第30話
〜何故戦うのか?〜
何故戦うのか・・・
ずっと・・そう考えていた。

   

   

何故・・兄と戦わねばならないのか・・・。

   

   

   

   

   

   

ここは王宮の外であり、戦火に包まれた場所だ。
天界は自然が多く、木々や草花が美しく咲き誇っている。
その場所がいまや見る影もない。
紅の放った砲弾は緑を一掃し、大地を焦がし、空を赤く染め上げた。
戦火の中心はまるで地獄のようだった。
そんな中、地上で戦う天使と闇界側の天使が激しく戦いの火花を散らしていた。
「はぁっ・・・!!!」
「ふんっ・・!!!」
ガキィイン!!と翡翠の黒い刀が紫水の銀糸(ぎんし)に弾かれた。
髪ほどの細さである糸のはずだが、その強度は凄まじい。
翡翠が力一杯に剣を振りかざしてもそれは切れなかった。
翡翠の剣は真っ黒な二刀流で、お互いの柄が鎖で繋がれていて伸縮自在だ。
「おらぁぁぁ!!!」
翡翠は左手に持っていた刀を紫水に投げつけた。
しかし、そんな短直な攻撃など紫水はすぐにかわしてしまう。
「・・ふん。血迷ったか?翡翠。武器を手放すなど・・」
「はっ!!そっちこそ!!油断してんじゃねぇか!?」
翡翠は鎖をグイッと引っ張った。
するとその鎖の先にあった剣が引かれ、鎖と共に紫水の身体に巻きついた。
そして、突進するように紫水の間合いに真正面から飛び込んだ。
「はぁぁぁぁっ・・・!!!」
翡翠の緑色の瞳が光り、剣が振り下ろされた。
しかし、紫水は表情を変えずにその一閃を見返していた。
「・・・綾の一。『城壁』」
紫水がそう言うと、銀糸が意志を持ったように自分から形を変えた。
銀糸が折り重なるように盾となり翡翠の攻撃から紫水を守ったのだ。
「何っ・・!!!??」
「綾の二。『虎口の咆哮』」
紫水の言葉に従う銀糸は盾の中心を鋭く尖らせ、まるで咆哮のように速く・・翡翠の肩を貫いた。
その速さは音速に近い。
それを至近距離で受けた翡翠の肩は銀糸に貫かれていた。
「ぐぅっ・・・!!!」
翡翠の顔が苦痛に歪む。
まだ肩を貫く銀糸の束を、翡翠は掴みもがいた。
どんどん真っ赤な血が肩から流れて翡翠の服、手、紫水の銀糸を染め上げた。
銀糸は盾から槍のように変化し、その柄を紫水が握っていた。
それは銀糸の槍で翡翠の肩を貫く紫水の姿でもあった。
「・・外したか・・。心臓を狙ったつもりだったが・・」
「ぐっ・・!!はぁ・・はぁ・・!!」
「安心しろ。次は外さん」
槍を横に振ると、遠心力で翡翠は真横に飛ばされた。
しかし、いきなり肩から槍が外されて、翡翠は激痛に声を上げた。
「あぁぁっ・・!!」
肩を押さえる翡翠の額から脂汗が滲む。
しかし、まだ戦う意志のある翡翠はまた剣を握り締めた。
その様子を黙って見下す紫水の表情に、弟を気遣う感情など一片も見当たらない。
紫水にとって、今の翡翠は破壊しなければならない対象であって・・弟ではない。
だが、翡翠の瞳にはまだ兄として映る紫水の姿が見えた。
「翡翠よ・・お前は天界の暗殺者なのだろう?」
「はぁ・・はぁ・・。そうだ・・それがなんだよ・・」
「ならば貴様に暗殺の資質はない」
「!!??」
紫水は銀糸の槍の矛先を翡翠に向けた。
今度は翡翠の腹部を貫いた。
「あぁぁぁぁっ・・・・!!!!」
腹部を貫かれ、引き抜かれた翡翠は叫び声を上げた。
紫水は血を拭うように槍を振り、翡翠の血を落とした。
「暗殺に感情の入る隙などない。破壊すべき対象に情があれば、それは任務に支障をきたす」
「っ・・あぁ・・っ!!」
「そのような感情に惑わされているお前が俺に勝とうなど片腹痛いな・・」
紫水は再度槍を振りかざした。
今度は翡翠の心臓にある石目掛けて・・・。
しかし、翡翠もそのまま殺されるわけにはいかない。
翡翠は歯を食いしばり、銀糸の槍を剣で受け止めた。
その行動に、初めて紫水が驚きの表情を見せた。
槍と剣がお互い一歩も引かない戦いにあり、カタカタと小刻みに揺れる程度に留まっていた。
「・・・資質とか・・そんなの関係ねぇよ・・」
「・・何・・?」
「確かに俺はっ・・!!兄貴に比べたらまだまだ足りねぇ部分も多いだろうよ・・」
ググッと・・かすかに翡翠の剣が槍を押し返していく。
その力に、紫水の瞳が揺らいだ。
まだこんな力が残っていたのか・・・。
そんな言葉が頭を過ぎった瞬間、翡翠の剣が紫水の槍を押し返し一歩後ろへと下がらせた。
「だけど・・!!だけど俺にだって譲れねぇもんがあんだよ!!!」
「!!?」
翡翠の剣が一閃の光を放ったと同時に、紫水の左肩から右腹にかけて一文字の傷を負わせた。
少し浅いが、紫水を動揺させるには充分なものだった。
「何・・だと・・・」
目を見開いた紫水の瞳には、強い意志を持った翡翠の姿があった。
真っ直ぐに紫水を見つめ・・・だが紫水を破壊すべき対象とはみていないような瞳だった。
「・・・どんな場所にいたって・・どんな戦いになったって・・あんたは俺の兄貴だ・・」
「貴様・・まだそのような戯言を・・!!俺がお前の全てを破壊しても同じ事が言えるのか!!?」
翡翠の考えに紫水は理解出来なかった。
自分よりも未熟な暗殺者が・・私情で動くこの愚か者が、まさか自分に血を流させることなど考えもしなかったのだ。
その理解出来ない行動と思考に・・紫水は苛立ち、言葉を荒々しくしていく。
「お前の大切なものは何だ!!?天界か!!?天王か!!?仲間か!!?」
「・・・そうだ。俺の大切なものは・・俺を誕生させてくれた天王様・・俺に居場所をくれた仲間達・・・」
翡翠の頭の中で、仲間や杏花やダーツが映る。
そして・・この命に代えても守りたい愛しい人・・・。
「俺は俺の大切な人を守る・・・もちろん、あんたもだ」
「!!?」
「俺にとって・・兄貴も大切な人なんだ・・!!だって・・たった一人の家族だから・・」
その翡翠の言葉は紫水の心を揺れ動かした。
そして初めて・・翡翠を弟だと感じてしまった。
そう思った瞬間・・自分の中に隠していた感情があふれ出す。
本当は・・・自分に弟がいると知った瞬間から・・家族という憧れは強くなった。
一時でも・・一瞬でも夢見た事がある・・。
暗殺者としても・・兄としても・・翡翠の成長を見守り、共に過ごせたなら・・。
紫水は感情を振り払うように、一瞬だけ苦々しいような苦悶の表情をした。
その変化に翡翠は敏感に感じ取った。
もしかして、兄も自分と同じ感情なのではないかと期待してしまう。
「兄貴!!俺と一緒に天界に居よう!!たとえ天界が兄貴を許さなくても・・・俺が許すから!!」
「・・黙れ・・・」
「俺は兄貴と一緒に居たいよ!!だって俺達、家族じゃないか!!」
「黙れ!!!!」
紫水は再度、翡翠に刃を向けた。
だが、最初のように暗殺者としての顔をしてはいなかった。
任務と弟への感情に揺れ動く・・・兄としての顔だった。
翡翠はそれを見て・・自分も剣を構えた。
こんな状況で不謹慎だが・・嬉しかった。
紫水が兄として自分と対峙してくれること・・・。
自分を弟だと感じてくれた事・・。
だから自分も・・今自分が持てる全てを兄にぶつける。
さらけだして・・兄と話したいから・・。
「兄貴・・俺は俺の意志を貫く・・!!守りたい人を・・守る!!」
翡翠も紫水もお互いの剣に力の全てを注ぎ、前へと駆け出した。
その瞬間・・刃が交わる時・・兄弟の瞳がはじめて一つに見えた気がする。
この瞬間に二人はお互いの存在を認識したのだ。

