第24話
〜朧月夜〜
彼女はなんの前触れもなく覚醒した。
闇界の王宮の地下から・・・。
地下の奥深くに重力を無視した水の玉が浮いていた。
その玉が最大限に呼応を果たすとパァンと爽快な音と共にはじけ飛んだのだ。
その中から何も身に纏わぬ姿で一人の女が深く呼吸を繰り返した。
「はぁ・・ごほっ・・はぁはぁ・・・」
水に濡れた金色の髪が白い肌に吸い付き、おぼろげな瞳は光輝く月のようだった。

   

   

女は辺りを見回した。
幾つもの支柱が自分を囲む薄暗い地下だと判るのに少し時間がかかった。
床の冷たい感覚が神経に伝わってくる。
「・・ここ・・・は・・・」
女が自分に置かれている状況を必死で手繰り寄せている瞬間、毛布のような布に包まれたと思ったら今度は身体が毛布ごと宙にうく感覚がした。
「おはよう。朧」
朧は眼を見開いた。
金色の瞳はしっかりと正面の人物を捕らえている。
骨の節々がでばっているごつごつした手とは相反し、朧の濡れた髪を弾く指は優しさに満ち溢れていた。
「・・・・紅・・・。」
朧が呟くと紅はにっこり笑って踵をかえした。
紅は朧を抱きかかえたまま地下から地上へ出る螺旋状の階段を上がっていった。

   

   

   

   

   

   

