第44話
〜魔術師と呪われた天使(中)〜
その頃、天麗と杏花は図書館にいる碧海と合流した。
窓辺で本を読んでいた碧海は二人に気が付き本を閉じる。
「あんた、知ってたんなら教えなさいよ。相変わらず陰険ね」
「ふん、この俺が陰険な訳がないだろう。あの場で話せるか。琥珀は案外鋭いからな」
「でも…本当に私がやるの?」
杏花は自信が無さそうに質問すると碧海は「あなた以外出来ないことです」と話した。
「碧海でも管理していないのね…よほど重要なんだわ」
「あぁ、精霊界との大事な記録書だからな。どんな石がどこで採掘され、どの世界に渡ったか全て記載されている。はるか昔の、今は失われた石まで…な」
「そこに、龍涎という人の石も書かれているんだね…」
「おそらく、そうでしょう。我々のような石は精霊界にしか存在しませんから。あとは…模造品くらいでしょうか…」
「模造品?そんなものまであるの?」
初めて聞くことに杏花は驚いた顔をした。
天麗はそれに対して「模造品といっても完璧じゃないわ」と話した。

「今は規制され禁止していますが、能力のある石を大量に増産して戦争に使おうとした歴史がありました。しかし、増産しても所詮は模造品…意思も能力もないただの戦士に過ぎませんでした。だから、その龍涎が模造品だとは思えません」

「そっか…でも砂金さんが見間違える程琥珀さんに似ていたのは何でだろう…」
「あんなやつ、一人で充分ですよ。むしろ廃棄したいくらいです」
碧海がそう鼻で笑うと、杏花と天麗は苦笑する。
さて、碧海なりに考えた作戦を二人に話した。
それはまぁ単純だが、ダーツが会議に出ている時に杏花が部屋から鍵を持ち出すというものだ。
「何よそれ、作戦にもなってないじゃない」
「まぁ聞け。そこまでは何てない事だ。だが、ここからは時間の問題だぞ。会議は三時間かかり、休憩は三回ある。俺はダーツ様を足止めするから天麗は琥珀と瑠璃を杏花様に近づけさせるな。杏花様は砂金に渡す花束を作るという名目で会議に不参加なさり、鍵を持ち出したならこの図書館に来てください。あとはランが導いてくれます」
碧海の後ろから、本を抱えたランがペコリと頭を下げた。
天麗は「OK!任せて!」と話し、杏花も「頑張ります!」と拳を握りしめて意気込んだ。
その様子を、図書館の影の中で聞いていた翡翠は三人の様子をじっと眺めていた。
(…なんか企んでるのは解るが、天王様から鍵を持ち出すなんてヤバイだろ。よし、ここは俺が…)

翡翠が影から出ようとしたら、頭のなかにいきなりダーツの声がした。

   
【待ちなさい、翡翠】
   
(…!?天王様!?)
闇の中で振り返るがそこは影の中だ。
多分、ダーツは玉座から翡翠に話しかけているようで翡翠は心の声をきいた。
   
【この事については口出し無用。私に任せてくれないか?】
   
(しかし、何かしら起きているのは明白で…杏花様が仰っていた龍涎という男は一体…)
   
【いずれ解る。ただし、お前も琥珀には悟られぬように天麗のフォローに回れ。琥珀が知れば、厄介だろう】
   
(…はい、天王様)
翡翠はダーツの命令のために、影の中を移動してその場を離れた。
玉座で書類を眺めているダーツは、ふっと笑みを浮かべてまたペンを走らせるのであった。
   
   
   
   
   
   
一方、琥珀は瑠璃の鉄拳をかわして仕事をサボり、会議まで僅かな時間を利用して花園へと向かった。
一時間しか時間はないが、どうして砂金と会ってはいけないのか納得できない琥珀は居てもたってもいられないのだ。
花園に降り立ち、花を眺めると確かに開花が遅れている。
だが、それはほんの少しの違和感で重大な問題ではないような気がした。
(こんなん、別に俺と砂金の問題に支障はないやん。まぁ、碧海が俺のせいにしたんやし、砂金はそう思ってるとは限らんやん)
琥珀はポジティブに考えて、鼻唄まじりに歩いていく。
すると、砂金がちょうど歌を唄って花達に水を与えていた。
ただの水ではなく、天界にある聖域の泉の水で天使の体を清めてくれるのだ。
花たちは砂金の歌と清らかな水でお日様に向かって元気に蕾を膨らませていた。
   
(あぁ、やっぱり砂金は綺麗や…ほんま、絵に描いたような天使やねんな…)
   
