第42話
〜翡翠の女アレルギー〜
それはとある麗らかな午後。
杏花は『女子会』という名のお茶会をしていた。
これは定期的に行われるもので女子特有の気まぐれである。
場所は一番日当たりがいいテラスで、庭園にはダーツの好きな薔薇が植えられている。
真っ白な支柱に張り巡らせた薔薇の蔦、アーチ状の薔薇の下には噴水があり女神の石像が持つ瓶から清らかな水が流れている。
それを一望出来る場所に真っ白なテーブルを。
かわいいレースのクロスをしたら、お菓子とお茶を敷き詰めて女性だけのお茶会が始まるのだ。
   
「ええ!?紅瑪って翡翠とキスしたのって一回だけなの!?」
「う・・うん」
   
カチャンと天麗が持つコーヒーカップがソーサーとぶつかった。
恥ずかしそうに頷いた紅瑪は小さく頷く。
現在お茶会に参加しているのは、杏花・天麗・紅瑪・水晶・ランだ。
まだ砂金は到着していないようだが、先にこのメンバーで女子トークをしていた。
女子トーク特有のちょっとエッチな話に花が咲き、次々と赤裸々な体験談が飛び交う。
そんな時、紅瑪の「そういえば・・私、翡翠とキスしたの一回だけだ・・」と言い出したのだ。
「でもさ、皆いろいろあったし・・・そんなもんだよね?」
「まぁ・・私は瑠璃とガチバトルしたし・・でも一回じゃないわよ?」
「ええ?どこで?いつ?何回!?」
「言えるか!!」
紅瑪の質問の嵐に顔を赤くしながら天麗は答えなかった。
天界はあれから闇界からの奇襲もなく穏やかに過ごしている。
当然、恋人になったならプライベートは思い切り恋人気分に浸りたいものである。
ここで普段はおとなしい水晶が目を輝かせてきた。
ワクワクしながら両手を組んで隣の杏花に爆弾発言を投げかける。
「じゃぁ、天王様はどんなキスをするんですか!?」
「ぅえええ!?」
思い切り紅茶を吐き出して杏花が水晶に振り返る。
なんでいきなりこっちに話題が変わるの!?と杏花は顔を真っ赤にさせる。
だが、皆は興味深々だ・・あのダーツがどんなキスをして甘い言葉を吐くものか・・・気にならない訳がない。
「いや・・普通だよ・・」
「えー?なんか凄そうな気がします」
「そうそう」
「せやせや」
「天王様ですしね」
ランはクッキーをつまんでポツリと言うと、杏花は「神様ってそこも凄いの・・?」と段々普通が解らなくなってきた。
確かにダーツのキスは言葉以上に甘い・・歯が溶けるより体が溶けてしまいそうなくらい。
杏花がそういった事を不慣れとしているのを理解してか、強引に求めたりはしない。
だが、妻(になる人)に触れないほどダーツは淡白でもないのだ。
定期的に、ふと思い出したように唇を奪う事もあれば・・キスしていいかと大胆に訊ねてきたりする。
それを思い出した杏花は、火照る頬を両手で隠して口を噤む。
まぁ、今日はその反応だけで許してやるか・・と天麗は笑った。
「天麗は?瑠璃ってどんなキスするの?」
「おぉ、それ聞きたいわぁ」
「え?うーん・・馬鹿みたいな会話してじゃれあってたら・・・まぁそんな感じ」
「さすがは関西人。照れを笑いで隠してさりげなく奪うんですね」
「るーちゃんは翡翠と同じくらい照れ屋さんなんやから、堪忍したってや」
「「「「んん??????」」」」
なんだか会話の中に知った関西弁が入っている。
女子会に居てはならない人物が紛れ込んでいるような・・全員が砂金の席を見ると番兵の琥珀が紅茶を飲みながら「あ、お構いなく」と笑っている。
天麗の華麗な蹴りが、琥珀を庭園の噴水まで吹っ飛ばした。
「ぐはぁぁぁぁ!!!!」
「なんであんたがここに居るのよ!!!」
「ぐふっ・・こ、腰にきたぁ・・」
「砂金を迎えに行ったんじゃないの!?」
砂金は式典の奇襲で羽を傷つけられ飛べなくなってしまった。
琥珀はいつも砂金のタクシー代わりとなっているので、今日のお茶会も琥珀に「迎えに行ってきて」と天麗が話したのだ。
「なんかなぁ、砂金来れへんって。だから俺が砂金の代わりに赤裸々トーク参加しよ思て・・・」
「お呼びじゃねぇっつーの!!!!」
天麗に加えてのランとのタッグ攻撃に琥珀は遥か彼方に飛ばされていった。
これでこの一件は落着したかと思いきや・・・・?
   
