第40話
〜拒絶〜
時は現代に戻り、闇界の王宮。
その日、ゾークは主要な者達を玉座の前に集め、こう伝えた。
『あの娘を殺さずに、ここへ連れてこい』
要するに『杏花を殺すのではなく、手に入れろ』という内容だった。
一転したゾークの意思に、紅がいつもの軽いノリでゾークに問いかける。
「一体、どういう風の吹き回しだ?天界のヤツは皆殺しにするんじゃねえのか?」
ここにいる誰もが思う疑問にゾークは静かに答えた。
「あの娘が発した光は確かに『再生の光』。あの力があれば…」
ユナを再生できるかもしれない。とは言い終えなかったが、誰もがそう察した。
石から生命を創り出し再生させる、神のみが持つ奇跡の力『再生の光』。
あの時、天界で見た杏花から放たれた光は、まさしくそれだった。
ゾークの力で再生できなかったユナの石を、もしかしたら杏花の力で再生できるかもしれない。
どの道、神であるダーツを殺すには、王妃となる杏花の血が必要になる。
利用するだけ利用して、杏花もろとも殺す。そんな筋書きが見えた所で、紅が笑った。
「…残酷だなぁ。ククッ」
そんな紅とは逆に、何か思い詰めた顔をする柘榴がいた。
あの時…自分の心の中を杏花に見透かされた時の感情は…『迷い』なのだろうか?
そんなはずはない。そんな感情など、過去の記憶と共に心の奥深くに沈めたはず。
迷いを振り払うように顔をふると、玉座のゾークを見上げた。
「ゾーク様。僕にお任せ下さい。」
   
   
   
   
   
   
その夜。
杏花は、天界の王宮にある図書館に来ていた。
初めて来たのだが、その膨大な量の本と本棚の数に圧倒されていた。
「うわぁ〜〜……」
来たはいいけどどうしよう、と入り口で立ち尽くしていた杏花だった。
「こんな夜遅くに、本をお探しですか?」
その声にはっと気付いた時、どこから現れたのか目の前少し上にランがいた。
精霊であるランは、ふわりと宙に浮いていた。
「ランさんも、どうしてここに…?」
「私はこの図書館の司書ですから。何かお探しですか?」
杏花は、ちょっと焦った。自分の目的、探している内容は知られたくなかったのだ。
「えっと………歴史書、かな?」
「勉強熱心ですね。歴史関係はあちらの方です。」
「あ、ありがとう…。」
適当に本を探すふりをして、杏花は一人で薄暗い本棚の中を進んでいく。
進んで行くと、少し開いたスペースに読書用のテーブルと小さな明かりが設置されていた。
そのテーブルには分厚い本が積まれていて、その本に挟まれて誰かが座っている。
「瑪瑙さん?」
杏花は気付いた。そして、マイペースな彼らしく、ゆっくり顔を上げて瑪瑙は笑いかけた。
「こんばんは、杏花様。珍しいですね、ここへ来るなんて。」
「随分と分厚い本を読んでいるのね。難しそう…。」
「医学書ですよ。僕、一応医者ですから♪」
「い、一応、なのね……。」
ハハハ…と二人で笑った後、急に杏花は真面目な顔になった。
瑪瑙になら…言ってもいいと思ったのだ。
「あの…『王が死ぬ方法』について……詳しく知りたいの。」
思い切って率直に言ったものの、その内容は杏花の口から出るには衝撃的な内容である。
いつも笑顔の瑪瑙から、笑顔が消える。
「それは……。」
珍しく、瑪瑙が言葉を詰まらせた。杏花は胸騒ぎを感じて思わず畳み掛ける。
「王は、王妃の血によって死ぬって…それって、私がダーツさんの妃になったらダーツさんを死なせちゃうって事でしょ?」
「…すみません、それに関してはお答えできません…。」
杏花に色々な事を教えてくれた瑪瑙の意外な反応に、杏花の不安が一段と大きくなる。
「瑪瑙さんなら知ってるんでしょ!?お願い、答えて!私がいなければ……ダーツさんは不死身でいられるんでしょう?」
瑪瑙は驚いた。あの前向きな杏花が、自分の存在を否定するような事を言うなんて。
真実を知る度に、ここまで杏花の不安は大きくなっていたのだと。
だが、瑪瑙は感情を顔に出さない。今は、感情で向き合ってはならない。
杏花は感情的になった自分にハっと気付いた。自分で自分の言動に驚いた。
「ご、ごめんなさい……やっぱり大丈夫…だから……お休みなさい!」
杏花は走り去るようにしてテーブルから離れ、本棚の道の奥へと消えていった。
瑪瑙は一人、顔を俯かせた。
「……珍しいね、君もここに来てるなんて。」
独り言かと思えば、本棚の影に隠れるようにしている翡翠に話しかけた。
影に潜むアサシンらしく、完全に姿は見せていない。
「あいつ、やばくないか?」
「あぁ、うん、杏花様ね〜〜心配だよね〜……」
「てめぇ、本気で心配してんのか?」
「うん。心配だよ。翡翠くんはどうなの?」
「おっ、俺は関係ねぇよ!!」
そう言い放って、翡翠は一瞬で姿を消した。
「素直じゃないなぁ〜。」
瑪瑙はつぶやいた。彼も心配だったから、ここにいたのだろう。
むしろ素直で人を疑わない杏花。
一見、強いように見えて……脆く、簡単に崩れてしまうのだ。
   
