砂良が闇界の者に殺され、奪われた。 |
ダーツは、琥珀と瑠璃からその報告を聞くと、 |
「王宮の警備を強化せよ」 |
とだけ言い、その後は玉座のカーテンを下ろし、沈黙した。 |
言葉はなくとも、天使を失う悲しみを誰よりも強く受けるのはダーツなのだ。 |
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杏花は、寝室のベッドの上で仰向けになり、天井を見つめていた。
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目の前で砂良の命が奪われた、あの時のショックもある。
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だが、それ以上の疑問と戸惑い。
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色々な事が一度に起こり過ぎて、頭の中も心も整理が出来ない。 |
静かに、部屋のドアが開いた。
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部屋に入ってきたのは、ダーツだった。 |
ダーツと杏花の寝室は、同室である。 |
杏花は、ダーツを見て少し驚いた。
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王としての仕事が忙しいダーツが、まだ昼間なのにこの部屋に来るなんて。
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ダーツは杏花のベッドの向い側にある自分のベッドに腰掛け、小さく口を開いた。
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「………砂良には、悪い事をした。」
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その一言で、杏花はダーツが心に秘めた悲しみの感情全てを見せられた気がした。 |
天使の生みの親であるダーツにとって、我が子の天使を失う事はどれだけの苦痛だろうか。 |
杏花はパっと起き上がり、ダーツの方を見た。 |
「ダーツさんは悪くないわ!悪いのは、闇界でしょ!?」 |
ダーツは顔を上げて、少し驚いた顔をした。 |
記憶を失っている上に砂良の死を目の当たりにした杏花なのだ。 |
その心は誰よりも不安定で、乱れてもおかしくない。 |
それなのに、杏花は気丈だった。逆に、励まされてしまった。 |
「それに……砂良さんは死んだ訳ではないのよね?」
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闇界の者達は、砂良が死した後の石を持ち帰って行った。 |
石を砕かれない限り、天使は生き返る事が出来ると、瑪瑙が言っていたのを思い出した。 |
ただし、その石を闇界の王・ゾークが再生させると、天使はゾークの配下として生まれ変わる。 |
それでも、砂良は今でも生きているという事実を、杏花は前向きに捉えたかった。 |
「ああ。闇界の目的は天使を『殺す』事ではなく、殺して『奪う』事だ。」 |
そこが、杏花には納得出来なかった。 |
闇界の王にも石から命を生み出す力があるなら、何故天使を殺して奪う必要があるのか? |
何か、天界に個人的な恨みでもあるようにしか思えない。 |
「かつて私の側近であった天使も、闇界に奪われた。」 |
ダーツは数千年前を思い出し、さらに瞳を悲しみに染めた。 |
「許せない……どうして、闇界は天使を奪おうとするの?」 |
だんだんと、杏花の心に怒りが芽生えてきた。 |
天界と闇界の事情は知らないが、闇界が一方的に天使を虐殺しているようにしか見えない。 |
だが、ダーツは口を閉ざした。 |
今はまだ、深くまでは話したくはないようだ。 |
「私はただ……この国と、お前を守る為に尽くそう。」 |
ダーツは力強く言った。 |
「その為に、私はお前を連れてきたのだよ。」 |
そう言って、ようやく笑った。いつもの、優しい笑顔だ。 |
杏花は、その顔を見て、何か解りかけた気がした。 |
自分が何故、天界に来たのか。 |
闇界の標的は、天界のみ。その他の世界は、眼中にない。 |
だが、ダーツが人間界を行き来すれば、人間界をもこの戦争に巻き込む事になる。 |
その為にダーツは杏花を転生させ、天界へと連れ帰った。 |
ダーツは『人間界』そのものよりも、『杏花』ただ一人を守る道を選んだのだ。 |
それは、人間界を守る為の手段でもあり、杏花と共にいたいという願望。 |
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その頃、天界の王宮の正門前。 |
門の前では、漫才兄弟……いや、番兵兄弟の琥珀と瑠璃が門番をしていた。 |
いつもは息の合った(?)ボケとツッコミを発揮する双子だが、この時ばかりは言葉が少ない。 |
「天王様も杏花様も相当なショックやろな……。」 |
明るい性格の兄・琥珀は、自分の感情を見せずにダーツと杏花を気遣った。 |
「俺ら、番兵失格やろか……」 |
真面目な性格の弟・瑠璃は、独り言のように呟いた。 |
あの時、王宮内の見回りをしていたにも関わらず、敵の襲撃に気付けなかった。 |
暗い顔をした瑠璃の背中を、琥珀はバンッ!と叩いた。 |
「暗いで、るーちゃん!落ち込んどっても、どうにもならへん!」 |
「せやかて、兄者……」 |
「俺らの使命は、天王様と王宮を守る事や!!落ち込んどる暇があったら、日々精進せなあかん!」 |
琥珀の言う事はもっともなのだが、瑠璃はじっと琥珀を睨んだ。 |
「なら、日課のロードワークと技の練習、腹筋や腕立て伏せを兄者も……」 |
「さ〜て、休憩でもしよか?」 |
「聞かんかいッ!!」 |
瑠璃は思わず、ノリでいつものツッコミを入れてしまった。 |
その時、二人は何者かの気配を感じ、同時に正面を向いた。 |
そこには、いつの間にいたのか、一人の男が立っていた。 |
赤い髪に上品な黒のスーツ、その背には天使の羽根。 |
闇界の配下である天使、柘榴(ざくろ)だ。 |
