第52話
協定



今の闇界にある玉座に座っているのは、ゾークではなくデザイヤである。
どっかりと座り込み、威厳に満ちた瞳で遥か高みにある玉座から見下ろすのは血の繋がった孫であるファリスである。
ファリスは抵抗などしないのだが念のためにと手錠をかけられて兵士に剣を向けられていた。
まるで罪人のような扱いにファリスは眉を潜めて玉座に座るデザイヤを睨んだ。
   
「……ほぅ、やはりあれの息子だな。その睨み方はあいつの若い頃にそっくりだ。まぁ、子猫が毛を逆撫でている程度だったがな、ククッ……」
「これから僕たちを……いや、闇界をどうなさるおつもりですか?お祖父様」
「解らんか?これは完全なる統一である」
「統一……?」
   
デザイヤは指を鳴らして、側にいる紅に指示をだす。
紅の前には、原石をそのまま掘り出したような水晶の塊があった。
それは金色の台座に乗せられ、キラキラと光輝いている。
紅は錫杖に炎を灯すと、その水晶の塊に炎をかざす。
この水晶は石の能力者の原石が掘り出される神山から発掘される珍しいもので、能力者や王が力をそこに送り込むと本人の意思のまま様々な映像を反射して映し出す。
まるで、脳内にあるイメージを具現化するように。
現代で言うならば、ホログラム機能と言うものか。
そこに紅の炎を通して映し出されたのはこの世界の地図である。
天界、闇界、魔界、精霊界、そして中心には神山がある。
ファリスが何故こんなものを……と考えていたらデザイヤは「これこそが統一である」と言った。
   
「……まさか、あなたの目的は闇界だけでなく、全世界の統一だと言うのですか!?」
「そうとも。ここはその足掛かりに過ぎぬ。闇界、天界を支配した後は魔界、精霊界も儂の支配下になり完全なる統一がこの世界を救うのだ」
「救う……!?違います、これはただの侵略です!王達を闇に葬り、一人の王が全てを手に入れれば世界の均衡は崩れるでしょう!あなたがやることはただの破壊だ!!」
「ならば何故、こんな戦を永遠としているのだ?それは王が複数いるせいではないか?たった一人の王が全てを支配すれば、争いなどもなくなるだろう?」
「いいえ、王が何人いても戦争も平和も繰り返すんですよ。お祖父様。何故なら、王も道を誤るからです。その一人があなたではありませんか?先王、デザイヤ様」
   
ファリスの言葉にデザイヤの瞳の色が憤怒の色に変わる。
立ち上がり、その憤怒のオーラが衝撃波のように赤い戦慄になってファリスを襲った。
ファリスに剣を向けていた兵士はその刃にあっさりと切り刻まれ悲鳴をあげて息絶える。
ファリスは両腕で庇うも、複数の傷が血を見せた。
   
(なんて……力だ。もしかしたらこの力で本当に世界を滅ぼしてしまうかもしれない……!)
   
ファリスに恐怖が襲いかかる。
予想できる最悪の未来は動き始めているのだ。
頼りである父は瀕死になって天界でどんな状況かも解らないし周りは敵だらけ。
人質となった可愛い妹の命を考えればここで反抗するのは得策ではない。
ファリスはそのまま床に手をついて頭を下げた。
ん?とデザイヤもそのファリスの行動に口を曲げる。
   
「……出過ぎた真似を致しました。お祖父様。どうか怒りをお鎮めください」

「…………ふふ、賢い男だ。それでよい。儂に逆らうな。お前と妹は、ゾークにとどめを刺すまでの大事な人質。簡単には殺さんよ」

「……はい、お祖父様」
   
デザイヤはまた玉座に座り直して兵士が注いだワインに口をつける。
ファリスは頭を下げて表情を見られないようにして、その間に頭のなかでは様々な対策を立てていた。
デザイヤの弱点でもあった王妃はもういない。
ならばどうやってデザイヤを倒せるか。
何か、方法はあるはずだ。
自分も知らない、王だけが知りうる事に今は賭けるしかない。
   
(父上……!どうかご無事で……!そして僕たちを導いてください!せめて、ネクロフィーネだけは……!)
   
