第53話
策略



次の日、なにも知らない琥珀達は昨日の今日で何があったのかと言いたげに己の目を疑った。
睨み合うことはあるものの殺気はなく、ゾークは落ち着いている。
ダーツも心なしか嬉しそうで、昨日は手をつけなかった紅茶を飲んでリラックスしていた。
琥珀は今日も家からゴングを持ってきたがこれは使えそうにないなぁと苦笑した。
   
「碧海、会議をしよう。どうした?」
「はっ……!?あ、いえ、失礼致しました!では、会議を始めましょう!」
   
はっと我に返った碧海が慌ただしく立ちあがり開会を宣言する。
やっと王様同士の話し合いになり、碧海はある封筒を法律書の中から取り出した。
それは間違いなく、闇界からの手紙である。
真っ黒な便箋に赤い縁、それから闇界王族の刻印が印されている。
   
「読み上げます。【天界の王、ダーツよ。すぐに闇界の王、ゾークを差し出すべし。さもなくば、闇界の全勢力をもって、天界を討ち滅ぼす】……と記してあります。これは今朝早くに俺のもとに届けられました。相手はゾークの命を狙っているのは明らかです」
「だろうな。我が死ねば玉座は空だ。そこにファリスを据えていいように扱う魂胆だろう……ダーツ、策があるのか?」
「あぁ、私もデザイヤを倒すと決めている。まずはその提案は却下だ。ゾークは闇界に引き渡さぬ」

「では……どうしましょうか。ゾーク様を渡さないとなると残りの人質は、大牙と朧さんと硫花さんですね」

   
柘榴は紙にさらさらと王宮の絵を描いて、そこに名前を記した。
ファリスとネクロは王族として最後の切り札となり一応は安全だろう。
ただし、ゾークの手により再生した石の能力者はどうしてもデザイヤには反抗的だ。
殺されてもおかしくはないが、ファリスが機転をきかせてなんとか殺されてはいないと仮定する。
残りの能力者である梅花は闇界と天界の境界線にある診療所にいるはずだ。
   
「……梅花さんと連絡を取り、スパイになってもらえないでしょうか……」
   
ポツリと柘榴がそう言うが、それに真っ先に反応したのは瑪瑙である。
咄嗟に、と言うように自身も気づかぬ内に椅子から立ち上がってそれを否定した。
   
「駄目だ!!梅ちゃんだけは……!」
   
そう言った後に瑪瑙は我に返った。
皆の視線が集まり、少しだけ動揺した瑪瑙は「あ……」と言葉を詰まらせた。
   
「危険すぎるよ。それよりも保護しよう。僕の研究所にある地下に秘密の抜け道があるんだ。そこに梅ちゃんの診療所と繋がってる。そこから助けに行こう」
「秘密の抜け道?……使えそうですね。そこから闇界へも侵入できるかもしれません……」
「僕、すぐに梅ちゃんを連れてくるよ!!」
   
今すぐにでも行きそうな瑪瑙に、琥珀が「待てや!」と声をかけた。
瑪瑙が振り返ると、琥珀は瑠璃の肩を掴んで笑顔を見せる。
   
「一人で行ったら危ないやろ?瑪瑙さん!俺らがきっちり護衛したるから三人で行こうや!」
「そうやで、瑪瑙さん。もしかしたらデザイヤの手先が周りを囲んどるかも知れん。俺らも戦います」
「ありがとう……天王様、梅ちゃんを助けに行ってもいいですか?」
   
瑪瑙がダーツにそう言うと、ダーツは頷いて「手遅れになる前に、行きなさい」と言った。
はい!と三人はそのまま翼を広げて瑪瑙の診療所に向かう。
紅瑪が「兄さん!気を付けてね!」と背中に声をかけると、瑪瑙は手を振った。
それでも心配な紅瑪に翡翠は「琥珀と瑠璃もいるから大丈夫だ」と声をかける。
   
「それから、ゾーク。これはお前に返そう。まだ石から再生させる力は戻っていないだろうが……今のお前なら返しても大丈夫だろうな」
   
ダーツは丁寧に箱に入った紫水の石と黒曜の石を渡した。
ゾークはそれをしっかりと受け取り、おかえり……と心のなかで呟く。
大事そうに掌で包み込むゾークを見て、ダーツも隣にいる杏花も嬉しそうな顔をした。
   