王宮・玉座の間。
そこにはゾーク並びに闇界にいる石の能力者達が集まっていた。
そこに紅に手を引かれて入ってくる女性の姿があった。
女は黒い着物を身に纏っている。
髪と瞳の色が月のように光輝く金色で髪の長さはショートに近い。
「久しぶりだな。朧。」
ゾークがそう発すると朧はすっと頭を下げた。
「はい。永きにわたる封印からやっと昨日目覚めることができました。」
「うむ。・・そういえば柘榴は初対面だったか?」
ふいにゾークは柘榴の方に眼を向ける。
「はい。初めてお眼におかけします。・・・柘榴と申します。どうぞよろしくお願いします。」
柘榴は朧に軽く会釈をする。
朧も柘榴の方に身体を向けた。
「私の名前は朧という。昔からこの闇界の鍛冶職人をしている。こちらこそ宜しく頼む。」
はきはきとした物言いに柘榴は苦笑した。
「お前も見ない顔だな。」
朧は壁に寄りかかる瑠璃に視線を向けた。
「・・新参者やさかい、知らなくて当たり前や。瑠璃って言います。よろしく」
「また、天使か・・。よろしくな。」
ふっと哀しげな表情をしたがそれは直ぐになくなった。
柘榴はそんな朧をみて少し不思議に思ったのだ。
だけれど相手の目を見てまっすぐ話す彼女に少なからずの好感が持てた。
後に詳しく聞けば、朧は紅と同期でかなり古くからいる人物らしい。
柘榴の月夜刀や大理の地割剣などさまざまな武器を作り補修してきた鍛冶職人でこの闇界の軍事に必要不可欠な人物らしい。
男の働きに負けない彼女の職人としてのこだわりは凄まじいものだった。
そして彼女に磨かれた武器は生き生きとしている。
鍛冶場も王宮の外れのほうに設置されており、彼女は一日の大半をそこで過ごしているようだ。
封印されていた分武器の手入れに毎日忙しく働いている。
「大理。地割剣が磨きあがったぞ。これで少しは使いやすくなったはずだ。」
朧は大理にその刀を手渡した。
「ありがとうございます。・・うん、ずいぶんと軽くなって振りやすい。」
「あぁ、お前はいつも丁寧につかってくれているから私も職人として嬉しいな」
「はい、この刀は俺の誇りですから。」
「お前らしいよ。またなにかあったら言ってくれ。遠慮はいらん。どんどん持って来い。じゃあな。」
去り行く朧の背中にお辞儀して大理は刀を鞘に納めた。
ふと後ろから女の声がした。
馴染みのある元気のいい声だった。
「大理さん!こんなところでどうしたんですか?」
大理の後ろで声をかけたのは砂良だった。
砂良の顔をみた大理は優しい眼差しで答える。
「磨き上げられた地割剣を朧さんからいただいた所だ。」
ほら、と見せる大理に砂良はちょっと身を強張らせた。
「砂良・・?」
「ごめんなさい、大理さん。私その剣が怖いんです。」
無理もない。
砂良は大理の剣に切られてこの闇界に来た。
その時の傷はないもののやはり記憶には新しく砂良には刺激が強すぎた。
それに気付いたのか大理はさっと剣を鞘に納めた。
「・・すまない。」
ふいに大理が砂良に謝る。
「あ!!いえ、いいんです。あのことはもういいんです。ただ・・大理さんはその剣で他の天使を殺しちゃうんですよね・・。どうして、剣を振るうんですか?」
砂良は慌てて両手を大げさに振りながらもう平気だ、とアピールした。
その仕草が必死でなんだか可愛いと思う大理だった。
「砂良が歌を歌うのと同じだよ。俺も剣を振るわなきゃいけない。俺の・・大切な人を・・守りたいから。」
少し頬を紅くして答える大理に砂良は手を握った。
「・・え?・・砂良?」
きょとんとした瞳で砂良を見返した。
「・・なら、私は歌います。大理さんの・・為に・・。」
その両頬は赤みを帯びていた。
なんだか返答に困って大理は眼を泳がせている。
「・・・うん。・・・あ、ありがとう・・。」
やっと言えた言葉は歯切れが悪く、なんとも滑稽だと自分をあざ笑う大理。
この少女といると、自分を見失うような錯覚に襲われる。
ゾークを守る役目を生まれながらに背負ってきた自分に戦いしかないと思っていた。
誰かを斬捨てる為に闘ってきた自分に、こんなにも無邪気に砂良は笑いかけてくれる。
一度は彼女さえも手にかけたのに・・・・。
彼女の歌を聴くたびに心が癒される。
同時に心がなんだか苦しい。
砂良を見るたびに甘い棘が自分の心臓をちくりと傷めるのだ。
この感情は一体何だろう・・・・。
そのまま固まる大理に砂良もまた、固まっていた。
(どうしよう・・。大理さんが固まっちゃった・・・。もしかして変な事言っちゃった!!?どうしよう・・自分からは離しにくいし・・・)
大理も大理で考えていた。
(・・・考え込んでいたらずっと手を握っているままだった。砂良は話さずに固まったままだし・・離したほうがいいのか?・・・でも自分から離すのもなんだか嫌だし・・・どうしたんだ?俺・・・矛盾しているな・・・。)
お互い手を握り合ったままどうすればいいのかわからず少しの間そのまま固まっていた。
((・・離すタイミングがつかめない・・・))
五分後、通りかかった黒曜に邪魔されその手はあっけなく離れたそうだ。

   

   

   

