第49話
集結



天界への総攻撃にと集結した軍を前に、ゾークは思いを馳せた。
何を迷う必要がある、これはずっと昔…戦争に破れ封印された後からもずっと待ち望んでいたことではないか。
大理が石にされた、自分の大切なものがまた奪われようとしている。
大理だから怒り狂っているわけじゃない、誰であろうと…許しはしない。
   
   
   
   
   
   
天界にはダーツの座る玉座の元に天使たちが集い、翡翠から事情を聞いていた。
翡翠はダーツに紫水と黒曜の石を手渡すと、それを眺めて「確かに、彼らだ」とその石を優しく撫でた。
   
「…奴らは俺が大理と黒曜を襲ったと思っています。これは何かの罠です。再び天界と闇界を争わせようと誰かが仕組んだことだと思います」
「せやかて、誰がそんなことをすんねん?聖霊界は動かへん。魔界は戦が好きやけどそんな馬鹿な真似せぇへんやろ」
「兄者、これはもしかして…」
   
瑠璃が言いかけた時、ダーツが言葉を口にした。
   
「…内部争い、かもしれない。そうだろう瑠璃」
「はい、天王様」
「内部争い?なんでや、瑠璃」
「翡翠てはっきり言ったんやろ?なら真犯人は翡翠に化けれる能力者や。人に化けれるんは柘榴だけやろ」
「あ!せやな!あの腹黒執事ならやりかねんで!!」
「せやけど、理由が解らへん…奴がゾークを、ましてや主を裏切れるもんかいな?」
   
瑠璃がそう言うと、碧海が「そうだな」と頷いた。
   
「我々、石の能力者は主に絶対服従…操られてでもいない限り、裏切りは有り得ない。石にされ新しい主に掏り変わられたら元の主が気づくはず。何より、忠誠心の強い柘榴なら考えにくい」
「あと、あいつ我が強そうやもんな」
「兄者、ホンマにあいつ好かへんのやな…」
   
しつこいで、と瑠璃が言うが琥珀は悪びれもせずそっぽを向いた。
しばらく考えた後…ダーツはすっ、と玉座から立ち上がる。
   
「水晶、未来はどうなっているか視てくれないか?」
「は、はい!近い未来…きっとすぐです。ゾークが全軍を率いて天界に来ます」
「やはりか…碧海、天界への侵略とみなし結界の範疇を広くし強化せよ。今回の戦争は何かが違う。私がゾークを迎え撃つ」
「天王様自らが前線に立たなくても俺らが…」
「いや、私が出る。杏花、天麗、水晶、紅瑪は城で待機せよ。他は各自の役割を果たせ。防衛に備えよ」
「はい!天王様!」
   
皆が役割を持ち、玉座から去るが杏花はダーツの側にいた。
ダーツは玉座に座り直し、杏花はダーツに問いかける。
   
「どうしてダーツさんが前線に行くの?何か気になることがあるの?」
「…君には隠し事はしないでおこう。今回の戦争はゾークを陥れる為に何者かが仕組んでいる事だ。わざと天界へ向かわせるために…きっとそれを機に闇界の城を乗っ取る算段だろうね」
「誰が何の為に?それに、石の能力者はゾークさんを裏切れないんじゃないの?」
「…いや、一人だけゾークから生まれた能力者ではない者がいる。紅という軍神だ」
「紅…あの赤い髪の人ね。あの人、ゾークさんが主じゃないの?」
「彼はゾークの父親であるデザイヤという先代から生まれた男だ。だからゾークを裏切れる…まぁそれはあくまで論理的な話だがね」
「論理的?」
「そう、例え生まれた石の能力者は主を裏切れないと言っても絶対じゃない。だから【心】があるんだ。私の命令を聞かない石の能力者も居たよ」
「そうなの?琥珀さんとか?あ、瑪瑙さんかな?」
「ふふ、違うよ。あれは…」
   
ダーツの瞳の奥に、久しぶりに見えた姿があった。
花園を管理して、命令を聞いているようで聞いてなくて、そして部下というより友に近かった。
似ていたのだ、なんとなく…対等で居られる気がした。
   
