第35話
〜それぞれの悪い癖〜
あれから一ヶ月・・・。
王宮も天使達もやっと元のように戻り穏やかな日々を暮らしていた。
傷跡を残したままの者もいるが、いつまでもくよくよしても仕方ないと立ち上がったのは琥珀だった。
石に戻った瑠璃と天麗をダーツに渡した直後に琥珀もやっと意識を手放せる程安心した。
琥珀は数日眠り続けて、起きたと思ったらすぐに王宮の修復改善に向かう。
一番辛い戦いをした琥珀が、皆の背中を押している事に気付いた天使達は琥珀の後に続いたのだった。

   

「琥珀くん!瑠璃くんが目を覚ましたよ!」

   

「ほんまかいな!!今行くさかい、待ってろや瑠璃ぃぃぃ!!」

   

瑪瑙が扉を開けてそう告げると琥珀は持っていた書類を放り投げた。
傍にいた翡翠がそれを慌てて拾い上げるが、琥珀はすでに瑪瑙の横をすり抜けていた。
すると、琥珀の目の前に誰かが立ちはだかり、ぶつかる。
ドン!とぶつかってお互い尻餅をついた。
「あいたっっ!!もう何やねん!!」

   

「・・・・落ち着けや兄者。廊下は走ったらあかん」

   

「へ?」

   

琥珀が尻餅をついたまま相手を見返すと、全く同じ格好・仕草の瑠璃がいた。
琥珀は目をぱちくりして瑠璃を見つめた。
瑠璃はあの緑色の軍服を着ていて、それは琥珀がよく知る瑠璃の姿だった。

   

「・・・瑠璃・・・お前・・・」

   

「・・・兄者・・・・俺・・・・・」

   

歯切れが悪そうに、瑠璃が呟くと琥珀は尻餅つく瑠璃に向かって思い切り抱きついた。
驚く瑠璃は目を見開き、琥珀を見ると琥珀は笑顔を見せた。
「兄・・」
「よかった!!いつものるーちゃんや!!ほんま、よかった!!」
ニコニコと笑って、琥珀はおかえりと言う。
瑠璃としては、何か文句の一つもあるだろうし拳の一発も覚悟していた。
しかし返ってきたのは皆の優しさで、瑠璃は心の底から皆に感謝した。
泣きたくなるのを我慢して、瑠璃は微笑みを見せる。
「ありがとう」と、そしていつもの・・・・

   

「るーちゃん言うな・・・兄者」

   

瑠璃は琥珀の手を取り立ち上がり・・・皆の居る扉の中に入っていった。
しかし、そこに居ない者が居る。
砂金はまだ医療室で、天麗は今日来ていない。
そして、ダーツと杏花の姿がどこにも見当たらなかったのだった。

   

   

   

   

   

   

ダーツと杏花がどこにいるかというと・・・・なんと人間界に来ていたのだ。
現代の街並みの中、二人は私服で歩いていた。
人間界は真冬だったので、杏花はスカートに赤いコートを着ていた。
その隣にいるダーツは白のロングコートに黒のマフラーをしていたが、いつもと姿が違う。
水色の髪は長いがいつものように長くはない。
三つ編みをして一つに纏めていてそれは胸辺りまでしかない。
顔が童顔というか・・・年齢が若くなっていて丁度杏花と同い年に見える。

   

   

「ダーツさん!アイス食べたいな!ほら、おいしそうなアイスがあるよ!」
「こんな真冬にかい?杏花だけ買ってくるといい」
「駄目よ、ダーツさんは今日一日私の我が儘に答えてくれるんでしょう?」
杏花がそう言うと、ダーツは「君には敵わないよ」と苦笑して歩みを進めた。
そう、今日は一日杏花の我が儘に付き合おうと言ったダーツのお言葉に甘えて人間界でデートになったのだ。
杏花は「人間界でデートすること」と「私の我が儘をきくこと」の二つをダーツに言った。
ダーツはそれを聞いて、わざわざ姿を変えて叶えているのだ。

   

   

二人はアイスを食べながら街を歩いていく。
寒いのに、日差しが暖かくて真冬のアイスも悪くはないと笑う。
「でもどうして姿を変えるの?」
「・・・・デートだと、示したくてね。どうも君と私では親子に見られがちだ」
「ふふっ、確かにね。でも私は誰にどう思われたってダーツさんなんだからいいと思うけど?」
「まぁ、今日は若輩者の私を楽しんでおくれ」
口調がいつもと同じだから、どんなに姿が幼くても中身は変わらないと杏花は笑った。
そうして二人は、行き交う人々と何の違和感もなく街のどこかに消えていった。

   

   

   

   

   

   