後ろでそんな事が起きているとは露ほども知らない朧は廊下を歩いていた。
そして廊下の角を曲がった所で反対から紅がいることに気が付いた。
ふいに紅に声をかけた。
「紅?こんなところで何してるんだ?」
きょとんとする朧に紅は苦笑する。
俺が居ちゃ悪いかよ、といった眼で朧に訴えかける。
「酷ぇ言い草だな。お前が忙しく王宮を走り回っているからゆっくり話も出来ねぇ。だから待ってたんだよ。」
その言葉に朧は半信半疑の問いをかけた。
「お前がか?人の話を聞かない自己中男のお前が?」
その言葉につっかかりを覚え、朧の目線まで紅は腰を屈めた。
「なんだよ。それが数百年ぶりに再会した同期に言うセリフか?」
「ふふっ・・悪い。ついおかしくて・・。そうだな、散歩でもしようか」
朧は笑いながら紅の前に出て、ほら、と手招きをした。
紅も朧の歩幅に合わせて歩いていく。
二人が中庭にでてしばらく歩いた時、朧の声色が落ちていった。
さっきまでたわいのない話をしていたのに・・。
「いつ・・こんな戦争は終わるんだろうな・・。」
「さぁな。ゾークも執念深いことこの上ないな。」
あっさりと紅は答える。
すると朧は急に歩幅を早めて紅の前に立ちはだかった。
自然に紅の足が止まった。
「お前は、この戦争をどうおもっているんだ?」
「おいおい、また随分とストレートな質問だな。」
「茶化すな。真面目に答えろ。」
キッと睨む朧に紅は少し考えて口を開いた。
「・・・俺はゾークに従い軍を動かすだけだ。元々戦争とか戦いは嫌いじゃねぇからな。」
「・・変わらないな、お前って奴は・・。」
金色の瞳が愁いに染まっていく。
風が二人の間を冷たく横切った。
「この戦争で、なにが得られるというんだろうな・・。」
ポツリと呟く朧の小さな肩が震えているように思えた。
少しの静寂の後、ただ一言だけ言葉が返ってきた。
「ただの自己満足だ。だが、俺は俺のやりたいようにやるぜ。・・欲しいものがあるんでね・・。」
意外な言葉が紅の口から出てきて朧ははっと見上げる。
「欲しいもの?何だ?」
紅はにやりと妖しく笑った。
「さぁな。当ててみろよ」
それだけ言うと紅はまた歩き出した。
「ちょ・・紅!待って!!」
朧もまた、紅に遅れないように歩き出した。
(まぁ・・いつか教えてやるよ。いつかな・・)
かすかに紅の瞳が貪欲に光った。

   

   

   

   

   

   

それから数日経ったある日の事、朧は柘榴を探していた。
柘榴はいつも厨房でお菓子やお茶をいれているかネクロの部屋で身の回りの世話をしている。
朧がネクロの部屋を訪ねてきたとき、部屋にはネクロ一人だけだった。
「お嬢。執事をみかけなかったか?」
朧はドアに手をかけて椅子に座り読書をしているネクロに問いかけた。
「柘榴?今厨房に行ってお茶の支度をしてるけど?」
「そうか・・。ありがとう」
「あ!待って待って!ねぇ聞きたい事があるのよ」
後ろを向いて部屋を出て行く朧をネクロは引き止めた。
「なんだ?」
「朧ってあの紅番長と同期なんでしょ?」
「番長・・?紅の事?ハハハ!!随分的を得たあだ名だな!!」
朧は笑いながらドアに寄りかかった。
「もう!そんなのどうだっていいのよ!!ストレートに聞くわよ!いい?」
真剣に人差し指を目の前に差し出すネクロに朧は圧倒された。
「ずばり!!朧は番長の恋人?」
その言葉に朧は目が点になり、固まった。
「・・ッ・・あははははは!!!!」
朧が急に大笑いしたのでネクロは何事かと汗をかいた。
「真剣に何を言うかと思ったら・・私は紅の恋人でもなんでもない。むしろ私は紅のタイプとは全く違う。」
「ええ!?番長って女なら誰でもいいんじゃないの!?」
「・・酷い言われようだな。紅にも好みはあるぞ。たしか・・胸がでかくて髪が長くてこう・・いい匂いがする女だったかな。」
「ええ〜〜!!!?なにそれ最低!!しかもおやじくさい!」
「そうだな・・お嬢とか意外と条件合ってるしお嬢みたいな綺麗な女があいつはすきだよ。」
「ええ〜〜〜!!嫌よ!番長って何考えているかわからないもの」
「いい奴だよ。紅は。じゃ、執事と話があるから行くよ。」
そういって朧は部屋を出た。

   

   

   

