第5話
〜傷痕〜
砂良が闇界の者に殺され、奪われた。
ダーツは、琥珀と瑠璃からその報告を聞くと、
「王宮の警備を強化せよ」
とだけ言い、その後は玉座のカーテンを下ろし、沈黙した。
言葉はなくとも、天使を失う悲しみを誰よりも強く受けるのはダーツなのだ。

   

   

   

   

   

   

杏花は、寝室のベッドの上で仰向けになり、天井を見つめていた。

目の前で砂良の命が奪われた、あの時のショックもある。

だが、それ以上の疑問と戸惑い。

色々な事が一度に起こり過ぎて、頭の中も心も整理が出来ない。

静かに、部屋のドアが開いた。

部屋に入ってきたのは、ダーツだった。
ダーツと杏花の寝室は、同室である。

杏花は、ダーツを見て少し驚いた。

王としての仕事が忙しいダーツが、まだ昼間なのにこの部屋に来るなんて。

ダーツは杏花のベッドの向い側にある自分のベッドに腰掛け、小さく口を開いた。

「………砂良には、悪い事をした。」

その一言で、杏花はダーツが心に秘めた悲しみの感情全てを見せられた気がした。
天使の生みの親であるダーツにとって、我が子の天使を失う事はどれだけの苦痛だろうか。
杏花はパっと起き上がり、ダーツの方を見た。
「ダーツさんは悪くないわ!悪いのは、闇界でしょ!?」
ダーツは顔を上げて、少し驚いた顔をした。
記憶を失っている上に砂良の死を目の当たりにした杏花なのだ。
その心は誰よりも不安定で、乱れてもおかしくない。
それなのに、杏花は気丈だった。逆に、励まされてしまった。

「それに……砂良さんは死んだ訳ではないのよね?」

闇界の者達は、砂良が死した後の石を持ち帰って行った。
石を砕かれない限り、天使は生き返る事が出来ると、瑪瑙が言っていたのを思い出した。
ただし、その石を闇界の王・ゾークが再生させると、天使はゾークの配下として生まれ変わる。
それでも、砂良は今でも生きているという事実を、杏花は前向きに捉えたかった。
「ああ。闇界の目的は天使を『殺す』事ではなく、殺して『奪う』事だ。」
そこが、杏花には納得出来なかった。
闇界の王にも石から命を生み出す力があるなら、何故天使を殺して奪う必要があるのか?
何か、天界に個人的な恨みでもあるようにしか思えない。
「かつて私の側近であった天使も、闇界に奪われた。」
ダーツは数千年前を思い出し、さらに瞳を悲しみに染めた。
「許せない……どうして、闇界は天使を奪おうとするの?」
だんだんと、杏花の心に怒りが芽生えてきた。
天界と闇界の事情は知らないが、闇界が一方的に天使を虐殺しているようにしか見えない。
だが、ダーツは口を閉ざした。
今はまだ、深くまでは話したくはないようだ。
「私はただ……この国と、お前を守る為に尽くそう。」
ダーツは力強く言った。
「その為に、私はお前を連れてきたのだよ。」
そう言って、ようやく笑った。いつもの、優しい笑顔だ。
杏花は、その顔を見て、何か解りかけた気がした。
自分が何故、天界に来たのか。
闇界の標的は、天界のみ。その他の世界は、眼中にない。
だが、ダーツが人間界を行き来すれば、人間界をもこの戦争に巻き込む事になる。
その為にダーツは杏花を転生させ、天界へと連れ帰った。
ダーツは『人間界』そのものよりも、『杏花』ただ一人を守る道を選んだのだ。
それは、人間界を守る為の手段でもあり、杏花と共にいたいという願望。

   

   

   

   

   

   

