第46話
破壊―序章―



思い出したいことを思い出せないのは
思い出してはいけないと知っているからかもしれない。
   
   
   
   
   
   
杏花が目を覚ますと、そこにはこちらを見つめる桃色の髪の女がいた。
びっくりして起き上がろうとしたら手が思うように動かない。
見ると、彼女も自分も両手を後ろ手に縛られていた。
   
「ここは…?それにあなたはどこかで…?」
「それはこっちの台詞よ。あなた、どこかで会ったわよね?どこだったかしら…」
「あ、私は杏花。ここは…どこだろ?解んないね」
「ネクロフィーネよ。ネクロでいいわ。…私も気がついたらここにいたの」
   
二人は地下の洞窟のような場所に居て両手を縛られている。
身なりから、ネクロは身分が高い人なんだろうと杏花は思った。
それにしても、何故こうなったのかさっぱり解らない。
確か、天界にいて散歩をしていたと思う。
そうだ、瑪瑙さんと紅瑪のところに行こうとして…と杏花は記憶を辿る。
   
「…ねぇ、あんた変な奴ね。天使でもないし石から生まれた訳でもなさそう…何者なの?」
「あ、私は…」
   
すると、二人の前に光が差し込んできた。
どうやら、出入口となる大岩が動いているのだ。
そこから段々と光が差し込み、やがてフードを被った人影が見え始める。
ネクロと杏花は恐怖心を抱えながら、その影が自分達にかかるまで見つめるしかなかった。
   
   
   
   
それと同時に、ネクロを探す柘榴と大牙は琥珀と瑠璃と翡翠に出会う。
場所はギリギリ闇界と天界の境界線…まぁ、どちらかと言えば闇界側の場所だ。
琥珀は柘榴に瑠璃を殺された事もあり、すぐに剣を抜いた。
柘榴はそれを剣で押し返す。
   
「おやおや、随分と荒っぽいご挨拶ですね。こんにちはも言えないんですか?」
「はい、こんにちはー(棒読み)なんでお前が居んねん」
「それはこちらの台詞ですよ、グレーゾーンと言えど闇界の端っこです。侵入者は貴殿方ではありませんか?」
「グレーゾーンだろうがレッドゾーンだろうが、そんなん今はどうでもええ。杏花様の気配がここで途切れ、お前が居るっちゅーことは…拐ったんはお前か?柘榴」
   
ビシッ!と切先を向ける琥珀に柘榴は目を丸くした。
こっちはお嬢様が突然に居なくなり、死物狂いで探しているのだ。
八つ当たりに殺してやろうかと思ったがどうにも事情が似ている。
すると、琥珀を瑠璃が、柘榴を大牙が止めに入った。
   
「柘榴、こんな所で殺し合いしてる場合かよ。おっさんがまだネクロが居なくなったことを知ってない今ならまだ穏便に済ませれるって言ったのはお前だぜ?」
「止めんかい兄者。俺らもこいつらに構ってる暇ないんとちゃうんか?」

「せやな、そやけどあちらさんも探し物しとるみたいやで。ほな、事情聞こか?」

「…貴殿方に話したくないですが、そちらもそれは同じこと。一時休戦と行きましょう」
   
琥珀と柘榴は剣を鞘に納めて話し合うことにした。
柘榴はいつものようにお茶の準備をしていたら、お嬢様…ネクロがいなくなったことに気がついた。
琥珀と瑠璃は、瑪瑙の所へ行くといった杏花がまだ来ていないという瑪瑙の頼みで探している。
お互い、王に知られたら大変な騒ぎになるので我々だけで探しているのである。
   
