第34話
〜そんなのどうでもいい〜
王宮から光の柱が立った時、琥珀と瑠璃は一瞬の隙が生まれた。
お互い戦闘を止めて光の柱を見た。
すると、ぽつりと瑠璃が呟いた。

   

「・・・・再生の光・・・」

   

二人はこれまで幾度か見た事がある。
ダーツが石から天使を生み出す際に、その光から天使という生物が生まれる瞬間をその目に焼き付けていたのである。
それは母が子を産み、生命を創り出す神秘の瞬間に近かった。
まだ幼い二人が初めて見たあの光と・・・大人になって見た光もどちらも色褪せる事はない・・・・いつだってその光はどんな暗闇に居たとしても忘れられない希望の光だった。

   

「・・・あれは天王様の光やない・・・なんだかもっと母性を感じるもんやな・・・」
「・・ダーツは女だったんかいな・・・」
「いや違うやろ、るーちゃん!!変なボケかまさんといて!!それ俺が言おうとしてたのに!!」
「は、言ったもん勝ちや」
「何この子!!可愛くない!!」
琥珀が気を緩んだ時、瑠璃は微かに笑い琥珀の背後に回った。
そして足に覇気を纏わせて渾身の一撃を琥珀の背中に蹴り上げた。
「ぐぅ・・・あぁぁ!!!」
琥珀は背中を蹴られて地面に叩きつける。
その姿を見下して、瑠璃が鼻で笑った。
「随分と余裕やなぁ・・・兄者。つまらんと、さっさと殺してしまうで?」
琥珀は土煙のする地面から起き上がる。
あの衝撃でも、まだ立ち上がろうとするのだから天界の門番は伊達ではない。
二人の守る門は天界の入り口・・・あの門を守るというのは、天界の全てを守るという事だ。
一人では守りきれないが・・二人の絆があの門を無敗で守っていた証となるだろう。
「ケホッ・・ええパンチくれるやないけ・・お兄ちゃん障害者になったら責任とってお嫁にもらってぇな!!」
「・・そろそろ終わりにするわ、兄者」
「ツッコミ所満載なのに突っ込まない瑠璃なんて嫌いやぁぁぁ!!!」
うわーんと泣く琥珀に瑠璃は呆れる。
琥珀はいつだって真面目な空気が五分と持たない奴だ。
任務の時でも門番の時でも・・常に頭は楽しい事や面白い事が詰まっている。

   

(・・ほんま、変わらんなぁ・・)

   

瑠璃の瞳が思い出で曇っていく。
懐かしい・・そんな感情が言葉になりそこねて形を留めず、全身に深く浸透して判断を鈍らせた。
だから琥珀が向かって来る反応が遅れてしまったのだ。
「はぁぁぁぁ!!!」
「ぐっ・・・・!!」
琥珀の刀に反応が遅れた瑠璃は『羽衣蝶』で防ぐが押し返されてしまう。
空中にいた瑠璃はそのまま吹き飛ばされ、体制を崩した所に琥珀の刀の柄が瑠璃の腹を直撃した。
「ぐぁっ・・・・!!!」
今度は瑠璃が地面に叩きつけられた。
瑠璃もダメージを負うがすぐに起き上がる。
口元の血を拭い、一瞬懐に入れていた天麗の石に触れた。
どうやら無傷のようだ。
「・・・瑠璃。お前は何で戦うんや?」
「・・・いきなり何やねん・・」
瑠璃が睨むと、琥珀は視線を王宮に移した。
王宮から放たれる光は、ダーツのものではないのは解る・・こんな芸当が出来るのはきっとダーツから特別な想いを抱かれる杏花だろうと琥珀は考えた。
「天王様、変わったと思わへんか?」
「・・そうか?」
「あぁ、よう笑うようになったし・・杏花様が来てからまた一段と王宮が騒がしくなったやん」
ニッと笑う琥珀に、瑠璃は拳を自分の掌に押し付けた。
瑠璃の破られた『羽衣蝶』がまた形成されていった。
まだ、瑠璃の心は折れていないようだ。
「そんなん俺には関係あらへん・・・俺は俺の目的の為にこの拳を振るうんや・・」
「何や?ゾークへの忠誠心とかそんなんか?止めとけ止めとけ・・骨折り損するだけやで?」
「・・・目的は一つだと思うなや・・兄者」
にやりと笑う瑠璃に琥珀ははっとした。
瑠璃の『羽衣蝶』が螺旋を描きながらその刃先を鋭くする。
まるでドリルのように三角形を成して瑠璃の利き腕に纏わり付いた。

