第23話
〜侵入〜
闇界でゾークに次ぐ力と権力を持ち、軍を動かす総指令指揮官。
『闇界軍部直属・総司令指揮官長』の紅は、王宮内のある場所を目指して歩く。
辿り着いたのは、厨房であった。
そこには柘榴がいて、紅茶をティーカップに注いでいる。
紅が入り口の前に立つと、柘榴は気配で気付いた。
「官長ともあろうお方が、こんな場所までいらして何のご用でしょう?」
柘榴は振り向きもせず、背中から皮肉とも取れる言葉を投げかけた。
紅は柘榴の背後で壁に寄り掛かった。
「執事くんは、いつも厨房にいるねえ。何してるの?」
「御存知でしょう。お嬢様にお出しするお茶の支度をしているんです。」
柘榴はネクロの専属執事であり、厨房にいる時は料理を作っているか、ネクロに出すお茶やお菓子の支度をしている。
黙々と動く柘榴の背中を見ながら、紅は急に切り出した。
「……気になるんだよなあ、あの女。」
「はい?」
その言葉にあまりに感情がこもっていた為、柘榴は手を止めた。
「この前、ここに来た女だよ。ゾークの事を『おじさん』呼びしてた面白え奴。」
「杏花さんの事ですか。」
ふと、柘榴も杏花の事を思い出した。
純粋で真直ぐで、強くて……不思議な少女であったと。
しかし柘榴は杏花に対し偽名の『ノア』と名乗ったし、この場所が王宮であるという事も隠した。
いくつもの嘘を重ねて来た事に、罪悪感がないわけではない。
「あの女、何者だ?天界から来た人間とか言ってたが。」
「知りませんよ。僕が天界にいたのは数千年も前の事ですから。」
柘榴自身も、杏花の事を詳しく知らないのは事実であった。
柘榴はティーカップと茶菓子を手に持つと、紅の横を通り過ぎようとした。
「新入りの番兵くんに聞いてみたらいかがです?彼なら何か知っているでしょうから。」
柘榴は、瑠璃の事を遠回しにそう呼んだ。
しかし、紅は壁に寄り掛かった体勢のまま、下を向いてククっと笑った。
「残念ながら。俺は自分の目で確かめないと信用できない性格でね。」
柘榴はふと、足を止めた。
「なら、何故僕に聞きに来たのです?」
「執事くんをからかうと楽しいから♪」
柘榴はムっとして紅を睨むと、スタスタと厨房を後にした。
紅は一人、その場で考えていた。
何か特別な能力を持っている訳でもなさそうな少女が、たった一人で闇界に来た理由。
そもそも、何故単なる人間である少女が天界にいるのか?
これには、何か隠れた理由があるのかもしれない。
杏花が闇界の王宮に来た時、あのゾークでさえ調子を狂わせていた。
何かを聞き出しもせず、捕らえる事もなく、杏花をそのまま天界に帰してしまった。
「さ〜て、確かめに行ってみるか。」
そう言うと、紅はようやく動き出した。
杏花の正体を確かめる、というのは理由に過ぎない。
紅自身、杏花の存在が気になったのだ。

   

   

   

外へと出た紅は、天界との境界近くまで来ると、足を止めた。
「さて、堂々と乗り込みたい所だが……そうは行かねえよな。」
紅は、天界の王宮に侵入する気でいるのだ。
しかし、王宮には結界が張られていて、天使以外の者が侵入したら気付かれてしまう。
まして、強大な力を持つ紅だ。近付いただけでその気配で気付かれるだろう。
「執事くんみたいに、変身能力がありゃ楽なんだがな。」
紅は、あるアイテムを取り出し、手に持った。
それは、一枚の羽根であった。
まるで天使の羽根のような形をしたそのアイテム。
それを握ると、その羽根は大きな翼へと変形し、紅の背中に装着された。
同時に、長い赤髪も短くなり、銀色へと変わった。年齢も少し若く見える。

   

   

「へえ、天使の羽根ってのも悪くねえな。」
紅は顔を後ろに向けて自分の背にある羽根を見た。
それは一定期間、天使の姿に変身する事が出来るアイテムだった。
とは言っても一般に流通している物ではなく、ゾークの宝物庫から勝手に持ち出して来たのだ。
そうして紅は、自らの羽根で天界の王宮に向かって飛び立った。

