第28話
〜奇襲〜
それは静かな闇界の王宮で行われた。
王の居る王座に呼ばれたのは瑠璃一人で、目の前にはゾークが座る王座があった。
天界のダーツの王座には真っ白なカーテンと柱があるが、闇界の王座にあるのは真っ黒なカーテンとそれを支える王座だった。
瑠璃は王座に腰掛けるゾークに頭を下げていた。
「顔を上げろ、瑠璃」
「はい」
瑠璃はゾークの意思に従い、顔を上げた。
ゾークは金細工の立派な椅子に腰掛けたまま、瑠璃に言った。
「お前は、生まれた瞬間から・・いや、お前達の源である石に能力があると思っているか?」
「・・俺達の能力は、原石が生み出しそれを引き出しているだけに過ぎないと思っています」
そう答える瑠璃に、ゾークはほくそ笑んだ。
「それは違う。石から能力を与えられるものではない。創り出した王がその能力を与えるのだ」
「え・・?」
「そして我はまだお前に我が与えるべき能力を授けていないのだ」
その言葉に、瑠璃は驚いて声が出なかった。
ずっとそう思っていたし、能力があるからこそ王の側近としているのだ。
そんな当たり前な事に気付きもしなかった。
「天界を奇襲するにあたって、能力の増加は戦いに有利となる」
ゾークは立ち上がり、長い階段のほんの一段を下りた瞬間に瑠璃の目の前へと瞬間移動をした。
ゾークは瑠璃の前に手を出して「さぁ・・」と呟いた。
当然、受け取るだろうと思っているゾークはなんらためらいはなかった。
だが、瑠璃はしばらく黙ったままその手をとろうとはしなかった。
「・・・瑠璃?」
「・・・申し訳ありませんゾーク様。それはまだ受け取れません」
「何?」
いささか不機嫌な口調で問い返したゾークに、瑠璃は固く決意したように言い返した。
「俺は、今の俺で兄者と対決したい。有利になって勝ってもそれは完全な勝利じゃないから・・」
瑠璃は琥珀を闇界へ連れて行きたいと思っている。
琥珀だけではなく、天麗や翡翠・・昔の仲間だった天使達を闇界へと連れて行き、天界と闇界をゾークというただ一人の王のもと、統一したいとおもっているのだ。
それは非常に困難な事だろう。
だが、統一すればこんな戦争は終わる。
いがみ合う事などなく、誰もが平和に暮らせるのだ。
「俺の気持ちに決着がつくまで・・受け取れません」
瑠璃は深々と頭を下げた。
ゾークはまるで自分を拒否されたような気がして、怒りの感情が湧き上がった。
だが口をどんなに開けても言葉は出なかった。
仕方ない・・そう諦めたようにゾークは「好きにしろ」と伝えた。
瑠璃は頭を上げて王座の間を後にした。
ゾークはまた王座の椅子に腰掛けてため息をついた。
何故、瑠璃を思い通りに出来ないのか?
いや、思い通りにはなっているじゃないか。
瑠璃の目的は天界の天使を闇界に引き入れる事・・それはゾークには願ったりな目的だ。
だが・・今の瑠璃はまだ完全に手中に収まっていないように思えるのは何故だろうか・・。
「何故・・・」
誰にも答えられない疑問は、ゾークの閉じる瞳と同じ速度で闇へと消えていった。

   

   

   

   

   

   

