第27話
〜《二つ》という事は。〜
式典の準備も多少(!?)のハプニングを乗り越えて何とか当日を迎えるだけとなった。
夜も更け、王宮内も静寂に包まれていく。
だが、王宮の最奥にある『聖洸宮』(せいこうきゅう)にはまだ明かりが灯っていた。
そこは天王に近い者だけが住む宮で、側近の部屋の奥にまるで守られるかのように、天王とその妃がいるのだった。
その中の一つ・・琥珀の宝石が埋め込まれ、その主を示す四神の紋章が刻みこまれている扉があった。
その部屋には、琥珀が一人何をするわけでもなくソファーに寝そべっていた。
(式典は明日・・・)
琥珀はテーブルに置かれた自分の刀を見つめた。
その横には、小さなガラス瓶に赤い血がついた真っ白な羽が入っていた。
それは、あの時瑠璃の羽から抜け落ちた羽根だった。
琥珀はそれをまるで戒めにするかのように保管していたのだ。
(瑠璃・・・)
ふと目を閉じて記憶の中に入りこめば、瑠璃との思い出が蘇ってくる。
もう随分昔・・・初めて稽古から実践へと移った時の事を琥珀はよく覚えていた。
あの時・・自分も瑠璃も、天使としては似つかわしくない思考の襲われていたのだ。

   

   

   

二人が初めて命を奪ったのは、天王ダーツを悪魔という不浄なる者が襲いかかった時だった。
当時、二人は人間の年齢でいうと10歳くらいの子供だった。

   

   

しかし、天王から授かった強大なる力は止まる事を知らなかった。
二人はあっという間に天王直属の護衛に属した。
ダーツを襲った悪魔も大した事はなかったが、どんな生物も『初めての事』には多少の動揺をするものだ。
この二人も例外ではない。
襲い掛かる悪魔の鋭い爪を避け、琥珀はその身体に剣を突き刺した。
口を大きく開けて涎を垂らしながら襲い掛かる悪魔の身体を、瑠璃の拳が貫き血に染まった。
琥珀は思う。
楽しいと。
瑠璃は思う。
怖いと。
琥珀はもう息絶えたであろう悪魔の身体を再度剣で突き刺した。
何だもう終わりか・・そう呟いた琥珀の瞳には狂気の色が滲み出ていた。
瑠璃は自分の拳を見つめて吐き気がした。
血に塗れた自分が怖くて仕方なかった。
自分は汚れている・・こんな自分が天王様の側にいていいはずがないと苦悩した。
二人は初めて、違う感情で違う思考を持った。
それぞれが、お互いのその思考だけ理解出来なかった。
琥珀は瑠璃の恐怖する理由と自己嫌悪が理解出来なかった。
瑠璃は琥珀の楽しむ理由と快感に似た感覚が理解出来なかった。
「兄者はどうして殺しを楽しむの?」
「楽しいから。瑠璃はどうして天王様を遠ざけるの?」
「それは俺が汚れてるから・・だから俺は天王様の側にいちゃいけないんだ。」
瑠璃はそう言ってまるで自分を抱き締めるように膝を抱えて蹲った。
琥珀はそんな瑠璃を可哀相だとも思い、そして可愛いとさえ思った。
琥珀は瑠璃の隣に座り、その身体を精一杯抱き締めてあげた。
「大丈夫だよ、瑠璃。怖いなら俺がずっと一緒にいてあげる・・汚れているなら俺がそれを拭ってあげる・・」
瑠璃はそう言ってくれる優しい兄に縋りついた。
琥珀は思う。
瑠璃と自分は天使に似つかわしくない。
俺は悪魔に似ていて、瑠璃は人間に似ている・・と。
そんな俺達が真っ白な羽を持つなんておかしいと琥珀は喉を鳴らして笑った。
それから月日は流れ、任務も手馴れてきたある日、瑠璃と油断して悪魔に背後をとられた。
死角からの攻撃に一瞬油断した瑠璃は、真後ろでキラリと光る爪をこちらに向けた悪魔への反応を遅らせてしまった。
「瑠璃!!!」
琥珀が叫んだ時にはすでに瑠璃の右目にそれは届いていた。
瑠璃はもう一つの目で自分の右目を貫いた悪魔を見た。
悪魔は真っ赤な舌を出しながら、笑っているようにも見えた。
「うああああぁぁっっ!!!!!!!」
瑠璃の悲痛な叫び声が、辺りに響き瑠璃は意識を失った。
それから何日か過ぎ去った後、瑠璃はようやく目を開けた。
ぼんやりと濁る視界が序々に開かれここが医療室だという事に気が付いた。
そして、潰れたはずの右目が見える事も。
「何で・・・」
瑠璃が驚いていると、琥珀が病室に入ってきた。
琥珀は目が覚めた瑠璃を見て笑顔で「おはよう」と言った。
「兄者・・俺の目・・」
「うん、俺の視力をあげたんだよ」
ニッコリ笑ってそう言った琥珀の右目には真っ黒な眼帯がしてあった。
それを見て、瑠璃の瞳が見開いた。
「何で・・・」
「だって、瑠璃が失明したら哀しいから」
琥珀は瑠璃の寝ているベッドに近づき、そっと手を握った。
瑠璃はまだ驚いているのか、目を見開いて固まっていた。
琥珀はそんな瑠璃を見て笑って応えた。
「綺麗だなぁ・・瑠璃の目は。綺麗な瑠璃色だ」
無邪気に笑う琥珀に瑠璃は涙を流した。

