第51話



「ずっと感じていた違和感。それは、奴の気配が消えていない事だった…」
   
   
   
   
   
   
天界の王宮にある医療室ではゾークを助けようと瑪瑙と紅瑪が処置をしている。
全身を覆った火傷もそうだが、無理矢理に心臓から引き抜いた鎖と楔のせいで衰弱していた。
ダーツ達がまさか敵であるゾーク達を自ら王宮に招き入れた事には驚いたが、ゾークの容態を見て緊張が走った事を杏花は思い出す。
柘榴達は我が主であるゾークの身を案じたが、瑪瑙から「邪魔だからどっか行って」と追い出されてしまった。
命が関わると、医者として優先順位がハッキリとしてくるらしい。
心配する柘榴に琥珀は仏頂面で声をかけた。
   
「まぁ、なんや。一時休戦や。俺らも何がどうなっとるんかワケわからん。天王様に状況を教えてもらおうや」
「…そうですね。今は敵味方なんて言っていられません。とにかくお互いの持ちうる情報を交換しましょう」
「相変わらず、小難しい奴やな」
   
何かとつっかかる琥珀に瑠璃が「兄者、止めんかい」と頭にチョップを食らわせた。
琥珀は怒られてぶつくさ言いながら、柘榴達をダーツのいる玉座に案内する。
柘榴はこの王宮をよく知っているから案内は要らないが…ふと、こんな穏やかな空気だったかと思い返した。
美しい王宮であり、今でもそれは変わらないが何となくそれ以上に暖かな空気が肌に触れた気がする。
その隣では白銀が歩きながら、翡翠に問いかけた。
   
「ねぇ、紫水の石は?それから黒曜の石はどうしたのさ?」
「二人の石は天王様に献上した」
「はぁ!?じゃぁ、紫水と黒曜は天界のものになるってこと!?僕はそんなの許さないからね!」
「知るか!俺に聞くなよ!!天王様がどうするかは天王様しか解らねぇよ!」
「君が天王から奪い返してよ!」
「奪い返えせるか!!てか奪い返さねぇし!!」
   
ぎゃぁぎゃぁと言い合いする二人を宥めつつ、瑠璃が扉を開ける。
そこにはすでに碧海が状況報告のために先にダーツと話をしていた。
そして、ダーツの隣には杏花がいる。
柘榴は一歩前に出て、ダーツと杏花に頭を下げた。
   
「まずは、主であるゾーク様を助けていただきありがとうございます。天王様」
「ゾークの容態もそうだが、まだ礼を言われるには早すぎるだろう。座りなさい、これからの事を話そう」
   
その言葉に頷き、用意されていた長いテーブルを挟んで天界側と闇界側が向かい合うように座り上座にはダーツと杏花がいる。
睨み合う能力者達に杏花は「とりあえずここで争いはダメ」と釘を刺した。
最初に話したのはダーツだ…長い話になると前置きをして口を開く。
   
「ゾークの体内にあったものは先代の王であるデザイヤの能力を具現化したものだ。やつは時限爆弾のように人の心に宿した能力で自在に操る。思考や想いも…恐らくゾークが私を憎む心を増幅させ長い戦争を引き起こしていたのだろう。だが、ゾークの心が戦争を望んでいた事には変わりない。それを増加させ加速させたのだろう」
   
柘榴達が見えた闇色の鎖がそれなのだと理解した。
あれが長年に渡りゾークさえも知らない内にその身に潜んでいたのだろう。
そして、それは紅も同じことだと理解しても裏切りの場面は頭から離れなかった。
琥珀が「先代の王様、つまりデザイヤとは知り合いなんでっか?」とダーツに問いかける。
ダーツは「よく知っている」と頷いた。
   
「元々、私は奴と馬が合わなかったが戦争を仕掛けるような奴ではなかった。平和主義者でもない…掴みどころがないような…何を考えているのか理解出来ない男だった。だが、やつがあっさりとゾークに討たれたと聞き耳を疑った。それからずっと感じていた違和感…それは奴の気配が消えていない事だった。私は予感を抱えながらそれを確信に出来ずにこんな悲劇をまた繰り返してしまった…すまない」
   
ダーツはそう言って、柘榴達に謝ったのだ。
これには柘榴達も戸惑い言葉を探す。
天王が能力者に謝るなどあってはならないことなのだ。
だが、天王はそれをあっさりとしてしまう…その寛容さに我が主であるゾークを思い返した。
   
(そうだ…天王様もゾーク様のように偉そうに威張るような愚かな王では無かった…)
   
懐かしい、その言葉が似合うような自分の思考に柘榴はハッとして考えることを止める。
その隣に居る白銀が「で、結局どうするのさ!?」と答えを急かす。
翡翠が「お前、ちょっと黙れよ」と言うと白銀が「何だと!?もう一度言ってみろ!」と席から立ち上がった。
全く、氷使いのくせにやたら暑苦しい奴だと翡翠はうんざりしたような顔をした。
   