柘榴は何も武器は持たず、ただニッコリと愛想よく笑った。 |
「意外と元気そうですね。」 |
見慣れない天使を前にして、琥珀と瑠璃は警戒した。 |
面識のない天使が王宮に現れたとなれば、まず敵と疑って見ていい。 |
天使だからと言って、味方とは限らない。 |
「気ぃつけろや、瑠璃…!」 |
琥珀が、小さく言った。 |
柘榴は、笑いながら少し困った顔をした。 |
「ああ、名乗るのは初めてでしたね。僕の名は柘榴です。」 |
柘榴は今まで何度も天界の王宮に侵入していたが、琥珀と瑠璃とは直接の面識がない。 |
柘榴には変身能力があり、天界に偵察に来る時はいつも誰かの姿に化けていたからだ。 |
「……闇界の手の者か?」 |
瑠璃は、拳を握って構えた。 |
しかし、柘榴は落ち着いた様子で少しも動じない。 |
「はい。でも、闘いに来た訳じゃありません。」 |
琥珀は構えず、柘榴の出方を見ていた。どうも、柘榴の目的が分からないからだ。 |
「勧誘しに来たんですよ。あなた達も闇界に来ませんか?」 |
柘榴のその一言が引き金になり、瑠璃は勢いよく柘榴に向かっていった。 |
「誰が行くかぁっ!!」
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砂良の件もあり、瑠璃の中では闇界に対する怒りが抑えられなくなっていた。
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「瑠璃ッ!!」
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琥珀が呼び止めるのも聞かず、瑠璃は拳から技を放とうとした。
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柘榴は小さく息を吐くと、構えもせずに身を動かし、素早くかわした。
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「話し合いの通じない人ですねえ……。」
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その瞬間、瑠璃の頬を何かの刃物が擦って切り裂かれ、血が飛び散った。
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「!?」
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何が起こったのか、瑠璃には分からなかった。
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柘榴の方を見ると、その手には刃が三日月のように反り返った、太く大きな剣があった。 |
これが、柘榴の武器『月夜刀(つくよとう)』である。 |
さすがにマズイと思った琥珀は自らの手にも剣『天翔剣(てんしょうけん)』を出現させた。 |
そして瑠璃に代わり、柘榴に向かってその剣を振り上げた。 |
柘榴は、片手に持った剣で琥珀の剣を受け止めた。 |
その力に弾き返され、琥珀は後方へ飛び下がった。 |
柘榴はもう一度、溜め息をついた。 |
そして、闘う気が失せたのか、武器である剣を消したのだ。 |
「残念ですよ。僕の『代わり』として生み出された天使が、この程度の力だなんて。」 |
その言葉に、瑠璃は疑問を口にした。 |
「なんやて……どういう意味や?」 |
柘榴は闇界一の戦闘能力を持つ男だが、心理戦を得意とする。 |
「何も知らないんですね、自分の生い立ちを。まあ、天王様が話さないのも無理はないですが。」 |
わざと、琥珀と瑠璃が心を乱すような言い回しを選びつつ、陥れる。 |
「瑠璃!耳を貸したらあかん!!惑わされるな!!」 |
琥珀が言うが、瑠璃には琥珀の言葉の方が聞こえていなかった。 |
「天王様の側近であった僕が死した後、新たな側近としてあなた達双子が生み出されたんですよ。」 |
それは、琥珀も瑠璃も知らなかった、衝撃の事実であった。 |
ダーツに側近がいたという事実すらも、知らされていなかった。 |
数千年前、ダーツの側近であった柘榴がゾークの手によって殺され、奪われた。 |
琥珀と瑠璃がダーツの手によって生み出されたのは、その直後である。 |
その事実を、琥珀と瑠璃は知らない。 |
「事実かどうかは、天王様に直接お聞きしたらいかがですか?」 |
そう言うと、柘榴は羽根を大きく広げた。 |
「我が闇界の王・ゾーク様は、いつでもあなた達をお待ちしています。」 |
柘榴はそう言い残し不敵に笑い、空に舞い上がると飛び去って行った。 |
瑠璃は、拳を握ったまま、ただ地面を見ていた。 |
「天王様……何故、黙っていたんやろか………。」
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瑠璃は血の伝う頬の傷の痛みも忘れ、ただそれだけを呟いた。
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琥珀も同じ疑問を抱いていたが、誰よりもダーツへの忠誠と想いが強い彼だ。
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「俺らの全ては、天王様や。それが天王様のご意志なら、仕方がないんや。」
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璃瑠ほどには心を乱されてはいない様子だった。
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自分の生まれがどうであろうと。存在意味と理由が何であろうと。
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ダーツによって創り出された双子の番兵・琥珀と瑠璃は、ダーツの命令こそが全てだった。
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しかし、柘榴の明かした真実は、確かに琥珀と瑠璃の心に傷痕を残した。
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柘榴は空を飛び、闇界へと帰る途中に思った。