力としては非力な妹が真っ先に殺されるかもしれない。
そんなこと兄として許すわけにはいかない。
どうにか自分が妹の盾にならなければ……それだけを考えていた。
その頃、ネクロは兵士に監視され、大牙とともに部屋に軟禁されている。
食事は王族の娘として充分なものだが、息が詰まって食欲もない。
大牙はがつがつ食べているが、ネクロはため息しか出ない。
お嬢様のお世話として、メイドである硫化が側にいてネクロの食欲の無さに心配した。
   
「あの、お嬢様……食べないと……」
「食欲がないわ。あるわけないじゃない。お父様もどうなったか解らないし、部屋から出てはいけないし……柘榴だっていないし……」
「……お嬢様……」
「だけど食えるうちに食っとかないといざという時に動けねぇじゃん?」
「あんたみたいに図太くないの。食べていいわよ、大牙」
「お前が食えよ。肉は正義だぞ」
「獣ね、馬鹿虎」
   
ふん、とネクロが嫌みを言うと大牙は「この我が儘王女が!」と言い返した。
硫化はオロオロと二人の間を行き来した。
   
「硫化もお兄様が心配でしょ?ごめんなさいね、あたしのお世話させちゃって……でも嫌なのよ。あんな男の手先を部屋に入れたくないの」
「はい、お嬢様。解っております。……ファリス様ならきっと大丈夫ですよ!ファリス様は賢いお方です。きっと上手く立ち回って、反撃のチャンスを待っておいでです!」
「おい、硫化。一応、俺達人質なんだからそれ言ったらまずくねぇか?」
「あっ!やだ!……すみません」
   
ちらりと監視の兵士を見るが、兵士はピクリともしない。
ただ、全身が鎧に覆われているのでどんな顔をしているのかも解らないのだが。
ネクロは兵士をじっと見て、変ね、と呟いた。
実は、この兵士たち、話している所も話しかけてきた事もない。
普通なら、黙れとか喋るなとか言わない?と首を傾げた。
ネクロは椅子から立ち上がり、兵士の前に立つ。
   
「あっ!ちょ、お嬢様!!」
「おい、ネクロ!!」
「……やっぱり変だわ。ちょっと、なんか言いなさいよ!」
   
慌てて硫化と大牙もネクロを止めようとするが、ネクロは兵士に指を指して言い放つ。
だが、兵士はなにもしない。
まさか、これってハリボテ?とネクロは兵士の鎧の兜に触れる。
すると、目元を覆う鉄の格子からいきなり現れたいくつもの小さな目玉に三人が悲鳴をあげた。
目の前のネクロは顔を真っ青にして「ひっ!!」と口元を歪ませる。
   
「やだ!なにこいつ!なんなの!?」
「お嬢様!危ないです!」
「おい!ネクロ!まじやべぇって!離れろ!」
   
ガタガタと兵士の中身が暴れるように鎧が震える。
鎧の継ぎ目や小さな隙間からまるで影のような闇のようなものが零れていた。
ネクロは兵士から離れて、硫化の後ろに。
大牙も虎の姿になって、威嚇の声をあげた。
しばらくすると、鎧の兵士は何事もなかったように静まり返る。
三人はホッと息をついた。
   
「な、なんなのよ……中身は闇界の兵士じゃないわ!兵士はどこにいったの!?」
「気持ち悪いです……あれ、何なんですか?まるで闇そのものみたい」
「……多分、あれは亡霊の類いだぜ。妙だな。あれは夜に洞窟とか墓場にしかさ迷えないはず…………そうか!兵士に取り憑かせていやがるんだ!!きっと王宮に残った兵士も、他の兵士も知らない内に亡霊に体を乗っ取られちまったんだぜ!」
「えぇ!!?じゃぁ、兵士は死んだの!?」
「取り憑かれてるんなら、亡霊が体から出ていけば元に戻るだろうが……完全に同化しちまったら元には戻れねぇよ」
「そんな……酷い……」
「くそっ!!こんな時にゾークはなにしてんだよ!さっさと奪い返しに来いよな!馬鹿王!」
「ちょっと、言い過ぎよ!大牙!お父様は生死も解らないんだから!」
「あ、悪い。でもなんとなく、あいつは生きてると思うんだよな。だから大丈夫だ!!」
「大牙……あなたのその自信は一体何処から来るのよ……」
   