   
   
同時刻、天界の一番頑丈で大きな門の前・・いきなり居なくなった兄にイライラしながら瑠璃は腕組みをして立っていた。
その隣にはお座りポーズで水晶を待つ犬獄丸がいる。
水晶がお茶会を終わらせるまで暇らしく・・ここまで散歩しに来たらしい。
相変わらず目を覆っているのだが、目の前を通り過ぎる蝶を眺めるように顔を動かせていた。
「・・ったく、兄者のやつ・・どこ行ったんや」
「琥珀なら、もうすぐ来るよ」
「ほんまかいな?」
「うん、落ちてくるよ」
「へ?」
瑠璃が間抜けな顔をしていたら空から琥珀が降ってきた。
瑠璃の上に落下して、琥珀は「いやぁ、まさかここまで吹っ飛ばされるとはなぁ」と笑う・・・が下敷きになった瑠璃は笑えない。
「早くどかんかい!!」と琥珀を振り落としたのである。
犬獄丸は「ほらね」と言った。
「るーちゃん、るーちゃん!聞いてぇな!大事件やで!!」
「なんやねん。しょーもない話やったらこの場で腕立て万回やぞ」
「翡翠ったら紅瑪に一回しかキスしてへんって!!」
「・・・・・・・・・そら大事件やな」
瑠璃でさえ「あいつほんまに男か?」と言うほどのシャイっぷりに若干引いている。
琥珀は面白いものを見つけたと言わんばかりにはしゃいでいた。
「ヘタレ天界代表の瑠璃より奥手やで。こらあかん、なんとかせな」
「おい、人をサッカー選手日本代表みたいに言うなや」
「ええ勝負やんけ。天麗と漫才してじゃれへんとキス出来ひんるーちゃんと」
「なっ・・・兄者、な、んでそれを・・・!!!」
かぁぁぁ!!と赤くなる瑠璃に琥珀は「そうそう、それがヘタレの姿や」と頷いた。
ムカついたので一発小突くと話題を変える。
「じゃぁ兄者はさぞかしキスが上手いんやろな?俺にそこまで駄目出し言うくらいなんやし・・・」
「せやなぁ・・・俺は照れなんぞ隠したりましてやキスしてええ?なんぞ言わへんよ」
「はぁ?ほんなら、どないすんねん」
「奪えばええやん」
琥珀のあっけらかんとしてドSな回答に瑠璃が固まる。
そうだった・・兄者はそんな男だ・・相手の気持ちなんてお構いなしなのだ。
「砂金さん、苦労してんのやろなぁ・・」
「そうか?案外気持ちええて・・・」
「そんな生々しい感想はええから!!!問題は翡翠の女性アレルギーやろ!!」
「あぁ、せやったなぁ!そんなキャラ設定やったわ!!」
思い出したように琥珀は手を叩く。
そう・・翡翠は幼い時からある『女性アレルギー』なのだ。
何故か紅瑪だけは平気なのが救いであるが・・その紅瑪でさえ触れるのを躊躇しているのは奥手なのかヘタレなのか・・難しい所である。
「とにかくや。友達のこんなおもろい・・・悩ましいもんなんか俺らでどーにかさせよか!!」
「・・・兄者、顔がニヤけてんで。まぁ、翡翠がどう思てるか聞いてみよか」
「せやな。おーーーーい!!!!ヘタレん坊!!!どこにおんねん!!」
どっかおるやろ!?とアバウトに叫ぶとナイフが飛んできた。
門の上から軽々と着地して、散々なじってきた琥珀を今にも暗殺しそうな程睨みつけている。
「さっきから聞いてりゃぬけぬけと・・・!!俺が紅瑪と何回キスしようが俺の勝手だろうが!!」
「お前・・・どっから聞いてたんや?まぁ、話が早くなるわ・・・で、どうなん?」
「・・・何がだよ」
「お前かて男やん?キス以上の事したいと思わへんか?」
「・・・・・っつ・・!?」
図星なのか翡翠は顔を真っ赤にして口ごもる。
翡翠だって男だ・・・紅瑪とキスしたいしそれ以上の事も考えている。
ただ純粋に好きな女には触れたいものだ。
「でも・・紅瑪の気持ちも尊重したいし・・」
「せやから、まずはそのアレルギーをどうにかせなアカンと思うねん」
「はぁ?何でだよ、別に紅瑪と一緒に居るのに支障はねぇはず・・」
「いや、今後の事に対しても・・と言うなら俺も兄者に賛成や」
「瑠璃まで・・」
「闇界にも女の能力者はおる。もし対峙した時そのアレルギーが不利になるで」
瑠璃の真面目な意見に翡翠は否定出来ない。
日常に問題がなくとも仕事に支障をきたすのはプロの暗殺者として有るまじき欠点だ。
琥珀の言葉には揺れ動かなかった翡翠が、瑠璃の意見には賛同する。
「・・・・解った。どうにか紅瑪以外の女にも慣れるように努力する」
「よっしゃ!!そうと決まったら特訓やで!!」
「大丈夫や、俺も手伝う」
「ありがとな、瑠璃」
「あれ?俺には?」
決して琥珀にはお礼を言わない翡翠だった。
その隣では、犬獄丸は興味がなさそうに、水晶の事ばかり考えていた。
   