一方、瑠璃は天麗を探していた。
どうしても天麗に会って話さなくてはならないと、翼を広げる。
(許して欲しいだなんて思ってへん・・・ただ、謝りたい・・・)
瑠璃がそう思っていると、見慣れた桃色の髪が見えた。
瑠璃はすぐに地上に降りるとやはりそれは天麗であった。
天麗は天界の端にある海を見つめながら、瑠璃に背中を見せていた。
「・・・天麗・・・・」
瑠璃が声をかけると、天麗はゆっくりと振り向いた。
真っ直ぐに瑠璃を見つめ、瑠璃は少しだけ緊張したように動揺を隠した。
「・・・あのな・・・俺・・・お前に・・謝りたくて・・・!!!ほんま、ごめん!!!」
瑠璃はそう言って頭を下げた。
しかし天麗はそれに興味がないのか瞳を伏せがちに瑠璃を見つめた。
「・・・私は瑠璃にそんな事言わせたくて、助けたわけじゃない・・」
「え・・?・・・まさかお前・・・あの時の事・・・」
瑠璃の脳裏に、消える寸前の記憶が蘇る。
想いを具現化した天麗は、瑠璃の痛みを和らげるように瑠璃を包み込んだ。
そのお陰で、二つの石は無傷で済んだのだった。
「私は石に戻って意識は深い闇の中に居たの・・・その時初めて瑠璃が抱える闇に触れた・・・瑠璃はずっと、自分を責めて生きてきたんだね」
「・・・!?」
「今はどう・・?何か変わった?」
天麗の問いかけに、瑠璃はしばらく考えて答えを導き出す。
それは、瑠璃が思う本心だった。
「・・・俺は石から生まれた天使を罪の証だと言った・・でも本当は、俺自身が自分を罪だと思ったんや・・・心の底から、自分を嫌っていた・・」
「・・・・瑠璃は罪の証なんかじゃないよ・・・」
天麗はゆっくりと瑠璃に近づき、その手を握る。
そして優しく撫でた。
「確かに私達は多くの血でこの手を染めてきた。綺麗事で収まるような道を歩いてきたわけじゃないけど・・・でもこれが私達なんだよ」
「天麗・・・・」
「もう一人で抱え込まないで。闇は私達が弱くなればきっと牙を剥いて襲い掛かる・・・だから、その前に私は瑠璃を救いたい・・・」
天麗がそう言うと、瑠璃はギュッと手を握り返した。
瑠璃は苦しそうに眉間にシワを寄せて、天麗を見つめていた。
「・・・どうして・・・どうしてそんなに天麗は優しくしてくれるん・・・?こんな馬鹿な俺に・・・・」
「・・・・・うん・・馬鹿だよね・・どっちも」
「俺を・・・信じてくれるのか・・?」
瑠璃が天麗の額に自分の額をくっ付けた。
瞳を閉じた二人がまた瞳を開けて、至近距離で見つめあう。
瑠璃色の青に、桃色の優しい色が溶け込んだ。
いつかの血に塗れた二人のように、そこにはただお互いを想う心があったのだ。
「こんな俺やけど、傍に居てええか・・?」
「いいけど・・もう隠し事は無しよ。瑠璃の困った癖なんだから・・」
天麗がそう言って微笑むと、瑠璃は「気ぃつけるわ・・」と微笑んだ。
波の押し寄せては引き下がる音が聞こえる・・・乾いた砂にじんわりと海水がやってきてじわりと音をたてるのだ。
二人は固く手を繋ぎあい、しばらくお互いを見合った後にどちらかともなく唇を重ねた。
たった数秒の触れるだけのキスに、ありったけの愛が伝わるように・・・。

   

   

   

   

   

   

「教えて・・・・ダーツさんはどうして私を選んだの?」
人間界の街を歩いた二人は崖に掛かる大きな橋の真ん中に居た。
ここは観光地らしいが、もう夕暮れに近い橋には杏花とダーツしか居なかった。
二人で山と山の間から見える真っ赤な夕日を眺めていると、杏花が本心を話した。
そう、杏花はただデートがしたかったわけではない。
杏花は誰の邪魔も入らないこの時間に、ダーツの真実に触れたかったのだ。
それはダーツも気付いていて、あえて知らないふりをしていた。
「どうして私には記憶がないのか・・・どうしてダーツさんは私を奥さんにしたいのか・・・最初から解らない事だらけだったけど私は知らないふりをしてた・・・でももう素知らぬふりなんか出来ないよ」
「・・・・」
「少しずつでいいから・・話して欲しいの」
「・・・・君を選んだのは、本当に君を愛してるからだ。記憶がないのは、私があえて君の中に封印した」
ダーツは夕日を見つめながら・・どこか懐かしい目をしていた。
杏花も夕日を見つめる・・・夕日に照らされて雲まで赤に染まっていた。
「私は君を欺き罪を犯した・・・だから私は君に私を裁く権利を与えた」
「・・・裁く権利・・・?」

   

「王は死なない・・王妃の血、以外では」

   