   
   
図書館から出た杏花は庭に面した渡り廊下を一人、歩いていた。
庭との間に壁はなく、月明かりのみが照らす中をぼんやりと歩きながら考えていた。
(私…どうしたんだろう。)
この前、自分は不思議な力を発動したらしい。
だが、よく覚えていない。どうやって力を発動したのか、どんな力があるのか…。
気が付けば、ダーツの腕に抱えられていたのだ。
(結局また…守られていただけだったな。)
ふと、気配を感じて杏花は足を止めた。
嫌な気配ではない。
ゆっくりと視線を庭の方に向ける。
   
「こんばんは、お嬢さん。」
   
ふわっと風が吹いたと思った瞬間、そこに大きな満月をバックに立つ天使の姿があった。
何度も見たその姿。怖いくらいに綺麗な微笑み。ここにいるはずのない天使。
「柘榴さん……?」
逆光で見辛いその姿を目にした杏花は、警戒する様子もなく言った。
元々天使であり、変身能力もある柘榴は唯一、気付かれる事なく天界の王宮に侵入できるのだ。
「………怖くはないのですか?知っての通り、僕は敵ですよ。」
「何となく、分かるから。以前のような殺意は感じないもの。」
相変わらず心を見透かすような杏花こそが、柘榴にとっては脅威かもしれない。
柘榴は深く頭を下げた。
「以前は大変なご無礼を。失礼致しました。お許し下さい。」
「えっ?なに……?なんで…!?」
突然の謝罪に、杏花は混乱した。
さすがに、自分を騙し続け、殺そうとまでした敵を許すとかいう問題ではないが。
そんな相手を全く疑わない杏花は柘榴にとっては都合が良かった。
「今回は、お願いがあって参りました。」
「お願い…?私に…?」
「はい、お願いです。どうか闇界を救って下さい。」
「!?」
あまりに唐突で、杏花は言葉が出なかった。
「あなたが闇界に来て下されば、闇界だけでなく世界が救われる事になるのです。」
「ちょ、ちょっと待って…!確かに、ゾークさんとはまた話し合いたいし、戦争は終わらせたい。でも私には世界を救う力なんて…。」
「ご謙遜を。あなたには神の力が宿っているのですよ。」
「そんな事言われても、あの時の事は覚えてないし、自由に扱えるとかじゃないから。」
それを聞いた柘榴は、予定外だが誘導の方法を変える事にした。
杏花さえ手に入れてしまえば、後の事はどうにでもなるだろう。
「そうですか。では今のあなたは無力です。未来の王妃という肩書きに守られているだけの弱者です。」
柘榴は急に冷たいとも言える言葉を投げかける。
今の杏花にその言葉は余計に深く突き刺さる。
すでに、柘榴の心理戦は始まっていた。
「あなたは天王様だけでなく、仲間の事も信頼していますか?」
「それはもちろん…皆優しいし、いつも私を助けてくれるもの。」
「それは思い違いです。その優しさは、あなたの為ではありません。」
柘榴は月明かりの中をゆっくりと杏花に歩み寄る。
目と目を合わせる。それが相手の精神を支配し、操作し、破壊する…精神と心理の駆け引き。
誰にでもある心の弱さにつけ込む。瑠璃を陥れた、あの時のように。
「天使達があなたを守るのは、自分の意志ではない。王の意志に従っているだけですよ。」
「!!」
杏花は言葉を返せなかった。
確かに、立場として見れば未来の王妃である杏花を守るのは当然、言い換えれば理由はそれだけなのかもしれない。
そういえば、以前に闇界でゾークと話した時にも、そんな事を言っていた。
   
