第50話
暗転



天界侵略の少し前、紅は朧の鍛治場に向かった。
そこではいつも朧が武器を作ったり直したりしている。
今日も朧は何かの作業をしていて、炎の中にあるものを放り投げていた。
それは、乾いた血の付いた真っ黒なローブだった。
   
「朧、お前…それどこで…」

「お前の部屋の隠し通路は私の鍛治場に繋がってる。私は使うことが無かっただけで入れるんだ。……だけど言わないよ、誰にも」

   
朧はそのローブを炎の中で燃やしていく。
ローブはゆっくりと燃えていきやがて灰になった。
その炎を見ながら、紅に背中を向ける朧はそっと呟いた。
どうして、こんなことをするんだ、と。
   
紅は観念したように、一度瞳を閉じたらテーブルに腰かけてポツリポツリと話していった。
事の始まりは何てことがない、見回りの夜のことだったと。
   
   
懐かしくもあり、有り得ない気配がして紅は城を出て深い森の中へ向かった。
それは昔、自分の主となった男の気配。
ゾークの父にして闇界の先王…デザイヤだった。
だが、デザイヤは俺に討たれて死んだのだ。
あるはずがない。
しかし、紅は目の前にいる男が存在している事実に目を見開いた。
   
「久しぶりだな…どうした?まるで亡霊でも見たような面だ…」
   
「そんな、馬鹿な…あんたは、俺が…!」
   
「儂の能力…忘れたとは言わせんぞ?」
   
デザイヤが手を翳すと、紅の心臓にある石が鼓動をするように反応し、その石に楔のようなものと鎖が巻き付いているのが頭に浮かんだ。
激痛が走り、紅が膝を折って胸を抑えるとデザイヤが手を拳に変える。
ぐっ!と心臓を握り潰されるような激痛は紅に悲鳴をあげさせた。
   
ほんの数分の沈黙が紅にとっては何時間もかかったように思えた。
激痛が少し和らぎ汗をかきながらもデザイヤを見返す。
   
「お前の心が、お前の思うままだと思ったか?それは違うな…お前は生まれてこれまで、ずっとお前の心はお前のものではないのだ」
   
「…ざ、けんな…俺は…俺はぁ…!!」
   
「ならば抗いてみよ。お前の心がお前のものならば、儂よりもゾークを選ぶはずだ…その強がり、いつまで持つか期待しておこう」
   
ははははっ!!とデザイヤは高笑いをして紅の前から姿を消した。
   
それから、紅の心は紅の思うままにはならず…黒いローブをまとってネクロや杏花を誘拐し、ネクロの能力をコピーした。
コピーした能力で別空間を作り、前に手に入れた変身の能力で翡翠に化けて大理を手にかけた。
それから、黒曜も。
ゾークに嘘の報告をして、戦争を起こす引き金を作った。
   
   
「…全て俺の心が俺に命令していることなんだ。俺は違和感なくそれをやった。躊躇なく…それが俺は無性に怖くてたまらないんだ…!」
「…紅…お前、自分を止められないんだな」
「あぁ…そうなんだよ…俺は、俺なのに俺を止めることが出来ない。何が正義で悪かも自分で判断できない!主さえも解らないから忠誠心なんて無いんだ…!!」
   
紅は震える両手を拳に変えた。
解ってる、これはゾークに対する裏切りで反逆だ。
柘榴から疑いをかけられた時、自分がやったと口にしたかったのはほんの一瞬で、後は別の心が口から嘘と誤魔化しを話しているようだった。
   
「…妙な感覚だ。俺は俺なのに…この心も俺なのに、何処かで俺じゃない俺がいる。もう訳が分からねぇ…ただ、昔の記憶だけはハッキリしてきやがる…俺はガキの頃、先代に憧れていた。忠誠心みたいな、そんな純粋な気持ちが確かにあった。なんで今更…そんなことを懐かしく思って大切にしてんだろう…」
「紅…今からでも戦争を止めることは出来ないのか?私に話せたんだから、お前の心は残ってるんだよ。お前はお前だよ…だから」
「無理だ、朧…俺はもう戻れないんだ。思い出せねぇんだよ、ゾークを主にしようって決めた気持ちも、ゾークが友だって言ってくれた日も…もう俺の心に無くなっちまったんだ」
   