【ダーツ様。お願いがありますの。私の最後のお願い…友として、聞いてくださいな】
   
彼女があんなに必死になって悲しそうだったのは後にも先にもそれだけだ。
黙ってしまったダーツに、杏花が声をかけるとダーツは顔をあげて「なんでもないよ」と微笑む。
   
「私はゾークと争うつもりはないよ。昔からずっとね…一度、ゆっくり話してみたい相手だね」
「うん、私も。ゆっくり話してみたいな」
「だから今回の戦争は違う。防衛をして、ゾークを説得する。奴が前線に出るなら私も出て、直接話したい…」
「…解った。今回は大人しくお城に居るね。解ってくれるといいね、ゾークさん」
「そうだね…杏花、心配しないでおくれ。きっと大丈夫だから…」
   
それでも不安そうな杏花をダーツはあやすように抱き締めて頭を撫でた。
杏花もダーツの胸に顔を埋めて小さく頷いた。
   
   
   
   
   
   
闇界の王宮に残るのは、大牙、ファリス、硫化、砂良、ネクロ、朧だ。
柘榴は月夜刀の持ち主としてゾークの側に配置される。
紅の報告では、黒曜と紫水は翡翠に石にされ天界に持ち込まれたとあった。
その報告を聞いたゾークが更にダーツを憎む形になったのは言うまでもないだろう。
ただ、ゾーク自身にも何か違和感を感じる柘榴は嫌な予感が不安として胸に残る。
   
(ゾーク様…様子がおかしいと思うのは僕だけなんだろうか?それも、僕が一度石に戻り主が変わった石だから?そんなはずない、そんなはず…)
   
朧の言葉、紅の言葉、疑惑、疑問、違和感…それらが柘榴を惑わせる。
自分の行く道がまるで真っ暗で…柘榴は心のなかで恐怖を抱いていた。
すると、出発する柘榴をネクロが話しかける。
   
「柘榴、ちょっと話があるの」
「はい、お嬢様」
   
ネクロの後ろについていき、ネクロの部屋へと入るとファリス、大牙、砂良がいた。
ネクロは「この部屋に結界を二重にしたから他の者は入れないし聞こえないわ」と話した。
訳がわからない柘榴が戸惑っていると、ファリスに「大丈夫だよ」と言われる砂良が一歩前に出た。
   
「柘榴さん、私…黒曜さんを追いかけて天界に行きました…。紅さんが報告した話は嘘なんです」
「嘘…!?どういうことですか!?」
「本当は紫水さんは弟君を庇って黒曜さんが石に戻しました…でもそのあとすぐに真っ黒なローブを羽織った人に石に戻されたんです…この事はファリス様にしかお話ししていません」
「そんな…では翡翠が犯人じゃない…!?何故、ファリス様はこの事をゾーク様にお話ししないのですか!?」
「今、父上に話したところで聞いてはくれないし事態がややこしくなるだけだ。僕は、紅が父上を裏切り闇界を破滅させるものだと思っている」
   
まさかファリスも自分と同様に紅を疑っているとは知らなかった。
驚く柘榴にファリスは更に話を続けた。
   
「紅だけは父上を裏切れる。父上から作られていないんだ。紅はお祖父様…つまり先代が主だからね」
「ですが紅官長はゾーク様の反乱に加担して今に至る男です。主を裏切った男ですが、それは主以上にゾーク様に忠誠を誓ったから出来たことではないのですか?」
「うん、僕もそう思っていたし、父上もそう信じている。だけど気づいたんだ。一度主を裏切った男が、今度も父上を裏切らないという保証はどこにもないって…紅が闇界をどうしたいのか、父上を裏切るつもりなのかはまだ解らない。何が目的かも解らないが確実に言えることは紅と父上の考えている事は全く違うと言うことだ」
「…どうして、僕にそんな話を…。僕は、ゾーク様から作られた石の能力者です。僕は、ゾーク様の命令があればファリス様を裏切るかも…」
「…命令を聞くだけでいいなら、他の兵士と変わらないじゃないか。だけど君達には【心】があって【感情】がある。僕は君の忠誠心じゃなく君の心を信じているよ」
   
