第25話
〜式典の準備(前)〜
此処は天界。
瑠璃が闇界に堕ちてからしばらく経った日の事・・。

   

   

   

   

   

   

「鳳来祭(ほうらいさい)?」
「ああ、この時期に山から下りてくる鳳凰(ほうおう)を迎える為の式典だよ。今では琥珀の刀の一部になっているけどね」
椅子に腰掛けていたダーツは隣に座る杏花にそう話した。
鳳来祭はその昔、天界の山に住まっていた鳳凰の怒りを鎮める為に鳳凰を祭る行事をしていたらしい。
しかし、その怒りが鎮まる事はなく、遂には天使達を襲い始めた鳳凰に琥珀と瑠璃が立ち向かった。
そして鳳凰は琥珀の刀に封印されて事なきを終え、それが祭りとなって天使達の行事になったという。
「へー、面白そう!!お祭りなんて久しぶりだしね!」
「あぁ、きっと杏花も楽しめると思うよ。明日から準備をするから少し王宮が慌しくなるけどね」
「うん!ダーツさんも楽しもうね!」
杏花は椅子に腰掛けていたダーツの隣で微笑んだ。
そんな杏花の額にキスを一つ落として返事をした。
こんな穏やかな時間は何事もないように過ぎていく。
時間が過ぎれば、日常が平和だと感じられる。
天界にいた人物がいなくなっても、憎らしいほど夜明けは来るのだ。
それが、まだ幼さを残す杏花には受け入れがたい物だった。

   

   

   

朝日が昇り、王宮も次第に天使達の行き来が激しくなってきた。
杏花は昼間はこれといってすることもないので庭の散策か簡単なお手伝い、もしくは自室で本を読んだりして時間を潰していた。
今日は祭りの準備ならば、なにか自分も役に立てる事があるかもしれない。
「よし!お手伝いしよう!」
杏花はスクッと立ち上がり、自室を出て王宮を歩いた。
杏花が自室を出てすぐに一人の侍女天使を見つけた。
侍女も杏花に気付いてニッコリ微笑みお辞儀をした。
「お早うございます。杏花様」
「お早う。何か手伝う事ない?」
「滅相もございません。私達の事などお気にお留めにならなくてもよいのですよ。杏花様のお手が汚れる事は天王様がお許しになられませんわ」
堅苦しい言葉で断られた杏花は苦笑まじりで笑うしかなかった。
この王宮で一番偉いのは天王でその妃となる杏花は事実上二番目に偉い事になる。
こういう場合、杏花の知るドラマや漫画では玉の輿にのった平凡な少女がいろいろないじめや試練に耐えながら愛を育むものなのだろうがここは天界。
天使に妬みや嫉妬、憎しみや怒りなどの負の感情はない。
多分、その感情を知っているのは天然石から生まれた特別な天使だけだろう。
杏花としては、自分がそんなに偉いわけでもないしそれはすべてダーツさんに与えられた称号であって、必ずしも自分の実力でなったわけではない。
そう考えるから今だに妃となるのには抵抗を感じるのだ。
(私は・・皆平等であればって思うけど・・それは無理な事なのかな?)
うーん・・と自問自答を繰り返していると廊下をバタバタ走る音がした。
何だろうと前に眼を凝らすと書類のような紙の束やらなにやらをもった天麗がいたのだ。
「あ!天麗!」
「杏花様!お早うございます」
杏花に気付いた天麗は小走りで走り寄って来る杏花の為に足を止めて待っていた。
杏花はさっそく手伝う事はないかと言い、天麗は苦笑した。
「駄目だよ。天王様が不機嫌になっちゃう」
「大丈夫!それに、皆が忙しそうにしてるのに私だけ休憩してたらずるになっちゃうもの!!」
私も持つわ、といって天麗の持っていた荷物半分持った。
天麗の2・3歩先を行き、クルリと振り向くと杏花は天麗に微笑んだ。
天麗は苦笑混じりに微笑んでありがとうと言った。
二人で廊下を抜けてある部屋に向かった。
「・・ここは?」
「琥珀のデスクワーク室よ。まぁ、何百年も使ってなかったけど・・」
何百年という果てしない時間に立ちくらみが起きそうになった杏花だが、無理もない。
琥珀がデスクワークなんて失礼だが似合わなすぎるのだ。
天麗がドアをノックすると、「あぁ〜いぃ・・」と何とも気の抜けた声がした。
「入るわよ、琥珀・・」
天麗と杏花が部屋の中に入ると積み重なった書類と大量の瑪瑙さん印の滋養強壮のドリンク剤が転がっていた。
見たことのないその光景に杏花は驚き、見慣れた光景に天麗は呆れて声も出なかった。
天井まで届くであろう不採決の書類と祭りの確認書類のファイル。
資料にしたらしい過去の祭りのデータは山積みとなり、本もあちこちに散らかっている。
「・・また派手に散らかして仕事溜めたわね・・」
「よぉぉ・・おはよーさん・・」
「こ、琥珀さん!?大丈夫!?」
げっそり痩せて元の明るい琥珀ではないように感じた杏花は書類を掻き分けて琥珀の座る椅子に向かった。
琥珀は紙や本などに四方八方挟まれて、片手にペンを片手にドリンク剤を持っていた。