お日様のような金色の髪に、琥珀色の瞳。
琥珀はゆっくりと近付いて後ろから砂金を抱き締めた。
いきなりの事で砂金は目を見開き後ろを振り返ると琥珀が笑顔を見せる。
「あっ…。琥珀さん…」
「なんや、意外な顔やな。俺以外誰がおんねん」
「そうですわね…驚きましたわ」
「俺も驚いたわ。体調悪いんやって?大丈夫?」
琥珀は気遣うように砂金の髪を指ですくい、絡めとる。
ちょいちょいと遊んでいる琥珀はいつも通りだった。
「えぇ、最近少し…。ですが平気ですわ」
「さよか、ならえぇ。なぁ、天麗と杏花様来たやろ?あれな、碧海が無理矢理俺の代役させてんで。酷い話やろ?」
「…知っていますわ。私が頼みましたの」
「え…?」
さっきまで茶化すような声だった琥珀が、今度は言葉を詰まらせる。
砂金は俯いて、琥珀から目を反らした。
「…なんで?俺、なんかした?」
「琥珀さんは何も悪くありません。私の心があなたから離れたのです」
「…嫌や!!離れないっていうたやんか!」
離れる、とか壊れる、とかが嫌いな琥珀は、すぐに砂金にそう言った。
だが、砂金はその意思を崩すつもりはなく琥珀から1歩下がったが琥珀はそれを許さずにグッと腕を掴んで引き寄せた。
琥珀の力は、馬鹿力の瑠璃と互角である…そんな琥珀に引っ張られれば砂金など簡単に持ち上げてしまうだろう。
そのまま半回転され、花畑の草葉に押し倒された。
「琥珀さ、ん…!離してください!」
「嫌や。なんで俺から離れたいのか理由を言ってくれや…そうやないと離せん」
「…困るのです。あなたに好意を抱かれるのが。…迷惑です」

砂金の言葉に琥珀は言葉が出ないくらいに目を見開いた。

「…嘘や。砂金がそんな事言うわけない…!嘘やろ!?」
「…離してください…あなたと戦いたくありません」
「なんやそれ…。俺の事嫌いやから、俺と戦ってまで逃げたいんか?ならもっと早くに逃げれば良かったんや!なんでいきなり突き放すんや!」
   
「琥珀さん!」
   
砂金はキッ!と睨み付け、すぅ…と息を吸ったら能力を込めた歌声を発した。
歌声というより悲鳴に近い。
琥珀は油断していたこともあり、吹き飛ばされた。
砂金の声で草花が散り、距離が開いた二人の間に舞い上がる。
「砂金…」
「…あなたに話すことはありません。お帰りになってください」
砂金はそう言うと、足早に家のなかに入っていった。
「待て!」と言わんばかりに琥珀は後を追いかけるが無情にも扉は閉まって鍵がかけられた。
花畑に一人になった琥珀は、ドアに手をついて混乱する頭をなんとか働かせる。
(嘘や…砂金が俺に攻撃するなんて、嘘や…なんでなん?砂金…なんで…)
琥珀は眉間のしわを寄せて、目を閉じる。
ドアに爪を立てて、煮えたぎる想いをぐっと喉元でこらえた。
「砂金…俺、拒否されても嫌われても…お前の事愛しとんねん…それは、解って…?」
きっとドア越しに砂金がいると信じてそう本音を打ち明けたが、返事はない。
琥珀はふらふらと足元於保つかず、翼を広げて花園を後にした。

琥珀の読み通りに砂金はドアに背中をつけたまま座り込んでいて、涙を頬に伝わせた。

   
「私も、愛していますよ…琥珀さん…」
   
二人の本当の気持ちは、答えも知らずに消えていった。
   
   
   
   
   
   
その頃、会議はすでに始まっていてサボりの琥珀の席は空席だ。
隣の瑠璃は般若みたいな顔をして会議に出ている。
「兄者、帰ってきたらシバく…!」と書類を握りしめた。
ダーツももちろん出席していて、碧海も天麗も平然としている。
何も知らないのは瑪瑙と紅瑪と水晶で、翡翠はダーツの出方を待った。
   
   
   
杏花は花束を作る名目で会議を欠席し、キョロキョロと辺りを見回してダーツの部屋に向かう。
まるで泥棒みたいな怪しい動きだが、ダーツの部屋の見張りには「ちょっと忘れ物しちゃったの」と言えばすんなり入れさせてくれた。
パタン、と扉を閉めて杏花はため息をつく。
「えっと、鍵はどこだろう…」
杏花が部屋を見渡していると、ふと後ろから肩を叩かれた。
杏花は「ふぁい!?」と変な声を上げて驚き後ろを振り返ったら会議室にいるはずのダーツがそこに立っていた。
それで更に驚いた顔をする杏花にダーツは首を傾げる。
   