   

   

その時、瑠璃には琥珀がどんな天使よりも天使らしく見えた。
きっと判断に躊躇などなかっただろう。
琥珀は単純に瑠璃を助ける為に自分の右目を差し出したのだ。
なんと美しく、愚かで、狂気じみた愛なのか。
「兄者・・ごめん・・ごめんね、兄者・・」
泣いて謝る瑠璃の頭を琥珀は撫でた。
そして、たった一言だけ瑠璃に言った。
「早く良くなってね」

   

   

   

そこで琥珀は夢から覚めた。
懐かしく、今ではもう悲しみしか生まれない記憶だった。
「・・あかんなぁ・・めっちゃセンチメンタルやんけ自分・・」
ハハハ・・と渇いた笑いをする琥珀は、ソファーから立ち上がり部屋を出た。
そして、王宮の遥か遠くにある場所へと飛び去ってしまった。
そんな琥珀を知ったか知らずか、杏花は窓から外を見つめて小さく声を上げた。
「あ・・」
それを聞いたダーツは、読書していた本から視線を杏花へと移した。
「どうしたんだい?」
「今・・流れ星が流れた気がしたの・・」
「流れ星・・?今日は流星群の日だったかな?」
ダーツもソファーから立ち上がり、窓の外を見つめた。
空には綺麗な星と月が浮かび、王宮から見える天使達の住まいの明かりも空に輝く星のように光が灯っていた。
「まるで上も下も空みたい・・」
杏花が上にある空と下にある街の明かりを交互に見渡した。
ダーツも「そうだね・・」と頷いた。
「式典・・何も起きなければいいね・・」
杏花はそう呟いた。
その言葉にダーツは応えず、代わりに杏花をその腕の中に閉じ込めるように抱き締めた。
「大丈夫・・何があっても私が君を守る・・」
「ダーツさん・・」
「もう二度と・・あんな想いはしたくない」
そういったダーツの心に、柘榴の顔が浮かびあがった。
そして、瑠璃の姿も鮮明に思い出される。
(柘榴・・・瑠璃・・・)
過去の過ちを悔いるように・・謝罪するように、ダーツは瞳を閉じた。

   

   

   

