番外編
〜あの月をみて思うこと〜
俺の名は瑠璃。
最近闇界に堕ちて再生された天使。
俺の新たな日常は、闇から始まった。

   

   

   

   

   

   

朝・・といってもこの闇界は殆どが夜で朝を告げるかわりに紅い月がでる。
夜はもちろんあの光り輝く月が出る。
俺の部屋は王宮の離れに作られた。
俺がそう頼んだのだ。
ここに来てから俺はあまり他人と喋らない。
話すのも面倒だし、一人でいたいからだ。
話しかけられたら話して、余計な事は言わない。
俺は、俺自身に忠実に生きていたい。
心が開放された時からその思いは強くなっていった。
もちろんゾーク様には従う。
だが、俺が信じるものは俺と、王だけだ。
けだるい身体を起して洗面所で顔を洗う。
冷たい水の温度が心地よくて手に溢れる水をただ呆然と見ていた。
ふいに鏡を見るとなんともまぬけな男がたっている。
あぁ、それは自分だと気付くまで時間がかかった。
キュッと蛇口をひねってタオルで顔を拭う。
しんと静まり返った部屋に俺の足音だけが響き渡った。
それから俺は、クローゼットにかけてある喪服のような黒いスーツを着る。
別になんの執着もないので白いシャツとスーツのみ。
着さえすれば服なんてそれでいいのだ。
腕を通してボタンをつける。
『兄者!!ボタン掛け間違っとるで!!だらしないなぁ』
『え!?マジで!?寝坊しそうやったからなぁ』
『たくっ!ほら、こっち向かんかい!!』
『いやぁ〜ん!瑠璃のスケベェ!』
『変な声出すなぁぁぁ!!気色悪いわぁ!!』
ふっと過ぎる兄者との記憶・・。
「・・いまでも掛け間違っとるんやろか・・」
否、掛け間違っているのは俺のほうかもしれない。
食い違う兄者との意見・立場・思い。
俺たちはいつになったらまた会えるんだろうか・・・・。

   

   

   

支度を終えればそのまま王宮の廊下をひたすら歩いて玉座に向かう。
これは天界に居た時と変わらない。
『兄者!早よう!!遅刻なんてしたら碧海さんに怒られるで!』
『もう時間過ぎとるんやからどうせいったって怒られるんやで?だったらゆっくり行こうや』
『そんな悠長なこと言ってる場合かーー!!!』
『お前らぁぁぁ!!!時間厳守だと言っとるだろうがぁぁ!!ルール違反は許さん!!』
『うわ!!碧海さんがものすごい顔してこっち来るで!!兄者ここは謝って・・・・』
『逃げるが勝ち!!!!』
『あぁ!!先に逃げやがった!!待たんかい兄者ーーーー!!!』
『お前も待てぇぇ!!番兵兄弟ーー!!!』
脳裏に浮かんだ朝のドタバタ騒動に俺は懐かしさを感じた。
兄者はいつも上手い具合にかわして俺が怒られていたなぁ・・・。
あ、なんか憎しみが強くなってきた。
はぁ・・とため息をつくと廊下の先に硫化がいた。
ファリス王子とも一緒だ。
硫化は王子の為に身を犠牲にしてまでここへ来た。
俺も似たような理由でここにいる。
硫化には幸せになってほしい。
戦争の最中になど置かせたくない。
それらを含めて守りたいものを守るには力が必要なのだ。
絶対的な力が・・・。

   

   

   

王に会って任務を言い渡され、それをそそくさと終わらせて修行するのが俺の日課。
俺と兄者は同格だから少しでも兄者より上をいかねば奴を殺せないだろう。
誰も居ない山奥で自分に打ち勝ちながら修行する。
そして羽根を広げて大空の中にとけこんだ。
そういえば兄者は大空に似ている。
優しいけどたまに意地悪く、気まぐれにコロコロと表情をかえて、大きな包容力がある。
闇界に堕ちてから兄者との記憶ばかり鮮明に思い出す。
足りないなにかを探すように
片割れのない人形のように歩いては道に迷う。
俺の心はいつだって満たされない。
その代わりに沸き出でるものは
不安
孤独
迷い
罪悪感
まるで捨てたものを今更になって後悔するようだ。
あの時決めたはずだ。
もう迷わない。
ゾーク様を信じる、と。
それなのに俺はまだ未練があるようだ。
「・・・最悪やな・・・」
きっと兄者や天麗やみんなが闇界に堕ちればこんな気持ちにならずにすむだろうか?
自分の心を満たすために仲間を傷つける非道さが骨身に染みる。
あぁ・・俺は完全に堕ちたと思い知らされる。
このまま、どこまでも堕ちてしまおうか・・。
そう思っていたら俺はいつのまにか地上に落下していた。
ドボンと深い川底に身を沈めていく。
冷たい水がひんやりと心地いい。
このまま息さえも止まってしまえばいい。
フッと眼を開けると俺と同じアクアの色に包まれた。
だがその色さえ闇色にそまっている。
その中で金色が見えた気がした。
その色は俺が求めていた光と同じだった。
そのまま俺は目を閉じた。
もうこんな世界見たくないように・・固く眼を閉じた。