「どうしたんだい?杏花…忘れ物かな?」
   
「だ、ダーツさん…なんでここに?会議室にいるんじゃ…」
「あぁ、私も忘れ物をしてね。意識を実体化させてこっそり取りに来たんだよ」
「え!?そんな事も出来るの!?」
「私を何だと思っているんだい?」
ダーツは細い指先で杏花の唇を触る。
目をぱちくりとさせる杏花に妖艶な笑みを浮かべて「出来ない事はないよ」と囁いた。
その色気に落ちそうになるが、それよりもまずいのはこっそり鍵を持ち出せなくなりそうな事である。
杏花はぐるぐると思考が回り、咄嗟にダーツに問いかけた。
「だ、ダーツさん!早く忘れ物を取りに行かなきゃ…休憩時間終わっちゃうよ!?」
「あぁ、そうだな。ところで…君は何を忘れたんだい?」
「わ、私は後からゆっくり探すから…」
「…そうか」
ダーツはにっこり笑って杏花から離れると部屋の机の中から紐のついた金色の鍵を取り出す。
それを首から下げて、固まり青ざめる杏花に向けて見せるように指で遊んだ。
「どうしたんだい?杏花…顔色が悪いが?」
   
(こ、この人は…!!)
   
ダーツは解っている。
杏花がこの鍵を見つけようとしていた事を。
それをわざと首から下げて、見せている事を。
   
「…いじわる…」
   
「何が?まだ時間がある…話をしよう。夫婦には会話が必要だ」
おいで?とソファーに腰掛け、隣をポンポンと叩く。
杏花は「まだ夫婦じゃないもん」と言いながら、ダーツの隣に座った。
今日はやけに意地悪だと杏花が睨むと、ダーツは楽しそうに足を組み腰を屈めて杏花の顔を覗きこんだ。
「私を騙したいなら、もっと顔に出さないべきだ。君は解りやすい」
「…そうだけど、ごめんなさい…。あの、これには理由が…」
「解っているよ、砂金の事だろう?」
ダーツがそう言うと、杏花は驚いて「砂金さんの呪いの事知ってるの!?」と聞いてしまった。
それは知らなかったダーツは驚いた顔をする。
「砂金が?闇界の者から呪いを受けたのか?」
「え…それは知らなかったの…?」
「なるほど。だからこの鍵が欲しかったんだね。だがどうして砂金は私にも隠しているんだい?琥珀もその様子じゃ知らないようだし…」
「えっと、それは…」
杏花はどこまで話していいものか迷った。
砂金の気持ちを考えると全てを話してしまえば琥珀にも気付かれるし、わざわざこんな回りくどい事した意味も無くなる。
自分のせいで作戦が台無しになることに躊躇した杏花は言葉を詰まらせると、ダーツはいきなり杏花の手を握り、胸元を掌で軽く押したら杏花をソファーに寝かせた。
繋いだ手はそのままで、杏花の顔にダーツの長い髪がかかる。
「何だ?早く言わないと…おしおきするよ?」
「は?え!?何で!?」
初めてダーツに押し倒されて壁ドンならぬソファードンをされてしまった杏花は顔を真っ赤にする。
ダーツはいつもと変わらず、ずいっと顔を近付けさせる。
綺麗な顔立ちが目の前にあって、こっちをじっと見つめているから益々杏花はパニックに陥った。
   
「さぁ、話してみたまえ。でないと…」
   
「わっ、ちょっ、まっ、言います!!言いますから〜!」
   
離してぇ!と杏花の声が部屋に響いた。
   
   
   
ふと、会議室にいたダーツは目を開ける。
意識を飛ばしていたので周りからは肩肘をつきうたた寝しているように見えていたのだ。
ダーツはゆっくりと立ち上がり、休憩していた天使達に向き直った。
まだ琥珀は帰ってきていないようで、ダーツは碧海と天麗を呼んだ。
「図書館に用が出来た。碧海、付いてきなさい。天麗は琥珀が帰ってきたら時間稼ぎをするように」
「え……まさか天王様…」
「巻き込みたくないという仲間思いは結構だが、相談されないのは寂しいな」
ふっと笑って、碧海を連れて図書館に向かう。
翡翠は天麗に「おら、喋れよ」と声をかけた。
本当に事情を知らないのは瑠璃と瑪瑙と紅瑪と水晶で、何がどーなってるのか天麗に問い詰めた。
天麗は冷や汗を流しながら、仕方なく事情を話すのだった。
   
   
続く