第33話
〜目覚める翼〜
「・・・皆・・」
王宮の奥の部屋に取り残された杏花は、度々聞こえる爆音や地響きを感じながら皆の身を案じていた。
そして、無力な自分に眉を潜め、俯いた。
(私も天使なら、何か能力があるはずなのに・・・どうして私は皆みたいに空を飛ぶ羽もなければ、皆を守る力もないの?)

   

杏花はこれまでの事を思い返してみた。
天使の羽も、能力もない自分が何故、ダーツの妻になれるのだろうか?
何故、記憶がないのだろうか?
気が付いたらダーツが側にいて、妻になるのはすでに確定されていた。
皆もそれを了承していて、ダーツを愛しいと思う感情もある。
(だけど・・・何故だろう・・まるで何か大切な事を忘れているような・・・)
ダーツさんとどこで知り合ったのだろう?
この天界に来たなら・・・私はどうやって死んだんだろう?
解らない事だらけだった。
「・・こんなんで、ダーツさんの妻なんて笑っちゃう・・・」
自嘲混じりに呟くと、部屋の扉が開いた。
杏花がゆっくりと扉の前に居る人物を見る。
刀に真っ赤な血を滴らせた、柘榴がそこに立っていた。

   

「・・!?」

   

「ご機嫌麗しゅう。王妃様」

   

クスッと笑う柘榴に、杏花はビクッと肩を奮わせた。
以前見た柘榴とは雰囲気から違う・・その瞳は真っ赤な殺意を滲ませたものだった。
「・・・あなた・・・闇界の・・・ノアさん・・?」
「・・あぁ、ご紹介が遅れましたね・・僕は柘榴。ノアではありません」
「柘榴・・・偽名・・だったの・・・?」
「勿論・・・僕は元天界の天使であり、今は闇界の王・ゾーク様にお仕えさせていただいています」
丁寧にお辞儀をして、杏花に微笑んだ。
杏花は頭の中で嫌な予感がしてならない・・。
前に迷い込んだ城で見た彼らが偽名を使うのは、自分を知られてはいけないから・・・柘榴が敵ならば・・あの城にいた人たちも・・・あの人も・・・・。
「伯爵・・・・は・・嘘・・・?あの人が・・・」
「・・・はい。あの方こそ世界の王に相応しいお方・・・ゾーク様です」
「・・・!?」
杏花は驚きのあまり声が出なかった。
知らず知らずの内に、敵側の陣地に踏み入り大将と出会っていたのだ。
そして、迷い込んだ自分に優しくしてくれたノアがこの天界から闇界へ奪われた天使だなんて信じられなかった。
「どうしてあの時・・助けてくれたの?」
「あなたがそれほど重要な人物とは思っていませんでしたから・・ですが今は違いますよ」
柘榴が杏花に刀を見せる。
その刀は天使の血で濡れていて、杏花へ向けられた殺意が襲う。
言葉にしなくても解る・・・彼は自分を殺しにきたのだと・・・。
そうやって、杏花は残酷な真実を実感出来る事になる。

   

「・・・では、黄泉の国まで御機嫌よう・・・」

   

柘榴が杏花に刃を振りかざした。
その時、番兵が柘榴の刀を剣で受け止めた。
傷を負ってはいるが、杏花を守ろうと必死になっていた。
「お逃げ下さい!!!杏花様!!」
「ここは我々が食い止めます!!どうか安全な場所に!!」
番兵は柘榴に斬りかかりながら杏花にそう言った。
杏花は、扉を開けて外へと逃げた。
後ろから、叫び声がして杏花は耳を塞ぎたくなった。
涙で視界が滲んでいく・・・・。
(私は皆に守られて・・・逃げるしか出来ないの!!?)
長い廊下が、いつもより長く感じた。
途中で躓くドレスの裾を破いて、涙を拭って走っていった。
(こんな私は・・お荷物にしかならない・・・!!!!)
脳裏に浮かんだ仲間とダーツの姿に、胸を痛める。
自分を信じている皆に、申し訳ないと思った。
そう思いながら走っていた杏花だが、ふとある事に気が付いた。
「・・・・おかしい・・廊下がやけに長い・・・」
杏花はさっきまで前を走っていたが、今は少しだけ後ずさりをした。
長く暗い廊下の先に、うっすらと霧が立ち込めていた。

   

「・・・・?声が・・聞こえる・・」

   

誰かが楽しそうに会話をしている声が聞こえた。
今、この王宮は戦場になっている・・。
楽しい笑い声なんてあるはずがなかった。

   

「・・・誰・・?誰がいるの・・?」

   

杏花はまるで導かれるような足取りで廊下の奥に進むと、花の園の風景が広がった。
その中心に、見知らぬ女の人がいて楽しげにゾークと話していた。
金色の長い髪をゾークが撫でて何かを彼女に囁いている。
彼女の微笑みは、ゾークへの愛情に満ちていた。

   

「あれはゾークさん・・・あの人は・・」

   

「彼女はゾーク様の王妃・ユナ様です」

   

杏花が振り向くと、柘榴がいた。
杏花は柘榴を見つめる。
「・・・ユナ様・・?」
「ええ、ユナ様は元・花園の天使です。この場所でゾーク様と恋に落ち・・二人のお子を授かりました・・・。」
「・・・あの人は、今どうしているの?」
杏花の問いに、柘榴は手をかざした。
霧を操り、また幻影を見せる。

   

「・・・!!?」

   

杏花が見たものは、天使の番兵に刀を振り下ろされて石に戻るユナと、絶望に染まるゾークの姿だった。
その姿を見て、杏花は息を呑んだ。

   

   

『ユナ!!!ユナァァァァァ!!!!!』

   

   

ゾークの哀しい叫びが響き渡る。

   