『天使は王に背けない。それは生まれた瞬間に王によって制御されているからだ』
   
そんな天使達を解放して救いたい、というのがゾークの真の目的であった。
そして柘榴は、今の杏花が抱えている不安の核心を容赦なく突いていく。
「あなたが居れば天王様に死を与える。そして、あなたを守る為に仲間が傷つく。あなたが天界にいる意味は何ですか?」
   
(私がこの世界にいるのは、戦争を終わらせる為…)
   
そう心では結論が出たはずなのに、何故か言葉が出ない。
迷いを生み出す過去の記憶を持つ柘榴とは逆に、過去の記憶のない杏花。
むしろ、そんな杏花の方が心の弱さを引き出される要素が多いのだ。
柘榴はこれ以上、深追いはしなかった。
「闇界は、そんなあなたをも必要としています。……では今夜はこれで失礼します。」
柘榴は羽根を広げ、月夜の方角へと飛び立った。
   
(私が…ここにいる意味……)
   
もし柘榴が言うように自分が闇界に行く事で世界が救われ、戦争が終わり、ダーツも天使達も救われれば…それ以上の事はないのかもしれない。
それこそが、自分が一番望んでいた『誰も傷つかない方法』なのかもしれない。
でも、何故か今回は怖かった。
闇界には何度か行った事があるが、今回は違う気がする。
行ってしまったら…二度と帰れない気がしたのだ。
   
   
   
   
   
   
こんなにスッキリしない朝は初めてだった。
ダーツと同じ部屋で眠るのも、もう慣れてしまっている日常のはずなのに。
でも………ダーツの顔を見る度に、不安に似た重い何かが心の奥にのしかかる。
「私も…琥珀さんに剣術を習おうかな。」
突然の杏花の言葉に、さすがのダーツも少し驚いた。
「君に武器は必要ないだろう。皆で君を守るから安心していい。」
「私だって、自分で自分を守れるようになりたい。もう、守られているだけじゃ嫌なの。」
思い詰めた顔をする杏花を見て、その言葉が本気であるという事が分かった。
しかしダーツは表情もなく、強い口調で再び答えた。
「必要ない。許可はしない。」
無感情で冷たいとも言える口調に、今度は杏花が驚いた。
「なんで?そんな言い方しなくても……」
どうして分かってくれないのだろう?
いつも平気で甘い言葉は言うくせに、肝心な事は何も言わない。
口下手なのは知っている。でも、言葉で教えてくれない事が多すぎる。
私には、何故過去の記憶がないのか?
真実は、ダーツさん自身が私の記憶を封印したらしい。
私の記憶がないのは、転生による代償だって最初に言ってたのに…
   
嘘ついた?
   
何故?
   
それなのに、何でダーツさんの事を好きだと思える?
この感情すら、偽物?本当の私じゃない?
全てが分からない。過去も、ダーツさんの事も、自分の気持ちも……。
「杏花?」
さすがに杏花の異変に気付いたダーツは、心配そうな瞳で杏花に歩み寄ろうとする。
だが、杏花は一歩下がった。
怖かった。
ダーツが自分に近付けば近付くほど、彼を死に近付けさせる気がした。
王は、王妃の血によって死ぬ。
それを知って王妃になんてなれるはずはない。
「もう、やめて…来ないでっ!!」
まるでダーツではない何かに怯えるように、全身で訴えた。
杏花に初めて拒絶をされたダーツは、表情には出ないが強い衝撃を受けた。
そして、さらに衝撃の言葉へと続く。
   
   
   
「私は、ダーツさんの妃にはなれません。」
   
   
   
ダーツが杏花に冷たく返したのは、杏花を危険に晒したくないから。
杏花がダーツを突き放したのは、ダーツを死なせたくないから。
   
しかし………今はその『拒絶』が二人を引き離していく。
   

   

続く