「…何にせよ、紅官長がゾーク様を裏切り今は闇界を先代に乗っ取られた形になりました。ゾーク様は生死を彷徨うような重体です。僕達の命運は尽きたも同然でしょう。石にするなりなんなりするといいですよ」
「はぁ!?なんやそれ!勝負せんと逃げるんか!?情けないやつやな!」
「兄者、ちょぉ落ち着けって…」
「貴殿方だって僕らの顔なんか一秒たりとも見たくはないでしょう?僕達もそれは同じことです。敵地で情けをかけられるなんて生き地獄ですよ」
   
自分を嘲り笑うように皮肉を話す柘榴に琥珀の中で何かがぶちギレた。
琥珀は席から立ちあがり「死にたいなら勝手に死んだらええわ!」と叫ぶ。
   
「俺らはお前らとは違うんや!お前の石なんか要らへん!川にでも投げ捨てたるわ!!」
「僕も貴殿と仲間になるなんて死んでも御免ですよ」
「兄者!もう止め…」
   
瑠璃が琥珀を止めようと肩を掴むが琥珀はギリッと歯を食い縛る。
空気は肌に刺さるほどの殺気でピリピリと痛いが誰も止めることは出来なかった。
仕方ないのかもしれない…長年の戦争が生んだ産物はお互いの【憎悪】なのだから。
   

「好きな女も助けんと諦めて自暴自棄になるような奴しか居らへんから内部崩壊なんぞするんやろうが!!!」

   
琥珀の言葉に柘榴も立ちあがり今すぐにでも殺すような目付きを向けた。
琥珀は「図星かいな」と皮肉を言う。
柘榴の心のなかに見えるのは誰よりも何よりも大事にしたい人の姿だった。
こんな男に見透かされるほど動揺している自分を本当は殺してやりたいのだ。
守ると言って、今すぐにでも起こりうる【最悪】と【悲劇】を止めることが出来ない自分を。
   
「待って!!もうやめて!!」
   
言葉を投げたのは杏花だった。
杏花もまた椅子から立ちあがり両手を机に押し付けている。
琥珀と柘榴が杏花を見て、杏花は「どっちもどっちだよ」と喧嘩両成敗を唱えた。
   
「今、私達がやることは争いでも皮肉の言い合いでもないはず。ゾークさんは絶対に助ける。それから闇界で危ない目にあってるはずのネクロちゃんも、全員だよ。だから皆で力を合わせて助けようよ!」
「…理想過ぎて、話になりませんね」
「理想を現実にする努力が今、必要だと思う」
   
杏花の言葉に柘榴は少し黙りこむ。
やはり、この人は苦手だと眉を潜めた…その苦手意識がどんなものから来るのかは解らないが琥珀も柘榴もそれ以上は何も言わないので杏花は「よし」と腰に手を当てた。
ふっと笑ったダーツは「今日はここまでにしよう」と息をつく。
   
「デザイヤも馬鹿ではない。それに闇界を乗っ取られたと言うがこちらにはまだ生きているゾークがいる。ゾークの実権はまだ失われていない今、奴がすぐにどうこう出来るはずはない。今は鋭気を養うべきだ。部屋をそれぞれ用意しよう。ゆっくり休みなさい」
「つまり、僕らとゾーク様の安全を保証すると言うのですか?」
「勿論だ。私はお前たちを必要としていない。私には私の仲間がいる」
   
ダーツが微笑み、琥珀達に目を向けると琥珀達は「照れますって、天王様!」と顔を緩ませた。
その言葉に棘を残したのは柘榴だ。
必要ない、その言葉が今の柘榴にどう響いたのかは本人しか解らない。
そんな柘榴を杏花は心配そうに見ていた。
   
   
   
   
夜になり、ゾークへの面会が許可されて眠るゾークに柘榴達は会いにいった。
白銀はゾークの手を握るとまだひんやりと冷たい気がする。
沢山の機械に繋がれて一命をとりとめているその姿は痛々しく、柘榴も白銀も見てはいられなかった。
本当に、何故こんな事が出来るのか苦悶する。
ゾークが紅を信頼していたように、紅もゾークを信頼していたと思っていた。
それさえも嘘なのか?それともそれはデザイヤのせいでネジ曲がったのか?
どれが真実で、嘘なのか…柘榴には判断出来なかった。
執刀医であり治療をした瑪瑙とその助手の紅瑪も側にいて経過を報告する。
   