   

   

   

天界の王宮の、訓練場。
ここは、天使達が剣術などの訓練を行う場所。
そこには、若い天使の訓練生達に、剣術の指導をしている琥珀の姿があった。
さすがに琥珀は少し前まで重体であっただけに、直接の相手はせず、あれこれと口でアドバイスをしている。

そんな琥珀と天使達を見守る杏花の姿もあった。

琥珀はふと、そんな杏花の姿に気が付いた。

休憩時間になり、琥珀は杏花の側へと歩み寄った。

「ホンマ、杏花様はよくここに来ますね。なんや、どうせお見せするなら絶好調の俺をお見せしたかったなぁ。」

いつもの明るい笑顔と口調。しかし、その笑いにはどこか影がある。

無理もない、と杏花は琥珀の心を察して笑顔で返した。

「そうね。そうしたら私、琥珀さんに惚れちゃうかも。」
「ホンマに!?メッチャ嬉しいで。……って、杏花様には天王様がおりますやん!あきませんて!」
「あはは、冗談よ!琥珀さんってやっぱり面白い。」
そんな二人の笑いが収まった時、ふと杏花が下向き加減で小さく言った。
「琥珀さんは……瑠璃さんを助けに行くの?」
杏花にとっては、思いきって聞いた事であった。
しかし、琥珀は意外と表情を変えずに答えた。
「今はまだ行きません。」
その意外な返答に驚いて、杏花は顔を上げて琥珀を見た。
「そ、そうよね。琥珀さんの怪我も全快してないし、もっと体勢を整えてから……」
「そうやないです。」
琥珀は、虚空を見つめた。まるで、遠い先にある闇界に思いを馳せるように。
「杏花様。この戦争は天界にとって『守る』べき闘いなんやと思います。」
杏花は、ハッとして思い出した。
前に、瑪瑙がこの戦争の事を『闇界が一方的に天界を攻撃している』と説明していた。
天界は、闇界を『攻撃』するつもりはない。この戦争は、闇界の攻撃から天界を守る為の闘い。
「次に瑠璃が天界に来た時、その時に必ず瑠璃を取り戻します。」
真直ぐな目を向けて、琥珀は力強く言った。
それは、逆を言えば次に闇界が攻めてくるまで待つ、という事。
本当は、すぐにでも闇界に乗り込んで最愛の弟を救いたいだろうに。
そんな琥珀を思って、杏花は何も出来ない自分を悔しく思った。
「正直、びっくりしちゃった。でも、安心したわ。私、琥珀さんが無茶をして闇界に乗り込んで行かないかと心配してたの。」
「るーちゃんやないんですから、俺はそんな血の気は多くないですよ?」
そう言って笑うと、再び杏花から離れ、訓練場の中心へと歩いて行った。
「さあ、訓練を再開するで!次の訓練生、前へ!」
琥珀がそう言うと、一人の訓練生が前に出て来た。
杏花は前向きな琥珀を見て少し安心して微笑んだ。そして訓練場を後にすると、自室へと向かった。
「なんや、見ない顔やなあ、新入生か?」
琥珀は見なれない天使の訓練生を前にして、不思議そうな顔をした。
「はい。名はコウと言います。訓練生として王宮に配属されたばかりです。よろしくお願いします。」
屈託のない笑顔を向けて、丁寧に頭を下げた。
この訓練生の天使の正体こそ、紅が変身した姿である。
その丁寧な口調と態度。普段の紅からは想像もできない行為である。
だが、逆に紅は脳内でその行為自体を楽しんでいた。
(要するに、口調や態度は執事くんの真似をすりゃいいんだろ?簡単な事だぜ。)
笑顔の裏で、紅はそんな事を思っていた。
「さよか。まあええ、訓練始めるで!」
全く不審に思わない琥珀であった。

   

   

   