   

杏花は、それを心の奥に刻み込み・・・ギュッと自分の腕を握りしめた。

   

「・・・?」

   

杏花の手に触れた霧から、何かの記憶が流れこんできた。
美しい天界の王宮に、中庭で優雅にお茶をするダーツと、ダーツと会話を楽しむ柘榴の姿があった。
まるでジグソーパズルのピースのように・・・バラバラな記憶が杏花の頭の中でリピートされる。

   

天界の記憶。
闇界の記憶。
柘榴が体験してきた数々の記憶・・・その一部が流れこんできた。

   

(・・・そうか・・・この人も・・・・)

   

杏花が思考の中にいると、柘榴が杏花に声をかけた。
「・・解りましたか?あなたの隣に立つ男が、二人の仲を引き裂いたのです。」
「・・・・・」
「おや?反論しないのですか?ダーツさんがそんな事するわけない・・・そう言わないのですか?」
柘榴が意地悪く見つめるが、杏花はそれに答えなかった。
よほどショックなのだろうか・・そう思った柘榴は更に言葉を投げかけた。
「・・ショックすぎて声もでませんか?それとも失望しましたか?」
「・・・・あなたは・・・信じないの?」
杏花が柘榴に振り向くと、柘榴は目を見張った。
杏花は泣いてなどいない・・・ただ毅然として、柘榴を見上げていた。
先程までの弱い瞳ではなく、何かの意志を見せる目だった。
「・・・・あなたは卑怯よ」
「・・この僕が・・!?」
「ええ、あなたは自分の嫌な記憶は伏せる・・事実を曲げようとして、見ないままにしておくのね」
「この僕が・・!!!いつそんな事をしたと言うのですか!!」
柘榴に杏花は向き直った。
何故か柘榴の心が見透かされて、揺れ動いている。
その証拠に、霧が薄くなっていった。
「・・・この霧に触れると、あなたの心が指から伝わる気がするの・・。だからあなたが教えてくれない事もこの霧が教えてくれた・・・」
霧から伝わるのは、柘榴の過去とゾークへの忠誠心・・・そして柘榴が記憶の彼方に埋めたダーツの優しい思い出・・。
「・・あなたこそ悪趣味ですよ・・!頼んでもいない記憶を覗き見するなど・・!!」
「・・いいえ。あなたが見せたのよ・・あなたもゾークさんの過去を見て、心が揺らいだの。ゾークさんへの悲しみが心を揺らぎ・・本当は心の中で・・どこかでダーツさんの思い出が忘れられないから、揺らいだんでしょう?」
「・・・ち、違う・・!!僕は・・!!」
柘榴の誰も知らない心の奥・・・。
どうしていいか解らない想いはいつしか笑顔の奥に掻き消した・・。
ゾーク様への忠誠心を揺らいだならば・・・彼女の側にいる資格などないからだ。
「・・・私はダーツさんを疑わない・・だって、彼を疑えるまで私は彼を知らないでいた・・・きっとそれは私自身が知る事を恐れていたから・・」
もしも、事実が入り違い・・ダーツの隣に相応しくないと知るのが怖いから・・・。
この居場所が本当は私のものではなかったら?
そう考えると、怖くて真実から目を背けていたのだ。
「・・・でも、あなたの中の大事な時間が私の背中を押したのよ・・・私はもう真実から目を背けない・・」
杏花がグッと拳を握り締めた。
柘榴は、杏花の瞳に完全に制圧されていた。
(馬鹿な・・!!こんな小娘が僕の記憶を霧から読み込む!!?そんな事出来るのは【悟り】を身に付けた王様にしか・・・!!)
柘榴は、ハッとした。
【悟り】とは、その者に触れるだけで思考や記憶を読み取る神のなせる所業である。
それが使えた杏花の謎を解く答えはただ一つ・・・・。
(・・・・王が、彼女に自らの能力を与えた・・・!!?)
柘榴が杏花を見ると、杏花の背中から光が生まれた。
そしてその光はあっという間に柘榴の深い霧を遮り、かき消した。
「そんな馬鹿な・・・!!?これは・・・!!!」

   

   

【再生の光】

   

   

「それは・・・!!!ダーツの能力のはず・・・!!!」
柘榴は眩い光に眼をくらませた。
光は杏花の羽となり、杏花を空に羽ばたかせた。
王宮の中から溢れる光は空に柱を立てた。
ゾークとダーツはその巨大な光の柱に眼を見張った。
「あれは何だ・・・!!何故【再生の光】が王宮にあり、ダーツがここにいるというのだ!!?」
ゾークはダーツを見るが、あの光を操っている素振りはない。
つまり、ダーツの能力を誰かが使っているということだ。
【再生の光】は、石から天使を作り出す・・・王だけが成せる奇跡。
「一体誰が・・・!!」
光の柱の中心に目を凝らすと・・・その羽を持つ杏花がいた。
「・・・・あの小娘が・・・!!!貴様あんな小娘に神の力を授けたのか!!!」
ゾークが怒りの声を上げると、ダーツはじっと杏花を見つめた。
「・・・・私はただ・・・私以上に神として御せるものを見つけただけだ・・・」
そう、ダーツは呟いたのだった。

   

   

   

   

   

   

(ダーツさん・・皆・・私、やっとここにいる理由が解ったよ)

   

   

(私がこの世界にいるのは、この戦争を終わらせる為・・・)

   

   

杏花は、光の柱にゆっくりと包まれていった。
柱はやがて太陽のように丸い球体へと変化する。
杏花は膝を抱えてその球体の中心でそっと目を閉じた。

   

   

   

(・・・・もう、逃げない)

   

   

   

   

   

   

光は誰にでも降り注ぐと、証明したい。

   

   

   

   

   

   

続く