   

   

「まったく・・あんたがいつもサボるからこんなに溜まるのよ。」
「仕方ないやろ。俺、デスクワーク一番嫌いやし・・」
「・・確かに嫌いそう・・」
そう杏花が呟くと琥珀は机におでこをぶつけて唸った。
もしかしたらこのままキノコか何かが生えてきそうだ・・そう杏花は思った。
天麗は「自業自得よ、馬鹿」といって追加の書類を腕から下ろして山積みの書類がドドン!と更にその高さを積み上げた。
杏花も申し訳なさそうに「・・頑張ってね」とその山にまた積んでいく。
その度に琥珀の顔が見る見る内に青ざめていく。
「そんな殺生なぁぁ〜〜!!!」
「それ終わるまで出るなって天王様が言ってたよ。頑張ってね〜!!」
笑いを堪えながら天麗は杏花と共に部屋を出て行った。
出てすぐに、琥珀の呻き声にも似た叫びが聞こえる。
「いっつもああいうのは瑠璃に任せっぱなしだったからね、あいつ。まぁ、いい薬になるでしょ」
「そ、そうだね・・」
若干心配だったが、これも琥珀さんの為だと心を鬼にして杏花はその場を後にした。
オヤツ時には、琥珀さんにあったかい飲み物とお菓子を持っていこうと思いながら・・・。

   

   

   

一方、瑪瑙の研究所ではまた新たな開発に取り組む凄まじいドリルなどの機械音が鳴り響いていた。
紅瑪も今は祭りの準備でこの場にはいないため、瑪瑙一人がこの作業に取り組んでいた。
火花が散っていたがそれも終わり、瑪瑙ははめていたゴーグルを外した。
厚手の手袋にゴーグル。
もうこれは医者ではなく研究員の域に達している。
趣味もここまでくると恐ろしいものである。
「・・ふぅ、出来たぁ!!」
満足そうに笑って完成した代物を見上げた。
それは、瑪瑙よりも遥か大きく山のように大きい鉄の塊だった。
大きすぎて、頭まで見えないがそれはどうも巨大ロボットであった。
「皆驚くだろうなぁ・・では、スイッチオーーーン!!!」
一人テンション高くそう叫びながら瑪瑙はスイッチを入れた。
鉄の塊でしかなかったそれの瞳は一瞬赤く光り、ゆっくりと動いた。
瑪瑙はその様子を満足そうに頷きながら眺めていた。
しかし、つかの間の平和に過ぎなかったのだろうか・・。
それはゆっくりと瑪瑙のほうに向き直ると、いきなり手を振り上げ垂直に瑪瑙の頭上に降ろしたのだった。
「・・え?」
瑪瑙がそう言うと同時にドゴゴオオォォン!!という音とともに床も何もかもが陥没してしまった。
もくもくと差し掛かる霧のような煙の中、ロボットの眼光だけが鈍く光った。

   

   

   

「・・地震?」
ふいに感じとったのは瑪瑙の研究所から数キロ離れていた翡翠だった。
翡翠は今、鳳凰を象った神輿の修理を紅瑪と共に作業していた。
口に釘をくわえて、ハンマーで打ち込んでいく。
紅瑪はその手伝いをしていた。
「どうしたの?翡翠」
「今、地震がなかったか?」
「地震?私はわからなかったけど・・」
「そうか・・気のせいか・・」
何だかその地震の発生地がまた瑪瑙の研究所じゃなかったか内心疑問に思ったが、極力瑪瑙と関わりたくない翡翠はあえて考えないようにした。
「翡翠。もう充分だよ。お茶にしよう」
「そうだな・・休憩するか」
神輿から下りて、近くで紅瑪とお茶を楽しむ事にした翡翠はやわらかな風に平和を感じていた。
隣には好きな女。
ほのぼのとした空気。
なんかいい感じ。
「・・あ、紅瑪・・」
「ん?何?」
「いや・・その、俺あんまり口に出さなかったと思うけど・・」
口ごもる翡翠に紅瑪はじっと言葉を待った。
心なしか翡翠の顔が赤い。
翡翠は紅瑪の方に向き直り、顔を真っ赤にしながら真剣に紅瑪を見た。
「俺、ずっと紅瑪の事・・・」

   

   