紅は朧に弱々しい声で呟いた。
   
「俺がまだ、お前の知る俺でいる前に言っとくよ」
   
紅は朧の肩に手を置いて、その首筋にもたれるように頭を預けた。
   
   
「お前のこと、ずっと愛してた」
   
   
軍が天界に向かった道を見つめながら、朧は壁に体を預けるように項垂れた。
もう、自分の知る紅は死んだかもしれない…そう思うと何も手につかなかった。
自分が紅の裏切り、デザイヤが裏で闇界を手にいれようとしていること、全て話せばよかったと後から思う。
ローブも燃やして、紅をずっと庇った自分が気づかせてくれたこと。
   
それは、いつの間にかゾークよりも紅を大事に思っているということだった。
   
   
   
   
   
   
天界と闇界の軍がもうすぐ側まであり、天界の結界を前に止まっている。
ゾークはダーツが前線に居ることに気がつき自分も輿から降りて上空で止まった。
柘榴が後ろにつくが、ゾークは「来るな」と止める。
ダーツもゾークの前で止まり、結界をわざと解除した。
結界は城を取り囲むだけとなり、まるで戦場を作ったかのようだ。
   
「ふん、やっと戦う気になったか?ダーツ」
「城さえ無事なら落とされることはない。私はまずお前と話したい…その意思を見せたまで」
「我と話だと…?血迷ったか!!」
「血迷っているのは貴様だ、ゾーク。これがお前の為すべき事なのか?もう一度己を見つめ直せ」
「黙れ!!我の大切な者達を次々と奪っておきながら…その上説教か!?貴様の戯れ言など聞き飽きたぞ!」
   
ゾークが【覇王剣】を鞘から抜いてダーツに向ける。
ダーツも【帝王剣】を鞘から抜いた。
   
「今度こそ貴様を葬ってやる…!!ダーツ!!」
   
「ここは私の世界だ!!私が守る!!」
   
ダーツとゾークが刃を交えた瞬間、軍が天界の軍に向かっていく。
城を攻め落とされるまいと、天使たちも応戦し上空ではゾークとダーツが、石の能力者たちも武器を構えた。
戦いの激しい音は結界の張られた城の中にも聞こえてきて避難している非戦闘員の天使たちは小さく悲鳴をあげた。
城に残る天麗たちが天使達を宥めて、杏花も怖いと泣く子供たちを抱き締める。
避難する大広間では天使たちは天王様の勝利を願い、祈りを捧げている。
杏花もこの戦いの行く末を見つめていた。
   
   
   
「はぁぁっ!!」
   
「くっ…はっ!!」
   
剣と剣がぶつかり合い、ダーツとゾークが視線を交わらせている間、柘榴は交戦してくる琥珀と瑠璃と戦っていた。
琥珀は最初から柘榴狙いだったらしく、剣を振り翳すと柘榴はそれを刀で受け止める。
すると背後から拳を握りしめる瑠璃が視界の端にうつり、素早く羽を広げて攻撃を交わした。
   
翡翠には白銀が飛び込んでいった。
白銀は氷の剣で翡翠に襲いかかる。
翡翠も剣で応戦していると、白銀が小さく呟いた。
   
「お前が紫水を殺したって聞いたぞ。でも、お前じゃないと思う。どうなってんのさ?紫水は?この戦いのこと、何か知ってるんじゃないの?」
「あんた…ゾークよりも兄貴を信じてるのか?」
「当たり前だよ、相棒だからね。あの馬鹿の弟がこんなこと出来っこないよ!」
   