   

   

ガキィィィン!!!と刃の擦れる音と共に大地が裂いて空に向かって粉塵と土の塊を吐き出した。
風が、焼けた木々をなぎ倒し・・全てを無に還すように巻き上がった。

   

   

そして・・意識を一瞬失くした翡翠が再度目を開けた。
見えたのは渇いた大地と・・立ち尽くした兄の背中だった。
(俺の・・負けか・・・)
ふとそんな事を考えた。
戦場の負けは死に直結している。
きっと今から心臓を貫かれるんだろうと・・まるで他人事のように思った翡翠は薄く笑っていた。
身体中に走る激痛のせいでおかしくなったのではない。
生きる事を諦めたわけではない。
ただ・・純粋に・・兄が自分を見てくれた事が嬉しかったのだ。

   

(・・・・?)

   

しかし、いつまで経っても自分が予想していた未来はやってこない。
閉じていた瞳をまた開けると、先程より遠い位置に兄の背中が見えた。
「・・どこ・・行くんだよ・・兄貴・・・」
かすれた声で紫水にそう問いかけた。
紫水は少しの静寂の後・・そっと顔を翡翠に向けた。
その顔は・・無表情ではあるが、瞳には人としての感情を備えていた。
「・・・・這い上がって来い・・翡翠。何もかも・・守れるように・・」
紫水はそういってまた翡翠に背を向けた。
そして・・力尽きた翡翠は、ぼんやりと霞んでいく視界の中・・意識を手放した。
かすかに翡翠の手が動き・・紫水を追いかけていた。
しかし、それは空を掴むだけで・・大地に崩れ落ちるように下りていった。

   

   

   

   

   

   

最後に翡翠が馳せた想いは・・なんだったのだろうか・・。

   

   

続く