はっとして目を見開くと、ファリスはニコッと微笑んだ。
ファリスは困惑し悩む柘榴の気持ちを理解していたのだ。
そして、ファリスは硫化を見る。
硫化も一度石に戻りゾークが生まれ変わらせたのだが、ファリスの側にずっといていつでもファリスの味方なのだ。
   
「私は確かにあんたと同じ、元々は天界の能力者よ。でもね、例えゾーク様が主でも私の主はファリス様なの。私達にも心はあるの…これは理論じゃ計れないわ」
「そういうことだよ。君が妹を大事に思うことと父上の忠誠心を天秤にかけなくてもいい。どっちも君の大切な心なんだよ」
「ファリス様…」
   
柘榴はネクロを見つめると、ネクロは頷いて柘榴の手を握った。
   
「柘榴、これは王女としてじゃない。私、ネクロフィーネとしてお願いするわ。…お父様を守って」
「…僕がゾーク様や貴女を裏切る可能性は考えましたか?」
「その時はその時よ。きっちりお説教してあげるから覚悟しなさい!」
   
びしっ!と指を指され目を丸くする柘榴だが、すぐにいつもと変わらぬ表情になる。
いや、さっきまでと違う…曇りのない瞳で微笑み頭を下げた。
   
「はい、お任せください。ネクロフィーネ様」
「頼んだわよ、柘榴。貴方だけが頼りだわ」
「大牙、僕がいない間はお前がネクロフィーネ様をお守りしてくださいね」
「おうよ、子守りは昔からだから気にすんな」
「ちょっと!いつの時代の話してんのよ!!あたしよりチビのくせに!」
   
この!と大牙の頭をぐりぐりと乱暴に撫でると大牙は「いてて」とジタバタする。
緊張の糸がほどけたが、ファリスはこう付け加えた。
   
「僕らもあまりお祖父様のことは知らないんだ。だから城に残る間にお祖父様のことや紅のことについて調べておくよ。父上も一回の襲撃で天界が落とせるとは思っていないだろう。帰ってからまた話そう」
「はい、ファリス様。ネクロフィーネ様をよろしくお願いします」
「お嬢様、じゃないんだね?」
「ここでは僕も、ただの柘榴で話したいと思いました。…駄目ですか?」
「ううん、僕は嬉しいよ。よろしくね柘榴くん」
   
ファリスと柘榴は握手をして、柘榴はゾークの元へと向かう。
長い廊下を歩いている時、柘榴はふとこれはゾークに対する裏切りなのかもしれないと思った。
主に対して隠し事をしているような気分になる。
だけど、ファリスやネクロたちはゾークを止めたいと思っているし自分に打ち明けてくれた。
守ってほしいと頼んだのだ。
   
(僕がやるべきこと、自分がやりたいこと…それはゾーク様をお守りしたいんだ。ネクロフィーネ様をお守りしたい、ファリス様の信頼を裏切りたくない。僕はもう迷わない)
   
   
ゾークの側にいくと、ゾークは背中を向けたまま「覚悟は出来ているか?」と柘榴に問いかけた。
軍の前線には紅がいて、柘榴と目が合う。
紅は変わらずに「死なないようにな、執事くん」と軽口を叩いた。
   
「問題ありません。お側におります、ゾーク様」
「……行くぞ、全てを終わらせる時だ」
   
ゾークは「天界への侵略を開始する!」という合図と共に士気があがり軍が天界に向かって進み始めた。
   
その軍を迎え撃つのは、天使たちと前線で待ち構えるダーツである。
ダーツの右手には武器である刀が握りしめられている。
その横に軍神である瑪瑙、右翼左翼に琥珀と瑠璃がいる。
天使の一人が「闇界の軍勢が真っ直ぐこちらに向かっております!」と報告し遠くの景色にうっすらと見え始めた。
瑪瑙は一歩前に出て、ダーツに問いかけた。
   
「天王様、作戦はどうします?」
「戦争はせぬ。極力殺すな。…私がゾークの相手をする」
「これを機に柘榴くんを戻す意向はないのですか?」
   
わざとそんな意地悪な質問をする瑪瑙にダーツはふっと笑みを浮かべた。
そして、はっきりと「ない」と言ったのだった。
   
「防衛せよ!!!」
   
ダーツの言葉に天使たちが雄叫びのような号令を一斉に吼えた。
   
   
続く