見た目は戦っているが、白銀が殺気がない。
翡翠にもそれは言えることだ。
氷のつぶてを無数に投げつけ、翡翠はそれを砕きながら白銀に向かっていく。
氷の盾で翡翠の攻撃を塞ぎながら、翡翠の言葉に耳を傾けた。
   
「俺じゃない!信じてくれ…兄貴も黒曜も黒いローブの男に…」
   
翡翠がそう言いかけると、横から物凄い灼熱の炎が襲いかかる。
白銀は翡翠に手を伸ばそうとしたが、元々氷使いの白銀は熱いのが苦手だ。
少しでも触れたら火傷となり痛みに眉を潜める。
炎が向かってきた先をみると、紅が錫杖を掲げていた。
   
「油断するなよ、白銀」
   
「紅…」
   
ちっ!と舌打ちをしたら白銀は炎に包まれ落ちていく翡翠を見る。
炎を消そうと足掻いていると、瑪瑙が近くの湖の水を風で浮かせて大きなシャボン玉のような球体にしたら翡翠に容赦なくぶっかけた。
   
「ぶはっ!!げほっ、げほっ…はぁ、はぁ、瑪瑙さん!!!」
「あ、消えたね。良かった良かった」
「溺れ死ぬかと思ったぞ!!!」
「消し炭になるよりましでしょ?」
   
まだ黒い煙が辺りに巻いている翡翠をよそに、瑪瑙は紅と対峙する。
風の力で翡翠にぶっかけたような水の球体がいくつも周りにあった。
   
「さっさと帰ってもらうよ。そっちのゴタゴタにうちを巻き込まないでよ」
   
ふふ、と笑う瑪瑙に紅もニヤリと笑う。
そして、瑪瑙と紅が再度戦いの火花を散らした。
   
   
   
   
その頃、闇界の城に残ったファリスは闇界の王宮にある図書館で記録書を見ていた。
そこには、閲覧禁止の書物もあるがそんなこと構ってはいられない。
ゾークの部屋から鍵を盗み、最重要書類を手に取った。
   
「…あった。お祖父様の記録だ。」
   
ファリスは記録書を読んでいく。
明かりは硫化のもつ明かりだけである。
   
「…お祖父様の能力…【心の鎖】?どんな能力なんだ?」
「…ファリス様。何やらこちらに向かう気配があります。私が様子を見てきますね」
「うん、気を付けてね。僕もすぐに向かうから…」
   
硫化は明かりをファリスに渡して、外へと出た。
ファリスはさらに書物を読んでいく。
デザイヤの能力は、特定の者の心臓に鎖と楔を打ち付ける。
そのまま攻撃して殺すことも出来るが恐ろしいのはそのまま知らずに操ってしまうことだ。
   
「…心を縛り付けるということか。どうやら一度縛り付けたら能力を解除しない限り発動するもしないも自由みたいだな。まるで時限爆弾みたいに使うことも可能なのか…」
   
次のページには、デザイヤがある能力者に能力を発動させ敵地に送り込み周りが信頼した時期に能力を使ってその国を滅ぼさせた事があるらしい。
その能力者の名前は【紅】とあった。
   
「紅官長はすでにお祖父様の能力を…!なら紅を操るのは…」
   
「それを知ったところでもう遅いがな」
   
「!?」
   
知らぬ声がしてファリスが振り向くとデザイヤが硫化の首根っこを掴み、ファリスのほうに投げ飛ばした。
ファリスは硫化を抱き締めて受け止める。
   
「あ、あなたが…お祖父様…!」
「…ゾークと違い、賢い男で助かった。そのまま抵抗しないでこちらに来てもらおうか」
   
ぞろぞろとデザイヤの後ろから王宮の警備をする兵士が槍を向けてファリスと硫化を捕縛しようとする。
それは同時に、ネクロと大牙もであった。
   
   
   