「王にとって大切な者たちが同時に連れ去られている…複数犯の仕業でしょうか」

「俺らはお前らが拐ったんちゃうかと思てここに来たんや。翡翠はここで杏花様の気配が消えとる言うしな」

「ふふ、確かにすぐに我々を疑うのは無理もありませんね」
「むしろ、俺らが疑わん自信があったんか?よく言うわ、前科者どころか死刑もんやのに」
   
悪態をつく琥珀に、柘榴は「誉め言葉と受けとります」と軽くスルーした。
大牙はため息をついて「なら、お前らはここまで来る時桃色の髪の女は見なかったんだな?」と質問した。
瑠璃は素直に頷き「誰も見ていない」と話した。
   
「ネクロちゃんやっけ?そないな美人やったら嫌でも目に入ってるはずやけどな」
「お嬢様を馴れ馴れしく呼ばないで下さい」
「へいへい、んじゃそっちも杏花様を見てへんのやな?」
「えぇ、見ていたらすぐにでも拐っていますよ」
「一時休戦やけど、お前ほんまに腹立つ男やな。友達居らへんタイプや」

「僕はネクロお嬢様とゾーク様さえ居ればそれでいいんです」

「俺も居るのに、そういう事言っちゃうからお前は友達居ねぇんだよ」
「黙りなさい大牙。おやつあげませんからね」
「鬼執事!!!」
   
子供の喧嘩か、と瑠璃が見物していると翡翠が影から出てきた。
琥珀が「どこふらついとったん!?」と言うと翡翠は怒りながら「辺りを探ってたんだよ、お前より仕事してるぞボケ」と睨んだ。
どうやら、翡翠はこの付近にある妙な洞窟を見つけたのだ。
それは昔、魔物が住み処にしていた洞窟で鉱山の一角にある。
金銀宝石になる石が発掘できるらしく、たまにゴブリンが作業しているらしい。
   
「厄介ですね、仮にそこへ若い女性がいたらゴブリンが売り飛ばしてしまうかも知れません」
「そんなんされたら世界が終わるで!ダーツ様の手によって!」
「そんなん洒落にならんぞ兄者!」
「こっちもうちの王様と執事が世界を滅亡させるって!おい柘榴!探してみようぜ!」
「正面は危ねぇ、こっちだ」
   
翡翠が合図して、琥珀達はそれに続く。
確かに、鉱山の辺りにはゴブリンたちが鉱物を取り出す作業をしていた。
それらに気づかれないように、琥珀たちは横の穴から中へ入る。
見張りのゴブリンを瑠璃が後ろから殴打して気絶させ、ランタンを盗んだらひとつを柘榴に渡した。
   

「かなり複雑な迷路になってやがるな…おい、あんたらは別のルートを探れ」

「暗殺者くんに言われなくても、こっちは勝手にしますからお構い無く」
「ならそうしよか?ぼっちくんは団体行動無理やもんな」
「…一時休戦と言いましたが、それが無くなったら真っ先に貴方を殺して差し上げますよ」
「やってみぃ、返り討ちや。ボッコボコにしたるから覚悟しぃ」
   
バチバチッ!と琥珀と柘榴の間に火花が散り、瑠璃は琥珀を、柘榴は大牙が宥めて別行動となった。
   
「兄者、喧嘩売りすぎや」
「だって俺、あいつ嫌いやもん」
「お前は好き嫌い激しいんだよ…とにかく先に進むぞ。少しだけだが、杏花様の気配がする」
   
翡翠が真っ暗な道をじっと見つめながらそう話した。
琥珀と瑠璃は頷いて、翡翠の後に続く。
   
   
   
   
琥珀たちが助けに来てくれていることを知らない杏花は、ネクロと共に目の前に立ちはだかるフードを被った人影と対峙していた。
身長や体格からして男だろう…フードを被った男はゆっくりとこちらにやってこようとする。
すると、ネクロは瞬時に自分と杏花の周りに結界を作ってその男の侵入を拒んだ。
   