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(あの双子は陥れがいがありますね。特に、弟の方は使えそうです。)
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その後、瑠璃は琥珀に連れられて診療所に行き、瑪瑙から傷の手当てを受けた。 |
「はい、これで大丈夫♪」
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瑪瑙は明るく言った。
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しかし、瑠璃はどこか不満そうな顔をしていた。
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「瑪瑙さん、俺……単なる擦り傷なんやけど……」
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瑠璃の頬には、でっかい絆創膏(ばんそうこう)。どう見ても大げさである。
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「だって、これが一番効くんだよ〜。」
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ニコニコしている瑪瑙と一緒に、琥珀も笑い出した。
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「るーちゃん、めっちゃ可愛え〜♪」
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「兄者ぁ!笑うなやぁ!!」
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だが、瑪瑙の妹(クローン)の紅瑪は、真面目な顔をして言った。
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「でも、気を付けた方がいいよ。刃物の武器には毒が塗られてるかもしれないからね。」
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すると、瑪瑙も頷いた。
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「そうそう。特に番兵くん2号(瑠璃)は、怒ると血の気が多くなるからね。」
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「誰が2号やねん!(BY瑠璃)」
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その時、急に琥珀が天井を見上げた。
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そして、その手に武器である『天翔剣』を出現させ、それを天井の一点に向けて突き刺した。
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「そこや!!討ち取ったりぃ!!」
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しかし、手応えがなかった。
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次の瞬間、窓の外からアサシンの翡翠が顔を出した。
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「こっちだ、バカめ。」
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琥珀は、天井を突き刺した体勢のまま、顔だけを窓に向けて悔しがった。
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「くっ、また外したぁ……!!」
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翡翠が現れる時は、琥珀はいつもこのノリである。
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ちなみに、翡翠の出現場所を見事に当てた事は、一度もない。
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瑪瑙が天井を見上げ、琥珀に向かって笑いかけた。
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「あ〜、また天井に穴開けちゃって……。琥珀くん、ちゃんと修理しといてね♪」
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その笑顔が、逆に恐い瑪瑙であった。
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「もしや、ひーちゃんは俺らの事が心配で来てくれたんか?」
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琥珀が言うと、翡翠は窓の外で無愛想に答えた。
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「なんだよ、元気そうじゃねえか。俺が息の根を止めてやろうか?」
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冷たい言い回しであるが、これが翡翠なりの心配の表現なのだ。
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「コラ、翡翠!!そんな言い方ないだろ!」 |
紅瑪が一喝すると、翡翠は一瞬で大人しくなった。 |
その時、診療所のドアが勢いよく開いた。 |