一方、琥珀はやっと空から地上へと降り立った。
そこは『花園』・・一般の天使が生まれる命の根源だ。
花園には千の花と千の樹木が花を咲かせ、実を成していく。
その中に小さな命が灯り、天使が生まれる。
清らかな魂は清らかな歌声で保たれる。
ここは天界の中でも最も強い『聖域』なのだ。
琥珀はその花に歌を捧げる天使を見つけた。
そして、声をかける。
「砂金」
名前を呼ぶと、その名前の通り金色の髪を持つ天使が琥珀の方へ顔を向けた。
「琥珀さん・・こんな遅くにどうしたのですか?」
「そっちこそ。そろそろ店じまいしたらどうや?深夜営業はお肌に悪いで?」
「まぁ、そちらこそもうオーダーストップですわよ」
「ええやないか、馴染みやんけ」
そう言って琥珀は地面に座り、砂金に「どうぞ」と促した。
砂金はクスクス笑いながら、歌を続けた。
オペラのように美しい声に、琥珀は砂金を熱心に見続けた。
(あぁ、これが天使なんやろうな・・)
砂金のように汚れのない天使こそ、白い羽を持つに相応しい。
どうして俺の羽根は黒ではなく白なんだろう・・。
(こんなに・・汚れてるのに・・)
琥珀がそうぼんやり考えていると、誰かの温もりが手に伝わってきた。
はっとして顔を上げると、砂金が自分の手を握っているのが見えた。
「あかん!!!」
琥珀は咄嗟に砂金の手を払いのけるように振り払った。

   

   

砂金は表情を変えなかったが、琥珀は振り払った事に罪悪感を感じたのか柄にもなく焦っていた。
「あ・・ちが・・違うねん、砂金」
「わかっていますわ、琥珀さん」
そしてまた琥珀の手を自分の手と重ねた砂金に琥珀は驚いて砂金を見つめた。
「馬鹿な事をお考えにならないで下さい。あなたは天使です。たとえあなたの手が血に染まろうとも、あなたはあなたです」
「砂金・・」
「私は、この手が大好きですよ」
そう言って砂金は琥珀の手に頬を添えた。
琥珀は泣きそうな顔をしながら、砂金を見つめた。
どうして・・彼女は今欲しいものを必ずくれるのだろう・・。
見透かされている・・だけど、嫌ではなかった。
「俺・・瑠璃と戦うの怖いねん・・何やろな・・今解った気するわ。瑠璃が戦いを恐れていた気持ちが・・」
「琥珀さん・・」
「逃げたらあかん・・だけど逃げたいねん。俺、どうしようもないくらい臆病やねん・・」
「・・恐れていいのですよ」
砂金はそっと琥珀の頭を抱えるように抱き締めた。
琥珀は驚いたが、それを振り払う程の強がりなど持っていなかった。
しばらくして、虫の鳴き声が聞こえる程静かになった。
先に言葉を紡いだのは砂金だった。
「双子というのは・・最初は一つなのです。だけど一つが二つになり、やがてまた一つになっていく・・不思議なものですわ」
琥珀は黙ってそれを聞いていた。
砂金の胸に顔を寄せて、その細い腰をぎゅっと握りしめていた。
「あなたのその臆病な所も、怖いと思う感情も・・何もかもが瑠璃さんと繋がっているんです・・」
「繋がっている・・?」
「えぇ、だってあなた方はどんなものよりも近い存在なんですもの。あなたの心が渇いているのは無くしかけている片割れを求めているんですわ」
砂金は少し琥珀から離れた。
顔を見せて、琥珀が安心するように笑ってみせた。
「大丈夫・・私達も一緒ですわ」
「砂金・・・・堪忍なぁ・・」
琥珀は砂金を抱き締めてそう言った。

   

   

砂金はまるで子供をあやすように琥珀の背中を撫でて小さく子守唄を歌った。
琥珀は瞼をうとうとと揺らし、ずるずると身体が下に傾いた。
砂金は琥珀の頭を膝に置き朝日が昇るまでそのままでいた。
すやすやと眠る琥珀の髪を撫でながら、本来花に宿る天使達に歌う歌をたった一人の為に歌った。
哀しいような、愛しいような・・何物にもたとえられないような感情が入り混じった歌だった。
(もうすぐ・・夜が明ける・・)

   

   

   

さぁ、幕は下りたぞ。
その手で運命を、切り開け。

   

   

続く