その時、天界の見渡す限りの大地では賑やかに祭りが行われていた。
この日ばかりは天使達も職務を忘れ、賑やかな祭りに花を咲かせていた。
王宮の前の大きな広間が祭りの中心で、この日だけは頑丈な塀と門を取り払い全ての天使達が王宮に入れるようにしている。
「天王様万歳!!王妃様万歳!!」
全ての天使達が、それぞれの元となった花を空中に舞い上がらせ、天王であるダーツと王妃になる杏花に捧げた。
石から創りだされた天使には能力があるが、花から生まれた天使はただの一兵にしかならず、能力といっても自分達の元になった花を飛ばし仲間に伝える伝達手段しか使えない。
だが、その花は色とりどりで美しく、彷徨える哀しき魂を輪廻に戻す道しるべとしても用いられる。
その花達は王宮の広間から見えるテラスまで舞い上がり、そこに用意された王座にいたダーツと杏花の元にも届いていった。
「綺麗・・」
「天使達全てが私と君を祝福している証だよ」
王座には、煌びやかな衣装を纏った二人がいた。
いつもの服装よりも豪華で、まるで新郎新婦のように純白の衣装に包まれていた。
「まるで結婚式みたい」
クスクス笑う杏花にダーツはニッコリ微笑みながら当然のように答えた。
「本番はもっと豪華だよ」
その言葉に杏花は意識を薄くしてしまい、もう少しで王妃の座から転げ落ちそうになった。
その様子を側近である瑪瑙達が微笑みながら見つめていた。
すると、大きく空からの風が強くなり遠い山から獣の咆哮が聞こえた。
辺りがざわめき、初めて聞いたけたたましい獣の咆哮に杏花は思わず隣にいたダーツにしがみついた。
「大丈夫だよ、杏花。今日の主役が来ただけだから」
「え?」
杏花とダーツは王座から離れてテラスから景色を眺めた。
遠くの山からでも見える紅い羽を纏った鳥が此方に向かってきているのだ。
羽が動く度に炎が揺らめき、長い尻尾からは赤い砂のような粒子が大地へと降り注がれる。
その粉が降り注がれた木々や大地は一度枯れるがすぐに雄雄しく茂っていく。
それは前の色から遥かに青々しく、大地と木々が消滅と再生を経てより瑞々しく成長していった。
大きな鳥の紅い瞳に映るのは王宮と、王宮の最上階に位置する塔だった。
その塔には、真っ赤なドレスを着た砂金が一人その鳥を待つように立っていた。
杏花はその鳥を見て、何かの神話でみた空想上の神獣を思い出した。
「朱雀・・・」
「そう、死と生を繰り返す伝説の鳥だよ。あれが今回の主役だ」
朱雀はまず王宮を一回りして天使達にその気高き姿を見せた。
そして杏花とダーツの前に羽を拡げて空中で留まった。
杏花は初めて朱雀を見て、目をパチクリさせていると朱雀の首に黄金の細工がされた鎖がある事に気が付いた。
すると、大きな巨体の朱雀の後ろから鎖を手に巻きつけた琥珀が顔を出した。
琥珀はいつも通りに笑い、杏花に手を振っていた。
「え!?琥珀さん!?」
「ははっ!驚いたやろ?今の朱雀は俺の刀の一部やねん」
琥珀は朱雀の頭を撫でながらそう言った。
杏花は前に出された朱雀の頭を優しく撫でてみた。
すると嬉しいのか『クルル・・』と小さな鳴き声をあげた。
「琥珀、挨拶は後にして祭りを再開しなさい」
「へ〜〜い!じゃ、杏花様!ほなまた後でな〜〜」
琥珀は鎖を引き、朱雀は上を目指して舞い上がった。
風が巻き上がり杏花は思わず両手で風を防いだ。
風とともに舞い上がり、また降り注がれる朱雀の羽と紅い砂はまるで力の源のように杏花を安らかな気持ちにさせた。
まるで身体の細胞が生き返るように・・身体の中から元気になっていく不思議な感覚だった。
琥珀を乗せた朱雀は塔にいた砂金の前に舞い降りた。
しかし、砂金は動じる事なく、いつもの微笑みで琥珀と朱雀を見つめていた。まるで王子様が塔に閉じ込められたお姫様を救い出すかのように、それはとても幻想的で温かなものだった。
砂金は胸に手を添えて歌を奏でた。
マイクなどないのに、それは空を駆け大地に降り注ぐ光のように誰の耳にも歌は届いた。
美しい旋律と、声域が聖域を表すようにそれは汚れをしらないものだった。
琥珀は目の前で歌う歌姫を見つめていた。
まるでこの歌は目の前にいる琥珀だけが観客のようで、瞳を開ける砂金の微笑みは塔に一番近い琥珀しか見えていないものだった。
歌が終わった後、砂金は空に手を伸ばした。
すると、雪が降るように金色の花びらが舞い降りてきたのだ。
美しい・・・それしかいいようがなかった。
その花びらを見つめながら天使達は歓喜の声を上げた。
祭りが成功した事を告げるその歓喜の声に、砂金は琥珀に微笑んだ。
琥珀も微笑み、砂金に手を差し伸べた。
「下に降りよか?歌姫さん」
「ええ、王子様」
ふざけたあだ名で呼び合いながら、砂金は琥珀に手を伸ばした。
全てが上手くいっている・・・そう思っていた。
砂金が琥珀の手をとる刹那、砂金の背中に剣が食い込み裂ける音がした。
それは、斬られたであろう砂金も一瞬何が起きたかわからない程に早かった。
「・・え?」
砂金が呟いた瞬間、砂金の背中から真っ赤な華が咲くように血液が飛び散った。
琥珀は最大限に瞳を開いてゆっくりと前へ倒れる砂金を見ていた。