   
   
   
   
   
さて、琥珀達がやってきたのは王宮の図書室だ。
ここには碧海が本の整理をしながら女子会に出掛けたランの帰りを待っていた。
そこへ、『図書室では静かに』を完全に無視し続け守った試しがない琥珀がやって来たので碧海は物凄く嫌そうな顔をした。
「・・・・帰れ」
「え、何で?今来たばかりやんけ」
「どうせ本なんて読まねぇだろ。帰れ」
「今日はな、あっちゃんにお願いに来たねん」
「お願い?」
琥珀からのお願いなど嫌な予感しかしないのだが・・一応聞くことにした碧海は腕組みをしてふんぞり返る。
「翡翠の女アレルギーを治したいねん。そんで碧海の魔法で・・・・」
ごにょごにょと耳に口を寄せて碧海にだけ琥珀の作戦を教えた。
聞こえない翡翠と瑠璃は「?」と首を傾げている。
「・・・・・出来るが・・・やりたくない」
真面目な碧海には気に入らない作戦らしいが、琥珀は「これからの翡翠の未来がかかっとんねん」とそれらしい理由をつけて何とか碧海を納得させる。
数十分後・・やっと碧海が了承し、翡翠に向き直った。
「・・不本意だが、これからてめぇを裁判にかける」
「は?何でだよ」
「俺の魔法は確かに何でも出来るがそれらしい罪に応じての罰でないと発動しない。そうだな・・・敵が女の場合逃げ出した事がある【敵前逃亡】の罪にするか」
「それいつの話だよ!!!」
「あと、未だに好きな女に告白も出来ねぇ【ヘタレ】の罪も上乗せして・・」
「あ、それるーちゃんやわ」
「ちゃうわ!!!」
「ちょ、まっ・・」
「よって有罪とみなす!!てめぇには【女体昇天地獄】をくれてやる!!」
碧海がそう言うと翡翠と瑠璃の周りに美しい全裸の女が現れ二人を囲んだ。
どうやら【ヘタレ】の罪も瑠璃にかかったらしい・・・。
   
「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」
   
琥珀からすれば地獄どころか天国に見えるんだが、女アレルギーの翡翠やヘタレの瑠璃には絶叫ものだ。
あまりに馬鹿馬鹿しい裁判と判決内容に碧海は眩暈がした。
隣の琥珀はゲラゲラ笑っていた。
「・・ったく、こんなんで翡翠の女嫌いなんか治るのか?」
「さぁ?でも・・・・おもろいやんwwww」
「・・・・・・やっぱりこいつから裁判すりゃ良かった・・」
碧海がため息をついていると、いきなり図書室のドアをいつの間にか居なくなっていた犬獄丸が開けた。
その後ろには女子会を終えたメンバーがいる。
「水晶、皆ここにいるよ」
「ありがとうマル、教えてくれて!みなさんもお茶をいか・・・」
女子全員が、幻影の女達(全裸)と戯れている(ように見える)翡翠と瑠璃・・そして傍観する琥珀と碧海を見て固まった。
「ふしだら」と呼ぶに相応しいシーンである。
「あんたら・・!!!何してんのよ!!」
「ちゃ・・ちゃうで天麗!!!これは碧海の裁判で・・」
「おい!!俺の名前を出すんじゃねぇよ!!・・・ラン!これは・・!!」
「私用での法律書の裁判・・ルール違反とみなします」
まさか自分がルール違反だと言われるなど思いもしなかった碧海は未だかつてないショックが全身を駆け巡りよろけた。
エリート程プライドが高く傷つきやすいものだ。
   
「翡翠・・・ごめん」
「頼むからそんな申し訳ない目で謝らないでくれ紅瑪!!!!」
   
あっちもこっちも「誤解だ!」「最低」「違う!」「ごめんなさい」・・色々な言葉が飛び交いまさに混沌(カオス)状態である。
琥珀だけが面白がって笑い転げていた。
   
   
   
   
   