その後の紅は王宮内を歩き回っていた。
杏花を探しているのである。
しかし王宮は広く、どこを歩いてもいるのは天使ばかりで、杏花を見付ける事が出来ない。
(面倒くせえ、そこらへんの奴に聞くか?)
そんな事を思いながら歩いていると、城から少し離れた場所に建物を見付けた。
それは、瑪瑙の診療所である。
紅は中を確認するべく、その建物に近付いた。
しかし、その建物の中からは「ガガガガガ…」と何か工具を扱うような、激しい騒音が聞こえてきたのだ。
(うるせえ場所だな………)
紅が入り口から入ると、中では巨大な機械を制作しているらしい瑪瑙がいた。
しかし、工具を扱う事に集中しているのと、騒音で紅の姿に気付いていない。
「あの、すみません。」
紅は瑪瑙の近くで呼び掛けてみた。しかし返事がない。
「おい、気付けよ!!」
思わず素の口調で叫ぶと、瑪瑙の手がピタリと止まった。同時に、騒音も止む。
瑪瑙は、紅の顔をじっと見つめた。
しかし、瑪瑙の顔を見てハっと顔色を変えたのは紅の方だった。
(コイツ……!!)
紅は、瑪瑙の顔に見覚えがあったのだ。それはもう、数千年も前の闘いの時の記憶であった。
しかし、今の紅は天使の姿に変身している。
瑪瑙の方から正体に気付かれる事はないだろう。
「あれえ、見ない顔の天使くんだね。新入り?」
瑪瑙は、相変わらずのゆったりした口調でニッコリと笑った。
紅は我に返って、演技の口調になった。
「はい。コウと言います。あの、聞きたい事があるんですが。」
「ああ、これはね。ロボット試作品32号を作ってるんだ。今度のは自信作なんだよね〜。」
(聞いてねえよ!)
紅は心でツッコんだ。
瑪瑙は医者でありながら、何故か化学者並に発明や機械づくりが好きなのであった。
今は巨大なロボットを作っているらしい。何に使うのだろうか。
「杏花って人を探しているんですけど、どこにいますか?」

紅がそう言うと、瑪瑙は目を丸くして驚いた。

「君、すごいね。杏花様を呼び捨てにする天使なんて初めてだよ。」

「え?」

「そもそも、杏花様を知らない天使が王宮にいるなんて、驚いたなあ〜。」

「し、新人なので、何も知らなくて…」

(何だ?杏花ってヤツは、そんなに偉い奴なのか?)

紅は訳も分からずにいたが、何とか聞き出そうとして低姿勢でいた。
「杏花様なら、自室にいるんじゃないかな。ほら、お城のここらへんにある部屋。」
瑪瑙が説明すると、紅は笑いを浮かべて
「ありがとうございます。」
と丁寧にお礼を言い、診療所から立ち去った。
瑪瑙はしばらく作業の手を止めたまま、何かを考えていた。
(あの天使くん………、誰かに似てるような気がするんだけど……。)
瑪瑙の遠い昔の記憶の中に、思い出された男がいた。
琥珀や瑠璃が生まれるよりもずっと前の闘いの記憶。
赤く長い髪、炎を操る闇界最強の男の姿を。

   

   

しかし、その記憶は今、決定的には結びつかなかった。
「まぁ、いいか。もうすぐ完成だし頑張ろう♪」
そうして、瑪瑙は工具の騒音を響かせながら、ロボット作りを再開した。

   

   

   

紅は、城の杏花の部屋の前に立った。

その大きく立派な扉は、王族の部屋を思わせる。

(本当に何者だ?)

増々疑問を膨らませるが、紅は何の躊躇いもなく無造作に扉を開けた。

すると、正面の方に窓の外を眺めていたらしい少女の姿を見付けた。

杏花は部屋に誰かが入って来た事に気付くと、あっと驚いて振り返った。

紅は杏花に向かって歩く。

「杏花さん、ようやく見付けました。」

杏花は目を見開いて紅を見る。

「びっくりした…。誰かがこの部屋に入ってくる事ってないから。」
「何故ですか?」
「だって、ここは私とダーツさんの部屋だから。王様の部屋なんて、みんな気軽に入らないでしょ?」
それを聞いた紅の方が驚いた。

(天王の部屋!?天王と同室って事は、まさかこの女……)