   

   

砂金の後ろには不敵に笑う紅がいて、はっきりと琥珀と目が合った。
それと同時に、天界の空が暗雲に覆われて天使達はざわめいた。
しかしそのざわめきもやがては叫びとなる。
地面が不気味に盛り上がり、突如としてマグマ級の火柱が天へと突き出し天使達を襲い始めたのだ。
「きゃぁぁぁ!!!」
「いやぁぁぁぁ!!」
「うわぁぁぁ!!!」
辺りは戦場の地獄絵図となり、杏花の掌に落ちていた華が次々と燃えて消えていった。
杏花はその光景をしっかりと目に焼き付けた。
いや、そらす事など出来なかった。
自分の目の前で幸せな時間が惨劇になる様を、自分達の名前を呼びながら死んでいく天使達を。
「・・・・や・・・」
ひらひらと零れ落ちる華につく火柱の火の粉は残酷なまでに美しく、琥珀の朱雀とは正反対の火だった。
「いや・・」
さっきまで笑っていた天使達は火柱に怯え、逃げ惑い、兵士となる天使達は不意打ちのためままならない防具と攻撃のまま闇界の兵達にその命を刈られていく・・。
戦争。
それを杏花は生まれてはじめて体感したのだった。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
天にも届く程の杏花の叫びは、天界の頭上から見下ろすゾークと柘榴にも聞こえた。
紅の業火に天界は戦場となり、柘榴は生き物の焦げる嫌な匂いに顔をしかめた。
「さすが紅官長・・あの男の行く道に草一本も生えないという噂は本当なのですね、ゾーク様」
「・・・・」
「ゾーク様?」
無言で天界を見下すゾークに柘榴は呼びかけた。
ゾークは天使達が死んでいく事を悲しんでいるわけでも、戦争の始まりを喜んでいるわけでもなかった。
ただ・・杏花の悲痛な声が何故かこの身を痛めつける。
「・・・我は天王に会いに行こう。他の天使を回収しろ」
「・・あの杏花という娘は・・?」
空をゆっくりと歩きながらゾークはダーツの元に向かった。
その手には、真っ黒な剣を握り締めていた。
そんなゾークに柘榴はそう質問すると、ゾークは足を止めたが柘榴に振り向きはしなかった。
「・・抵抗するなら構わん。斬れ」
柘榴はゾークに頭を下げてゾークを見送り、自分も羽を広げて天界の王宮を目指した。
かつてはあの王宮を守護していたのに・・そうふと呟いた柘榴は何も映さない瞳で眼光よりも鋭い刃で戦場へと足を踏み入れた。

   

   

   