好きだ、の三文字が出る前に、翡翠の目の前に巨大なロボットが姿を現した。
翡翠が驚愕の声を上げる前にロボットの鉄の拳が天から落ちてくるように降り注いだ。
ドゴォォォォン!!と土煙が立ち上り、その中から真っ白い羽が姿を見せた。
紅瑪を抱き上げて空に浮かぶ翡翠は羽を広げた。
「・・ってやっぱこんなオチかよ!ちくしょぉぉ!!」
残念ながら、翡翠の告白はまた流されてしまったが、そのロボットの姿を改めて確認して驚きの声を上げた。
「な・・・!?何だよこれ・・!!」
「まさかまた兄さんが・・!?」
「いや、十中八九瑪瑙さんしかいねぇよ」
そのロボットはそのまま王宮のほうへ向かって歩きだした。
木々をなぎ倒しながら王宮に向かっていく。
翡翠と紅瑪はすぐにこの事を王宮に知らせる為に光の速さで王宮に飛んでいった。

   

   

   

そんな事など露程も知らない王宮の天使達は祭りの準備で大忙しだった。
杏花も天麗も王宮内の飾りつけや、花瓶に花を添えたりまるでパーティーの準備をするように楽しく飾りつけをしていた。
「・・?何か地響きが・・?」
先に気付いたのは天麗だった。
隣にいた杏花も床に目を向けると何だか微かに震えているようだった。
「・・なんだろう・・?」
杏花が庭に出て外の景色を見る。
そこには妙な影が出来ていた、あれ?と上を見上げた。
杏花の視界いっぱいに鉄の塊のようなものが見えた。
杏花が持っていた薔薇の花が地上に落ちていく。
「あ・・・」
「杏花様!!」
天麗は杏花の前に飛び出して身を盾にする。
そして自分の目の前に聳え立つものに目を向けた。
それは鉄の塊のロボットで・・・その姿は見知った顔をイメージさせた。
「る・・」
天麗がそういう前に、そのロボットの口が大きく開いて緑色のガスのような煙が王宮全てを包みこんだ。
「なっ・・・!!!」
あっという間に天麗達は緑のガスの中で見えなくなってしまった。

   

   

   

「・・はぁ、しんどいわぁ・・」
琥珀は椅子の背もたれで背伸びをしながら強張った身体を解していた。
ふと窓を見れば、なんだか一瞬外の景色が緑色になった気がした。
「ハハ・・こらアカン。いよいよ疲れが目にまできたかぁ・・」
いかんいかんと眼鏡を外し、目頭を押さえる。
金色の髪から伏せ目がちの金色の瞳が見えた。
眼鏡を取れば、片方だけぼやけて見える。
この補助がなければ世界は不完全に見えるのだ。
いや、眼鏡がないせいではない。
心にあいた空間にいたのは自分の片割れだ。
それがぽっかり空いた今の自分は不完全なものだろう。
積み重なった書類の向こうで、怒りながらも手伝ってくれた優しい片割れ・・。

   

   

この紙の間に居たはずの人物はもはや紙の間どころではない。
国境を越え、敵陣にいるその現実がより一層心というものを忘れさせる要因となった。
「・・あかん・・考えてしまうなぁ・・」
何か他の事を考えていないと自分は駄目になる。
だから、今のこのデスクワークが一番気を紛らわせるには丁度よかった。
一番嫌いな仕事に救われるとは・・皮肉めいた事実に苦笑しながらもまたペンを握った。
その時、けたたましくドアを叩く音がした。
琥珀はドアに近づき、ドアノブを回した。
「誰やねん。そない大きなノックせんでも聞こえてるっちゅーに・・」
「琥珀!!また瑪瑙さんが何かやらかしたぞ!!」
息を切らしながら翡翠と紅瑪がドアの前に立っていた。
翡翠のその一言で王宮に危機が迫っていることはすぐに見当がついた。
「・・またかいな・・。今度は何やねん」
「あれ見ろ!!あれ!!」
翡翠が指さした方角を見ると、琥珀は顔を青ざめて口をあんぐりと開けて叫んだ。
王宮の庭から見える巨大なロボットらしく鉄の塊。
だが、それだけではない。
その身体は三頭身でふっくらした頬と青色の鉄の髪。
真ん丸い青い瞳に着ている服は琥珀と同じ軍服。
かなり緊張感のない可愛らしい顔のロボットはどこかでみたような・・・。
「る、瑠璃ぃぃぃぃぃ!!!!!????」
琥珀がそう叫ぶのも無理ははい。
それはまるで瑠璃を可愛くしたようなロボットだったのだ。
少し(いや、かなり)急に変わった弟との再会に琥珀は驚くしかない。
祭りを近日控えた天界に、またやっかいな事件が起こる予感は否めなかった。

   

   

   

続く