はぁ、とネクロと硫化はため息をつくが大牙は「いや、マジだって!」とあたふたと説得しようとする。
こんな当てずっぽの言葉すら、今は信じたいほどの窮地なのは変えようのない事実である。
ネクロは椅子に座り、気味の悪い兵士にますます食欲を無くした。
   
(柘榴……あなたもきっと無事よね。皆、きっと戻ってくるわよね?天界には杏花も居るんだし……大丈夫よね?)
   
ぎゅっと両手を握りしめ、お祈りをするネクロに大牙も硫化も同じ気持ちだと目を合わせて頷いた。
   
   
   
   
その頃、ゾークはダーツと会議を行っていた。
もう歩けるまで回復したのだがまだまだ安静が必要である。
だが、ゾークはダーツに弱いところを見られたくない!と車イスから無理矢理立ち上がり、わざわざ椅子に座る。
途中で関節が悲鳴をあげて石のように角ばった表情になったが「問題ない!」と言い張った。
このプライドの高さには杏花もびっくりして呆れてしまう。
   
そして会議が行われるのは今日で三回目。
わざと琥珀が面白がって瑠璃と翡翠と使うプロレス用のゴングを鳴らした。
カーーン!と良い音が会議室に響き渡り、今日もダーツとゾークの水掛け論が木霊する。
話し合いは平行線のまま……ちっとも進まないのだ。
   
「いい加減にしろ、ゾーク。今の状況で私と争っている場合ではない。ここは我らが協定を結び、デザイヤの野望を阻止しなければ……」
「貴様の力など借りなくても、我らでデザイヤを討つ。早く石にされた我の部下を返せ!」
「今、返しても無理にでも蘇生させるつもりか?座っているのさえ苦しいくせに強がるな」
「貴様に弱味を握られるくらいなら死んだ方がましだ」
「…………包帯、血が滲んでるぞ」
「ちょっと肋骨が何本かイッただけだ。問題ない!紫水達のためなら肋骨の一本や二本くれてやる!!」
「…………貴様の肋骨など、要らぬ」
   
こんなやり取りがダーツとゾークの間で行われており、王としてどちらにも屈する訳にはいかない姿勢を取っている。
碧海はため息をつき、柘榴は横でニヤニヤする琥珀を眺めた。
瑠璃と琥珀を間に挟み、目と目で会話する。
瑠璃も柘榴もこんな茶番さっさと終わらせて、にやけ面の真ん中の馬鹿をどつき倒そうと頷いた。
   
「ゾーク様、お止めください。今はこのような言い争いをしている場合ではありません!王宮には残されたファリス様、ネクロお嬢様たちが……」
「柘榴!お前までダーツの味方をするのか!?まさかダーツに石にされたのではあるまいな!!」
「違います、ちゃんと僕はゾーク様の忠実なる部下です。今、天王と対峙しても意味はないかと。まずは王宮と玉座の奪還を……」
「王宮も玉座も我の手中にある。安心せよ」
「どういう事ですか?」
「我が王である王権を放棄していないからだ。放棄していなければ、誰があの玉座に座ろうが闇界の王とは認められぬ。妻であるユナがいない我、あのクソジジイ……どちらも決め手となるものがないのが幸いしたということだ」 
   
王権とは、王宮と玉座を守るためにある王が王である為の権力のひとつである。
それを代々受け継いだものが王となり、例え王が玉座を離れ、王宮に居なくとも変わりはしない。
他の者が玉座に座り、王のように命令してもそれは無効になるのだ。
つまり、まだゾークは闇界の王でありデザイヤは王ではない反逆者の地位にある。
ゾークもまた、妻をなくしているため決定的なとどめをさせないことをデザイヤも憎々しく思っているだろう。
ふん、とそれをゾークは鼻で笑った。
   