   
闇界がそんなことになってるとは知らずにまだ防衛戦は続いていた。
ゾークとダーツの激しい戦いはますますヒートアップして、誰も周りに近づけない。
ゾークの放つ闇のオーラを纏う砲弾をダーツの光の盾が塞ぎ、それからすぐに閃光を放つ。
ゾークはそれを交わして、ダーツに斬りかかるがダーツも早々に一撃を食らわせない。
   
「ゾーク!おかしいと思わないか!?お前は今、本当にお前であると言えるか!?」
「何を戯けた事を…!我は我だ!お前を殺したくてここまで来たのは我の意思だ!」
「ならば貴様の掲げた決意は何か答えられるか!」
「何ぃ…!そんなもの…お前を殺すため…」
   
「違う!!」
   
ダーツの剣がゾークごと押し返した。
そしてダーツはゾークに真っ直ぐな瞳を見せる。
そこには王としての威厳のオーラが見え、ゾークの耳に言葉が入り込んできた。
   
「お前の決意はユナの悲劇を繰り返さぬために、石を開放する事だったはずだ!私を殺すためではない!」
   
「…っ!?」
   
ユナの顔が浮かび上がるが、おかしいことに気がついた。
そう、ユナの顔が、思い出せないのだ。
   
「今、お前はユナの知るお前ではない!自分を取り戻すのだ!ゾーク!」
   
動揺した隙をつき、ダーツはゾークの懐に入り込んだら剣を捨ててゾークの心臓に手をつき入れた。
それは貫くことはなく、ゾークの心臓から何かを引き抜いたようにダーツの手が離れる。
   
「あぁぁぁっっ!!!」
   
「ゾーク様!!」
   
柘榴が叫ぶと同時に、柘榴の瞳にゾークが映った。
倒れそうになるゾークをダーツが支えると視界に紅が映った。
ダーツはハッ!としたが遅く、二人して紅の炎に包まれる。
   
「ゾーク様!!」
「天王様!!」
   
二人して上空から落ちていくので、瑪瑙は慌てて水の球体で二人の炎を消したらダーツの肩を支えた。
ダーツはゾークの腕をしっかりと握っていてゾークも激しい痛みを感じながら空を見上げた。
   
「く、紅…?何故…?」
   
「悪いな、俺の主の為だ。…全員闇界へ帰還しろ!」
   
紅が闇界の兵士にそう命じると、天使達から離れて闇界へと帰還しようとする。
琥珀がそれを止めようとしたら、紅が巨大な炎の壁を使い、二分した。
轟々と燃え盛り、誰も紅の側には近寄れず闇界の兵士達をまんまと逃がすことになってしまう。
   
「どういう事や!?お前の主はゾークちゃうんかい!!」
「俺の主はただ一人、デザイヤ様だけでな。どうだ?今ならゾークから寝返ってもいいぜ?」
   
歓迎するよ、と紅が柘榴たちに手を伸ばすが柘榴達はゾークの側にいる。
例え炎の壁がなくとも、そちらに寝返るつもりはない!と言いたげだ。
紅はふっと笑い、重傷を負うゾークにこう言い放った。
   
「闇界はデザイヤ様の手に堕ちた。あんたは結局、王の器ではなかったってことさ」
   
「紅……待て!紅!!」
   
ゾークが紅の名前を叫ぶが、その声は紅には届かず…視界は炎の壁で遮られた。
すぐにゾークは気を失い、柘榴たちがゾークを支える。
ダーツは「ゾークを王宮に迎え入れる」と瑪瑙に命じた。
柘榴はダーツを見返すと、ダーツは微笑む。
   
「私を信じよ、柘榴」
   
その言葉に、柘榴は瞳の色を揺らがせた。
はい、と小さく頷き戦いは一時休戦として王宮に帰還したのである。
ダーツは握りしめていた右手を開いた。
そこにはどす黒いオーラを放つ鎖と楔がある。
それを無言で握りつぶしたら、ダーツも天界の王宮に向かった。
   
   
続く