「ゾークよ。ユナの石はどうした?デザイヤに利用されたら……」

「心配するな、ダーツよ。ユナの石と大理の石はそれぞれ朧と砂良に渡してある。朧がユナの石を。大理の石は砂良が持っている。……二人には何かあればすぐに王宮から逃げろと言っている。捕まっていないといいのだが……」

   
心配そうにするゾークに、ダーツも表情を曇らせた。
頼りはファリスの機転と、彼女らの国外脱出である。
梅花と共に、なんとかこの困難を切り抜けてほしい……そう願うばかりである。
   
   
   
   
瑪瑙の研究所に降り立った琥珀達は、地下へと向かう。
瑪瑙しか持っていない鍵で、棚の裏にある重苦しい隠し扉を開いた。
地下に続く階段を下りたら、鉱山の洞窟のような手掘りの抜け道を歩いていく。
   
「なんやこれ?まさか瑪瑙さんが掘ったんかいな?」
「そうなんだよ。梅ちゃんがいつも入れてくれないからこっそり入って寝顔くらい拝ませてもらおうと何年もかけて掘ったんだ。つまりね、ここは僕と梅ちゃんの愛のトンネルなんだよ!!」
「…………ストーカーが掘った執念のトンネルやろ、こんなもん」
「せめて努力の結晶とか言ってくれないかな!瑠璃くん!!」
   
呆れる瑠璃だが琥珀は「おもろいやんけ!」と笑って済ませる。
あぁ、そうだ……兄者もストーカーみたいに執念深い男だった、と瑠璃は遠い目をした。
明かりのランプを持つ瑪瑙が先頭を歩いているのだが、遠くからも明かりが揺れている。
このトンネルに明かりをつけた覚えはない。
つまりは、誰かが明かりを持って進んでいるということになる。
   
「誰や……!?デザイヤの手先か!?」
「そんな……梅ちゃんが……!?」
   
瑪瑙の頭に最悪な事態が過る。
すると、その声に対して返事が返ってきた。
それは紛れもなく、梅花の声である。
   
「瑪瑙……?瑪瑙なのか!?」
「梅ちゃん!!」
   
段々と近づく明かりでお互いの顔がはっきりと確認できた。
梅花と、砂良がいて砂良は怪我をしているのか梅花に肩を貸してもらっていた。
どうしたんだい!?と瑪瑙は砂良の怪我を見る。
どうやら梅花に応急措置はされているようだ。
   
「すぐに王宮で保護してくれ。それからゾーク様は!?他の者達は無事か!?天界は味方になったのか!?」
「落ち着いて、梅ちゃん。大丈夫。僕らは味方だしゾークも無事だよ。他の皆もね。王宮で砂良ちゃんを看ないと……そうだ、他の能力者は?まだ王宮に居たよね?」
「……朧とははぐれてしまった。ユナ様の石も、朧と一緒に行方がわからなくなったんだ」
   
梅花の申し訳なさそうな言葉に瑪瑙達は目を見開く。
だが、とにかく今は体力を消耗している砂良の治療が先である。
琥珀がおんぶして、瑪瑙達は来た道を戻って研究所から王宮へ急いで飛んだ。
   
   
   
   
   
   
同時刻、闇界の王宮では紅が衣服を泥水まみれにして帰ってきた。
闇界の森では突然の雨が降り、視界が悪くなった。
王宮から逃げ出した朧と砂良を追いかけた紅と兵士たちはやがて王宮へと帰還する。
紅はそのまま玉座のデザイヤに膝を折り、頭を下げた。
   
「……申し訳ありません。朧と砂良を見失いました」
「……石はどうした?奴らが持っていたはずだが?」

「解りません。ただ、朧だけは確実に仕留めたと思います。朧がユナ王妃の石を持っていました。そして崖から落ち、奈落の谷へと……生きてはいません」

「ふふ……そうか。ユナ王妃の石を谷へと葬っただけでもよしとしよう。だがこの事は露見されぬようにな。ユナ王妃の石は儂の手の中だと天界に知らせろ」
「はい、デザイヤ様」
「下がれ、紅」
「はっ」
   
