第29話
〜折れゆく華〜
天麗はとっさに瑠璃の手を振り払い、宙返りして距離をとった。
その間、瑠璃は何もせずに天麗を見つめたままだった。
それは余裕の表れだろう。
元々、天麗の師範は瑠璃で戦術の全てを教えたのは彼だった。
「動きが俊敏になったなぁ。俺がおらんでも訓練してたんか?」
「ええ、あなたから卒業しても訓練はかかさなかったわ」
さきほどの動揺をおさえながら、口では威勢を張っている天麗だが頭の片隅では一つの疑問を浮かべていた。
解からなかった・・・。
瑠璃がすぐ後ろにいたのが・・。
その疑問から浮かぶのは圧倒的力の差だろう。
天麗は腰に差していた二本の剣を構えた。
瑠璃の腰にも剣が鞘に納められたままぶら下がっていたが、瑠璃はそれを抜く気はないらしい。
その余裕な態度に天麗は眉間にシワをよせた。
「剣を抜きなさい。瑠璃」
「嫌や。お前を傷つけたくないねん」
「見え透いた嘘言わないで・・抜きなさい!!」
天麗の焦ったような声が張り詰めて辺りに散らばった。
瑠璃は薄く笑みを浮かべたまま、片手を前に突き出した。
男の人の特徴的な骨ばった大きな手が、まるで天麗を飲み込むように宙を掴んだ。
「拳と剣・・どっちがお前を傷つけないで石に出来ると思う?」
それを合図にするかのように、天麗は強く地を蹴り瑠璃の眼前に姿を現せた。
そして間髪入れずに剣を振るった。
瑠璃はそれを腕で止めるが、もう片方の剣の刃が瑠璃の首を狙った。
ガキィィィィン!!!!
天麗の剣が強く音を奏でる。
天麗は確実に瑠璃の首を狙った。
「!?」
しかし天麗の刃は瑠璃の首に当たれど、斬ってはいなかった。
天麗に迷いがあったわけではない。
斬れないのだ。
「何で・・・」
驚く天麗に、瑠璃は片手で彼女を数メートル先に吹っ飛ばした。
殴られたわけではない・・だが、気を当てられたようにお腹の中心から風が舞い込み押し返したような感覚だった。
「あぁっ・・!!!」
体制が立て直せなかった天麗は柱に激突して腹部と背中を強打した。
粉塵が視界を揺らがせ、体内に入った時天麗は咳き込んだ。
「ゴホッ・・ゴホッ・・!!はぁ・・はぁ・・」
一瞬の油断が死を招く。
昔瑠璃に教えてもらった事だ。
まさかそれを教えてくれた恩師と戦う事になるなんて・・そう天麗は思った。
(あれは瑠璃の『岩砕拳』の基本形態・・『羽衣蝶』(はごろもちょう)・・・自身の力を軟質ながらも硬度な布のように形態し身に纏う・・瑠璃の最大防御・・)
天麗はそう考えながら、剣を構えなおした。
煙のような粉塵に視界は淀んでいる。
どこから瑠璃が来るか解らない状況だ。
緊迫した空気の中・・ジャリ・・と天麗が靴で破片を踏んだ。
その瞬間、真横から殺気と共に瑠璃が現れる。
天麗は身を翻して剣を瑠璃に向けた。
「はぁぁぁ!!!」
ブンッと剣が空気と共に瑠璃を切り裂いた。
しかしそれはまるで煙のように・・瑠璃の姿が剣圧で掻き消えた。
「何っ・・!?」
やがて残影のように消えた瑠璃に、天麗は動揺した。
そして瞬間的に瑠璃の技を思い出した。
『空蝉』(うつせみ)
それは敵を惑わすもので、力を具現化して己の残影をつくる技だ。
あの瑠璃は偽者だ!!
そう天麗が考えた瞬間、後ろから激しい殺気に襲われた。
天麗は半歩前に出て逃げようとしたが、遅すぎた・・・天麗の背中から噴水のように血があふれ出した。
「あぁぁぁぁぁ!!!!」
激痛に思わず・・膝から崩れ落ちていく。
後ろはまだ淀んでいたが、煙の中から瑠璃の姿が徐々に見えてきた。
その手は天麗の血で真っ赤に染まっていた。
「・・あかんやん。一発で仕留めな・・痛いやろ?」
「瑠・・・璃・・・」
ゴホッと血を口から流す天麗に瑠璃は手を差し伸べた。
膝を折り曲げ、床に手をつく天麗と同じ目線へとなった瑠璃は優しく口から流れた血を指ですくった。
「そういや・・天麗はあんまり化粧した事ないよなぁ・・?」
戦いとは全く関係ない事を口走る瑠璃に、天麗はただ瑠璃を見つめるだけだった。
瑠璃はゆっくりと天麗の血で濡れた指を天麗の唇に這わせた。
まるで・・彼女に口紅を塗るように・・・・。
「あぁ・やっぱり天麗は赤がよく似合う・・・」
そう言った瑠璃は、血に濡れた天麗の唇に自分の唇を重ねた。
視界が淀んだ煙の中でも解る・・瑠璃の手と、唇の感触・・彼の匂い・・。
目を見開いていた天麗だが、その長く濃厚なキスに翻弄されて思わず敵である瑠璃にしがみついた。
彼から受けた傷さえも・・憎いと思わない自分が悔しかった。
敵で、自分を殺そうとしているのに・・最後まで優しく、どこまでもずるい彼を好きな自分が許せなかった。
「っ・・はぁ・・瑠璃・・」
初めてのキスは・・血の味しかしなかった。
瑠璃は妖艶に微笑んでいた。
「心配せんでええよ・・これからはずっと一緒やから・・」
「え・・?」
ドスッと胸元に何かから貫かれた感覚が宿る。
天麗はゆっくり自分の胸元を見た。
瑠璃の腕がそれを貫き、貫通したと同時に何かを握りしめていた。
それは、天麗の命ともいえる・・彼女の石だった。
ピンク色の石には赤い血液が流れ落ちていた。
「ぁっ・・!!かはっ・・!!」
苦しみに顔を歪め、必死にもがく天麗から容赦なく石と自分の腕を引き抜いた瑠璃はこれ程までとは違う・・冷酷な瞳をしていた。
石をなくした天麗は手足から砂になっていく。
自然と涙が溢れた。
死、を直感した。

   

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

   

天麗が叫び、砂になって消えていく。
風は無常にもその砂を撫で上げて舞い上がらせた。
舞姫のように闘う彼女の・・なんとも皮肉な末路である。
瑠璃は血に濡れた天麗の石を愛おしそうに撫で上げ、キスを落とした。
手は彼女の血に染まり、その掌には彼女自身を手に入れて瑠璃は幸せそうだった。

   

アイシテル・・・。

   

そう呟いたのかもしれない。

   

   

   

瑠璃は踵を返して王宮の中を歩いた。
天麗の石を胸の内ポケットに入れて、今度は大好きな片割れを探す。

   

   

   

その瞳は狂ったように鈍い光が差し込んでいた。

   

   

続く