その頃、柘榴は厨房で丁度ネクロに差し出す紅茶の支度をしていた。
ティーポットに香りのいいダージリンが注がれてお茶菓子にクッキーが添えられている。
厨房にやってきた朧は柘榴に歩み寄った。
その気配に柘榴は気付いた。
「・・・何か僕に御用ですか?」
後ろを振り返らず言葉のみ朧に掛けた。
朧は何の驚きもせず柘榴の横に立った。
「お前が月夜刀の所持者なのだろう?ゾーク様から聞いたんだ。使いこなせているか?」
柘榴の左脇にある月夜刀に視線を落とした。
「愚問ですね。なんなら試してみますか?」
クスリと笑う柘榴だったが予想外の言葉が返ってきた。
「そのつもりだ。剣を抜け。柘榴」
柘榴は一瞬眼を見開いたが直ぐになおって朧のほうを向いた。
「・・本気ですか?」
「あぁ、勿論だ」
あっさりと答える朧に柘榴は驚きをみせたがすぐにいつもの微笑みを浮かべた。その手には紅茶とお茶菓子の乗ったトレーをもっていた。
「では、お嬢様にこれをお渡ししたらお相手いたします。」
「・・・王宮の広間にいる。」
そういって朧はキッチンから去っていった。
「困りましたね・・。女性と戦いたくはないのですが・・。」
そう呟くと柘榴は紅茶を持ってネクロの部屋に向かった。

   

   

   