「何者なの?私を誰かと知っての無礼かしら?……名乗りなさい!」
   
「…………」
   
「もしかして私の能力に驚いてる?結界を張ったなら貴方は私達には指一本触れられないわよ」
   
ふん、とネクロは自信に満ちた顔をする。
杏花は「凄いね!」と単純に誉めた。
男は何も返さずに踵を返して、また大岩を動かして姿を消した。
ふう、とネクロは結界を消すと杏花は「ありがとう」とお礼を言う。
   
「別にあなたを助けたわけじゃないわよ、勘違いしないでよね」
「ついででも嬉しいよ、ありがとうネクロさん」
「止めてよ、見たところそこまで年は変わらないんじゃない?」
「あ、じゃぁ……ネクロちゃん?」
「……好きに呼んだら?」
   
ネクロとしても、ちゃん付けなんてされたことがないから戸惑ってしまった。
杏花は「とにかくここを出ないと!」と拘束された縄をどうにかしたいと唸るがどうにも外れない。
後ろ手に縛られているから身動きも取れない……ネクロもそれは同じことである。
   
「ねぇ、あんた能力とかないの?もしくは道具とか……」
「うーん…なんかあったかな?」
「役に立たない天使ね」
「え?あ、私天使じゃないよ。人間なの」
「人間…?」
   
復唱したと同時に、ネクロの顔色が変わる。
天界に住む人間など、ダーツが妃にしようとしている人間しかいない…つまり杏花は王の愛する人なのだ。
そして、昔たった一度だけだが出会ったことがあることを思い出した。
父に会いに来たと柘榴が案内していた少女…そうよ、思い出した!とネクロは心の中で気付く。
どうやら、自分の事は覚えていないようであっさりと素性をばらしている。
ネクロは目の前にいる杏花が、仇である王様の愛する人だと言うことに冷や汗を流した。
彼女をどうするべきか…一瞬だけ悩んだのである。
 
「あ!ねぇネクロちゃん!この壁の岩…ここだけ少し尖ってるよ。もしかしたら縄が切れるかも…」
   

杏花は何とか立ちあがり、ごりごりと縄と岩を擦り合わせた。

するとうまく切れてまずは杏花の縄が外れる。
すぐにネクロの縄もほどいて、二人は手首を動かした。
   
「…まずはここから逃げることだけを考えましょう」
「そうだね。でも出入口の大岩は動かせそうにないね…他に出口はないかな?」
   
杏花とネクロが辺りの岩を探ると、ネクロの触った岩がぼろりと崩れた。
ここは崩れやすいのか?と二人で岩をどかしてみるとまた別の空洞が見つかる。
二人はそこへ入っていき、這っていったら広い場所にたどり着いた。
やった!と思ったのも束の間…たまたま見回りをしていたゴブリンに出会して「侵入者だ!!」と騒がれてしまう。
杏花とネクロは慌てて洞窟のなかを走り逃げることになった。
   
   
   
   
柘榴と大牙は出会うゴブリンを片っ端から殴っては「女を見なかったか?」と聞く。
タコ殴りにされたゴブリンは泣きながら知らないと首をふった。
   
「これで五人目か。おい柘榴、ここにネクロは居ねぇんじゃねぇか?」
「いえ、お嬢様の気配が微かに…」
   
柘榴が言いかけた時、ネクロの悲鳴がする。
すぐに二人がその方向に向かうと、ゴブリンに抱えられたネクロと杏花がいて杏花はネクロを捕らえるゴブリンの腕にしがみついていた。
   
「きゃぁぁ!離しなさい!私を誰だと思ってるの!?」
「ネクロちゃんを離して!」
   
この!この!と杏花はゴブリンに反撃するがゴブリンは鼻で笑って杏花を押し返した。
すると、ネクロを抱えるゴブリンの後頭部に大牙の飛び蹴りがヒットする。
「おらぁ!」と言う掛け声と共に大牙の飛び蹴りにゴブリンが飛ばされネクロは地面に落ちる。
ネクロに大牙は駆け寄り「大丈夫か!?」と腕を支えた。
飛ばされたゴブリンと狼狽えるゴブリンの前に怒りに満ちた柘榴が立ちはだかる。
   