「まぁ、こんな痛々しい姿だけど本人の魂自体には傷はないよ。そこはさすが王様だよね。不死に近いから次第に気がつくとは思うけど」
「…ゾーク様が目覚めて今の状況をどう思うのかが心配です。天王に助けられたなど屈辱でしょう」
「じゃぁ、口に布でも突っ込んどく?」
「あなた本当に医者なんですか?」
   
あはは、とハンカチを手に取る瑪瑙に柘榴は疑いの目を向けた。
冗談だよ、と言ったがそれはどうかは解らない。
   
「天王様は嘘をつかない人だよ。仮にも世界の王様だ。デザイヤが王族やその部下をすぐに殺せるわけはない。それにゾークを操り人形に出来ないなら孫を利用するに決まってる。良かったね、王子様は機転の利く賢い人で。きっと上手く立ち回ってるよ」
「はい、僕もそう思います。優しい人ですから…」
「君も休んだほうがいいよ。顔色悪すぎ。そうだ、中庭に行きなよ。ちょうど君と話したがってる人が星を眺めてるよ」
   
瑪瑙にそう言われ、柘榴は首を傾げたがさぁさぁと追い出されてしまった。
訳もわからず中庭へと向かう…道案内が要らないと言うのも柘榴にとっては皮肉のひとつだ。
見慣れた噴水のある綺麗な中庭に足を踏み入れると星を眺めているダーツが見えた。
そうか、そういうことかと理解した瞬間にダーツは柘榴に振り向きもせず「ゾークの顔を見て、安心したか?」と問いかけた。
柘榴は目を伏せて「まだ、なんとも…」と曖昧な返事をする。
   
「不用心ですね。敵側の者が居るのに護衛も居ないなんて」
「琥珀と瑠璃は護衛すると言ったが断ったよ。私はその心配はしていない」
「そうですか……変わりましたね、天王様」
「そうか?」
「はい。僕の知る…貴方ではない」
「…変わるものだ。時が全てを変えてしまう。良いことも悪いことも。王とて、それだけは変えられぬ」
   
ダーツは満天の星空を眺めながらそう話した。
柘榴はそのまま歩いてダーツの隣に座る。
   
「昔はあなたの隣なんて恐れ多くて……今でもそうかと思えばあっさり座れました。これも時のお陰でしょうか?」
「そうだな。それからお前の主が私ではないからだ。だが、ゾークはきっとそれを許すと思うぞ。お前がしないだけで、あいつは寛大に笑って許すだろう」
「ゾーク様を憎まないのですか?僕だけじゃない。貴方の部下を傷つけ、奪い、そして国さえも脅かした王を」
「憎まなかった、と言えば嘘になる。私も聖人君子ではない。奪い返してやろうかとも思ったこともあったが…杏花に出会ってその考えが消えたんだ。不思議だな。人を憎むより許した方がずっと心が軽くなる」
   
柘榴は俯いたままぼんやりと足元を見つめながら杏花のことを思い返した。
そうか、彼女が…誰にも成し遂げられなかった事をあっさりとしてしまったのか。
長年仕えた、自分さえも出来なかったことを。
そう思うとこの気持ちは嫉妬だったのかも知れない。
あんな小娘に、あっさりと世界を変える力を見せつけられた事に。
なんて小っぽけなんだと自分を自分で呆れてしまった。
そんな柘榴の不安定な心を見透かすようにダーツは言葉を向ける。
   
「柘榴。私に力を貸して欲しい。共に、ゾークを助けよう。そしてお前の愛する人も。お前を信頼する仲間達を。お前の居るべき世界を」
「僕の…世界…」
「そうだ。私から離れたお前が今日まで歩いてきた中で見つけたものを私と共に守ろう。私も守りたい、不甲斐ない過去の私が出来なかった事を今なら出来る気がする…」
   
「天王…様…僕、僕は…」
   
聞いてはいけない言葉かも知れない。
だけど、聞きたい。
貴方の口から。
   
「今の僕を、また必要としてくれますか?」
   
貴方の部下でもない、ただの柘榴を。
貴方の命令のままに動くことしかしなかった自分を…貴方は取り返しもせず見捨てたと思い込んでいた私怨を取り払ってくれますか?
   
「…お前だけじゃない、私は誰一人として忘れた事はなかった。もしもお前が私を許してくれるのなら、私は今度こそお前を助けたい……今度はお前の友となろう。きっと過去に知り得なかった私達が居るはずだ」
   
「天王様……!!ダーツ様!」
   
込み上げてきた気持ちが溢れて涙が自然と落ちてしまった。
その涙を見せたくなくて、思わず手で顔を塞ぐと落ちた肩に優しい手が置かれる。
それはまるで暖かな日の光りのような…全てを癒す光のようだった。
やっとその光に触れられた者と、やっとその光を届けられた者が寄り添うように同じ時を過ごしていった。
   
   
   
   
   