紅はそのまま王の間を離れた。
自室に戻り、服を着替えてついでに冷えた体を熱いシャワーで温める。
血のように紅い、紅の髪がしっとりと濡れていく。
瞳を閉じた紅は、さっきの記憶を鮮明に思い出した。
王宮から逃げ出した朧と砂良はきっと梅花の元へ向かうはずだと兵士と共に追いかけた。
だが、朧は自分が囮になり砂良を追っ手の目から逃れさせた。
   
【無駄な事をするなよ、朧。一緒にデザイヤ様に忠誠を誓わねぇか?同期のよしみで俺が推薦してやるよ】
   
雨の中、崖まで追い詰められた朧に紅はそう言った。
そして紅は朧に手を伸ばす。
   
俺の手を取れ、朧。
   
そう言ったが、二人の間には豪雨と雷鳴しか轟かない。
まるでそれらが二人を引き離しているかのように。
しばらくして、朧はやっと答えを出した。
雨で濡れた頬に伝うのは、涙だったかもしれない。
   
【私の主はゾーク様だ。死ぬまでお前を許さないからな】
   
まるで呪いのような言葉を吐いて、朧はユナの石を抱き締めたまま崖から飛び降りた。
ゆっくりと後ろに倒れるように消えていき、手を伸ばすが朧と紅の間に突然の雷が落ちる。
稲光に目を眩まされ、一瞬だけ目を閉じたその刹那に朧の姿は奈落の谷へと消えていった。
   
「……朧……」
   
まるで幻のように消えたようで……とても恐ろしくなった。
許さないでいい、許さないでくれ。
そんな呪縛さえも甘いほど切ない。
何故だろう?もうそれが何故こんなに甘美なのかも忘れてしまった。
自分は、何なのだろう?
   
紅は閉じた瞳のまま永遠の闇の中へ……身を委ねた。
   
   
   
   
   
   
天界では梅花と砂良が保護され、砂良が持っていた大理の石はゾークの手に返ってきた。
だが、砂良も激しく衰弱し砂金が側で看病をしている。
梅花は今の闇界の状況をダーツとゾークに話した。
どうやら、闇界の民のほとんどがデザイヤの操る【亡霊】に取り付かれてデザイヤの良いなりになり、各地の領主たちも怯えてデザイヤに従っているらしい。
そんな中、朧と砂良はファリスからの指示で石を持ったまま王宮から脱出。
元からゾークに万が一があった時は朧と砂良を保護しろと言われていたので二人と落ち合う予定が来たのは砂良だけだったらしい。
   
「そんな……!朧とユナの石が……二人はまさか捕まったのだろうか……」
「それは解りません、ゾーク様。申し訳ありません、私がついていながら……」
「……いや、良い。お前はよくやった。梅花。とにかく砂良と大理は無事だ。王宮にいるのはファリスとネクロと大牙と硫花か……」
「あの四人は心配要らないでしょう。とにかく、今はゾーク様や他の皆が無事で安心いたしました」
   
ほっとする梅花に、ゾークは「我もだ」と頷いた。
今はとにかくデザイヤから王宮を取り戻し、倒すことを考えようと話す。
だが、それでも心は休まらない……朧とユナの石が行方知らずなど心が休まる訳がない。
   
   
   
   
その夜、ゾークは一人で王宮の中庭にいた。
天界の王宮に入るのは、柘榴を奪った時や式典を襲撃した時くらいだろう。
あの時は目の前の目的しか見えてなくて王宮などじっくりと見ていなかったが、自宮とは違う建物であり風景にゾークは何を思ったのだろうか。
そこへ、ダーツが一人で歩み寄る。
ゾークはダーツの気配を読み取り、先に振り返った。
だが、話をしたのはダーツが先だ。
   
「砂良が意識を取り戻したら、どこで朧とはぐれたのか話してもらおう。ユナの石がきっと彼女を守ってくれるだろう」
「……ユナの事をよく知っているような口ぶりも今の我にとって腹正しいことだ。いつもならその口を引き裂いてやりたいと思うだろうに……何故だろうな、そうは思わん」
「こんなことを今のお前に話すのはどうかと思ったが……ずっと話したかった。あの時、私はユナを保護したかった。そして人知れずここから逃がそうとした。……私はいつも言葉が足らない」
「……言葉が足りない王様と、目の前しか見えない王様か。あの小娘が泣き言を言うのも無理はないな」
「ゾーク……私はお前のこと、嫌いじゃない」
   