その頃、天界の王宮の正門前。
門の前では、漫才兄弟……いや、番兵兄弟の琥珀と瑠璃が門番をしていた。
いつもは息の合った(?)ボケとツッコミを発揮する双子だが、この時ばかりは言葉が少ない。
「天王様も杏花様も相当なショックやろな……。」
明るい性格の兄・琥珀は、自分の感情を見せずにダーツと杏花を気遣った。
「俺ら、番兵失格やろか……」
真面目な性格の弟・瑠璃は、独り言のように呟いた。
あの時、王宮内の見回りをしていたにも関わらず、敵の襲撃に気付けなかった。
暗い顔をした瑠璃の背中を、琥珀はバンッ!と叩いた。
「暗いで、るーちゃん!落ち込んどっても、どうにもならへん!」
「せやかて、兄者……」
「俺らの使命は、天王様と王宮を守る事や!!落ち込んどる暇があったら、日々精進せなあかん!」
琥珀の言う事はもっともなのだが、瑠璃はじっと琥珀を睨んだ。
「なら、日課のロードワークと技の練習、腹筋や腕立て伏せを兄者も……」
「さ〜て、休憩でもしよか?」
「聞かんかいッ!!」
瑠璃は思わず、ノリでいつものツッコミを入れてしまった。
その時、二人は何者かの気配を感じ、同時に正面を向いた。
そこには、いつの間にいたのか、一人の男が立っていた。
赤い髪に上品な黒のスーツ、その背には天使の羽根。
闇界の配下である天使、柘榴(ざくろ)だ。
柘榴は何も武器は持たず、ただニッコリと愛想よく笑った。
「意外と元気そうですね。」
見慣れない天使を前にして、琥珀と瑠璃は警戒した。
面識のない天使が王宮に現れたとなれば、まず敵と疑って見ていい。
天使だからと言って、味方とは限らない。
「気ぃつけろや、瑠璃…!」
琥珀が、小さく言った。
柘榴は、笑いながら少し困った顔をした。
「ああ、名乗るのは初めてでしたね。僕の名は柘榴です。」
柘榴は今まで何度も天界の王宮に侵入していたが、琥珀と瑠璃とは直接の面識がない。
柘榴には変身能力があり、天界に偵察に来る時はいつも誰かの姿に化けていたからだ。
「……闇界の手の者か?」
瑠璃は、拳を握って構えた。
しかし、柘榴は落ち着いた様子で少しも動じない。
「はい。でも、闘いに来た訳じゃありません。」
琥珀は構えず、柘榴の出方を見ていた。どうも、柘榴の目的が分からないからだ。
「勧誘しに来たんですよ。あなた達も闇界に来ませんか?」
柘榴のその一言が引き金になり、瑠璃は勢いよく柘榴に向かっていった。

「誰が行くかぁっ!!」

砂良の件もあり、瑠璃の中では闇界に対する怒りが抑えられなくなっていた。

「瑠璃ッ!!」

琥珀が呼び止めるのも聞かず、瑠璃は拳から技を放とうとした。

柘榴は小さく息を吐くと、構えもせずに身を動かし、素早くかわした。

「話し合いの通じない人ですねえ……。」

その瞬間、瑠璃の頬を何かの刃物が擦って切り裂かれ、血が飛び散った。

「!?」

何が起こったのか、瑠璃には分からなかった。

柘榴の方を見ると、その手には刃が三日月のように反り返った、太く大きな剣があった。
これが、柘榴の武器『月夜刀(つくよとう)』である。
さすがにマズイと思った琥珀は自らの手にも剣『天翔剣(てんしょうけん)』を出現させた。
そして瑠璃に代わり、柘榴に向かってその剣を振り上げた。
柘榴は、片手に持った剣で琥珀の剣を受け止めた。
その力に弾き返され、琥珀は後方へ飛び下がった。
柘榴はもう一度、溜め息をついた。
そして、闘う気が失せたのか、武器である剣を消したのだ。
「残念ですよ。僕の『代わり』として生み出された天使が、この程度の力だなんて。」
その言葉に、瑠璃は疑問を口にした。
「なんやて……どういう意味や?」
柘榴は闇界一の戦闘能力を持つ男だが、心理戦を得意とする。
「何も知らないんですね、自分の生い立ちを。まあ、天王様が話さないのも無理はないですが。」
わざと、琥珀と瑠璃が心を乱すような言い回しを選びつつ、陥れる。
「瑠璃!耳を貸したらあかん!!惑わされるな!!」
琥珀が言うが、瑠璃には琥珀の言葉の方が聞こえていなかった。
「天王様の側近であった僕が死した後、新たな側近としてあなた達双子が生み出されたんですよ。」
それは、琥珀も瑠璃も知らなかった、衝撃の事実であった。
ダーツに側近がいたという事実すらも、知らされていなかった。
数千年前、ダーツの側近であった柘榴がゾークの手によって殺され、奪われた。
琥珀と瑠璃がダーツの手によって生み出されたのは、その直後である。
その事実を、琥珀と瑠璃は知らない。
「事実かどうかは、天王様に直接お聞きしたらいかがですか?
そう言うと、柘榴は羽根を大きく広げた。
「我が闇界の王・ゾーク様は、いつでもあなた達をお待ちしています。
柘榴はそう言い残し不敵に笑い、空に舞い上がると飛び去って行った。
瑠璃は、拳を握ったまま、ただ地面を見ていた。