   
次の日、柘榴は綺麗に身支度を整えて天界の王宮を歩いていた。
その羽は純白のように真っ白で、王宮にいる誰もが天使だと疑わず柘榴に「おはようございます」と挨拶をする。
柘榴は「おはよう」と挨拶を返してふと空を見上げた。
これからどうするかは決まった…だがそれはきっとまだゾークには受け入れられないものだろうと心配する。
すると、後ろからバシーーンと背中を叩かれた。
   
「おっはよーーーさんっ!!!」
   
「っぐぅ…!!?いきなり何するんですか!!」
   
柘榴が振り向くと、背中を叩いたのは琥珀でその隣には瑠璃が居る。
いきなりのことに若干思考が遅れてポカンとする柘榴がそこにいた。
   
「なんや、昨日の湿気た顔からやけにお日様みたいな晴れ晴れしい顔になったやんけ。暑苦しくてしゃーないわ」
「あなたの能天気な顔面よりましですよ」
「はっ、弱虫毛虫は黙っとき」
「…僕は逃げませんから」
   
柘榴の言葉に琥珀はニヤリと笑った。
どうやら、柘榴の不安は吹っ切れたらしいと瑠璃も安堵するような表情を浮かべた。
   
「柘榴、一時休戦やない。もうこんな争い止めようや。王様が決めるんやなくて、俺らが動いて王様を変えよう」
「僕らにそんな事出来るのでしょうか?」
「出来る。俺らは人形やない。俺らは俺らやねん」
   
瑠璃の言葉と表情から、柘榴の知る闇界側についた瑠璃が消え去ったような気がした。
あれも彼の一部かもしれないが、これが瑠璃の歩いた道で見つけた答えなのかもしれない。
そう、誰が導いたわけでも教えたわけでもないのだ。
それは自分も見つけた答えなのだから。
   
「よろしくお願いします。琥珀さん、瑠璃さん。これまでの事、許してください」
「俺は最初から許しとんで」
「俺はまだ審議中や」
「兄者、ええ加減にせぇ。しつこいぞ」
「あ、大丈夫です。僕も審議中ですから」
「お前ら仲直りする気ないやろ!?」
   
あるわけない、みたいな顔してる二人に瑠璃は「似た者同士か!」と笑った。
そんな三人に翡翠と白銀が「居た居た!!」と走ってくる。
すっかり息が合ってきた二人だが、お互いそれを否定している。
翡翠も女と思っていないらしくアレルギーも出ていなかった。
   
「どうしました?白銀…」
「ゾーク様が目を覚ましたんだ!!でもやばい事になっててさ…!」
「ゾーク様が!?すぐに行きます!」
「俺らも行こうや!瑠璃!」
「せやな!」
   
柘榴達は廊下を走り、医務室に向かった。
開きっぱなしの扉から入ると、まだベッドに寝ているゾークが見える。
だが、目はバッチリ開いていて起き上がれないにしろ意識ははっきりしているようだ。
柘榴が「ゾーク様…」と呟くが、ゾークは目の前のダーツしか目に入っていない。
ダーツもまた寝ているゾークを見つめていた。
   
「ダーツ…!!貴様、我に何をした!!」
「治療をしただけだ。状況を説明するにはまだ時間がかかるな。また来よう」
「っ、待て!!ダーツ!!貴様どういうつもりだ!何故、我を殺さぬ!!」
「殺す理由もないだけだ。それからあまり興奮するな、傷に触るぞ」
   
ゾークの静止も聞かずに、ダーツは瑪瑙に「後は頼んだ」と医務室をあとにした。
柘榴達の横をダーツが通りすぎると、柘榴と白銀はすぐにゾークに駆け寄った。
   
「ゾーク様!!」
「…柘榴、白銀。状況を報告せよ」
「はい、ゾーク様」
   
「……紅は、我を裏切ったのか?」
   
ゾークの言葉に、柘榴は言葉を詰まらせて眉を潜めた。
ゾークはそれだけで充分らしく、目を閉じる。
そうか、とだけ呟いた。
   
   
   
廊下を歩くダーツに杏花が駆け寄る。
ゾークが目覚めた事を聞いたらしく、足は医務室に向かっていた。
ダーツさん、と杏花が声をかけるとダーツは少し寂しそうな顔をした。
   
「大丈夫だよ、ダーツさん。きっと解ってくれる。ゾークさんに時間をあげて」
「…そうだな。時間は沢山は無いけれど、話し合う時間くらいはあるだろう。杏花、君の力を信じている。君の好きなようにやってみなさい」
「私の力?」
「王でも石の能力者でもない、人間の君にしか出来ない事がある」
   
ダーツは杏花の髪を指ですくって、頬を撫でた。
そして、ダーツはそのまま玉座へと向かう。
杏花はその背中をただ見守るしかなかった。
   
   
続く