第36話
〜罪深き革命(前)〜
舞台は遥か昔、数千年前の闇界。
まだ天界との間に戦争が起こっていなかった時代。
この物語の隠された『真実』と『闇』の全ては、この時代の闇界にこそある。

   

   

   

   

   

   

現在とは内装の違う闇界の王宮を歩く青年がいた。

黒い髪に黒い瞳。まさに『闇』を象徴するかのような面立ちの彼こそ、後の闇界の王、ゾークである。
見た目の年齢は現在よりも若く、18か19くらいであろう。
当時のゾークはまだ王位には就いておらず、王子という肩書きであった。
玉座の間へと通じる長い廊下を歩き、扉の前に立つ。
その表情は、とても機嫌が良いとは言えない物だった。

「………クソ親父」 

ボソっと小さく呟くと、ゾークは扉をゆっくりと開けた。

玉座へと続く階段の手前で立ち止まり、壇上を見上げる。 

壇上には、2つの玉座。

正面の玉座に座る男は、軍服とスーツを組み合わせたような服を着ていた。

長い髪を前髪ごと三つ編みで束ね、肩に垂らしている。
冷酷な鋭い瞳に加え顎の短い鬚が、年相応の威厳を感じさせる。
この男が当時の闇界の王でありゾークの父親、デザイヤである。

   

   

無言で見上げるゾークに、デザイヤは口を開いた。

「ゾーク。貴様が王位に就くべき年齢を満たすのも間近だ。お前には儂の思い通りの王となる力を備えてもらう為、今まで以上の試練を与える。覚悟の上で日々挑むが良い。」

「…………………。」

「貴様は、王という名の『器』。儂の意のまま動くだけの王となれ。」

「…嫌だ…………。」

口を閉ざしていたゾークが発した、その小さな一言。
それをデザイヤが聞き逃す訳もないが、眉一つ動かさない。
「俺は、生まれてからずっと貴方の言う通りの教育を受けてきました。闇界の事だけを考え、貴方の為に動く王になるようにと。」
「そうだ。それを不服と感じる権利など貴様には無い事よ。」
玉座に片肘を付きながら、デザイヤは当然の事のように言い返した。
その感情の欠片もない冷めた反応に、ゾークの感情は爆発していく。
「俺は自由に生きたい、他の世界にも行ってみたい。親父の人形になるくらいなら、王位は要らない!」
ゾークがそう叫んだ時、デザイヤの隣に静かに座っていた女性が、突然立ち上がった。
カールした短かめの髪を後ろでまとめた、物静かで気品を感じさせる貴婦人。
デザイヤの妻でありゾークの母親、王妃ローザである。

   

   

その瞳には、常に暗い影があるように見える。

「ゾーク、何て事を言うのですか…。王様にお謝りなさい。」 

叱るというよりは、必死に説得するような表情と口調でローザは訴えた。

そんな母を見たゾークはハっとして、自分の為というよりは母の為に一歩身を引いた。

「…………申し訳ありませんでした、王様。」 

感情こそこもっていないが、形だけは頭を下げてゾークは謝った。
デザイヤは、相変わらず表情1つ変えない。
「考えるべきは我が闇界。異国、異種族など敵と思え。」

「……………………。」 

「ふん、貴様は儂を越える王ではなく、儂の命に従う従順な王になればよい。それ以外を考えるなど愚案の域よ。」

静かに苛立ちを抑えていたゾークだったが、ようやく顔を上げた。

「親父殿の考えは俺には全く理解できないんで、一人で考えさせて頂きます。それでは。」

ゾークは玉座に背を向け、玉座の間を後にした。

「まったく、面倒な息子を産んでくれたものよ。」 

デザイヤはローザに顔を向けもせず、言い放った。 

ローザは座ったまま俯き、お互いが顔を向ける事もなく小さく言葉を返した。
「……すみません、王様。わたくしが後で言い聞かせますから、どうぞお許し下さいませ…。」

「ふん。その位は役に立たなければ、貴様の使い道など今や無いに等しい。」 

「………はい、王様………。」 

デザイヤは、妻のローザを愛している訳ではなかった。
世継ぎとなる子を産む為の、形式上の王妃でしか無かった。
次期王になる子を意のままに操り、次の世代に王権が移っても自分が闇界を支配しようとしている。