杏花は目を見開いた。
王妃の血とはどういう事か聞こうとしたら、ダーツは先にそれに答えた。
「王は王妃の血を心臓に与えられると死に至る。つまり君を殺した剣で心臓を貫かれたら死ぬという事だ」
「・・・なら、私が居ればダーツさんは死んでしまうの・・?」
「・・・だから、君を王妃にしたいんだ」
「!!?」
ダーツは杏花に向き合う。
綺麗な顔立ちのまま、瞳は杏花だけを見つめていた。
杏花はダーツの言葉に驚かされるばかりで、言葉が出ない。
どうして、そこまで・・・・そんな思いだけが杏花の胸をざわつかせた。
「私は君に裁く力を与えた・・・それがあの翼だ。そして君が、私に死を与えて欲しい・・・それが君を王妃にしたい理由の一つだ」
「・・・・ダーツさん・・・あなたはどうして・・・そこまで自分を殺したがるの・・・?」
杏花の瞳から涙が零れる。
ダーツはそれをそっと指ですくう。
「それが私なりの償い方だからだ・・・私はあまりにも、たくさんの者達を傷つけてきた・・・だからこそ、私は私以上の者を創り罰して欲しいのだよ・・」
「・・違う・・!ダーツさんは誰も傷つけてなんかないよ・・!こんなにも・・こんなにも皆の為に傷ついてきたのは他の誰でもない・・・ダーツさんだよ・・?」
杏花の言葉にダーツがハッとする。
杏花は涙を流しながら、微笑みを浮かべた。
「考えていこう・・・これから、誰も傷つかない方法を・・・皆で・・」
「杏花・・・」
「誰も欠ける事なんか無い・・・私は、ダーツさんともっともっと天界を平和にしていきたい・・それが、償いにならないなら何が償いになるの?」
杏花の言葉にこれまで背負ってきて重荷になった蟠りが少しだけ軽くなった気がした。
自分を責めて、一人で抱え込むのはダーツの悪い癖だと杏花は想った。
その時、ダーツは杏花に感謝の意を込めてそっと唇を重ねた。
杏花はダーツの背中に手を回しダーツは杏花の頬を優しく包み込んだ。
二人の横顔が夕日に照らされて・・・逆光の中キラリと杏花の涙が光った。

   

   

   

   

   

   

一方、琥珀は大きな花束を抱えて砂金の元にお見舞いに来た。
砂金はいつもの微笑みを見せて琥珀を歓迎した。
そして砂金は包み隠さずに自分の体の状態を話した。
「瑪瑙さんから聞きました。もう羽根は再生出来ず、飛べないそうです」
「・・・・そっか・・・」
「天王様に申し出れば回復するかも知れませんが・・・このままでいいです」
「え・・・・」
琥珀が驚き顔を上げると、砂金はニコリと笑う。
琥珀が持ってきた花束の花に触れながら真意を言った。
「・・・私、ずっと考えていました。この羽根でもしかしたらあなたの居ないどこか遠くへいけるのではないかって」
「・・砂金・・!?何言うてるんや・・!?」
「私、あなたが好きです。でもそれと同じくらいあなたが嫌いです」
「・・・!?」
優しい砂金が琥珀に嫌いだとか離れてしまいたいと想っていたなんて微塵も疑わなかった琥珀は動揺を隠せない。
ずっと側にいてくれた砂金がもしも突然居なくなるなんて考えもしなかった。
そう・・瑠璃が突然居なくなったあの日のように・・・・。
「・・・あかん!!!砂金言うてくれたやんか・・!ずっと側に居てくれるって・・・!!」
「そうですね。私はあなたのそういう弱い部分を癒したいと想いますし、今もそれは変わりませんよ」
「なら・・・!なら側にいてくれや・・!!絶対に俺から離れんって約束してや・・!!」
あの戦いから、不安な瞳を見せなかった琥珀の気丈がもろくも崩れ去る。
まだ傷も癒えない砂金を無理矢理抱き寄せてきつく抱き締めた。
砂金は表情を変えないが、包帯に血が滲む・・・それに気付かない琥珀は砂金の細い肩に顔を埋めた。
「・・・・羽根がなくなって、もうそんな考えが出来なくなるから私は飛べないままでいいんです・・・琥珀さんなら解ってくださいますよね?」
「それでええ・・・それがええよ・・そしたら砂金はずっと側に居てくれるんやな・・?」
「はい・・・ずっと側にいますわ。あなたが泣かないように・・あなたの闇が、あなたを殺してしまう前に・・・」
砂金がそう言うと、琥珀は砂金と一緒に砂金が眠るベッドに倒れこんだ。
琥珀は砂金を抱き締め覆い被さったまま寝てしまった。
本当はずいぶん無理をしていたんだと想う・・・それを人に隠してしまうのは琥珀の悪い癖だ。
砂金は自分の上で眠る琥珀の頭をそっと撫でた。
「おやすみなさい」と呟いて子守唄を口ずさんだ。

   

   

   

   

   

   

誰もが闇を抱えて

   

傷つきながら

   

歩いていくのだった・・・・。

   

   

続く