「天王様……何故、黙っていたんやろか………。」 

瑠璃は血の伝う頬の傷の痛みも忘れ、ただそれだけを呟いた。

琥珀も同じ疑問を抱いていたが、誰よりもダーツへの忠誠と想いが強い彼だ。

「俺らの全ては、天王様や。それが天王様のご意志なら、仕方がないんや。」 

璃瑠ほどには心を乱されてはいない様子だった。

自分の生まれがどうであろうと。存在意味と理由が何であろうと。

ダーツによって創り出された双子の番兵・琥珀と瑠璃は、ダーツの命令こそが全てだった。

しかし、柘榴の明かした真実は、確かに琥珀と瑠璃の心に傷痕を残した。

   

   

柘榴は空を飛び、闇界へと帰る途中に思った。

(あの双子は陥れがいがありますね。特に、弟の方は使えそうです。)

   

   

   

   

   

   

その後、瑠璃は琥珀に連れられて診療所に行き、瑪瑙から傷の手当てを受けた。

「はい、これで大丈夫♪」

瑪瑙は明るく言った。

しかし、瑠璃はどこか不満そうな顔をしていた。

「瑪瑙さん、俺……単なる擦り傷なんやけど……」

瑠璃の頬には、でっかい絆創膏(ばんそうこう)。どう見ても大げさである。

「だって、これが一番効くんだよ〜。」

ニコニコしている瑪瑙と一緒に、琥珀も笑い出した。

「るーちゃん、めっちゃ可愛え〜♪」

「兄者ぁ!笑うなやぁ!!」

だが、瑪瑙の妹(クローン)の紅瑪は、真面目な顔をして言った。

「でも、気を付けた方がいいよ。刃物の武器には毒が塗られてるかもしれないからね。」

すると、瑪瑙も頷いた。

「そうそう。特に番兵くん2号(瑠璃)は、怒ると血の気が多くなるからね。」

「誰が2号やねん!(BY瑠璃)」

その時、急に琥珀が天井を見上げた。

そして、その手に武器である『天翔剣』を出現させ、それを天井の一点に向けて突き刺した。

「そこや!!討ち取ったりぃ!!」

しかし、手応えがなかった。

次の瞬間、窓の外からアサシンの翡翠が顔を出した。

「こっちだ、バカめ。」

琥珀は、天井を突き刺した体勢のまま、顔だけを窓に向けて悔しがった。

「くっ、また外したぁ……!!」

翡翠が現れる時は、琥珀はいつもこのノリである。

ちなみに、翡翠の出現場所を見事に当てた事は、一度もない。

瑪瑙が天井を見上げ、琥珀に向かって笑いかけた。

「あ〜、また天井に穴開けちゃって……。琥珀くん、ちゃんと修理しといてね♪」

その笑顔が、逆に恐い瑪瑙であった。

「もしや、ひーちゃんは俺らの事が心配で来てくれたんか?」

琥珀が言うと、翡翠は窓の外で無愛想に答えた。

「なんだよ、元気そうじゃねえか。俺が息の根を止めてやろうか?」

冷たい言い回しであるが、これが翡翠なりの心配の表現なのだ。

「コラ、翡翠!!そんな言い方ないだろ!」
紅瑪が一喝すると、翡翠は一瞬で大人しくなった。
その時、診療所のドアが勢いよく開いた。
息を切らしながら入ってきたのは、杏花だった。
「琥珀さん、瑠璃さん!!大丈夫!?」
杏花は、一瞬静まり返った部屋の中を見回した。