息を切らしながら入ってきたのは、杏花だった。 |
「琥珀さん、瑠璃さん!!大丈夫!?」 |
杏花は、一瞬静まり返った部屋の中を見回した。 |
「見ての通り、大丈夫ですよ。瑠璃くんの擦り傷一つです。」 |
瑪瑙が明るく説明すると、杏花はホっと息を吐いた。 |
「良かった……闇界の刺客に襲われたって聞いたから……。」 |
琥珀は、窓の外の翡翠に向かって言った。 |
「ああいうのを、『心配する』って言うんやで。」 |
「うるせえ。女と一緒にするな。」 |
杏花は突然、涙目になって小さく言った。 |
「琥珀さんと瑠璃さんまで闇界に奪われたら……どうしようって………」 |
杏花は、これ以上、大切な仲間である天使達を失いたくないと思ったのだ。 |
「杏花様、大丈夫です。俺らはそう簡単にはやられません。」 |
瑠璃が、安心させるように言った。 |
しかし、杏花は瑠璃の頬に貼ってある大きな絆創膏(ばんそうこう)を見て、プっと笑ってしまった。 |
真面目な瑠璃は、訳が分からなくてキョトンとした顔をした。 |
「俺……何か面白い事言ったか?」 |
瑠璃が言うと、琥珀は少し羨ましそうに瑠璃を見た。 |
「ピンで杏花様の笑いを取るとは……やるな、瑠璃。お兄ちゃんも負けてられへん!!」 |
何故か一人、気合いを入れる琥珀であった。 |
瑪瑙が、相変わらずの明るい調子で言う。 |
「杏花様。もし、天使が敵に奪われても、取り返す事は出来るんですよ。」 |
「え、そうなの?」 |
続けて、琥珀が言う。 |
「せやけど、その為にはもう一度、殺して石に戻さなあかん。仲間を殺すなんて出来るか?」 |
すると、皆は琥珀に向かって声を揃えて言った。 |
「てめえなら喜んで殺す。」 |
と、翡翠。 |
「僕の薬で安楽死させてあげるよ♪」 |
と、瑪瑙。 |
「兄者…兄者の最期は弟である俺がつとめるで。」 |
と、瑠璃。 |
「……なんや、皆つれないわぁ……」 |
と、琥珀は寂しく言いながら、泣き真似をした。 |
皆に慕われているのか、恨まれているのか分からない琥珀であった。 |
しかし、瑪瑙は誰にも気付かれないように、真面目な顔をして考えた。 |
(番兵くん達の前に敵が現れた………となると………) |
闇界が、次に狙う天使は…………。 |
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そして、夜。 |
杏花は自分のベッドに入らず、ダーツのベッドの前に立った。 |
「どうした、杏花?」 |
ダーツが言うと、顔を伏せていた杏花が、少し顔を上げて小さく言った。 |
「一緒に寝ても……いい?」
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ダーツは驚く事もなく、優しく微笑んだ。
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「おいで。」
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そう言ってダーツは、当たり前のように杏花を受け入れた。
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大きなベッドであるが、確かに二人は同じ場所に身を沈めた。
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今までの不安からか、寂しさからか、単なる甘えなのか。
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自覚はないが日々、確かに杏花はダーツとの距離を縮めていった。
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「お休み、杏花。」
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すぐ近くで、耳元で囁くように言われると、やっぱり安心する。
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ずっと昔から知っているような、懐かしい声。
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それは、なくした記憶の欠片なのか、新たに生まれた感情なのかは分からない。
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今はただ、この温もりと共に、深い眠りに落ちたい。
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この時だけは、安心と安らぎを得たい。
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「お休みなさい………ダーツさん。」
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ここは、常に夜の暗闇に包まれた世界、『闇界』。 |
砂良は王宮の離れの部屋で一人、歌を歌い続けていた。 |
ふと、誰かの気配を感じて、砂良は振り返った。 |
そこに立っていたは、双子の兵士の兄・大理(だいり)。 |
「あなたは……?」 |
臆病な砂良は、少し怯えながら言う。 |
「大理だ。ゾーク様の命により、俺がお前の世話役になった。」 |
クールな大理は、表情を変える事なく言った。 |
この大理こそが、砂良の心臓に剣を突き立て、命を奪った本人である。 |
だが、砂良はゾークによって再生させられた時に、その時の記憶を消されている。 |
砂良は大理を見ると、急に胸の中心を押さえてしゃがみこんだ。 |
「痛……い………!!」 |
そう、苦しそうに訴えた砂良。大理はハっとして駆け寄った。 |
「大丈夫か?」 |
「はい………すみません。」 |
砂良は大理に支えられ、立ち上がった。 |
砂良は、大理を見る事によって、心臓に剣を突き刺された時の痛みを無意識に思い出したのだ。 |
記憶にはなくとも、体に傷は残っていなくとも。 |
潜在意識の中に、その時の痛みは残っていたのだ。 |
