第38話
〜花園の惨劇(前)〜
あの『革命』から、さらに時間は流れる。
ゾークが王位に就いたあの日から、さらに数千年後。

ークが治める闇界も落ち着き、まだ戦争などなく、どの世界も平穏に思えた時代。

   

   

   

   

   

   

ここは、闇界の王宮。

玉座の間へと続く長い廊下の窓の1つに片足を掛け、今にも飛び降りそうな体勢でいる男がいた。
黒い髪に黒い瞳、黒いスーツを着ているのは現在と変わらないが、まだ若干若い闇界の王、ゾークである。
その姿を、偶然通りかかった大理が見付けた。
「ゾーク様、どちらへ行かれるのですか?」
見付かってギクっとしたゾークは、窓に片足を掛けたままの体勢で、顔だけ大理の方に向けた。
「あ――――……息抜きだ!」

言い訳する気もないのか、潔いのか。堂々と言い放った。

「それは困ります。これから会議が……」

「適当にやっとけ!」

「その後、精霊界から商人が来て石の商談を…

「全部買っとけ!」

あまりに適当な対応に、真面目な大理は返す言葉もなく困った。
「以上だ。見逃せ、大理!」
そう言い残すと、ゾークは窓から勢いよく飛び降りた。

ここは城の上層部だ。慌てて大理が窓に駆け寄る。

ゾークは飛び降りた瞬間、

「ダイアッ!!」

と叫んだ。

すると、上空で待機していた巨大な龍が、その蛇のような長い背中で素早くゾークの体をキャッチした。

この龍の名前が『ダイア』なのだ。

大理が窓から身を乗り出して外を見る。

その時にはすでに、背にゾークを乗せたダイアは空の彼方へと小さく消えていった。

大理は呆然と空の彼方を眺めていた。

「まあ、勘弁してやれよ。

その声に大理が驚いて横を見ると、いつの間にか隣に紅が立っていた。

「紅官長…!

この頃の紅はすでに闇界の指揮官長となっていて、ゾークの次に位置する高い身分だった。

「ゾークもまだ遊びたい年頃なんだよ。

「では、代わりに官長が会議に出て下さいますか?

「あ――――…そういう堅苦しいの、俺もカンベンだ。大理、お前が出ろよ。」

何とも無責任な王と官長に、いつも苦労するのはゾークの側近である大理であった。

それもいつもの事だし、真面目で忠実な大理は嫌な顔はしない。
しかし、ふと大理は窓の外を見つめて呟いた。
「しかし、何故ゾーク様はいつも窓から外に出るんだろう…?」

それを聞いた紅は、ククっと笑った。

「さぁ、何でだろうなぁ?」 

昔から一緒に行ってた逃亡の癖、とは教えてやらない。  

   

  

  
その頃、ゾークはダイアの背に乗って、闇界の上空を飛行していた。
ダイアは、ゾークによって『ダイアモンド』の原石から生み出された。
『ダイアモンド』はこの世で最も硬く希少な石であり、ごく稀に発掘されたのだが不完全な石だった。
欠陥品として処分されそうだったその石を、ゾークが精霊界から買い取ったのだ。
だが、やはりその石からは完全な生命体は作れず、生体の半分を龍にすることで何とか生まれてきた。

その為にダイアは『龍』と『人』2つの姿を持つが、どちらの姿の時もカタコトでしゃべる。

「………ゾーク様………行き先は…………?」

「どこでもいい、散歩だからな。任せる。」

しばらくすると、見慣れない鮮やかな色彩と風景が眼下に広がっていた。

「……花……いっぱい……。」

ダイアの呟きに、ゾークは周囲を見回す。

周囲を覆いつくす無数の花。あきらかに闇界ではない。

「一体、ここは何だ?花畑か?」

「……分かんない………迷った……」

「ダイア、まさか道に迷ったのか!?いつも言うが、お前が知ってる範囲を飛んでくれ!」

「……ごめんなさい………」

決して悪気のないダイアに、ゾークは強く叱る事はない。

ダイアを気遣って、とりあえずその場に降りてみる事にした。

ダイアの背からゾークが下りると、ダイアは一瞬で人の姿に変身した。

銀色の長い髪に、銀色の瞳。その顔からは感情や表情などは全く読み取れない。

  
  

姿だけ見れば20歳ほどの青年だが、話すとまるで子供のような言葉で返してくる。

「ダイアは、ここで休んでいろ。俺は少し先の方を見てくる。」

「…………うん……

そうしてゾークは花畑を歩き始めるが、どこまでも視界に広がるのは無数の花のみ。

少しすると、微かに何かが聞こえてきて歩みを止める。

「………歌声?