「だから体勢を立て直せば反逆者くらい我がどうにかする。ダーツ、貴様の出番はない。引っ込んでいろ!」

「そういう訳にはいかない。デザイヤを甘く見るな。あれは狡猾な男だ。こちらも奴の一手先を読み、作戦を練らねば勝機はない」

「ほざけ!!我と闇界に口を出すな!!」
「聞け!ゾーク!奴の狙いはもはや闇界だけではない!!」
   
ダーツも声を荒くして、ゾークの言葉を遮った。
ゾークも初耳で、目を見開く。
黙ったゾークに追い討ちをかけるようにダーツはかつてのデザイヤを思い出した。
   
「奴はかつての世界会議で問題発言をしている。それは世界の完全なる統一だ。つまりは、自分一人が世界の王となり四つの世界を統べると言い出した」
「そんな馬鹿な話があるか!!出来るわけない!!何のための均衡だ!神山が黙ってはいないぞ!」
「恐ろしいことに、その神山ですら奴は手中に治めようとしている……!これはもはや貴様だけの問題でも、天界との戦争の規模ではない。文字通り全ての世界が混沌と争いに巻き込まれる【世界戦争】の引き金になるのだ」
   
杏花だけはいまいちピンと来ないが、全員が……あのダーツとゾークでさえ顔色を変えたのだからよっぽどの事だろう。
杏花は小さな声で、隣に座っていた碧海に話しかけた。
   
「……世界戦争って……天界と闇界も世界戦争じゃないの?」
「杏花様は知らないんですよね。無理もありません。我々も書物でしか見たことはなく、子供の頃は伝説のようなものだと思っていました。世界戦争とは、全ての世界が争う地獄のような戦いです。一度始めればそこに終わりはなく……やがては人間界にも影響が出ます」
「人間界にも……!?」
「この世界に包まれた憎悪が人間界にも染み渡り、あちらでもこちらでも終わりなき戦争が始まるのです。デザイヤはその混沌を望んでいる……全てを闇に、全てを灰にしてしまうつもりでしょう」
「そんな……!!止めなきゃ!ダーツさん!ゾークさん!いい加減意地を張るのは止めてよ!今ならまだ間に合うんでしょ?力を合わせて、戦わなきゃ!」
   
杏花が立ち上がり、ダーツとゾークにそう訴えた。
ダーツは元からそのつもりで、ゾークも事態を理解したがまだ歯を食い縛り葛藤している。
   
「ゾークさん!」
「黙れ!小娘が余計な口を叩くな!その口を閉じておけ!」
「なっ……!?もう!!分からず屋!」
   
杏花も言葉をあれこれ探したが最後に出たのは同じレベルの幼稚なもので自分自身にがっかりしてしまう。
柘榴はちらりと琥珀を見て、そろそろそのにやけ面やめてください、と呟いた。
   
「何なんですか、あなたさっきから……危機感無さすぎで僕の方が頭が痛いですよ」
「んー、なんやおもろいなぁって。ま、そっちの王様も大声出すまで元気になったやん?」
「兄者、悪ふざけしすぎやで?何やねん、そのゴング。家からわざわざ持ってきたんかいな」
「これや!思てな(笑)」
「ふざけすぎです、死んでください」
「痛烈やんけ、ははは!」
   
こんなときまで琥珀は琥珀のままでゴングを鳴らした。
はいこれで終了!杏花様の勝ち!なんて言うもんだからゾークが「あぁ!?」と噛みついてきた。
何がなんでも八つ当りしたいゾークを瑪瑙は持ってきた医療ベッドにくくりつけて強制入院させる。
遠くに行くゾークの叫び声はやがて完全に聞こえなくなっていった。
   
   
   
   
   
   
杏花はとにかく最初にすべきことは、ゾークさんの説得しかない!と思い立ち夜の面会にとやって来る。
ベッドで不機嫌そうに座るゾークが「なんだ、小娘」と言ってきた。
杏花は「名前は杏花よ」と言うもゾークの態度は相変わらずである。
側にいた柘榴は水が飲みたいと言ったゾークのためにキッチンへと向かっていた。
だから病室にはゾークと杏花の二人きりである。
杏花は椅子に腰かけて、ねぇ、と話しかけた。
   