王宮の広間はとても広く少し闘ってもそうそう崩れない頑丈な造りになっている。
柱にもたれかかってあくびをする紅の横で朧はずっと空をみていた。

ふいに朧が紅に話しかけた。

「・・今日、お嬢にお前の好みを聞かれたよ。お前の好みに合ってないか?お嬢って」
「お嬢は駄目だ。面倒くさすぎる。」
朧は訝しげに紅のほうを見た。
「どうしてだ?」
「一、ゾークの娘だから。二、従順な女がいい。三、執事君の女に手を出すほど愚かじゃない。わかる?」
「・・・フフ・・お前らしいな。」
朧がそう言うとすぐに王宮の広間のドアが開いた。
「すみません。遅れました。・・紅官長、何故ここに御出でで?」
「ちょっと面白そうだから見学。」
「まぁ構いませんよ。で、なぜあなたと僕が戦わねばならないんですか?」
柘榴の数メートル手前で朧は向き合った。
「私がお前の持つ月夜刀を造った鍛冶師だというのは知っているな?私はお前の力量が知りたい。それを持つべき者に相応しい器かどうか。」
朧は腰に付けていた小さい槌を取り出した。
その槌は真っ黒で朧の手から放つ炎に包まれて朧の身長と同じくらいの大きさになった。
「剣を抜け。お前がどれほどのものかこの手で判断する。」
柘榴は軽いため息にも似た息継ぎをするとフッと微笑んだ。
「・・血の気の多い女性ですね。わかりました」
柘榴も月夜刀を鞘から抜いた。
鞘から飛び出す瞬間に刀は大きな三日月の弧を描いて鞘に納められている状態よりも大きくなる。
お互いの空気が張り詰めたように研ぎ澄まされていく。
そして、数秒の沈黙の後・・先に動いたのは朧だった。
小柄の朧は素早く柘榴の懐に入りこんで槌を振りかざした。
それを見込んだのか、余裕の表情で柘榴はサッとよけた。
「甘い」
しかし、朧の右足は振りかざした反動を上手く利用して柘榴のわき腹に蹴りを入れた。
「ぐっ・・!!」
少しよろめく柘榴に朧は苛立ちを感じた。
「貴様・・私を女だからといって攻撃しないのか?ここが戦場で私が敵ならばその甘さゆえにお前はもう死んでいる!!その甘ったれた考えをすてろ!!!・・じゃないと死ぬのはお前だ。」
「・・・言ってくれますね。どうやら甘く見すぎていました。そろそろ本気で行きます。」
柘榴は刀を振りかざし床に亀裂がはしった。
朧が横に攻撃を避けるとその後ろに柘榴が回った。
「!?」
「遅いですよ」
その首筋に月夜刀の刃があたろうとした。
しかしその刃を槌で受け止めた。
驚く柘榴の赤い瞳に金色の瞳が揺らめく。
「お前も、遅い。」
にっと笑ってお互い距離をおいた。
「やりますね。本当にあなたは鍛冶師なのですか?」
「あぁ、紛れもなく、な。」
「それほどの実力を何故軍にお役立てしないんですか?それも、女だから?」
皮肉めいて言う柘榴に罪悪感などなかった。
朧は柘榴に眼を背けずに言い放つ。
「違うな。私がこの世界の住人ではないからだ。」
その言葉に柘榴は眼を見開いた。
「・・どういう意味ですか?」
「私は、精霊界と人間界のハーフ・・つまり半端者だ。」
「つまり闇界の住人ではないと?」
「・・いちいち何度もいわせるな。行くぞ!!」
ダッと柘榴めがけて駆け出した。
柘榴の刃と朧の槌がぶつかり合った。
武器同士がぶつかり合った鈍い音はお互いの鼓膜を揺さぶる。
「その刀は持ち主を試す。迷いがあれば・・取り込まれるぞ」
「取り込まれる?」
「お前の中にある狂気と憎悪・・醜い感情がいつしか暴走を引き起こす。だから私は確かめたいんだ。お前の力を・・・」
ふいに柘榴は朧の哀しげな表情をみた。
初めて会ったあの時と同じ顔を・・・。
「あなたは何が苦しいんですか?あなたを苦しませる原因は何ですか?」
「・・何が言いたい。」
両者一歩も譲らない体制で柘榴と朧の周りに霧がかかっていく。
柘榴の能力『幻覚』が発動しているのだ。
「・・!?これは・・霧?」
朧は柘榴の能力を知らなかった。
動揺を見せる朧に柘榴は残酷な瞳で見返した。
「僕の最も得意とするのは敵の精神を破壊すること・・安心して下さい。あなたにかける幻覚は軽めのものにしておきますから・・。」
「くっ・・・!!」
「傷ついているのは戦争のせい?それともあなたの種族のせいですか?」
「・・・黙れ」
「・・それがあなたのコンプレックスですか?」
霧で姿が見えなくなっていく。
金色の髪が霞んで見える光景は朧月夜のようだった。
「貴様・・私の中をかき混ぜるつもりか?」
「えぇ、僕は女性には優しいですがあなたは今僕の敵ならば容赦はしません」
柘榴の手が朧の頬をかすめる。
「さぁ、僕の目を見てください。そして僕に挑んだことを少しばかり後悔してください?」
