔を上げた。
「特に何もありませんでしたよ。」
「嘘。じゃぁあの騒音は何?」
「誰かが喧嘩でもしていたんでしょう?」
「あんたと誰かが、でしょ?私はこの城に結界を張っていて何かあればすぐ察知できるのよ。バレバレの嘘言わないで。」
ちょっとだけ頬を膨らませたネクロを柘榴は鏡越しにみた。
ネクロの能力は『結界』。
石の能力者ではないが、ゾークの娘として強力な力を持って生まれてきたのだ。
ネクロの結界でこの城は敵からの攻撃に耐えてきたのだ。
しばらくネクロの洞察力に眼を丸くしていたが柘榴はふっと笑って返す。
「さすがはお嬢様です。おみそれしました。まさかあなたにそんな鋭さと駆け引きができるなんて」
「あんた、馬鹿にしてんの?この結界内からいますぐにでも外へ追い出すわよ」
「はい、すみません。僕が悪かったです」
「わかればよろしい。」
ちょっとえらそうな態度をみせたネクロに柘榴は微笑んだ。
一体いつまでお嬢様とこんな会話をしていられるだろうか・・?
この人に触れれば触れるほどこんな柔らかい世界にのめり込んでいく。
いつか抜け出せなくなって天を仰ぐのかとおもうと不安が背中に張り付いた。
自分は、深い闇に飲み込まれるよりもこのまばゆい光に飲み込まれる事を恐れているのかもしれない。
その時、手をとってくれる人があなたでありますように・・・。
そんな考えを頭に思い浮かべている時、ドアのノックが聞こえた。
「はい。」
柘榴がネクロの代わりにこたえると紅が入ってきた。
「よう、お嬢。すまねぇなこんな夜中に。ちょっと赤髪君借りてくぜ?」
「ここはいつだって夜中よ。柘榴に何か用なの?」
「あぁ、森で魔物が暴れているそうだ。いくぜ」
「・・はい。」
柘榴は頷いて櫛をテーブルに置いた。
「少し行ってきます。お嬢様はもうおやすみくださいね。」
「うん・・。あんまり無理しないでね。そもそも番長だけでいいんじゃない?この人絶対死なないから。むしろ柘榴、あんた番長に盾にされるわよ?」
「おいおい。まるで俺が外道みたいな言い方だな。お嬢」
苦笑する番長にネクロはムッとする。
「・・・もしかしなくても考えてたでしょ。」
「さ〜て、行こうか。柘榴君」
くるっと踵をかえした紅の後ろから「やっぱり考えていたのね!!一人で行きなさいよ〜!」と言うネクロの声が聞こえた。
柘榴はネクロの乱れた呼吸を整えさせるために背中をなでてあげた。
「すぐ戻ってきますから。おやすみなさい」
おでこにチュッとキスをしてネクロの部屋を出た。

   

   

ネクロはおでこを両手で覆いながら顔を紅くさせていた。
「・・・っ!不意打ちは反則よ〜!!」
ボスッとキングサイズのベッドにダイブすると下からフンギャァァ!という悲鳴が聞こえた。
布団をめくると中で丸くなっていた大牙(虎バージョン)がわき腹を抱えて蹲っている。
「・・居たの?大牙。」
「おめぇ・・いきなりダイブすんじゃねぇ!!しかもちょっと重かったぞ!」
「なんですってぇぇ〜〜!!ちょっとこの頃食べ過ぎてるって自覚してきたくらいよ!!」
「思いっきり自覚してるじゃねぇかよ!!いてててて!!尻尾引っ張らないでー!!」
ネクロは腹いせに大牙の尻尾を思いっきり引っ張った。

   

   

   

   

   

   