それを知りながらも、ローザはデザイヤに従い、子を産み、その後も側に居たいと思っていた。

ローザはデザイヤを愛していたのだ。

そして、それはデザイヤにも都合が良かった。

デザイヤが必要とする存在は、自分に従順な王妃と子、であるからだ。

   

   

   

   

   

   

玉座の間から出たゾークは、不機嫌な足取りで廊下を歩く。

ふと、廊下の窓の外からゾークを呼ぶ声がして、足を止める。

「おーい、ゾーク!!ゾーク!!」

ゾークは声が聞こえてくる窓から外を覗いてみた。
すると、窓の外には赤いドラゴンの背に乗った紅がいた。
当時の紅は、見た目の年齢はゾークと変わらない青年だ。
闇界の指揮官という肩書きもまだ持っていないが、この頃からかなりの戦闘能力を誇る闇界の主力だった。
「おい、ゾーク!後ろに乗れよ!」
外に逃げ出したいというゾークの心を読んだかのように、紅は笑顔でゾークを手招く。
ゾークは王子であるから身分は高いのだが、紅は元々の性格から、言葉遣いなどは気にしない。
まるで悪友・・もとい、親友のようにゾークと接していた。

あまりにも突然で気さくな紅に、ゾークは苦笑いをした。

「お前の後ろに乗るのか?何か嫌だな…。」

「なに言ってんだよ、こんな城に閉じこもるよりはマシだろ?」

「それもそうだ、な。」

こんな言葉のやりとりも、いつもの事。

ゾークは躊躇いなく窓から飛び降り、紅はドラゴンを飛行させて自分の後ろにキャッチする形でゾークを乗せた。

慣れているので、息ピッタリであった。

「どうせまた王に何か言われたんだろ?気晴らしに世界一周でもするか?」
サラっと大胆な発言をする紅だが、それは冗談でもなんでもない。
その自由奔放っぷりが、ゾークは見ていて気持ちがいい。
だが、そんな紅を、ふとゾークは疑問に思った。
「お前は親父の部下なのに、何で俺にばかり構うんだ?」
ゾークにとっては当然の疑問。
紅は、デザイヤによって石から生み出された。
当然、デザイヤに従順であるはずだが、彼だけは王に従うどころか反発し、自由気侭に生きているのだ。
何故かは解らないが、主人に従順であるという石の宿命を覆す、特異な存在である。
「俺、あの王嫌いなんだよな。ゾークの方が面白れえし、好きだぜ?」
「やめろ、気持ち悪い。」
と言いながらも、ゾークは悪い気はしない。
「ま、王からしてみれば、俺は『失敗作』なんだろうよ。そんなの関係ねえし。」
「俺も、親父からしてみれば『失敗作』なんだろうな。」
ふと背後で暗い表情を浮かべたゾークを悟って、紅は明るい口調でふざける。
「気が合うねえ♪俺達、良い親友になれそうじゃねえ?」
「何なんだ、お前!?さっきから気持ち悪いぞ!!」
そうやってふざけあうのも、ゾークにとっては心地よい時間であった。
「紅のドラゴンは便利でいいな。俺も石から命を創造する力を得たら、まずドラゴンを生み出したい。」
「お、なかなか悪だなゾークも。部下を逃亡の乗り物にするってか?その為には、まずお前が王にならないとな。」
「………ああ、そうだな…。」
そんな会話をしながら、紅のドラゴンは闇界を越えて世界を飛び回る。

   

   

   

   

   

   