「貴様・・!!」
「では、ごきげんよう」
そういって柘榴は朧から離れた。
朧の辺りが霧に包まれていく。
「朧!!!!」
叫んだ声の主は紅だった。
紅の釈錠が光り、赤い炎がうねりをあげて柘榴を襲った。
柘榴はさっと身を翻してよけた。
「紅官長。なにをなさるので?」
「黙れ。今すぐ発動を止めろ。今すぐだ!!!」
冷静で誰にも無頓着な紅が声を張り上げて柘榴の胸倉をつかんだ。
「・・何故あなたがそこまでこだわるんですか?仲間を本気で傷つけようとは・・・」
「朧を傷つけるやつは誰であろうとゆるさねぇ。あいつを泣かせるのも笑わせるのもどうするも・・俺だけで充分だ。」
「・・あなたらしくありませんね。これは僕と朧さんの対決です。口出ししないでいただきたい。」
カッと眼を見開いた紅はそのまま柘榴を壁に叩きつけ両腕で挟み撃ちにした。
「ぐっ・・!」
「お前に朧の何の権利があって心を抉る?俺は・・ずっと朧の傍であいつのなにもかもをみてきた。半端者だからというだけで非難され、差別されてきた。それでもこの世界で胸張ってここにいる。そんなあいつを傷つける奴はたとえゾークだろうとも俺が許さねぇ!!」
真っ赤に光る紅の瞳が柘榴を睨みつけた。
「・・紅官長・・あなたは・・・・」
柘榴は少し疑問を感じた。
本当に何故ここまで彼女に執着するのか・・・・・。
共に歩んできた仲間だから?それとも・・・・。
お互い一歩も譲らない覇気に床がざわめく。
かすかに熱を帯びた紅の手が熱かった。
「・・待て。紅」
しかし静まりかえった広間の霧の中から声がして薄い影が見えた。
その薄い影は紅の服を掴んだ。
「・・・朧、離せよ。」
「紅官長の邪魔が入ったおかげで早く幻覚が治まったようですね。」
紅の裾を引っ張った手は朧の手だった。
紅は静止して朧を見つめた。
息を荒くしてはいるが、朧は少しの微笑みを見せた。
「私は大丈夫だ。・・・お前を少し甘く見ていた私にも非がある。」
「・・お褒め頂き有難うございます。」
「・・だけれど忘れるな、それは使いようには神さえも殺せる刀だ。」
「・・神を・・殺す?」
柘榴は自分の手に在る月夜刀をみた。
キラリとひかる刀は妖艶に柘榴の顔を映した。
朧は紅から離れて柘榴と向き合った。
「それはもともと天王を殺す為に造ったものだ。その刀とお前の力があれば・・・王を殺せるだろう。」
そしてまた朧は哀しい顔をした。
まるで罪人が罪を償い請うように・・。
「だけれど・・私はその刀をはじめすべての武器を殺す為に作ったわけじゃない。お前の一番大切な人を守るために使って欲しい・・・。」
その言葉は重く柘榴の心に響いた。
彼女は刀を殺す道具だとはおもっていない。
その刀で大切な人を守れるように・・自分の運命を切り開く事が出来るようにと願いを込めて・・。
その思いが今やっと柘榴の心に届いたのだ。
それと同時に彼女に精神的ダメージを与えた罪悪感が湧き出した。
「・・・僕は・・」
柘榴は眼を伏せて顔を背けた。
紅の言うとおり、何も知らない自分が何も知らずに彼女を傷つけていた。
悔やみにも似た感情に侵され柘榴は唇をかみ締めた。
しかし、その顔を朧は両手で包み込んで上げさせた。
「柘榴、自分のしてきたことを後悔するなら誰も守れない。だから謝るな。」
その言葉は真っ直ぐに柘榴に向かった。
「朧さん・・・」
「お前ならきっと大切な人を守れるよ。これからも、お前が剣を振るう意味を忘れないでくれ。・・疲れただろう?ゆっくり休んだほうがいい。」
「・・はい。失礼します」
柘榴は二人に背を向けてまだ霧がかかっている広間を出た。
その瞬間、朧の膝がガクッと砕け堕ちるようにバランスを崩した。
紅はとっさに朧を支える。
「大丈夫か?」
「心配してくれるのか?珍しいな・・。」
息を乱した朧の吐息が紅の髪にかかる。
朧が少しでも顔を上げれば紅の顔がすぐそばにあるくらい二人の間に距離はなかった。
「・・何であそこまでする必要がある?・・ゾークの為か?」
「・・・・」
「答えろ。ゾークの為か?ゾークの思惑通りにいくかどうかは柘榴にかかっているからか?」
朧の手が紅の服にくいこみ皺を刻んでいく。
震える唇で言葉を発した。
「・・・我らが王のため・・そうだろう?」
「違う。お前はゾーク自身の為にしているんだ。」
真っ先に否定した紅の言葉は確信に満ちていた。
「・・何が言いたい。紅」
「はっきり言ってやるよ。お前はゾークの事を・・」
その言葉を聞いたと同時に朧の瞳から涙が一滴零れた。
虚ろな頭から記憶の欠片が見え隠れする。
あの日の記憶は今も鮮明に覚えていた。