「見ての通り、大丈夫ですよ。瑠璃くんの擦り傷一つです。」
瑪瑙が明るく説明すると、杏花はホっと息を吐いた。
「良かった……闇界の刺客に襲われたって聞いたから……。」
琥珀は、窓の外の翡翠に向かって言った。
「ああいうのを、『心配する』って言うんやで。」
「うるせえ。女と一緒にするな。」
杏花は突然、涙目になって小さく言った。
「琥珀さんと瑠璃さんまで闇界に奪われたら……どうしようって………」
杏花は、これ以上、大切な仲間である天使達を失いたくないと思ったのだ。
「杏花様、大丈夫です。俺らはそう簡単にはやられません。」
瑠璃が、安心させるように言った。
しかし、杏花は瑠璃の頬に貼ってある大きな絆創膏(ばんそうこう)を見て、プっと笑ってしまった。
真面目な瑠璃は、訳が分からなくてキョトンとした顔をした。
「俺……何か面白い事言ったか?」
瑠璃が言うと、琥珀は少し羨ましそうに瑠璃を見た。
「ピンで杏花様の笑いを取るとは……やるな、瑠璃。お兄ちゃんも負けてられへん!!」
何故か一人、気合いを入れる琥珀であった。
瑪瑙が、相変わらずの明るい調子で言う。
「杏花様。もし、天使が敵に奪われても、取り返す事は出来るんですよ。」
「え、そうなの?」
続けて、琥珀が言う。
「せやけど、その為にはもう一度、殺して石に戻さなあかん。仲間を殺すなんて出来るか?」
すると、皆は琥珀に向かって声を揃えて言った。
「てめえなら喜んで殺す。」
と、翡翠。
「僕の薬で安楽死させてあげるよ♪」
と、瑪瑙。
「兄者…兄者の最期は弟である俺がつとめるで。」
と、瑠璃。
「……なんや、皆つれないわぁ……」
と、琥珀は寂しく言いながら、泣き真似をした。
皆に慕われているのか、恨まれているのか分からない琥珀であった。
しかし、瑪瑙は誰にも気付かれないように、真面目な顔をして考えた。
(番兵くん達の前に敵が現れた………となると………)
闇界が、次に狙う天使は…………。

   

   

   

   

   

   

そして、夜。
杏花は自分のベッドに入らず、ダーツのベッドの前に立った。
「どうした、杏花?」
ダーツが言うと、顔を伏せていた杏花が、少し顔を上げて小さく言った。

「一緒に寝ても……いい?」

ダーツは驚く事もなく、優しく微笑んだ。

「おいで。」

そう言ってダーツは、当たり前のように杏花を受け入れた。

大きなベッドであるが、確かに二人は同じ場所に身を沈めた。

今までの不安からか、寂しさからか、単なる甘えなのか。

自覚はないが日々、確かに杏花はダーツとの距離を縮めていった。

「お休み、杏花。」

すぐ近くで、耳元で囁くように言われると、やっぱり安心する。

ずっと昔から知っているような、懐かしい声。

それは、なくした記憶の欠片なのか、新たに生まれた感情なのかは分からない。

今はただ、この温もりと共に、深い眠りに落ちたい。

この時だけは、安心と安らぎを得たい。

   

   

「お休みなさい………ダーツさん。」

   

   

   

   

   

   