しかし、その潜在意識も、時間の経過によって消えていくだろう。 |
それが、ゾークによる『再生』の力である。 |
「少し休んだ方がいいな。医務室へ……」 |
そう気遣って大理が言うが、砂良は首を横に振った。 |
「いいえ、大丈夫です。私、歌っていたいんです…!!」 |
そう、懸命に訴えるので、大理は好きにさせる事にした。 |
「何か必要な事があったら、俺に言え。」 |
「はい。ありがとうございます……大理さん。」 |
そう言って、砂良は微笑んだ。 |
そうして、砂良は再び、歌い始めた。 |
大理はその歌声を、しばらくその場所で聞いていた。 |
歌っている時の砂良の顔はのびやかで、心の底から楽しそうであった。 |
その歌声も、純粋な砂良の心がそのまま表れたような、清く美しいものだった。 |
光の射さない闇界に明るい光が射したかのようで、大理にとってはその姿が眩しいくらいだ。 |
砂良は歌いながら、大理が自分の歌を聞いていてくれている事に気付いた。 |
嬉しくなって、歌いながら頬を染め、気付かれないように照れ笑いをした。 |
一人で歌う歌声は、ただ闇に消えていくだけ。 |
なら、今は、たった一人の為に歌を歌おう。 |
そう思いながら、砂良は歌い続けた。 |
その歌声は夜になっても聞こえていた。 |
夜とは言っても闇界は常に夜なので、時間的なもので言う夜である。
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誰もが寝静まったこの時間、柘榴が城の廊下を歩いていると、窓の外からその歌声を耳にした。 |
(闇界の歌姫……ですか。) |
そう心で呟いた時、前方に誰かの姿を見つけた。
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長いピンク色の髪の美しい女性。
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見た目の年齢は柘榴と変わらず、20歳ほど。
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彼女は、闇界の王・ゾークの娘、ネクロフィーネ。通称『ネクロ』だ。 |
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柘榴はネクロの姿を見つけると、ゆっくりと彼女に近付いた。 |
「お嬢様、どうなさいました?こんなお時間に。」 |
ネクロはちょっと拗ねた顔をしながら言う。 |
「別に……なんか、眠れなかったのよ。」 |
柘榴は小さく笑った。 |
「なら、添い寝して差し上げましょうか?」 |
「結構よ!!」
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意地を張ってはいるが、ネクロは本当は柘榴に会いたかったのだ。
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そして柘榴も、そんなネクロの心はお見通しであった。
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柘榴は、普段はネクロの専属執事という役職なのだ。
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身の回りの世話から食事に至るまで、ネクロに関する事は全て任されている。
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柘榴は闇界一の戦闘能力を持つ上に、料理などの全ての家事もこなすし、知識もある。
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まさに、何でも出来る『完璧』な男である。
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柘榴はネクロを後ろから抱き締めた。 |
そして、ネクロの片手を取り、握った。 |
「ほら、こんなにお体が温かい。もうすぐ眠れる証拠ですよ。」
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だが、ネクロは違う意味で体温が上がってしまったようだ。 |
「ちょっ…!放しなさい!!」
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ネクロが抵抗すればする程、柘榴は彼女をもっと抱き締めたくなる。 |
柘榴はネクロの身体を抱き上げた。お姫様抱っこの形である。 |
「きゃああ、何すんのっ!?」
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「そのような薄着では、お体が冷えます。僕がお部屋まで運んで差し上げます。」
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「下ろしなさいよーー!!自分で歩くわよ!」 |
「そんな、遠慮なさらずに。」 |
「してないわ、このバカ執事ーーー!!」 |
柘榴はこのようにして、何かあるとネクロを抱き上げるのが癖になっていた。 |
「………もう………」 |
散々文句を言った挙げ句、ネクロは大人しくなって柘榴に抱かれてしまう。 |
そうやって、いつも柘榴のペースになって、結局はいいようにされてしまう。 |
柘榴は執事でありながら、何とも下克上な男であった。 |
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数千年前から続く戦争の傷痕。 |
その傷痕は目に見えなくとも、闘いの中にある誰の心にも存在している。 |
しかし、闇界の手に堕ちた天使達は、その傷の代償として、新しく手に入れた物もある。 |
闇界の歌姫となった砂良は、生きる意味と運命の出会いを、闇界で見つけた。 |
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続く |
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