第48話
暗雲



ゾークを玉座にして、紅が軍の指揮官としての席に座り、王子であるファリスがゾークの側に座る。
妃の座はずっと不在なので空いているがその他の席は各地を治める領主が座っていた。
彼らは皆、王家の紋章が入ったフードを深く被りその醜い化け物のような顔と肌を隠している。
闇界に住む者のほとんどが化け物と呼ばれるほど醜く、怪物と言われるほど異様なのだ。
そして普段はひっそりと自分達の種族と土地を守るだけでゾークの指示のある時にしか王宮には訪れない。
あとは報告書を提出するくらいだ。
ゾークが新しく領主を決めた者もいるが、紅のように先代からいる者もいる。
   
「…ついにダーツが第二次世界大戦へ乗り出したようだ。先日、我の部下である大理が奇襲に遭い石に戻された。これは、我々への宣戦布告である」
   
「…なんと!大理様が…!」
   
「そんな…!」
   
ざわざわと領主達が騒ぐなか、ゾークは毅然とした態度で話を進めた。
ゾークはこの件をダーツからの宣戦布告と見なし戦争への足掛けにしようとする方針だ。
それにファリスが反発する。
   
「父上、ならば何故天王は大理の石を持ち帰らせなかったのでしょうか?黒曜も石に戻すべきですし、砂良だってそうです。三つの石を同時に奪える好機を一つも取ることなく終わるなど不自然です」
「では、誰が何のためにこんな事をしたのか解るのか?ファリス」
「それは私にも解りません。ただ、早く決断をするべきではないと思います。戦争に火がつけば犠牲になるのは巻き込まれる民なのです」
「それはあちらも同じことだ!綺麗事だけでは成り立たぬと知れ!」
   
ファリスに声を荒らげるゾークは心乱されているように思える。
ファリスはそれを指摘しようかと思ったが、今のゾークにはその声は届かないだろう。
ゾークはすでにこのまま天界への侵略と支配を考えているのだ。
すると、領主の中でも年老いた者がゾークに意見を言う。
   
「ゾーク様は何やら焦っておられるようにも思える。そう急ぐことはありますまい…」
「我が何故焦らねばならぬのだ」

「…いや、焦っているというより、恐怖しておられる。石に戻った者を見て、心乱されておいでか?」

「何が言いたい!!」
   
バンッ!と机を叩き、立ち上がったゾークの覇気に怯える領主もいたがその年老いた者はぴくりとも動かなかった。
見透かしているのかもしれない、大切な者が石に戻る姿に恐怖を抱いたままのゾークを。
しん、と静まり返る部屋に緊張が走った。
ゾークはぐっと拳を握りしめる。
   
「我はここに宣言する。もはやダーツが存在するこの世界ごと消し去りたいくらいだ…!奴の息の根を止め、天を手中に治めるのは我だ!軍が整い次第、侵略侵攻を開始する!!」
   

その言葉に全員が頭を下げるしかなかったが、ファリスは悲しそうに眉を下げた。

   
   
   
   
ファリスはそのまま妹であるネクロの部屋に向かった。
柘榴は不在のようで、大牙は部屋のソファーでゴロゴロしているしネクロは読書をしていた。
   
「お邪魔するよ、ネクロ」
「あ、ファリスお兄様!どうぞ、座って」
   
ファリスを椅子に座らせたら、大牙も椅子に座る。
メイドの硫化がお茶をいれた。
   
「どうなの?やっぱりお父様は…」
「うん、ごめんよ。止められそうにないんだ」
「そう…仕方ないかもしれないわね。だってお父様はずっと天王を憎んでいるから…」
「…だけど僕は、これが全て別の何かの罠のようにも思えるんだ」
「どういうこと?」
「いきなりすぎないか?以前、瑠璃を奪った時も、硫化や砂良を奪ったときも天王は動かなかった。僕は、あの人が自分から動くことも闇界との戦争もないんじゃないかと思うんだ。」
   
ファリスの言葉に大牙は「王は滅多な事じゃ他の国を侵略しない。二つの理由があるんだ」と話した。
大牙は聖霊獣というもので、聖霊界にある石が産まれる霊山から作り出される獣である。
四つの世界に一匹ずつ居るもので、王とその世界を見守る役目がある。
だからこそ、唯一王に屈しない自由を知る獣なのだ。
   
「一つは、他国を侵略したらどこかの他国が介入してくるからだ。この場合ならまず動くのは魔界だろうな。魔界は面白がって戦争に荷担しそうだし、そのままどっかの領地をもらおうかとも思うだろうし」
「まぁ、逆に魔界に襲われちゃうからどっちも動けない…それが今までの現状でもあったわよね?」
「あそこの王様、やたら戦争好きで面白いことしかしたくない王様だからなぁ…あー、俺魔界の聖霊獣じゃなくて良かったぜ!」
   