   

『蜂腺』(ほうせん)

   

瑠璃の攻撃型の岩砕拳の一つで、瑠璃の剣としてもよく使われるものだ。
それを見る琥珀は目を見開き、瑠璃は唇だけで薄く笑った。
「行くで」
「!!?」
蜂のように素早く飛び、目標めがけてぶち抜くが如きその戦いはまさに自然界から恐れられている殺人蜂のようだ。
琥珀は刀で何度も受けるが、その重い衝撃に押される。
互角といえるが、琥珀は瑠璃に力技で勝った事はない。
正面からの力のぶつかり合いには琥珀が不利になる。

   

「・・・白虎!!白壁陣!!(はくへきじん)」

   

琥珀の刀から白い虎が煙のように現れ周囲に溶け込み瑠璃の視界を一旦遮断する。
白虎は主に敵を撹乱したり、回避する防御型の技だった。
「ちっ・・・小賢しい・・」
瑠璃は霧の中に閉じ込められるが、拳に覇気を纏わせてその霧をなぎ払おうとする。
するとその霧に紛れて横から琥珀が刀を振るう。
瑠璃は蜂腺でそれを防ぐが、数々の攻撃に瑠璃は押される。
「くっ・・・!!いきなり本気になってどないしたん?らしくないで?」
「はっ。瑠璃もそんなグレてらしくないで」
琥珀の刀と瑠璃の蜂腺がぶつかり合う。
武器と武器との間で二人の視線が交わった。
「お前の目的ってなんや。皆揃って闇界にお引越しかいな」
「・・・・俺もそう思ってたで・・最初はな」
「・・?どういう意味や・・?」
琥珀が目を見開くと、瑠璃は薄く笑った。
やはり力では上な瑠璃に序々に押されていく。
琥珀はギリギリ・・と地面に足がめり込むが、耐えていた。
「ゾーク様から教えられた・・俺らが生まれる前に起きた惨事・・そしてこの世界大戦になった理由・・それはすべて俺達石の天使が神から解放されない事にあるって事・・でも俺は・・俺はそんな事どうだってええねん」
「・・・!?瑠璃・・お前まさか・・・」
琥珀が瑠璃の思惑に気付き・・顔色を変えた。
瑠璃は決意を露にしたように、グッと拳を握りしめた。
瑠璃が闇界に堕ちようとも、忘れられなかった人々・・思い出・・それは随分と瑠璃を苦しめたが、瑠璃に一つの答えを導き出した。
「俺はこの手でこの世界大戦を終わらせる。すべての天使を石に還る。もう天使なんか・・この世に要らない」
「・・そんな事したら俺もお前も存在を無くすんやで!?」
「元々俺一人、助かろうなんざ思ってへん!!俺達は罪の証・・天使は存在してはならないものなんや・・!!」
瑠璃の悲痛の叫びに琥珀は刀を握り締める力を緩めた。
瑠璃は昔から、自分よりも他人を大切にする優しい心の持ち主だった。
自分のせいで琥珀の右目が失われた事に激しく自分を罵倒した。
誰よりも正義感が強く・・琥珀から見れば天使として一番出来た人物だろう。
だがその優しさ故に・・闇に囚われてしまうのだ。
「・・違う・・ちがうねん・・瑠璃が全ての天使を石にしたって・・世界を終わらせたって何にも変わらへん・・・!!」
「何でそんな事言えるんや・・?この世界が全部なくなれば悲しみも憎しみも消え失せるのに・・・」
「でも楽しい事や嬉しい事も消えちゃうんやで・・?俺らが今まで築き上げてきたもの全部・・・そんなん哀しいやんけ・・」
琥珀がグッと刀を握りしめて、その瞳に想いを馳せた。
全てを捨てる覚悟がある瑠璃の本気は痛い程解る・・・でも琥珀は全てなど捨てきれない・・楽しい記憶も哀しい過去も・・琥珀には全て捨てきれないものなのだ。
「俺はこの天界が好きやねん。天王様を守りたい、この世界を守りたい、俺や仲間達と過ごした過去を未来に繋ぎたいんや・・!!」

   

尊敬する天王様。
優しい杏花様。
信頼する仲間達。
かけがえのない弟・・・。
そして・・・

   

(琥珀さん)

   