   

   

   

   

   

   

気付いた時にはもう夜だった。
紅い月から金色の月に変わっている。
「・・このくらいで死ぬわけないか・・」
川の岸辺に横たわっていた自分に違和感を感じる。
「なんでこんな所に・・?落ちた川からだいぶ離れとるし・・・」
まるで誰かが運んだかのように川から自分の足元にかけて雫の橋がかかっていた。
王宮から離れた山奥。
あの時みた金色の光。
すぐ向こうは花園で天界に近かった。
俺ははっとする。
「・・・まさか・・・兄者・・・?」
パサッと自分にかけられていた衣服に気が付く。
間違いない。
兄者の軍服だった。
緑色の今は懐かしいあの軍服だ。

   

「兄者・・・ここに・・?」
俺が川に落ちてそれを助けて服までかけて・・・。
「・・なんや・・しっかりしてきたやんか・・。兄者・・」
やっぱり兄者は優しいなぁ・・そう思うと涙が出てきた。
そしてやっぱり兄者は優しくない。
何も言わずに優しさだけおいていくんやから・・。

   

   

   

花園では、ずぶ濡れになった琥珀を砂金が見つけた。
「まぁ、川にでも落ちたのですか?」
「・・うん。ちょっと・・な。」
渇いた笑いを見せる琥珀に砂金はそっと手を差し伸べた。
「夜は冷えますわ。温まってから王宮にお帰りになられても支障はございませんでしょう?服も乾かさないと・・」
ね?と言う砂金は琥珀を家に招きいれた。
花園の中に住む彼女は一人で暮らしている。
「はい、これに着替えてくださいね。」
砂金から手渡されたのは男物の白いシャツと黒のスラックスだった。
「男物の服なんてあったんやな。」
「ここにはお困りになった人ばかり来ますから用意してあるんですよ」
たとえば、あなたのような方ですわ。そう笑いながら濡れた服を乾かしている。
「・・ありがとうな、砂金。」
琥珀は服に腕を通しながらぽつりと呟いた。
二人は背中合わせに会話をしていた。
「・・何があったか聞くのは野暮でしょうか?」
「いや・・。さっき瑠璃に会ってきたんや。っていってもあいつは気を失ってたけどな。」
「左様ですか・・・。会ってあなたの決心が揺らいだのですか?」
「いや・・。ますます瑠璃を取り戻さなアカンと思った。あいつの心は不安定すぎる・・・。」
琥珀は着替え終えると隅にあったベッドに腰掛けた。
その重さにベッドがギシッと音を立てた。
「なぁ、砂金。砂金の支えって何や?」
いきなり話題をかえる琥珀にキョトンとした砂金が近づいた。
「支えは、私の信念ですわ。守りたいものがある人に必ずある『譲れないもの』が私の支えです。琥珀さんにもありましょう?」
隣に座る砂金は琥珀の瞳をじっと見つめて答えた。
「・・俺も支えにはいっとる・・とか?」
ドキドキしながら質問する琥珀がなんだか子供みたいで可愛くて砂金は笑った。
「・・・・・・・・さぁ?どうでしょうか?」
「うわっ。意地悪いで砂金!!腹割って話そうや!」
「なら先に琥珀さんのほうから本音を言ってくださいな?そうすれば私もいいますわ。」
「・・とかなんとかいって、言わん気やろ。」
「あ、服は明日取りにきてくださいね。その服はお貸ししておきますわ」
「話逸らすな!・・あ〜もう砂金には勝てへんわーー。」
クスクス笑う砂金の横で琥珀はベッドに身を沈める。
なんだかそのまま寝てしまいたくなった。
うとうとと重たい瞼を動かしていると砂金の手が琥珀の瞳を撫でた。
「少しお休みなさいませ?私はここで歌を歌っていますから・・」
おやすみなさい・・そう聞こえたと同時に琥珀は寝息を立て始めた。
「私の支えは・・あなたですわ。琥珀さん」
そして砂金は歌を奏で始めた。

   

   

   

   

   

   

食い違う心はまるで太陽と月のよう。
太陽は兄者で俺は月。
どんなに頑張っても彼のようには輝けない。
どんなに追いかけても彼には追いつけない。
いつだって彼に照らされて光る俺はぼんやりと浮かんでいる。
ただ、もしこの惨めな俺を救ってくれる人がいるならば
どうかその人の光で照らして欲しい。
そっと俺だけを思ってくれる光が欲しい。

   

   

   

   

   

   

「・・・綺麗な月。あなたも見ているのかしら?この月を・・」
風が、ピンク色の髪を揺らしていた。
短く切られた髪はゆらゆらとちいさく揺れる。
「瑠璃・・・・」

   

   

続く