「ゾークさん、ネクロちゃん無事か解る?」
「クソジジイの目論みくらい解る。ファリスとネクロは我よりも御しやすいだろうな。だから我を殺して自分が玉座に座り、いいようにファリスとネクロを盾にする気だ。王子と王女がいれば反逆者と成り下がった祖父が後見人になる事も周囲を納得させる事だろうな」
「え!?でも戦争が起きたら関係ないんじゃ……」
「ふん、だから貴様は小娘なのだ。一日そこらで世界戦争が始まるなら我と天王は何回戦争出来ただろう。いいか?大人の世界の戦争は子供の喧嘩ではない。大義名分というものが必要なのだ。特に王は寿命がない。ゆっくりと時間をかけて確実な時を待って戦争の引き金を引く。……明日明後日の話でなくても、いつか起こりうる絶対ならどちらも同じことだろうがな」
「じゃぁ、やっぱりそんな未来が絶対来ちゃダメなんだよ!どうして協力しないの?ダーツさんも皆も同じ気持ちだよ。戦争を止めさせたい、デザイヤの野望を食い止めたいんだよ。なんで……」
「……そんな簡単なものなら、永い時間をかけて天王と争ってなどいない。簡単ではないのだ。簡単な事ではないこの感情を貴様らはたった数日で丸く納めろと?それこそ奇弁だ。貴様らの善意は我にとってはただの偽善にしか見えん」
「そんなことないよ。偽善でも善意でもない。私達がやらなきゃ誰がするの?」

「貴様には関係ない事だろう?人間の貴様には…………いや、天使でも人間でもない貴様はどちらもないな。お前こそ、我をどうこうする前に己を知れ」

   
ゾークの言葉は杏花の胸に突き刺さる。
それをたまたま聞いてしまった柘榴は、思わずトレイの水を溢しそうになった。
部屋に入ろうとした瞬間、後ろから肩をダーツに叩かれて止まる。
天王様、と言う前にダーツが唇に指を当てて「しっ」と静めた。
柘榴とダーツは、ゾークと杏花を見つめている。
   
「……なんなの……王様って、どいつもこいつも……もぅ、自分のことばっかり……」
「なんだ、小娘。文句があるなら言ってみろ」
   
じろりと睨むゾークだが、その次の瞬間には目をぱちくりとさせた。
小娘からどす黒いオーラが放たれていたのだ。
怒っている、それはもう空気から振動するように。
ゾークはいきなりのことに目を丸くすると、予想していたものとは違うことに驚いた。
どうせ小娘だから泣いて、ダーツにでもすがり付くんだろう。
所詮はその程度だ、と鼻で笑ってやろうと思ったのに……今の杏花はそれとは真逆のものになっていた。
   
「いーーーーから!!いつまでも駄々こねてないで協力しなさい!!仲直りはその後でもいいでしょ!?今はそんなことしてる場合じゃないの!意地の張り合いで私の友達のネクロちゃんは怖い思いをしてるなんて許せないの!!馬鹿!ばかばかばかーーーー!!!!」
「な、なっ……!!?ば、馬鹿!?この闇界の王である我に馬鹿だと!?小娘が!!」
「あなたの気持ちの整理なんてこれが終わってからゆっくりじっくりすればいいじゃない!!一体、いつ、誰が、さっさとダーツさんを許して和解しろって言った!?それはそれで今はやるべきことをやれって意味でしょ!?こんなの子供でも解るわ!!私からしたら今のダーツさんとゾークさんの会話こそ子供の喧嘩よ!!」
「貴様っ……言わせておけばぁぁ……!!」
   
ゾークも青筋を立てて、こめかみをひくつかせる。
……が、また次の瞬間ゾークがまた固まった。
それは、今度は杏花が泣き出したのだ。
ポロポロと大粒の涙を流している。
ギョッとするゾークは「お、おい……」と情けない声を出した。
   