「ネクロお嬢様に手をあげた罪、万死に値する」
   
ゴブリンたちの血の気が引き、そのままフルボッコにされる彼らを大牙は同情せざるを得なかった。
とにかく再会した柘榴と大牙はホッとする。
杏花も起き上がり、柘榴から琥珀と瑠璃と翡翠が来ていることを聞いた。
   
「とにかくここを一旦出ましょう、話はそれからです」
「うん、琥珀さん達とも早く合流しなきゃ…いつまたあのフードを被った男が来るか解らないしね」
「つまり、二人を拐ったのはゴブリン達ではなくそのフードを被った男と言うことですか?」
「えぇ、そうよ。とにかくここから出ないと…」
   
道を進みながら話していると、横から手が伸びて真ん中にいたネクロの口と腰を掴んで闇の中へ引き摺りこんだ。
   
「んん!?ん!」
   
「お嬢様!!!」
   
すぐに柘榴達はネクロが拐われた横道を進む。
少し広い発掘場へ出て、ネクロはフードを被った男に首を掴まれていた。
息が出来ないのか苦しそうに顔を歪めるネクロに柘榴はすぐに剣を抜いて男に切りかかる。
しかし、ネクロを投げるように柘榴に渡すことで柘榴の隙をつき間合いをとった。
   
「ごほっ!ごほっ、はぁっ、はっ…!」
   
「お嬢様!!ネクロお嬢様!しっかり!」
   
柘榴はネクロを抱き締め、背中を擦る。
するとフードの男は今度は杏花に狙いを定めた。
はっとした杏花と男の間に大牙が割り込み、大牙は男の顔面を蹴る。
しかし、寸でのところで止められその足を掴まれ壁に叩きつけられる。
   
「がっ…!」
   
男は杏花に振り返ると、杏花の影から翡翠が出て男に剣を向けた。
   
「翡翠!」
「遅れました、杏花様。…何者だ?あんた…」
   
じりっ、と殺気を飛ばす翡翠と男が睨み合う。
すると別の入り口から琥珀と瑠璃が同時に男を挟み撃ちにして攻撃するが、男はそれをするりと避けて高く飛んだら全員を見下ろした。
そして、マントを翻して闇の中に逃げていく。
   
「あかん!取り逃がした!!杏花様、お怪我は!?」
「私は大丈夫!ネクロちゃん、大丈夫!?」
   
杏花が駆け寄ろうとしたら、柘榴は剣を杏花に向けた。
その事で琥珀と瑠璃と翡翠も臨戦態勢に入る。
   
「一時休戦はここまでです。一刻も早くネクロお嬢様を城に運びたいので殺さないであげますよ」
「ネクロお嬢様…?」
「杏花様、知らんかったんかいな?ネクロフィーネはゾークの娘やで。つまり闇界のお姫様や」
「…あ!私、あなたの事1度だけ見たわ!あの時の…」
「…別に隠してたわけじゃないわ、あんただって、ダーツの恋人だなんて言わなかったじゃない」
   
ネクロからはっきりと「恋人」と言われると不意打ちに顔を赤くしてしまう。
隠してたわけじゃないのはお互い様だということだ。
全員が洞窟から出て、ネクロと杏花は背中を向けて帰る方向を向いた。
ただ、このままお別れしたくないなと感じたのは二人ともだったかも知れない。
   
「助けてくれて…ありがとう」
   
ネクロがそう話すと杏花は「私も助けてもらったから」と話した。
もっと何かを言いたげだったがとにかく帰らなければとそれ以上は何も言わなかった。
   
   
   
   
   
   
柘榴達はそれぞれの王様に事の詳細を報告する。
あのフードを被った男は何者で、何故ネクロと杏花を拐ったのかは解らず仕舞いだった。
謎が残されたままのこの事件から…全てが始まるということをまだ誰も気づけないでいた。
   
   
続く