いきなりのダーツの言葉に、目をぱちくりとするゾークは「……我の聞き間違いか?」ともう一度問いただすと、ダーツは真顔で同じ台詞を話した。
だからゾークも呆れたような顔をする。
   
「嫌いじゃないってなんだ!好きか嫌いかハッキリしろ!」
「解った。好きか嫌いかと言われたら、好きな時と嫌いな時がある。だから嫌いじゃない」
「それつまり普通だろ!!我はお前の妙な天然ぶりが嫌いだ!!」
「私はお前のばか正直が羨ましい。威厳がないから部下にも慕われる。親しみやすい王で妬ましい」
「もはやそれただの悪口だろう!!!あーー!貴様と話すとイライラする!!」
   
ダーツはキョトンと目を丸くしているが、ゾークは叫びすぎて息を途切れさせた。
肩を揺らして息を吸い、ゾークは空を見上げる。
瞳の奥には、ユナと過ごした幸せな時間が映し出される。
そういえば、ユナも「一人で楽しそうな人」と言っていたなぁ……と思い出した。
   
「ダーツ。我に策がある。かなり無謀で馬鹿みたいな策だが……あのクソジジィを出し抜くには充分なものだ。乗るか?」
「…………私は協力すると言っただろう?全力を尽くそう。戦いが終わったら、またこうやって話したいものだ」
「ふん、我は御免だ。お前と話すと血圧が上がる。貴様との過去の清算は後回しにするが必ず決着をつけてやる!!心しておけ!!」
   
ゾークは立ち上がり、ビシッ!とダーツを指でさした。
ダーツはしばらくの沈黙のあと、ポツリと呟く。
   
「王に指をさすな」
   
「マイペースかっっっ!!!」
   
きっと琥珀と瑠璃がいれば、天王様と漫才しているだと!?と悔しがる事だろう。
とにかく、ゾークとダーツは完全に協力する誠意を見せた。
   
   
   
   
   
   
闇界には手紙の代わりに映像記録を閉じ込めた透明な羽が封筒の中に入っていた。
これは天界の特別な羽で、それを手に取ると勝手に記録された映像が壁に映し出される。
天界からの返事だと、デザイヤはそれを指で弾いて壁に突き刺した。
すると自然に壁に映像が映し出される。
紅とファリスはデザイヤと共にその映像を見ると、そこにはゾークが映し出される。
   
「父上……!」
(良かった、父上はご無事か……)
   
ファリスがほっと安堵するが、ゾークの言葉は信じられないものだった。
デザイヤも紅もゾークの言葉に目を見開く。
勿論、ファリスもである。
   
【親愛なる父よ。我を殺さぬ限り、貴様は闇界の玉座を手に入れられぬだろう。貴様に玉座を奪われるくらいなら誰かにくれてやったほうがマシだ。……よって、我はこの場で闇界の玉座を放棄し、天王ダーツにその座を譲る!!貴様の思い通りには決してならぬぞ!!】
   
そう言ったら映像はそこで終わった。
ファリスは信じられないと固まり、ゾークが何を考えているのか解らないと混乱した。
ゾークが玉座を放棄するなんて完全に予想外だった。
王が二つの玉座を手に入れることは可能なのだろうか?
それとも何かの策なのか?
ぐるぐると纏まらない思考は、デザイヤの笑い声にかき消される。
   
「くくくっ、くくっ、……はははははっっっ!!!」
   
紅もファリスも驚くばかりで声は出ないが、デザイヤは「乱心したか、ゾークよ」と呟いた。
   
「……どうしますか?デザイヤ様」
「天王に玉座を譲っただと?馬鹿馬鹿しい。これは奴の狂言だ。そうやって儂が天王だけを狙っている隙にこの玉座を奪いに来る算段だろう……愚かな、なんとも愚行よ」
「もしも天王に本当に玉座を明け渡したのなら……」
「有り得ぬ。そんな事をするわけがない。……来るがいい、ゾークよ。この玉座が貴様の死に場所だ」
   
デザイヤはここでゾークとダーツを迎え撃つつもりである。
紅は「はい、デザイヤ様」と頭を下げた。
ファリスはぐっと目を閉じて、来るべきものに任せよう……父上を信じるんだ、と自分に言い聞かせた。
   
   
続く