   
その夜、それぞれが別れて家路に着く。
翡翠の家には紅瑪が来ていて、恥を偲んで事の詳細を話した。
全てを聞いた紅瑪は目をパチクリした後、あははと笑い飛ばす。
良かった・・怒ってないし誤解も解けたと翡翠は安堵する。
「気にしなくてもいいのに・・確かに翡翠のアレルギーは酷いけど、翡翠はやれば出来る子なんだから大丈夫だよ」
「なんかムカつく言い方だが・・もし闇界の女と殺しあう事になったら不利かなって・・・それで紅瑪を守れなかったら・・」
「それはないよ。その時は私も戦う!!」
「お前が?無理無理」
「そんなのやってみなくちゃ解らないじゃないか。今日が駄目でも明日には何かが変わってるかもしれない・・だから翡翠もきっと大丈夫だよ!」
紅瑪はとびきりの笑顔を見せて翡翠の手を取った。
翡翠は照れ臭そうにうつむき、ふいに紅瑪と目を合わせる。
家には、二人きり・・ソファーで手と手を重ねて見つめ合っていた。
   
「・・・紅瑪」
「ん?」
「・・・キス、していいか?」
「・・・・・いいよ」
   
いつでも・・・・そう紅瑪はそっと目を閉じた。
唇から感じる翡翠の優しさが、紅瑪の心を温かくしていった・・。
   
   
   
   
   
   
同時刻、琥珀は見舞いと称して砂金の家を訪ねていった。
砂金は「もう大丈夫です」といいお茶を淹れに行った。
「かまへんで」と言いながら帰る気はない琥珀だ。
どうせ家では瑠璃が天麗といちゃいちゃしているはずだ。
琥珀は最初から朝まで帰る気はなかった。
「風邪でもひいたん?」
「いいえ、ちょっと気分が優れなかっただけですよ」
「ふーん・・・」
琥珀は普通の会話をしながらも瞳は鋭く「些細な変化」を見つけようとする。
砂金の部屋の配置や家具は全て把握している。
変態レベルまで話せばそれこそパンツの柄まで・・恐ろしい程の才能の持ち主だが、琥珀こそ【やれば出来る子】なのだ。
「・・・ほんなら今日はあったかくして寝よか?毛布どこやっけ?」
「・・・え?」
砂金は紅茶を淹れながら思わず振り返る。
琥珀と目が合い、砂金はそのどこまでも射抜くような視線に思わず目を見開いた。
「・・・どないしたん?俺が泊ったらなんか都合でも悪いん?」
「あ・・いいえ・・いつもはお帰りになるから・・」
「そうやっけ?俺、めんどくさがりやから・・いつも朝まで居るやん」
「そうでしたわね。ごめんなさい」
「何に対して謝ってんの?」
砂金が声を上げるより早く琥珀は砂金の腕を掴んで自分の胸に押しつけた。
その乱暴な仕草に砂金の持っていたポットが床に落ち無残にも割れてしまった。
「あっ・・!!ポットが・・」
「そんなん、後にしたらええ」
「琥珀さ・・」
琥珀の手が砂金のドレスを捲し上げ太ももをなぞる。
顔を胸の谷間に押しつけて慣れているように歯でリボンをほどく。
いつもならこんな乱暴はせずにベッドに移動するのに・・場所はキッチンである。
砂金は抵抗するように琥珀の肩口を握りしめた。
「待って、くださ・・今日は・・」
「なんで?嫌なん?」
「琥珀さん、お願い・・」
「続けて?やめて?どっちのお願いなん?」
琥珀が砂金にキスしようとする。
すると、砂金は「いや!!!」と琥珀を押して離れさせた。
本当は非力な砂金の力で琥珀が押し負けることなどないのだが・・ここまで砂金に拒否されたのは初めてだったのだ。
いつだって、どんな自分だって砂金は愛してくれた・・その絶対的我儘思考が更に琥珀をイラつかせる。
「・・・何やの。俺、なんかした?」
「・・・・いいえ。ですが今日は・・・」
「ほんなら・・俺よりいい人でも出来たん?」
「違います・・!!ただ・・今日は貴方を受け入れません・・」
「いやや。砂金は俺のもんや、ほんなら好きにさせてもらう」
「・・・私はものではありませんよ・・」
「俺から逃げられへんよ?・・・逃がすつもりもないわ」
これっぽっちも・・と琥珀は砂金を抱きかかえてベッドに移動した。
砂金は抵抗するが琥珀は「逃げんな」と首筋にキスをする。
   
「・・・っ・・・解りました・・でも、キスしないでください・・」
「・・・・・解った」
   
なんで?と聞きたかったが、聞くのを止めた。
だって、答えを聞くのが怖かったからだ。
「貴方が嫌い」と砂金の口から聞きたくはなかったから。
こんな無理やり繋ぎ止めている時点で、嫌われるだろ・・・琥珀は心の中でそう自分に毒を吐く。
   
   
   
それでも、琥珀は砂金を繋ぎ止めておきたかったのだった・・・。
   
   
続く