しかし、少しでも不審に思われないように、紅は演技を続けた。
「僕は新人の天使で、コウと言います。何も知らなくて勝手に部屋に入ってしまい、すみません。」
杏花は明るく笑って返した。
「いいのよ。みんな、もっと気軽に入ってくればいいのに。ねえ、少しお話していかない?ダーツさんは夜まで戻ってこないし。
ダーツは王としての仕事がある為、部屋で一緒になるのは寝る時くらいなのだ。
これは都合がいい、と紅は思った。杏花から話を聞き出すには。
テーブルで向かい合って座ると、早速とばかりに紅は質問をした。
「杏花さんは、天使ではないんですか?」
「うーん、元は人間なんだけど、転生して天界に来たらしいから…どうなんだろう。」
まるで他人事のように話す杏花に、紅は疑問に思った。
「私自身、よく分からないの。目覚めたらいきなり天界にいて、ダーツさんの妃になるんだって言われて…。」

(なんだ…と…?)

天王の未来の妃。それが、この少女の正体であった。

しかし、その言葉から杏花には過去の記憶がないらしいし、特別な能力も持たない平凡な少女である。

「でも、私はダーツさんの言う事、信じられるから。」
そう言って杏花は恥ずかしそうに笑った。何の偽りも感じられない笑顔。
偽りの姿で杏花の前にいる紅は、真実を知ったのに何か心にスッキリしないものを感じた。
「闇界の事、どう思いますか?」
思わず、紅の口から出た言葉。

(なんだ?俺は何故、こんな事を聞いて………)

紅は自分自身に戸惑った。

「私、実は闇界に行った事があるの。エクレア伯爵って人に会ったわ。面白い人なの、また会いたいなぁ。」
杏花は、闇界で会ったゾークの事を『エクレア伯爵』だと今でも思い込んでいる。

紅は疑問を膨らませていく。なぜ、この少女は敵国の事をこんなに楽しそうに話すのか?

かと思うと、杏花は急に真面目な顔になり、真直ぐな目を向けた。
「大丈夫、闇界の人達は悪い人ばかりじゃない。私はこの戦争の事を良く知らないけど、きっと何かの誤解で起こったんだと思う。それが解ければこの戦争は終わると思うの。」
その言葉は、あまりにも今の戦争の発端と理由に的中していた。
何も知らないと言いながら、全てを見通しているのである。
過去の記憶すらない、たった十数年しか生きていない普通の少女が。
「そうすれば、闇界に奪われた天使達も戻ってくるわ。そう、いつかきっと。」
杏花は、天使が殺されて奪われる瞬間を目にしていながら、希望は捨てずに前向きだった。
紅は何も言葉が出ないでいた。
その時だった。
突然、激しい衝撃音と共に城が揺れだし、壁や天井が崩れはじめた。
一瞬、窓の外に機械の手のようなものが見えた。
瑪瑙の試作品ロボットが暴走したのだ。
「きゃぁああっ!!」
大きな天井の破片が、杏花の頭上から崩れ落ちていく。
紅は、瞬時に反応して無意識に叫んだ。
「杏花ぁッ!!」
紅が、体全体で守るように杏花を自分の体で覆った。
そして力を集中させ、体全体から炎の渦を発生させた。
炎の力は、一瞬にして破片を消し飛ばして灰に変えた。
杏花は顔をあげて紅の顔を見ると、「え?」と声を出した。
そこにいたのは、先程までの銀髪の天使ではなく、赤く長い髪の男だった。
本来の能力である『炎』を使った為に、アイテムの効果が打ち消されて元の姿に戻ってしまったのだ。
「コウ……さん?あなた…………誰?」
放心したように杏花が呟く。
その時、杏花は思い出した。前に一度、闇界で会った人だったと。
部屋の窓側が壁と天井共に破壊され、外から部屋が丸ごと曝されている状態だ。
元の姿に戻ってしまった以上、長くこの場所にいられない。
紅は素早く立ち去ろうと外の方へと向いた。
しかし、砂煙の中で羽根を広げ、こちらを見下ろしている男がいた。
対峙するように、紅はその男を見上げた。
「官長。これは、どういうおつもりで?」
紅を冷たく見下ろしているのは、柘榴だった。
柘榴は元が天使であるから、天界に侵入しても気配だけで気付かれる事はない。
杏花は柘榴を見て、さらに驚いた。
「ノアさん……?どうして……?」
しかし、柘榴は紅から視線を外さない。
「それはこっちが言いてえな。俺の邪魔をしに来たってのか、執事くん?」
「いいえ。ゾーク様のご命令もなしに行動し、さらに宝物庫から盗み出した事、とてもゾーク様が喜ばれる行為とは思えませんから。ご忠告に参っただけですよ。」
「クク……そいつはご苦労。忠実な執事くん。」
そう言いながら、紅は柘榴に本気の殺気を向けているようだった。
自分の行動を監視される事、邪魔される事は気紛れで自由奔放な紅にとって、一番腹立たしい事であった。
「敵地で争うべきではありません。お先に失礼します。」
柘榴は落ち着いた様子で羽根を翻した。
紅は移動用のドラゴンを呼び出すと、その背に飛び乗った。
そして、杏花の方を振り返った。
「俺の本当の名は紅だ。覚えておきな。」
その時、部屋にダーツが入ってきた。
「杏花……!!無事か!!」
「ダーツさん!私は大丈夫。でも………」
杏花は空を見上げた。
ドラゴンに乗った紅の姿は、すでに小さくなっていた。
ダーツは空を見上げた。そして、その水色の瞳を僅かに開いた。
そこには、羽根を翻した柘榴の姿があった。
ダーツの気配に気付いた柘榴は、振り返った。
しかし、すぐにまた前を向き、何も言わずに飛び去った。
「………柘榴」
ダーツは独り言のように小さく呟いた。
「え?」
その言葉が聞き取れなくて、杏花は不思議そうにしてダーツの顔を見た。
その言葉は誰にも届く事はなく、空へと吸い込まれるようにして消えた。
ダーツは、じっと柘榴の後ろ姿を見ていた。遠く、小さくなって消えていくまで。