「祭りの邪魔して悪いな、そろそろこっちの祭りに付き合ってもらうぜ」
ニヤリと笑う紅に、琥珀は床に倒れた砂金を見つめた。
動かずに、背中の羽がみるも無残に折れていた。
「砂・・・金」
琥珀は砂金をその手に抱き締めた時、紅は琥珀に向かって剣をふりかざした。
剣が風を斬り、琥珀に向かっていく。
紅はまたニヤリと笑ったが、すぐに後ろからの殺気に気付き身体をひねった。
すると、紅が身体をひねる前の場所に瑪瑙が大きな槍を振りかざしたのだ。
寸前のところでかわした紅を追うようにまた瑪瑙は紅に斬りかかった。
キィィィン・・!!と紅の錫杖と瑪瑙の槍がぶつかった。
「てめぇ・・・」
紅は邪魔された事が頭にきたらしく、瑪瑙から離れて距離を保った。
瑪瑙は槍を構えながら後ろにいる琥珀に言った。
「王宮の中に紅瑪がいるから彼女を連れていきなさい」
「瑪瑙さん・・でも瑪瑙さん一人で敵う敵じゃ・・」
「いいから、行くんだ!!」
瑪瑙はいつもの緩い口調ではなく、はっきりとしたもので琥珀は別人を見ているようだった。
微かに呼吸をする砂金を抱えて、琥珀は再び朱雀に乗って王宮を目指した。
紅は瑪瑙を睨みつけたまま、琥珀の後を追う事はなかった。

   

   

   

王宮内でも混乱は外とは変わらなかった。
外の火柱から避ける為になるべく多くの天使を中へ誘導しようと、王宮の門を全て開けた事がまずかった。
天使も入っては来れるが、敵も侵入しやすくなってしまったのだ。
無事な天使達を町から二番目に近い宮へ導き、そこで立て篭もる事にした。
すでに祭りの場所となっていた宮は破壊され、後は天使達が立て篭もる給と王座がある奥の宮だけとなった。
祭りがあった場所はすでに戦火に焼かれていた。
そんな場所で、なお戦うのは石の能力者達だった。
紅瑪は宮で医療の為にこの場にはいない。
そして天麗は杏花を安全な場所に運ぶ為いなかった。
残りの能力者達は翡翠、碧海、ラン、水晶、精霊獣の犬獄丸だけだった。
そして攻めてきた闇界の能力者は柘榴、紫水、白銀、大理、黒曜、硫化だった。
石の能力者達はそれぞれの戦いに命をかける。
その凄まじさは言葉では言い表せないものだった。
王宮の奥を天麗に手をひかれて走る杏花はいつの間にかいなくなったダーツの身を案じた。
戦争の真っ只中にいる恐怖よりも、心に詰まる感情の名前が気になった。
だが今はそんな事よりも、今自分が何をすべきか考える事だ。
(ダーツさん・・・)
杏花はぎゅっと胸を握りしめたまま薄れていく音に心を痛めた。
天麗は杏花を一番奥にある王座の間に案内した。
「杏花様はここにいて。私は仲間を助けに行くわ」
「天麗・・」
「心配しないで。きっと帰ってくるし、ここが一番安全だから・・」
天麗はニコッと笑って扉を閉めた。
バタン・・となんとも寂しい音をたてて閉まった扉に杏花は手をついて床に座りこんだ。
天麗は覚悟を決めたような強い瞳で前を見つめ、戦場へと駆け出した。
そとは黒い雲に覆われて、地上は焼け野原になっていた。
「・・酷い・・・」
天麗は顔をしかめながら、遠くで闘う仲間達を見つめた。
すると、なつかしい気配に気付いて目を見開いた。
それと同時に誰かに後ろから手を回されて抱き締められた。
その気配は、昔から知っている。
追いかけて、追いかけて、焦がれた。
「また会うたなぁ・・天麗」
それはとても懐かしい、大好きだった人の声と温かさだった。
「瑠・・・・璃」
天麗が名前を呟くと、彼は満足そうに微笑んだ。
その妖艶な笑みは、まさに悪魔の微笑みに近かった。
このモノクロな世界で天麗が見えた色は、真っ赤に燃える赤と、彼の美しい青色だけだった。

   

   

   

   

   

   

さぁ、戦場に花を咲かそう。
君という真っ赤で美しい花を。
その花は僕が大事に運んであげる。
君の赤に似合う、漆黒の世界へと・・。

   

   

続く