「お前の考え一つでこの世界は壊させへん・・!!俺の仲間を誰一人傷つけさせへん・・・!!」
「・・・もう遅い・・」
「・・・!!?」
瑠璃は懐から天麗の石を取り出した。
琥珀は目を見開いてその石を見つめた。
瑠璃はもう・・・仲間を殺した罪を背負ってしまった。
仲間殺しは、大罪である。

   

「・・瑠璃ぃぃぃぃ!!!!!」

   

琥珀の怒りで刀が紅蓮に染まった。
朱雀の炎が刀に渦巻き、激しい炎となった。
瑠璃はそれを受け止めるが、押されていく。
それでも瑠璃はふんばって琥珀の刀に耐えていた。

   

「うおおおぉぉぉぉ!!!」
「あああぁぁぁぁぁ!!!!」

   

二人の力がぶつかり合い、その力が大爆発を引き起こした。
お互いに大きな距離が開くが、琥珀は足と肩に傷を負い、瑠璃は腹と太股から血を流していた。
はぁはぁと息を乱す二人は、ぐっと力を込めた。
お互いの琥珀色の瞳と瑠璃色の瞳が鋭く光った。

   

「四神天翔」

   

琥珀の刀に四つの神が舞い下りて力を与える。
これが琥珀の最終形態であり、最大の攻撃力を誇る。
瑠璃の両腕に纏う覇気も瑠璃色に輝き、形を変える。
まるで大きな鎌を両腕に携えたようなものになった。

   

「蟷螂」(とうろう)

   

瑠璃も最大の力で琥珀に挑むつもりだ。
お互いの目が据わり・・睨みをきかせた。
もう言葉など届かない・・力でぶつかり合うしかないのだ。
どうしてこうなったかなんて・・・今の二人にはどうだっていいのだ。

   

二人の目が見開き、羽が散る。
二つの力が双方からぶつかり、世界を揺るがせた。
それに呼応するように・・・光の柱が天に届いて小さな粒をばら撒いた。
それは小さいながらもほんわかと暖かな希望の光・・・それがひらひらとまるで雪のように舞い落ちてくる。

   

「はぁぁぁぁぁぁ!!!!」

   

「あああぁぁぁぁぁ!!!!」

   

琥珀の想いは瑠璃の想いにぶつかり合う。
大きな大きな・・哀しい光が二人を包んだ。
衝撃に吹き飛ばされ・・琥珀も瑠璃も爆風に身をゆだねる。

   

(瑠璃・・・)

   

琥珀は瑠璃に手を伸ばすが・・届くはずもなかった。
二人は全く正反対に吹き飛ばされていき・・意識を失っていく。
琥珀の刀は地面に突き刺さり・・刃先が欠けていった。

   

(兄者・・・俺は・・・間違っていたんか?)

   

瑠璃の目の前は光に包まれていく。
琥珀と瑠璃の力がぶつかり、結果瑠璃の力が琥珀に負けたのだ。
瑠璃の身体は天麗が石に戻ったように・・指先から砂になっていく。
琥珀に敗北した瑠璃は・・何故か安堵したように微笑んでいた。

   

(・・やっぱり・・・兄者には勝てへんなぁ・・・)

   

瑠璃がそう思っていると、誰かが瑠璃の頬を撫でた。
そっと目を開くと、石になっていたはずの天麗がそこにいた。
しかし、身体は透けていて・・意識が具現化したようなものに近かった。
「てん・・れい・・・」
瑠璃の頬を撫でながら・・・天麗はその桃色の瞳から涙を零して微笑んでいた。
優しく・・愛しく・・そんな光に満ちた瞳で・・。
(あぁ・・そうか・・俺は・・・)

   

   

この笑顔を守りたかったんや・・・・・

   

   

天麗に抱かれながら・・・瑠璃の身体は砂になり石へと還る。
地面に落ちた二つの石は寄り添うように、そこにあった。
それを、血に汚れた手が触れた。

   

「・・・帰ろうな・・瑠璃・・天麗・・・」

   

琥珀は涙を一粒だけ流して・・・その傷ついた全てを引きずり・・・光の降り注ぐ空を見上げた。

   

   

   

   

ゾークは残った部下とともに天界から姿を消した。
消えるその瞬間・・ゾークの瞳に杏花が映し出された。
光に包まれた杏花は、ダーツに抱きかかえられている。
大事そうにその両手で支えるダーツに苦々しい想いを抱え・・ゾークは消えた。

   

   

   

   

   

   

闇は、まだ祓えない。
憎しみは、まだ輪廻する。
悲しみは、まだ消えない。
傷は、まだ癒えない。

   

   

   

だが、光はまだ・・・ここにある。

   

   

続く