「……も、本当にやだ……こっちが知りたいわよ……私だって、私のこと……でも今はなにより皆を助けて止めなきゃいけないの。でも、でも私じゃ何にも出来ないの……!力もないし、王様でもないんだから……!だから王様であるゾークさんやダーツさんが必要なの!!」
「な、な、泣くな!泣くなったら!ちょ、まて!ティッシュ!ほら!」
「ううぅっ、ふぇっ、えっぐ。んぐ……」
「………………とりあえず、落ち着け。我、怪我人だし……余計な心配をかけさせるな」
「どっちがよぉっ……!とにかく、本当にちゃんとダーツさんと話して……!お願いだから、しっかりしてよ、王様でしょ?」
「………………おぅ」
   
王様でしょ?の一言が痛烈にきたらしく、ゾークは小さな返事しか出来なかった。
完璧にペースを崩されていたら、はっとして柘榴とダーツの気配に気づく。
杏花は気付かず、差し出されたティッシュで鼻をかんだ。
気付かれたダーツと柘榴は、ひょこっと出てきて前へと歩み寄った。
   
「貴様ら!いつからそこにいた!!」
「えーと、まぁ、はい。ゾーク様、女の子泣かせたらいけませんよ?」
「うるさい!我のせいじゃない!こいつが勝手に泣いたんだ!」
「人の妻を泣かせて、情けないことを言うなゾークよ」
「まだ妻じゃないだろ!貴様もいつから見ていた!助けろ!我を!」
「何故、私がお前を助けるんだ?」
   
首を傾げるダーツに、ゾークは歯を食い縛った。
やっと落ち着いた杏花に、柘榴は水を差し出す。
あ、それ我の……と言う前に杏花がゴクゴクと飲み干してしまった。
   
「……ごめんなさい、取り乱しちゃって。恥ずかしい……」
「取り乱す君も可愛いな」
「黙れ、ロリコン王が。……はぁ、もうなんだかなぁ……」
   
がりがりと頭をかいて、少しだけ雰囲気が和らいだゾークは胡座をかいていた自分の爪先を見つめる。
ぼんやりと見ている視界に意味はなく、ただ頭だけは妙にすっきりしていた。
理解したと言うか、腹をくくったと言うか。
なんとなく、緊張の糸が途切れて意地になっていた気持ちがどうでもよくなったのだ。
本当に、なにをしているんだか……と自分を見つめ直して笑ってしまう。
   
「王様なら、しっかりしろか……確かにな。馬鹿馬鹿しい……貴様との決着はまだ先にしておいてやる」
「ゾークさん……」
「勘違いするな、小娘。貴様に言われたからではない。憎しみはまだある。だが、それは後回しだ。まずはデザイヤを討つ。そして闇界と捕らわれた我の子供達を取り返すのだ」
「ゾーク様……!では天王様と和解を!?」
「一時休戦なだけだがな。ダーツ、明日はまともな会議を期待しておくぞ」
   
ゾークがそう言うと、ダーツは驚きつつも微笑んだ。
   
「ありがとう、ゾーク」
   
その言葉に、今度はゾークが驚き目を見開く。
ふん、と顔を背け、ベッドのなかに潜ってしまった。
ダーツはそれを見て、なにも言わずに立ち去っていく。
杏花は柘榴に「お水、ありがとうございました」とお礼を言って、おやすみなさいと声をかけた。
その言葉にはっとしたゾークはまた起き上がり、柘榴を見つめる。
   
「我の水はどうした?柘榴よ」
「…………新しい水をもって参ります」
   
柘榴は足早に病室から出ていった。
ゾークは「なんだかあいつも変わってきたな……」と呟く。
変わっていく……あの小娘がいると調子が狂う。
変わっていくことが恐ろしかったが、今はそれをすんなり受け入れているのだ。
認めたくないが、あれが周囲に与える影響力というものだろう。
   
「他者を変える力か。そんなもの、ダーツの能力になかったはずだが……?」
   
不思議に思いつつも、ゾークはベッドに背中を預ける。
今夜は昨日より、マシな夜を迎えられそうである。
そしていつの間にか、深い眠りへと落ちていった……。
   
   
続く