   

   

   

   

   

   

闇界へと戻った柘榴と紅は、ゾークの玉座の前にいた。
今回の事を報告する為である。
「まあ、大目に見ろよ、ゾーク。ちゃんと偵察してきたんだぜ?」
まったく悪びれた様子も反省も見せない紅であった。
そんな紅に、半ば諦めたようなゾークであった。
「それでは、官長殿の報告をお聞かせ下さい。」
柘榴が、気に食わなそうな顔をしながら冷たく言った。
「ああ。あの杏花という女…。どうやら天王の妃になるらしい。」
その言葉を聞いたとたん、その場の時が止まったような沈黙に包まれた。
柘榴は瞳を見開いたまま、どこか虚空を見つめていた。
「以上だ。充分だろ?じゃあな。」
沈黙を破った紅は、玉座を後にした。
少しして、ゾークはようやく口を開いた。
「………あの少女が………。」
ふと、ゾークが柘榴の方を見ると、柘榴はまるで放心したかのように一点を見つめている。
「柘榴。」
ゾークが呼び掛けると、柘榴はハっとして玉座のゾークを見上げた。
そして、ぐっと自分の拳を握り目を閉じ、少ししてから開いた。
「……………分かっております。」
どこか、辛さや悲しみを帯びた赤い瞳が揺れた。
「全ては、ゾーク様のお望み通りに。」
しかし、ゾークの闇色の瞳も僅かに揺らいだ。
「いずれ、あの少女も僕の手で……………。」

   

   

   

   

   

   

紅は、王宮の地下へと向かった。
(何故あの時、俺は助けた…?)
杏花を助けた時の自分の行動を思い返し、紅は自分自身に問いかけた。
助ける必要があったのか?瞬時に動いてしまった理由は何か?
(あの女は、人を狂わせる。)
俺らしくない、と笑いながら階段を下ると、地下水脈へと辿り着く。
(今は、それどころじゃねえ。俺が思う女は一人でいい。)

   

   

(……なあ、朧?)

   

   

紅を狂わせる、もう一人の『女』がこの場所で目覚めようとしていた。

   

   

続く