一方、柘榴と紅は森に向かっていた。
柘榴は羽根で飛んでいるが紅は羽根がない。
その為、紅の乗り物兼ペットの真っ赤なドラゴンに乗っている。
「そのドラゴンはあなた用ですか?番長」
「あぁ。こいつと戦場で闘っていたからな。俺の相棒だ。名前は『焔龍(えんりゅう)』だ。」
柘榴のほうをむくとちいさくギャウゥ・・と頷いた。
柘榴もにこりと微笑んで返した。
その光景をみた紅がクク・・と喉を鳴らした。
「お前こいつに気に入られたようだな。焔龍は気難しいから気にいらねぇとすぐ火炎放射放つからなぁ。」
それでよく仲間が何人か焼け死んだっけと笑って話す紅に柘榴は冷や汗を流した。
すると森の木々をなぎ倒して進む巨大な魔物を発見した。
黒い身体に金色の瞳が無数についていてするどい牙と爪をもった化け物だった。
「なかなか楽しませてくれそうな獲物だな・・。行くぜ!柘榴!!」
「言われなくてもわかっていますよ。」
ゴッと加速して進む柘榴は剣を構えた。
紅は釈状を取り出して炎の鎖を魔物の身体に巻きつけ締め上げた。
魔物が激しく暴れまわる。
しかし炎の鎖は魔物が暴れるほど魔物の身体を締め付けていった。
すると紅の釈状から炎の鎖へと火花が伝い魔物に近づいた。
まるで導火線に火がついて目標めがけて向かっているようだった。
「喰らえ。『爆炎華(ばくえんか)』!!!」
同時に火花が魔物の身体に触れて爆発音が鳴り響いた。
魔物の身体は爆発にあって赤黒くなり焦げ臭い。
しかしまだ生きているようだ。
よろける魔物に柘榴の剣が向かっていく。
紅い瞳が鈍く光った。
「これで楽にしてさしあげますよ。『華鏡繊月(かきょうせんげつ)』!!」
柘榴の放った剣は綺麗な繊月の形を描いて魔物の身体を二つに引き裂いた。
魔物の身体はそのまま倒れこみ闇の粒子になって消え去った。
柘榴の服や頬にすこし黒い血が付着した。
「大丈夫かぁ?」
紅は焔龍に乗って胡坐をかいたまま柘榴にはなしかけた。
その様子だと、さほど心配もしていないようだ。
「返り血ですよ。任務完了しました。」
柘榴は刀を鞘に納めようとした。
しかし紅がいきなり腕を掴んでそれを静止した。
「・・なんですか・・?」
柘榴は真剣な瞳の紅に戸惑う。
「鞘に納める前に泉の水であらったほうがいい。行くぞ。」
そう言って柘榴を泉に案内した。
柘榴は森にあった泉の水で剣に付いた血を洗い流した。
その様子を紅は木に寄りかかってみている。
「・・どうして急に刀に気をかけたんですか?」
柘榴は刀を鞘に納めて尋ねた。
紅はじっと柘榴の方を見ている。
「・・その刀はだれが作ったか考えたことあるか?」
「・・・いいえ、そういえば一体誰が?僕が頂いた時はゾーク様が持っていらっしゃいましたが・・」
「それは俺と同期の鍛冶師が造った刀だ。そいつ曰くその刀はこの世界のどの武器よりも優れた一級品なんだとよ。」
柘榴は首を傾げた。
そんな人物、自分が闇界へきてから見かけたことがない。
「その方は今何処に?お見かけしませんが・・?」
柘榴の質問を横目に紅は天に向かって顔を上げた。
綺麗に金色に光る満月をじっと見ている。
柘榴もつられて満月を見上げた。
「・・その鍛冶師は金色の髪と金目の女だった。人間と精霊のハーフで他の奴らから忌み嫌われていた。それでも決して自分の信念と誇りを曲げない気丈な女だった。」
まるで懐かしく・・そして愛おしく満月を見上げている紅に柘榴はふと思う。
もしかして紅の光はあの満月の光にそっくりなのかもしれない・・と。
「俺はもしかしたら待っているのかもしれない・・。戦場で血にまみれた俺を包み込んでくれる光を・・。」

   

   

「・・・あなたらしくありませんね。」
柘榴の言葉に紅は自嘲するかのように笑った。
「あまりにもあの満月がそいつに似ていたから可笑しくなってきたぜ。そろそろ戻るか。」
そう言うと紅は焔龍に乗って城へと向かう。
柘榴も羽根を羽ばたかせた。
帰る途中、ふと月を見ればすこし薄い雲に覆われて霞がかっている。
しかし辺りは月明かりでまだ明るい。
「・・まるで朧月夜ですね。」
その言葉に紅は哀しい瞳で月を見た。
「・・あぁ・・・」
そう一言だけ呟いた。

   

   

   

   

   

   

柘榴が城に戻ってきたときにはもうほとんどの部屋の明かりが消えていた。
そっとネクロの部屋に入ってネクロの顔を覗き込む。
すやすやと眠るネクロの髪を優しく撫でた。
隣で丸くなって寝ていた大牙が眼を開けた。
「・・帰ってきたのか?」
「ええ。任務完了しましたよ。あなたもお疲れ様です。・・・苦しいでしょう?」
柘榴は大牙の頭を撫でた。
その大牙の頭の真上には大きな傷がある。
その傷は他人の苦しみや痛みをかわりに受け継ぎその悲しみからじわじわと血を流すのだ。
「辛くはありませんか?あなたも激痛に苛まれるでしょう」
「もう慣れちまったよ。これも俺の能力だからな。」
大牙は金色の尻尾を振りながら部屋を出て行く。
「・・・強いんですね。どうすればそんなに強くなれるんですか?」
大牙はゆっくりと柘榴のほうを向いた。
金色の瞳が眼を細めた。
「俺もゾークもお前も・・みんな強くねぇよ。強くないからもっと強くなろうって思うんだろう?」
そう言って大牙は部屋をでた。
柘榴はベッドの端に腰をおろした。
「・・強くないから強くなりたい・・か。」
柘榴はネクロの髪を一房すくい上げた。
さらさらと砂のように手から滑り落ちるピンク色の髪を見つめた。
「お嬢様、僕はまだ弱いのかもしれません。ここへ来て僕は気付きました。まだまだ学ぶこともあるのだと。・・そしてその隣にあなたがいてくれるように・・」

   

僕はもっと強くなる。

   

その言葉は儚く消えて空に還った。
ネクロの額にそっと口付けをのこして・・・。

   

   

続く