引き寄せられるように、その歌声の方へと歩いて行く。

すると、花に囲まれるようにして座る、一人の女性の姿を見付けた。

その姿、その歌声は美しく、ゾークは思わず見とれて立っていた。

ゾークの気配に気付いた女性は歌うのを止め、視線を向けた。

「まあ。どちら様でしょう?

驚いた顔もせず、ニッコリと穏やかに微笑む女性。

髪は長く薄い金色で、優しい緑色の瞳をしていた。

着物を着崩し、肩を露出した独特の服装は艶やかで、胸元が際どく目のやり場に困る。

その背にうっすらと天使の羽根が見えたので、この女性は天使であるという事がゾークには分かった。

「俺はゾークと言う。…お前は?

「私はユナです。長い事この花園におりますが、お客様は初めてで驚きましたわ。

とは言いながらユナは驚いた顔もしていないし、ゾークは客というか単なる迷子であった。

「長い事…?お前はずっと一人でこの花園で…?」

「ええ。ここは王宮からも離れていますし『天界の果て』とも言えますわ。」

「寂しくないのか?自由になりたいとは思わないのか?」

「そのように感じた事は一度もありません。私の使命は、天使達が生まれてくる花を咲かせる為に、ここで歌う事です。」

天使は、『王によって石から生み出される者』と『花園の花から生まれてくる者』の2通りがある。

天使達の生まれる花『天華(てんか)』は、歌姫であるユナの清らかな歌声によって花開くのだ。

ゾークは、使命の為だけに生きるユナにかつての闇界と自分を重ね、哀れに感じた。
「そんな事はない!お前は外の世界を見た事が無いからそう思うだけだ!」
気付けば、ゾークは必死に訴えていた。ユナは少しだけ驚いた顔をした。
「ここには泉もありますし、必要な物は天界から送られてきますので、不自由はありませんのよ?」
「そういう事を言っているんじゃない!あ〜〜もう、なんだ!!」
「なんでしょう?」
不思議そうな顔をして聞き返してくるユナに、ゾークは溜め息をついた。
「また、ここに来る。お前に、外の世界の素晴らしさを教えてやる。」

そう勝手に言い残し、ゾークは花園を後にした。

「まあ………。」
ユナはキョトン、としていた。そして、小さく微笑んだ。
(なんだか、楽しそうなお方…。)
  
  
これが、闇界の王ゾークと天界の歌姫ユナとの出会いであった。
花園で出会った二人が、この場所で恋に落ちて行くまでには、そう時間はかからなかった。
  
  
「実は、俺は闇界の王なんだ。」
「まぁ。それは大変なお役目ですね。」
「……驚かないのか?」
「驚きましたわ。随分とお若い王様ですのね。」
「そこか!?」
ユナは、ゾークが闇界の王であるという事も簡単に受け入れた。
その後も、ゾークは城を抜け出してはダイアに乗って花園に向かい、ユナに会いに行った。
いつしか、ゾークの姿を目にすると、ユナは嬉しそうに笑って迎えるようになった。
「私は今まで、寂しいと思った事は一度もありませんでした。でも今は毎日、花園の先にあなたの姿を探している事に気付きました。」
「ユナ…。もっと正直になっていい。お前は自由なんだ。」
「ゾーク………私……」
言葉を続ける事に少し躊躇ったユナの肩にゾークが優しく手を置く。
「大丈夫だ。俺が受け止める。」
意を決したようにゾークを見上げたユナの瞳は潤んでいた。
「私、寂しいです。あなたがいないと、寂しい…。側に居て下さい……。」
「ああ…。」
初めて口にしたユナの本当の心に、ゾークは強く抱き締めて返した。
そうして、花園で二人の影が静かに重なる。
  
  
  
それから少しして、ユナはゾークの子をその身に宿した。
  
  
  
