第37話
〜罪深き革命(後)〜
それは予告もなく、突然行われた。
ゾークと紅、たった二人で。
自分を生んだ親を手に掛けるという、二人にとっては最も罪深き革命が―――。

   

   

   

   

   

   

紅は、ローザの部屋の扉を開けた。

ローザは相変わらずお茶でもしていたのか、小さなテーブルに座っていた。
当然、この騒ぎに気付かなかった訳ではない。
すでに紅は王宮の多くの者達を斬り、ここに来た。
普通の剣よりも一回り大きな剣には大量の血が滴り、それを持つ紅を目の前にしても、ローザは表情を変えない。
こうなる事を、悟っていたかのように。
「あんたには悪いが……」

ここで死んでもらう、と紅が言い終わる前に、ローザが静かに言葉で遮った。

「承知しています。紅、わたくしをお斬りなさい。」

意外な覚悟を口にするローザに、さすがの紅も多少は驚いた。

「……………いいんだな?」

紅には、ローザに対して感情も、躊躇も何もない。ただ、最後に真意を聞こうと思った。

「ええ……。わたくしの命で二人を救えるならば、喜んで犠牲になりましょう。ただ1つだけ、貴方にお願いがあります。」
「何だ?」
「あの子を……ゾークを…ずっと守って下さい。」

ローザの瞳から、涙が溢れる。

闇界を破滅へ導くであろう独裁を行うデザイヤを止められるのなら…。

それでゾークが救われるのなら…。そういった思いで、ローザは自分の命を捧げる事を惜しまなかった。

ローザは、デザイヤの事も、ゾークの事も、心から愛していたのだ。

「…命令には従わねえが、お願いなら別だ。」

「…………ありがとうございます。」

そう言って、ローザは微笑んだ。

   

   

   

   

   

   

玉座の間の扉が、開かれる。
壇上の玉座から眼下の紅を見据えるのは、闇界の王デザイヤ。
配下でありながらデザイヤに謀反を企てた紅を目の前にしたが、玉座に座るその様子はいつもと変わらない。

ふと、紅の持つ剣に目を向ける。

「神を殺せる剣か。貴様はゾークと組んだ訳だな。」 

反応もせず、紅はその剣を構えた。大量の血を纏った刃先から、血が滴り落ちた。

その血の量を見れば、一目瞭然だった。 

「ローザを殺ったか。小賢しい真似を………。」 

デザイヤにとっては、ローザの事など気にしていない様子だった。
今の紅は、目の前の王を斬るという目的しか眼中にない。

感情のない赤い瞳で、刃先を向ける。

「これで終わりだ、王。」

「ふん、石ころの分際で愚かな……この失敗作が!」

その言葉が引き金になった訳ではない。

紅にとって、自分が王にとって失敗作だろうが何だろうが、関係ない。

   

   

次の瞬間。紅の剣が、デザイヤの心臓を貫いた。

  

   

   

  

   

   

闇界の王宮が、炎に包まれる。

紅の戦闘能力による炎だ。

その様子を、城の外から呆然と立ち尽くすかのように見つめるゾーク。

その手には真っ黒な剣が握られていて、その剣もまた血に濡れていた。

悲しみや、絶望の瞳ではない。その炎の先に、新しい闇界の未来を見据えていた。

そのゾークの隣に、紅が現れた。

ゾークは視線を城に向けたまま、独り言のように呟いた。

「全て終わったんだな。」

「ああ…。確かに俺がこの剣で王の心臓を貫いた。あれは、せめてもの火葬だ。」
紅が、炎に包まれた城を見る。
デザイヤが石から生み出した配下は、ゾークがその手で全て始末した。
城は炎で焼かれ、デザイヤが支配する闇界は、もう存在しなかった。

  

  
  
  
  
  
デザイヤが死に、息子であるゾークが王位を継承するのは必然の事。

焼き尽くされた城はすぐ再建され、新たな王宮でゾークが王となるまでには、時間はかからなかった。

新しい玉座の間で、新たな王となるゾークが座る為に作られた、玉座。

その玉座に、王となって初めてゾークが座る日が来た。

玉座に座るゾークを見た瞬間、紅は嬉しそうに階段を駆け上がり、金色の玉座に寄り掛かった。

「へえ。王らしくなったな、ゾーク!」

「紅、軽々しく壇上に上がるな。というか、玉座に寄り掛かるな。」

「いいじゃねえか、堅苦しい事言うなよ。」

この広い玉座の間には、ゾークと紅の二人しかいない。
闇界を治める為の配下は、王となったゾークがこれから自らの手で石から生み出すのだ。
紅は、先代の王デザイヤが生み出した石の唯一の生き残りとも言える。
今、ゾークと紅を繋ぐのは友情のみで、見える絆は何1つない。
ふと、紅の口調が真面目なものになった。
「ゾーク。今日、新たな王となったお前に、俺はここで誓いを立てる。」
突然の言葉にゾークは驚いたが、その口調が冗談ではないと悟った。
「そうでもしねえと、あれだけの事をしたのに形になんねえだろ?」
紅は、デザイヤとローザを殺す事で、ゾークが背負うべき罪を全て背負った。
本来なら、その真実を抹消する為にゾークに消されていてもおかしくない罪。
デザイヤに生み出された紅が、その主を殺し、それでもなおゾークに仕えるという理不尽。
それでも自分を生かすというのなら、『誓い』という目に見える絆を、この場で一度だけでも作りたい。
『罪』と『誓い』を背負って生きる事が、ゾークへの償いだった。
紅は、静かに玉座の階段を下りていく。
そして、自分の視界よりも上に座るゾークに向かい合った。
「言っておくが、俺の意志で跪くのは最初で最後だ。しっかりとその目に留めておけよ。」
本来の主人であるデザイヤにも跪いた事のない紅だ。
彼らしい前置きに、ゾークは小さく笑った。
「分かった。見届けよう。」
紅は、静かに膝を折った。
片膝を床に付け、彼の長い赤い髪が床に広がる。
誰にも跪かない紅が、初めて見せたその姿。
そして、壇上のゾークを一度見上げた後、深く頭を下げた。

   

「私、紅は―――今日ここで新たな闇界の君主として即位されたゾーク様を我が主とし、永遠の忠義を尽くす事を誓います。」

   

しばらくの静寂。

紅にしては、彼自身がよく言う『堅苦しい』内容の誓いだったが、ゾークはそれを受け止めた。
ゾークが何かを返すよりも先に、紅が素早く立ち上がった。
「ま、つまりだ。」
そんな紅の表情は、さっきまでの真面目顔とは一変、いつもの明るく気さくな笑顔だ。

「俺はゾークを裏切らねえ。って事だ!」

時にはゾークの剣となり戦い、時には器となり全ての罪をその身に背負って生きる。

ローザの願いの為ではない、自らの意志で。

「よろしく頼む、紅。」

「なんだよ、王様だろ?命令でいいんじゃねえ?それに、頼みたいのはこっちだ。」

「なんだ?」

「ここからが、始まりだ。闇界を作っていくのはお前だ、ゾーク。」

「ああ。」

  
 

「我が、新しい理想の闇界を作る。」

 
 
 
 
 
    
そう、この時から、全てが始まった。
闇界の歴史、戦争の歴史、そして………全ての『闇』。
だが、これから起こる惨劇も、戦争も、陰で蠢く闇の存在も………
その未来と真実を知る者はまだ、誰もいない。

   

   

続く