あはは!と笑う大牙にファリスもネクロも同意した。
そんな危なっかしい国が間近にあるものだから、ゾークも下手に全軍を天界に総動員させるわけにはいかないのだ。
ダーツもそれは同じことで、戦争となれば多くの犠牲とリスクを抱えることになる。
   
「結局、戦争なんかなかったらそれに越したことはないってことね。ファリスお兄様が止めるのも無理ないわ」
「うん、そして大牙が言いたいもうひとつの理由…二つの国を一人の王が治めるのは絶対的に不可能で、必ずいつか滅びる運命なんだ。だから、誰も戦争をしない…ただの自滅行為だからね」
「でもお父様は戦争をしたわ。私達は封印されその間、闇界も。天王が治めたことにはならないの?」
「ならないよ、闇界を凍結しただけで父上から王位を奪っていないからね。闇界の王になったわけじゃない…天王はあえてしなかったのかもしれないね」
「もしも本気でゾークの玉座を奪うのならゾークを殺して、闇界の全てを根絶やしにしなきゃいけねぇんだ。民も、命ある者全員を、な」
「そんな…!!それじゃただの殺戮じゃない!!」
「この世界での本当の終戦を告げるのは全滅しかないんだよ。そして、その土地に勝利したほうが住み着く…これを知っているから王はむやみに戦争をしない。僕もするべきではないと思う」
「ファリスお兄様!今から止めることは出来ないの!?お父様はこれを承知でまた戦争をするっていうの!?」
「二度、僕らを見逃してくれるとは思えない…次はどちらかが滅亡するまで止まらないと思うよ」
   
ネクロの顔色がどんどん悪くなっていく。
恐ろしいことが間近に起きている実感が後ろから迫り来るようで、ぎゅっと体を抱き締めた。
ファリスは「落ち着いて、ネクロ」と気遣う。
   
「お兄様…私は、私は何をすればいいの?私に、何が出来るの?」
「…僕は最後まで父上に進言するし、最悪立ち向かおうと思う。その時、お前は父上の味方をしてやって…一人は寂しいだろうから」
「でもファリスお兄様も一人だわ…」
「僕は一人じゃないよ、硫化もいる。それに、さすがに王子である僕を無下には出来ないさ」
   
大丈夫、とファリスはネクロの頭を撫でて部屋を後にした。
大牙はネクロに「俺はおっさんの味方もファリスの味方もしねぇよ。だから誰の言うことも聞かねぇからな」と言った。
ネクロは涙ぐみながら「ありがとう」と呟いた。
   
   
   
   
柘榴はその頃、朧の鍛冶場にいき朧に問いただしていた。
柘榴には紅がフードの男でこの妙な騒ぎの最重要人物であることの確証が欲しかったのだ。
だからこそ、朧の紅を庇う嘘を暴きたかったのである。
柘榴は自分の考えを朧に告げて、朧の証言に偽りがあるか聞いた。
しかし、朧の答えは変わらない。
   
「…朧さん、何故そこまであの男を庇うのです?確かにあなたの命は紅官長の能力で生かされていると聞きました。ですがこれは、闇界に関わることです。あなたの嘘が、後に大きな被害を招くかもしれないんですよ?」
「私は今まで、一度たりとも自分の命が惜しいなんて思ったことはない。紅のために、ゾーク様のために投げうる覚悟は出来ているさ」
「なら…!」
「だけど私はあいつを信じてる。誰よりも信じているんだ。これが嘘でも真実でも、曲げることはない」
   
はっきりと話した朧は、申し訳なさそうにこんな話をした。
それはかつてあった出来事だ…元々闇界で生まれ、生きる者とそうでない移民との争いの話である。
よくある小競合いから内乱と様々だがその中で石同士の争いもあったらしい。
よその世界の石が奪われ再生され仲間になったが、お互いを信頼し合わずに殺しあった過去がある、と。
   
「瑠璃の時もそうだったろう?警戒する者もいたはずだ。それは仕方ないことかもしれない。お前たちにも心はある。心は例え王でも作り替えることは出来ないんだ」
「それは、まるで僕にも言えることでは?あなたは僕を……僕のゾーク様に対する忠義を疑うと言うんですか?」
「紅にも言われたんだろう?天王がそんな非道な真似をするとは思えない、と信じている自分を押し隠している心を見透かされたはずだ」
   
はっとして目を見開く柘榴に朧は「否定しなくていいと思う」と付け加えた。
それは忠義の揺らぎではなく、お前の心の在りかただから、と。
だが柘榴はそれを否定した。
そういう訳じゃない!と。
だが、心を閉ざす姿が焦りに見えて、その姿に今のゾークが重なって見えた朧は柘榴に帰れと言った。
「お前の心は一体誰を止めたくて、誰を守りたいのか…よく考えてみろ」
その言葉に何も言い返せず、柘榴は一礼して鍛冶場から出ていく。
      
(僕は、これから何をどうしたいんだろうか…?)
   