花園に降りたゾークは、いつもと違って急ぎ足でユナの元へと向かう。
ユナはいつもの場所で、いつもの笑顔でゾークを迎える。
「待っていましたわ、ゾーク。」 
「ユナ、体調の方はどうだ?」 
「大丈夫です。元気ですわ。私も、この子も…。」
ユナは、抱いていた赤ん坊をゾークに差し出してみせる。
「先日、産まれました。男の子です。」
ゾークは赤ん坊をその腕に抱き、その寝顔を見つめたが、喜ぶより先にユナを心配そうに見た。
「一人で……産んだのか?」
「……はい。」
そう返したユナに、ゾークは申し訳なさそうに目を伏せた。
「すまない。ユナにはいつも、辛い目にばかり…。」
ゾークは闇界の王であり、毎日この場所に来る事は出来ない。
ユナは、この孤独な天界の果てで誰かが立会う事もなく、一人で子を産んだのだ。
「いいえ、私は少しも後悔していませんわ。」
ただ謝るしかないゾークに、ユナは優しく笑いかけた。
「この子を産んだ事も、あなたと結ばれた事も。決して後悔はしていません。」
「ユナ…」
「私は幸せですわ。この先、何があっても。」
闇界側はいいとしても、二人の恋は天界側にとっては禁断と言えるだろう。

規律の厳しい天界。そして、それを治めるのがあの頑固なダーツだ。

まして、相手が闇界の王となれば…。

ダーツがこの事に対し、ユナにどんな裁きを与えるのだろうか。
その事を危惧したゾークは、ユナを王妃として闇界に迎えようとしていた。

「ユナ。俺と一緒に闇界で暮らそう。」

しかし、ユナは歌姫である使命感から花園を離れようとはしなかった。

「…それは出来ません。私は花園を離れる事は出来ないのです。」

「何故だ?お前を縛るのは使命か?ダーツか!?」

そんな自由が許されない天界など壊して、ユナを奪ってやりたいという破壊衝動がゾークに生まれる。

かつて、自由を求めて闇界の王宮を燃やした、あの時のように――…。

「ユナ、それは本心か?本当に、ここに居たいと思っているのか?」

「……………。」

ユナの視線が、逸らされる。

その表情は、とても辛そうだった。

ゾークには、その苦しみ、辛さ、心が痛いほどに解る。

使命と自由との間で葛藤する、ユナの痛みが。
それは、かつての自分と同じだから。

「助けて……。」

「!?」

「……助けて、ゾーク……。」

ユナがずっと堪えていた感情が、涙となって溢れ落ちた。

ユナ自身、この葛藤をどうする事も出来ないのだろう。

ゾークはただ、強く抱き締めるしか出来なかった。

 

 
 

ゾークとユナの息子は、『ファリス』と名付けられた。

そして、すぐにユナが第2子を身籠った為、ファリスは闇界の王宮に預けられた。

「お〜〜、似てねえなぁ、ゾークに。」
赤ん坊のファリスを見た紅が、ゾークをからかうようにして言った。
「うるさい、これから似るんだ、…多分。なあ、ファリス?」
「嫌だねぇ、親バカは。似ない方がお前の為だぜ、ファリス君?」
その紅の無礼極まりない言葉に、大理はハラハラしていた。
「官長、仮にも将来、闇界の王となられるお子に何という…」
かなりの小声で言うが、紅は全く気にしない。
「それにしても、何で子供が居るのに王妃は連れて来ねえんだ?」
紅の言葉に、その場が凍り付いた。
連れてきたくても、連れて来られないのだ。
(官長、空気読んで下さい〜〜!!)
もう、冷や汗だらけで心でツッコむしかない大理だった。
「まさかゾーク、プロポーズもしてねえとか!?」
あっ、とゾークは声を上げた。
「そういえば……してないな……。」

「2人めも産まれるってのに何してんだお前!?」

こんなのが闇界の王で大丈夫か!?と、紅と大理の脳裏に未来の不安がよぎる。

   

 

  
ゾークは、ユナが出産を終えた後に闇界に迎え入れようと思った。
慣れない闇界で産ませるよりもその方がいいと、ユナの体を気遣ったのだ。
  
  
  

ゾークはその日も龍のダイアの背に乗り、天界を目指していた。

「ゾーク様…………うれしそう……。」

ダイアがそう言うと、ゾークは上機嫌で答えた。

「もう、産まれてるはずだからな。そうしたら、今度こそユナと共に闇界に連れ帰ろう。」

「それって………プロポーズ……?」

「そ、そうとも言うな!というか、そんな言葉いつの間に覚えたんだダイア!?」

「………普通は………知ってる………」

ダイアに突っ込まれてしまっては、どうしようもないゾークであった。

二人目の子供と初めて対面できるこの日、ゾークは舞い上がっていた。

その手に、ユナに捧げる為に作った、闇界で一番綺麗な花束を持っていた。
  
  
  
その頃、ユナは一人、花園で歌を歌っていた。
その手に、赤子の娘・ネクロを抱いて。
花園から生まれてくる天使達の為の歌ではなく、ただ一人の娘の為の子守唄。
  
  
  
これから起こる惨劇など、知りもしないで。

   

   

続く