日々、ゾークは城を抜け出す事が多くなり、当然、城に戻ってから呼び出される事になる。
デザイヤではなく、母のローザに、である。
ゾークに言い聞かせるのはローザの役目であった。
物静かなローザは普段からよく小さなテーブルに一人で座り、お茶を飲む事が多い。
ゾークがテーブルの前に立つと、ローザが静かにティーカップを置いた。
「お座りなさい、ゾーク。」
ローザは、自分の向い側の椅子にゾークを座らせた。
叱る気などはないのだろう。静かにゾークを見据える。
「ゾーク。王様の言う事には従うのですよ。あなたは将来、この世界の王となるのですから。」
「……母上も、俺に親父の言いなりになれと?」
「わたくしは、あなたを理想の王にするのが使命なのです。あなたも自覚しなくてはいけませんよ。」
「親父の理想の為に…?」
ゾークは立ち上がり、背を向けた。
「やはり母上も親父と同じですね。失礼します。」
立ち去るゾークの背中を見つめ、ローザは溜め息をついた。
ゾークは、母の事は嫌いではない。
しかし、好きでもない。
ただ父に従順なだけで、我が子を見守りはするが、手を差し伸べる事も、理解しようともしない。
権力よりも自由を求めるゾークは父と母に愛情を感じない。
自由であるはずが従順にしか生きられない者と、従順であるはずが自由に生きる者。
ゾークが、親よりも紅に引き寄せられるのは、当然の事だった。
そんなゾークと紅の考えが、闇界の歴史を変える革命を起こす事になる。

   

   

   

   

   

   

それは、ある日の事。

紅が、珍しく神妙な顔付きでゾークの部屋に来たのだ。
部屋にはゾークと紅、二人きり。
部屋に入るなり、紅が重く低く、言葉を発した。
「……王の命令で、小国を滅ぼした。やったのは俺じゃねえが。」
そう打ち明けた紅だったが、そんな程度の話は闇界では珍しくなかった。
「親父の事だ、反乱国を潰す事は珍しくない。」
平然としてゾークは返した。
「理由は、反乱じゃねえ。異種族をかくまっていたからだ。それも、たった一人の。」
「なんだ…と…?」
ゾークの顔色が変わる。
異国、異種族に対しては冷酷なデザイヤではあったが、ここまでの見せしめとも言える制圧は初めての事だった。
デザイヤの支配力は制圧という形で日々、力を増している。
今や、闇界はデザイヤの思い1つで全てが動いている事を実感した。
このままでは、闇界は破滅の道を行く。
自由も平和も、何もかも見えない未来になる。

瞬時に、ゾークの脳裏に絶望的な未来が頭をよぎる。

同時に芽生えたもの。それは本能なのか、使命感なのか。

しかし、当たり前のように、自然と口走っていた。

   

「俺が、闇界の王になる。」

   

その言葉に、紅が目を見開く。
「ゾーク…?」
「力を貸してくれ、紅。」
そう告げたゾークの闇色の瞳は、すでに王としての威厳を放っていた。
王位継承者が王位に就くには、王が子に王位を継承するか、王が死ぬか、の2通りしかない。
デザイヤが今のゾークに王位を継承させる事は、ありえない。
という事は、残る方法は1つ。
「………いいのか?」
紅が、ゾークに念を押す。
ゾークは言葉では答えない。しかし、心は決まっていた。
王を殺す方法には、いくつか必要な条件がある。
『王妃の血』、『神を殺せる剣』、『その剣を扱える力を持つ者』。
剣を王妃の致死量分の血で濡らし、その剣を王の心臓に刺す事で、王は死に至る。
王は王を殺す事は出来ない。また、王族も王を殺せない。
闇界には、『神を殺せる剣』を作れる鍛冶職人がいる。
紅なら、その剣を扱えるだろう。
全ての条件は揃った。
王を殺す事が出来るのは、紅しかいない。
ゾークに『両親を殺す』という過酷な承諾を口にさせる前に、紅が口を開く。
「………いや、俺の意志でやる。止めるなら今のうちだぜ?」
ゾークは答えない。答えなど返って来ない事は、紅も承知して聞いているのだ。
無言の承諾、と受け止めるのだ。
ゾークの決意に対し、紅は全ての罪を自ら進んで背負うつもりなのだ。
王を殺せるのは、紅しかいない。王になれるのは、ゾークしかいない。
求めるものは、種族も国境も関係のない、自由。
紅もまた、異種族である精霊と人間とのハーフの女性を想っているからだ。
彼女の為ならば国だろうと潰すし、王だろうと殺す。狂気のような想いがある。
ゾークと紅、お互いが行き着く理想の世界は、同じ。

   

   

革命への布石が、揃った。

   

   

続く