疑問が柘榴の足を止めて、そこから動けないままにしてしまった。
   
   
   
   
   
   
一方、翡翠は一方的に黒曜からの攻撃を受けて防ぐ一方だ。
紅瑪を守りながら戦うのも苦戦していて、黒曜は「攻撃してこい!あの時のように!」と煽ってくる。
   
「だから俺は知らねぇって…!逆恨みもいいところだ!!」
「ふざけるな!お前は兄上を殺した!俺を、あの馬鹿女を…!許さない、絶対に殺してやる!」
   
はぁぁっ!!と黒曜が拳を振り上げると翡翠は影に潜って背後をとり黒曜の首を腕で羽交締めする。
しかし、黒曜は翡翠のみぞおちを殴ったら翡翠は腕の力を緩めた。
地面を蹴り、腕から逃れて黒曜が翡翠の肩を掴んで宙返りとともに投げ飛ばす。
ぶち当たった衝撃で折れた大木と共に翡翠は地面に倒れ込んだ。
   
「ぐっ、ぁ…!げほっ!」
   
口元から血が垂れて頭がクラクラしたが翡翠はなんとか意識を保つ。
やはり黒曜は瑠璃と同じ馬鹿力タイプで近距離の肉弾戦では不利になる。
刀を握りしめ、影の中で奴の視界を奪おうとしたが黒曜はすばやく木陰に潜む紅瑪の腕を掴んで盾にした。
   
「あっ…!くっ、この…離せ!」
「紅瑪!!」
「この女も石にされたくなかったら、武器を置け!」
「ダメ、だ!!言うこと聞いちゃっ…あぁっ!!」
   
紅瑪の腕が折れるように軋む。
紅瑪が悲痛の叫びを嘆いたら、翡翠は刀を捨てた。
   
「そいつは関係ない。お前は俺を石にしたいんだろう?なら、やれよ。その代わり、紅瑪を見逃してくれ」
「…あぁ、こいつには用がないからな。お前だけで充分だ」
   
黒曜は影の中から持ってきた大理の刀【地割剣】を取り出した。
紅瑪は「やめて!」と暴れるが黒曜の耳には入らない。
動けば紅瑪が……翡翠は動かずに黒曜を見つめていた。
   
「だめっ!やめて…!やだ、やだよ…!翡翠、駄目だよ!!」
「悪いな、あいつらに話しといてくれ。ごめんな、紅瑪。巻き込んじまって…」
「いや、やだっ…!翡翠、石に戻っちゃやだぁ!!」
   
涙を流す紅瑪に翡翠は「ごめん」と呟いた。
黒曜は「兄上の仇!今ここで晴らす!」と思いきり剣を翡翠に向けて飛ばした。
一直線に向かってくる剣に一瞬目を閉じた翡翠だが、頬に生暖かいものが飛び散る。
目を開くと、目の前には背中から胸を剣で刺された紫水がいた。
紫水が自分を盾にして守っていたのだ。
   
「え……?兄貴…?」
   
「…っ、翡翠…お前じゃない…早く、知らせろ…」
   
「兄貴!!!」
   

ごほっ、と血を吐いて膝から崩れ落ちる紫水を翡翠は受け止める。

やがて肉体はなくなり、血に濡れた両手に紫水の石があるだけになる。
黒曜も「なんで紫水が…!」と驚いていたら背中に激痛が走る。
よろけて紅瑪を離し、紅瑪は黒曜から離れながら後ろを見ると黒いフードを被った男が剣で黒曜の背中を斬ったことに気がついた。
そのまま紅瑪には触れず、黒曜の胸に剣を突き刺す。
   
「うっ、ぁぁぁあっっ!!!」
   
黒曜の叫びとともに黒曜は石に戻り、血溜りのなかへ。
紅瑪も翡翠も余りの事態に頭が働かず動けないでいた。
フードの男は石を奪うわけでもなく、ましてや翡翠や紅瑪を石に戻すわけもなくそのまま去ってしまった。
   
「なんで、兄貴が…どうなってんだよ…!!なんなんだよクソッ!!」
「翡翠…!!」
   
ぎゅっと紫水の石を握りしめて、翡翠は涙を流した。
血まみれの二つの石を翡翠が大事に両手に包み込んだら、紅瑪とともに天界の王宮へ向かった。
この事を、ダーツに知らせるために…。
   
   
   
   
翡翠と紅瑪がいなくなった時、茂みから砂良がゆっくりと現れて黒曜の血が残された場所で涙を流した。
また守れなかった…守ってもらってばかりだった、と砂良はその場で崩れ落ちるように体を伏せて声を押し殺して泣いた。
   
   
続く