   

   

   

   

   

   

朧は幼少の時、何らかの経緯で闇界にたどり着いた。
しかしまだ幼い朧に生きるすべなどなく不幸にも魔物と遭遇し、森を駆け出していた。
ハァ・・ハァ・・ハァ・・。
息が上がり恐怖で上手く呼吸もままならない。
涙で滲む視界を精一杯つかってなんとか逃げる事を考えた。
魔物に襲われ体中に傷を作りながら必死に逃げて暗い森の中を走っていた。
あともう少しで捕まる。
それほど魔物は朧を近くまで追い詰めていた。
・・もうここで死ぬんだ。
そう朧は自分の命を諦めた。
しかし、後ろで追いかけていた魔物がいきなり悲鳴をあげ血を噴出しながら倒れたのだ。
朧は立ち止まり荒い息を整えながら魔物の残骸の上に立つ男を見上げた。
「なんだ、迷子か?」
真っ黒なスーツをきていて闇に溶け込みそうな黒い髪をした男だった。
月明かりにあたるとその髪は紺にも似た色になる。
すっと男は手を伸ばし軽々と朧を抱き上げた。
「ひっ・・!・・あ・・・」
「お前・・親はいないのか?」
「・・・」
朧はだまって頷いた。
「なら、我と一緒に来ないか?一緒に暮らそう」
朧は男の首にしがみついてわんわん泣いた。
「ど、どうした!?腹が減ったのか?」
「ちが・・こわかっ・・た・・死んじゃうって・・思って・・」
途切れ途切れに言う朧の頭を撫でてにこっと微笑んだ。
「我の名はゾークだ。お前は?」
「・・・名前、ない。」
「そうか・・そうだな・・。今日は綺麗な朧月夜だ。お前の名前は『朧』としよう。・・・えっと・・気に入ったか?」
ちょっと心配そうに言うゾークになんだかおかしくて朧は笑った。
「・・うん。」
朧はゾークによって命を救われ、ゾークは自分の存在価値をきめてくれた人だった。

   

   

   

その後、朧は当時の鍛冶師であった鉄じいという老人に預けられ鉄じいが死を迎えた時、朧が鍛冶師の名を継ぎ今もなお、王宮に仕えているのだ。
家族のいない朧にとってゾークは兄のような存在だと思っていた。
紅は友人として好きだと思った。
でも・・ゾークを見ていると時々胸が締め付けられるように苦しくなることに気付いた。
ゾークは今もユナの幻影を追っている。
朧は思う。
王妃の代わりでもいい。ゾークがユナに向ける愛情をほんのひとかけらでもいいから触れてみたいと・・・。
その気持ちを心の奥に隠してきた。
誰にも見せない。
誰にも触れて欲しくない感情だった。

   

   

   

   

   

   

「・・・・紅は・・いつも・・私の中を引っ掻き回していく・・。」
「・・そういう性格なんでね」
紅の指が朧の涙を掬う。
「どうして・・放って置いてくれないんだ・・。もう見ないで・・。私の心を覗かないで・・・・。」
紅の唇が朧の固く閉じた瞳に当たる。
まるで固く閉じた蕾開かせるように紅の舌が睫毛を撫でて涙をすくい取っていく。
「心配するな。誰にも言わない、これは俺とお前の秘密にしておくから・・。だから・・」
そばにいさせてくれ。
微かに呟く紅の言葉が耳に届く前に朧は意識を手放した。
朧の身体を抱きとめてその頭を自分の肩に乗せた。
微かに月下美人の香りが髪から漂ってくる。
紅は金色の髪に顔を少し埋めた。
こんなにも大人しく抱ける瞬間は今しかないから・・。
「・・なぁ、朧。もし俺がゾークよりも早くお前をみつけていたら・・俺に惚れていたか?」
朧は何も言わない。
当然だ、今の朧に紅の言葉など届かないのだから。
涙を微かに浮かべた紅の紅い瞳が一瞬見えた。
「・・・・忘れちまえよ、朧。」

   

   

   

   

   

   

俺とお前の秘密は、俺にとって最も残酷な真実。

   

   

続く