ここは、常に夜の暗闇に包まれた世界、『闇界』。
砂良は王宮の離れの部屋で一人、歌を歌い続けていた。
ふと、誰かの気配を感じて、砂良は振り返った。
そこに立っていたは、双子の兵士の兄・大理(だいり)。
「あなたは……?」
臆病な砂良は、少し怯えながら言う。
「大理だ。ゾーク様の命により、俺がお前の世話役になった。」
クールな大理は、表情を変える事なく言った。
この大理こそが、砂良の心臓に剣を突き立て、命を奪った本人である。
だが、砂良はゾークによって再生させられた時に、その時の記憶を消されている。
砂良は大理を見ると、急に胸の中心を押さえてしゃがみこんだ。
「痛……い………!!」
そう、苦しそうに訴えた砂良。大理はハっとして駆け寄った。
「大丈夫か?」
「はい………すみません。」
砂良は大理に支えられ、立ち上がった。
砂良は、大理を見る事によって、心臓に剣を突き刺された時の痛みを無意識に思い出したのだ。
記憶にはなくとも、体に傷は残っていなくとも。
潜在意識の中に、その時の痛みは残っていたのだ。
しかし、その潜在意識も、時間の経過によって消えていくだろう。
それが、ゾークによる『再生』の力である。
「少し休んだ方がいいな。医務室へ……」
そう気遣って大理が言うが、砂良は首を横に振った。
「いいえ、大丈夫です。私、歌っていたいんです…!!」
そう、懸命に訴えるので、大理は好きにさせる事にした。
「何か必要な事があったら、俺に言え。」
「はい。ありがとうございます……大理さん。」
そう言って、砂良は微笑んだ。
そうして、砂良は再び、歌い始めた
大理はその歌声を、しばらくその場所で聞いていた。
歌っている時の砂良の顔はのびやかで、心の底から楽しそうであった。
その歌声も、純粋な砂良の心がそのまま表れたような、清く美しいものだった。
光の射さない闇界に明るい光が射したかのようで、大理にとってはその姿が眩しいくらいだ。
砂良は歌いながら、大理が自分の歌を聞いていてくれている事に気付いた。
嬉しくなって、歌いながら頬を染め、気付かれないように照れ笑いをした。
一人で歌う歌声は、ただ闇に消えていくだけ。
なら、今は、たった一人の為に歌を歌おう。
そう思いながら、砂良は歌い続けた。
その歌声は夜になっても聞こえていた。

夜とは言っても闇界は常に夜なので、時間的なもので言う夜である。

誰もが寝静まったこの時間、柘榴が城の廊下を歩いていると、窓の外からその歌声を耳にした。
(闇界の歌姫……ですか。)

そう心で呟いた時、前方に誰かの姿を見つけた。

長いピンク色の髪の美しい女性。

見た目の年齢は柘榴と変わらず、20歳ほど。

彼女は、闇界の王・ゾークの娘、ネクロフィーネ。通称『ネクロ』だ。

   

   

柘榴はネクロの姿を見つけると、ゆっくりと彼女に近付いた。
「お嬢様、どうなさいました?こんなお時間に。」
ネクロはちょっと拗ねた顔をしながら言う。
「別に……なんか、眠れなかったのよ。」
柘榴は小さく笑った。
「なら、添い寝して差し上げましょうか?」

「結構よ!!」

意地を張ってはいるが、ネクロは本当は柘榴に会いたかったのだ。

そして柘榴も、そんなネクロの心はお見通しであった。

柘榴は、普段はネクロの専属執事という役職なのだ。

身の回りの世話から食事に至るまで、ネクロに関する事は全て任されている。

柘榴は闇界一の戦闘能力を持つ上に、料理などの全ての家事もこなすし、知識もある。

まさに、何でも出来る『完璧』な男である。

柘榴はネクロを後ろから抱き締めた。
そして、ネクロの片手を取り、握った。

「ほら、こんなにお体が温かい。もうすぐ眠れる証拠ですよ。」

だが、ネクロは違う意味で体温が上がってしまったようだ。

「ちょっ…!放しなさい!!」

ネクロが抵抗すればする程、柘榴は彼女をもっと抱き締めたくなる。
柘榴はネクロの身体を抱き上げた。お姫様抱っこの形である。

「きゃああ、何すんのっ!?」

「そのような薄着では、お体が冷えます。僕がお部屋まで運んで差し上げます。」

「下ろしなさいよーー!!自分で歩くわよ!」
「そんな、遠慮なさらずに。」
「してないわ、このバカ執事ーーー!!」
柘榴はこのようにして、何かあるとネクロを抱き上げるのが癖になっていた。
「………もう………」
散々文句を言った挙げ句、ネクロは大人しくなって柘榴に抱かれてしまう。
そうやって、いつも柘榴のペースになって、結局はいいようにされてしまう。
柘榴は執事でありながら、何とも下克上な男であった。

   

   

   

   

   

   

数千年前から続く戦争の傷痕。
その傷痕は目に見えなくとも、闘いの中にある誰の心にも存在している。
しかし、闇界の手に堕ちた天使達は、その傷の代償として、新しく手に入れた物もある。
闇界の歌姫となった砂良は、生きる意味と運命の出会いを、闇界で見つけた。

   

   

続く